カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の66件の記事

2017/07/13

ホリエモンの Tシャツ炎上と、「しまむら」 の 「スウェッターズ」 CM

ホリエモンが NHK の番組に出演した時の Tシャツが、「ヒトラーを想起させる」 とする指摘があったため、アナウンサーが 「不快な思いを抱かれた方にはお詫び申し上げます」 と謝罪したというニュースに、「どれどれ、どんな Tシャツなんだ?」 と画像検索してみたら、こんなのだった。

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この写真ではちょっとわかりにくいが、ヒトラーらしき人物の隣には "No War" とのメッセージがあり、左襟にには昔懐かし 「ピースマーク」 がある。つまりこれ、反戦メッセージのシャツなのだが、NHK に抗議した人たちにはちっとも伝わらなかったらしい。

ホリエモンは 「どっからどう見ても平和を祈念しているメッセージ Tシャツにしか見えないだろこれ笑」 と tweet したが、そのせいでさらに炎上しちゃったらしい。でもまあ、世の中ってそんなものなのだよ。

"No War" のメッセージ部分は、画面上で読みづらいし、この中学英語の意味わからん人も多いし、もっといえば、そもそも英語なんて 「読むもの」 と思ってさえいない人だらけなのだ。そしてピースマークなんて、もう忘れ去られているのかもしれない。

英語のメッセージについてだが、「このくらいの簡単な英語なら、誰だってわかるだろう」 と思うのは、甘すぎるのである。何しろ多くの日本人にとっての英語は、単にもっともらしい 「模様」 に過ぎないのだ。これは肝に銘じていい。

Tシャツで思い出したのだが、例えば、えぇと、社名出さざるを得ないけど、今、「しまむら」 店頭にはこんな看板が飾られており、ウェブサイトにもがでかでかと掲げられてある (参照)。

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「みんなの! みんなの!! 汗の スウェッターズ」 って何かと啞然としたが、とりあえず、大文字の ”T" に着目して 「みんなのスウェット Tシャツ」 というココロなんじゃあるまいかと思っていた。「スウェッターズ」 には依然として引っかかっていたけどね。しかしこの精一杯の親切な深読みは、TV CM で見事に裏切られた。

なんと、"sweaT's" で 「スウェッターズ」 と読ませたいらしいのである。いやはや、こんなの、CM を見なけりゃ誰もわからないよね。

ちなみに ”sweater" といえば 「セーター」 のことだが、最近は "t" を重ねて "sweatter" でスウェットシャツを指す言い方が、徐々に認知されつつある (参照)。言葉は生き物だから、これは認めるにやぶさかではないが、こなれた英語の発音であればあるほど、"sweater" と同じにしか聞こえないってことはあるだろう。

ともあれ、いくら何でも "sweaT's" で 「スウェッターズ」 とは乱暴すぎるだろうし、もっとはっきり言えば 「ダサすぎ」 だ。ただ、これだけ堂々とやられたら 「まあ、お好きなように」 と言うしかない。

というわけで、ホリエモン、"No War" と書いてあるからといって、メッセージがきちんと通じるわけじゃないのだよ。この国では、英語は単なる飾り文字か、勝手な造語のネタ以上の何物でもないのだから。

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2017/06/27

洋服のサイズというもの

6月 21日の記事で、「私は 50代半ばまでアパレル業界周辺でメシを食っていた」 と書いた。「紺屋の白袴」 で自分自身のファッションに関しては無頓着なので、意外に思われる方がいるかも知れないが、実は 「元プロ」 なので、アパレルやファッションに関しては結構詳しいのである。

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今日は 「洋服のサイズ」 ということについてちょっと書いてみよう。ほかの工業製品では 「サイズ」 というのはかなり厳密なもので、表示されたサイズと実寸はほとんど変わらないが、洋服のサイズというのは、見ようによってはずいぶんいい加減なものだ。

例えば同じ 「M サイズ」 という表示で販売されている洋服でも、実際の寸法はそれぞれ違っていて、ピッタンピッタンのものもあればダブダブのものもある。「じゃあ、サイズ表示なんて意味ないじゃないか」 という人もあるだろうが、「まったく無意味」 というわけじゃない。

実は洋服は、いわゆる 「ヌード寸法」 (かなり妙な言葉だが) というのを基準にしている。どういうことかというと、洋服そのものの寸法という概念ではなく、着る人の体の寸法に沿っているのだ。つまり 「M サイズの洋服」 というのは、服そのもののサイズが 「M サイズ」 というわけではなく、「M サイズの人のために作られた洋服」 ということなのだ。

だからその時々のトレンドによって、ルーズフィットが流行れば M サイズがそれまでの L サイズより大きくもなり、タイトフィットが流行れば それまでの S サイズより小さくなることだってある。この辺がアパレル業界の 「いわく言いがたい」 ところで、「感性優先」 と言えば言えるが、要するに 「いい加減」 なのである。消費者がみんなトレンドに沿った服を着るわけでもないし、トレンドと無関係の服だってあるしね。

