カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の72件の記事

2009/09/17

ブロガーのスランプ

昨日、自分のブログの 3年半前のある記事を確認する必要が生じて読み返したら、我ながらおもしろいのである。

その翌日の記事もおもしろいし、翌々日の記事もまたおもしろい。つい、ほぼ 1週間分の過去の記事を読み返して、「あの頃は今より冴えてたのかも」 なんて思ってしまった。

実は近頃、ブログのネタに少しだけ苦労し始めている。いや、決してネタがないわけじゃない。いくらでもあるのだ。私のメモ帳 (最近は iPhone の 「メモ」 機能を使っている) には、日頃書きためたネタが常に 5つか 6つゴロゴロしている。

しかし、メモしたネタのうち、実際に使えるのは 5つに 1つあるかどうかである。さらに、実際書き始めてから、「始めに感じたほどおもしろいネタじゃないかも」 なんて思ってしまうこともある。ひとつには、近頃仕事が忙しくなってしまって、なかなかじっくり一つのネタを掘り下げる時間が取れないということもあるのかもしれない。

あまりじっくり掘り下げなくても、直観でサクサクっと書いてしまえるネタというのもあるのだが、このくらい長くブログを続けていると、そんな重宝なネタはほとんど過去に書いてしまっている。繰り返しを絶対に避けたいというわけでもないが、同じようなネタばかりになってしまっては、自分の気が済まない。

あるいは、単純にちょっとしたスランプなのかもしれない。そういえば、前にスランプというモノについて漠然と考えたことがある。そうか、それでは、今日のところはそれでいってみよう。

スポーツの世界でも、好調をコンスタントに維持するのは難しい。単に体調の波ということもあるが、メンタルな要素も大きい。例えば野球の打撃について、前にある解説者が次のように言っているのを聞いたことがある。

打撃の好調が続くと、選手自身気をよくしてしまって、大抵の球はヒットできるような気がしてくる。それで欲が出て、打ちにくい球にもつい手が出てしまいがちになる。その結果、フォームが微妙に崩れ、だんだん思うようなヒットが出なくなる。それがスランプの始まりなのだという。

スランプが続くと今度は慎重になり、明らかな好球にしか手を出せなくなる。するとだんだんヒットが出始め、いいときの感覚がよみがえり、調子が上向く。こんなような波の繰り返しがあるのだという。人間は機械じゃないから、どうしても波があるのだ。

スランプの原因というのは、その程度の微妙なことである。その結果にしても、野球でいえば、3割打てるか 2割 5分を切るかというのは、100回打ってヒットが 5~6本増えるかどうかという程度のことだ。初めから 2割 5分打てない打者が 2割を切っても、それが 「スランプ」 といえるかどうかは微妙である。

ブログブームといわれた現象が過ぎ去ったのも、こうしたことと無縁ではないだろう。多くのブロガーは、初期の頃の、書くことがいくらでもあった時期を過ぎて、いわばスランプになってしまったのだ。

誰だって腹の底にたまっていて、いつか書いてやろうと思っていたようなネタはいくつかある。ブログを始めた当初は、そうしたことを思い切り書いてしまうと胸のつかえがおりて気持ちがいい。ところが、ネタが尽き始めて小ネタを書き始めると、初期の頃の 「いい気持ち」 がなかなか得られなくなる。

「こんなはずじゃない」 と思う。「ブログを書くって、もっと爽快なことのはずだった」 という気がする。すると、なんだか馬鹿馬鹿しくなって更新をしばらく休むことになる。そのうちまた書くことができればいいが、そうでないと 「しばらく」 が 「ずっと」 になって、消え去ったブロガーも多い。

一方、初めから 2割 5分打てない打者に 「スランプ」 と呼べるものがあるかどうか微妙であるように、こういっちゃ何だが、何年もずっとおもしろくもなんともないブログを書き続けているという例もある。まあ、それはそれでブロゴスフィアの裾野を広げる役には立っていると思う。

私個人としては、ここまで 「毎日更新」 を続けてしまった以上、更新を休もうという発想がないのである。それは意地とかそういったものではなく、もはや 「毎日ブログを書き続けるカラダ」 になってしまったのだ。書かないと気持ち悪いのである。まったくもって因果なことだ。

こんな時には無理に大ネタを書かずに、ぼちぼちと小ネタで続けていると、そのうちヒットが出始めたりする。というわけで、「近頃、胸のすくようなヒットがないなあ」 と思っている方も、よかったら辛抱してお付き合い願いたい。

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2009/07/22

ココログから 「落語」 の 2文字が落ちた

昨日、乙痴庵さんからコメントで、「落語と手話と夢之助」 という古い記事のタイトルから 「落語」 の 2文字が抜け落ちて、「と手話と夢之助」 になっていると知らせていただいた。

タイトルだけではない。本文からも 「落語」 の 2文字がすべて消えて、えらく読みにくくなっている。

さっそく修正したが、ゴキブリが一匹いたら百匹いると思えと言うので、Google で自分のブログ内検索をしてみた。もちろん、キーワードは 「落語」 である。私は案外 「落語」 の話題を使うので、結構な記事がヒットする。

そしてその記事の本文をみると、すべてのケースでというわけではないが、多くの記事の中に使われた 「落語」 の 2文字が見事に消えてしまっている。修正に大変な手間がかかった。それにしても、こりゃ一体、どういうわけなんだ。

咄嗟に思い浮かんだのは、ココログが 6月 30日に実施した大規模メンテである。あのメンテは、ココログ得意のチョンボがあったようで、予定時間を大幅にオーバーしてしまった。かなり問題続出だったようである。

あのメンテが原因という証拠はないが、あれが怪しいんじゃないかという気がしてしまう。それにしても、なんで私の記事の 「落語」 という 2文字が落ちてしまうんだ? ベタすぎて、洒落にもならない。

私以外にも、ココログ・ユーザーで 「落語」 の 2文字が消えている人がいるかもしれない。思い当たるところがあったら、ちょっと確認作業をしてみる方がいいかもしれない。

というわけで、疲れたので、今日は短め。

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2009/07/08

ウチのブログの傾向

ココログでは、カテゴリー別の表示ができるようになっている。デフォルトでいくつかのカテゴリーが設定されているが、自分で新規カテゴリー加えることもできる。

こちらのアーカイブ・ページの真ん中より上が時系列のバックナンバーで、その下にカテゴリー別表示のリストがある。

カテゴリーの多くはデフォルトで設定されていたものだが、自分で新たなカテゴリーをプラスすることもできる。「言葉」 「比較文化・フォークロア」 「哲学・精神世界」 などのほか、そうそう、「唯一郎句集 レビュー」 も、もちろん私が作ったカテゴリーだ。

ふと思い立って、自分の書いている記事がどんなカテゴリーに分布しているのか調べてみた。これを調べれば、自分が興味を持っている分野とあまり興味のない分野が客観的にわかるんじゃあるまいかと思ったのだ。

で、ちょっと手間をかけて調べてみたのが、以下の表である。記事の本数の多い順に、上から並べてある。一つの記事に複数のカテゴリーを振り当てている場合もかなりあるので、合計してしまうと、記事の本数をかなり上回る。

日記・コラム・つぶやき 245
経済・政治・国際 222
言葉 177
ニュース 164
パソコン・インターネット 162
比較文化・フォークロア 136
心と体 123
哲学・精神世界 87
世間話 79
ウェブログ・ココログ関連 69
自然・環境 66
マーケティング・仕事 57
旅行・地域 57
文化・芸術 54
スポーツ 50
グルメ・クッキング 46
唯一郎句集 レビュー 40
ファッション・アクセサリ 38
庄内の話題 37
学問・資格 28
音楽 24
映画・テレビ 22
芸能・アイドル 19
ちょっといい話 16
携帯・デジカメ 10
住まい・インテリア 9
書籍・雑誌 6
おすすめサイト 3
育児 3
ペット 3
美容・コスメ 2
アニメ・コミック 1
恋愛 1

この表を見る限りでは、「日記・コラム・つぶやき」 というカテゴリーに入る記事が断トツで多い。それも道理で、ただ漠然とした記事は面倒だからみんな、このカテゴリーの中に放り込んである。分類が面倒な時に放り込む押し入れみたいなカテゴリーである。

その次に多いのが、「経済・政治・国際」 というカテゴリーだ。私は政治経済や国際問題に特別関心があるわけでは決してないが、こんなに大それたテーマを 3つもひとくくりにしてしまっているのだから、記事数が多くなるのも当然である。

それから、私が少々こだわっている公選法改正や選挙でのネット・キャンペーン解禁という話題が、当然ながらここに入るので、どうしても本数が多くなってしまう。

これ以外に記事本数が 100本を越えているのは、「言葉」 「ニュース」 「パソコン・インターネット」 「比較文化・フォークロア」 「心と体」 である。この中で、「ニュース」 「パソコン・インターネット」 の中には、比較的 「埋め草」 的記事が多いという印象を、自分ではもっている。

ちなみに、「埋め草」 とは、取り立てて重要な記事がない時に、しかたなくスペースを埋めるための記事である。いずれもその時々の話題の中からテキトーに見繕うことができるので、さっと書きやすい。

一方、「言葉」 「比較文化・フォークロア」 「心と体」 というカテゴリーは、私が本当に興味をもっているテーマということができる。当初はこのカテゴリーの記事がやたらと増えてしまっていた。いつだか忘れたが、新たに 「哲学・精神世界」 というカテゴリーが加え、かなり多くの記事をこちらに分けたので、今の程度の状態になったというわけだ。

私は禅宗の坊主の孫という生まれのせいか、こうしたテーマで書きたがる傾向が、我ながら強いと思う。

逆に、本数の少ないカテゴリーをみると、「アニメ・コミック」 「恋愛」 というのが、各 1本ずつしかない。色気のないことである。さらにデフォルトで設定されている 「趣味」 というのは 0本だ。なかなか極端である。

アニメ・コミック」 のカテゴリーで書いてあるのは、『ドラえもん』 の大山のぶ代さんを賞賛する記事だし、恋愛」 のカテゴリーも、当世の若い連中の恋愛観に疑問を抱いたというものだ。残念ながら、こうしたテーマにいかにもありがちな濃い内容ではない。

「経済・政治・国際」 のカテゴリーの記事にしても、私は快刀乱麻の如く切りまくるなんていう書き方はしたくないと思っているので、ポピュラーなインパクトにはものすごく欠ける。こうしてみるとやっぱり、ウチは人気ブログになるような要素はあまりもっていないようなのである。

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2009/07/01

ココログがメンテすると、決まって ……

昨日は @nifty がココログのメンテでチョンボしちゃったようで、昼過ぎから夕方まで "Today's Crack" が閲覧すらできない状態となり、管理画面には 10時頃まで入れなかった。

その逆境にもめげず、昨日の Today's Crack に 824 ものアクセスが記録されたのは、誠にありがたい限りである。

ココログがなにかメンテをするたびに、事前に知らされた予定時間の倍以上かかった上に、かえってシステムがおかしくなって不具合ばっかり生じる結果になってしまうのは、2年半前頃まではほとんどお約束だった。(参照 1参照 2参照 3参照 4参照 5

だから、「機能向上のために大規模メンテを行います」 なんていう告知がされると、「ああ、また大規模におかしくなってしまうのか」 と、ため息をついていたものである。

ところが、近頃はそんなこともなく、3時間の予定でメンテの告知があっても、実際は 2時間ぐらいで終わったりしていた。「ココログもかなり進歩したなあ」 と、感心していたのである。ところが、昨日は 2年半前ぐらいまでのイライラを思い出してしまった。

こんなこともあろうかと、昨日の Today's Crack の更新は、日付が変わって間もない夜中のうちに済ませておいた。近頃は年のせいか、眠くてたまらくなるので、昼とか夕方とかの更新が増えてきてしまったが、以前は夜中のうちの更新がお約束だった。メンテの度にイライラしていた頃の習慣を復活させたというわけである。

Today's Crack の方の更新はこれで OK だったわけだが、和歌ログの更新がままならない。夕べはいろいろと急な仕事が重なって、10時半過ぎまであちこちに確認の電話をかけまくるという、ちょっとすさまじい夜になってしまったのだが、その間にちょこちょこと管理画面にログインしようとしても、「メンテナンス中です」 という表示が返されるばかりである。

久しぶりで味わうストレスだったが、10時頃に試したら、ようやく管理画面に入れた。ログインが殺到して殺人的に重くなってしまう前に、サクサクっと和歌ログの更新を済ませて、再び急ぎの仕事に戻ったので、今朝はチョー眠い。

夕べの更新でちょっとむっときてしまったのは、和歌ログの 6月 30日のログが消えてしまっていたことである。メンテの途中で相当いろいろトラブルが発生したみたいで、私の他にもログが消えてしまったという人はいるのではあるまいか。

こんなこともあろうかと、私は "Today's Crack" のバックアップは 「はてな」 に、「和歌ログ」 のバックアップは 「楽天」 に取ってあって、それぞれココログがトラブった時のリザーブとして使うようにしている。これがないと、安心してココログでブロガーなんてやっていられない。

今回のメンテもようやく一段落したようなので、@nifty さんには、しばらくはあまり余計なことをしないようにお願いしておきたいところである。

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2009/06/16

2000日連続更新

実は、Today's Crack は今日で 2000日連続更新ということになった。平成 15年 12月 26日からずっと欠かさず更新が続いている。

「ちょっと待て、この Today's Crack というブログが始まったのは、平成 16年 7月 1日からじゃないか」 と言われそうだが、それ以前から本宅サイト内で更新していたのだ。(参照

そして、正真正銘の毎日更新というのではなく、「ほぼ毎日更新」 ということだったら、平成 14年 3月から継続していて、既に 7年以上になってしまう。さらにもう少し詳しい事情が 1000日更新記録の日の記事に書いてあるので、再録する。

実をいうと、平成 15年 12月 26日というのは、当コラムの日付の付け方を変えた (参照) 日で、それまでは、その日付のエントリーをその日の夜に書いてアップロードしていたのだが、この日から、翌日付のエントリーを夜のうちに書いておくという原則にしたので、1日飛んでしまったのである。

だから、裏の事情を言ってしまうと、この年の 12月 14日から、既に連続 1012日間、休まず書き続けているのだが、公式記録上は、今日で連続 1000日ということになる。

というわけなので、裏記録としては今日で、2012日連続更新を達成ししてしまっている。そして、私が運営しているもう一つのサイト 「和歌ログ」 では、既に先月の 23日に、連続 2000首目の歌を詠んだ。

ブロゴスフィア広しといえど、まったく毛色の違ったブログ 2つを、5年半以上も毎日更新しているというのは、稀なケースなんじゃなかろうか。それにしても、我ながらよくもまあネタが続くものだ。

この 5年以上の間のアクセス数の変化が、なかなか興味深い。最初の頃は、どんどんアクセスが増え続けたので、データを取るのが楽しみだった。とくに 3年前ぐらいは、前年同月比で 200~300%という 「行け行けドンドン」 的な増加だった。思えばこの頃が 「ブログ・ブーム」 の最盛期だったのだろう。

ところが、2年前から伸びが止まり、昨年当たりからは、前年同月比で 80~90%ということが多くなった。まあ、3年前が 「ブログ・バブル」 で、このくらいが正常な状態なのだろう。この変化に伴って、私自身もウケ狙いの記事を書く気が全然なくなって、割と地味なテーマを追うようになった。

ここみたいなサイトは、一日平均で 3000も 4000もアクセスが集まるようなことはない。今後も地味に展開していきたいと思っている。

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2009/01/16

知のヴァーリトゥード 7周年

私の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 は平成 14年の 1月 16日に、敢えて知人にも知らせず、ひっそりとスタートした。

つまり、今日は 「知のヴァーリトゥード記念日」 である。7周年ということになる。さらに言えば、"Today's Crack" は昨年大晦日で、5年間の毎日連続更新を達成済みである。

サイトをスタートさせた頃は、「ブログ」 なんていう言葉は存在しなかった。だから、"Today's Crack" の更新は、サイト内のウェブページでやっていた。そして平成 15年の暮れ、「平成 16年は正真正銘の毎日更新を達成してみよう」 と思い立った。

それまでも 「ほぼ毎日更新」 というのは 1年 9ヶ月ぐらい続けていた。だから、「正真正銘の毎日更新」 も、それほど気負い立たなくてもできるだろうと、軽い気持ちで決心したのである。人間、何か達成しようというなら、あまり悲壮にならず、「軽い気持ち」 で始める方がいい。

「なあに、それくらい、さくさくっとできるさ」 というぐらいの気持ちが、ちょうどいいようなのである。心理学的にも、物事を達成するには、「いい意味でなめてかかる方がいい」 と言われている。

「果たして自分にできるだろうか? できないかもしれないけど、とりあえず、チャレンジだけはしてみよう」 なんていうのでは、たいてい失敗する。始める前に、「できなくてもしかたないよね。だって、難しいチャレンジなんだもん」 というエクスキューズが用意されているからだ。

「それくらい、できるさ」 という決心は、一見ちゃらんぽらんに見えるが、実は案外、背水の陣なのである。失敗を想定していないのだから、やるしかない。しかも、あまり悲壮感が伴わないから、楽しんでやれる。この 「楽しい背水の陣」 というのも重要ポイントだ。

「楽しい背水の陣」 というのは、幸運をも呼ぶ。平成 16年の夏、サイト内でいちいち枠を作って毎日新しいコラムを書くという作業が、うっとうしくてうんざりしかけた頃、世の中では 「ブログ」 というのが本格的に盛んになっていた。

で、「よっしゃ、ブロガーになろう」 なんて思ったわけじゃなく、単に面倒なウェブ編集作業から解放されそうだったので、この年の 7月から "Today's Crack" をブログに移行させた。これが 「当たり」 で、更新作業は圧倒的に楽になった。

形としてのブログを始めるずっと前から、実質的にはブロガー的なことをしていたわけなので、更新の苦労なんてない。作業的にはウェブ内でやっていた頃より楽なので、ますます楽しんでやれる。

で、「正真正銘の毎日更新」 は、気が付いてみたら 5年間を越してしまっていたというわけだ。よくもまあネタが尽きないものだと、それだけは我ながら感心してしまう。

そして、しょっちゅう読んでくださる読者の方々に心から感謝し奉る次第である。読んでくれる人がいなかったら、こんなに続けることなんて、とうていできやしない。

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2008/12/25

今後のブログは 「小ネタ」 の勝負

ブログの世界がちょっとつまらなくなってきたと言われて久しい。私のブログも、一時の右肩上がりが続いていれば、今頃は 1日に3,000ヒットぐらいしていてもいいのだが、勢いが止まってしまっている。

この原因に近頃気がついた。これは、「大ネタ」 が語り尽くされてしまったからである。

ブログ勃興期は、「大ネタ」 がほとんど手つかずのまま残されていたから、多くのブロガーがそれについて熱く語ることができた。大ネタには多くのコメントがつき、それがさらに発展して、それぞれの新たなブログ記事になるという拡大再生産が行われた。

ところが今や、大ネタは語り尽くされたのである。政治問題、経済問題、社会問題などなど、いろいろな大ネタが既にいろいろなブロガーに取り上げられ、それぞれの視点から語られた。今さら何を言っても、それらの二番煎じになるだけである。

新しいニュースにしても、それに類したことは既に何度も報じられているから、個別のニュースついて論じてもいつものパターンになってしまう。二番煎じに変わりはない。あるニュースに個々のブロガーがどんな反応をするかは、読む前から大体想像がついたりしてしまう。

二番煎じだから、コメントも盛り上がらない。そうなると拡大再生産も行われない。縮小に向かうのみである。アクセスも減る。ブロガーは、ただでさえネタに困っているのにアクセスも減ってしまうのだから、書き甲斐がなくなってしまう。自然に更新頻度が減る。そしてますますアクセスが減る。

ちょっと話は変わるが、今、文学博士になるのはとても難しい。文学博士に比べれば、理学博士や工学博士は比較的容易だと言われる。それは、理工学の分野は日進月歩なので、画期的なテーマの博士論文がいくらでも書けるからである。一方、文学の世界は大ネタは論じ尽くされていて、新しいテーマがなかなか出てこないので、書きにくいのだ。

そうなると文学博士になるためには、これまであまり論じられなかったニッチなテーマを、ちまちまと掘り下げて論文を書くしかない。しかし文学を志すような人のこととて、そんなつまらないことはあまりしたくない。もっとおもしろい仕事がいくらでもある。自然、文学博士になるための論文なんて書く人が減るのである。

ブログの世界は今、文学博士論文と似たような状況になりつつあるんじゃあるまいか。論じておもしろそうな大ネタが、決定的に不足しちゃってるのである。そうなると、これからもブログを書き続けようという人は、エッジの立った洗練された小ネタを 「ウリ」 にする方がいいかもしれない。

それに気付かず、手垢の付きすぎた大ネタばかり繰り返していると、ブロゴスフィアは停滞してしまうだろう。

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2008/11/15

急にアクセスが増えちゃって

昨日、"Today's Crack" へのアクセスがやたらに多いのでリンク元を調べたら、「日刊ココログガイド」 の 「2008年11月14日のおすすめ」 で当ブログが紹介されていたのだった。

こんな紹介ページができていたなんて、全然知らなかった。紹介された効果は、まあ、大手ニュースサイトより下というところだ。

Crack_081115_3紹介されたのは、一昨日の 「消費者からの不思議な電話」 という記事だ。記念だからちょっとスクリーンショットを撮っておいた。(クリックすると拡大する)

せっかく紹介してもらって文句をいうわけではないが、「少しは考えた? 消費者からの不思議電話に企業も辟易」 というコピーには、ちょっとひっかかるものがある。「少しは考えた?」 って、一体、誰に向かって、問いかけてるんだろう? よくわからんのである。

私は別に、読者に向かって 「少しは考えろよ!」 なんていうつもりで書いたわけではないので、そのあたり誤解のないよう、よろしくお願いしたいところである。

ココログのポータル的なサイトで紹介してもらったおかげで、昨日のアクセスはかなり増えた。いつもの 3倍以上である。これが嬉しくないというわけではないが、ブロガーとしてもそろそろすれっからしの部類に入ってきた私としては、もはや手放しで喜ぶなんてことはないのである。

昨日当ブログに来てくれた人たちの多くが、今日も来てくれるなんてことは、まずない。まあ、まったくないというわけではないのだが、その確率は多くて 10パーセントぐらいのものだ。

つまり、たまたま来てくれた 2000人のうち、明日も来てくれるのは、200人以下で、それもだんだん減っていき、常連として残ってくれるのは、10人以下というところだろう。過去のデータが如実に物語っている。

うちのブログがニュースサイトに取り上げられて、1日に 4000とか 5000とかのアクセスを記録したことが、前にも何度かある。初めのうちは、その異常なアクセスの 1割でも常連になって毎日来てくれたらなんて期待したが、そんなことは全然なかった。それがあったら、ウチのアクセスなんて今頃、1日 1万以上になっていてもいい。

というわけで、昨日の昼頃、異常なアクセスに気付いたので、私は意識してクールダウンすることにしたのである。

本当は昨日のエントリーのタイトルは、「麻生首相の怪しい願望」 みたいなものにするつもりでいたのだが、敢えてそうしたセンセーショナリズムは避けて、"「言い間違い」 を巡る冒険" なんていう当たり障りのないものにしたのである。「~を巡る冒険」 というのは、常連の方はおわかりだと思うが、当ブログの定番タイトルである。

派手で思わせぶりなタイトルで釣ると、こう言っちゃなんだが、お子様が集まりすぎてしまうおそれがある。だって、件の 「日刊ココログガイド」 の 「コネタマ」 というネタ提供ページの 「オススメ」 なんてのをみると、なんとなくお子様っぽい雰囲気なのだよ。こんな具合。

08年「今年の漢字」、あなたは何にする? イベントも開催!
2008年秋ドラマ、あなたのイチ押しはどれ?
内緒で買ったもの
ボーナスが出たら買いたいガジェットは?
あなたが注目する美男・美女アスリートは誰?

