カテゴリー「スポーツ」の52件の記事

2009/11/18

「パンポン」 を巡る冒険

一昨日の 「パンポン」 の続編である。もっとも、内容はいろいろな方から寄せられたレスをもとにした総まとめみたいなもので、二番煎じ的なものだが、お許しいただきたい。

日立製作所発祥の 「パンポン」 というスポーツを紹介したところ、実はあちこちで似たようなのがあるとのレスをいただいた。

まず、ハマッコーさんから、「NEC の工場の昼休みにやっているのをよく見かけたので NEC 発祥のスポーツだと思ってました」 と知らされ、次いで、すがわらさんからは 「近所の某財閥系会社でも似たような物をやってました。こちらでは 『テニポン』 と言っていました」 との情報が寄せられた。

このあたりまでは、「日立発祥のスポーツが、人の行き来があって、あちこちの会社に伝播してるんだなあ」 ぐらいに考えていた。「さすがに、日立は大会社だけのことはあるわい」 ってなものである。

ところが、ちょっと間をおいて極私的視点管理人さんから 「広島にも似たようなスポーツで 『エスキーテニス』 というのがあります。公務員の人やマツダ関係の人を中心に親しまれてて、かつては専用コートと大学にもサークルがありました」 というレスをいただいたあたりで、「まてよ」 と考えが変わった。

これは、日立発祥と言い切るべき話ではないのではなかろうかという気がしてきたのである。日本全国、あるいは世界各地に似たような形態のゲームが自然発生的に存在していて、それらが地域スポーツとして生き残ってきているのではあるまいか。

そう考えた途端、忽然と小学生時代の記憶が蘇った。かく言う私だって、昼休みに似たような遊びをしていたのである。

何という名前のゲームだったかは忘れた (あるいは、名前なんかそもそも付いていなかったのかもしれない) が、私のやっていたのは、地面に田の字を書いて、4人で対戦する形式だったのである。ラケットなんてものはなく、手のひらでゴムボールを打ち合う。

田の字の線で区切られた 4つの陣地には序列があって、ポイントを取るたびに上衣の陣地に昇格する。一番下の陣地でポイントを取られると降格して退場になり、順番待ちの子が新たに一番下の陣地に入る。一度一番上の陣地まで昇格すれば、なかなか退場しないで済む。

上手な子はずっとゲームを続けていられるが、下手な子は下位の陣地でしょっちゅう交代する。序列ははっきりしているが、下手でも下手なりにちゃんとゲームに加われるという、競争原理と民主主義がうまくミックスされたようなルールだった。このゲーム、今でも残っているだろうか。

興に乗って、「テニスに似たスポーツ」 というキーワードでググってみると、上述の 「テニポン」 「エスキーテニス」 のほか、「スポレック」 というのも出てきた。静岡県で盛んなのだそうである。まあ、見たところ 「手作り感覚」 でいえばパンポンにとどめを刺すと思われるが。

このほかにも、「スポーツ」 というほどでもなく 「遊び」 ということで調べると、おぉ、出てきたではないか。「重箱の隅っこ」 というページの 2000年 8月 21日付に、例の田の字型のゲームが紹介されている (参照)。けっこうやられてるんだなあ。

で、思いを巡らしているうちに、山辺響さんから次のようなレスをいただいた。

……その後、各地の類似競技のあいだで共通のルールが整備され、全国組織も設立された。競技の名称は 「テニス」 に統一された。いっぽうで屋内での競技は独自の発達を遂げ、「テーブルテニス」 「ピンポン」 と呼ばれるようになった。

……というようなことが、18世紀~20世紀くらいにいろんなスポーツで起きていたのだろうなぁ、と。

むむ、やられてしまった。実はこれと似たようなことを考え始めていて、「次はそんなような記事を書こうかなあ」 と思っていたところで、先回りして書かれてしまった。まあ、せっかくだから、自分で一から文章を考えなくても、とっかかりは引用で済むだけありがたいと思い直し、ここにこうして書いているわけである。

各地で行われていたプリミティブなゲームが、似た者同士で集まって洗練され、組織整備とともにルールも統一され、今のメジャースポーツに昇華したのだろう。例えばブリテン島各地にあったボール蹴り遊びが、進化の過程で二大潮流に集約され、今の 「サッカー」 と 「ラグビー」 になったというようなことが、いろいろな分野であったわけだ。