婦人服の公式なサイズに関しては こちら のページに詳しく載っているが、一般的にファッショナブルな洋服ほど広いサイズに対応せず、「カッコいい」 と思われるサイズに絞り込んで作られる傾向がある。そんなわけで、身も蓋もない言い方だが 「イレギュラーな体型」 の人 (極端なやせ形長身とか、身長の低いおでぶさんとか) は、着る服を選ぶのに苦労することになる。

S、M、L のサイズ対応に関しては、紳士服の場合は 「L サイズ」 と言えば要するに 「ガタイのいい人 (縦も横も大きな人)」 のための洋服ということになるが、婦人服の 「L サイズ」 というのは、身長はそれほど変わらず、「横幅だけが大きいオバサン向け」 の洋服である場合が多い。

上のボディの写真を見ても、右側にいくほど大きなサイズということになるが、横だけふっくらして、縦はほとんど変わらないというのがおわかりだろう。日本女性の体型出現率というデータをみると、身長は 158cm を中心にしてそれほど大きな差がなく、横幅だけが多様ということになっているようなのだ。

というわけで、モデルみたいな長身ですっきりした女性というのは、実は合う服を探すのが案外大変で、お金がかかる構造になっている。女性のおでぶさん向けは、探せば案外見つかるのだが、長身の女性向けのカジュアルウェアがごくフツーに出てきたのは、最近のことだ。

そんなこともあって、男は 「俺のサイズは、L ね」 なんて平気で言うが、女性は 「私は L サイズでないと……」 とは言いにくかったりする。男にはよくわからない話だが、フツーのサイズの洋服をパッツンパッツンで着てるオバサンがいるのは、そうした事情もあるのだよね。

私自身は何を買うにも大抵 「L サイズ」 で間違いない (ただし米国で買う場合は 「M サイズ」 ね) ので、かなり楽な体型ということになる。ユニクロの L サイズなんて、私を基準にして作ってるんじゃないかと思うほどだ。

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2017/03/01

あのやたらとつま先の長い 「スワールトゥ・シューズ」 を巡る冒険

最近街で、やたらとつま先の長い靴を履いてる男を多く見かけるようになった。当人はカッコいいつもりで履いているのかも知れないが、申し訳ないけど、靴は丈夫で歩きやすければいいと思っている私には、やたらチャラい感じがするだけなのである。とくにつま先の極端に長いデザインのものだと、魔法使いのおばあさんの靴にしか思われない。

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あんなにつま先が長いと、自分の足指の先に無駄な部分があって (業界用語では 「捨て寸」 と言うらしい)、歩く時にやたらとつま先をぶつけまくったり、人の足を踏んだりしなんだろうか。まあ、私の足を蹴ったり踏んだりしないでくれさえすれば、そんなことはどうでもいいけど。

あのつま先の長い靴を、ファッション業界では 「スワールトゥ・シューズ」 というらしい。これでも昔は、ファッション関係の記事を書きまくっていた時代もあったので、そのくらいのことは何となく知っている。Google で画像検索してみると、上の写真のようなことになり、99%以上が男性用である (写真をクリックすると、実際の検索結果の Google ページが表示される)。

この 「スワールトゥ・シューズ」 というものには賛否両論あり、「ビジネスで履く靴じゃない」 という指摘があるかと思うと、一方では 「ビジネス用スワールトゥ・シューズ」 なんていうのもある。はっきり言ってわけがわからない。

で、元の英語はどうなのかというと、どうやら "swirl toe shoes" となるようなのだ。「スワール」 と読まれるだろうと思われる英単語を調べても、”swirl" 以外に見つからないのだから、ほぼ間違いないと思う。で、"swirl" という単語の意味は、動詞と名詞があるが、動詞だと 「渦巻く」、名詞だと 「渦」 というようなことになる。

どうしてつま先の長い靴が 「渦巻きつま先」 ということになるのか、私にはよくわからないが、とにかくそのように言うらしい。そしてさらにわからなくなるのだが、英語の "swirl toe shoes" で画像検索すると、下のようになる。(これも画像クリックで、該当ページが表示される)

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一見してわかるのは、女性用シューズがやたら多いことである。どうやら、日本語の 「スワールトゥ・シューズ」 のほとんどが男性用なのに対し、英語の ”swirl toe shoes" になると、なぜか女性用の方がずっと多いということのようなのだ。

どうやら、「スワールトゥ・シューズ」 と ”swirl toe shoes" というのは、ぴったりと一致するカテゴリーではなさそうなのである。「コート」 と "coat" がぴったり一致しないのと同じような現象なのだと思われる。メンズ・シューズのカテゴリーに限ってやたらと 「スワールトゥ・シューズ」 がフィーチャーされるというのは、案外日本特有の現象なのかも知れない。

