カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の61件の記事

2008/06/12

ブログの更新について

ほぼ 1年半ぐらい前に 「ウェブサイトの寿命」 という記事を書いた。個人サイトの寿命は大体 4年ぐらいで、それを過ぎると更新が滞りがちになったり、消滅してしまったりするという説があることを紹介したものだ。

私のサイトはありがたいことに、6年半近く続いていて、毎日更新も 5年半以上になる。

5年半以上の毎日更新というのは、掛け値なしの毎日更新ということで、「ほぼ毎日更新」 ということなら、もう 6年 4ヶ月ぐらいになる。これだけ続けていると、もう更新作業が体にしみついてしまって、更新しないと落ち着かなくなる。

とはいいながら、近頃、ネタをひねり出すのにちょっとだけ苦労することが、以前より多くなってしまった。いや、書けないということはないのである。書こうと思えば書くことはいくらでもある。しかし、自分の中に妙なフィルターができてしまっている気がするのだ。

これだけ長く更新を続けていると、傾向が固まってしまう。ちょっとしたニュースを取り上げて、それに関する論評的なことを書こうとしても、大体これまで書いてきたことと同じような角度から、同じようなことを言ってしまいがちになる。

だから、ブログでの論評に最適なニュースがあっても、「ああ、これについて触れても、新鮮味がないな」 と、自分で先に見限ってしまう。秋葉原の無差別事件は、ネットで大変な話題だが、私はこの類のニュースには触れたいとは思わなくなってしまった。

いつも同じようなことを書いても、別に何も悪いことはない。かの山本夏彦氏などは、コラムの達人と謳われながら、よく読めばいつも大体同じようなことしか書かなかった。読者はその同じようなことを読むのを楽しみにしていたのである。

浪曲の広沢虎三は、いつだって 『森の石松』 しか演らなかった。客は広沢虎三の 『森の石松』 を聞くのを楽しみにしていたのである。

しかし、私は山本夏彦氏や広沢虎三の名人芸の域に達していないのである。だから、同じようなことを書くと、自分でつまらなくなる。かといって、自分自身がそれほど不断の成長を遂げているわけでもないから、ネタ探しに苦労することになる。

というわけで、4年を待たずして更新がおろそかになったりするブロガーの気持ちが、最近少しはわかるようになってきた。私も最近は、前より更新が楽々できるということがなくなってきた。

で、毎日更新を維持するためにというわけでは決してなく、自分自身の成長のために、まず自分自身が変わっていく必要があると、今更ながらまったく青臭いことを思っているわけなのだ。

これまで書き連ねたことは、その時々の自分の表現ではあったが、その蓄積は、自分自身を拘束する。いつの間にか縛られている。そこから変わるということは、自分自身の作ってきたものを少なからず裏切るということだ。

しかし、しょうがないではないか。そうでもしなければ、おもしろくないのだから。それに、裏切る対象は、表面的な自分であり、根本的な自分はそんなに変わりはしない。だったら、あっけらかんと裏切ってしまう方がいい。

他人を裏切るのは心苦しいが、昔の自分を裏切るんだから、誰にも迷惑はかからないだろうし。とはいいながら、やっぱりその裏切り行為ってのは、ちょっと辛いところがあるわけで、少しは産みの苦しみみたいなものが伴うのは、仕方のないところだ。

とまあ、最近はそんなことを考えている。実はこの記事は、朝の 9時前に書き上がっていたのだが、公開するのがなんだか照れくさくて、夕方過ぎまで寝かせてしまった

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2008/05/15

はてぶ界隈に足りないフェミニンさ

ご存知の方はとっくにご存知なのだが、私は "Today's Crack" というブログの他にもう一つ、"和歌ログ" という酔狂なブログを毎日更新している。

和歌ログへのアクセスなんて、"Today's Crack" の何十分の一というささやかなものだが、私にとっては大切なメディアである。

人間の脳に譬えると、多分 "Today's Crack" は左脳で、「和歌ログ」 は右脳ということになるのだろう。私は自分の脳を左右バランスよく鍛えておきたいので、どちらも捨てるわけにいかない。しかし、自分が晩年になったら、残るのは 「和歌ログ」 の方なんじゃないかという気もしている。

世の中には 「はてな」 というサービスがあって、その中の 「はてなブックマーク」 (通称: 「はてぶ」 ) というソーシャルブックマークが、あちこちで毀誉褒貶の中にある。なかやっかいな代物のようなのである。

私は市場調査 (?) 的な意味合いもあって、公開された他人のはてぶはありがたく利用させてもらっているが、自分でやろうとは決して思わない。人に薦められたこともあるが、どうしてもその気になれない。

どうしてなのか、自分でもなかなかわからなかったが、近頃ようやくわかったような気がしている。はてぶ、ちょっと左脳が勝ちすぎという印象なのだ。さらにそれの裏返しで、時々右脳が盛り返しすぎで、ヒステリックになっちゃう気もする。つまり、とても分裂的な印象なのだね。

私としては、右脳と左脳の働きがあまり両極端にならずに、うまくフュージョンしてバランスされているというポジションにいたい。時によってどちらかの要素が極端な形で現われるというようなのは、できれば避けたいのだ。

私は感情的過ぎる人は苦手だが、それと同様に、論理的すぎる人も苦手なのである。どちらとも一緒にお酒を飲みたいとは思わない。二つのファクターがうまくバランスしている人とは、おいしくお酒が飲めると思っている。

それと相似的な意味合いで、フェミニンすぎる人も苦手だし、マチョすぎる人も苦手だ。やっぱりこの方面でもうまくバランスしてもらいたいと思っている。

そして、ネットの世界においても、似たような感覚をもっている。はてぶの表向きの顔、論理的過ぎる雰囲気には、ちょっと付き合いきれないと感じている。トマホークかざして、理屈に合わないファクターをバサバサ切り捨てるというのは、私の趣味じゃない。

さらに、その論理性という表向きの雰囲気がぐらつくと、今度はやたらとヒステリックで感情的なファクターが垣間見られるというのも、ますますそこから離れた所にいたいという理由になる。

うーん、実はまだうまく言えた気がしないのだが、さらに妙な言い方をしてしまうと、はてぶ界隈、致命的にフェミニンさに欠けている気がしてしまっているのだよ。私の偏見だったら幸いだけど。

男にもフェミニンさは必要なのだ。それが欠けると、ちょっとやぁなやつになっちゃう。

というようなわけで、急に飛躍させて締めてしまうが、私は最終的には 「ブロガー」 としてよりは、むしろ 「ネット歌人」 として死にたいと思っているようなわけなのである。へぼ歌人から抜け出すには、まだ手間がかかりそうだけどね。

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2008/02/22

自分の思い入れと世間の評価のギャップ

長いことブログをやっている人の少なからずは感じていると思うのだが、それぞれのエントリーに対する自分の思い入れと世間の評価というのは、あまり連動しないようなのだ。

ネタ切れでしょうがなくテキトーに書いた記事が、なぜか複数の個人ニュースサイトに紹介されて、どっとアクセスが集中したりする。

昨日の昼過ぎ、当サイトのアクセス分析を眺めて、びっくりしてしまった。いつもの 2日分のアクセスを半日で稼いでしまっている。さらにお昼の 12時台は、9.25秒に 1ヒットの割でアクセスが集中していた。皆さん、お昼休みにネット・サーフィンしてるんだなあ。

何事かとリンク元を調べると、複数のニュースサイトに 2月 20日付の 「日本に世界遺産が 14件もあったなんて」 という記事が紹介されていることがわかり、またまたたまげてしまったのである。