うぅむ、うちのコメント欄がこんな感じの色に染められちゃったりするのは、できれば避けたい。そんなわけで、私はアクセス増加を歓迎しないわけではないけれど、それはゆったりしたペースで実現したいものだと思っているわけなのである。

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2008/10/26

結局はキャラ勝負だし

本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 の 50万ヒットは、昨日めでたく達成された。キリ番をゲットしてくれたのは、あの、中森明菜を語らせたら日本一の、まこりんさんである。

まこりんさんのサイトに一度行ってみるといい。余人の追従を許さぬ絶対的分野をもつって、すごいことだと思わされるから。

とはいえ、あまり褒めすぎると、向こうもむず痒くなっちゃうといけないからこのくらいにして、私のサイトのお話である。私の場合は、まこりんさんとは対照的に、「広く浅く」 のごった煮主義である。

ウェブサイト勃興期に、「サイトは性格を絞り込んで製作しなければ成功しない」 なんていわれたが、私は初めからそれに反旗を翻して、「ごった煮」 主義でサイト構築をしてきた。その心意気は、5年以上前に、本宅サイト内の このページ に書いているので、よかったら読んでみていただきたい。

で、私のサイトは 「何でもあり」 ということなのだが、それでも、気付いている人は気付いているかもしれない。「tak-shonai は、いろいろ幅広い話題を語っているように見えるけれど、最終的に言いたいことは、煎じ詰めてみると、いつも大体決まり切ってるんじゃないか」 と。

そんな視点でまこりんさんのサイトをみると、「歌謡曲」 中心の音楽と少女漫画にカテゴリーを絞り込んでいるにもかかわらず、それをダシにして結構幅広いことを語っていて、それでもやはり最終的にぐぐっと集約された 「まこりん的地平」 に連れて行かれたりするのも、結局は同じようなものなのかもしれない。

間口なんて広げようが狭めようが、結局はキャラクターの勝負ということであり、そのキャラクターも、長くやっているうちに、ふと気付いてみると少しずつ進化しちゃてるというのが、個人サイトと長く付き合うおもしろさだと思う。

首尾一貫してはいるけれど、何年経ってもまったく変わらなすぎというのも、やっぱりつまらない。ずっと変わらぬ完成度なんていうのは、桂の 「明烏」 ぐらいになってから言われればいいことだ。

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2008/08/27

"Today's Crack" 100万ヒット間近

当ブログ "Today's Crack" の 100万ヒットがいよいよ間近になってきた。今朝、電車の中で確認したら、"990002" となっていて、いよいよ、残り 1万を切った。

多分、遅くても来月の 10日頃までには達成されるだろう。念のため、カウンターは早めに 7ケタ表示に変更しておいた。

このブログは、本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 で 6年以上前から毎日更新していたコラムを、更新のしやすさという理由で、平成 16年 7月から Cocolog に乗り換えさせたものである。だから、私としてはあくまでも、「本宅の離れ」 みたいな意識でいる。

そんなわけなので、本宅の方が 6年以上もやってきてまだ 50万ヒットにもなっていないのに (多分、10月頃には届くだろうけど)、「離れ」 の方が 4年ちょっとで 100万ヒットになるというのは、ちょっと複雑な思いがしている。

ブログというのは Web 2.0 の代表的存在なんだそうだが、確かに、客観的にみればフツーのウェブサイトよりもずっとアクセスされやすいもののようだ。当初は、「こんなのどんどん書き殴ってるだけだから、本宅サイトの中のページの方が定番として残るだろう」 と思っていたんだけど。

確かに、ウチの本宅サイトの中の "「なおざり」 と 「おざなり」" というページなんかは、毎日どんなに少なくとも 40ヒット、多い日は 200ヒットぐらいある。たまにテレビのクイズやバラエティ番組なんかでこの話題が出ると、1,000ヒット以上になる。

というわけで、目立たない個人ブログのトップページよりはずっとアクセスを稼いでいるのだから、捨てたものじゃない。ところが、"Today's Crack" の方はそれよりもずっとすごくて、ときどき著名ニュースサイトで紹介されたりすると、私が目をむいてしまうほどのアクセスが記録される。

テレビ番組がきっかけの集中豪雨的アクセスは、せいぜい 2時間も経てば台風が急速に遠ざかるように収まってしまうが、メジャーなニュースサイトで紹介されると、子サイト、孫サイトに波及して、1週間はアクセス集中が続く傾向がある。

私のブログは、いわゆるニュースサイト好みでない渋めのテーマを取り上げることが多いので、とくに 「はてな」 系の話題には乗りにくい。それでもたまに紹介されたりすると、2,000 や 3,000 どころではないアクセスが来る。この意味で、やはりブログの威力というのは大きいようなのだ。

ウチのように掛け値なしに毎日更新を続けていると、過去ログという財産もかなりなものになるので、検索サイトからのリンクでのアクセスもかなり多い。だから、ブログの記事も十分 「定番」 として残るものだということがわかった。

ただ、私はやはりフツーのサイトもあった方がいいだろうと思っている。私の母校の校歌特集とか、「庄内力」 のサブサイトとかは、ブログにはそぐわない。何でもかんでもブログにすればいいというわけでもないのである。

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2008/08/09

またパクられてしまった

嫌なことではあるが、インターネットの世界には、パクリということがかなり蔓延しているようなのだ。

3年ほど前にも 「牧師」 を自称する人物が私のサイトからパクった記事をブログに載せているのを発見して、かなりのストレスを感じてしまったことがある (参照 1参照 2)。

今度の 「サーザの独り言 - CURURU」 というサイトは、私のサイトからパクリまくりである。困ったものである。このサイトの 8月 8日 00:12 のエントリーは、一挙 4本の記事を載せているが、すべて、元は私がブログで書いたものである。

「北京で終わってしまったオリンピック」 (私の今年 8月 6日の記事)
「ツクツクホウシの修練」 (同 2004年 8月 4日の記事)
「蝉の鳴き声に関するレビュー」 (同年 8月 20日の記事)
「セミの鳴き声というトラウマ」 (同年 9月 9日の記事)

じっくり読み比べるまでもなく、すべて見事なパクリである。第一、執拗に使用している画像も、私のサイトから無断拝借している。こちら をご覧の上、画像の坊やの顔あたりをクリックしてご覧いただきたい。

まあ、画像の方は私もありものを写しただけだから大したことじゃないと言ってあげてもいいが、テキストの方は、これをパクリと言わずして、何をパクリと言ったらいいのだ。

前述の 「牧師」 も、「あまりにもいい記事なので、引用させていただきました」 なんて、言い訳にならない言い訳をしていたが、引用元を隠して、引用であることを明示せずコピペしちゃうのを、日本語では 「盗作」 「パクリ」 というのである。

パクリはこれだけではない。もっとある。その前日のエントリー (参照) は、私の本宅サイト 内から 3本パクリ。

「ディスプレイを、もっとずっと低い位置に置きたい」 は、 こちら の記事。
「まともなデザインのマウスに出会った」 は、同様に こちら
「『ユビキタス』 はありがたい」 は こちら

この 3本のうち、前の 2本は、写真までまんまパクっている。さらに、これだけでもないのである。その前日は、以下の通り。

「死刑制度では旗幟鮮明じゃない私」 (私の今年 8月 4日の記事)、
「死刑で罪は償えるのか」 (同  2007年 9月 23日の記事)、
「死刑の 『目的』」 (同年同月 26日の記事)、
「死刑をめぐる煩悶」 (同年同月 28日の記事)。

そのまた前日のエントリーはこんな感じ。

「学生が読むなら留年覚悟の 50冊」 (私の今年 7月 15日の記事)、
「映画の字幕と知的レベル」 (今年 5月 12日の記事)、
「夏バテを乗り切る呼吸法」 (同  8月 4日の記事)。

そしてまたまた ……、ああ、これ以上挙げるのは、もう疲れた。上述しただけで、4日間で 14本のパクリだが、その前にも、ほとんど毎日、私のサイトからパクってくれている。一体、何が気に入ったものやら。

と、ここまで書き終えて先方を確認したら、また今日もさっそくパくられていて 5日間で 17本に増えていた。(その前にもパクリまくりだから、何本パクられたか、数え切れない)

そして、これだけパクるのだから、さぞかし他の記事も…… と思い、ググってみたら、案の定、毎日アップされてる語源関係の記事は、「語源由来辞典」 というサイトからのパクリまくりとわかった。

さらに、"パロディー「買ってはいけない」" というサイトからもパクリまくり。もっと他のサイトからもパクってるかもしれないが、何しろ、私自身のサイトからのパクリもどのくらいあるか数え切れないほどなので、他のサイトからのパクリまで全部追ってる暇がない。

彼のブログのプロフィル欄に 「ウソもつき通せば真実」 なんて、いけしゃあしゃあと書いてあるのも、ここまでくると洒落で済まなくなって、むっとくる。

とはいえ、私としては、彼のブログの冒頭できっちりと 「パクリまくりでした。ごめんなさい」 と懺悔して、パクリ記事をすべて削除するなら、事を荒立てるつもりはない。しかし、「語源由来辞典」 さんは、以下のように明示してある (参照)。

語源由来辞典では閲覧以外の目的で利用することは禁止し、下記条件を満たさないデータの二次利用をされた方にはデータ使用料をいただいております。

さぞかし高い金額の請求書が届くだろう。知~らないよ、知らないよ。

最後に付け足し。CURURU というサービスは、マナー知らずの子どもが一杯な上に、運営会社の管理もゆるゆるで、どうやら悪質サイトの巣窟となっているようなのだ (参照)。もしかしたら、この 「サーザの独り言」 の管理人も、子どもなのかもしれないが、だからといって、放っておくわけにもいかないしね。

まあ、今日のこの記事もきっと読むだろうから、一応これをもって警告としておこう。なお、道義上、上記の 「語源由来辞典」 「買ってはいけない」 の管理人さんにも、メールで知らせておくことにする。

【8月 11日 追記】

この問題については、ご覧のようにコメント欄に当人から詫びが入って、該当記事が削除されているようなので、これにて一件落着。

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2008/06/12

ブログの更新について

ほぼ 1年半ぐらい前に 「ウェブサイトの寿命」 という記事を書いた。個人サイトの寿命は大体 4年ぐらいで、それを過ぎると更新が滞りがちになったり、消滅してしまったりするという説があることを紹介したものだ。

私のサイトはありがたいことに、6年半近く続いていて、毎日更新も 5年半以上になる。

5年半以上の毎日更新というのは、掛け値なしの毎日更新ということで、「ほぼ毎日更新」 ということなら、もう 6年 4ヶ月ぐらいになる。これだけ続けていると、もう更新作業が体にしみついてしまって、更新しないと落ち着かなくなる。

とはいいながら、近頃、ネタをひねり出すのにちょっとだけ苦労することが、以前より多くなってしまった。いや、書けないということはないのである。書こうと思えば書くことはいくらでもある。しかし、自分の中に妙なフィルターができてしまっている気がするのだ。

これだけ長く更新を続けていると、傾向が固まってしまう。ちょっとしたニュースを取り上げて、それに関する論評的なことを書こうとしても、大体これまで書いてきたことと同じような角度から、同じようなことを言ってしまいがちになる。

だから、ブログでの論評に最適なニュースがあっても、「ああ、これについて触れても、新鮮味がないな」 と、自分で先に見限ってしまう。秋葉原の無差別事件は、ネットで大変な話題だが、私はこの類のニュースには触れたいとは思わなくなってしまった。

いつも同じようなことを書いても、別に何も悪いことはない。かの山本夏彦氏などは、コラムの達人と謳われながら、よく読めばいつも大体同じようなことしか書かなかった。読者はその同じようなことを読むのを楽しみにしていたのである。

浪曲の広沢虎三は、いつだって 『森の石松』 しか演らなかった。客は広沢虎三の 『森の石松』 を聞くのを楽しみにしていたのである。

しかし、私は山本夏彦氏や広沢虎三の名人芸の域に達していないのである。だから、同じようなことを書くと、自分でつまらなくなる。かといって、自分自身がそれほど不断の成長を遂げているわけでもないから、ネタ探しに苦労することになる。

というわけで、4年を待たずして更新がおろそかになったりするブロガーの気持ちが、最近少しはわかるようになってきた。私も最近は、前より更新が楽々できるということがなくなってきた。

で、毎日更新を維持するためにというわけでは決してなく、自分自身の成長のために、まず自分自身が変わっていく必要があると、今更ながらまったく青臭いことを思っているわけなのだ。

これまで書き連ねたことは、その時々の自分の表現ではあったが、その蓄積は、自分自身を拘束する。いつの間にか縛られている。そこから変わるということは、自分自身の作ってきたものを少なからず裏切るということだ。

しかし、しょうがないではないか。そうでもしなければ、おもしろくないのだから。それに、裏切る対象は、表面的な自分であり、根本的な自分はそんなに変わりはしない。だったら、あっけらかんと裏切ってしまう方がいい。

他人を裏切るのは心苦しいが、昔の自分を裏切るんだから、誰にも迷惑はかからないだろうし。とはいいながら、やっぱりその裏切り行為ってのは、ちょっと辛いところがあるわけで、少しは産みの苦しみみたいなものが伴うのは、仕方のないところだ。

とまあ、最近はそんなことを考えている。実はこの記事は、朝の 9時前に書き上がっていたのだが、公開するのがなんだか照れくさくて、夕方過ぎまで寝かせてしまった

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2008/05/15

はてぶ界隈に足りないフェミニンさ

ご存知の方はとっくにご存知なのだが、私は "Today's Crack" というブログの他にもう一つ、"和歌ログ" という酔狂なブログを毎日更新している。

和歌ログへのアクセスなんて、"Today's Crack" の何十分の一というささやかなものだが、私にとっては大切なメディアである。

人間の脳に譬えると、多分 "Today's Crack" は左脳で、「和歌ログ」 は右脳ということになるのだろう。私は自分の脳を左右バランスよく鍛えておきたいので、どちらも捨てるわけにいかない。しかし、自分が晩年になったら、残るのは 「和歌ログ」 の方なんじゃないかという気もしている。

世の中には 「はてな」 というサービスがあって、その中の 「はてなブックマーク」 (通称: 「はてぶ」 ) というソーシャルブックマークが、あちこちで毀誉褒貶の中にある。なかやっかいな代物のようなのである。

私は市場調査 (?) 的な意味合いもあって、公開された他人のはてぶはありがたく利用させてもらっているが、自分でやろうとは決して思わない。人に薦められたこともあるが、どうしてもその気になれない。

どうしてなのか、自分でもなかなかわからなかったが、近頃ようやくわかったような気がしている。はてぶ、ちょっと左脳が勝ちすぎという印象なのだ。さらにそれの裏返しで、時々右脳が盛り返しすぎで、ヒステリックになっちゃう気もする。つまり、とても分裂的な印象なのだね。

私としては、右脳と左脳の働きがあまり両極端にならずに、うまくフュージョンしてバランスされているというポジションにいたい。時によってどちらかの要素が極端な形で現われるというようなのは、できれば避けたいのだ。

私は感情的過ぎる人は苦手だが、それと同様に、論理的すぎる人も苦手なのである。どちらとも一緒にお酒を飲みたいとは思わない。二つのファクターがうまくバランスしている人とは、おいしくお酒が飲めると思っている。

それと相似的な意味合いで、フェミニンすぎる人も苦手だし、マチョすぎる人も苦手だ。やっぱりこの方面でもうまくバランスしてもらいたいと思っている。

そして、ネットの世界においても、似たような感覚をもっている。はてぶの表向きの顔、論理的過ぎる雰囲気には、ちょっと付き合いきれないと感じている。トマホークかざして、理屈に合わないファクターをバサバサ切り捨てるというのは、私の趣味じゃない。

さらに、その論理性という表向きの雰囲気がぐらつくと、今度はやたらとヒステリックで感情的なファクターが垣間見られるというのも、ますますそこから離れた所にいたいという理由になる。

うーん、実はまだうまく言えた気がしないのだが、さらに妙な言い方をしてしまうと、はてぶ界隈、致命的にフェミニンさに欠けている気がしてしまっているのだよ。私の偏見だったら幸いだけど。

男にもフェミニンさは必要なのだ。それが欠けると、ちょっとやぁなやつになっちゃう。

というようなわけで、急に飛躍させて締めてしまうが、私は最終的には 「ブロガー」 としてよりは、むしろ 「ネット歌人」 として死にたいと思っているようなわけなのである。へぼ歌人から抜け出すには、まだ手間がかかりそうだけどね。

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2008/02/22

自分の思い入れと世間の評価のギャップ

長いことブログをやっている人の少なからずは感じていると思うのだが、それぞれのエントリーに対する自分の思い入れと世間の評価というのは、あまり連動しないようなのだ。

ネタ切れでしょうがなくテキトーに書いた記事が、なぜか複数の個人ニュースサイトに紹介されて、どっとアクセスが集中したりする。

昨日の昼過ぎ、当サイトのアクセス分析を眺めて、びっくりしてしまった。いつもの 2日分のアクセスを半日で稼いでしまっている。さらにお昼の 12時台は、9.25秒に 1ヒットの割でアクセスが集中していた。皆さん、お昼休みにネット・サーフィンしてるんだなあ。

何事かとリンク元を調べると、複数のニュースサイトに 2月 20日付の 「日本に世界遺産が 14件もあったなんて」 という記事が紹介されていることがわかり、またまたたまげてしまったのである。

というのは、この記事、ネタに困ってしょうがなく書いた、いわゆる 「埋めグサ」 なのだ。だって、読んでみればわかると思うけど、ほとんど内容ないでしょ。

日本に世界遺産が 14件あるなんてことは、ちょっと調べれば誰でもわかることだし、わかったところで、別段 「目からうろこ」 ってほどの衝撃の事実でもない。後は煎じ詰めれば、自分はそのうちの 7件しか訪れてないが、他も是非行ってみたいぐらいの、どうでもいいことしか書いてない。

これのどこが受けたんだか、さっぱりわからない。

自分では何気なく書いた記事なのに、他人に指摘されて、瓢箪から駒みたいな思わぬ価値に気づくなんてことも、確かにあるにはある。逆に、自分としては渾身の力作のつもりなのに、結果的にはスベリまくりだったということもある。

しかし、この記事に関しては、十分客観的にみても、やっぱりつまらんと思うがなあ。ニュースサイトからのリンクで何千人来てくれても、全員に 「なんだ、つまんないじゃん」 と思われるのが関の山だ。リピーターになってくれるのは一人もいないだろう。

私は時々、「世間」 というものがすごくわからなくなってしまったりする。ちなみに、私は 2年前に "「世間」 と 「ネット」 はよく似てる" という記事を書いていて、これは結構ニュースサイトでも取り上げられ、自分の思い入れとの間のギャップはなかったのだが。

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2008/01/22

ブログの影響力は捨てたもんじゃない

昨日 (1月 21日) 付の朝日新聞、P38 右肩の記事にお気付きだろうか。"絶滅危機種、使ってません/毛皮の 「ロリス」" という見出しの写真入り記事である (参照)。

私の 17日付の記事 "「ロシアリス」 を 「ロリス」 って言うなよ!" が、何らかのきっかけを作っちゃったような気がする。

「ロリス表示問題」 について、真正面から問題提起したのは、私のエントリーが多分日本で最初だ。それがきっかけとなって、朝日が業界団体に取材したのだろう。なにしろ、それまでは、この問題にはほとんど誰も気付いていなかったか、少なくとも表立って問題にしようとはしていなかったのである。

近頃、ブログが面白くなくなってきたとか、アクセスも減り気味だとか、いろいろなことが言われている。私も以前に 「ブログ限界論」 という話題について書いている (参照) のだが、これにはいろいろな見方があって、一律には語れない。

ちなみに、今回の例はかなり面白い。私の 「ロリス表示問題」 のエントリーには、1件のコメントもトラックバックも付かなかった。私としては案外気張って書いた記事なのに、この反響のなさには、ちょっとだけ拍子抜けしていたのである。

ところが、その 4日後に全国紙の記事になるというのは、どうやらブロゴスフィアと既成メディアというのは、興味の対象がちょっとだけ違うようなのである。

それについては以前から感じていて、ブロゴスフィアでは、PC/ソフトウェアの問題や特定のちょっかい出しやすいニュース、それから (これは私の得意技でもあるのだけれど) 言葉のウンチクなどについて、ちょっと歯切れよい論調の記事を書いたりすると、すぐにアクセスが増える。

ところが、今回のようなファッション系、業界系のマター、マイナーなニュースの分析なんかだと、からきしなのである。「はてぶ」 やニュースサイトなんかからは、近頃無視されまくりである。

どうやら、私の書く話題というのは、ブロゴスフィアの主流からは、ちょっとはずれているようなのである。(ほんのたまに、あざとく狙い澄ましたトピックを書くことはあるけれど、今回はとくにそういうわけじゃないからね)

ブログの影響力の低下というのは、実は、ブロゴスフィアで注目されるトピックが、あまりにもこの世界に最適化されすぎているからじゃなかろうかという気がする。ブロゴスフィアの主流と世間との間に、ズレが生じているのかもしれない。

こんな言い方をすると、もしかして反発があるかもしれないが、あちこちでブックマークされまくりのアルファブロガーの記事よりも、ブロゴスフィアではあまり注目されていない極私的ブロガーの記事の方がずっと面白かったりする。

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2007/11/28

「ブログ限界論」 の中身の最も単純な一端

4日前の 「ブログ限界論」 についての記事に、alex さんがコメントをしてくれて、さらにご自分のブログでも論じておられる (参照)。

alex さんは、「ブログ限界論」 なるものの実態を、"ブロガーの 「表現意欲と能力」 が、ほぼ一巡した" にすぎないと、極めてシンプルに言い切っておいでだ。なぁるほどね。

alex さんはさらに、"『まだ、書き続ける人』 と 『もう書かない人』 とは、少しの 『差』 があるのではないだろうかとも思う" とも指摘しておられる。これも 「なぁるほど」 である。ただ、私には、その 「少しの差」 というのが 「大きな差」 に思えるのだが。

ブログに限らず、どんなものにでもいえることなのだが、「始めてはみたけれど、じきに息切れする層」 と、「じっくり続ける層」 とが存在する。つまり、「新規参入」 は常にあるのだが、参入した人のすべてが継続するわけじゃない。これはごく当たり前のことである。

そして、ブームと言われた現象の衰退というのは、この 「当たり前のこと」 が、一時的にとても極端な形で現われたに過ぎないのだ。

つまり、ちょっと前、「ブログ・ブーム」 といわれた時にどっと参入した層の、かなりの部分が息切れして、ドロップアウト、あるいはフェイドアウトしてしまった。そして、普通ならばコンスタントにあるべき 「新規参入」 が、ブームといわれた時にかなり前倒しになっていたために、現在のところ、適正規模で続かなくなっているのだ。

つまり、一時的なブームで膨らみすぎていた規模が一気に縮小し、それを補うべき新規参入のソースが枯渇気味なのである。これは、「ブーム」 と称せられる現象のほとんどすべてに当てはまるパターンだろう。

実際に (少なくともアクティブな部分の) 規模が縮小してしまっているのだから、「近頃ブログがつまらなくなったね」 と感じられても仕方ないのである。そして、それをあまり真正直に受け取ってしまうと、「もうブログも終わりだね」 とか、「ブログも限界だね」 とかいう話になってしまいがちだ。

ところが実際には、一時的なバランス失調にすぎないので、「限界論」 なんて大袈裟な言い方をされているのをよそに、ブログそのものは今後も淡々と続くだろう。そもそも、「限界」 のないものなんてこの世にないんだから、あまり大上段に言ってもしかたがない。

そしてその限界の地平すれすれのところで継続の中核となるのは、alex さんの言葉を借りれば、「自分の目や耳に入った世の中の出来事・森羅万象を、かたっぱしから 『ブログ』 にしてしまう」 という (あまりお金にはならない) 技をもったブロガーである。

つまり、どんな素材でも、ちょっとひねってブログにしてしまえる 「独自の視点」 をもっているかどうかということだ。ブログが継続する土俵は、いろんなブロガーのいろんな 「ひねり方」 を楽しむメディアということなんじゃないかなあ。

そういえば私なんか 6年近く前に 「知のヴァーリトゥード」 を立ち上げた時から、「一ひねり」 をサイトの基本コンセプトとして、トップページに標榜し続けてきたことだし。

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2007/11/24

「ブログ限界論」 について考えてみた

「ブログ限界論」 という言葉が目に止まり、ちょっと興味を覚えてクリックしてみたら、RTCカンファレンスが 11月 15日に、このタイトルでイベントを開いているのだった (参照)。

「最近ブログつまらなくないですか?」 との書き出しで告知してある。うん、確かに、最近ブログの熱気が冷めてきてると思う。

シロクマ日報の小林啓倫氏が、このイベントについて、「ブログはつまらなくなった方がいい」 というタイトルでレポートしておられる。小林氏は、ブログの扱うテーマが非常に 「拡散」 していて、一人一人の読者には興味を感じられないものが増えてきているといったことを指摘し、次のように書いている。

逆に 「拡散と浸透」がブログを 「つまらない」 と感じさせるようになった原因であれば、それは喜ぶべきことではないでしょうか。(中略)

もしかしたら、僕らが 「ブログがつまらなくなった」 と感じれば感じるほど、僕らの知らない世界で 「ブログって面白い」 と感じる人が増えているのかも。

小林氏は、ブログは限界に達しているわけではなく、むしろより広範囲に普及しているのではないかと指摘しているのだ。なるほど、それが時として 「ノイズが増えたなあ」 と、うっとうしく感じられたりもするわけだ。

しかし、それとは別の視点もある。GIGAZINE (参照) は、「現在の日本のブログの限界、リアル社会に影響力を与える力が弱い」 という意味での 「限界」 を指摘し、次のように述べている。

現在の日本のブログは現実世界、特に 「政治」 に対して多大な影響を与えるレベルには到達していません。ネットにおける意見発信システムであるはずのブログの質が低くなっている (信頼が低下している) ため、「ネット上でどこかの匿名なやつらが無責任にわめいているだけ」 という扱いを受けるわけです。

まあ、こんなところも確かにあって、私も 「選挙に Web を使わせろ!」 という、ちょっとだけ社会的変革を志向しているようにみえなくもないサブサイトを運営しているが、めちゃくちゃ本気でやるほどには、ブログの力を過大評価しているわけじゃない。

ちなみに、私が 「最近ブログの熱気が冷めてきてる」 と思ってしまうのは、単に、毎日楽しみに巡回していたブログの管理人さんが、ちょっと息切れしつつあるのか、更新が希になってきたりしているせいでもある。案外個人的な印象なのである。

多分、息切れしたブログの数以上に、新しい面白いブログが増えているのだろうが、それらを探し出すのは、なかなか骨が折れる。ブロゴスフィアの規模が今ほどでなかったころは、それほど難しくなかったのだが、今では規模が大きくなりすぎてしまった。

というわけで、シロクマ日報が 「そんな状況でも自分にとって楽しい・自分が読みたいブログが簡単に見つけられるような仕組みが整備されるのが望ましい」 と述べていることに、私は激しく共感する。

この点に関して、GIGAZINE は、さらに次のように突き詰めている。

GIGAZINEは 「情報流通業」 にあたるのではないか?と考えることがあります。見つけた面白い情報をピックアップして記事化して掲載し、より多くの人の目に触れるように、情報を流通させていくわけです。おそらく、この 「面白いもの・価値あるものを効率的に見つけ出す仕組み」 というのは究極的には各個人の細分化された嗜好に特化されたものになっていくため、最終的には一次情報やオリジナルコンテンツの発信を行うところ 「だけ」 が生き残ることになるかもしれず。つまり、オリジナルの情報を提供しないニュースサイトやブログは将来的に 「各個人の嗜好に合わせて面白いものをピックアップするための全自動システム」 に取って代わられて滅びていくのではないか?という予想が可能です。

なるほど、インターネットやブログの世界の変化や栄枯盛衰は激しいので、そんな 「全自動システム」 が登場しないとも限らない。

しかし現時点では、各個人の志向に合わせてメニューを提示してくれるようなプログラムを使ってみても、「お前、俺の好みってものを、誤解しているんじゃないか?」 とか 「てめぇ、俺を見くびってるな!」 とか言いたくなってしまうのだよね。

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2007/10/06

ブログは踊り場にある?

