カテゴリー「ニュース」の462件の記事

2019/01/11

ニセ札入り封筒を渡して財布を預かるという詐欺

昨日の昼過ぎにラジオニュースを聴いてたところ、「ニセ札入り封筒を財布と交換し、窃盗か」 という 「はぁ? 何それ???」 というようなニュースが流れた。

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ニュースの詳細を知るには上の画像をクリックすれば拡大表示されるので、それを読めばいい。要するにこの男、「この **万円が入った封筒を、あの人に渡してほしい」 と、ニセ札入りの封筒を預け、「担保としてあんたの財布を預かる」 と言って財布を受け取ったまま逃げるという手法で、犯罪を繰り返していたというのである。

見ず知らずの男からそんなことを申し入れられたら、「馬鹿も休み休み言え!」 となってしまうに決まっていると思うのだが、世の中にはこんな話で騙される人間もいるらしいのである。

で、ここまで考えて、「そう言えば……」 と、自分自身の遠い記憶がおぼろげながら蘇った。実は私も若い頃 (20歳前後の頃だと思う) に、路上でアヤシげな男からこんなような話を持ちかけられたことがあった。今回逮捕された 79歳の犯人は 、「20歳すぎ (つまり 60年近く前) からやっていた」 と供述しているのだから、もしかしたら、この男だった可能性が十分にある。

あまり詳しくは覚えていないのだが、新宿かどこかの雑踏でいきなり変な男が話しかけてきて、「現金入りの封筒を、ある人に渡してもらいたい」 みたいなことを言う。「変なオッサンだなあ、自分で渡しゃいいじゃないかか」 と思っていると、「あんたの財布を預かりたい」 なんて、わけのわからないことを言い出すではないか。

「何じゃ、そりゃ???」 である。当時の私は貧乏学生だったから、財布の中身なんてどうせ大した金額じゃなかったのだが、いくら何でも話が無茶苦茶すぎる。昔から警察は嫌いだったので 110番なんてしなかったが、「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」 と、相手にしなかった。

当時、友人に 「こんな変なオッサンがいたよ」 と話すと、「それ、結構有名な詐欺の手口らしいから、気をつけた方がいい」 と忠告された。いや、気をつけるも何も、こんな馬鹿な話に乗って自分の財布を差し出すやつがいるなんて信じられないじゃないか。しかし実はまんざら、いないこともないので 21世紀の今日まで続いているのだね。

というわけで、こんなニュースを聞いて、タイムマシンにでも乗ってしまったような気がしたのだった。それにしても 40数年前の私は、たやすく騙されそうなボンヤリ顔をしていたのかなあ。

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2018/12/13

「今年の漢字」 は 「災」 だそうだ

毎年この季節になると一応の話題になって、すぐに忘れ去られるのが 「今年の漢字」 というやつだ。そして 2018年は 「災」 という字になったらしい。(参照

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まあ、今年はずっと天災続きだったから、この字でもいいかなという気もするが、実際にアナウンスされた 「『災』 の字が選ばれた理由」 というのは、FNN によるとこういうものだった。

災害の経験から全国的に防災意識が高まり、多くの人が自助、共助の大切さを再認識した年、仮想通貨の流出、スポーツ界のパワハラ問題、財務省決裁文書改ざんなどが発覚し、多くの人がこれからの出来事を人災や災いととらえたためだという。

「多くの人が自助、共助の大切さを再認識した年」 というのは、なんだか優等生すぎる文言に思える。そしてそれ以上に 「仮想通貨の流出、スポーツ界のパワハラ問題、財務省決裁文書改ざんなど」 までこの 「災」 という漢字の内容に含めるというのは、「ちょっと盛り過ぎかな?」 という印象だ。

このイベントを主催する日本漢字能力検定協会も、平成 7年から 23年もやり続けてしまうと、妙に 「権威」 という色合いを付けてしまいたいという意識が強まっているんじゃないかという気がする。私としてはこの種のイベントには、「権威」 よりも 「ウィット」 を期待したいのだがね。

何しろ一般公募で最も応募数の多かった漢字を 「今年の漢字」 とするという建前を明らかにしているから、その応募結果がいかにダサイものになってしまっても操作するわけにいかない。そうなると、主催者なりの意図を無理にでも盛り込んで、それなりのストーリー付けしてしまいたくなるのも無理からぬことなのだろう。