そして、進化の流れに乗らず、ガラパゴス化してしまったものもいくらでもあって、日本の蹴鞠みたいな伝統芸能になってしまったというのもあるだろう。あるいは、進化の流れからスピンアウトして先祖返りしてしまったというのが、パンポンその他のゲームだという気がする。

煎じ詰めて考えれば、球技というのはゴールに入れ合うサッカー型、打ち合いをするバレーボール型の二つが主流で、あとはゴルフ型と野球型しかないようなものである。この 4つの基本で、あとは手を使ったり足を使ったり道具を使ったりというバリエーションを考えれば、いくらでも新しいスポーツが発生する余地がある。

ただ、どこまで行ってもマイナーの地位に甘んじることになり、オリンピック種目になるなんてことはまずないだろうが。

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2009/11/16

「パンポン」 というスポーツをご存じ?

「パンポン」 というスポーツをご存じだろうか? 先週末の夜、車を運転しながらカーラジオで聞いたのだが、初め、頭の 「パ」 がタ行の音に聞こえてしまった。

「おいおい、宵の口から下ネタかよ」 と思ったのだが、「パンポン」 とわかって少し安心したのであった。

「パンポン」 とはピンポン(卓球) とテニスの中間みたいなスポーツで、大正時代に茨城県日立市で生まれたのだそうだ。当時、日立製作所の社員が昼休みにキャッチボールをしていたところ、よくボールが逸れて工場の窓ガラスを割ることがあったために禁止令が出され、その代わりに考案されたのが、この 「パンポン」 だと伝えられている。

2.5メートル×7メートルのコートを、高さ 40センチの平均台みたいなもので二つに分け、軟式テニスのゴムボールを打ち合う。4点先取でゲームとなり、3ゲーム制で勝敗を争う。

おもしろいのはラケットで、「パンポン用のラケット」 なんてものはどこのスポーツ用品店に行っても売られてないので、ほとんど手作りなんだそうだ。何てことのない板っぺらの端っこに取っ手らしきものを打ち付けて、それで完成。「できそこないのまな板」 みたいなんだそうである。

で、この 「パンポン」、日立製作所発のオリジナル・スポーツとして、日立市辺りではかなり盛んに行われ、小学校でも授業に取り入れているところがあるなんて話なのだ。

私は茨城県在住で、日立製作所に勤務している知人・友人だって何人もいる。なにしろ、普通は 「にっせい」 と言ったら「日本生命」 というのが日本のスタンダードだが、茨城県で 「にっせい」 と言ったら 「日立製作所」 のことを指すというほどの土地柄だ。日立の関係者なんて、その辺にごろごろいる。

ところが、私はそれまで 「パンポン」 なんていうものの話はまったく聞いたことがない。マスコミ特有の針小棒大癖で、小さな愛好会かなんかで極々マイナーに辛うじて続けられているような話を、大げさに伝えているんじゃないかと疑ってしまった。

それで翌日、知り合いの日立社員に 「パンポンって知ってる?」 と聞くと、「あぁ、よくやってるよ。日立の社員なら、誰でもできるよ」 と、ごく当然のように答えるのである。

「はぁ? でも、今まであんたの口から、『パンポン』 なんて聞いたことないよね」
「あはは、そうかもしれないね。でも、日立では当たり前にやってることなんだよね。あんまり当たり前すぎて、普段は話題にもならないのかもしれない」

とまあ、そういうようなわけで、日立の企業文化の一つとして、脈々と受け継がれているもののようなのだ。日立製作所って、ちょっと変わった会社である。何しろ規模が大きいから、外部とは違った文化が、探せばまだまだありそうだ。

で、「パンポン」 なるスポーツを実際に見てみたいと思って検索したら、簡単に見つかった。なかなかよくできた動画である。(参照

【追記】

興味あるレスをいくつか頂いたので、それらの内容もまとめて考察した結果を、「パンポンを巡る冒険」 というタイトルで記事にした。併せてご覧いただければ幸いである。

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2009/06/15

プロレスというビジネス

日曜の夜遅く帰宅して、iGoogle を開き、MSN 産経ニュースの 「斎藤選手、三沢さんの遺影に涙の土下座」 という見出しに目が止まった。「何だこりゃ?」 と思った。