今頃はハワイで楽しんでおられるはずの alex さんが、日本を発つ直前の今月 2日に、「ブログの衰退と読書」 という記事を書かれた。

世間ではブログというメディアは重要性を増す一方と言われているが、そんな中で 「ブログの衰退」 を見抜く眼力は、さすがのものだと思う。確かに、近頃おもしろいブログが減った。

もしかしたら、ブログ全体はまだまだ成長過程にあるのかもしれないが、私が毎日巡回したくなるようなブログは、減少傾向にある。少なくとも、alex さんや私のような視点では、ブログは踊り場に来ているのだと思う。

一時、ブログ・ブームと言われた頃は、本当に我も我もとブロガーになりたがった。テクノラティなんかのブログ検索でさがすと、一つのトピックでいくらでもおもしろい記事にぶちあたったものだ。

ところが、最近では様相が違う。あるトピックでブログ検索をしてみても、ヒットするのは新聞社のサイトの記事をコピペしたようなのばっかりで、ちっともおもしろくない。たまにクールな視点のブログを見つけても、更新頻度がまばらで、いつも読みに行こうという気にならなかったりする。

ブログ・ブームと言われたのは大体 3年ぐらい前のことだと思うが、このくらいの時間が経過してしまうと、大方のブロガーは、書きたいことを書き尽くしてしまったんじゃないかとも思われる。

かなりおもしろい記事を頻繁に書いていたブロガーが、急に更新しなくなる。更新しても 4~5日に一度だったりする。急に仕事が忙しくなったんだろうか。あるいは、体調でも崩したんではあるまいかと心配するのだが、どうやらそういうことでもないことが多いような気がする。

何となく、頻繁に更新する意欲が失せてしまったような案配なのだ。かく言う私なんかも、以前は毎日毎日書きたいことがあふれ出んばかりにあって、それを書かないうちは眠れないというようなことがあったが、最近では、無理矢理引っ張り出さないと書けないというような日もある。

それでも、もう日課みたいなもので、何とかかんとか、それらしいことを書いてしまわないと、なんだかやり残したことがあるような気がして、安心して眠れなかったりする。おかげで、こうして 4年近くも掛け値なしの毎日更新を続けている。

ところが、ブロゴスフィア全般を眺めると、書く方の意欲が衰えれば他のブログを巡回する意欲も衰えるようで、私のところも、昨年末まではもう、アクセスが一本調子でどんどん増え続けていたが、近頃では安定期に入ってしまったようで、横ばい状態だ。「書く」 と 「読む」 とは、経済の需要と供給の如くバランスしているようだ。

もう、こうなったら、「長く書き続ける」 というのも一つの才能なんだと、自分を褒めてしまおうと思う。踊り場だろうがなんだろうが、私としては、まだまだ書き続けるぞ。

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2007/06/27

トラックバック送信代行だと

ブログをやっていると、トラックバック・スパムの多いのは今に始まったことじゃないが、このほど、トラックバック・スパムを請け負うサイトからのトラックバック・スパムというのが送信されてきて、ちょっと驚いた。

なるほど、こんなやつがいるから、うっとうしいトラックバック・スパムが多いのか。

試しに 「トラックバック送信代行」 のキーワードでググってみると、くさるほど多くのサイトがヒットする。私のところにトラックバックしてきた 「請負人」 のサイトには、次のような記述がある。(ちなみに、「トラックバック送信代行/請負人」  のキーワードでトップにヒットするのがそいつだ)

トラックバック送信は、アクセスを集めるには有効な方法です。

相互リンクを地道に行っていくよりもトラックバックを打った方が、より時間を短縮できて大量の被リンクを獲得することが可能の場合もあります。

トラックバック送信代行請負人のトラックバック送信代行は、ブログに関連のあるキーワードを絞り込みトラックバック送信を行います。

ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。こんな奴を利用するほど、こちらは志が低くはないよ。そして、ウチのブログを、勝手に志の卑しい連中のための宣伝板に使うのは止めろ。

最近多いのは、単に指定のキーワードのあるエントリーに、自動的に無差別にトラックバックを送信してきたとしか思われないケースだが、なるほど、こんなやつがいるのだもの、増えるわけである。

例えば、こちらが自動車関連のエントリーを書く。最近の例でいえば、「車庫入れを自動で」 なんていうエントリーをアップすると、とたんに、自動車関係の宣伝をしているだけのくだらないフェイクブログからのトラックバックが殺到する。

このような、「失礼なトラックバック」 は、相手の玄関口に、自分のサイトの宣伝を勝手に無料で貼り付けておくという行為に他ならない。私の場合は、トラックバックを送られても、こちらが許可したものしか表示しない設定にしてあるから、まだいいけど。

いずれにしても、トラックバック・スパムで集めたアクセスなんていうのは、あぶく銭みたいなもので、二度と来てくれないどころか、結局は自分のサイトの評価を下げてしまうことになるだけだと知っておくべきだろう。

私としては、トラックバックする際には、相手のブログの該当エントリーにきちんとリンクして言及するのがマナーだろうと思っているが、被トラックバックの表示に関しては、こちらへのリンクがなくても、まあ、共通テーマをきちんと論じていると判断されたら、表示してあげるというところまでは妥協している。ちょっとお人好しかもしれないが。

でも、こちらのエントリーへの言及なしにトラバしてくるようなブログには、決して好印象を抱かないし、もちろん、以後こちらから積極的にアクセスしようなどとは決して思わない。

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2007/05/21

フェイク・ブログは、逆宣伝かも

私のブログでは、トラックバックされてもそれは無条件では表示されない設定にしてある。スパム・トラックバックが多すぎるからだ。

最近とても目立つのが、フェイク・ブログからのスパム・トラバである。せっかくうちにトラバしても、そんなのは表示してあげないから、無駄なんだけれど。

最近も、こんなのや、こんなのや、こんなのや、こんなのから、まったく無関係の私のブログに不作法なトラックバックが送られてきたけれど、もちろん表示してあげてない。

ただ、トラバとしては表示してあげないけれど、志の低い不作法ブログのサンプルとして知ってもらうために、ここでリンクしちゃう。(おそらく長くは持たなくて、そのうちリンク切れになるだろうけど)

これらは、ブログのような体裁をとりながら、実際は単なる宣伝しかしていない。まともに更新すらしていない。

もし、私がすべてのトラックバックを無条件に表示する設定にしておいたら、私のブログにアクセスした人の何パーセントかは、トラバのリンクをクリックして、相手のブログに飛んでみるかもしれない。

そして、飛んでみた先で、特定ブランドの趣味の悪い宣伝文句ばかりならんだ記事を見て、がっかりしてしまうだろう。「なーんだ、単なる宣伝のためのブログか」 と。

いや、単なる宣伝のブログなら無視していればいいのだが、これらの多くは、オークションサイトなどに誘導するしかけになっていて、それによって多少の利益を得ているのだろう。

カリモクだの、エンポリオ・アルマーニだの、アライヘルメットだのは、それぞれのマーケットでそれなりの、あるいはちょっとプレステージャスなポジショニングを得ているブランドである。それなのに、こんな変てこりんなブログに寄生虫のようにとりつかれるのは、気の毒な限りである。

事情を理解していない人には、「カリモクって、エンポリオ・アルマーニって、こんなちんけな手段で宣伝をするブランドだったの?」 なんて思われてしまうだろう。とはいいながら、対策を講じるのはなかなかむずかしいだろうし。

もしかして、メーカー自身が宣伝のつもりでこんなブログを作らせているのだとしたら、それは金を払って自分自身のイメージを低下させる自殺行為である。

(最初、これらのブログはアフィリエイト関連かと思ったが、どうやらそうではないようなので、書き直した)

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2007/03/30

Risppa って、何だか怪しい!

Blog をやっている少なからぬ人は、このところ、"Risppa" なるブログサービスを宣伝するスパム・コメントにむっと来てるだろう。

私のところでも、既に何回か削除しているのだが、スパムで宣伝するブログ・サービスって、それだけで、スタート時から、自分で悪印象振りまいてしまってるんじゃあるまいか。

"Risppa Blog" でググると、約 188,000件するが、トップにくる Risppa Blog のポータル以外は、ほとんどコメント・スパムが拾われちゃったものだ。コメントの内容は、こんなのが代表的。(別に引用しなくても、多くは見慣れちゃってると思うけど)

管理人様はじめまして。
いつも楽しく拝見しています!

 このたび新しくブログサービスを始めました!

(あるいは、こんなバージョンも)

Risppa Blog(リスッパ・ブログ)」がオープンいたしました!
まだまだサービスを開始したばかりなのですが、 すでに沢山の方々にご利用いただけております。

1アカウントで無制限にブログを作れる『Risppa blog』
更新もラクラク。是非一度お試しください!
------------------------
http://blog.risppa.com/
risppamail@yahoo.co.jp
------------------------

しょっぱなの 「いつも楽しく拝見しています!」 というのが、嘘っぱちであることは、言うまでもなくみえみえで、こちらとしては、「いつも苦々しくコメントを拝見しています」 と言いたくなるぐらいのものだ。

そして、メルアドがヤフーのフリーメールというのが、お笑いぐさで、これはまあ、スパム返しのメールがどっと返されても、自分のとこのサーバの負担にはならず、ヤフーに迷惑かけちゃうだけということなわけで、どこまでも志のレベルは低い。

そして、低いのは志のレベルだけではなく、技術レベルも相当に低いようで、Risppa のポータルに飛んでみると、IE だけに最適化してあるらしく、Firefox だと、表示が見事に崩れるのだ。

トップページのヘッダ部分を Firefox で表示すると、下のようになる。サイトロゴが下の画像で隠されてしまっている。こんなお粗末なポータル、初めて見た。

ヘッダが崩れていれば、フッタだってもちろんのことで、こりゅあもう、処置なしというほどに、ゴチャゴチャに重なり合って、すごいことになってしまっている。下手くその素人が某 Homepage Builder を使ってサイト作りをすると、よくこんな状態になってしまっているが。

さらに、「Risppa ブログ利用規約」 というページに飛ぶと、よ、読めないじゃん!

まったくもう、Firefox での表示確認ぐらい、ちゃんとしろよ。これじゃ、ウェブ・サービスとしての最低限の用件を満たしていないだろう。こんな超テキトーなサービスに乗っかるなんて、危なくて、とてもできるもんじゃない。味噌汁で顔を洗って出直した方がいい。

ここまでダメダメだと、ブログ・サービスというのは単なる隠れ蓑で、実は何かほかに目的でもあるんじゃないかと疑ってしまう。個人情報を集めるだけ集めて、あとはバックれちゃうとか。とにかく、怪しすぎにつき、要注意。

【4月 17日 追記】

ふと思い立って確認してみたら、さすがに Risppa のポータルも、Firefox でまともに表示されるように改良されていた。きっと、このブログを見て 「やべ!」 と思ったんだろうね。

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2007/03/10

Web の世界の諸行無常

ウェブの世界はまさに諸行無常の響きに満ちていて、日々移ろいゆくものである。私が 「毎日更新の輪」 というサブサイトを作ったのは、ほぼ 3年前のことだったが、その 3年の間にずいぶん様変わりしてしまった。

当時は毎日更新なんて珍しかったが、今や、ブログ全盛で当たり前のことである。

で、今さら 「毎日更新のサイトの集う場」 なんて言ってもあまり意味のないことになってしまったので、毎日更新サイトのリストへの登録受付を、平成18年 11月 24日に中止してしまった。このサブサイトの閉鎖の準備を始めたわけだ。

とはいえ、"「毎日更新」 サイトオーナーさんへ 100の質問" という企画は、本宅サイトに移転して残してある。今時、「100の質問」 なんてはやらないが、始めてしまった手前、勝手に消滅させるわけにも行かない。

で、毎日更新サイトのリストは、今月末に消滅させるという予告をしたのだが、その前に、リンク切れや、毎日更新がされなくなってしまったサイトの確認をして、リストのメンテをしてみた。

すると、昨日まで 31の 「毎日更新サイト」 にリンクしていたのが、3分の 1以下の 10サイトに激減してしまった。内訳は、サイト消滅が 6、長らく更新されずに放置されたままのサイトが 4、時々しか更新されなくなったものが 10、非公開になったのが 1 である。

中には、毎日更新はされなくなったが、とてもおもしろいので、継続して本宅サイトのリンクページからリンクさせてもらっているものもいくつかある。ただ気になるのは、長らく放置されたままのサイトである。

サイトが消滅しているならば、自分の意志で削除したのだろうと想像されるから、まだいいのだが、以前はきちんと毎日更新されていたのに、急に放置されてしまったりすると、とくに年配のサイト・オーナーさんの場合などは、本当に心配になってしまう。

とくに、悠游の砂場 で、ハッピーリタイア生活の中で、毎日美しい花の写真をアップしてくれていた悠游さんの更新が途絶えてから、もう 3ヶ月を過ぎた。いったいどうされてしまったのだろう。消息をご存知の方がいたら、教えてもらいたいぐらいのものである。

長らくのお休みから不死鳥の如く蘇られた alex さんのような方もおられるので、あまり心配しすぎるのも考え物なのだが。

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2007/02/25

テクノラティの検索キーワード、ベストテン

時々、ブログ検索サイトの 「テクノラティ」 を利用しているのだが、私はこのサイトのティピカルなユーザーとは、かなりかけ離れているのではないかと思うようになった。

というのは、トップページにある 「今、最も検索されているキーワード」 というのを、私はほとんど知らないのである。

例えば、昨日の午後 7時頃に表示されていた検索ワード・ベストテンは、次の通りだった。(あなたは、いくつご存知だろうか?)

   1. わるいやつら
   2. ニコニコ動画
   3. エコクラフト
   4. ホワイトプラン
   5. 705NK
   6. E61
   7. Youtube
   8. Xfy
   9. Rimo
  10. 三洋電機

この 10個のキーワードの中で、私は 7位の Youtube と 10位の三洋電機の 2個しか知らないのである。他の 8個は、「???、何、それ?」 という感じなのだ。自分がいっぺんに時代遅れのじじいになってしまったようで、愕然としてしまう。

で、あせって調べてみると、1位の 「わるいやつら」 は、テレビ番組のタイトルだった。大昔に同じタイトルの松本清張の小説があったなと思っていたら、なんだ、そのテレビドラマ化か。あまりテレビを見ないし、松本清張ファンでもないので、スルー。

2位の 「ニコニコ動画」 は、近頃よくネット上で目にするので、何のことかと思っていたら、動画でチャットできるというサイトらしい。おもしろくないコンテンツでも、寄ってたかってツッコミを入れると、おもしろくなるんだそうだが、現在 DDoS攻撃を受けて休止中だとか。再開されたとしても、そんなのに深入りするほど暇じゃないので、これも、スルー。

むしろ、ひろゆき氏との関連で、どんな経緯でトラブルが発生しているのかということの方が、興味深い。単に Youtube にタダ乗りしてるだけなので、ムッときた Youtube 側がアクセス拒否してるだけという説もあるようだし。

3位の 「エコクラフト」 というのは、ハマナカという会社のエコ素材を使ったクラフトのことらしい。エコには興味あるけど、「エコクラフト」 となると、まあ、スルーしておこう。

4位から 6位を占める 「ホワイトプラン」 「705NK」 「E61」 は、いずれもケータイ関連。へぇ、テクノラティ・ユーザーには、ケータイというのは、かなり重要なテーマなのだな。だが、私はケータイに深入りする気は全然ないので、スルー。

8位の 「Xfy」 は、ややこしそうなテクノロジー用語だ。XML を簡単に編集できるらしい。将来的には必要になるかもしれないので、記憶には留めておくが、今のところはスルー。

9位の 「Rimo」 は、はてなのサービスで 「リィモ」 と読むらしい。「YouTube に掲載されている人気の動画から約1日おきに新しい番組プログラムを生成、配信する」 んだそうだ。ふぅむ、これなら、たまに暇なときに見てもいいかなという気がする。今回の収穫といえば、これぐらいかな。

でも、これも Youtube ただ乗りということで、「ニコニコ動画」 の二の舞を踏まないのかな。それとも、それほどのトラフィックじゃないので、お目こぼしなのかな。しばらくウォッチしてみよう。

ふぅ、それにしても、私も若い頃はずいぶん新しもの好きだったはずなのだが、人間というのはこうしてだんだんと時代から遠ざかっていくのだろうか。それとも、べつにそんなのは気にしないで、自分の得意分野を極めていけばいいのだろうか。

いずれにしても、最近の話題をあまり知らなすぎるというのも問題だから、たまにはテクノラティのベストテンにきちんとあたって、脳内の普段使わない筋肉にちょっとした負荷を与えてみようと思う。

結局のところ、それで鍛えられるのは 「スルー力」 だけかもしれないが。

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2007/02/02

ウェブ上のテキストの読みやすさ

最近歳のせいか、パソコンのディスプレイに向かって長時間仕事をしていると、目が疲れてしょぼしょぼになる。それだけではなく、長時間本を読むのもしんどくなってきた。

それで気付いたのだが、同じ本を読むにも、横書きより縦書きの文章を読む方が、なんとなく目が疲れないような気がするのだ。

医学的にはどういうことになっているか知らないが、もしかしたら、仕事上で横書きの文書ばかり読んで、視線を横に動かす筋肉ばかり使っているので、たまに上下に動かす動作をすると、いい運動になってバランスが取れるのかもしれない。

それに、どうしたって、やっぱり日本語は元々縦書きにするようにできているのだと思う。

ただ、近頃では英数字混在の文章を書く必要があったりするので、実用文書ではどうしても横書きの方が便利である。しかし、これは日本語の遺伝子に逆らっているので、どうしても目には負担がかかるようだ。

日本語の横書きが読みにくいのは、欧米語のように 「分かち書き」 をする習慣がないからでもある。例えば英語などは単語ごとに分かち書きをするから、スペースが適度に取られて、「びっしり」 とした見た目感覚は避けられる。

ところが日本語は、多少の句読点はあるにしても、少なくとも単語ごとに区切ったりはしないので、びっしりと詰まってしまい、見た目に 「真っ黒な文書」 になってしまいがちだ。黒い塊というのは、何としても読みにくい。息詰まってしまうのだ。

古来、日本語はそうした見た目の息苦しさを避けるため、変体仮名で、意識的にひょろひょろぐにゃぐにゃ書いたものなのでる。これによって、見た目の心地よさにつながる 「余白の美」 が生み出せた。

ところが、活字印刷の時代になってからは、見るからにびっしりの息苦しい文章が増えてしまった。若い頃はいいが、ある程度の歳になってしまうと、もう、一目見ただけで疲れてしまって、まともに読む気がしなくなる。

それを避けるために、私のウェブ上のテキストは、できるだけ改行を多くして、段落ごとにほぼ 1行分の空白を取ることにしている。しかも、5行以上の段落はなるべく作らないように意識している。

ウェブ上のテキストは、4~5行で改行するようにと勧めているサイトがあるが、私は、5行では長すぎると思っている。私のブログの段落は、2行から 4行のものが 80%以上になっているはずだ。一番多いのは 3行の段落で、すべて読みやすさのためである。

単語ごとにスペースが取れないのだから、それを補うために、できるだけ段落ごとのスペースを取ろうという魂胆だ。

これはウェブ上のテキストという特殊性によるもので、私が書く新聞や雑誌原稿などはこの限りではない。ほとんどはもっと長い段落になる。紙に印刷された文字は、パソコンのディスプレイ上の文字より読みやすいからだ。

とくに印刷媒体の縦書きスタイルだと、安心して 10行以上の段落にすることも、全然珍しくない。だから、同じ人間でもウェブ用と活字用では、文体がほんの少しだけ変わるということがあるかも知れない。

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2007/02/01

ブログの文壇をブロゴスフィアというのか

近頃、「知のヴァーリトゥード」 のユニーク・アクセス数が、平日だと 300を遙かに越えるようになった。ブログの "Today's Crack" はその倍近くなので、両方合わせたユニークアクセスは、平気で 1000を越えてしまう。

我ながら増えたものだと思うが、世の中にはもっとすごいブロガーがいる。

私は 5年前に自分のサイトを始めた頃は、1日に 30人が 50回来てくれるサイトになればいいと思っていた。それは 1年足らずで達成してしまい、それからは、100人が 200回来てくれればいいと思うようになった。

それが実現したのは、たかだか昨年の初め頃である。その頃は、ブログと合わせたユニーク・アクセスは、1日に 500ぐらいだった。そして、私は 「もう、これで十分」 と思っていた。それ以後は、意識してアクセスを増やそうという気はなくなってしまった。

ところがおもしろいもので、そんな気になってからの方がアクセスの伸びは大きく、それから 1年足らずで、さらに倍以上に増えてしまったわけだ。私としては、本当にもうこれで十分である。これ以上増えてしまって、コメントががんがん付くようになったら、管理が大変だ。

ところが、世の中には 1日のアクセス数が 2000や 3000では済まないブログがいくらでもあるようで、そうした影響力の強いブロガーを、アルファブロガーというらしい。そして、そのアルファブロガーを選出したサイトというのまである。