思い起こせば 2014年 (消費税率が 8%に引き上げられた年) の 「今年の漢字」 が 「税」 と決まった時、私は次のように書いている。(参照

近頃毎年発表される 「今年の漢字」、2014年は 「税」 という漢字なんだそうだ。あんまり 「まんま」 すぎて、「夏とかけて何と解く?」 とふられたお馬鹿なアイドルタレントが、つい 「暑いと解きます」 なんて言っちゃった時みたいな、何とも言えない脱力感を覚えてしまう。

もう少し無理なくウィットを感じさせる 「今年の漢字」 を選定するには、単なる多数決じゃなく、少しはセンスのある文化人を加えた選考をする方がいいんじゃないかなあ。

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2018/12/11

いくつになってもコミュニケーション力が向上しないオッサンたち

順天堂大学が医学部入試を巡る不合理さの指摘に対して、「言い訳」 (になると、当事者は思っているらしい) の記者会見を開き、当然の成り行きとして火に油を注ぐ形になっている。(参照

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順天堂大の当事者たちの言い分によると、女子の受験者を不利に扱ったのは 「女子が男子よりも精神的な成熟が早く、受験時はコミュニケーション能力も高い傾向にあるが、入学後はその差が解消されるため補正を行う必要があった」 ためなどということのようだ。つまり 「単に性別によるハンデ戦」 だったというのである。

しかしそんな話が言い訳になると思っているのは、当事者たちだけだろう。まともな神経があれば、もう少しもっともらしく聞こえる言い訳を用意しておいてもよかったんじゃあるまいか。まあ、そんなのがあるとすればの話だが。

入学後、つまり成人年齢に達する頃には、男子のコミュニケーション能力も改善されると、順天堂大当事者は言っているわけなのだが、どうみてもそんな気配のないオッサンがいるというのは、今回の記者会見の内容からみても明らかだ。「よくまあ、そんなことが言えるね」 という話である。

順天堂大の 「言い訳」 がちっとも本当らしく聞こえないのは、医者の世界でも、政治の世界でも、還暦をとっくに過ぎた年になっても、一向にコミュニケーション能力が高まったように見えないオッサンがゴロゴロいるからである。

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2018/12/07

最寄りの人は 「高輪ゲートウェイ」 の単語登録を急げ

世間は山手線の新駅名、「高輪ゲートウェイ」 の話題でもちきりだが、「言いにくい」 「字数多すぎ」 「違和感たっぷり」 など、おしなべて不評である。こんなことでは新駅名の公募なんて、意味がなかったよね。

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東洋経済 ONLINE の記事 (参照) によると、新駅周辺は JR 東日本が 「グローバルゲートウェイ品川」 というコンセプトで再開発している 13万㎡の再開発エリアの玄関口にあたる。そして新駅名は投票 1位の 「高輪」 と、再開発コンセプトの 「ゲートウェイ」 の合わせ技というわけだ。つまり、この意表を突いた駅名は、JR 東日本の 「商売上の都合」 としか思われないのである。

で、JR 東日本の思惑はバレたとして、それで割を食らうのは、一般乗客である。違和感があって言いにくいとかいうのは慣れである程度解消されるだろうが、最大の問題はスマホなどで駅名を入力する時に字数が多すぎてうっとうしいことだ。

とくに仕事場がこの付近で、新駅で待ち合わせすることが頻繁になるであろう人たちは一苦労である。「高輪ゲートウェイ駅〇〇口で、〇時〇分に待ち合わせましょう」 なんてメールするにしても、余計なカタカナ 6文字分を打たなければならない。ただでさえ時間に追われているシチュエーションになるだろうに。

そこで、こうした事態が予測される人は、早めに PC とスマホの両方で 「高輪ゲートウェイ」 を楽に打てるように、単語登録しておくことをオススメする。私自身はこの駅を頻繁に利用するとも思われないのだが、単にこの記事を書くだけでもうっとうしい思いをするので、「たかげ」 の省略形で単語登録したばかりである。

ちなみに 「たかなげ」 だと 「高投げ」 などと誤変換されやすいので、「たかげ」 の方が面倒がないだろう。

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2018/11/29

米国人の派手好き、パーティ好き、山火事という三題噺

アメリカ人の派手好き、パーティ好きは今さら言うまでもないが、昨年 4月のアリゾナでの山火事の原因は、"gender reveal party" (赤ちゃんの性別発表パーティ) の趣向で爆発物を使ったことだったらしい。発火の瞬間を捉えた動画が、CNN ニュースで取り上げられた。

"Gender reveal party" というのは、赤ちゃんが生まれる前に性別が明らかになった時点で、仲間内にそれを発表するパーティであるらしい。昔はそんなことはできなかったから、最近になって始まったことなのだろう。