というのは、この記事、ネタに困ってしょうがなく書いた、いわゆる 「埋めグサ」 なのだ。だって、読んでみればわかると思うけど、ほとんど内容ないでしょ。

日本に世界遺産が 14件あるなんてことは、ちょっと調べれば誰でもわかることだし、わかったところで、別段 「目からうろこ」 ってほどの衝撃の事実でもない。後は煎じ詰めれば、自分はそのうちの 7件しか訪れてないが、他も是非行ってみたいぐらいの、どうでもいいことしか書いてない。

これのどこが受けたんだか、さっぱりわからない。

自分では何気なく書いた記事なのに、他人に指摘されて、瓢箪から駒みたいな思わぬ価値に気づくなんてことも、確かにあるにはある。逆に、自分としては渾身の力作のつもりなのに、結果的にはスベリまくりだったということもある。

しかし、この記事に関しては、十分客観的にみても、やっぱりつまらんと思うがなあ。ニュースサイトからのリンクで何千人来てくれても、全員に 「なんだ、つまんないじゃん」 と思われるのが関の山だ。リピーターになってくれるのは一人もいないだろう。

私は時々、「世間」 というものがすごくわからなくなってしまったりする。ちなみに、私は 2年前に "「世間」 と 「ネット」 はよく似てる" という記事を書いていて、これは結構ニュースサイトでも取り上げられ、自分の思い入れとの間のギャップはなかったのだが。

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2008/01/22

ブログの影響力は捨てたもんじゃない

昨日 (1月 21日) 付の朝日新聞、P38 右肩の記事にお気付きだろうか。"絶滅危機種、使ってません/毛皮の 「ロリス」" という見出しの写真入り記事である (参照)。

私の 17日付の記事 "「ロシアリス」 を 「ロリス」 って言うなよ!" が、何らかのきっかけを作っちゃったような気がする。

「ロリス表示問題」 について、真正面から問題提起したのは、私のエントリーが多分日本で最初だ。それがきっかけとなって、朝日が業界団体に取材したのだろう。なにしろ、それまでは、この問題にはほとんど誰も気付いていなかったか、少なくとも表立って問題にしようとはしていなかったのである。

近頃、ブログが面白くなくなってきたとか、アクセスも減り気味だとか、いろいろなことが言われている。私も以前に 「ブログ限界論」 という話題について書いている (参照) のだが、これにはいろいろな見方があって、一律には語れない。

ちなみに、今回の例はかなり面白い。私の 「ロリス表示問題」 のエントリーには、1件のコメントもトラックバックも付かなかった。私としては案外気張って書いた記事なのに、この反響のなさには、ちょっとだけ拍子抜けしていたのである。

ところが、その 4日後に全国紙の記事になるというのは、どうやらブロゴスフィアと既成メディアというのは、興味の対象がちょっとだけ違うようなのである。

それについては以前から感じていて、ブロゴスフィアでは、PC/ソフトウェアの問題や特定のちょっかい出しやすいニュース、それから (これは私の得意技でもあるのだけれど) 言葉のウンチクなどについて、ちょっと歯切れよい論調の記事を書いたりすると、すぐにアクセスが増える。

ところが、今回のようなファッション系、業界系のマター、マイナーなニュースの分析なんかだと、からきしなのである。「はてぶ」 やニュースサイトなんかからは、近頃無視されまくりである。

どうやら、私の書く話題というのは、ブロゴスフィアの主流からは、ちょっとはずれているようなのである。(ほんのたまに、あざとく狙い澄ましたトピックを書くことはあるけれど、今回はとくにそういうわけじゃないからね)

ブログの影響力の低下というのは、実は、ブロゴスフィアで注目されるトピックが、あまりにもこの世界に最適化されすぎているからじゃなかろうかという気がする。ブロゴスフィアの主流と世間との間に、ズレが生じているのかもしれない。

こんな言い方をすると、もしかして反発があるかもしれないが、あちこちでブックマークされまくりのアルファブロガーの記事よりも、ブロゴスフィアではあまり注目されていない極私的ブロガーの記事の方がずっと面白かったりする。

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2007/11/28

「ブログ限界論」 の中身の最も単純な一端

4日前の 「ブログ限界論」 についての記事に、alex さんがコメントをしてくれて、さらにご自分のブログでも論じておられる (参照)。

alex さんは、「ブログ限界論」 なるものの実態を、"ブロガーの 「表現意欲と能力」 が、ほぼ一巡した" にすぎないと、極めてシンプルに言い切っておいでだ。なぁるほどね。

alex さんはさらに、"『まだ、書き続ける人』 と 『もう書かない人』 とは、少しの 『差』 があるのではないだろうかとも思う" とも指摘しておられる。これも 「なぁるほど」 である。ただ、私には、その 「少しの差」 というのが 「大きな差」 に思えるのだが。

ブログに限らず、どんなものにでもいえることなのだが、「始めてはみたけれど、じきに息切れする層」 と、「じっくり続ける層」 とが存在する。つまり、「新規参入」 は常にあるのだが、参入した人のすべてが継続するわけじゃない。これはごく当たり前のことである。

そして、ブームと言われた現象の衰退というのは、この 「当たり前のこと」 が、一時的にとても極端な形で現われたに過ぎないのだ。

つまり、ちょっと前、「ブログ・ブーム」 といわれた時にどっと参入した層の、かなりの部分が息切れして、ドロップアウト、あるいはフェイドアウトしてしまった。そして、普通ならばコンスタントにあるべき 「新規参入」 が、ブームといわれた時にかなり前倒しになっていたために、現在のところ、適正規模で続かなくなっているのだ。

つまり、一時的なブームで膨らみすぎていた規模が一気に縮小し、それを補うべき新規参入のソースが枯渇気味なのである。これは、「ブーム」 と称せられる現象のほとんどすべてに当てはまるパターンだろう。

実際に (少なくともアクティブな部分の) 規模が縮小してしまっているのだから、「近頃ブログがつまらなくなったね」 と感じられても仕方ないのである。そして、それをあまり真正直に受け取ってしまうと、「もうブログも終わりだね」 とか、「ブログも限界だね」 とかいう話になってしまいがちだ。

ところが実際には、一時的なバランス失調にすぎないので、「限界論」 なんて大袈裟な言い方をされているのをよそに、ブログそのものは今後も淡々と続くだろう。そもそも、「限界」 のないものなんてこの世にないんだから、あまり大上段に言ってもしかたがない。

そしてその限界の地平すれすれのところで継続の中核となるのは、alex さんの言葉を借りれば、「自分の目や耳に入った世の中の出来事・森羅万象を、かたっぱしから 『ブログ』 にしてしまう」 という (あまりお金にはならない) 技をもったブロガーである。

つまり、どんな素材でも、ちょっとひねってブログにしてしまえる 「独自の視点」 をもっているかどうかということだ。ブログが継続する土俵は、いろんなブロガーのいろんな 「ひねり方」 を楽しむメディアということなんじゃないかなあ。

そういえば私なんか 6年近く前に 「知のヴァーリトゥード」 を立ち上げた時から、「一ひねり」 をサイトの基本コンセプトとして、トップページに標榜し続けてきたことだし。

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2007/11/24

「ブログ限界論」 について考えてみた

「ブログ限界論」 という言葉が目に止まり、ちょっと興味を覚えてクリックしてみたら、RTCカンファレンスが 11月 15日に、このタイトルでイベントを開いているのだった (参照)。