このサイトでは、年ごとのアルファブロガー選出を 3年続けて実施していて、2006年のアルファブロガー 40傑も発表されている (参照)。

私はこの企画を近頃初めて知ったのだが、発表されたベスト 40のうち、もともと知っていたブログはいくつもなかった。私はあまり他の有力ブログを意識していないブロガーであるらしい。とはいえ、この際だからそのうちのいくつかを、私のはてなアンテナに加えさせていただいた次第である。

「そのうちのいくつか」 というのは、その他の大多数は、私にとっては 「あんまりおもしろくないな」 と感じてしまったからである。世の中で 「アルファブロガー」 と認められていても、それらの全てがおもしろいとは限らないようだ。

そして、ちょっと驚いてしまったのだが、ここで選出された 「アルファブロガー」 の中には、更新頻度がそれほど高くないものが結構多いということだ。せっかくアンテナに加えたのに、あまり更新されないから、頻繁に読むこともないのだ。

私なんか、毎日更新していてこの程度なのに、1週間に 2回や 3回程度の更新で、そんなにまで影響力が強いと認められるというのは、どこが違うのかなあと、単純にびっくりしてしまったのだ。

何だか、ブログの世界でも 「文壇」 みたいなものができつつあるのかなんて思ってしまった。ああ、なるほど、ブログの世界の文壇を 「ブロゴスフィア」 というのか。

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2007/01/16

知のヴァーリトゥード 5周年で思うことなど

当本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 は、平成 14年 1月 16日にひっそりとスタートした。今日が 5周年めの記念日である。

スタート 2ヶ月後の 3月からは 「ほとんど毎日更新」 のコラム、「今日の一撃 - Today's Crack」 を開始し、平成 16年から 3年余りは、正真正銘の毎日更新になった。

「毎日更新」 を始めたのは、はてなダイヤリー がスタートする 1年前、ココログのスタートする 1年 9ヶ月前である。それに先立つ日記サイト (Enpitu とかさるさる日記とか) なんてのは知らなかったので、最初はサイト内にテーブル形式でコラムを書いていた (こんなかんじ) 。

この形式だと、毎晩の更新が結構面倒くさく、あまり長くは書く気がしなかった。あまりの面倒くささに音を上げて、「今日の一撃 - Today's  Crack」  部分のみ、ココログを使うことにしたのが、平成 17年 7月 1日である。(それ以降、時々平気で長く書くようになったので、面倒くささの総量は、あまり変わらないのだが)

当初は、「ココログは部品として使ってるだけで、ブログなんて、知らんもんね」 とスネていたのだが、ここまでくると、否応なく私も 「ブロガー」 の一人なんだろうなあ。ココログのアクセスカウンターは、既に本宅サイトの倍近くの数字になってるし。

そのココログが、今日の午後 3時から 24時間にわたるサーバ・メンテナンスに入るようだ。前回のメンテが見事な失敗に終わっている (参照) ので、今度こそまじめにやってもらいたいものである。

で、明日の分の更新はどうしようかと迷っている。とりあえず、リザーブのはてなダイヤリーの方で更新することになると思うけど、どうなるか、なにしろ今日から熊本に出張なので、行き当たりばったりである。

ところで、毎日更新を 5年近くも続けていると、ふと妙な気になることがある。初期の頃は、書く事なんていくらでもあったのだが、毎日毎日、通算約 1800編も書いていると、つい 「息切れ感」 を覚えることがあるのだ。

決してネタが枯渇しているわけじゃないのに、なまじのネタでは、これまで書き連ねた圧倒的なボリュームに比較して、「こんなこと書いてどうなる?」 なんて思ってしまうのである。

単に継続すればいいということで、何を食っただの、何の映画を見ただの、今日のニュースでこう思っただのということを書き続けても、もはやつまらない気がする。また、誰が書いても似たような落としどころになるようなネタなんてのも、あまり書きたくないし。

というわけで、どうやら、自分で自分を不自由にしてしまいかけている。これはヤバイ兆候だ。

ただ、イチャモンをつけたくなるようなニュースは毎日いくらでもあるのだが、のべつコラムで世の中にイチャモンつけてばかりいるタイプのライターにはなりたくないと、自分では思ってるし。

先月 (ということは既に昨年だが)、「ウェブサイトの寿命」 というエントリーで、「個人サイト 4年寿命説」 について触れて、多くのサイトが 3~4年で更新されなくなってしまう傾向があると書いたが、正直なところ、なんとなくわかるような気もするのである。

というわけで、当サイトもこの踊り場を越えて、自分自身をリニューアルすることができたら、新たな何物かが見えてくるかも知れないと思っている。やれやれ、50歳を越えて 「自分自身をリニューアルする」 なんてのも、なかなか大変なことだが。

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2006/12/24

トラックバックと互酬性

最近、私のブログへのトラックバック・スパムが増加傾向にある。私がトラックバック・スパムと判断する唯一の基準は、こちらと相手のエントリーの内容に、明確に共通するテーマがあるかないかである。

共通ファクターがない場合は、スパムと判断して遠慮会釈なく削除することにしている。

トラックバック作法については、「絵文録ことのは」 の "トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」 はなぜ問題になるのか" というエントリーにとてもよく考察されているので、ここであえて付け加える必要もないくらいだ。

私自身は 「言及リンク文化圏」 に属しているようで、トラックバックする際は、自分のエントリー中に相手へのリンクを入れることにしている。

というより、むしろ自分のエントリー中での言及が先にあって、トラックバックは、「あなたのエントリーにリンク付きで言及してますので、一応知らせときます」 という意味合いが大きい。「決してコソコソあげつらっているわけじゃありません」 という態度表明である。

また、やや 「関連仲間文化圏」 的意味合いで、共通した論じ方をしているブログにトラックバックすることもある。ただ、私としてはそれほど多いケースではなく、この場合でも、こちらのエントリー中でトラックバック先にリンクを張って紹介することは忘れない。

こちらのエントリー中でリンクを張っておくのは、「単なるコバンザメのごとき宣伝行為じゃありませんよ」 という副次的意味も含んでいる。

翻ってこちらへのトラックバックをみていると、「スパム文化圏」 からに次いで、「関連仲間文化圏」 からのものが多い。「関係ある内容だから、張っとくわ」 といったもので、相手のエントリーには、こちらへの言及もリンクもまったくない。

これらの少なからずは、宣伝意図が露骨な 「スパム文化圏」 とオーバーラップするように思うのだが、それでも、テーマに多少なりとも共通するファクターがあれば、無闇な削除はしないことにしている。

個人的には、こうしたリンクはあまり愉快なものではなく、「厚かましさ」 さえ感じるものもある。一方的に相手側へのトラフィックが増えるばかりで、こちらには何ら明確なメリットがないし。

世の中には、自分の側へのリンクのないトラックバックは削除するという方針のブログもある。それはそれで、一つの見識というものだろう。

私は決してけちなことを言っているわけではない。この世では 「互酬性」 というファクターがとても重要で、文化人類学を学べばわかるのだが、人間というのは、一方的にいいとこ取りばかりしていると、かえってストレスになってしまうという傾向がある。

だったら、「お互い様」 という貴重な文化を、ブログの世界でも踏襲しようではないか。私が前述の "「コバンザメのごとき宣伝行為じゃありませんよ」 という副次的意味" に多少こだわるのは、互酬性の原則から外れたくないからである。

世間から一方的な 「借り」 を作らない方が、すっきりした気分でいられるというものだ。

それから蛇足だが、私のもう一つのブログ 「和歌ログ」 に、一時、大量のトラックバック・スパムが付いたことがあった。アクセスの少ない地味な文芸ブログにスパムが集中するのが、当初は理解できなかったのだが、どうやら URL の末尾にある "wakalog" という文字が誤解の元だったらしい。

「和香ちゃんのブログ」 みたいな、ネットアイドル路線と思われていたようなのだ。

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2006/12/08

ニフティさんの、とんだ上場祝い

ココログの長時間メンテナンスにより、「今日の一撃」 の更新は、2日間にわたり、はてなブログ のみで行なう変則措置で切り抜けたが、なんと、ココログはバージョンアップに失敗し、元の状態に戻してしまったんだって (参照)。

要するに、53時間もかけたのに、何にも変わらなかったということだ。

昨日、出張した金沢のホテルに戻り、はてなだけにアップしたデータをココログにコピーしようとしたのだが、バージョンアップしたにしては、レスポンスが全然改善されていないので、どうしたのかと調べたら、この体たらくだった。

まあ、ニフティさんお得意の 「メンテナンス、バージョンアップの結果、レスポンスがますます悪化」 というケースよりは、前のままという方がまだましなので、妙な安心のし方をしてしまっているのだが。

ニフティがココログのバージョンアップを 12月 7日の完了予定で開始したのは、もちろん、この日に、東証二部に上場が予定されていたからだろう。上場祝いに華々しく (?) ブログのバージョンアップを成功させて、株価を上げちゃおうという目論見だったのだろうけれど、大失敗で逆効果だったようだ。

結局は、21万円の売り出し価格を下回る 20万3000円の終値となったらしい。でも、この程度で済んでよかったね。ココログの失態がもっと大々的に取り上げられたら、多分 20万円を切っていただろう。

もっとも、ココログのバージョンアップ失敗は、昨日の 15時頃になって初めてわかったことなので、このマイナス効果は今日になって本格的に現れるかもしれない。

このバージョンアップに向けたメンテ自体が、しっかりした確証もなく、単に 12月 7日の株式上場にタイミングを合わせるために見切り発車したものだったとしたら、もともとそれほど大したものでもなかったニフティへの信頼は、ますます地に落ちたといえる。

ココログのメンテというのは、前回のただ一度を除いて、うまくいった例がないので、本当に大丈夫かなあと、不安だったのだが、今回も期待を裏切らず (?) きっちり失敗してみせてくれたわけだ。とんだ上場祝いである。

次はうまくやってね。ニフティさん。

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2006/12/06

「スルー力」 の頃合いは難しい

「するーか」 って何のことかと思ったら、「するーりょく」 と読むんだって。

「スルー力」 - うむ、これはなかなかの新語だ。 ただし、ちょっと表記が今イチだ。「カヌー」 という文字を見て、「ちからまたいち」 なんて読んじゃった、私の母のような人もいることだし、紛らわしさは避けられない。

「スルーする」 という言い方を最近よく聞くけれど、これって、もちろん和製英語だ。英語の "through" は動詞じゃない。"go through" とか "drive through" とか、他の言葉と組み合わせられて、始めてまとまった意味をもつ。

本来の英語を使うとしたら、ignore とか disregard とかが、日本語化した 「スルーする」 に相当するんだろうなという気がする。Neglect というのは、意図的というより、うっかり見落としちゃったみたいなニュアンスもあるので、ちょっと違うと思う。

とすると、「スルー力」 は、"ability to ignore" と言ったらいいのだろうか。「無視する能力」 あるいは、「知らんぷりする能力」 とでも直訳したらいいだろう。

英語に "Ignorance is bliss" という言い回しがあって、日本語の 「知らぬが仏」 に当たると言われているが、本当のところはどうなんだろう。

「知らぬが仏」 は、本当に全然気付かないので、天真爛漫にのほほんとしていられるのだが、英語の方は、余計な関わりを持たないでいるのがいいというニュアンスが感じられる。同様に、スルー力は十分に意図的なものである。

スルー力が強い人は、自分は傷つかないかもしれないが、相手に対しては冷たすぎるということになる。何しろ、何を言っても反応してくれないのだから。しかし、スルー力が弱いと、誠実すぎて、自分がダメージを負う。下手すると、いじめられっ子になりかねない。

一般的には、スルー力が強すぎると 「傲慢」 になり、弱すぎると 「脆弱」 になってしまうと言っていいだろう。

私は、自分のブログでは全てのコメントにレスを付けるように心がけているが、それでも、反応のしようのないコメントというのもある。あるいは、執拗なコメントにまめに反応しすぎてうっとうしくなり、最後には爆発してしまったことも過去に一度だけある。

「スルー力」 の頃合いは、かなり難しいもののようだ。

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2006/11/17

再び、ブログはコンパクトにしたい

私は昨年 12月に、 「ブログのテキストは、コンパクトにしたい」 のタイトルで、できるだけ 30行ぐらいで抑えたいなんて書いている。

それなのに、いかんなあ。最近、またしても長くなってきた。詰まるところは趣味の問題だけど、私としては、短めでかちっとした、歯切れのいいテキストで行きたいのだよ。

世の中には、長文を長文と感じさせないブログも、いくらでもある。しかし、毎日更新して毎日読んでもらう前提で運営しているウチのようなところは、そうそう長いテキストに付き合ってもらうのは、心苦しいのだ。

だって、私自身、毎日アクセスして読むブログでは、申し訳ないけど、あまり長いと飛ばし読みしてしまう。何もブログを読むために生きているわけじゃない。毎日毎日そんなに時間をかけて熟読するほど、暇じゃないのだ。

そりゃあ、たまにはどんなに長くても気合いを入れて読みたくなるエントリーだってある。しかしそんなのは、こう言っちゃあなんだが、何本かに 1本という割であって、やっぱり、日常的に飛ばし読みをせずにきっちり読めるのは、30行ぐらいが限度だ。

だから、人がどう言おうが、「きっこの日記」 なんていう長尺ものは、とてもじゃないが、毎日巡回しようなんて気には、全然ならないのである。

自分がそうなのだから、他人もそうだと決めつけるわけではないのだが、少なくとも、自分のテキストなら、自分の身体性というものに沿ったハードボイルドな分量で書くというのが、正直というものだろう。それが、いわゆる一つの個性ってなことにもなるだろうし。

それに、きちんとした文章力さえあれば、大抵のことは 30行あれば言えてしまうはずである。それで言えないような内容ならば、さわりだけ書いて、後は本宅サイトの 「知の関節技」 にでも、長々と書けばいい。

というわけで、今日あたりからまた、コンパクトなテキストを心がけてみたいと思うのである。テキストというのは案外難儀なもので、ちょっと気を許すと、ついまた長くなりそうなのだが。

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2006/09/30

ブログをいつ更新するか

はてな Question に、サイトやブログ等を定期的に更新してる運営者に対し、「更新時間を意識して更新してますか?」 という質問があり、その回答は 「自分が更新したいときに更新する」 が圧倒的に多い。(参照

これって、サイトの性格によって、差がありそうな気がする。

私は正真正銘の 「毎日更新派」 で、それも "Today's Crack" (このブログ) と、文芸サイトである「和歌ログ」 の 2つを、きちんと紛れもなく 「毎日更新」 している。

そして、この "Today's Crack" に関しては、だいたい日付の変わる前あたりに描き始め、日付が変わってまもなくアップするというローテーションで廻っている。今日は月末締めの原稿に追われて、夜中の 1時を過ぎてしまったが、普段は、12時半までには更新し終えている。

しかし、"Wakalog" の更新時間は、日によってまちまちだ。これは、毎日和歌一首と、写真 1枚を組み合わせて構成している 「写真和歌日記」 みたいなものなので、まず、気に入った写真が撮れなければならないし、その写真と関連した和歌を詠むのに、また時間を取らなければならない。

写真はお昼頃までに撮ってしまうことが多いが、和歌を詠むのに手間がかかると、更新は夕方とか、夜になってしまうこともある。歌詠み自体は、ものの 20分ぐらいあればいいのだが、仕事の合間にやっつけてしまうことが多いので、その日によって、何時になるか、さっぱり予定が立たないのである。

"Today's Crack" の方を、ほぼ時間を決めて更新しているのは、こっちの方が読者が圧倒的に多いということもある。中でも固定読者は、毎日大体決まった時間にアクセスしてくれる傾向があるようなので、こちらもそれに応えなければならないように、勝手に思っている。

インターネットのゴールデンタイムは、21:00~24:00 あたりという説がある (参照) が、私のサイトの場合はちょっと様相が違う。確かに夜のアクセスも多いには多いが、それは検索サイトからの一見 (いちげん) 客の比率が高い。

常連さんのアクセスが圧倒的に多いのは、朝の 9時前後と 昼の 12時からの 1時間だ。「知のヴァーリトゥード」 と "Today' Crack" の場合、会社に出社してパソコンのスイッチを入れ、まずはウチにアクセスするという方が、かなり多いようなのである。

朝一番でアクセスしそびれると、お昼休みということになる。だから、私のサイトのアクセスを棒グラフで見ると、朝と昼が抜きんでている。

私は、朝一番でとりあえず見に来てくれる読者のためにも、夜中のうちに更新しておきたいと思っているわけだ。朝の 5時とか 6時とかに起きて更新しようという意気地がないので、つい夜中になってしまう。

そして、たまに眠くてたまらない時があって、夜中になる前にばったりと寝てしまうと、更新が朝から昼にかけてになってしまうことがある。こんな場合、朝一番でアクセスしてくれる常連さんに、とても申し訳ない気持ちになってしまうのである。

常連さんの多くはとても律儀なことに、朝一番で更新されていないと、お昼休みにもう一度チェックしてくれるという傾向があるようで、ありがたいことなのだが。

"Walalog" のような特殊ケースを除けば、ある程度更新の時間帯を決めておかないと、「毎日更新」 を続けるのは難しいような気がしている。そして、私の場合でいえば、更新時間をある程度決めているのは、「時間を意識している」 とともに、「読者を意識している」 ということでもあるのだ。

これって、業界新聞記者上がりで身に付いた性分のせいなのかなあ。

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2006/09/21

連続 1000日更新を達成

"Today's Crack = 今日の一撃" は 「(ほとんど) 毎日更新」 を謳っているが、ここ 2年半以上は、「ほとんど」 という但し書き不要で、正真正銘の毎日更新を継続している。

そして、今日で 1000日連続更新という記録を達成してしまったのだ。平成 15年 12月 26日から、1日も休まず書き続けたのである。

そして、実をいうと、平成 15年 12月 26日というのは、当コラムの日付の付け方を変えた (参照) 日で、それまでは、その日付のエントリーをその日の夜に書いてアップロードしていたのだが、この日から、翌日付のエントリーを夜のうちに書いておくという原則にしたので、1日飛んでしまったのである。

だから、裏の事情を言ってしまうと、この年の 12月 14日から、既に連続 1012日間、休まず書き続けているのだが、公式記録上は、今日で連続 1000日ということになる。いずれにしても、ブログ界広しといえども、連続 1000日以上更新というのは、それほど多くないんじゃないかと思う。

「ほぼ毎日更新」 ということなら、平成 14年 3月から継続していて、なんと、4年半にもなるのだ。最初の 5か月ぐらいは、3~4行のコメント程度だったのだが、同年 8月からは、まとまったコラムになった。だから、そうなってからでも、1400本以上のコラムを書いてきたことになる。

我ながら、よくもまあネタが続くものである。

それに加えて、私の場合はもう一つのサイト、「和歌ログ」 の方でも、「一日一首」 の毎日更新を継続していて、そっちの方は既に連続 1千首目を先月 27日に達成してしまっている (参照)。

1つのサイトで 長期間にわたり毎日更新しているブロガーは、他にもいくらでもいるかもしれないが、まったく毛色の変わった 2つのサイトで、平行してそれぞれ連続 1000日以上の更新をしてるというのは、ちょっとだけ自慢しちゃっても、罰はあたらないかもしれない。

あ、それから、今日中か、または明日の早い時点で、本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 の 20万ヒット目が達成されるはずだ。キリ番をゲットした方には、恒例の 「和歌のキリプレ」 があるので、よろしく。

それと、ブログの "Today's Crack" も、そろそろ 30万ヒットなので、そっちの方もよろしく。(キリプレはないけど)

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2006/09/10

「個人ニュースサイト」 をどう捉えるか?

恥ずかしながら、「ブロゴスフィア」 という言葉を最近知った (参照) ので、ちょっと使ってみたくなっちゃったのだが、この 「ブロゴスフィア」 における 「個人ニュースサイト」 というのが、かなり前から、少しだけ気になっている。

時々、この 「個人ニュースサイト」 経由のアクセスが急増したりするからだ。

「個人ニュースサイト」 というのは、普通は単に 「ニュースサイト」 と呼ばれることも多いようなのだが、それだと、マスコミの運営するニュース配信サイトと紛らわしくなってしまうので、個人的にはとりあえず 「個人ニュースサイト」 と呼びたい。

「とりあえず」 と言ったのは、いわゆる 「個人ニュースサイト」 で取り上げられるのは、別段 「ニュース」 ばかりではないような気がしているので、本来ならば、「クリッピングサイト」 という方が適切ではないかと感じているからだ。

とはいえ、まあ、ここでは既に定着したらしい 「個人ニュースサイト」 という術語で話を進めてみたい。

自分のサイトに、時々ぎょっとするほどのアクセスが殺到することがあるが、その原因は、大体、次の2つである。

この 2つのケースには、明確な違いがある。

前者は、テレビなどで取り上げられたとたんに 1時間で 700~800ヒットという集中豪雨的なアクセスが殺到する。最高時には、多分、毎秒 1ヒットぐらいの状態になっているのだろうけれど、その大波は、ものの 2~3時間で引いてしまう。

それに対し、個人ニュースサイト経由のアクセスは、それほど短時間に集中することはないかわり、その影響がじわじわと続く。少なくとも、1週間ぐらいは衰えることがない。

影響が比較的長く続くというのは、該当記事が複数の個人ニュースサイトに、五月雨式に次々と取り上げられるからだ。孫引き、ひ孫引きなんて、ざらである。この間の事情は、はてなダイアリーのキーワード解説で、次のように記されている。

一次情報源としての役割を担っているサイト、一次情報源から気になるニュースをクリッピングした子ニュースサイト、子ニュースサイトから気になるニュースをクリッピングした孫ニュースサイト……がある。

ただ、一次情報源が他のニュースサイトの気になるニュースをクリッピングしたり、孫ニュースサイトが一次情報源から直接クリッピングすることもあり、特に子ニュースサイト以下の上下関係はあってないようなものである。

ある有名個人ニュースサイトで取り上げられて、ウチのページへのアクセスが増えると、その翌日か翌々日には、2~3件の似たような子ニュースからのアクセスがドカッと舞い込む。3日も経つと、リンク元は 5~6件に増え、下手すると、さらに 20サイトぐらいに増えることもある。

私が怪訝に感じていたのは、この辺りの事情なのだ。「子ニュースサイト」 「孫ニュースサイト」、さらに 「ひ孫ニュースサイト」 の管理人たちは、既に 「親ニュースサイト」 で紹介されたページを、自分のサイトでも改めて紹介するという営為を、粛々と続けておいでなのである。

これは、別に非難しているわけでもけなしているわけでもないので、勘違いしないでいただきたいのだが、他のサイトで紹介されたページを、独自の新しいコメントをつけるわけでもなく、ただ単にリンクして紹介するだけという行為には、個人的には、まったく魅力を感じない。

つまり、子ニュースサイト、孫ニュースサイトが、一体、どんな意義を感じてやっているのか、今までまったく理解できなかったのである。

しかし、「誠天調書」 という、(いわゆる) 個人ニュースサイトの管理人さんが 9月 2日付で書かれているコメントを読み、何となくわかるような気がした。それは、こんなコメントである。引用文中のリンク先にも飛んでもらえると、より理解しやすいと思う。 (全文は、こちら

俺は ここ「誠天調書」を「ニュースサイト」だとは全く思っていません。
冒頭にもあるように、新聞の切り抜き収集と同じことをしているだけ。
言い方を変えれば「“情報”というコレクション」をしている。
情報のマニア みたいなコトを個人的にしていて、
俺自身が まず第一に楽しむためにしています。
その為に 外部記憶保存装置としてのブログという存在は 非常に便利で、
ニュースサイト形式というのも これまた便利なシステムでもあるんです。
 (中略)
ニュースサイトの管理人はなぜ男なのか? は、個人的な推論としては
ニュースサイトの管理人はなぜ男なのか、もう少しつっこんで考えてみる。にもありますが、
何かをコレクションすること 収集癖、そういうのは 断然に男に多い、
ということと似たようなものだと思います。
俺の場合も 形あるモノではなく それが情報というモノだったという訳ですから。

なるほど。個人ニュースサイトというのは、ブロゴスフィアにおける情報の仲介を目的としているというよりは、なんと、それ自体が 「コレクション」 だったのか。

他人のサイトに載ったクリッピングが、自分のところにも欲しくなるという心理も、それならば理解できる。興味を感じたページへのリンクが、他人のサイトにあって、自分のサイトにないというのは、確かにコレクターには我慢できないことだろう。

私自身は、コレクションほど疲れる趣味はないと思っているので、決してやらないと思うけどね。

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2006/09/09

「慶事」 の内訳

乙武洋匡オフィシャルサイト」 が大炎上している。「紀子さま出産」 というエントリーなのだが、ウチの読者は、よもや尻馬に乗るような真似はされないことと信じて、リンクしている。

