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2019/07/05

小原庄助さんの正体

福島県の民謡『会津磐梯山』に「小原庄助」という人物が登場する。「朝寝朝酒朝湯が大好き」で「それで身上潰した」と伝えられる人物だ。郷土玩具にも「小原庄助こけし」(下図)というのがあるというほどの有名人である。

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ところがこの小原庄助さんという人物、実在のほどはアヤシいらしい。いろいろ当たってみると、「コトバンク」に次のようにある。

【デジタル大辞泉】
民謡「会津磐梯山」の囃子詞(はやしことば)に登場する架空の人物。「朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上(しんしょう)つぶした」と唄われる。

【朝日新聞「キーワード」の解説】
県文化振興課によると、会津の商人説、武士説、塗り師説がある。白河市大工町の皇徳寺には「会津塗師久五郎」を本名とする「伝 小原庄助」の墓があり、墓石はとっくりの上に伏せた杯を乗せた形だ。1858年に亡くなり、戒名は「米汁呑了居士」。辞世として「朝によし昼になほよし晩によし、飯前飯後その間もよし」とある。一日中米汁(酒)を飲んでいたらしい。

「やっぱり観光」というサイトに「小原庄助の墓」というページがあり、写真をみると本当に「とっくりの上に伏せた杯を乗せた形」の墓石である。(参照

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このページには次のような記述がある。

小原庄助こと会津塗師・久五郎の墓は、羅漢山人という人物の墓所の隅に間借り(?)している。羅漢山人は有名な谷文晁の弟子で、庄助さんはこの人のもとに絵付を習いにきて亡くなったらしい。

なるほど、会津塗師だけに、文人に絵付を習っていたと、もっともらしく語られているらしい。この墓にある解説の札も「あるのふわっとライフ」というサイトで見つかった。(参照)こんな風である(クリックで拡大表示される)。

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ちなみに今に伝えられる『会津磐梯山』という歌は、Wikipedia によるとこんなようなお騒がせがあったらしい。(参照

1934年(昭和9年)に小唄勝太郎が歌ったものが歌い出しをとって「会津磐梯山」と命名されて、ビクターレコードより発売され、全国的に広まった。三味線も付けられ、歌詞も長田幹彦によって整えられ、「エンヤー」という独特の掛け声も付けられた。

しかし、「勝太郎節」が俗謡風であったことに加え、元の歌詞と大きく異なる内容であったことから、地元では、「郷土芸術を冒涜するもの」として非難の声が上がり、山内磐水らによって、「気狂踊り」風の節回しが広まった。山内等が普及に努めたこの囃しは、本来の会津磐梯山に近い正当なものであることを示すために「正調」と冠して「正調会津磐梯山」と呼ばれている。

YouTube で聞き比べてみると、確かに勝太郎バージョンは艶っぽすぎる。ただ残念ながら、何が「正調」で、何が「本来」なのかまでは突き詰めることができなかった。

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コメント

潰すほどの身上なし。
ほどほどに、朝酒と朝湯はたしなみたいなぁ。

投稿: 乙痴庵 | 2019/07/10 16:55

乙痴庵 さん:

潰す身上もなければ、今のところ、朝湯と朝酒やってる暇もないのが痛恨です ^^;)

投稿: tak | 2019/07/10 17:24

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