ニュースをみると、プロレスラーの三沢光晴が、バックドロップの受け身を取り損ねて急死したとある。「何だとぉ !?」

近頃はあまりプロレス・格闘技系の記事を書かないので、知らない人は知らないかもしれないが、私は格闘技フリークである。そして多くの格闘技フリークがそうであるように、昔は熱烈なプロレス・ファンだった。三沢光晴は、二代目タイガーマスクになる前から知っている。

彼が社長を務めたプロレス団体ノアは、全日本プロレスから袂を分かったもので、全日本プロレスは、基本的に受け身のプロレスである。その中でも三沢光晴は、受け身がうまかった。本当にきちんとうまかった。

川田は見栄えのする派手な受け身を取りたがるが、三沢の受け身は実質的だった。「スタンハンセン 脅威の一撃!ウエスタンラリアート15連発」 というビデオをみれば、その違いがわかる。懐かしいジャンボ鶴田の姿もみられるが、三沢の受け身は、どちらかというと鶴田的だ。

川田に対しては元気なうちでも一瞬のフィニッシュに持っていけるが、三沢に対してはダメージの蓄積をきちんと印象づけるプロセスを経ないと、フィニッシュの説得力がない。ということは、今から思えば、三沢の方がより自分の身を削っていたように思える。ちょっと損なスタイルだ。

6月 14日付のスポニチの記事によると、「関係者によると、今年 3月に日本テレビの地上波放送打ち切りが決まったころから 『体調が悪い』 と漏らしていた」 とあり、経営不振という問題もあって、かなりストレスがたまって体調も悪かったのだろう。同じ記事に、決定的瞬間に至るまでの経過が、以下のように記されている。

開始 25分すぎに異変が起きた。時折頭を振るなど不自然なしぐさを見せていた三沢さんだったが、潮崎からタッチを受けて、バイソン、斎藤の合体技と斎藤の蹴りの連発を浴びるとぐったり。とどめに斎藤から高角度の岩石落としを食らった際に受け身の体勢が十分取れずに、体を 「く」 の字に折る不自然な形で落下、頭部と首を強打した。

投げられたときに体が 「く」 の字に折れるというのは、つまり、その時点で体がぐにゃぐにゃになっていたということだ。筋肉に受け身を取るだけの力が残されていなかったということである。

そんな相手に対して、斉藤はバックドロップなんか仕掛けるべきではなかったのだが、こればかりは一概に責められない。一連の技の流れだから、体が自然に反応してしまって、止めようがない。それに、相手は受け身の名人、三沢だ。つい信頼して投げてしまう。

しかしよく考えれば、三沢は昨年も試合中に首を痛めて欠場している。体はガタガタだったのだ。そんな人間を後ろから抱え込んで高角度バックドロップをしかけるのは、やっぱり信頼のしすぎである。「ありゃ、ちょっとやばいかも」 と気付くべきだった。

そして、バックドロップで投げる前にさっさとフォールに行けばよかった。試合としてのアピールは格段に落ちてしまうが、条件反射で多少抵抗されても、無理矢理でいいから押さえ込んでスリーカウントを取り、試合にけりをつけておくべきだった。今となっては結果論だが。

そもそも、近頃のプロレスは見栄えを追及するあまり、派手な技を多用しすぎている。派手な技というのは、受け身を取る側の積極的な協力なしには成立しないのである。格闘技ファンの目からみると、白々しすぎる技のやり取りの過程で、無駄なダメージを体に蓄積するという愚を犯してしまっている。

ファンのプロレス離れの一因は、この 「白々しすぎる技のやり取り」 にあるのだが、プロレスはそのソリューションとして、白々しいやり取りのなかに 「もっともらしさ」 を追及するという悪循環に陥っている。ファンタジーの中にシリアスさなんてものを求めるから、ますます体に負担がかかるのだ。

今回の事件は、プロレス界に大きな影響を与えるだろう。試合のスタイル、選手の健康管理など、根本的な部分で再検討がなされるだろう。今のどつぼにはまりすぎたプロレスは、基本的な部分から変っていかなければならない。その結果、プロレスというビジネスの否定に至るとしてもだ。

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2009/03/24

ごめんね、サムライ・ジャパン

昼間から、あちこちのオフィスで歓声が聞こえる。どこでも仕事そっちのけで、WBC 決勝戦の中継に夢中のようだ。

私は 3月 7日付の記事で書いたように、WBC にはほとんど思い入れがないので、「みんな呑気だなあ」 なんて思っていたが、なんと、日本はまた優勝しちゃったようなのだ。