乙武氏はその日のうちに 「深くお詫びします」 というエントリーで弁明しているのだが、そのことについて、私なりに考えてみたい。

乙武氏は、この日 2度目のエントリーで、次のように述べておられる。

むしろ、僕は親王のご誕生を「おめでたいこと」「よろこばしいこと」だと思っています。それは、性別の如何を問わず、ひとつの命が誕生したことを「よろこばしい」と思っているのです。

ところが、ご誕生を受けてのマスコミ報道や世論には、少なからず「男の子でよかった」という風潮が感じられました。そのことに、僕は抵抗を感じてしまったのです。

男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの。そう思っていた僕には、内親王がご誕生した時よりもはるかに舞い上がった今回の慶事ムードに違和感を覚えてしまったのです。

彼の 「男であろうが、女であろうが、皇室であろうが、民間人であろうが、命の重さは等しく、尊ばれるもの」 という主張は、とても正しい。誰も異論を差し挟めないほど正しい。

しかし、私は 「誰も異論を差し挟めないほど正しい」 と見える主張には、つい警戒感をもってしまうという、悲しい習性が身に付いている。それは、ユダヤ人の 「全員一致は無効」 という考え方と似ているかもしれない。

というわけで、"「紀子様、男児ご出産」 で、ことさらに喜んで、何がいけないのか" と、敢えて言ってしまおうと思う。

一つの生命が誕生することの重要さ、厳粛さは、どんな生命でも平等である。この点においては、皇族だから、男児だからといって、他の場合よりも尊いなどということはない。これは当然の前提としておこう。

ただ、今回の場合は 「喜ぶ内訳」 が違うのである。多くの国民は、生命そのものを差別して喜んだわけではない。「生命の誕生」 を喜んだのはもちろんだが、そのほかに、もう一つの要素があった。言うまでもなく、「皇室の伝統継続」 という視点からである。

「生命誕生」 プラス 「伝統継続」 という二重の慶事なのだから、これまでの 「内親王ご誕生」 の時を、「伝統継続」 の分だけ上回る喜びを示したところで、何ら訝しがられることはないだろうと思う。長らく待ち望まれた男児のご誕生なのだし。

ただ、女性天皇、女系天皇が認められる制度であれば、今回のことでことさらに喜ぶという根拠は消滅する。しかし、現状ではそうではないのである。皇室制度に関する問題点は、継続して真剣に討議すべきだと思うが、ここでは敢えて触れないでおく。

私自身は、もう一つのサイト 「和歌ログ」 の長月六日のエントリーに、さりげなくお祝いの言葉を書いただけで、アクセス数が断然多いこっちのサイトでは、それらしいことは敢えて何も書かなかった。

だから、今回の乙武氏のブログ炎上問題がなければ、「ことさらに喜んで、何がいけない」 なんて、自分のブログに書くことはなかっただろうと思う。個人的趣味としては、静かにお祝いするにとどめたいが、大喜びする人がいても、それはそれでいいじゃないか。

そして、それはそれとして、ちょっと別の視点からコメントする乙武氏のような人がいることも、社会として健全なことだと思っている。彼の最初のエントリーは、確かに言葉足らずだったかもしれないが。

ただ、今回の問題で、多くの目を覆いたくなるような言葉で彼のブログのコメント欄が汚されたというのは、いただけない。そうした行為は、いかにも無自覚に、御稜威まで汚すことにつながると気付くべきだ。

というわけで、ますます 「全員一致は無効」 という考え方を忘れたくないと思うのである。

【注記】

ユダヤ人が 「全員一致は無効」 としているのは、事実ではないという主張もある (参照) が、以前見たアメリカ映画 (何の映画か忘れたのが残念だが) で、ハッピーエンド直前になって、善玉の登場人物のうち 1人だけが、急にそれに異を唱えるという場面があった。

周囲に訝しがられた彼は 「全員一致は無効だからな」 と言ってにやりと笑い、それで本当のハッピーエンドになるという、ちょっと洒落た結末だった。

これを見ても、「全員一致は無効」 という考え方は、旧約聖書に書いてなくても、ちゃんとあるのだとわかる。

【同日朝 追記】

影でごそごそ言うのはイヤなので、一応、乙武さんのエントリーに夜中から何度もトラバ送ってるんだけど、朝になっても入らないんだよなあ。どうしたんだろう。

【さらに追記】

あ、入った入った。しかも、2つも入ってる。乙武君、ごめんね (私は大学の先輩なんで、この程度の謝り方にしとくぞ)。

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2006/09/08

ウチは案外 「下ネタ」 に強い

shuiro note というブログで、「くだらないものでGoogle1位になったコンテスト」 というのをやっているので、不肖私も参加してみんとす。

こう見えても、ウチは google でトップを張っているページがかなり多い (参照)。しかも、案外 「下ネタ」 に強い。まず、挙げておきたいのが、「パパのウンコ」 である。

このコンテストは、「おかしな言葉で Google 1位になってしまっている」 ページを集めるのが趣旨ということのようである。

それならば、「パパのウンコ」 に関しては、23,000件のヒットのうち、上位 4つが私のページで独占されていて、ちょっとした快挙である。「どんなもんじゃい!」 と叫んでも、亀田さんちの長男坊より説得力あるかもしれないぞ。

次に挙げておきたいのが 「男の座り小便」 というキーワード。11,200件中のトップである。さらに、「入ってます/英語でどう言うか」 というのも捨てがたい。15,200件中のトップにランクされている。

そして最後に挙げる伝家の宝刀。たった漢字 2文字のキーワードにして、535,000件中、堂々トップを張っているのが、何を隠そう小股だ。「小股の切れ上がった……」 の 小股である。

この "「小股ってどこか」 よりも大切なこと" というコラムは、まともに読んだら、10分ぐらいはかかると思うので、時間がないときには、ダイジェスト版の "「小股」 は 「足指の股」 だけじゃない" を読むだけで足りるかも知れない。

今日のところは、せっかくなので、当サイトのベスト癒しネタ、"「パパのウンコ」 再録" を読んでまったりしていただくために、当エントリーは短めに、この辺で抑えておきたい。

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2006/09/07

分類は魔物だけれど……

今年 5月 20日に 「分類は魔物」 というエントリーで、当ブログ "Today's Crack" の記事のカテゴリーは、ココログのデフォルトに無理矢理押し込んでいるので、当面はカスタマイズする気はないというようなことを書いた。

その舌の根も乾かぬうちに、自前のカテゴリーを 6つも新設してしまったのである。

止むに止まれず新設した分類は、「哲学・精神世界」 「言葉」 「比較文化・フォークロア」 「庄内の話題」 「自然・環境」 「ちょっといい話」 の 6つである。

前の 3つは、従来はすべて 「文化・芸術」 というカテゴリーの中に押し込んでいたが、ココログを使い始めて 2年を過ぎ、こればかりは、どうももう少し細かく分類しても問題はなく、かえって便利になりそうだと気付いたのである。

分類の魔物たる所以の一つは、なんでもかんでもどさっと同じ袋に入れると、あとで何がなんだかわからなくなるのだが、細かく分類しすぎると、どれにも当てはまらない 「その他」 ばかりが増えてしまうということである。

しかし、「哲学・精神世界」 「言葉」 「比較文化・フォークロア」 という 3テーマは、私自身が結構得意としていて、かなり頻繁に書き込んでいることであり、この辺りで分けておかないと、「文化・芸術」 というカテゴリーの中がごちゃごちゃになってしまいそうだ。

とくに、自分ではあまり意識していなかったのだが、あらためて見直すと 「言葉」 という分野だけで、今までにもかなりの本数を書いている。独立したカテゴリーにする意味は十分にあると思ったわけである。ちょうど頃合いのさじ加減のようだ。

庄内の話題」 「自然・環境」 「ちょっといい話」 の 3つは、本数としてはそれほど多いわけではないのだが、デフォルトにちょうどいいカテゴリーがなくて不便を感じていたので、この際だから新設した。自分として、今後力を入れて行きたいという決意の現れでもある。

当面はこのカテゴリーでやっていきたいと思っているのだが、そのうち、またいくつか新たな分類が必要になるかもしれない。まあ、その時はその時だ。

カテゴリーの再考は、必要に迫られてやるぐらいがちょうといいと思っている。

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2006/08/05

「がんばる」 の反対は 「感謝する」 ?

「あすなろ BLOG」 というブログがあって、大橋悦夫さんという人が、いろいろなことを書いておられる。その 8月 1日付に "「がんばる」の反対は?" というエントリーがある。

その答えは、「感謝する」 なのだそうだよ。いや、別に反対するわけじゃない。ただ、やはりちょっとした齟齬感覚が残るのだよね。

なんでまた、「がんばる」 の反対が 「感謝する」 なのかというと、以下のような理由なのだそうだ。

がんばっている最中というのは、なかなか周りが見えなくなるもの。
そこで、ふと立ち止まって、周りを見回して、いま自分ががんばることが
できているのは周りにいる人たちのおかげだ、ということに気づいて、みんなに「ありがとう」と言おう。

ふーむ、なかなか美しい主張である。でも、このことを言うのに、どうして 「がんばる」 の 「反対」 は 「感謝する」 だなんて、とってつけたようなレトリックが必要だったのだろう。

これくらいのインパクトのある導入だったら、もう少しひねりのあるオチ (いや、失礼、オチじゃなくて、「結論」 ね) を期待してしまいがちだ。

いやいや、でも、世の中で本当に大切なことというのは、実はこのような、ごく当たり前のことなのだよね。そうそう、その通り。

ただ、私なら同じようなことを言うのに、こうした類のあざといレトリックは使わないだろう。それは、「感謝する」 の方から逆の道筋をたどってみるとわかる。

「感謝する」 の反対は、「がんばる」 ことというよりは、「がんばってる自分に酔いしれてしまう」 ことだろうからだ。この二つの微妙な違いは、きちんとおさえておきたい。そうでないと、「感謝しつつがんばってる人」 に気の毒というものだ。

大橋氏の翌日のエントリー、"「がんばる」と「感謝する」の時差" には以下のようにあり、「がんばる」 は未来志向で、「感謝する」 は過去志向ということなので、この二つは同時には成立しないかのようにみえる。

逆に「感謝する」という言葉を考えると、これは「過去」に向いていることが分かります。文法的には、「I will thank you.」という文は成立するとは思いますが、実際には使わないでしょう。感謝するのは今この瞬間か今より前の時点の何かを対象にしているはずです。

しかし、感謝というのは、今、あるいは過去にしてもらったことに対してのみ捧げるだけのものだろうか。感謝って、その程度の即物的なものだろうか?

私なら、「前もって感謝する」 ということもあるのだけれど。例えば日本の春祭りの多くは、民俗学では 「予祝行事」 といって、秋の豊作を前もって神に感謝して祝っておく発想との見方もある。

英語にも、"Thank you in advance." という言い方がある。もっと言えば、「本当の感謝」 というのは、時間軸の過去・現在・未来に関わりなく、「未発の中」 にあるというような、根元的なものなのだろう。

本来は、「感謝すればこそ、本当にがんばれる」 ということなのだろう。だから、結局はこの人も同じことを言ってるみたいだけどね。

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2006/07/28

過去ログは、結構読まれてる

"304 Not Modified" の、まなめさんによると、「ブログは最新記事しか読まれない」 のだそうだ。「煩悩是道場」 の ululun さんはそれに呼応して、「過去ログなんて、読まれなくてもいい」 と、クールにうそぶいておられる。

でも、本当にそうなのかなあ。ウチの場合は、過去ログ、結構読まれてるんだけど。

試しに、ココログの "Today's Crack" の先週のアクセス解析を覗いてみたら、最新エントリーへのアクセスはたったの 38%ほどで、残りはすべて過去ログへのアクセスだった。ウチは 「過去ログ・オリエンティッド・ブログ」 のようなのだ。

過去ログの中でも、あの物議をかもした "「的を得る」 は、間違いじゃない" なんてエントリーが、今でも全体の約 5%のアクセスを集め続けている。こんなの、もういいのに。

ululun さんはまた、毎日ブログエントリを書いていれば、最新記事しか読まれない傾向があるのかもしれないが、ご自身は更新頻度が毎日とはいえないので、過去ログにもかなりアクセスがあるといった印象を述べておられる。

しかし、そうは一概には言えないだろう。私の場合、掛け値なしに毎日更新なのだが、あるいは、それだからこそ、過去ログへのアクセスがほぼ 3分の 2もあるのだと言えるかもしれない。

毎日更新なればこそ、過去ログは単純に量的な意味合いで、かなりのリソースになっている。そして、量的に豊富だからこそ、いろんなキーワードでの検索にひっかかるという、シンプルな構造だと思うのである。

まなめさんは、「過去ログを読ませるための方法」 として、現在の自分を語ることをシリアスに論じておられるけれど、私の印象では、別に特段のことをしなくても、過去ログでも、読まれるエントリーは読まれ続ける。

過去ログといえば、まこりんさんが興味深い記事を書かれている。

3年前に書いた宇多田ヒカルに関するテキストに、最近になってアクセスが集中したのだそうだ。また、ある作曲家のブログで 「このアルバムを録音した時の思いが伝わっていた」 と、彼のテキストが紹介されたこともあったという。(参照

そんなこともあるのだ。ちょっといい話じゃないか。過去ログも捨てたもんじゃない。

まこりんさんも、私同様に、ブログではなくテキスト中心のサイトから出発され、今でもそちらの方に軸足を置いているように思われるので、そのあたりの感覚に、なんとなく共感する雰囲気がある。

この件については、明日、論を発展させたいと思っている。

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2006/07/21

「ブロゴスフィア」 における振る舞い

「今日の一撃」 の本文を ココログ上で書き初めてから久しく、しかも、近頃は本宅 「知のヴァーリトゥード」 よりブログの方が倍以上のアクセスを稼ぐので、私も一応 「ブロガー」 の端くれであると思っていてもいいようだ。

そのくせ、「ブロゴスフィア」 と 「アルファブロガー」 という言葉を今日始めて知った。

私はなりたくてブロガーになったわけでは決してない。本宅サイトで 「今日の一撃」 というコラムを毎日更新していたのだが、同じ毎日更新するならブログの方が楽そうなので、本宅サイトのサーバ容量節約の意味もあって、2年前からココログを使い始めたというだけなのである。

だから、「ブログそのものについての考察」 的なエントリーは、今まであまりしたことがない。皆無というわけではないが、「ブロゴスフィアの住人の振る舞いのありよう」 的なことは、ほとんど論じたことがなかった。

まず念のため、私同様に 「ブロゴスフィアって何だ?」 という方のために説明しておくと、以下のようなことになるようなのだ。

ブロゴスフィア

ブロゴスフィア(blogosphere)とは、weblogを行う人たちにより構成されている世界、空間を意味します。ブログ圏とも呼ばれます。(ミツエーリンクス 「Weblog 用語集」 より)

アルファブロガー

【alpha blogger】多くの読者に読まれている、影響力のあるブロガー。(Hatena Diary Keyword より)

ほほう。いつの間にか、そんな特殊な世界が構成されていたようなのだね。道理で、ソシアル・ブックマークだのなんだのという、私のあまりあずかり知らない世界での評判に一喜一憂する雰囲気が、まわり (の一部) に漂ったりしているわけだ。

しかし、ウチのブログのアクセス解析の結果をみても、ソシアルブックマークからのリンクでのアクセスなんて、平均すれば 1日に 2~3件だ。こういっちゃなんだが、ユニーク・アクセス数の 1パーセントよりはるか下である。

無視すると言っては語弊があるだろうけれど、申し訳ないが、ほとんど気にしていない。そこでの評判なんて、読もうという気も起こらない。だから私は、「いわゆるブロゴスフィア」 の住人としては、あまり 「らしくない」 振る舞いをしているようなのである。

しかし、私のようなブロガーは、少なくとも決して少数派ではないだろうと思う。数の問題じゃないけど。

私としてはブログでブログを語るよりも、ブログで世の中のことを語りたいので、ブロゴスフィア内部のことに興味が向かないのだよね。まあ、最低限のマナーとか知識はおさえておきたいけど。

というわけで、「いわゆるブロゴスフィア」 あるいは 「狭義のブロゴスフィア」 とは、「ブログについて語るブロガーの世界」 と言ってしまおう。ただ、これには反論があるだろうし、そもそも私だって、「もっと開かれた世界であるべきだ」 と、自分自身に反論したい気持ちがある。

そんな意味も含めて、私の知る限りにおける魅力的なブロゴスフィア住人として、「煩悩是道場」 の ululun さんを挙げておきたい。

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2006/07/12

日本一の炎上ブログ

ブログ炎上という話はよく聞くのだが、今の日本で最も景気よく炎上しているのが、「【特設】ココログレスポンス問題お知らせブログ」 だろう。とくに 7月 9日のエントリーがすごい。

近頃のココログのシステムとしてのお粗末さと、誠意のない対応に、ユーザーが怒りまくり、呆れ、見放しつつあるのがわかる。

該当エントリーは、「2006年7月9日(日) 12:35からココログの管理画面へアクセスしにくい現象が発生しております」 と告知しているのだが、それに対して、「アクセスしにくいのは、その 3日も 4日も前からだ」 と、馬鹿も休み休み言うがいいとばかりのコメントが、280以上も付いている。

普通は、ブログが炎上するといっても、コメントの中身は賛否両論というのが多いが、この場合は、99%以上が怒りまくっていて、そうでない残りも、単なる気休めである。こんなのは、本当に珍しい。

確かに、私も 7月に入って間もなくから、ココログの管理画面が異常に重いのを認識していた。7月 9日からだなんていうのは、ノー天気にもほどがある。運営会社が、自分の商品の有様を全然知らないことになる。

この告知は、ユーザーの怒りの火に油を注いだ形となった。富士通系は、個人ユーザー相手の商売が、本当に下手だ。(最近は個人ユーザー相手に限ったことでもないけど)

私としては、ココログのレスポンスが悪いのは今に始まったことでもないので、今回の大規模メンテナンスに期待する気持ちになっていたのだが、このブログの木で鼻をくくったような対応をみると、あまり期待できないかなという不安にもかられる。

親指シフトの OASYS を愛用し、パソコン通信時代からニフティ・ユーザーである私には、実に悲しいことである。有名な労働基準法無視の過重労働のせいで、社員の頭の中が判断不能状態になっているんじゃあるまいか。

思えば、ニフティのココログというブログ・サービスは、日本のブログの中でも最も早くから出発した草分け的存在の一つである。それだけに、今のようなブログ・ブームが来るとは予測できず、かなり貧弱なシステムでスタートしてしまったのではないかと思われる。

他の会社からみたら、「ニフティさん、失敗しちゃったね」 ということになるのだろうね。もっと早くから抜本的対策を取っておけばよかったのに、ユーザーの怒りが臨界点を超えるまで、姑息な場当たり的対応しか取らなかったツケが、今になって噴出しているという感じだ。

今回の大規模メンテが終わっても大した改善が見られなかったら、今度こそブログ移転を本格的に検討しなければならないだろう。

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2006/07/11

ココログのメンテに伴う業務連絡

ココログの、とくに夜間の異常な重さを解消するために、大がかりなメンテナンスが実施されると告知されている。

11日 14:00 から 48時間にわたるというので、その間、ココログの更新は出来ない。仕方がないので、その間、リザーブの はてな の方で更新するので、そちらをご覧頂きたい。

「とくに夜間の異常な重さ」 と書いたが、実際のところは、夜間ばかりではない。日中でも話にならんほど重くて、ストレス感じまくりだ。このままの状態が続くようだと、移転は必至の状態である。メンテの結果に注目したい。

今回のメンテは、何しろ、レスポンスの抜本的改善のために、データベースソフトおよびオペレーティングシステムのバージョンアップを行うというのだから、今までになかったほどの長い時間がかかるというのも仕方がない。

ただ、48時間とはいえ、実質的には 2泊 3日に相当するブランクだから、「毎日更新」 を標榜している当方としては、影響が大きい。こんなこともあろうかと、はてな にリザーブを作っておいて正解だった。

取り敢えず、本日 11日のエントリーはココログにアップしておくが、12日と 13日の分は、はてな の方で更新させていただきたい。そして、13日の 14:00 に本当にメンテが終わり、まともに動くようになったら、この 2日分のエントリーをココログにもコピーする予定である。

いつもココログでご覧頂いている方には、煩雑なことで恐縮だが、2日間だけ、ちょっと面倒を我慢して頂ければ幸いである。

しかし、今までの例のように、メンテを行ったせいで、かえってガタガタになったりしたら嫌だなあ。正直なところ、心配である。ココログを利用するブロガーの多くは、祈るような気持ちかもしれない。

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2006/06/08

ココログのメンテは、思いやられる

今日の夜中 2時から夕方の 4時まで、ココログが 「データベース性能改善のため」 に、メンテナンスを行うという。その間、ブログ閲覧以外はできなくなる。

ああ、不安だなあ。ココログのメンテが予定時刻に終わることはまずないし、その上、終了後必ず不具合が発生するという実績がある。

これまでも、ココログは何度かメンテをしているけれど、予告された時間内で終わったことがない。いや、一度だけあったかな。まあ、あったとしてもその程度だ。

それに、メンテが終了すると、なぜか極端に重くなって管理画面に入れなくなるのは、毎度のお約束だ。それだけでなく、必ずそれまでにはなかった不具合が発生し、復旧に時間がかかる。

このところ、ココログは比較的サクサク動いていたのに、また余計なメンテで、操作を重くした上に、不具合を 2つ 3つ発生させてしまうのだろうかと、悲観的になってしまう。なるなと言われても、これまでの経験上、ならざるを得ない。

それどころか、今回はメンテの前から不具合が出てきている。私はココログのエントリー原稿を 「下書き」 モードで書き、最後にチェックしてから 「今すぐ公開」 モードで保存することにしている。ところが、この 「下書き」 モードで保存をすると、なぜか書いたはずの原稿が消えてしまうのだ。

おかしいおかしいと思っていたが、くまさんという方も 「ココログ注意 保存すると原稿が消失!!」 というエントリーを書いておいでなので、私だけではないようだ。もしかしたら、ココログさん、予告したメンテ以前に、何かいじくり始めてるな。

そんなこんなで、ココログは既に、完全に信頼を失っているのである。メンテは時間通りには終わらないもの、終わったら、うんざりするほど重くなるもの、わけのわからない不具合が発生するものと、ユーザーは覚悟しているのである。

私がわざわざリザーブとして 「はてな」 を用意してあるのは、ココログが不具合の時に緊急避難するためなのだ。

もしかして、今回は奇跡的に予定時刻に終わって、その後も不具合が発生しなかったとしても、それは 「珍しいケース」 に過ぎず、それだけでは 「信頼回復」 には至らない。「ちゃんとしたメンテ」 を、少なくとも 3回は続けてくれないと、信用しないのである。

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2006/05/20

分類は魔物

いろいろな仕事の処理には、「分類」 ということがつきまとう。会社の組織にしても、仕事の割振りは 「分類」 そのものだし、商品の整理にも、「分類」 のコンセプトは不可欠だ。

私は以前から 「分類は魔物」 と言っている。どんなにうまくできた方式で分類しても、必ず分類しきれないものが生じるのだ。

以前、某電機メーカーで、ラジオ事業部とテープレコーダー事業部の両方でそれぞれ 「ラジカセ」 を作ったため、「ラジカセ」 という商品が 2つのカテゴリーに分類されていたという話を聞いたことがある。

ファッションの世界でも、いわゆる 「中間アイテム」 や 「折衷アイテム」 が生まれるのは毎度のことだ。

以前は、ブレザーよりずっとライトウェイトだが、アウターとして着用するのでブラウスでもないという意味で、「ブラウザー」 なんていうアイテムが流行ったことがある。今は完全に死語だが。

最近聞いて、こけそうになったのは、スカートとスパッツを組み合わせた 「スカッツ」 という商品だ。多分 「ブラウザー」 同様、一般化する前に廃れるだろう。こんなもの、既存のカテゴリーでは分類しようがないし、新項目として登録するまでもない。

正確に分類しようとして、細かいカテゴリー分けにすると、必ずどれにも当てはまらない 「その他」 というアイテムが増加する。これでは困るから、じゃあ、どれかに当てはまるように、大まかな分類にすればいいかというと、今度は大まかすぎて中身がよくわからないことになる。

それでは困るというので、再び分類を細かくしようとすると、勢い 「あれもこれも」 ということになり、細かくなりすぎて、またしても 「その他」 ばかりが増えるという堂々めぐりになる。