「最近ブログつまらなくないですか?」 との書き出しで告知してある。うん、確かに、最近ブログの熱気が冷めてきてると思う。

シロクマ日報の小林啓倫氏が、このイベントについて、「ブログはつまらなくなった方がいい」 というタイトルでレポートしておられる。小林氏は、ブログの扱うテーマが非常に 「拡散」 していて、一人一人の読者には興味を感じられないものが増えてきているといったことを指摘し、次のように書いている。

逆に 「拡散と浸透」がブログを 「つまらない」 と感じさせるようになった原因であれば、それは喜ぶべきことではないでしょうか。(中略)

もしかしたら、僕らが 「ブログがつまらなくなった」 と感じれば感じるほど、僕らの知らない世界で 「ブログって面白い」 と感じる人が増えているのかも。

小林氏は、ブログは限界に達しているわけではなく、むしろより広範囲に普及しているのではないかと指摘しているのだ。なるほど、それが時として 「ノイズが増えたなあ」 と、うっとうしく感じられたりもするわけだ。

しかし、それとは別の視点もある。GIGAZINE (参照) は、「現在の日本のブログの限界、リアル社会に影響力を与える力が弱い」 という意味での 「限界」 を指摘し、次のように述べている。

現在の日本のブログは現実世界、特に 「政治」 に対して多大な影響を与えるレベルには到達していません。ネットにおける意見発信システムであるはずのブログの質が低くなっている (信頼が低下している) ため、「ネット上でどこかの匿名なやつらが無責任にわめいているだけ」 という扱いを受けるわけです。

まあ、こんなところも確かにあって、私も 「選挙に Web を使わせろ!」 という、ちょっとだけ社会的変革を志向しているようにみえなくもないサブサイトを運営しているが、めちゃくちゃ本気でやるほどには、ブログの力を過大評価しているわけじゃない。

ちなみに、私が 「最近ブログの熱気が冷めてきてる」 と思ってしまうのは、単に、毎日楽しみに巡回していたブログの管理人さんが、ちょっと息切れしつつあるのか、更新が希になってきたりしているせいでもある。案外個人的な印象なのである。

多分、息切れしたブログの数以上に、新しい面白いブログが増えているのだろうが、それらを探し出すのは、なかなか骨が折れる。ブロゴスフィアの規模が今ほどでなかったころは、それほど難しくなかったのだが、今では規模が大きくなりすぎてしまった。

というわけで、シロクマ日報が 「そんな状況でも自分にとって楽しい・自分が読みたいブログが簡単に見つけられるような仕組みが整備されるのが望ましい」 と述べていることに、私は激しく共感する。

この点に関して、GIGAZINE は、さらに次のように突き詰めている。

GIGAZINEは 「情報流通業」 にあたるのではないか?と考えることがあります。見つけた面白い情報をピックアップして記事化して掲載し、より多くの人の目に触れるように、情報を流通させていくわけです。おそらく、この 「面白いもの・価値あるものを効率的に見つけ出す仕組み」 というのは究極的には各個人の細分化された嗜好に特化されたものになっていくため、最終的には一次情報やオリジナルコンテンツの発信を行うところ 「だけ」 が生き残ることになるかもしれず。つまり、オリジナルの情報を提供しないニュースサイトやブログは将来的に 「各個人の嗜好に合わせて面白いものをピックアップするための全自動システム」 に取って代わられて滅びていくのではないか?という予想が可能です。

なるほど、インターネットやブログの世界の変化や栄枯盛衰は激しいので、そんな 「全自動システム」 が登場しないとも限らない。

しかし現時点では、各個人の志向に合わせてメニューを提示してくれるようなプログラムを使ってみても、「お前、俺の好みってものを、誤解しているんじゃないか?」 とか 「てめぇ、俺を見くびってるな!」 とか言いたくなってしまうのだよね。

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2007/10/06

ブログは踊り場にある?

今頃はハワイで楽しんでおられるはずの alex さんが、日本を発つ直前の今月 2日に、「ブログの衰退と読書」 という記事を書かれた。

世間ではブログというメディアは重要性を増す一方と言われているが、そんな中で 「ブログの衰退」 を見抜く眼力は、さすがのものだと思う。確かに、近頃おもしろいブログが減った。

もしかしたら、ブログ全体はまだまだ成長過程にあるのかもしれないが、私が毎日巡回したくなるようなブログは、減少傾向にある。少なくとも、alex さんや私のような視点では、ブログは踊り場に来ているのだと思う。

一時、ブログ・ブームと言われた頃は、本当に我も我もとブロガーになりたがった。テクノラティなんかのブログ検索でさがすと、一つのトピックでいくらでもおもしろい記事にぶちあたったものだ。

ところが、最近では様相が違う。あるトピックでブログ検索をしてみても、ヒットするのは新聞社のサイトの記事をコピペしたようなのばっかりで、ちっともおもしろくない。たまにクールな視点のブログを見つけても、更新頻度がまばらで、いつも読みに行こうという気にならなかったりする。

ブログ・ブームと言われたのは大体 3年ぐらい前のことだと思うが、このくらいの時間が経過してしまうと、大方のブロガーは、書きたいことを書き尽くしてしまったんじゃないかとも思われる。

かなりおもしろい記事を頻繁に書いていたブロガーが、急に更新しなくなる。更新しても 4~5日に一度だったりする。急に仕事が忙しくなったんだろうか。あるいは、体調でも崩したんではあるまいかと心配するのだが、どうやらそういうことでもないことが多いような気がする。

何となく、頻繁に更新する意欲が失せてしまったような案配なのだ。かく言う私なんかも、以前は毎日毎日書きたいことがあふれ出んばかりにあって、それを書かないうちは眠れないというようなことがあったが、最近では、無理矢理引っ張り出さないと書けないというような日もある。

それでも、もう日課みたいなもので、何とかかんとか、それらしいことを書いてしまわないと、なんだかやり残したことがあるような気がして、安心して眠れなかったりする。おかげで、こうして 4年近くも掛け値なしの毎日更新を続けている。

ところが、ブロゴスフィア全般を眺めると、書く方の意欲が衰えれば他のブログを巡回する意欲も衰えるようで、私のところも、昨年末まではもう、アクセスが一本調子でどんどん増え続けていたが、近頃では安定期に入ってしまったようで、横ばい状態だ。「書く」 と 「読む」 とは、経済の需要と供給の如くバランスしているようだ。

もう、こうなったら、「長く書き続ける」 というのも一つの才能なんだと、自分を褒めてしまおうと思う。踊り場だろうがなんだろうが、私としては、まだまだ書き続けるぞ。

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2007/06/27

トラックバック送信代行だと

ブログをやっていると、トラックバック・スパムの多いのは今に始まったことじゃないが、このほど、トラックバック・スパムを請け負うサイトからのトラックバック・スパムというのが送信されてきて、ちょっと驚いた。

なるほど、こんなやつがいるから、うっとうしいトラックバック・スパムが多いのか。

試しに 「トラックバック送信代行」 のキーワードでググってみると、くさるほど多くのサイトがヒットする。私のところにトラックバックしてきた 「請負人」 のサイトには、次のような記述がある。(ちなみに、「トラックバック送信代行/請負人」  のキーワードでトップにヒットするのがそいつだ)

トラックバック送信は、アクセスを集めるには有効な方法です。

相互リンクを地道に行っていくよりもトラックバックを打った方が、より時間を短縮できて大量の被リンクを獲得することが可能の場合もあります。

トラックバック送信代行請負人のトラックバック送信代行は、ブログに関連のあるキーワードを絞り込みトラックバック送信を行います。

ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。こんな奴を利用するほど、こちらは志が低くはないよ。そして、ウチのブログを、勝手に志の卑しい連中のための宣伝板に使うのは止めろ。