それにしても、日本が決勝に進出したと聞いた時から、「これは一言、謝っとく必要があるな」 とは思っていた。何しろ、私は上述の記事で、「盛り上がってる人は、日本の連続優勝を夢見ているようだが、多分無理だろう。そもそも、前回の日本優勝はできすぎだった」 なんて書いてしまったのだ。

その上、よしゃいいのに、「第 2ラウンドには当然のごとく出場できるだろうが、そこから先はよほど運がよくなければ勝ち上がれないだろう」 なんてことまで書いてしまった。さらに、日本はよくて準決勝止まりだろうといったようなことまで書いている。ああ、書きすぎだった。今さらのように後悔しているのである。

本当にごめんね、サムライ・ジャパン。あなたがたがこんなにまできっちりとした勝負ができるとは、よもや思わなかった。脱帽だ。日本が優勝できたら坊主頭になるとか、逆立ちして神田の街を一周するとか、そんなような悪ノリしすぎたことを書かずにいてよかった。

それにしても、今回の結果を生んだ要因は、日本と韓国における異様なまでの WBC への入れ込み方だという気がする。日本もすごいが、とくに韓国がすごい。野球でこんなにまで熱くなれるのは、世界でもこの二国以外にないんじゃなかろうか。

他の国での注目度なんて、大したことないみたいなのである。米国での試合の中継を見ても、観客席なんかガラガラじゃないか。注目度が今イチな上に、選手の WBC での働きが直接ギャラに反映されるなんてこともないみたいなので、どうもインセンティブ不足のような気がするのである。

そこに行くと、日本と韓国は、なかなか健気なものである。純粋に WBC における優勝の栄誉にあずかろうと、真剣になって勝負している。韓国なんか、グラウンドに国旗を立てるなんてぶっ飛び方をするまでに、チョー・マジになっている。

ああ、私はこの日韓のメンタリティを軽視しすぎていたのである。WBC に関する 「マジさ加減」 が、日本と韓国の両国は飛び抜けて高かったのだ。こんな純粋なモチベーションがあれば、そりゃ、野球ってメンタルなところのあるスポーツだもの、勝ち進んでも不思議じゃない。

恐れ入ってしまったのである。おめでとう、サムライ・ジャパン。かくなる上は、3年前の優勝直後に書いた (参照) ように、日本の誇る 「胴上げ」 という文化を、マジに世界に広めてもらいたいと思うのである。

なにしろ、2回連続優勝というのは、ちょっとした偉業である。この偉業を為し遂げた国に経緯を表して、そのファンタスティックなお約束的セレモニーである 「ドーアゲ」 を、世界のベースボールが取り入れてもいいのじゃないかと思う。願わくは、ワールド・シリーズの優勝チームの監督が胴上げされるなんてことになったら、さぞ素敵だろうなあ。

【3月 25日 追記】

「侍ジャパン」 を 「サムライ・ジャパン」 と表記した意図を書き落としていた。2度も続けて優勝したのだから、国際語に昇格させた方がいいのではないかという思い入れから、敢えて 「サムライ・ジャパン」 と書かせていただいた。

決してふざけてるんじゃないので、念のため。

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2009/03/07

WBC には感情移入しにくい私

WBC がいつの間にか始まってしまっている。私は野球というスポーツに、なぜか感情移入しにくいタイプのようで、今回も申し訳ないが、我ながらシニカルな態度である。

盛り上がってる人は、日本の連続優勝を夢見ているようだが、多分無理だろう。そもそも、前回の日本優勝はできすぎだったと思う。

「サムライ・ジャパン」 はそれほど強いチームじゃない。初戦で中国を相手に、ようやく勝っているようなチームである。第 2ラウンドには当然のごとく出場できるだろうが、そこから先はよほど運がよくなければ勝ち上がれないだろう。

そもそも、3年前だって 「瓢箪から駒」 みたいな幸運で準決勝に勝ち上がったのである。(参照 1参照 2)それまでの第 1ラウンド、第 2ラウンドのリーグ戦における日本チームの戦績は 6戦して 3勝 3敗。勝率は 5割でしかなかったのだ。

準決勝に勝ち上がった他の 3チームは、韓国 6勝 0敗、ドミニカ 5勝 1敗、キューバ 4勝 2敗。日本は、「何でここにいるの?」 と言われてもおかしくない、お恥ずかしい戦績でたまたま勝ち上がったのである。