動画を見ると、乾燥した草っ原に置かれた標的 ("BOY, GIRL" と書かれている) に銃弾が発射され、見事に命中した瞬間に、男の子であることを示す猛烈な青い煙が上がった (女の子の場合はピンクの煙になるらしい)。ところが同時に周囲の乾燥した草に火が付いてしまい、あっという間に燃え広がっている。

このパーティを開いたのは、CNN によるとデニス・ディッキーという国境警備隊員で、さすがに射撃の腕がよく、一発で的に命中させている。爆発に使ったのは、米国ではポピュラーな "Tannerite" (「タナライト」 というのかなあ) という火薬で、あまりポピュラーすぎて油断していたらしく、消化器を用意していたとも見受けられない。

今月 17日の 「カリフォルニア森林火災の原因」 という記事で、米国の山火事の原因は圧倒的に人為的なものが多いということを書いたが、中にはこんな馬鹿なこともあるのだね。デニス・ディッキーはこのお陰で 800万ドル (約 1億円) の損害賠償金を月賦払いすることになったという。どうでもいいけど、どうやったらそんな額を払えるのだろう。

ちなみに古くなった冷蔵庫を処分するのに、半ポンドぐらいの Tannerite を詰めて、遠くからライフルで撃つなんていう乱暴な手法が、米国ではさほど珍しいことではないらしく、"2/1 pound Tannerite vs fridge" で検索すると、びっくりするほど多くの動画が見つかる。下に貼り付けたのはその中の 1つ、冷蔵庫が破壊されずに飛んできて、危うく死ぬところだったという動画である。

いずれにしても昨今の異常気象のもとでは Tannerite の使用は控えた方がいいだろうと、太平洋を隔てた小さな島国で心配している次第である。そして冷蔵庫の処分も、きちんとリサイクルに出す方がいい。

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2018/11/28

「昭和は遠くなりにけり」 なんて言われそう

まず、「ん?」 と思ったのは 「群馬中部の村、議員なり手足りず再選挙」 という見出しだ。「てあしりず」 って、一体何なんだ?

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実際の記事に飛んでみて、議員の 「なり手」 が 「足りず」 ということで、要するに村会議員選挙の立候補者が定員に満なかったという話だとわかった。しかも立候補者が規定に 1名足りなかったため、「全員無投票で当選」 とはならず、再選挙を行うことになったという。

いずれにしても、下手な見出しである。

こんなことになってしまったのは、人口 7,460人 (今月 1日現在) の、群馬県昭和村で、今回の選挙前に 12人の議員のうち 5人が引退を表明。後継者擁立の動きも鈍く、こんなことになってしまったらしい。記事には次のようにある。

村議会事務局によると、議員報酬は月額 17万7千円。ボーナスも含めて年額 300万円ほどという。村内の男性は 「議員報酬だけではやっていけない。仕事を持っている人には掛け持ちは厳しい」 と言う。

300万円の年収になるなら、定年後の 「アルバイト代わり」 にいい話かもしれないが、この村は農業が主産業というので、「定年でヒマになった元サラリーマン」 なんてあまりいないのかもしれない。きちんと農業さえしていれば、もう少しマシな収入になるのだろう。

過疎の村というのは、こんなことでも大変なのだね。高齢者比率が高くなって、じいさん、ばあさんばっかりという状態なのだろうから、いずれどこかと合併しなければやっていけなくなるかもしれない。「昭和村」 という名前が、いかにも淋しく感じられてしまう。

昭和 27年生まれの私が 10〜20代の頃は、「明治は遠くなりにけり」 といわれた時代で、明治生まれといえば頭がコッチンコッチンの老人という固定イメージがあった。ところが来年は平成から新元号に変わるというし、「昭和は遠くなりにけり」 なんて言われる時代になる。

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2018/11/25

「大阪万博」 が決まったようなのだが

BIE (Bureau International des Expositions と称する団体らしい) の総会とやらで、2025年の万博開催地が大阪に決定したと報じられた。多くのニュースは、日本では 「55年ぶり」 の万博開催と報じている。

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「55年ぶり」 なんていうと、「じゃあ 『沖縄海洋博』 (1975年) は何だったんだ」 とか 「あの 『つくば万博』 (1985年) はどうなってるんだ」 とか、「そういえば 『花と緑の博覧会』 (1990年) とかいうのもあったぞ」 なんてことになる。さらに今世紀に至っては 「おいおい、『愛知万博』 (2005年) ってのがあったじゃないか」 という声も上がるだろう。