最近多いのは、単に指定のキーワードのあるエントリーに、自動的に無差別にトラックバックを送信してきたとしか思われないケースだが、なるほど、こんなやつがいるのだもの、増えるわけである。

例えば、こちらが自動車関連のエントリーを書く。最近の例でいえば、「車庫入れを自動で」 なんていうエントリーをアップすると、とたんに、自動車関係の宣伝をしているだけのくだらないフェイクブログからのトラックバックが殺到する。

このような、「失礼なトラックバック」 は、相手の玄関口に、自分のサイトの宣伝を勝手に無料で貼り付けておくという行為に他ならない。私の場合は、トラックバックを送られても、こちらが許可したものしか表示しない設定にしてあるから、まだいいけど。

いずれにしても、トラックバック・スパムで集めたアクセスなんていうのは、あぶく銭みたいなもので、二度と来てくれないどころか、結局は自分のサイトの評価を下げてしまうことになるだけだと知っておくべきだろう。

私としては、トラックバックする際には、相手のブログの該当エントリーにきちんとリンクして言及するのがマナーだろうと思っているが、被トラックバックの表示に関しては、こちらへのリンクがなくても、まあ、共通テーマをきちんと論じていると判断されたら、表示してあげるというところまでは妥協している。ちょっとお人好しかもしれないが。

でも、こちらのエントリーへの言及なしにトラバしてくるようなブログには、決して好印象を抱かないし、もちろん、以後こちらから積極的にアクセスしようなどとは決して思わない。

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2007/05/21

フェイク・ブログは、逆宣伝かも

私のブログでは、トラックバックされてもそれは無条件では表示されない設定にしてある。スパム・トラックバックが多すぎるからだ。

最近とても目立つのが、フェイク・ブログからのスパム・トラバである。せっかくうちにトラバしても、そんなのは表示してあげないから、無駄なんだけれど。

最近も、こんなのや、こんなのや、こんなのや、こんなのから、まったく無関係の私のブログに不作法なトラックバックが送られてきたけれど、もちろん表示してあげてない。

ただ、トラバとしては表示してあげないけれど、志の低い不作法ブログのサンプルとして知ってもらうために、ここでリンクしちゃう。(おそらく長くは持たなくて、そのうちリンク切れになるだろうけど)

これらは、ブログのような体裁をとりながら、実際は単なる宣伝しかしていない。まともに更新すらしていない。

もし、私がすべてのトラックバックを無条件に表示する設定にしておいたら、私のブログにアクセスした人の何パーセントかは、トラバのリンクをクリックして、相手のブログに飛んでみるかもしれない。

そして、飛んでみた先で、特定ブランドの趣味の悪い宣伝文句ばかりならんだ記事を見て、がっかりしてしまうだろう。「なーんだ、単なる宣伝のためのブログか」 と。

いや、単なる宣伝のブログなら無視していればいいのだが、これらの多くは、オークションサイトなどに誘導するしかけになっていて、それによって多少の利益を得ているのだろう。

カリモクだの、エンポリオ・アルマーニだの、アライヘルメットだのは、それぞれのマーケットでそれなりの、あるいはちょっとプレステージャスなポジショニングを得ているブランドである。それなのに、こんな変てこりんなブログに寄生虫のようにとりつかれるのは、気の毒な限りである。

事情を理解していない人には、「カリモクって、エンポリオ・アルマーニって、こんなちんけな手段で宣伝をするブランドだったの?」 なんて思われてしまうだろう。とはいいながら、対策を講じるのはなかなかむずかしいだろうし。

もしかして、メーカー自身が宣伝のつもりでこんなブログを作らせているのだとしたら、それは金を払って自分自身のイメージを低下させる自殺行為である。

(最初、これらのブログはアフィリエイト関連かと思ったが、どうやらそうではないようなので、書き直した)

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2007/03/30

Risppa って、何だか怪しい!

Blog をやっている少なからぬ人は、このところ、"Risppa" なるブログサービスを宣伝するスパム・コメントにむっと来てるだろう。

私のところでも、既に何回か削除しているのだが、スパムで宣伝するブログ・サービスって、それだけで、スタート時から、自分で悪印象振りまいてしまってるんじゃあるまいか。

"Risppa Blog" でググると、約 188,000件するが、トップにくる Risppa Blog のポータル以外は、ほとんどコメント・スパムが拾われちゃったものだ。コメントの内容は、こんなのが代表的。(別に引用しなくても、多くは見慣れちゃってると思うけど)

管理人様はじめまして。
いつも楽しく拝見しています!

 このたび新しくブログサービスを始めました!

(あるいは、こんなバージョンも)

Risppa Blog(リスッパ・ブログ)」がオープンいたしました!
まだまだサービスを開始したばかりなのですが、 すでに沢山の方々にご利用いただけております。

1アカウントで無制限にブログを作れる『Risppa blog』
更新もラクラク。是非一度お試しください!
------------------------
http://blog.risppa.com/
risppamail@yahoo.co.jp
------------------------

しょっぱなの 「いつも楽しく拝見しています!」 というのが、嘘っぱちであることは、言うまでもなくみえみえで、こちらとしては、「いつも苦々しくコメントを拝見しています」 と言いたくなるぐらいのものだ。

そして、メルアドがヤフーのフリーメールというのが、お笑いぐさで、これはまあ、スパム返しのメールがどっと返されても、自分のとこのサーバの負担にはならず、ヤフーに迷惑かけちゃうだけということなわけで、どこまでも志のレベルは低い。

そして、低いのは志のレベルだけではなく、技術レベルも相当に低いようで、Risppa のポータルに飛んでみると、IE だけに最適化してあるらしく、Firefox だと、表示が見事に崩れるのだ。

トップページのヘッダ部分を Firefox で表示すると、下のようになる。サイトロゴが下の画像で隠されてしまっている。こんなお粗末なポータル、初めて見た。

ヘッダが崩れていれば、フッタだってもちろんのことで、こりゅあもう、処置なしというほどに、ゴチャゴチャに重なり合って、すごいことになってしまっている。下手くその素人が某 Homepage Builder を使ってサイト作りをすると、よくこんな状態になってしまっているが。

さらに、「Risppa ブログ利用規約」 というページに飛ぶと、よ、読めないじゃん!

まったくもう、Firefox での表示確認ぐらい、ちゃんとしろよ。これじゃ、ウェブ・サービスとしての最低限の用件を満たしていないだろう。こんな超テキトーなサービスに乗っかるなんて、危なくて、とてもできるもんじゃない。味噌汁で顔を洗って出直した方がいい。

ここまでダメダメだと、ブログ・サービスというのは単なる隠れ蓑で、実は何かほかに目的でもあるんじゃないかと疑ってしまう。個人情報を集めるだけ集めて、あとはバックれちゃうとか。とにかく、怪しすぎにつき、要注意。

【4月 17日 追記】

ふと思い立って確認してみたら、さすがに Risppa のポータルも、Firefox でまともに表示されるように改良されていた。きっと、このブログを見て 「やべ!」 と思ったんだろうね。

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2007/03/10

Web の世界の諸行無常

ウェブの世界はまさに諸行無常の響きに満ちていて、日々移ろいゆくものである。私が 「毎日更新の輪」 というサブサイトを作ったのは、ほぼ 3年前のことだったが、その 3年の間にずいぶん様変わりしてしまった。

