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2017/10/20

松茸が不作なんだそうだが

この秋は松茸が不作なんだそうだ。Jcast ニュースに "秋の味覚「マツタケ」、長雨で不作 お値段 3倍、ネットショップは受付休止" とある。国産松茸の 6割を占めるという長野県では、例年の 1割しか入荷していないというニュースもある (参照)。不作ということで値段も高騰しているらしいが、どうせ私は松茸なんて買うつもりがないから、関係のない話である。

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そもそも私は、松茸のおいしさというのがさっぱりわからない。自分では買ったことがないが、昔は業界内でいろいろあって、国産松茸のもらいものが結構あった。それできちんと七輪の炭火であぶったり、松茸ご飯にしたりして食っていたのである。

ただ、到来物だから一応ありがたがって食ってはみても、正直なところ世の中で言われるほどの絶妙のおいしさなんて感じたことがない。「ふぅん、この程度のものなのね、要するにフツーのキノコだよね」 と思うだけで、感動して舌鼓を打つようなことなんて、一度もなかった。

一説には 「香り松茸、味しめじ」 と言って、松茸は香りを味わうもので、食べておいしいのはシメジだなんてことにもなっているが、香りにしたって、そんなに高い金を払ってまでありがたがるようなものとは思われなかった。個人的には安い椎茸が一番好きで、松茸をありがたがるのは、多分に 「雰囲気のもの」 か 「迷信」 に過ぎないと思っている。

そんなことを言うと、「お前の食べたのはきっと中国産か何かで、国産は全然違う。一度食わしてやるから、楽しみにしとけ」 なんて言う人が現れる。しかし私が毎年食っていたのは、信州の業界関係者から大げさな籠に入れて届けられる正真正銘の贈答用国産品だった。さらに言えば 「一度国産を食わしてやる」 なんて言う人に、本当にご馳走になったことは一度もない。

というわけで、初めのうちは到来物をありがたがって食っていたが、何年か続くと、もう食う気もしなくなっていた。面倒なのでそのまま誰かにあげると、ものすごく大げさにありがたがられて、そこそこの返礼が届いたりするので、その方がずっとよかった。

「国産の松茸はまったく違う」 という話が一人歩きしているが、個人的な感覚では 「どこがそんなに違うの?」 という程度のものでしかない。中国産と国産を明確に言い当てられる人がいたら、お目にかかりたいぐらいのものだ。ほとんどは、「国産」 と表示してあるのを大げさにありがたがっているだけとしか思われない。

カナダに長く住んだ人の話では、森を散歩するとリュック一杯分ぐらいの松茸が採れて、それを大鍋で佃煮にして食うと美味かったという。カナダの松茸はビミョーに種類が違うらしいが、この話にはちょっとそそられる。

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