このあたりの話に関して私は 13年も前の2005年 3月に、「愛知万博」 開催に関連して書いている (参照)。思えばこのブログも年期が入ったものだ。結論的には、1970年の大阪万博は普遍的テーマで開催される 「一般博」 だったが、以後の 3つの博覧会は、テーマを海なり科学なり花なりに絞った 「特別博」 というカテゴリーに属するものだった。

ところが今世紀に入って万博関連の条約が改正され、特別博と一般博という区別がなくなった。そのため 2005年の 「愛知万博」 は、「大阪万博以来 35年ぶりの万博」 なんて喧伝されたはずではなかったか。

この 「愛知万博」 は、「失敗することに失敗した」 なんて言われるような、ビミョーな位置付けとなっている。来場者数だけは妙に多かったのは、通し券を買った以上、元を取ろうとする県民意識によるものという説もあるほどだ。

そしてそれからわずか 13年ばかり経った今、世間はそんな万博があったことなんてほとんど忘れ去り、けろっとして 「55年ぶり」 と騒いでいる。少しは愛知に気を使ったらどうだと思ってしまうではないか。

何を言いたいのかというと、今や 「万博」 なんてものは、それぐらい 「すぐに忘れ去られてしまう程度のもの」 に身を落としてしまったということなのである。あんまり浮かれすぎない方がいい。どうしても浮かれたかったら、相当に知恵も金も使って開くほかない。それほどの知恵と金があればの話だが。そして、その後始末にもまた、同じぐらいの知恵と金と、そして時間が必要になるだろう。

ちなみに上の写真は、つくば万博のシンボルとして使われた 「宇宙の卵」 というモニュメントである。今は筑波神社に飾られているようだが、誰にも注目されていない。

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2018/11/02

「鬱憤を晴らすためなら命も惜しくない」 というメンタリティ

私は時々 「健康のためなら命も惜しくない」 なんていう類いの健康オタクのメンタリティを揶揄することがあるが、先日の中国バスの長江転落事件は、乗客の女性と運転手との小競り合いが原因だったようだ。乗客の女性は 「鬱憤を晴らすためなら命も惜しくない」 という勢いで運転手をぶん殴ったようなのである。(参照

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リンク先のニュース・ページには、運転手の頭をケータイでぶん殴る女性の姿が映った動画が貼り付けられてある。長江から引き揚げられたバスに残っていたビデオを復元したものだそうだ。殴られた運転手も相当ムカついたらしく、片手で払いのけたり殴り返したりしているうちにバスのコントロールを失って橋から転落したもののようだ。

この女性が運転手に殴りかかったのは、次のようないきさつかららしい。(朝日新聞の記事より引用)

中国国営中央テレビなどによると、降車場所を乗り過ごした女性がバスを止めて路上で下車させるよう運転手に要求。バス停以外では下車できないとし、走行を続ける運転手と口論になった。

復元された車載カメラの映像では、運転席の隣に立った女性が携帯電話で運転手の頭を殴り、運転手もハンドルから片手を離し女性をたたいて応戦。ハンドル制御ができなくなり、車内に悲鳴が上がる中、バスが対向車線を横切って橋の柵を破って落下する様子が映っていた

まあ、この女性は自分の目的地で下車できなかったことで相当に怒り心頭に発してしまったのだろう。「今すぐ停車して降ろせ」 という要求がはねつけられたためにますます激高し、ケータイを持った手で運転手をぶん殴った。

自分の乗ったバスの運転手をぶん殴ったら、自分自身の命が危ない。そんなことはちょっと考えればわからないはずがない。しかしこの女性にとっては、自分の怒りを運転手にぶつけることが最優先事項となってしまい、それ以外のことはどうでもよくなった。つまり、「鬱憤を晴らすためなら、命も惜しくない」 という状態になってしまったわけである。

そしてさらに悪いことに、ぶん殴られた運転手も相当にカッときてしまったようで、女性を払いのけるだけに留まらず、後ろ手にぶん殴ろうとしている。そんなことをしているうちに、バスはコントロールを失い、対向車線を斜めに突っ切って、長江に転落してしまった。

最初に手を出した方の女性としても、まさか運転手がバスの安全を放り出してまで応戦して来るとは予想していなかったのだろう。つまりそこにはかなりの 「甘え」 がある。しかし運転手は予想以上の勢いで応戦してきた。つまり頭に血が昇りやすい 2人の当事者のせいで、他の 13人の命もろとも失われてしまったのである。

とまあ、「激高体質」 というのは、かなりアブないものと、臨場感溢れるビデオで確認されてしまったのである。

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2018/10/14

きのこ狩りの遭難が増える

今年はきのこが豊作らしいのだが、一方できのこ狩りで山に入った人の遭難も増えているらしい。NHK ニュースまで 「きのこ狩りで遭難相次ぐ 急斜面などでは注意を」 と呼びかけている。