当時は毎日更新なんて珍しかったが、今や、ブログ全盛で当たり前のことである。

で、今さら 「毎日更新のサイトの集う場」 なんて言ってもあまり意味のないことになってしまったので、毎日更新サイトのリストへの登録受付を、平成18年 11月 24日に中止してしまった。このサブサイトの閉鎖の準備を始めたわけだ。

とはいえ、"「毎日更新」 サイトオーナーさんへ 100の質問" という企画は、本宅サイトに移転して残してある。今時、「100の質問」 なんてはやらないが、始めてしまった手前、勝手に消滅させるわけにも行かない。

で、毎日更新サイトのリストは、今月末に消滅させるという予告をしたのだが、その前に、リンク切れや、毎日更新がされなくなってしまったサイトの確認をして、リストのメンテをしてみた。

すると、昨日まで 31の 「毎日更新サイト」 にリンクしていたのが、3分の 1以下の 10サイトに激減してしまった。内訳は、サイト消滅が 6、長らく更新されずに放置されたままのサイトが 4、時々しか更新されなくなったものが 10、非公開になったのが 1 である。

中には、毎日更新はされなくなったが、とてもおもしろいので、継続して本宅サイトのリンクページからリンクさせてもらっているものもいくつかある。ただ気になるのは、長らく放置されたままのサイトである。

サイトが消滅しているならば、自分の意志で削除したのだろうと想像されるから、まだいいのだが、以前はきちんと毎日更新されていたのに、急に放置されてしまったりすると、とくに年配のサイト・オーナーさんの場合などは、本当に心配になってしまう。

とくに、悠游の砂場 で、ハッピーリタイア生活の中で、毎日美しい花の写真をアップしてくれていた悠游さんの更新が途絶えてから、もう 3ヶ月を過ぎた。いったいどうされてしまったのだろう。消息をご存知の方がいたら、教えてもらいたいぐらいのものである。

長らくのお休みから不死鳥の如く蘇られた alex さんのような方もおられるので、あまり心配しすぎるのも考え物なのだが。

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2007/02/25

テクノラティの検索キーワード、ベストテン

時々、ブログ検索サイトの 「テクノラティ」 を利用しているのだが、私はこのサイトのティピカルなユーザーとは、かなりかけ離れているのではないかと思うようになった。

というのは、トップページにある 「今、最も検索されているキーワード」 というのを、私はほとんど知らないのである。

例えば、昨日の午後 7時頃に表示されていた検索ワード・ベストテンは、次の通りだった。(あなたは、いくつご存知だろうか?)

   1. わるいやつら
   2. ニコニコ動画
   3. エコクラフト
   4. ホワイトプラン
   5. 705NK
   6. E61
   7. Youtube
   8. Xfy
   9. Rimo
  10. 三洋電機

この 10個のキーワードの中で、私は 7位の Youtube と 10位の三洋電機の 2個しか知らないのである。他の 8個は、「???、何、それ?」 という感じなのだ。自分がいっぺんに時代遅れのじじいになってしまったようで、愕然としてしまう。

で、あせって調べてみると、1位の 「わるいやつら」 は、テレビ番組のタイトルだった。大昔に同じタイトルの松本清張の小説があったなと思っていたら、なんだ、そのテレビドラマ化か。あまりテレビを見ないし、松本清張ファンでもないので、スルー。

2位の 「ニコニコ動画」 は、近頃よくネット上で目にするので、何のことかと思っていたら、動画でチャットできるというサイトらしい。おもしろくないコンテンツでも、寄ってたかってツッコミを入れると、おもしろくなるんだそうだが、現在 DDoS攻撃を受けて休止中だとか。再開されたとしても、そんなのに深入りするほど暇じゃないので、これも、スルー。

むしろ、ひろゆき氏との関連で、どんな経緯でトラブルが発生しているのかということの方が、興味深い。単に Youtube にタダ乗りしてるだけなので、ムッときた Youtube 側がアクセス拒否してるだけという説もあるようだし。

3位の 「エコクラフト」 というのは、ハマナカという会社のエコ素材を使ったクラフトのことらしい。エコには興味あるけど、「エコクラフト」 となると、まあ、スルーしておこう。

4位から 6位を占める 「ホワイトプラン」 「705NK」 「E61」 は、いずれもケータイ関連。へぇ、テクノラティ・ユーザーには、ケータイというのは、かなり重要なテーマなのだな。だが、私はケータイに深入りする気は全然ないので、スルー。

8位の 「Xfy」 は、ややこしそうなテクノロジー用語だ。XML を簡単に編集できるらしい。将来的には必要になるかもしれないので、記憶には留めておくが、今のところはスルー。

9位の 「Rimo」 は、はてなのサービスで 「リィモ」 と読むらしい。「YouTube に掲載されている人気の動画から約1日おきに新しい番組プログラムを生成、配信する」 んだそうだ。ふぅむ、これなら、たまに暇なときに見てもいいかなという気がする。今回の収穫といえば、これぐらいかな。

でも、これも Youtube ただ乗りということで、「ニコニコ動画」 の二の舞を踏まないのかな。それとも、それほどのトラフィックじゃないので、お目こぼしなのかな。しばらくウォッチしてみよう。

ふぅ、それにしても、私も若い頃はずいぶん新しもの好きだったはずなのだが、人間というのはこうしてだんだんと時代から遠ざかっていくのだろうか。それとも、べつにそんなのは気にしないで、自分の得意分野を極めていけばいいのだろうか。

いずれにしても、最近の話題をあまり知らなすぎるというのも問題だから、たまにはテクノラティのベストテンにきちんとあたって、脳内の普段使わない筋肉にちょっとした負荷を与えてみようと思う。

結局のところ、それで鍛えられるのは 「スルー力」 だけかもしれないが。

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2007/02/02

ウェブ上のテキストの読みやすさ

最近歳のせいか、パソコンのディスプレイに向かって長時間仕事をしていると、目が疲れてしょぼしょぼになる。それだけではなく、長時間本を読むのもしんどくなってきた。

それで気付いたのだが、同じ本を読むにも、横書きより縦書きの文章を読む方が、なんとなく目が疲れないような気がするのだ。

医学的にはどういうことになっているか知らないが、もしかしたら、仕事上で横書きの文書ばかり読んで、視線を横に動かす筋肉ばかり使っているので、たまに上下に動かす動作をすると、いい運動になってバランスが取れるのかもしれない。

それに、どうしたって、やっぱり日本語は元々縦書きにするようにできているのだと思う。

ただ、近頃では英数字混在の文章を書く必要があったりするので、実用文書ではどうしても横書きの方が便利である。しかし、これは日本語の遺伝子に逆らっているので、どうしても目には負担がかかるようだ。

日本語の横書きが読みにくいのは、欧米語のように 「分かち書き」 をする習慣がないからでもある。例えば英語などは単語ごとに分かち書きをするから、スペースが適度に取られて、「びっしり」 とした見た目感覚は避けられる。

ところが日本語は、多少の句読点はあるにしても、少なくとも単語ごとに区切ったりはしないので、びっしりと詰まってしまい、見た目に 「真っ黒な文書」 になってしまいがちだ。黒い塊というのは、何としても読みにくい。息詰まってしまうのだ。

古来、日本語はそうした見た目の息苦しさを避けるため、変体仮名で、意識的にひょろひょろぐにゃぐにゃ書いたものなのでる。これによって、見た目の心地よさにつながる 「余白の美」 が生み出せた。

ところが、活字印刷の時代になってからは、見るからにびっしりの息苦しい文章が増えてしまった。若い頃はいいが、ある程度の歳になってしまうと、もう、一目見ただけで疲れてしまって、まともに読む気がしなくなる。