そんなチームが最終トーナメントで幸運にも続けて 2勝できたために、優勝してしまった。そもそも、この時の準決勝というのがおかしい。私は 3年前の記事 (上記の 参照 2) で、次のように批判的に書いている。

フツーの常識だったら、準決勝は、2つのリーグ戦組の 1位と 2位が対戦することになるのだろうが、今大会では、そうした常識は無視され、同一組の上位 2チームの対戦となっている。これだったら、トーナメントの準決勝というより、リーグ戦の 2つの組のプレーオフで、勝った方が決勝進出という方がわかりやすい。

この妙なシステム (参照) のおかげで、第 1、第 2ラウンドで勝率 10割だった韓国は、準決勝で初めて日本に 1敗したために、決勝に出られなかった。私は韓国贔屓というわけじゃないが、この時ばかりはつくづく気の毒に思ったものである。

今回は少しシステムが変わったみたいで、第 1、第 2 ラウンドは、リーグ戦方式ではなく、ダブルエリミネーション方式になって (参照)、2回負けるまでは敗者復活戦に出ることができる。

つまり、勝率 5割でも、うまい具合に勝ったり負けたりすれば、準決勝まではいける。圧倒的な強さがあるわけではない日本には、少しありがたいシステムだろう。

だが準決勝は、異なった組の 1位と 2位が戦うという、ようやく世間の常識通りのシステムが採用されている。これで、余計な 「まぎれ」 的要素が入り込む余地が、少しは減った。日本はせいぜいここまで止まりという気がする。

とはいえ、野球というのはちょっとした成り行きの変化で勝負がひっくりかえるスポーツである。なにしろ、日本のプロ野球だって、優勝チームは 10回やって 6回勝ったわけじゃなく、最下位チームだって 10回やれば 4回ぐらいは勝てるのである。

今回も、いろいろ思いがけない要素 (前回のヘボ審判、ボブ君みたいな) がちりばめられれば、少しはおもしろくなるだろう。しかし順当な結果の積み重ねみたいなことになれば、野球ファンの方々には甚だ恐縮だが、サムライ・ジャパンは途中で討ち死にするだろうと、書いておくことにする。

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2008/08/25

星野ジャパンは、こんなものなのだよ

「金メダル以外はいらない」 との言葉通り、 銅メダルも取れなかった星野ジャパンが、結構なバッシングを浴びている。

個人的には、野球そのものに思い入れがないので、それほどエキサイトしないが、客観的にみれば、出かける前の大言壮語からしたら、叩かれるのも仕方ないなという気がする。

私は星野ジャパンに関しては初めから 「そんなに強かぁないさ」 と言っていた。それに、日本の野球は一昨年の WBC で、ここ数年分の運を使い切っていたのだから、せいぜいこんなものだ。

WBC では、1次リーグと 2次リーグを通じて、3勝 3敗の五分の成績で、とくに韓国には一度も勝てなかったのである。ドミニカとかキューバとかと当たらないのに、6回やって 3回負けているのだ。日本の実力が 「中の上」 か、せいぜい 「上の下」 程度でしかないとは、この時点でわかっていたはずではないか。

それなのに、ラッキーなことに準決勝に進むことができて、韓国とキューバにたまたま連勝しただけで、へんてこなシステムのおかげもあって、「世界一の栄誉」 とやらを手中にしてしまった。この時の 「王ジャパン」 が 「できすぎ」 でなくて何だったのだろう。

逆に韓国なんか、それまで全勝で進んできて、準決勝でそれまで 2勝していた日本に 1度負けただけなのである。7勝 1敗という素晴らしい勝率で決勝に行けなかっただけに、運を使い切っていなかったのだろう。

今回の星野ジャパンは、一昨年のメンバーからメイジャーリーガーがいなくなってしまってるのだから、かなり小粒である。そんなんで、「金メダル以外はいらない」 なんて言うのは、とんでもないリスクを冒してしまってるなあと、私は密かに思っていた。

「3A クラスが主体の米国チームに、星野ジャパンが負けるはずがない」 なんて言う人もいたが、その 3A クラスから 『助っ人』 と称して何人も呼んできて、主軸を打たせてるのが日本のプロ野球なのである。それを考えたら、決してエラソーなことは言えないのだ。

