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2018/07/06

オウム真理教事件での死刑執行に絡めて言ってしまう

朝っぱらからオウム真理教事件の麻原彰晃の死刑執行が報じられ、その後に残る 6人の死刑執行も発表された。これ、大方が指摘するように、このタイミングでの死刑執行にはかなり政治的な判断があったものと考えられる。

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さて、ここで私が思い出したように論じたいのは、オウム真理教事件そのものについてではない。「死刑制度」 についてである。私はこのところずっと、「自分は死刑制度廃止論者」 と思っていたのだが、このブログでは、そのことについて表明しそびれていたことに気付いた。

2008年 8月 1日の "死刑制度では旗幟鮮明じゃない私" という記事では、態度を鮮明にしておらず、2009年 12月 23日の "死刑制度に懐疑的になりつつある私" という記事でも、「死刑廃止」 とまでは言い切っていない。吾ながらズルい態度を保っている。

私が最後に死刑制度について触れたのは一昨年の 11月 28日で、その記事のタイトルは "死刑制度と被害者感情をセットで語らない" というものだった。殺人事件被害者の遺族の多くは、犯人をぶっ殺してしまいたいほど憎んでいるだろうが、だからといって、国がその代理で犯人を殺してしまうというのは、単純な 「復讐の肯定」 になってしまうと述べている。この記事は、死刑制度に関する私の考えがかなりきっちりまとめて書かれているので、よかったら読んでいただきたい。

その年の 6月 11日には、"「自殺できないので死刑にしてもらおう」 という虫のよすぎる了見"、2009年 12月 23日の "死刑制度に懐疑的になりつつある私 »" という記事で次のように書いている。

私は池田小殺人事件の宅間某のケースについて触れている。宅間という男は、「おぉ、俺は死にたいんじゃ、さっさと死刑にしてくれ」 とうそぶき、その望み通り、異例の早さでさっさと死刑を執行してもらえたようなのだ。なんというアフターケアのよさだろうか。

人生に絶望して死にたいのだけれど、自殺する踏ん切りもつかず、だったら思い切り無差別大量殺人をし、今まで自分をないがしろにしてきた世間を見返し、思う存分に騒がせて自分に注目を集め、その上でさっさと望み通りに国家の手によって殺してもらうという虫のいい犯罪が、最近いくつかみられるのである。

これでは、死刑制度が無差別大量殺人事件を起こすインセンティブになりかねない。実際に、そうとしか思われない事件が最近散見されるのである。というわけで、これらの記事を書いた時点の私は、「死刑制度の凶悪犯罪抑止力はかなり弱まっていて、逆の力になる場合も生じている」 とはっきり認識しており、最近になってやっと踏ん切りがついて、「死刑制度廃止論者」 になったのである。

遡れば私は 2006年 4月 12日の "なぜ殺してはいけないか" という記事の中で、人を殺してはいけないのは、"「殺す自由」 は 「生きる自由」 を上回らないから" と、単刀直入に書いたことがあり、この考えは今でもまったく変わらない。人を殺してしまっては、被害者の 「生きる自由」 を完全に奪ってしまい、修復不可能だから、殺してはならないのである。言い切れば単純な話だが、詳しくはリンク先をご覧戴きたい。

この記事の中で私は、次の場合だけは態度を保留すると書いている。

「崇高な覚悟の自殺 - 切腹」 などの 「介錯」
「安楽死」
「正当防衛」 (相手がこちらの 「生きる自由」を奪おうとしたので)
「戦争」 (一応は、納得済みでの殺し合いなので)

そして、"「死刑執行」 を挙げなかったのは、それは 「殺す自由」 というよりは、制度で強制的に定められた 「果たすべき業務」 とみる方がいいからだ" と付け加えているが、最近は、「死刑」 という制度を廃止すべきという考えまでまで辿り着いたということだ。

そして今回のオウム真理教関連 7人の死刑執行に関しては、そのタイミングからして言ってみれば 「死刑制度の政治利用」 とも見ることができるので、ますます嫌な感じがしてしまうのである。

【7月 10日 追記】

「死刑制度廃止」 という考えに辿り着いている私ではあるが、実際には簡単に廃止できるなんて思っていない。とても難しい問題だから、そんなに簡単に結論は出ないだろう。

というわけで、内心としては 「死刑判決が出ても、とりあえず実際には死刑執行しない」 ということで、しばらく運用すべきだと考えている。要するに 「実質終身刑」 ということで行けばいいんじゃなかろうか。今回みたいに 「一度に 7人も死刑執行」 なんていうのは、ちょっと人騒がせすぎる。

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