それを避けるために、私のウェブ上のテキストは、できるだけ改行を多くして、段落ごとにほぼ 1行分の空白を取ることにしている。しかも、5行以上の段落はなるべく作らないように意識している。

ウェブ上のテキストは、4~5行で改行するようにと勧めているサイトがあるが、私は、5行では長すぎると思っている。私のブログの段落は、2行から 4行のものが 80%以上になっているはずだ。一番多いのは 3行の段落で、すべて読みやすさのためである。

単語ごとにスペースが取れないのだから、それを補うために、できるだけ段落ごとのスペースを取ろうという魂胆だ。

これはウェブ上のテキストという特殊性によるもので、私が書く新聞や雑誌原稿などはこの限りではない。ほとんどはもっと長い段落になる。紙に印刷された文字は、パソコンのディスプレイ上の文字より読みやすいからだ。

とくに印刷媒体の縦書きスタイルだと、安心して 10行以上の段落にすることも、全然珍しくない。だから、同じ人間でもウェブ用と活字用では、文体がほんの少しだけ変わるということがあるかも知れない。

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2007/02/01

ブログの文壇をブロゴスフィアというのか

近頃、「知のヴァーリトゥード」 のユニーク・アクセス数が、平日だと 300を遙かに越えるようになった。ブログの "Today's Crack" はその倍近くなので、両方合わせたユニークアクセスは、平気で 1000を越えてしまう。

我ながら増えたものだと思うが、世の中にはもっとすごいブロガーがいる。

私は 5年前に自分のサイトを始めた頃は、1日に 30人が 50回来てくれるサイトになればいいと思っていた。それは 1年足らずで達成してしまい、それからは、100人が 200回来てくれればいいと思うようになった。

それが実現したのは、たかだか昨年の初め頃である。その頃は、ブログと合わせたユニーク・アクセスは、1日に 500ぐらいだった。そして、私は 「もう、これで十分」 と思っていた。それ以後は、意識してアクセスを増やそうという気はなくなってしまった。

ところがおもしろいもので、そんな気になってからの方がアクセスの伸びは大きく、それから 1年足らずで、さらに倍以上に増えてしまったわけだ。私としては、本当にもうこれで十分である。これ以上増えてしまって、コメントががんがん付くようになったら、管理が大変だ。

ところが、世の中には 1日のアクセス数が 2000や 3000では済まないブログがいくらでもあるようで、そうした影響力の強いブロガーを、アルファブロガーというらしい。そして、そのアルファブロガーを選出したサイトというのまである。

このサイトでは、年ごとのアルファブロガー選出を 3年続けて実施していて、2006年のアルファブロガー 40傑も発表されている (参照)。

私はこの企画を近頃初めて知ったのだが、発表されたベスト 40のうち、もともと知っていたブログはいくつもなかった。私はあまり他の有力ブログを意識していないブロガーであるらしい。とはいえ、この際だからそのうちのいくつかを、私のはてなアンテナに加えさせていただいた次第である。

「そのうちのいくつか」 というのは、その他の大多数は、私にとっては 「あんまりおもしろくないな」 と感じてしまったからである。世の中で 「アルファブロガー」 と認められていても、それらの全てがおもしろいとは限らないようだ。

そして、ちょっと驚いてしまったのだが、ここで選出された 「アルファブロガー」 の中には、更新頻度がそれほど高くないものが結構多いということだ。せっかくアンテナに加えたのに、あまり更新されないから、頻繁に読むこともないのだ。

私なんか、毎日更新していてこの程度なのに、1週間に 2回や 3回程度の更新で、そんなにまで影響力が強いと認められるというのは、どこが違うのかなあと、単純にびっくりしてしまったのだ。

何だか、ブログの世界でも 「文壇」 みたいなものができつつあるのかなんて思ってしまった。ああ、なるほど、ブログの世界の文壇を 「ブロゴスフィア」 というのか。

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2007/01/16

知のヴァーリトゥード 5周年で思うことなど

当本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 は、平成 14年 1月 16日にひっそりとスタートした。今日が 5周年めの記念日である。

スタート 2ヶ月後の 3月からは 「ほとんど毎日更新」 のコラム、「今日の一撃 - Today's Crack」 を開始し、平成 16年から 3年余りは、正真正銘の毎日更新になった。

「毎日更新」 を始めたのは、はてなダイヤリー がスタートする 1年前、ココログのスタートする 1年 9ヶ月前である。それに先立つ日記サイト (Enpitu とかさるさる日記とか) なんてのは知らなかったので、最初はサイト内にテーブル形式でコラムを書いていた (こんなかんじ) 。

この形式だと、毎晩の更新が結構面倒くさく、あまり長くは書く気がしなかった。あまりの面倒くささに音を上げて、「今日の一撃 - Today's  Crack」  部分のみ、ココログを使うことにしたのが、平成 17年 7月 1日である。(それ以降、時々平気で長く書くようになったので、面倒くささの総量は、あまり変わらないのだが)

当初は、「ココログは部品として使ってるだけで、ブログなんて、知らんもんね」 とスネていたのだが、ここまでくると、否応なく私も 「ブロガー」 の一人なんだろうなあ。ココログのアクセスカウンターは、既に本宅サイトの倍近くの数字になってるし。

そのココログが、今日の午後 3時から 24時間にわたるサーバ・メンテナンスに入るようだ。前回のメンテが見事な失敗に終わっている (参照) ので、今度こそまじめにやってもらいたいものである。

で、明日の分の更新はどうしようかと迷っている。とりあえず、リザーブのはてなダイヤリーの方で更新することになると思うけど、どうなるか、なにしろ今日から熊本に出張なので、行き当たりばったりである。

ところで、毎日更新を 5年近くも続けていると、ふと妙な気になることがある。初期の頃は、書く事なんていくらでもあったのだが、毎日毎日、通算約 1800編も書いていると、つい 「息切れ感」 を覚えることがあるのだ。

決してネタが枯渇しているわけじゃないのに、なまじのネタでは、これまで書き連ねた圧倒的なボリュームに比較して、「こんなこと書いてどうなる?」 なんて思ってしまうのである。

単に継続すればいいということで、何を食っただの、何の映画を見ただの、今日のニュースでこう思っただのということを書き続けても、もはやつまらない気がする。また、誰が書いても似たような落としどころになるようなネタなんてのも、あまり書きたくないし。

というわけで、どうやら、自分で自分を不自由にしてしまいかけている。これはヤバイ兆候だ。

ただ、イチャモンをつけたくなるようなニュースは毎日いくらでもあるのだが、のべつコラムで世の中にイチャモンつけてばかりいるタイプのライターにはなりたくないと、自分では思ってるし。

先月 (ということは既に昨年だが)、「ウェブサイトの寿命」 というエントリーで、「個人サイト 4年寿命説」 について触れて、多くのサイトが 3~4年で更新されなくなってしまう傾向があると書いたが、正直なところ、なんとなくわかるような気もするのである。

というわけで、当サイトもこの踊り場を越えて、自分自身をリニューアルすることができたら、新たな何物かが見えてくるかも知れないと思っている。やれやれ、50歳を越えて 「自分自身をリニューアルする」 なんてのも、なかなか大変なことだが。

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2006/12/24

トラックバックと互酬性

最近、私のブログへのトラックバック・スパムが増加傾向にある。私がトラックバック・スパムと判断する唯一の基準は、こちらと相手のエントリーの内容に、明確に共通するテーマがあるかないかである。