だから、私としては星野バッシングをしようとは思わない。たった一つ言わせてもらうとすれば、「金メダル以外いらない」 なんてことは、言うべきじゃなかったということだ。元々、身の程知らずだったのである。余計なことを言ってしまったために、バッシングも強烈になっているのだ。

まあ、星野さんが余計なことを言いまくったおかげで、あちこちからお金が集まったというのはあるだろうが、女子ソフトボールはお金なんかなくても優勝できたんだしね。

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2008/08/13

抗菌防臭柔道着というもの

オリンピック代表の柔道選手が着用している柔道着には、銀素材が練り込んであるんだそうだ。さぞかし高く付くんだろうなあ。

何のために銀なんか練り込むのかといういうと、抗菌機能を付加するためなんだそうだ。ふぅむ、汗かいてほったらかしにしても、臭くなったりしないようになのかなあ。 (参照

格闘技の選手といえば、むんむんムレムレの中で大汗かいて稽古して、ものすごく汗くさくなってるなんていうイメージがあるかもしれないが、それは昔の話だ。今の格闘技の選手は、とっても清潔になっている。

とくに、寝技などで互いに密着することの多い柔道やレスリングは、相手に不快な思いをさせないように、気を遣う選手が多い。プロレスラーなんか、試合前には香水やオーデコロンなんかを使ったりすることもあるらしい。

ただ、柔道着を清潔に保つのはやっぱり大変だ。試合の前にはそりゃ、きちんと洗うだろうが、稽古するたびに洗うとは限らない。夏場なんて、ちょっと洗濯を欠かしてしまうと、やっぱり汗くさくなってしまう。

私は 30代半ばまで合気道を習っていた。合気道というのは、基本的には柔道着を着て、その上に有段者になると袴をつける。柔道よりは重装備になってしまう。それだけに、夏場はどうしても汗くさくなりがちだ。

ある夏の日の夕刻、いつものように道場で稽古に励んでいると、どうも臭い。かなり臭い。

「しまった、道着 (「どうぎ」 と読んでね) の洗濯を忘れてたよ。この臭い、俺の道着のせいかなあ」 なんて気になってしまって、受け身を取るたびに道着の袖を鼻に近づけて、クンクンやってみるのだが、どうもそれほど臭いわけじゃない。

「俺のせいじゃないみたい」 と、少し安心する。それにしても、この臭いは一体誰の道着のせいなんだ?

ふと気付くと、道場で稽古しているほぼ全員が、やっぱり臭いが気になるらしく、自分の道着の袖の臭いを確かめたりしている。そして、「俺じゃないみたい、それにしても ……?」 と、怪訝な顔つきになる。

そのうちに、誰かが窓の外を指さして、「何だよ~、この臭い、あのせいだよ~!」 と素っ頓狂な声を上げた。何事かと、全員窓の外をみると、隣のアパートの住人が、ドアの前に七輪を出して団扇でバタバタやりながら、何かを焼いている。そこから、強烈な臭いがする。

よくみると、金網の上に魚の干物らしきものが乗っている。あぁ、あれが音に聞く 「くさや」 というものか。なるほど、この強烈な臭いでは、台所のガスコンロで焼いたりしたら、臭いが消えるまで屋根の下で暮らせなくなる。外に七輪持ち出して焼くしかない。

というわけで、あの臭さは、洗濯し忘れた自分の道着のせいではないとわかって、一同ほっとしたのだが、その日は誰言うともなく、全員が道着を持ち帰って洗濯したのであった。

あの頃から、銀素材を練り込んだ道着があれば、くさやの臭いごときであんなに取り乱したりせずに済んだだろうに。

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2008/03/29

"プロレス 「暗黒」 の 10年" を過ぎて

"プロレス 「暗黒」 の 10年" という本を一気に読み終えた。著者は元 「週刊ファイト」 編集長の井上譲二という人である。

副題は "検証・「歴史的失速」 はなぜ起きたか" という。ここ 10年で進行した日本のプロレス沈没のプロセスを、現場に最も近い場所にいた者のみが持ち得た視点で辿っている。

まず、念のために確認しておくが、著者は、「週刊ファイト」 の今は亡き 「 I 編集長」 と呼ばれた井上義啓氏とは、苗字は同じでも別人である。I 編集長の頃には、井上譲二氏は 「週刊ファイト」 の米国特派員として、なかなか読み応えのある記事を書いてくれていた。あのタイガー・ジェット・シンの自宅訪問記事を書いたのも、彼だったと思う。

