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2019/02/03

「末は未来で」 という思想

我が家からクルマで 10分ほど行った辺りに、「みらいホールつちど」 という名の建物があって、一体何かといえば葬儀場なのである。「つくばみらい市 板橋」 という住所なので 「みらいホール」 という名称になっているのだろうが、中には 「死んでしまえば 『未来』 なんて関係ないのにね」 なんて言う人もいる。

190203

確かに、死者の弔いで 「未来」 なんて言葉を使うことに違和感を覚える人もいるだろう。ただ、日本人が長年親しんできた仏教の死生観の見地からすれば、それほど突飛なことではない。「未来」 という言葉には、英語で言う "future" とは別の意味合いも含まれているのだ。

Goo 辞書で 「未来」 という言葉を引くと、次のように説明されている。(参照

  1. 現在のあとに来る時。これから来る時。将来。「未来に向けて羽ばたく」 「未来都市」

  2. 仏語。三世 (さんぜ) の一。死後の世。来世。後世 (ごせ) 。未来世。

  3. 主として西欧語の文法で、時制の一。過去・現在に対して、これから実現するものとして述べる場合の語法。動詞の語形変化で示される。

というわけで、仏教的には 「死後の世界」 とか 「来世」 とかいう意味合いもあるのである。つまり、この場合は狙ったわけじゃなくたまたまの話だろうが、葬儀場の名称としては案外ふさわしいものだったりするわけだ。

歌舞伎や浄瑠璃に馴染んでいる人だと、若い男女が心中を遂げる場面などで、「末は未来で... (ここでチョン!と柝が入る)」 なんていうのがお馴染みだったりする。「この世では無念にも心中を遂げてしまうが、互いの思いは消え去らず、死後の世界、あるいは生まれ変わった未来世で添い遂げましょう」 という意味合いを込めた、万感迫る台詞である。

心中物と言えば、これはもう近松門左衛門にとどめをさすだろう。中でも最高傑作ともいえる 『曽根崎心中』 の大詰、お初徳兵衛の道行の場では、「いつまで言うても詮ないこと、はやはや殺して、殺して...」 と最期を急ぎ合掌するお初に、脇差しをするりと抜いた徳兵衛が 「サア、只今ぞ」 と応える。

そして「〽︎貴賤群衆 (きせんくんじゅ) の回向の種、未来成仏疑いなき、恋の手本となりにけり」 という浄瑠璃でクライマックスとなる。

同じく近松の 『心中宵庚申』 の大詰では、お千代半兵衛の道行で、お腹に宿る子を思い、かっぱと伏して泣き濡れるお千代に半兵衛が 「さアさア夜明けに間がない。明日は未来で添うものを」 と急かす。そして、「別れはしばし」 「この世の名残り」 「南無阿弥陀仏」 と声を掛け合い、「未来」 に旅立つ。

近代以前においては 「未来」 という言葉の意味合いが、今とはかなり違っていたようなのである。

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