共通ファクターがない場合は、スパムと判断して遠慮会釈なく削除することにしている。

トラックバック作法については、「絵文録ことのは」 の "トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」 はなぜ問題になるのか" というエントリーにとてもよく考察されているので、ここであえて付け加える必要もないくらいだ。

私自身は 「言及リンク文化圏」 に属しているようで、トラックバックする際は、自分のエントリー中に相手へのリンクを入れることにしている。

というより、むしろ自分のエントリー中での言及が先にあって、トラックバックは、「あなたのエントリーにリンク付きで言及してますので、一応知らせときます」 という意味合いが大きい。「決してコソコソあげつらっているわけじゃありません」 という態度表明である。

また、やや 「関連仲間文化圏」 的意味合いで、共通した論じ方をしているブログにトラックバックすることもある。ただ、私としてはそれほど多いケースではなく、この場合でも、こちらのエントリー中でトラックバック先にリンクを張って紹介することは忘れない。

こちらのエントリー中でリンクを張っておくのは、「単なるコバンザメのごとき宣伝行為じゃありませんよ」 という副次的意味も含んでいる。

翻ってこちらへのトラックバックをみていると、「スパム文化圏」 からに次いで、「関連仲間文化圏」 からのものが多い。「関係ある内容だから、張っとくわ」 といったもので、相手のエントリーには、こちらへの言及もリンクもまったくない。

これらの少なからずは、宣伝意図が露骨な 「スパム文化圏」 とオーバーラップするように思うのだが、それでも、テーマに多少なりとも共通するファクターがあれば、無闇な削除はしないことにしている。

個人的には、こうしたリンクはあまり愉快なものではなく、「厚かましさ」 さえ感じるものもある。一方的に相手側へのトラフィックが増えるばかりで、こちらには何ら明確なメリットがないし。

世の中には、自分の側へのリンクのないトラックバックは削除するという方針のブログもある。それはそれで、一つの見識というものだろう。

私は決してけちなことを言っているわけではない。この世では 「互酬性」 というファクターがとても重要で、文化人類学を学べばわかるのだが、人間というのは、一方的にいいとこ取りばかりしていると、かえってストレスになってしまうという傾向がある。

だったら、「お互い様」 という貴重な文化を、ブログの世界でも踏襲しようではないか。私が前述の "「コバンザメのごとき宣伝行為じゃありませんよ」 という副次的意味" に多少こだわるのは、互酬性の原則から外れたくないからである。

世間から一方的な 「借り」 を作らない方が、すっきりした気分でいられるというものだ。

それから蛇足だが、私のもう一つのブログ 「和歌ログ」 に、一時、大量のトラックバック・スパムが付いたことがあった。アクセスの少ない地味な文芸ブログにスパムが集中するのが、当初は理解できなかったのだが、どうやら URL の末尾にある "wakalog" という文字が誤解の元だったらしい。

「和香ちゃんのブログ」 みたいな、ネットアイドル路線と思われていたようなのだ。

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2006/12/08

ニフティさんの、とんだ上場祝い

ココログの長時間メンテナンスにより、「今日の一撃」 の更新は、2日間にわたり、はてなブログ のみで行なう変則措置で切り抜けたが、なんと、ココログはバージョンアップに失敗し、元の状態に戻してしまったんだって (参照)。

要するに、53時間もかけたのに、何にも変わらなかったということだ。

昨日、出張した金沢のホテルに戻り、はてなだけにアップしたデータをココログにコピーしようとしたのだが、バージョンアップしたにしては、レスポンスが全然改善されていないので、どうしたのかと調べたら、この体たらくだった。

まあ、ニフティさんお得意の 「メンテナンス、バージョンアップの結果、レスポンスがますます悪化」 というケースよりは、前のままという方がまだましなので、妙な安心のし方をしてしまっているのだが。

ニフティがココログのバージョンアップを 12月 7日の完了予定で開始したのは、もちろん、この日に、東証二部に上場が予定されていたからだろう。上場祝いに華々しく (?) ブログのバージョンアップを成功させて、株価を上げちゃおうという目論見だったのだろうけれど、大失敗で逆効果だったようだ。

結局は、21万円の売り出し価格を下回る 20万3000円の終値となったらしい。でも、この程度で済んでよかったね。ココログの失態がもっと大々的に取り上げられたら、多分 20万円を切っていただろう。

もっとも、ココログのバージョンアップ失敗は、昨日の 15時頃になって初めてわかったことなので、このマイナス効果は今日になって本格的に現れるかもしれない。

このバージョンアップに向けたメンテ自体が、しっかりした確証もなく、単に 12月 7日の株式上場にタイミングを合わせるために見切り発車したものだったとしたら、もともとそれほど大したものでもなかったニフティへの信頼は、ますます地に落ちたといえる。

ココログのメンテというのは、前回のただ一度を除いて、うまくいった例がないので、本当に大丈夫かなあと、不安だったのだが、今回も期待を裏切らず (?) きっちり失敗してみせてくれたわけだ。とんだ上場祝いである。

次はうまくやってね。ニフティさん。

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2006/12/06

「スルー力」 の頃合いは難しい

「するーか」 って何のことかと思ったら、「するーりょく」 と読むんだって。

「スルー力」 - うむ、これはなかなかの新語だ。 ただし、ちょっと表記が今イチだ。「カヌー」 という文字を見て、「ちからまたいち」 なんて読んじゃった、私の母のような人もいることだし、紛らわしさは避けられない。

「スルーする」 という言い方を最近よく聞くけれど、これって、もちろん和製英語だ。英語の "through" は動詞じゃない。"go through" とか "drive through" とか、他の言葉と組み合わせられて、始めてまとまった意味をもつ。

本来の英語を使うとしたら、ignore とか disregard とかが、日本語化した 「スルーする」 に相当するんだろうなという気がする。Neglect というのは、意図的というより、うっかり見落としちゃったみたいなニュアンスもあるので、ちょっと違うと思う。

とすると、「スルー力」 は、"ability to ignore" と言ったらいいのだろうか。「無視する能力」 あるいは、「知らんぷりする能力」 とでも直訳したらいいだろう。

英語に "Ignorance is bliss" という言い回しがあって、日本語の 「知らぬが仏」 に当たると言われているが、本当のところはどうなんだろう。

「知らぬが仏」 は、本当に全然気付かないので、天真爛漫にのほほんとしていられるのだが、英語の方は、余計な関わりを持たないでいるのがいいというニュアンスが感じられる。同様に、スルー力は十分に意図的なものである。

スルー力が強い人は、自分は傷つかないかもしれないが、相手に対しては冷たすぎるということになる。何しろ、何を言っても反応してくれないのだから。しかし、スルー力が弱いと、誠実すぎて、自分がダメージを負う。下手すると、いじめられっ子になりかねない。

一般的には、スルー力が強すぎると 「傲慢」 になり、弱すぎると 「脆弱」 になってしまうと言っていいだろう。

私は、自分のブログでは全てのコメントにレスを付けるように心がけているが、それでも、反応のしようのないコメントというのもある。あるいは、執拗なコメントにまめに反応しすぎてうっとうしくなり、最後には爆発してしまったことも過去に一度だけある。

「スルー力」 の頃合いは、かなり難しいもののようだ。

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2006/11/17

再び、ブログはコンパクトにしたい

私は昨年 12月に、 「ブログのテキストは、コンパクトにしたい」 のタイトルで、できるだけ 30行ぐらいで抑えたいなんて書いている。

それなのに、いかんなあ。最近、またしても長くなってきた。詰まるところは趣味の問題だけど、私としては、短めでかちっとした、歯切れのいいテキストで行きたいのだよ。

世の中には、長文を長文と感じさせないブログも、いくらでもある。しかし、毎日更新して毎日読んでもらう前提で運営しているウチのようなところは、そうそう長いテキストに付き合ってもらうのは、心苦しいのだ。