「感覚のプロレス」 というコンセプトを掲げてカリスマ的な 「活字プロレス」 を創出した I 編集長とは違い、その跡を継いだ井上譲二氏は、ある意味ではとても常識的な感覚 (といっても、プロレス村での 「常識」 だが) を週刊ファイトの紙面に持ち込んでいたように思う。

プロレスが好きで好きでたまらないのに、I 編集長ほどに全人生をそれに捧げきるほどの思い入れを前面に出すことができず、むしろ、近くで細部を見過ぎたために、客観的に冷めた目を持たざるを得なかったというような、割り切れない編集スタイルだった。

そしてこれは、プロレス衰退をリアルタイムで見送った男の、哀切に満ちたレクイエムのような本である。

この本の中で、井上譲二氏は、「あの時、もし彼が …… だったら」 とか、「もう少し …… していれば」 とか、「たられば」 論法を少なからず使っている。I 編集長がよく言っていた 「引かれ者の小唄」 そのものの書き方だ。彼自身、多分わかっていながら、止むに止まれず小唄を唄っているのだろう。

今さら言っても、時計が逆回りすることなどないと知りつつ、あの血湧き肉躍るプロレスの魅力を、もう少しだけでいいから味わいたかったと言っているように思える。

ちなみに私自身は、もう大分前からプロレスには見切りを付けていて、今や 「格闘技」 に入れあげている。プロレスが衰退するのは、これはもう、歴史の必然だからしょうがない。

井上譲二氏の悲哀は、閃光のような輝きをもちながら、今では滅びの運命を辿るプロレスというメディアに最適化しすぎた、とても特殊なジャーナリズムを背負っていたものの悲哀だと思う。

プロレス向けに最適化された感性は、「格闘技」 という似て非なるものに入り込めない。目の前で見ても、その本質を伝えられない。そのもどかしさが、この本の底流に見え隠れする。

プロレスの沈滞は、もうこれはどうしようもない。さればとて、プロレスラーが格闘技に打って出ても、通用しないのである。プロレスラーは 「技を受ける」 体になりすぎているので、「技を受けない」 格闘技では、勝てないのだ。

プロレス記者にしてもそうだ。プロレスを書ける記者が格闘技を書けるとは限らない。いや、むしろ書けないのだろう。プロレス論の多くの部分は観客論だが、格闘議論は逆に実践論が重要な部分を占める。道場で受け身すら取ったことのない記者に、それを書けと言っても所詮無理なのだ。

私は、往年の 「週刊ファイト」 のような輝きをもつ格闘技専門誌紙の登場を待つ。しかしそれには、実践的格闘議論を、受け身を取ったことのない読者にもわかるように書ける力量をもった記者が育たなければならない。これは相当にむずかしい課題だ。

ああ、私がもう少し若かったら、それを書いてしまうのに。

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2007/11/03

問題の投手交代について

中日が日本一になったのを、私は翌日の朝刊で知ったのだが、落合監督が完全試合目前の投手を交代させたことで、野球ファンはものすごく熱くなっているようなのだ。

「日本一になったんなら、それで結果オーライじゃん」 ということでは済まないらしい。野球ファンというのも、なかなか大変だ。

一方は、「日本シリーズで完全試合達成というドラマに巡り会う、夢のような機会をぶち壊した」 として、落合監督を 「空気読めない」 と罵倒し、他方は 「これでもし、9回で逆転を許して、札幌に舞台を移したら、またしても日本一を逃していたかもしれないではないか」 と、結果の雄弁さを支持する。

はっきり言って、私には不毛な論争にしか思えない。現実に雄弁な結果論と、それを遙かに上回る可能性だって大きかったように思われる仮定の話の対決だからだ。それはそれで結構な結果が出てしまってからのことで、それだけに、どちらにも言い分がある。

もう一つの対決ポイントは、「勝ちさえすればいいのか」 という視点と 「負けたらどうしてくれる」 という視点のギャップだ。これはどちらかというと、野球論から逸脱して、人生論の領域にオーバーラップする。とはいえ、「好きずき」 というレベルの人生論だが。