だから、それぞれの目的に添うように、カテゴリー分類の細かさの匙加減を調整することになるのだが、それがなかなか難しい。それに、長い間には必ず辻褄の合わないことが出てくるもので、その都度、また新たなカテゴリーを新設せざるを得ない。

私は、このブログのエントリーのカテゴリーを、非常に大雑把に捉えている。ココログでは、自分なりのカテゴリーを登録できるのだが、私は敢えてそんなことはしていない。既存のカテゴリーに、無理矢理押し込んでいる。

独自の細かい分類をしようと思えばできるのだが、そんなことをしていたら、どんどん新しいカテゴリーを加えていかなければならない。このブログに関しては、そこまでする意味をあまり感じないのである。

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2006/04/23

ブログ全盛とはいえ

本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 の 15万ヒットが、ほぼ確実に、今日中に達成されそうである。日曜だからといって寝坊して、昼過ぎにアクセスしたら、既に達成された後ということになるかもしれない。

キリ番をゲットされた方は、和歌プレゼントがあるので、ぜひご連絡をいただきたいということで、よろしく。

本宅サイトの 15万ヒットには、ほぼ 4年と 3か月を要したことになるが、ブログの "Today's Crack" の方は、まだ 2年にもならないのに、既に 18万ヒットをあっさりと越えてしまった。ブログは生意気である。ほどなく 20万の大台を超えるだろう。

だが、私としてはあくまでもホームグランドは 「知のヴァーリトゥード」 の方だと位置づけていて、毎日更新の "Today's Crack" だって、書き出しのリード文は、本宅のトップページにおいてある。そこで 「続きを読む」 をクリックすれば、全文が表示されるという趣向だ。

ブログの方は、譬えていえば 「都心に借りたワンルーム・マンション」 みたいなつもりでいる。本文の書き出し部分が、まるで引用文のようにインデントされているのは、あくまでも、本宅で書かれたことの繰り返しという意味を込めている。

近頃はブログが全盛だから、"Today's Crack" に直接訪問してくれる人が多い。ブログの方がなんとなく敷居が低いような印象を与えるということもあるだろう。

しかし、私が 「知のヴァーリトゥード」 を始めた 4年前には、「ブログ」 という言葉すらなかった。毎日更新の 「今日の一撃」 を続けているうちに、「近頃かまびすしい 『ウェブログ』 というものに、ウチのサイトは類似した部分があるかな」 という気がしてきたのである。

そうこう思っているうちに、毎日更新には、ブログの方が便利ということがわかって、それまで自サイトでまかなっていた 「今日の一撃」 のコンテンツのみを、ココログで運営することにしたわけだ。

だから、私は 「生粋のブロガー」 ではない。単に都合がいいから借りているだけの話である。本気でゆったりとしてもらうには、本宅に来て頂く方がいい。いろいろな部屋も用意されてるし。

本宅の方に愛着があるのは、デザインを自分の思い通りやっているからでもある。ブログは、いくらテンプレートがあろうと、どうしてもお仕着せ的なデザインから抜け出られない。ウチの本宅トップページなんか、あれでも案外凝ったデザインなのである。

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2006/04/20

本宅サイト、15万のキリ番間近

今年の初め頃には、多分 6月頃になるだろうと思っていた 「知のヴァーリトゥード」 の 15万ヒットが、どうやらこの週末か週明けにでも達成されてしまいそうな勢いなのである。

いつものように、キリ番をゲットした方には、和歌などという、今どき珍しいプレゼントを捧げる予定になっている。(参照

和歌を捧げられるなどというのは、今どきではまったくレアな経験になるはずなので、キリ番をゲットされた方は、ぜひメールや BBS などでお知らせ頂きたい。なにしろ、元手のかからないプレゼントだから、遠慮はご無用である。

今年の初め頃は、本宅サイトのトップページのアクセスは、ユニークで 120内外、PV 200程度のものだった。ところが、「世捨て人の庵」 というサイトで紹介していただいたのをきっかけに、近頃では、ユニークで 250、PV 400ほどになってしまった。このうち、定連さんのアクセスは 200ぐらいとみられる。

本宅のトップページを素通りして、直接ブログの "Today's Crck" に来るアクセスは、ユニークで 350ぐらいある。しかし、この 350のアクセスのすべてが常連というわけではなく、特定のテーマを Google などで検索して見に来る場合も多い。ブログの定連さんもやはり 200ぐらいとみている。

だから、「今日の一撃」 を定期的に見に来てくれる定連さんは、今のところは、合計 400~500人ぐらい (毎日来てくれる方だけとは限らないので) だと思っている。ありがたいことである。サイト開設当初の、1日のアクセスが 1桁だった頃と比べれば、天国のようなものだ。

原稿料をもらって書いている記事に、何万の読者があろうとも、単なる物好きで書いているこちらのテキストの、確固たる何百名かの読者の方がありがたい気がするのは、不思議なものである。

ちなみに、ブログの方のアクセスはかなりの変動があって、ちょっとニュースサイトなどに紹介されてしまうと、平気で 2000や 3000ぐらいいってしまう。例の "「的を得る」 は、間違いじゃない" を書いた直後なんかはすごい勢いで、3月 9日には、6601 PV という記録を樹立した。

その前後 5日間を合わせたら、2万 PV ぐらいになるのだが、いくら徒花 (あだばな) 的なヒットがあっても、その多くが常連として残ってくれるというのは期待できない。徒花は徒花である。

その意味でも、私はブログの "Today's Crack" よりも、「知のヴァーリトゥード」 を、あくまで 「本宅」 と位置づけたいのである。私の記事は、ブログに掲載されるだけではないので、本宅に来てもらう方が、包括的に紹介できる。

そして、それに劣らず大切に思っているのが、別宅の 「和歌ログ」 だ。藤原正彦氏が 『国家の品格』 で、「論理より情緒」 なんてことをもっともらしく言う前から、私は 「歌を詠む心」 というのを、自分の生命線と位置づけているので、こちらの方もぜひよろしく。

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2006/04/16

ブログと蕎麦屋の共通点

ブログの世界というのも、移り変わりが激しい。以前にも書いたが、ブログの平均寿命は 38日やそこらということらしい。(参照

それほどでなくても、長い間毎日巡回していたブログが、突然更新されなくなり、何ヶ月かの放置のあげく、いつの間にかサイト自体が消滅してしまっているというのも稀ではない。

祇園精舎の鐘の声ばかりではなく、ブログの世界も、人の世の諸行無常の様相をそのまま反映している。まさに哀れなものである。

突然だが、蕎麦好きというのは、蕎麦屋の店構えを見ただけで、うまい蕎麦を食わせる店かどうか、即座に見分けることができる。本当に、ごく当たり前にできる。

ほんのたまに、まったくそれらしくない店構えのくせに立派な蕎麦だったり、逆に見かけ倒しだったりすることもあるが、多分、9割以上の確率できちんと見分けることができる。

それと似たようなもので、いい味を長く続けてくれそうなブログというのも、ちょっと読んでみただけで、なんとなくわかるような気がしてきた。まだ、うまい蕎麦屋を見分けるほどの確率ではないが、近頃大分、この嗅覚じみた感覚も研ぎ澄まされてきたような気がする。

なんというか、蕎麦屋の店先の雰囲気というのが、その店主の趣味をそこはかとなく表現しているようなもので、ブログの第一印象というのも、その管理人の志向性をかなり反映している。まず感じられるのは、「身体性」 といったようなものだ。

面白いブログというのは、言葉が自然にあふれ出ている。無理矢理にこねくり上げたような、硬直した言葉じゃない。いわば、言葉が身体性に沿っているが故に、心地よいのである。

毎日巡回したくなるブログというのは、主義主張が共通しているというよりも、この身体性の共通したブログだという気がする。

ブロガーの身体性とは、「日常的に表現する身体」 である。べつに芸術家の身体性である必要はない。年に何度か渾身の蕎麦を打ってみせる偏屈な職人よりも、毎日それなりの蕎麦を食わせてくれる蕎麦屋の方が、ありがたいようなものだ。

いい味の長続きするブログというのは、言葉に心地よいリズムがある。一方、リズムのないブログというのは、毎日毎日、決まり切ったトーンで書かれているブログである。読む前から結論が分かり切っているのはまだいいとしても、レトリックまで見え透いてしまうのは、つまらない。

リズムのないブログというのは、言葉が身体性に沿っていないか、筆者の身体性自体が硬直しているかのどちらかだ。

身体性も蕎麦打ちも、季節や環境で変わるのが当然なのだ。変わらない文章というのは、要するに、書き手の身体性が鈍いのである。読む方も退屈するが、書く方も疲れるだろうなあ。

書いてるうちに疲れが消えてしまうようなテキストというのは、多分、読む方にも心地よいんじゃあるまいかと思うのである。

というわけで、私もせいぜい 「疲れないテキスト」 を志向して、このブログを続けていきたいと思っているわけなのだ。もし、読者がここまで読んで、どっと疲れるようなら、私のテキストもまだまだだということだ。

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2006/04/04

結構難易度高い 「初対面バトン」

最近、ちょっと疲れ気味で、頭が鈍くなっていて、ネタに困っていたところ、あらら姫さんから 「初対面バトン」 なるものが廻ってきたので、これ幸いと受けてみることにする。

ところが、このバトン、ちょっと難易度の高いバトンのようなのだ。下手に答えると、興醒めになりそう。頭鈍くなってるのに、ヤバイ。

【初対面バトン】

  • Q1. 初対面で特に気をつけていることは?

    必要以上にしゃっちょこばらない。必要以上にへらへらしない。

    仕事柄、初対面の人に会うことが多いので、相手をリスペクトして話を聞くこと。相手があまり話をしない時でも、雰囲気で話させてしまう。
     
  • Q2. 初対面で話す小話をひとつ教えてください。

    いきなり、小話なんて話す人、いるんかなぁ?

    こんなの、どう?

    「ある日、ピカソの家に泥棒が入って、ピカソ自身がその泥棒の似顔絵を描いてくれました。その絵を捜査に使うのと、即座に売り飛ばすのと、どちらが賢明でしょう?」

    「ピカソの絵じゃ、何捕まえるかわかんないよね」 なんて答えてくれたらいいけど、「ピカソは、デッサンも一流だったからね」 なんてマジに反応されたら、どうしよう。
     
  • Q3. 初対面ですぐ打ち解けられますか?

    案外人見知りだから、ちょっと時間がかかるけど、それでも、結局は打ち解けるぞ。
     
  • Q4. 一目ぼれは多いほうですか?

    大学に入って一目ぼれしたのが、現在の妻なのだ。
     
  • Q5. 初対面の相手と話して、うまくいった想い出のエピソードを教えてください。

    その昔、業界紙記者時代、米国のとあるパーティで、たまたまその道では知る人ぞ知る権威に出くわし、「あれま、私はなんてラッキーなんでしょ」 と思わず口走ったら (もちろん、英語でだぞ)、向こうがかなり気をよくして、ずいぶん率直にいろんな質問に答えてくれて、いい記事が書けたことがあったな。

    それからもう一つ。やはり米国で、ちんぴら風の黒人のアンチャンに、「金くれ」 と迫られた。「金やる理由なんかない!」 と突っぱねたら、「俺は腹減ってる。それが理由だ」 と減らず口を叩くので、「俺だって、腹減ってるんだ!」 とブチ切れたら、それ以上は迫ってこなかった。

    人間、腹が減ると、短気になりやすい。でも、今はもうトシだから、こんなヤバイ切れ方はしない。
     
  • Q6. では気まずかったエピソードを教えて下さい。

    あまり気まずかったというのはないけれど、後で考えて、もっと上手な対応があったかなあと思うような時は、かなりあるなあ。

    ものすごく頭の固い人にどう接するかは、かなり難しい。公式通りに接すると、失点はないけれど、その代わり、相手の印象にも残らない。ちょっとだけ 「破格の用法」 を交えるのがコツなんだけど、そのあたりの匙加減が難しいのだよね。
     
  • Q7. 【2006新生活特集】あなたがほしいプレゼントは?

    温泉一泊旅行券。後腐れなく消えてしまうモノがいい。
     
  • Q8. このバトンを回す5人を選んでください。

    えぇと、いつものように適当に転がしとくので、拾いたい人は拾ってください。
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    2006/03/29

    ココログさん、またやってくれた

    28日に、ココログが機能アップのためのサーバ・メンテをしていた。このところ、ココログがメンテすると、必ず何か不具合が発生するのだが、今回もまたやってくれた。

    メンテが終わってから、管理画面に入るのがやたらに重い。その上、ブログのヘッダー・デザインが、崩れてしまっているじゃないか。

    それだけじゃない。今回のメンテで、コメント/トラックバック・スパムのセキュリティを大幅強化したという触れ込みなのだが、嘘ばっかりである。こともあろうに、28日付けで、どっとトラックバック・スパムが付いてしまった。

    崩れたヘッダー・デザインの修正も、トラックバック・スパムの削除も、なにしろ操作が重すぎてままならない。こんなになるなら、何もしてくれない方がマシだった。

    あまりレスポンスが悪くて、まともなことを書き込む気にもなれないので、今日のところは、これにて失礼。

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    2006/03/12

    捨てハンでのコメントへの対応

    私は 「ブログ論」 みたいなものはあまり書く気がしないのだけれど、今回は、コメントに対するレスの付け方について書いてみよう。

    なにしろ、3月 6日付のエントリー に、開設以来の多くのコメント (たかだか 40 や 50 という可愛いレベルだが) が付いてしまったので、つい、考えてしまったのである。

    というのは、ちょっとした軽い疑問や感想を書く程度なら、捨てハン (「通りすがり」 とか 「名無し」 とかの使い捨てハンドル) でもいいが、本腰入れて議論しようというなら、少なくともコテハン (固定ハンドル、今回は、本名をコテハンとして使っている場合を含む) 名乗れよと、内心思ってしまったのだ。

    当方、日頃は 1ケタ程度のコメントで転がってるブログなもので、つい、いつものクセで、いちいちマジにレス付けているうちに、際限なくなってしまって、途中で、何度かアホらしくなっちまったのである。何しろ、議論の相手の顔 (象徴的な意味で 「顔」 と言っている) がよく見えないのだから。

    他のブログはどんな対応をしているのかと、調べてみると、大体以下の分類のようだ。

    1. 各コメントにそれぞれ律儀にレスしている。
    2. 一つのコメント欄の中で、それまでの各コメントに名指しでレスしている。
    3. 一連のコメントに、一言二言で、ざっと包括的なレスをつけている。
    4. コテハン以外のコメントは無視している (有無を言わせぬ削除もあり)。
    5. そもそも、コメントにはレスなんて付けない。
    6. コメントそのものを受け付けていない。

    この他に、素性の明らかな相手に限るためなのだろうが、他のブログサービスのユーザーを受け付けないという制限を加えているブログもかなりある。

    また、やたらとコメントの多いブログの管理人は、いちいちレスを付けない傾向にあるようだ。ブログでメシを食ってるわけでもないのに、毎日毎日 20 も 30 も、あるいはそれ以上のコメントにいちいちマジレスしてたら、仕事にならないのだろう。

    で、私自身は、普段のせいぜい 1ケタ程度のコメントならば、よほど悪意があるか、単なる宣伝目的のコメントでもない限り、できるだけ律儀にレスをつけようと思う。コテハン/捨てハンは、問わない。そりゃ、コテハンの方が気持ちはいいけど。

    しかし、今回のように突然多くのコメントが寄せられた場合は、考え物だ。今回はたまたま時間に余裕があったから、いちいちレスを付けられたが、こっちも忙しかったりしたら、捨てハンでのコメントは、無視してもバチは当たらないだろう。

    そもそも、まともに議論したかったら、自分のコメントに責任を持つためにも、コテハン使えというのは、あながち理不尽な要求でもないと思う。相手が捨てハンだと、こっちとしても、つい軽く対応してしまいがちだし。

    それに、「通りすがり」 なんていう捨てハンの誰かさんに執拗にからみつかれるのって、あまり気持ちのいいもんじゃないということが、今回身を以てわかったしね。

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    2006/03/10

    ココログさん、ちょっとひどいぜ

    "Today's Crack" は、できるだけ夜中の日付の変わる頃には更新終了することを心がけていて、よっぽど疲れて眠くてしょうがない場合でも、翌朝 10時頃には更新している。

    しかし、今回のココログのメンテが滅茶苦茶に長引いて、ログインできず、取り敢えず、リザーブの 「はてな」 の方で更新しておく。

    【附記】

    10日、午後 3時 55分頃、ようやく 30時間以上ぶりにココログにログインできたので、「はてな」 上で更新したテキストを、こちらにもコピーする。

    サーバ・メンテナンスが事前に予告された時間では終わらないのは、ココログに限ったことではないので、多少の延びには目をつむるが、今回のはちょっとひどい。

    当初の予告では、昨日の午前 10時から、午後 3時までということだった。こう言われれば、3時までには終わらないにしても、いくらなんでも、夕方の 5時頃には終わっているだろうと思う。

    5時過ぎにログインしようとしたが、まだ 「メンテナンス中」 と表示される。ココログのトップページをみると、なんと、夜の 9時までかかると告知してある。メンテにかかる時間が、いきなり倍に伸びてしまった。

    夜の10時頃に帰宅してログインしようとすると、こんどは重すぎて入れない。「混雑しているのでしばらく待ってから・・・」 との表示が、いつまでも続く。これでは、ブログの更新は、朝まで待つしかない。

    朝になってから、10時前にログインしようとする。ここで我が目を疑う。「メンテナンス中」 と表示されるではないか。何度アクセスし直しても同じ。9日のメンテ後の状態がまともではないので、再びメンテに入ったのだろう。

    しかし、ココログ・トップには、この再メンテナンスに関する告知はまったくない。ちょっとずさん過ぎやしないか?

    「はてな」 にリザーブをつくっておいてよかった。

    ちなみに、6日の "「的を得る」 は間違いじゃない" のエントリーに対するコメントが殺到していたのだが、今回のトラブルでコメント書き込みも不能になったので、幸か不幸か、あれから沙汰止みになっている。

    頭を冷やすには、いいインターバルかもしれない。

    こんなこともあるので、ブックマークは、本宅サイト にどうぞ。

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    2006/01/18

    文科系ブログのアクセスアップには

    世の中にはブログランキングというものがあって、そこでのランクが、アクセスに一定の影響を及ぼすようなのだ。

    そのブログを読んだ読者が、ランキングへのリンクをクリックすると、一票を投じたことになり、その分だけランクが上がるらしい。ふぅん、結局ランキングサイトが儲かる仕組みか。

    こう言っちゃなんだけど、ランキングが上位のブログを覗いてみても、それほど面白いのばかりというわけではない。ランキングサイトへのクリックを上手に誘導しているだけのサイトというのも、ずいぶん混じっている。

    だから、私はブログランキングを利用して面白いブログを探そうとは、あまり思わない。ブログ運営者から見ても、ランキングから来た読者がそのまま固定読者になってくれるとは、それほど期待できないだろう。

    というわけで、私は自分のサイトのアクセスアップに関する方策を、あまり講じていない。本宅サイトの 「知のヴァーリトゥード」 では、サイトをスタートさせた初期から 「かんたん相互リンク」 というのをやっているが、相手のあることだから急にも止められず、ずるずる続けているだけだ。

    実際問題として、アクセス分析でリンク元を辿っても、「かんたん相互リンク」 から来てくれるアクセスなんて、1日に 1件ぐらいのもので、全くない日だってずいぶんある。あまり有効なアクセスアップ・ツールとも思われないから、当然、力も入らない。

    このブログ、"Today's Crack" の方も、とりたててアクセスアップにつながるようなことは何もやっていない。ランキングにも参加していないし、RSS や アンテナに自動登録されるバナーを置くなんてこともしていない。

    私の読者の多くは、RSS だの、「はてなブックマーク」 だの、ちょっと込み入った仕組みになると、あまり興味を向けないようなのである。一方、それらに興味をもつ層の中で、私のブログに関心を持ってくれるような人も、極めて少数派のようだ。

    私とて 「はてなアンテナ」 程度ならかなり有効に使っているつもりだが、それすら、私の固定読者にはあまり馴染み深いとも思われない。リンク元を辿ると、アンテナで巡回してくれている人というのは、本宅、ブログを合わせて 30人ぐらいのものだ。固定読者全体の、15%程度に過ぎない。

    ましてや、はてなブックマークからは、5人程度、はてな RSS からは、たったの 1人である。

    どうやら、私のサイトの読者の多くは、かなり 「文科系度」 が高いような気がするのである。システムを活用するより、単純に 「お気に入り」 にブックマークして、頻繁に覗いてくれているという人たちである。考えようによっては、最もありがたい読者である。

    いずれにしても、私のサイトはきちんと毎日更新されているので、アンテナや RSS なんかで押さえておく必要性は薄い。毎朝覗いてくれれば、よほどのことがない限り、ちゃんと最新記事を読むことできるのだから。

    そんなわけで、私としても、あまり効果の大きいとも思われない新システム方策への対応に時間を割くというのは、なんだか馬鹿馬鹿しいことのように思われるのである。

    そんなことより、内容のレベルアップを心がけながら、きちんと毎日更新するとことの方が、ずっと効果があると思うのだ。これこそ、文科系ブログのアクセスアップの王道だと信じている。数字は後から付いてくるのだ。

    てなことを言いながら、テキトーな私のことだから、そのうち暇ができたら、ランキングなんぞにチャレンジしてみないとも限らない。まあ、本当に暇ができたらだけど。

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    2005/12/31

    私のベスト・エントリー 2005

    Ken さんの "BLOG STATION" で、「【TB企画】 あなたのベスト・エントリー2005」 というのをやっている。この 1年間に書いたブログ記事の中から、「自分のベスト」 をピックアップして、紹介するという企画である。

    今年の締めくくりとして、私もこの企画に乗ってみようと思う。

    というわけで、自分の書いた今年の記事を辿ってみたのだが、「ベスト・エントリー」 と厚かましくも声を大にして言いたいほどのものは、なかなか見当たらない。

    その中で、最も反響を呼んだ記事というならば、やっぱり 11月 12日の "「女王」 は 「じょおう」 か 「じょうおう」 か" ということになるだろう。何しろ、補筆して 「知のヴァーリトゥード」 の記事として挙げ、3日間で 5,000件以上のヒットにつながる呼び水になってしまったのだから。

    自分で言うのも何だけど、私のサイトは 「言葉系」 にはちょっとばかり強みを発揮していて、ほかにも、「おざなり/なおざり」 「小股ってどこか」 「森と林の違い」 「カウチポテト/こたつぶた」 「ララバイ/子守歌」 「和/邦の使い分け」 など、この分野ではちっとは知られたコンテンツを提供しているのだが、「女王の読み」 については、この歳までまったく無意識だった。

    あらら姫さんのブログ で、「じょうおう」 なんて読み方があり、しかもそれが 「じょおう」 より優勢である事実を知って、ちょっと驚き、軽い気持ちで考察してみたのだが、それだけに、これほどの反響を呼ぶとは、思ってもみなかった。

    だから、これをベスト・エントリーとするのは、「瓢箪から駒」 的に、自分でもビックリこいたからという理由である。

    ただ、このエントリーと、件の 「知のヴァーリトゥード」 に対する反響を見ても、「自分は "じょうおう派" だとか "じょおう派" だとかいう表面的なものばかりなのが、ちょっと不安だ。

    古代の読みの 「じょわう (jowau)」 から、音便化によって 「じょをう (じょうぉう = jowo:)」 に変化し、その名残で今でも 「じょうおう」 が根強いという、多分正しいであろうと、我ながら自信満々の推論は、今イチまともに伝わっていないような気がする。

    「知のヴァーリトゥード」 の補筆 の方は、さらに意識して結論を最初にもってきて強調し、さらに後で詳細に検討するという手法で書き直してみたので、以前に読んでピンと来なかった方は、年の終わりにもう一度お読みいただければ、かなりおわかりいただけると思う。

    ところで、2年連続で毎日更新を達成した。健康の賜物である。来年もこのペースを維持していきたいと思っている。

    ということで、良いお年を!

