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2018/04/24

「葬頭河の婆」 というのは?

昨日の記事では 「おんば様祭」 の話の関連で、「脱衣婆」 についてちょっと触れた。亡者が三途の川の渡し賃の六文銭を持ってこないと、衣服をはぎ取るのでそう呼ばれる。そして私の生まれた山形県の庄内では 「しょずがのばば」 (葬頭河の婆) と言われる。

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上は天橋立の近くの知恩院という寺にある、地獄巡り絵図の中の三途の川の場面で、なるほど、川のほとりで葬頭河の婆が亡者の衣服をはぎ取ろうとしている。後の柳の枝には、既にはぎ取られた着物がかけられてあり、一説には、この着物の重さで業の深さがわかるのだともいう。

この絵の葬頭河の婆はかなり恐ろしげな形相で、体も見上げんばかりの大きさだが、庄内の民話には 「年は 25歳で女の盛り」 としているものがある。

昔、大層仲のいいい爺さん婆さんがいて、どちらが先に死んでも再婚などしないという約束をした。ところがこの約束をした途端に、爺さんの方が死んでしまうのである。婆さんは悲しくて寝込んでしまうほどだったが、周囲に励まされてやっと立ち直った。

「爺さんはお茶が好きだったから」 と、堰に流せばあの世に届くと聞いて、新品のお茶道具を盆に載せて流してやったり、寒くなる前に綿入れの着物を墓の境内に置いてあの世に届くようにしたりと、甲斐甲斐しくやっていた。

ある日あの世の爺さんと話をしようと、「口寄せ」 のできる弓張り巫女のところに行ってみる。弓張り巫女とは、弓の弦をベンベン叩いて音を出し、トランス状態になって死者の霊を呼び出すのである。果たして口寄せされた爺さんが巫女の口を通して話し始める。

「あら、懐かしや」 と喜んだ婆さんが 「お茶道具や綿入れは無事に届いたか?」 と聞くと、「届いたことは届いたが、途中であちこちにぶつかったり引っかかったりして、ボロボロの状態だった」 と言う。婆さんは 「あれ、口惜しい、もったいない」 と嘆く。

「ところで、私は約束通りずっと独り身でいるけど、そっちはどうか?」 と聞くと、「俺のことは心配ない。閻魔様の仲人で葬頭河の婆と一緒になる」 と言う。ひどいジジイである。婆さんは驚いて、「その葬頭河の婆というのは、どんな風なのだ?」 と聞くと、「年は 25で女の盛りよ!」 という返事が返ってきた。

秋祭で 「地獄極楽の生き人形」 という見世物があり、婆さんが三途の川の場面のところに行くと、女の人が立っている。小屋の親方に 「これは誰?」 と聞くと、「葬頭河のお婆さん」 なんて言う。「年はいくつ?」 と訊ねると、その返事は爺さんと同じく 「年は 25で女の盛りよ!」 というのだった。

婆さん、遂に逆上して、見世物小屋をズタズタにぶち壊して帰って来たというお話である。庄内って、我が故郷ながら変なところである。

ちなみに、上の三途の川の絵のある知恩院というお寺は、5年ほど前に天の橋立の近くで仕事をした時に、ついでだから訪ねたことがあって、この絵も実際に見ている。行ってみれば、なかなか呑気な雰囲気のお寺さんだった。そしてブログを読み返してみると、この頃から私はお酒をあんまり必要としなくなったということがわかる (参照)。

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コメント

「番茶も出花」じゃございませんが、二十歳過ぎ、二十五にもなれば「トウガタツ」なんて言われていた時代(小説内)もありまして…。

現代では、「熟女物」が若い世代と言われるくらいに「超熟女物(還暦過ぎてなお)」なんてジャンルが確立されているそうですね。(なんの話かは色々色々想像してください)

25歳ならピッチピチでえーのー、とオッサン丸出しであります!(爺さんと同じやのう)
※あくまで個人の意見であり、効果やツッコミ所には個人差があります。

投稿: 乙痴庵 | 2018/04/24 23:20

乙痴庵 さん:

今の女性は、90歳過ぎても元気ですからね。男は 80歳過ぎると結構衰えが目立つのに。

投稿: tak | 2018/04/25 10:04

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