このへんで、とくに野球ファンというわけでも何でもない私の感想を書かせていただこう。

それは、中日というチーム、結構いいムードで戦ったのだなということだ。監督がどんな采配を振おうとも、選手はそれに文句を言わないという暗黙の了解というか、慎ましい信頼感があったように思える。

エースの川上が初戦でダルビッシュとの投手戦に投げ負けようと、監督の意識としては 「想定内」 だった (つまり、半分は 「捨てゲーム」 と位置づけていた) ようで、そして、それが見え見えでも、川上はプライドがどうしたこうしたといった反抗的態度に出ていない。

それに、問題の第 5戦で、「空気読めない」 投手交代をされても、山井投手は 「自分は一杯一杯だったから、最後は岩瀬さんに投げてもらいたかった」 などとコメントをしている。なんと素敵なフォローイング・アップだろう。

山井投手が本当に自ら 「替わってください」 と言ったのかどうかなんて、そんなのは、わからない。本当は最後まで投げたかったのかもしれない。いや、きっと投げたかっただろう。それでも、そんなことはおくびにも出さずに、模範解答的に殊勝なコメントを発する。

それはもちろん、53年振りの日本一という結果が、全てを許してしまうという雰囲気にもよるのだろうが、そうしたコメントを出させる、ある種のチーム内の信頼感というのが、あるいは瞬間風速的にだったのかもしれないが、少なくとも、あの夜にはあったのだろう。

私は、投手交代そのものを云々するよりも、むしろチーム内でそれを許した、目に見えない信頼感というものを評価しておきたい。

それに、10年後のプロ野球回顧談の中では、「日本シリーズで完全試合を達成した山井」 というエピソードよりも、「完全試合目前の投手を代えてまで、勝利にこだわった落合監督」 というエピソードの方が、是非は別としても、より大きく心を動かすバリューを持つだろうという気もする。

落合監督は 「記憶に残るよりも、結果がすべて」 とコメントしているようだが (参照)、実際にはそれによって、さらに記憶にも残ってしまうことになったと、私は思う。

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2007/10/12

ボクシング業界のしがらみ

スポーツ新聞の一面は、亀田大毅の 「無様な」 敗戦の話題でもちきりだ。もともと実力差は明白だったので、こんなところだろう。

前チャンピオンとのリターンマッチを年内にも要求されている内藤としては、「楽して勝つ」 がテーマだったと思うが、まさかプロレス技でくるとは思わなかったに違いない。

内藤としては、弱小ジム所属の悲哀を内心感じていたことだろう。興行権を挑戦者側の協栄ジムに握られ、チャンピオンは自分なのに、挑戦者の亀田大毅の方が 10倍とかいわれるファイトマネーを取っている。

それに、亀田側の 「最年少チャンピオン記録」 狙い (どうせ勝てないのに) の都合で、無理矢理なスケジュールを押し付けられる。まあ、どうせ近いうちに前チャンピオンとのリターンマッチをするなら、早いとこ片付けといた方がいいということで受けたのだろうが。

今回の試合では、亀田の 「投げ技連発」 という無茶な反則と試合後の態度が非難の的になっているが、少なくとも、反則連発は予定の戦略だったのだろうと、わたしはマジに疑っている。試合経過で敗色濃厚になったら、明らかな反則で失格になることを狙っていたのではないかと思う。

その上で、「あれは負けやない。こっちがちょっと熱くなってしまっただけや」 と後で言い訳をする。こうして亀田の 「不敗神話」 を守るというストーリーだ。

ただ、反則の仕方が中途半端だったのか、レフリーが協栄ジムに余計な気を使ってしまったのか、「失格」 とはならずに、反則による減点なんかなくても覆らないほどの、「大差の判定負け」 という結果が出てしまった。

思惑はずれもいいところだろう。あんなに明々白々な反則を連発したのに、これでは、イメージが地に落ちただけ踏んだり蹴ったりである。

思えば、大毅もかわいそうなものである。兄や弟ほどのボクシングセンスがあるわけでもないのに、「亀田三兄弟」 戦略に否応なく組み込まれて、ボクシング漬けの日々を強要されている。それを拒否したら、家族から排除されてしまう。年端も行かない少年としては、従うしかない。

ある程度のところで芸能界への転進というルートもあっただろうが、今回のイメージダウンでそれも難しくなった。残された道は、早めの 「親父離れ = 亀田家離れ」 しかないだろうと思うぞ。まあ、どうでもいいけど。

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