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本当に、今年はちょっと山に入っただけできのこがどっさりなっていることに気付く。きのこ好きの人は大喜びだろう。ただ、私は食べられるきのこと毒きのこの区別がつかないので、いかにもおいしそうなきのこが固まって生えているのを見つけても、採ることもせず、泣く泣くそのままにして帰って来ている。

きのこ狩りで遭難するのは、圧倒的に老人が多いらしい。近頃は団塊の世代が軒並み 70代に突入している。若い頃は足腰が達者だったのだろうが、70代に入ればさすがに衰える。自分の体力を過信して山奥に入ったり、急斜面に踏み込んだりして遭難してしまうケースが増えているのだろう。

地方に行けば行くほど平均年齢が上がり、田舎では子どもの姿がほとんど見えず、年寄りばかりである。ちょっと前までは、「どこから見ても年寄り」 という 70代半ば以上の層の下に、段階の世代の分厚い層が存在した。せいぜい 60代の元気なオッサン、オバサンたちである。

ところが、最近は彼らが 70代となり、その下の層は急に手薄になっている。つまり、「田舎は年寄りばかり多い」 ということがますます明白になってしまったのだ。こうした老人たちが、若い頃のようなつもりで山に入るのだから、遭難も増えるだろう。本当に気をつけなければならない。

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2018/09/18

「LGBT には生産性がない」 という、懲りない感情論

『新潮 45』 が、本日発売の 10月号で、「そんなにおかしいか 『杉田水脈』 論文」 という企画を組んでいるらしい。あの時に受けた批判は、「見当外れの大バッシング」 だと言っているようなのである。私としてはそれよりも、あんなものを 「論文」 と言うセンスに驚いているのだが。(参照

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同誌 8月号に掲載された彼女の 「『LGBT』 支援の度が過ぎる」 という寄稿記事について、私は 「礼儀として、読んでから批判すべきだろう」 と思い、一応書店で買って読んでみた。その時の記事が、どういう巡り合わせか、私の誕生日、7月 26日付の "「LGBT には 『生産性』 がない」 という発言について" という記事である。

せっかく買ったのに、その感想は 「買って読むほどのレベルのものじゃない」 というものだったが、ただ、せっかく買ったのだからと、彼女の 「LGBT には 『生産性』 がない」 という見当違いの決めつけについて、ごくフツーに (だよね?) 批判し、さらに、次のようなことを付け加えた。

頭の硬い保守派は子どもを産む能力に関して 「生産性」 という言葉を好んで使いたがる。私自身も彼らの口からこうした言葉が発せられるのを度々聞いていて、その度に不愉快になる。この言い方は、実は保守政治の世界の 「ステロタイプで悪趣味な決まり文句」 になっているのだ。

フツーに考えれば、彼女の発言は 「トンデモ」 に違いないのだが、彼女の仲間内は 「一体何が間違ってるんだ。当たり前の話じゃないか」 と擁護する雰囲気に満ち満ちている。それは間違いない。ということは、いくら批判しても彼女は絶対に反省なんかしないということである。

というわけで、今回の 「そんなにおかしいか 『杉田水脈』 論文」 という特集が出ることについては、「ほぉら、やっぱりね」 と言うしかない。「いくら批判しても彼女は絶対に反省なんかしない」 と書いたが、正確に言えば 「彼女を含む勢力は、絶対に反省なんかしない」 ってことである。

彼らの偏見は 「だって、LGBT、おかしいじゃん!」 というプリミティブな 「感情論」 から発するものでしかない。そして 「生産性」 という言葉は、感情論をもっともらしく印象づけるために使われているに過ぎないのである。(それに関しては、上述の 7月 26日付で書いているので、くどくど繰り返さない)

「私は LGBT、嫌いだ!」 というなら、「まあ、それは好き好きだからしょうがないね」 と言うしかないが、無理な理窟とも言えない理屈をまぶして、「客観的意見」 みたいな形で主張されても、そもそもが 「感情論」 に立脚したものなので、まともな議論をするには出発点からかみ合わない。だから先々月の時点でどっと出た批判も、結果として 「暖簾に腕押し」 気味になってしまった。

というわけでそこでやめておけばよかったのに、反撃に出てきたということのようである。ただ私としては、今回の 10月号は買うつもりがない。そんなもの買って読むほど暇じゃないから。

どうせ、まともな議論は期待できないし。

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