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    2005/12/20

    「人間性バトン」 に答える

    実家の引越し作業に追われ、新規情報のインプットがないので、更新のネタに行き詰っていた矢先、まこりんさんから 「人間性バトン」 なんてものがパスされてきたので、ありがたく受けることにする。

    それにしても、「人間性」 ねぇ。そんな大上段に構えたバトンに答えられるだろうか。

    本当に本当に、「人間性」 って、一体何なんだろうか。悉有仏性 − ことごとく仏性ありという。全ての人には、仏の性質ってものがあるらしいのだが、人間の性質なんて、下手にあったら、七面倒くさいんじゃあるまいか。

    人間世界の七面倒くささからは、できれば遠ざかっていたいと思うのだが、それはなかなか叶わないようなのである。

    とりあえず、答えてみよう。

    • 回してくれた方に対しての印象をドゾ☆
       
      まこりんさん、中森明菜を男にしたような顔つきの人と思っている。それから、「平成軽薄体」 なる文体の達人。

      モノゴトをはぐらかすように見せて、実ははぐらかさない人。
       
    • 周りから見た自分はどんな子だと思われていますか?
       
      子!? オジさんなんだけど。

      周りからどんな風に思われてるかなんて、それがわかれば苦労はない。自分から見た自分さえよくわからないのに。

      下に述べる 1 から 4 のような人と思ってもらっていたら、幸せだけど。
       
    • 自分の好きな人間性について5つ述べて下さい。
       
      1. 一人でさっさとメシを食える人
      2. 山の中で一人で寝れる人
      3. 笑うべきところで笑える人
      4. 天気と食い物に文句を言わない人
      5. 知らないところで面倒見のいい人
       
      5番目以外のポイントでは、私は自信があるんだがなあ。画竜点睛を欠いて、完璧なナルシストになりきれない。
       
    • では反対に嫌いなタイプは?
       
      1. 一人でさっさとメシを食えない人
      2. 山の中に放り出されたら、眠れなくなっちゃう人
      3. 笑うべきところで笑わないのに、笑っちゃいけないとこで笑う人
      4. 天気と食い物に文句たらたらの人
      5. 大したことしないくせに、恩着せがましい人
       
      自分が 5番目のタイプというわけでは、決してない (と思う)。
       
    • 自分がこうなりたいと思う理想像とかありますか?
       
      若いやつらに気持ちよく遊んでもらえるくそジジイ。
       
    • 自分の事を慕ってくれる人に叫んでください。
       
      慕ってくれる人なんて、いるのかどうかわからないけど、いると仮定して、叫ぶしかないみたいなので。

      「賢明な技なら、何でも使えぇーっ!」
        
    • そんな大好きな人にバトンタッチ15名!(印象付き)

      う〜ん、私は、バトンは放りっぱなしにしておく主義だったんだけど、今回に限っては、「印象付き」 というのが重要ポイントみたいなので、バトンタッチした方がいいみたいかな。

      (もちろん、スルーしてくださって結構です)

      15名はとても無理だけど。それに、「大好き」 ということになっちゃうみたいなので、それを笑って受け止めてくれそうな人に。

      長尺物を飽きさせない、軟らかい硬派の alex さん

      理念の正しさと現実の正しさのギャップをきちんと見つめる Rtmr さん

      イラストとエレクトーンの鬼才で巨乳  (と当人が言っている) の kumi, the Partygirl

      うなじフェチ殺しの自転車乗り、千軒町 さん

      庄内の良心、いどさん (この人の日記は、庄内弁を解しない人にはかなり難解を極める)

      きっぱりとしたおたく、ululun さん

      文士の恋女房、花まき さん

    ところで、「知らないところで面倒見のいい人」 というのに、なってみたいなあ。私はまだまだ愛深くないなあ。

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    2005/12/09

    ブログのテキストは、コンパクトにしたい

    ブログのテキストの長さって、どのくらいが適当なんだろうか?

    他のブログを見てみると、ほんの5〜6行から、延々と縦スクロールが求められるのまで、ピンキリで千差万別だ。短くても読む気しないのもあれば、長くてもつい読んじゃうのもある。

    私自身のテキストで言えば、近頃の 「一撃」 は、初期の頃と比べると、ほとんど 5割増しぐらいに長くなっている。一昨年あたりのテキストは、せいぜい 20〜30行程度だったが、最近は 30〜50行ぐらい書いてしまっている。

    私は、できることなら 30行以下にしておきたいと思っている。毎日毎日、ちょっとした時間を見つけてアクセスしてくれる読者諸兄には、30行を読む以上の負担をかけたくないという気持ちがある。何しろ、ほんの 「一撃」 なのだから、コンパクトなことも価値の一つだ。

    ところが、一昨日なんか、50行以上も書いてしまっている。まだまだ文章が練れていない証拠である。きっと、凝縮して書けば短くて足りるところを、それでは言葉足らずなような気がして、無駄を取り混ぜてつい長く書いてしまっているのだ。

    それは、きっと読者の読解力を信じていないからに違いない。誠に失礼千万、恐縮な話である。足りないのは読者の読解力ではなく、実は、自分の文章力である。

    自分自身が他のブログを読みに行って、本当にきちんと付き合えるのは、やはり 30行ぐらいのものである。それ以上だと、流し読み部分が多くなる。30行以上の文章を読んでも、30行分の理解しかできない。それ以上きちんと読むには、それ相応の時間を取って読まなければならない。

    私のブログなんぞは、仕事の合間のちょっとした隙間時間で読んでもらえればいい。そんなに本腰を入れて読むようなものじゃない。だったら、長いテキストは読者に余計な負担を強いるだけだろう。

    今後は、できるだけコンパクトなテキストを心がけたいと思う。長い文章が必要な時は、「知の関節技」 にフィーチャーすることで、棲み分けを図りたい。

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    2005/11/19

    "Today's Crack" 10万ヒット越え

    いつの間にか、私のブログ "Today's Crack" のアクセス・カウンターが 10万を軽くオーバーしてしまっている。

    本宅サイトの 「知のヴァーリトゥード」 が 10万ヒットを達成するのに、3年半以上かかったのに、ブログの方は 1年 3ヶ月余りしかかかっていない。ブログは生意気である。

    "Today's Crack" は、元々はブログを利用したものではなく、昨年の 6月までは本宅サイトの中のログでまかなっていた。ところが、それだと毎日更新して FTP するのに手間がかかってしょうがないので、7月からブログに切り替えたのである。

    ブログに切り替えても、私にとっては本宅サイトのコンテンツの一部であるという意識に変わりはないので、本宅のトップページで、リード部分を示し、「続きを読む」 をクリックすると、本文が小さなサイズのウィンドウで表示されるようになっている。

    このウィンドウには、右側のサイドバーは右スクロールしないと表示されない。だから、このスタイルで読んでおられる読者には、本文がブログであるということは、あまり意識されないはずだ。

    そこまでして、ブログを見下しているというのに、ブログのやつは勝手放題にアクセスを稼ぎ、近いうちに本宅の通算アクセス数を追い越そうかという勢いである。痛し痒しである。

    ただ、数字だけをみると、本宅がブログに凌駕されているように見えるが、実はそうではない。やはり、本宅の方に力点を置かざるを得ない状況がある。

    というのは、ブログの方のアクセスカウンターは、過去ログへのアクセスでも回るのである。一方、本宅の方は、サイト内の個別記事に、検索エンジンからのリンクでアクセスがあっても、カウンターは回らない。

    本宅へのアクセスは、8割が常連さんである。自分のブックマークか、アンテナから辿ってきてくれている。

    それに対して、ブログの方は、常連さんは 3割に過ぎず、さらに、そのうちの半数以上は、本宅サイトのトップページから、「続きを読む」 をクリックして訪れたものだから、純粋にブログに直接訪れた数とはいえない。

    残る 7割は、他のブログや検索エンジンからのリンクで過去ログに来てくれている数字だが、その中から新たに常連になってくれる確率は、本当に微々たるものだ。大方は、自分の興味が満たされれば、それだけで他に去ってしまう。

    だから、見かけ上の数字は少なくても、より実質的な意味のあるのは、本宅へのアクセス数である。だから、私のホームグラウンドは、あくまでも 「知のヴァーリトゥード」 という本宅サイトである。

    ただ、これから毎日更新を続けて、ブログの過去ログのバリエーションが増えれば増えるほど、検索サイトからのアクセスが増加して、カウンターの数字は加速度的に増えていくだろう。

    その意味でブログというのは、インターネットの構造へのマッチングが非常に良くできている。確かに、これからも発展し続けるだろうという気がする。

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    2005/10/29

    ブログのお値段

    ululun さんのブログ 「煩悩是道場」 で、あちこちのブログのお値段を調べてくれている。

    "Business opportunities" というサイトで、 "How Much Is My Blog Worth?" (私のブログの価値はいくら?) というサービスをしており、URL を入力するだけで、たちどころにドル建て値段を出してくれるのだ。


    My blog is worth $5,645.40.
    How much is your blog worth?


    My blog is worth $2,258.16.
    How much is your blog worth?

    このブログには、右の上段に示したとおり、5,645ドル40セントという値段が付けられた。日本円にして、約 65万円だ。(28日の対ドルレート 115円 30銭で計算)

    もう一つの風流道楽ブログ、"Wakalog" の方は、下段に示された通り、2,258ドル 16セント。日本円では約 26万円となる。

    また、 「はてな」 と 「楽天広場」 にそれぞれのリザーブ・ブログをもっているのだが、それらはさすがに、バックアップ用のリザーブだけあって、1セントの値もつかなかった。けっこうシビアである。さらに、ビジネス用のあまり更新していないブログの方は、564ドル 54セント、日本円で 約 6万 5000円だ。

    そうか、私には、合計 100万円近くの含み資産があったのか。誰も買ってなんかくれないだろうけれど、気分だけでも、ほんのちょっとだけリッチになったような気がする。

    それにしても、このブログの値段というのをどのようにして弾き出しているのかが、気になるところである。ululun さんが紹介してくれているあまたのブログをみても、まったく値段のつかないものから、100万ドル以上のものまで、千差万別だ。

    "How Much Is My Blog Worth?" で言及されているのは、"Tristan Louis's research" (トリスタン・ルイスの調査) にインスパイアされたということである。まあ、インスパイアされたといっても、「のまねこ」 とはわけが違う。あれは 「インスパイヤ」 というものをされたらしいから。

    トリスタン・ルイスの調査なるページをみると、それはリンクポピュラリティのコンセプトをベースにした詳細なリサーチである。AOL が Weblogs Inc. を買収したときのコストをベースに、1リンクあたりの単価を類推し、それにテクノラティで割り出したそれぞれのブログの被リンク数をかけた数字が、ブログの値段として出されているようなのだ。

    このあたりは、「絵文録ことのは」 で詳細に翻訳紹介されているので、参照をお勧めする。

    もっとも、単純に 1リンク当たりの単価 × 被リンク数 というだけではない気もする。そうだとすると、私の道楽ブログ wakalog なんて、リンクが極端に少ないのに、値段がつきすぎだ。もう少しだけ複雑な計算式があるのかもしれない。

    もっとも、値段の計算結果があっという間に表示されるところをみると、それほど複雑な検証や計算をしているわけではないだろう。

    余談だが、先に紹介した 「絵文録ことのは」 は、1億円以上の値段がついている。他人事ながら、税務署が目を付けて、この資産に課税するなんてことのないように祈りたい。

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    [追記]
    右側に貼り付けた値段の表示、タブでセンタリングを指定して、プレビューで見るとちゃんと中央に表示されるのに、ブログでみると、なぜか左寄せで表示されてしまう。どうなってるんだろう?

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    2005/09/25

    ブログの文体と読者層

    この 「今日の一撃」 というコラムは、ココログのブログ機能を使い始めて、既に 1年以上経ったのだが、20日のコラムにも書いたように、コメントとトラックバックが、なぜかとても少ないという特徴みたいなものがある。

    コメントは、本宅の BBS に付くこともあるが、トラックバックとなると、本当に少ない。

    ウチのブログは、平均 200件/日以上のユニークアクセスがある。そりゃあ、いわゆるメジャーなブログには及ぶべくもないとしても、決して少ない数字ではないと思っているのだが、コメントとトラバは、極端に少ない。

    コメント率とトラバ率は、 適当に作った造語で、20日には、

    コメント率 : コメント件数/アクセス件数
    トラバ率: トラバ件数/アクセス件数

    と書いてしまったが、よく考えてみると、

    コメント率 : コメント件数/アクセス件数×記事本数
    トラバ率: トラバ件数/アクセス件数×記事本数

    とするべきかも知れない。このコラムは毎日更新だけに、どちらもかなりの低率になってしまう。多分、日本のワースト・ブログの一つだ。

    これには、文体ということが関係しているかもしれないと思いついた。「絵文録ことのは」 の 「ネット文体について」 という記事で、ブログ文体の分類が紹介されているので、以下、その要旨をまとめて紹介する。

    • テキスト系ブログ: 斬鉄剣、侍魂、ろじぱらあたりで確立されたテキストサイトの文体を、ブログで受け継いだもの。真鍋かをりのブログが代表例。

      改行を駆使して「間」を取ったり、最近のテレビのバラエティで字幕も駆使して強調するように、フォントいじりをしてみたりと、ラジオやテレビでの 「しゃべり」 を文字で再現したような文体。主張の内容云々よりも 「笑いを取る」 「ウケる」 ことが第一目的であることが多い。

    • コラム系ブログ: 淡々とした文体で、ネタや主張やデータの詳しさなどで勝負する文体。「笑える」 とは違う 「興味深さ」 という意味での 「おもしろさ」 を工夫することになる。

    というわけで、私の文体は、大雑把に言って 「コラム系ブログ」 に属することになるのだろうと、思い当たったわけである。

    さらにまた、私の文体はそもそもが 「ブログ」 ということすら、あまり意識していない。元々は本宅サイト内で、日々の警句的な形で始めたものが、だんだんと長くなってコラムの形になったものだ。"Today's Crack" の "crack" というのは、「ぴしゃりとした鋭い警句」 という意味もある。

    昨年の夏から、毎日更新するにはブログを使う方が面倒がないということで、便宜的にココログを利用しているだけなので、発端からして 「ブログ」 というものをあまり意識していない。他のブログに積極的にトラバしてアクセスアップしようなんていう発想もないし。

    コラムとして完結するようにしているので、読者の反応とか、それに対してどうするとかいったことは、あまり想定していない。それだけに、あるいは、とりつく島がないコラムになってしまうこともあるだろうと思う。

    コメント率、トラバ率の低いもう一つの理由は、読者層の問題である。アクセス解析の結果から想像するに、私のサイトは、サラリーマンが会社について PC を立ち上げ、メールのチェックをするついでにちょっと寄ってみるという傾向があるようなのだ。

    朝の 9時、10時台、そして昼休みの時間帯のアクセスが非常に多い。そして、休日になると、アクセスが平日の八掛けぐらいに落ちる。多くは会社からのアクセスなので、ゆっくりコメントを付けるわけにも行かないのだろう。

    いずれにしても、近頃は 1日に 200人を優に超える読者が来てくれているという事実を重く受け止めている。淡々と酒を飲んで、悪酔いしないうちにさっさと帰る常連客の多いスタンドバーみたいなものである。

    これは、考えてみると素晴らしい客種 (キャクダネ) である。感謝のうちに毎日更新を継続していこう。

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    2005/09/20

    「引用」 のマナーとセンス

    Rtmr さんが 「引用」 について極めてまともな正論を論じておられる。(参照

    この関連で、昨日当コラムで論じた 「ぶっ飛びお天気キャスター」 のお話をきっかけに、こう言ってはなんだけど、ブログの世界の引用に関するマナーとセンスの悪さを、しみじみと感じてしまったのである。

    昨日の記事は珍しく、半日経たないうちに 3件もトラックバックされた。ウチのブログは、平均 200件/日以上のアクセスがあるのに、コメントとトラバは、極端に少ない。コメント率 (コメント件数/アクセス件数)、トラバ率 (トラバ件数/アクセス件数) で言ったら、多分、日本のワースト・ブログの一つである。

    で、珍しくトラバがサクサクっとついたので、この話題に関するブログ記事がどのくらいあるのか知りたくなり、Technorati Japan で 「スコット・スティーブンス」 のキーワードで調べたら、昨日昼前の時点で 95件ヒットした。まあ、こんなものだろう。

    ところが、それらをざっと眺めてみると、単に Sankei Web の記事をコピペしただけというログが結構あるのだ。そのほとんどは、元記事へのリンクを張ってあるので、まったくのパクリとは言えないが、中には、引用元すら明記していないブログもある。

    一番多いのは、記事の全文コピペの最後に、チョコチョコっと感想じみたコメントを添えたものである。そういうのって、「個人ニュースサイト」 というらしいが、そのコメントにしても、「とりたてて言うほどのことか?」 という程度のものが多い。

    前述の Rtmr さんのページに、引用する際の 「公正な慣行」 として、いくつかの条件が明記されているが、そのうちのひとつに、"質的にも量的にも、引用先が「主」、引用部分が「従」という関係にあること" という一文がある。

    記事の丸写しの後に、ありきたりな短い感想を述べるというスタイルでは、質的にも量的にも完全に、「引用部分が主」 ということになってしまう。引用をせずに、リンク先の URL のみを記して、鋭い一言を添えるというスタイルならば、OK だが。

    ただ、記事の全文をコピペしたくなる気持ちもわからないではない。リンク先の記事は、大抵の場合、一定期間を過ぎると削除されてしまい、リンク切れになるからだ。

    しかし、「個人ニュースサイト」 だからといって、コピペし放題の免罪符になるわけではない。どうしても全文コピペしたかったら、引用した記事以上の分量と質的内容のコメントを付けなければ、マナーとセンスの両面から、コトは済まないだろう。

    マナーを別としても、小学生の絵日記の 「きょうは、おとうさんとおかあさんと、おとうとのヒロシと、かいすいよくに行きました。とってもたのしかったです」 と大差ない構造になってしまう。

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    2005/08/05

    ブログの寿命

    Rtmrさんが書いておられたので知ったのだが、ブログの平均寿命というのは、38.2日なのだそうだ (参照)。セミの5倍半程度だ。

    リンク先のタイトルは 「ブロガーの平均寿命」 になっているが、これはちょっと正確さにかける表現だろう。生まれてから 38.2日では、ブロガーになることすらできない。

    あまたのブログの最初の ping から、最後の ping までを寿命とみたて、平均値を出すと、38.2日なのだそうだ。ちなみに、寿命が 1秒以上のブログの平均寿命は 60.8日、中間値が 5.2日。

    もっとも、生存中のブログも、集計時点までを生存期間と見なしているため、実際はもっと長くなる可能性が高いという。つまり、上記の数字は、集計時点で一度全ブログが 「死んだ」 という設定になっているわけだ。ちょっと無理矢理な話ではある。

    3日以内で昇天するのは、47%だそうだ。要するに、3日目までに大病にかかる可能性が高く、半分はそこで死んでしまうが、それを持ちこたえて全快すれば、2か月以上は生き延びる可能性が高いということだろう。

    ものすごく衛生・医療事情が悪くて嬰児死亡率が極端に高い国の平均寿命みたいな話だ。

    私の 「今日の一撃」 なんか、ココログで 1年以上続けているし、ココログに移行する前からの分を含めれば、3年半近くになる。この世界で 3年半といえば、もうほとんど 「永遠」 である。三日坊主との落差は、かなり激しいのである。

    ただ、同一人物が長寿と短命の両方を演じていることが多いのではないかと、私は見ている。

    私自身、何ヶ月か前に、画像容量の大きいことに惹かれ、Goo ブログを一つ作成したことがある。しかし、操作の不安定さに音を上げて、半日で解約した。これで、図らずも平均寿命を少々下げてしまったわけだ。

    こんな例は案外多いかもしれない。最初に作成したブログのサービスがなんとなく性に合わなくて、3日後に別のブログに乗り換えたとしたら、平均寿命は下がる。しかし、乗り換えた先のブログで ずっと続けたとしたら、今度は平均寿命の伸びに貢献する。

    38.2日という平均値には、あまり意味がないようだ。要は、三日坊主も多いが、地道に続けているブロガーも多いということでしかない。

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    2005/06/23

    ココログにログインできなくなっちまった

    「今日の一撃」 の本文は @nifty のブログ、ココログを使っているのだが、22日の午後から、なぜか管理画面にログインできなくなってしまった。当然、更新もできない。

    こんなこともあろうかと、リザーブとして 「はてな・ダイアリー」 を確保しておいてよかった。「転ばぬ先の杖」 とはよく言ったものだ。

    それにしても、困ったものである。常連読者の中には、直接ココログの方に行っておられる方もずいぶんいるので、その中の何名かは「tak のやつ、ついに謳い文句の "毎日更新" が途切れてしまったな」 と思ってしまうに違いない。

    お生憎様である。そんなに簡単に途切れはしない。私は案外しぶといのだ。こんなこともあるから、直接ブログの方になんて行かずに、ちゃんとポータルの本宅サイトを覗いてもらいたいと思ったりするわけである。なにしろ、ココログにはログインができないので、「"はてな" に行ってくれ」 という告知すら書けないのである。

    ココログには、なんとか原因究明して修復してくれるようにメールを出しておいたので、しばらくしたらログインできるようにはなるだろう。なにしろ私は有料会員で、月に 450円払っているのだから、ログインできなければ 「金返せ!」 になるのである。

    それに、「今日の一撃」 の方は、こうしてリザーブ・ブログがあるからいいのだが、もう一つのサイト 「和歌ログ」 の方には、リザーブがない。何日かは自前のサーバで更新していかなければならないだろう。

    こんなことが続くようなら、他のブログ・サービスに乗り換えた方がいいだろうか。少しはリサーチを開始してみようと思う。

    今夜は疲れてしまったので、この辺で。

    (追記)

    23日、午前10時半頃、めでたく復旧。

    この不具合は、私だけではないようなので、以下の関連ブログにトラックバックさせていただいた。

    【株式投資】不破雷蔵のマイ・ポートフォリオ
    Sippo's Blog
    MUGIXOR@BLOG

    ココログの障害情報は、とても寝ぼけたタイミングで告知された。これにはちょっとムカツイている。

    こちらこちら

    「2005年6月22日(水)のメンテナンス以降、ココログの管理画面にアクセス出来ない状態が発生」 なんて書いてあるが、これって、「ココログデザイン」 のメンテナンスだったはずで、なんで管理画面にアクセスできないような障害につながるんだか、さっぱりわからない。

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    2005/04/26

    ブログらしいブログとは?

    この 「今日の一撃」 というコラムの更新を効率的にするために始めたブログが、知らぬ間に 4万ヒットを超えていた。

    「本宅サイト」 の 「知のヴァーリトゥード」 が、3年 3か月で 8万ヒットなのに、ブログは 10か月足らずで 4万。単純平均では、ブログは 本宅の約 2倍強い。

    ブログ恐るべし。しかし、それでも 「知のヴァーリトゥード」 の方を自分のポータルと位置づける私の方針は不動である。

    以前、ブログを始めると従来の個人サイトの方はさびれる一方だから、 Movable Type を使って自前のブログを構築し、ポータルにした方がいいと勧めてくれる人もいた。それもいいかもしれないが、私は今さら Movable Type のカスタマイズのお勉強をする時間があったら、コンテンツの充実に当てたいと思う。

    それに、本宅は決して 「さびれる一方」 などということにはならなかった。それは事実が証明している。

    サイト設立以後の単純計算なら、ブログは本宅の 2倍の集客力だが、最近の動向に限れば、ブログへのアクセスは本宅トップページの 30%増し程度にすぎない。しかも、ブログのヒット数は、最新の記事だけでなく、過去の記事へのアクセスも含まれる。というより、分析してみると、過去の記事へのアクセスがほぼ 50%を占める。

    ということは、大雑把だが、最新のコラムを読みに来てくれる定連さんの少なくとも 3分の 2以上は、ブログではなく、本宅トップページの方を贔屓にしてくれている勘定になる。それだけでなく、本宅トップへのアクセスは、このところ前年同月比で 30~60%増を継続している。ありがたいことである。

    以前にも書いたことだが、私はブログを積極的に運営しているという意識はあまり強くなくて、以前から継続していたコラム 「今日の一撃」 の毎日更新に便利というだけの理由で、Cocolog を使い始めただけのことである。だから、バリバリのブロガーではない。トラックバックなんていうシステムも、あまり積極的に使おうという気になれないし。

    トラックバックを積極的に活用したら、ブログへの来訪は軽く倍ぐらいにはなるだろうと思う。しかし、いかにもブログらしいブログにするつもりもないので、面倒くささが先に立つ。

    ただ、広義では、「ブログは頻繁に更新されているウェブ・サイト」 とする定義もある。その意味では、私のサイトは Cocolog を利用するずっと前からブログだったということもできるし、いわゆるブログ・サービスを利用していても、更新が滞っているのは、本来の意味のブログではない。

    今のところは、ブログがブームなので猫も杓子もブロガーを気取っているが、きちんと更新しながら続いているのは、一体何割ぐらいあるのだろう。

    私のサイトは、今日で 16か月毎日更新を記録した。今後も自然体で好き放題に更新していこうと思っている。

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    2005/03/29

    ココログが重すぎるのはコメントスパムのせい?