だって、私自身、毎日アクセスして読むブログでは、申し訳ないけど、あまり長いと飛ばし読みしてしまう。何もブログを読むために生きているわけじゃない。毎日毎日そんなに時間をかけて熟読するほど、暇じゃないのだ。

そりゃあ、たまにはどんなに長くても気合いを入れて読みたくなるエントリーだってある。しかしそんなのは、こう言っちゃあなんだが、何本かに 1本という割であって、やっぱり、日常的に飛ばし読みをせずにきっちり読めるのは、30行ぐらいが限度だ。

だから、人がどう言おうが、「きっこの日記」 なんていう長尺ものは、とてもじゃないが、毎日巡回しようなんて気には、全然ならないのである。

自分がそうなのだから、他人もそうだと決めつけるわけではないのだが、少なくとも、自分のテキストなら、自分の身体性というものに沿ったハードボイルドな分量で書くというのが、正直というものだろう。それが、いわゆる一つの個性ってなことにもなるだろうし。

それに、きちんとした文章力さえあれば、大抵のことは 30行あれば言えてしまうはずである。それで言えないような内容ならば、さわりだけ書いて、後は本宅サイトの 「知の関節技」 にでも、長々と書けばいい。

というわけで、今日あたりからまた、コンパクトなテキストを心がけてみたいと思うのである。テキストというのは案外難儀なもので、ちょっと気を許すと、ついまた長くなりそうなのだが。

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2006/09/30

ブログをいつ更新するか

はてな Question に、サイトやブログ等を定期的に更新してる運営者に対し、「更新時間を意識して更新してますか?」 という質問があり、その回答は 「自分が更新したいときに更新する」 が圧倒的に多い。(参照

これって、サイトの性格によって、差がありそうな気がする。

私は正真正銘の 「毎日更新派」 で、それも "Today's Crack" (このブログ) と、文芸サイトである「和歌ログ」 の 2つを、きちんと紛れもなく 「毎日更新」 している。

そして、この "Today's Crack" に関しては、だいたい日付の変わる前あたりに描き始め、日付が変わってまもなくアップするというローテーションで廻っている。今日は月末締めの原稿に追われて、夜中の 1時を過ぎてしまったが、普段は、12時半までには更新し終えている。

しかし、"Wakalog" の更新時間は、日によってまちまちだ。これは、毎日和歌一首と、写真 1枚を組み合わせて構成している 「写真和歌日記」 みたいなものなので、まず、気に入った写真が撮れなければならないし、その写真と関連した和歌を詠むのに、また時間を取らなければならない。

写真はお昼頃までに撮ってしまうことが多いが、和歌を詠むのに手間がかかると、更新は夕方とか、夜になってしまうこともある。歌詠み自体は、ものの 20分ぐらいあればいいのだが、仕事の合間にやっつけてしまうことが多いので、その日によって、何時になるか、さっぱり予定が立たないのである。

"Today's Crack" の方を、ほぼ時間を決めて更新しているのは、こっちの方が読者が圧倒的に多いということもある。中でも固定読者は、毎日大体決まった時間にアクセスしてくれる傾向があるようなので、こちらもそれに応えなければならないように、勝手に思っている。

インターネットのゴールデンタイムは、21:00~24:00 あたりという説がある (参照) が、私のサイトの場合はちょっと様相が違う。確かに夜のアクセスも多いには多いが、それは検索サイトからの一見 (いちげん) 客の比率が高い。

常連さんのアクセスが圧倒的に多いのは、朝の 9時前後と 昼の 12時からの 1時間だ。「知のヴァーリトゥード」 と "Today' Crack" の場合、会社に出社してパソコンのスイッチを入れ、まずはウチにアクセスするという方が、かなり多いようなのである。

朝一番でアクセスしそびれると、お昼休みということになる。だから、私のサイトのアクセスを棒グラフで見ると、朝と昼が抜きんでている。

私は、朝一番でとりあえず見に来てくれる読者のためにも、夜中のうちに更新しておきたいと思っているわけだ。朝の 5時とか 6時とかに起きて更新しようという意気地がないので、つい夜中になってしまう。

そして、たまに眠くてたまらない時があって、夜中になる前にばったりと寝てしまうと、更新が朝から昼にかけてになってしまうことがある。こんな場合、朝一番でアクセスしてくれる常連さんに、とても申し訳ない気持ちになってしまうのである。

常連さんの多くはとても律儀なことに、朝一番で更新されていないと、お昼休みにもう一度チェックしてくれるという傾向があるようで、ありがたいことなのだが。

"Walalog" のような特殊ケースを除けば、ある程度更新の時間帯を決めておかないと、「毎日更新」 を続けるのは難しいような気がしている。そして、私の場合でいえば、更新時間をある程度決めているのは、「時間を意識している」 とともに、「読者を意識している」 ということでもあるのだ。

これって、業界新聞記者上がりで身に付いた性分のせいなのかなあ。

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2006/09/21

連続 1000日更新を達成

"Today's Crack = 今日の一撃" は 「(ほとんど) 毎日更新」 を謳っているが、ここ 2年半以上は、「ほとんど」 という但し書き不要で、正真正銘の毎日更新を継続している。

そして、今日で 1000日連続更新という記録を達成してしまったのだ。平成 15年 12月 26日から、1日も休まず書き続けたのである。

そして、実をいうと、平成 15年 12月 26日というのは、当コラムの日付の付け方を変えた (参照) 日で、それまでは、その日付のエントリーをその日の夜に書いてアップロードしていたのだが、この日から、翌日付のエントリーを夜のうちに書いておくという原則にしたので、1日飛んでしまったのである。

だから、裏の事情を言ってしまうと、この年の 12月 14日から、既に連続 1012日間、休まず書き続けているのだが、公式記録上は、今日で連続 1000日ということになる。いずれにしても、ブログ界広しといえども、連続 1000日以上更新というのは、それほど多くないんじゃないかと思う。

「ほぼ毎日更新」 ということなら、平成 14年 3月から継続していて、なんと、4年半にもなるのだ。最初の 5か月ぐらいは、3~4行のコメント程度だったのだが、同年 8月からは、まとまったコラムになった。だから、そうなってからでも、1400本以上のコラムを書いてきたことになる。

我ながら、よくもまあネタが続くものである。

それに加えて、私の場合はもう一つのサイト、「和歌ログ」 の方でも、「一日一首」 の毎日更新を継続していて、そっちの方は既に連続 1千首目を先月 27日に達成してしまっている (参照)。

1つのサイトで 長期間にわたり毎日更新しているブロガーは、他にもいくらでもいるかもしれないが、まったく毛色の変わった 2つのサイトで、平行してそれぞれ連続 1000日以上の更新をしてるというのは、ちょっとだけ自慢しちゃっても、罰はあたらないかもしれない。

あ、それから、今日中か、または明日の早い時点で、本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 の 20万ヒット目が達成されるはずだ。キリ番をゲットした方には、恒例の 「和歌のキリプレ」 があるので、よろしく。

それと、ブログの "Today's Crack" も、そろそろ 30万ヒットなので、そっちの方もよろしく。(キリプレはないけど)

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2006/09/10

「個人ニュースサイト」 をどう捉えるか?

恥ずかしながら、「ブロゴスフィア」 という言葉を最近知った (