    一昨日あたりから、夜 9時過ぎになると、ココログにログインしてからの動きが重すぎて、画面が変わる前に寝ちゃいそう。

    これ、どうもコメントスパムの襲撃にさらされているためのようだ。内容はアメリカのキャッシングやローンの宣伝のようなのだが、日本向けにそんな宣伝をしてもなぁ。宣伝というより、悪意の方を強く感じる

    ココログのお知らせを見ても、この件に関しては何も触れられていないのが、ちょっとむかつく。何らかの情報提供をしてくれないことには、ユーザーのストレスは増すばかりだ。

    ところで、今年初め頃のトラックバックスパムの時には、一度に 120件以上のトラックバックが届いたのに、今回は、幸か不幸か、私のブログには被害がないようだ。

    いや、和歌ログの方に怪しいのが一件だけあった。(こちら) これもそうなのかなあ。

    参照 1
    参照 2

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    2005/03/24

    サイドバーの表示回復

    このコラムの全文表示をしているココログで、このところ、その表示が崩れていたのにお気づきだったろうか?

    本宅の 「続きを読む」 クリックで、小窓を開いて読む場合は気付かなかったかもしれないが、直接ココログにアクセスされている方には、見苦しい状態だった。

    このブログは、右側にサイドバーでプロフィルやバックナンバーへのリンクを表示しているのだが、そのサイドバーがなぜか右側でなくて、本文の下の方に表示されてしまうようになったのだ。何度設定をやり直しても直らない。

    それで、仕方なくニフティに問い合わせのメールを出したところ、記事のタグ表示に誤りがあるとの返事が来た。ところが、このブログの記事の書き込みの画面では、通常すべてのタグが表示されているわけではない。例えば、パラグラフや改行を示すタグなどは、影に隠れている。

    今回は、その影に隠れているタグと、自分で入力したタグの順番が違ってしまったために、ページ全体の表示が崩れてしまっていたのだった。

    具体的にいうと、引用 (blockquote) 部分の中でパラグラフを区切った場合、最後の締めで、パラグラフを閉じるタグ (/p) が、引用を閉じるタグ (/blockquote) の後に来てしまっていたのである。

    しかし、それは何度も言うが、通常の記事作成画面では見えないのである。そして、この順番を誤ったタグで書き込んでも、個々の記事の表示には問題がなくて、そのくせ、ページ全体の方に影響して表示が崩れてしまっていたのだ。全体の表示の崩れる原因が、個別の記事にあったとは、さすがに気付かなかった。

    間の悪いことに、ココログのリザーブで使っている 「はてな?」 の方では逆に、blockquote タグ は、行を変えて打ち込まないと表示が乱れてしまう。それで、コピペしやすいように、ココログの方でもそれをしてしまっていたのだが、それが表示の乱れの原因だったのだ。やれやれ。

    というわけで、問題の部分を修正したので、昨日からきちんと表示されるようになった。ここしばらくお見苦しいことだったが、ご容赦頂きたい。

    ちなみに、@nifty からの返事では、「タグが正しく入力されていないことによる表示の乱れが多い」 らしいので、悩んでおられる方がまだ多くおられると推定される。それで検索エンジンで探し当ててこの記事をご覧になることもあるかもしれない。

    そうした方のために、最も端的なアドバイス。「blockquote タグは、行を変えて入力するとダメみたいよ!」 (これでお役に立つことができれば幸いだ)

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    2005/02/07

    キリ番の裏側

    当サイト (本宅 「知のヴァーリトゥード」) も、めでたく 2月 4日の午後 9時から 12時頃の間に、7万ヒットを突破した。

    時刻を特定できないのは、自分で踏むのを避けるために、呑気に Norton Internet Security のアップグレードをしていて、日付が変わってから確認したためである。

    アクセスカウンターがちょうど 7万を指したであろう頃は、パソコンに久しぶりのウィルススキャンをさせながら、私はのんびり風呂につかっていたのであった。そうでもしないと、うっかり自分で踏んでしまったら、親愛なる定連ご一同様に申し開きができない。

    ところが、キリ番ゲットを知らせてくれた方には和歌をプレゼントするお約束なのだが、今回も申し出がない。またしても、一見さんが知らぬ間に踏んでしまった可能性が高い。これで、3万から 7万まで、連続 5回、キリ番ゲットが誰だかわからず仕舞いである。

    5,000、7,000、10,000、20,000 までの 4回は、そのうちの 3回までキリ番ゲットの方に和歌を贈らせて頂いた。このあたりまでは、当本宅サイトへのアクセスは、ほとんど少数の常連に限られていたので、アクセス解析のログを見れば、誰が踏んでくれたかすぐにわかったし、そこまでしなくてもすぐに先方から申し出があった。

    しかし、最近は当時とは比較にならないほど広範囲からアクセスしてもらっているので、ログだけでは、なかなか特定できない。それに、アクセス自体も増えたので、どのアクセスが 7万ヒット目にあたるのかは、アクセスカウンターとログ解析の誤差もあって、なかなか決めつけられない。

    2月 4日のログをみると、夕方過ぎ頃から、既に当サイトへのアクセスが何百回とか千何百回という常連さんが数名、熾烈な駆け引き (?) を演じておられたのが、見て取れた。私としても、今度こそ、このうちのどなたかに和歌を贈らせていただけるものと、期待していたのである。

    ところが、そうした中で、10時頃 (だったと思うが、ログデータを保存していないので、不正確) 、まさに唐突にこのサイトへのアクセスが初めてという人のログが出現した。どうも、この人が 7万を踏んでしまわれたのではないかと、私はみているのである。

    数名の定連さんが、何分かおきにちょくちょくのぞきに来られていたのに、突然闖入した (言い方が悪くて恐縮) 新人さんがキリ番をかっさらってしまい、しかも、当人がそのことに気付いていないらしいというのは、私としても痛恨の極みである。世の中、何が起きるか本当にわからない。

    というわけで、今回も和歌は 「詠み人知らず」 ならぬ 「捧げ先知らず」 になりそうである。

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    2005/02/04

    どえらい迷惑な、トラックバック・スパム

    @nifty のブログ、ココログがトラックバック・スパムの集中攻撃にあっているようだ。

    2月 1日の夜 9時半過ぎから日付が変わる頃まで、ログインしにくかったが、2月 3日の夜も、一時的に同様の状態になった。こんなこともあろうかと (?)、リザーブとして 「はてな?」 を作っておいてよかった。

    2月 1日のログインのしにくさは、アクセス集中で重くなっているのだろうぐらいに思っていたが、翌日に自分のブログにトラックバックがついたという大量の通知メールが届いて驚いた。

    ココログ内の他のブログを検索してみると、あちこちで大量のトラックバックがついて、えらく迷惑しているという記事が出ている。しかし、他のブログでは、やれ、5件だの、30件だの、40件だのの迷惑トラックバックがついて、削除するのに手間がかかったと嘆いているが、私のところは、正確には数えていないが、どう見ても 120件以上ある。

    こんなところで威張ってもしょうがないが、100件以上も妙なトラックバックがつくと、30件だの 40件だのとは、迷惑加減のレベルが違う。

    ココログのシステムでは、トラックバックの一括削除はできないことになっていて、1件ずつ手動で削除するしかない。30や 40なら手動で消せても、100以上はお手上げだ。しかし、放っておいたら、3日夜の 8時過ぎにはココログの方で一括削除してくれたらしく、全部消えていた。

    やれやれ、一件落着と思っていたら、同日の夜 9時半過ぎになると、またログインしにくくなった。これは、10時過ぎにはだんだん解消したが、また同じようなトラックバック攻撃が発生したのだろうか?

    ところで、今回のトラックバック・スパムは、Texas Holdem と Online Poker というところから届いている。そして、トラックバック元に飛ぼうとしてクリックしても、妙な英語表示のページに飛ぶだけで、さっぱり要領を得ない。

    そのページの内容はよく覚えていないが、要するに 「イレギュラーなリンクなので、この先は表示できない」 みたいな感じで、ブロックをかけているようなのだ。

    調べてみると、Texas Holdem というのは米国のギャンブル・サイトで、Online Poker というのは、そのサイトの呼び物の、オンライン・ポーカーゲームであるらしい。初めは、このギャンブルサイトが客寄せのためにむやみにトラックバックを張って、自分のサイトへの誘導を図ったのかと思ったが、どうも違うようでもある。

    というのは、Texas Holdem としても、トラックバック元を辿るクリックが多すぎてサーバに負担がかかって迷惑しているらしく、そのためにブロックをかけていると思われるからである。もし迷惑しているというそぶりを示しているだけで、ほとぼりが冷めてからのアクセスを期待しているというなら、ちょっとした知能犯だ。

    トラックバックの IPA は、44.7.152.12、242.68.11.41、163.73.203.3、135.52.247.0、147.10.173.39・・・・と一定しておらず、バラバラで、辿りにくい。こちら側でブロックをかけるにも、こうバラバラでは、やりにくい。

    まったく迷惑な話である。勘弁してもらいたいものだ。

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    2005/01/28

    アクセスを稼げるタイトル

    @nifty で展開しているブログ、 "Today's Crack" のアクセス数が、昨日 5日ぶりで 100 を切った。

    その前に 100 を切ったのは、先週の土曜日のことだ。私のサイトは、いつも週末にはアクセスが落ちる傾向があるが、ウィークデイに 100を切ったのは久しぶりだ。

    私のサイトの常連の中には、会社からだけアクセスしてくれる人が結構多いようなのである。週末にはパソコンにさわりもしないで、月曜日の朝のミーティングが終わると三日分まとめて目を通すというパターンである。おかげで、月曜日の午前 10時過ぎにアクセスが急上昇する。

    昨日のアクセスが落ちた原因は見当がついている。「『壷坂霊験記』 で思うこと」 などという枯れすぎたタイトルのせいだと思うのだ。今どき、インターネットをしている人たちが 『壷坂霊験記』 なんてタイトルに関心を抱くとは到底思われない。関心を抱くのは、インターネットに縁のない人たちだ。

    実は、このタイトルは意識して付けたのである。このタイトルでは、ココログの 「新着一覧」 を見ても、まずクリックする人はいないだろうと思ったので、どのくらい落ちるものか試してみたのである。結果としては、アクセス数は 97 ということで、100を僅かに下回った程度で済んだ。これは検索サイトから過去ログに来るケースが案外多かったためである。

    何がなんでもアクセスを稼ぐためには、どんなタイトルにすればいいかは、大抵わかっている。IT 関連か時事関連のトピックス、あるいは多少露骨な思わせぶりに振れば、大抵その日のアクセスは急上昇する。それもあまりひねらずに、むしろベタ感覚で行く方がいい。

    しかし、わかっていながら、私はあえてそのメソッドから外れたいと思うのである。というのは、タイトルにつられてやってきた人というのは、ほとんど常連にならない。私は一時的な 1000アクセスよりも、今ある約 100人の常連が徐々に増えてくれる方がずっとありがたいと思っている。

    とは言いながら、今日のタイトルはお遊びで少し色気を含ませてみた。どうなるか、楽しみだ。

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    2005/01/05

    Blog を二本立てにした

    「今日の一撃」 の本文をおく blog を、二本立てにした。これまでは Cocolog のみだったが、1月 1日まで遡って、Hatena Diary にも同じテキストをアップロードした。

    本宅のトップページをスルーして直接ブログに行く方は、今後、好きな方、あるいは軽い方を選んでアクセスできる。

    Hatena Diary の方の URL は、http://d.hatena.ne.jp/tak-shonai/

    このサイトは、昨年の 7月以前は 「繊維ファッション業界情報つまみ食い」 という blog を運営していたが、それ以後、まとめて cocolog に移転したので、過去ログの置き場にしていた。その過去ログもアーカイブに落とし込んですっかり空き家になり、自由に使えるようになったので、有効利用しようというわけである。

    とはいえ、あくまでもメインは Cocolog で、Hatena Diary の方はリザーブという位置づけだ。

    「今日の一撃」 の本文は、すっかり Cocolog のサーバに預けてしまうので、ローカルに残らない。ローカルで作成したファイルを FTP する方式ならば、ウェブサーバとローカルに同じファイルが残るので安心だが、ブログを直接編集してしまうと、そうはいかない。

    昨年に、一度だけ、どう間違えたのか、前にアップしたログを消してしまったことがあった。一度消してしまうと、オリジナルが手元にないので、再度アップロードするわけにも行かず、必死に思い出して再構築した。しかし、2つのブログを使っていれば、一方が消えてしまっても、他方からコピーすることができる。これでかなり安心度が高まる。

    あるいは、Cocolog がメンテナンス中でも、取り敢えず Hatena Diary の方にログを載せて、本宅からリンクさせてしまうという手も使えるだろう。

    Cocolog と Hatena Diary は、同じブログ・サービスとはいえ、かなりコンセプトが違い、使い勝手もまったく違う。

    Hatena Diary の方が、Cocolog よりもヘッダ部分のデザインの自由度が高いが、ヘッダ部分を自由に使ってしまうと、今度は本文の方のデザインの自由度が失われてしまう。スタイルシートやモジュールを駆使すればなんとかなるようだが、そこまで手をかける暇がない。

    Cocolog は、ヘッダ部分の自由度は低いが、本文やサイドバーのデザインはかなり自由にできる。

    一方、Hatena Diary は、キーワードで自動的にリンクがはられて、他のブログとの間を簡単に行き来できるという機能もある。このあたりはせいぜい有効利用させてもらおう。

    問題は、Blog を二本立てにすると、ますます本宅サイトを素通りして Blog に直接アクセスする人が増えるだろうということだ。現状でも、Cocolog のアクセスの方が本宅トップページより平均 5割方多い。この傾向に拍車がかかるかもしれない。

    私のコンテンツは、「今日の一撃」 だけではないので、できれば、tak-shonai のポータルである本宅サイトにも顔を出していただきたいと思っているのだが。

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    2004/12/31

    この1年 「 毎日更新」 を達成

    いつもは日付の変わらないうちに、翌日分のコラムを書き終えてアップロードすることが多い。しかし、今日は正真正銘、日付が変わって大晦日になってしまった。

    30日は部屋の大掃除をし、たまった書類をごっそり捨てたりしていたので、知らぬ間に時間がずれ込んだのだ。

    とくにどんなネタにしようということもなく書き始めて、ふと気付いたのだが、平成 16年は 1日も欠かさずに 「今日の一撃」 を更新することができた。しかも閏年だから、366のコラムを 1年で書いたことになる。

    そういえば、今年の正月は、「毎日更新」 という謳い文句を文字通りに実行してみたいという、漠然とした思いを抱いていたのだった。その漠然とした思いが、1年経って実現してしまった。

    5月には米国に出張し、日付変更線を行き来しなたら、辛うじて毎日更新をキープしたし、都心で飲んだくれて酔っぱらって帰ってきても、二日酔いでガンガンする頭を抱えながら、半ば意地で書き続けた。「正真正銘、毎日更新をした一年」 という記録を残しておきたかったのである。

    考えてみれば、この 1年、健康には恵まれたのであった。寝込むような病気とは無縁だった。毎日更新が実現できたのは、健康のおかげである。

    さて、これからベッドに入り、起きてからやり残した仕事を少々片づけ、夜になったら、Pride と K-1 の格闘技を夢中になって見ることになる。それが終われば、「行く年来る年」 で、除夜の鐘を聞きながら、平成 17年の最初の 「一撃」 を書くことになる。

    それでは、月並みだが、よいお年を!

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    2004/12/15

    ココログって暑苦しい

    "@nifty" と" はてな" の共同企画による期間限定キャンペーンサイト 「ブログる場合ですよ!!」 がスタートした。

    行ってみると、見事に 「ココログ・カラー」 に染められたド派手なサイトなのだった。私は自分がココログ・ユーザーであることが、ちょっと気恥ずかしくなった。

    まだインターネットというものがそれほど普及していなかった時代に、 「ニフティサーブ」 というサービスで 「パソコン通信」 なるものを利用し始めたというきっかけがあるため、私はほとんど行きがかり上、ニフティをずっと使い続けている。自分の本宅サイトも別宅サイトも、ブログも、ほとんどすべてニフティである。

    しかし、正直言って、ココログのイメージはあまり好きじゃない。それはトップページに行ってもらえばわかる。何しろ、ロゴマークのデザインからして、趣味が悪すぎるし、ページデザインのカラーリングがあくどいというか、どぎついというか、暑苦しいというか、とにかく疲れる。

    とくに、「トラックバック練習ページ」 と称される 「トラックバック野郎」 というページがすごい。デザインもすごいが、少なくとも私はブログを始めた当初、このページを見ても、トラックバックというのがどういうことなのか、さっぱり要領を得ず、従って練習になんかちっともならなかった。何のためにあるページなのか、理解に苦しむのである。

    私はココログのデザインをみると、前世紀の 「見世物小屋」 の看板を連想する。最近始まった 「テンプレート」 にしても、ちょっと使う気にならない。

    なんだか、ニフティという会社、ココログのデザインをしているデザイナーが、ブログというものをどう捉えているかが窺われるような気がするのである。地に足の着いたメディアとして育てようというよりは、キワモノ的とまでは言わないにしろ、とにかくブームにしてしまおうといった意図を感じてしまうのだ。何となく 「勘違い」 的なものを感じる。

    しかし、その意図すらもほとんど実現されていない。ブログ・サービスが出始めた頃は、はてなに続いて、ココログはかなりな伸びを示していたが、最近は他のサービスに抜かれ気味だ(参照)。ニフティという会社の規模からして、少なくとも健闘しているとは言い難い数字である。

    それも無理からぬところと思う。ココログって、申し込もうと思ってトップページに行っただけで、何となくギトギトしていて嫌になるのだ。もう少しクールなイメージを醸し出してくれないものだろうか。

    ココログを利用しているとはいえ、私は自分のサイトのカラーリングだけは、なるべくココログを感じさせないものにしているつもりなのである。

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    2004/09/25

    部分品が一人歩き

    私の (いわゆる) 本宅サイト 「知の海に跳び込め」 は、一昨年 1月の開設以来順調にアクセス数を延ばし続けて来たのだが、最近になって、その伸びが鈍化傾向にあるのが気にかかっていた。

    「そろそろ、このあたりが自分の筆力の限界なのか」 と思いかけていたのである。

    最近は意識して、エンタテインメント路線を廃して、ややマジメ (語り口は別として) なテーマを多く取り上げてきた。こうしたジャンルでは、ある程度以上のアクセスを求めても困難なのかとも疑った。

    アクセスの右肩の上がり具合がだんだん小さくなってきたのは、今年の 7月を境にしてである。7月にアクセスの伸びを止めるようなヤバイことを、何か書いただろうか?

    そこで、はっと気が付いた、7月から、この 「今日の一撃」 を本宅サーバ内から Cocolog に引っ越ししてしまったのである。(参照

    当サイトの 「一撃」 の更新を毎日見に来てくれていた常連の少なからぬ部分が、これを機に、「お気に入り」 を 「知の海」 のトップページから Cocolog の "Today's Crack" に変えてしまったのではあるまいか。

    そう思って、ここしばらく Cocolog の方のアクセスも詳しく解析してみたら、やはりそうだった。いや、それ以上のことが起こっていたのである。

    今や、「知の海」 トップページの 1.5倍ほど (日によっては 2倍以上) のアクセスを、Cocolog の "Today's Crack" が稼いでいるではないか。

    私はこの事実を知って、複雑な気持ちになってしまったのである。

    この Cocolog を使い始めた動機は、コラムを自分のサイト内で毎日更新し続けるという作業が、ちょっと面倒になってしまったからであって、Blog を正面切って開始したというわけではなかったのだ。

    私としては、Cocolog の方は本宅 「知の海」 の部分品ぐらいに考えていたのである。読者はこれまで通り、まず 「知の海」 に来てくれて、そして 「全文表示」 ボタンをクリックして、「部分品」 である Cocolog に飛んでくれることを期待していた。

    しかし実際には、その 「部分品」 の方が、一人歩きし始めて、本宅よりずっとアクセスを稼ぐようになってしまったのである。まあ、確かに初めから 「全文表示」 で読める方が楽だし、それは自然の流れなのかもしれない。私だって、「はてなアンテナ 」 を張るとしたら、直接 blog の方に張る。

    自分の筆力の限界を疑ったのが杞憂に過ぎないとわかったのは嬉しいが、それでも、やはり複雑な気分である。私は自分の本宅サイトのトップページにかなりの愛着をもっているのである。デザインだって、時々手を入れて随分洗練させてきたつもりだし。

    それに、本宅のトップページからでないと、「知の海」 のあちこちに行けないのである。とにもかくにも、「知の海」は、庄内拓明の 「ポータルサイト」 である。たまには、離れの四畳半だけでなく、本宅の方も覗いてみていただきたいと思う今日この頃である。


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    2004/08/29

    Blog に関する調査結果

    gooリサーチ と japan.internet.com の共同企画による 「第 5回: Blog に関する調査」 の結果が発表されている。

    これは今年 4月から定期的に行われているもので、Blog そのものが比較的新しいジャンルといえるため、調査のたびに結果が大きく変動するのがおもしろい。

    調査対象は、全国の 10代から 50代以上のインターネットユーザー 1,089人で、調査結果によると、「Blog についてよくわからない」 という人は、前月より 5.3%減って 26.8%になったという。

    短期間のうちに、ずいぶん認知度が高まったものである。かくいう私も、現在、ココログに 3つの ID をもって Blog を運営している。この 「一撃」 はそのうちの 1つである。

    Blog ユーザーの利用しているサービスは、"Livedoor Blog" が22.8%で最も多く、次いで "Excite Blog"、"goo blog"、"Jugem2" の 3つが同率で 10.9%、 5位が 「はてな」 で、8.7%だった。Livedoor の野球におけるプロパガンダはだいぶ功を奏したようだ。

    今年 4月の 第 1回調査では、Cocolog がトップの 26.8% だったのだが、今回の調査では 「マイプロフィール」 にも抜かれ、「シーサー Blog」 と並ぶ 6.5% で 7位にランクされている。もっと以前は 「はてな」 が断然トップだったはずだが、後発の Blog サービスのユーザーが急増しているので、自然にシェアが下がっているのだろう。

    Blog というと、ちょっと前までの私の認識は、頻繁に更新するサイトで、あちらこちらにリンクをはりまくり、自分なりのコメントを入れるというものだったが、今では、ちょっと前の 「日記サイト」 に ping やトラックバック機能などがついたものと思えばいいようだ。ずいぶん気楽になったものだある。

    私の場合は、毎日更新するコラムなどの記事を、自前のサイトの中で運営していくのはちょっと骨が折れるので、既存の Blog を利用すれば楽に更新できるだろうと踏んでのことである。これは確かに便利である。

    日記やコラムなどで更新頻度の高いサイトの管理者は、Blog の導入を検討してはいかがだろうか。

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    2004/07/08

    コンテンツの一部としての Blog

    7月 7日を期して、「今日の一撃」 は Blog ツールを使うことにした。全文表示の見た目がいきなり変わって、恐縮である。(7月分のバックナンバーは、後追いでアップロードした)

    Cocolog を使っているのだが、Blog ツールを使っているからといって、Blog になってしまったとも言いにくい。気分はあくまでも、従来のコラムのままである。

    Blog のサイトの作りは、至ってシンプルにした。いきなり Cocolog としてアクセスしてみても、ちっともチャーミングなデザインではないと思う。あくまでも、「知の海」 のトップページからサブウィンドウで開いて見て、初めてしっくりくるデザインにしてある。

    考えてみると、Blog ツールというのはかなり使い道がある。これまでは、デザイン面での制約が気に入らなくて敬遠していたのだが、メインサイトのコンテンツの一部にしてしまえばいい。とくに毎日更新するようなコンテンツの場合は、かなり手間が省ける。

    Blog のコンテンツ化というのは、うまくしたらトレンドになるかも知れない。そうなったら、私はその先駆けの一人として、自慢してしまおう。

    知の海のトップページは、日付が変わる前に 「一撃」 のリードの部分を更新してしまうことが多い。しかし、本文は日付が変わると同時に更新されるように設定してある。このタイムラグの解決が、課題と言えば課題である。

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