ただでさえやたら足の大きい西欧の男性が、つま先の必要以上に長い靴なんか履いたら、邪魔くさくてしょうがなくなるだろう。とすると、小柄な男性の多い市場なればこその話なのかなあ。足を大きく見せたいという深層意識の現れとみることもできる。

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2017/02/11

ネクタイを締める時、何で面倒な結び方をするのか

ネクタイなんて平均すると 1ヶ月に 1度もする機会がないのだが、たまにする時でも結び方は、一番単純で簡単なプレーン・ノットである。まるでパズルみたいに、やたら何度もぐるぐるやるウィンザー・ノットというのを大昔に教えてもらったけど、やったことないから、できたとしてもものすごく時間がかかるだろう。

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ところが、周囲のネクタイ族の多くは、やたら面倒なウィンザー・ノットにこだわっているようにみえるのだ。だって、みんな結び目がやたら大きいもの。私は長い間、みんなどうしてそんな手のかかるやり方をするのだろうと、不思議でしょうがなかった。

よくわからないが、日本人特有の妙な職人気質が、無駄に面倒くさいやり方にこだわらせてしまうのかと思っていた。ところがどうも、すべてがそんなわけじゃないと、最近初めてわかったのである。

古くからの知り合いに聞いたところでは、彼は背が低いので、プレーン・ノットではネクタイが長すぎて、先端がベルト・バックルのはるか下まで垂れ下がってしまうのだそうだ。そこで、ウィンザー・ノットで無駄に何度もぐるぐる巻いて、ようやく締め終わった時にちょうどいい長さになるというのである。

なんだ、そうだったのか。私は身長が 178cm あって、日本人としては長身の部類に入るので、プレーンノットで苦もなくちょうどいい長さに収まる。しかしなるほど、小柄な人ならプレーン・ノットだと長すぎて、妙にぶらぶらしてしまうのかもしれない。そこまでは気付かなかった。要するに日本人がウィンザー・ノットが好きなのは、単に小柄だから、そうでもしないと収まりが付かないからだったのか。

そうなると、よく考えたら大抵のネクタイのサイズは、日本人には長すぎるということである。洋服にはサイズがあるのだから、ネクタイにだってサイズがあってもいいような気がするのだが、そんなのはあまり聞いたことがない。小柄な人は面倒くさい結び方で調節しろということのようなのだ。しかしそれだと、小柄な上に結び目がやたら大きくなって、もっさりして見えると思うがなあ。

S, M, L と、サイズ別のネクタイを売り出したら、もしかしたら売れるんじゃあるまいか。ただしネクタイの場合は small, medium, large じゃなくて、short, midium, long ということになる。いや、そもそもネクタイを好んで締めるような人は、どうやら面倒な締め方の方が好きみたいだから、サイズなんかあっても無視して、色柄優先で選んでしまうのかもしれないなあ。

【翌日 追記】

自分でも忘れていたが、3年前に 「ネクタイの締め方に関する偏見」 という記事を書いていて、その中で 次のように書いている。

乱暴な言い方かもしれないが、クルマを買う時にほとんど自動的に 4ドアセダンを選択するオッサンは、日頃ネクタイをする機会が多くて、しかも間違いなくウィンザーノットで結ぶとみて間違いないと思う。

ウィンザーノットでネクタイを締めるのが好きなオッサンたちは、4ドアセダンに乗り、何かの集まりの二次会では、スナックとかバーとかに繰り出しておねえちゃんとチークダンスに興じ、カラオケでは演歌を歌うのである。

うぅむ、確かに乱暴な言い方ではあるが、かなり当たってるんじゃないかなあ。

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2016/11/25

ウールの洋服と羊の虐待を結ぶ関係

米国のアリシア・シルヴァーストーンという女優が、PETA  (People for the Ethical Treatment of Animals = 動物の倫理的扱いを求める人々) のウール反対キャンペーンで、「ウールを着るぐらいなら裸で行くわ」 と宣言している。

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PETA の同様のキャンペーンでは、毛皮に関するのが有名だ。世界中のセレブが 「毛皮を着るぐらいなら、裸で行くわ」 と言ってヌードになった。日本でも杉本彩がやっていたはずだ。そして今度はウールがターゲットになった。

実は私は 30年ほど前にウール関係でメシを食っていたことがあるので、今度のキャンペーンには少なからずショックを受けている。羊毛産業がそんなにまで羊を虐待しているとは、恥ずかしいことに知らなかったのだ。

羊の毛を刈ることをシアリング (shearing) というが、当時は手動式のバリカンから電気バリカンに移行して間もない頃で、毛が長く伸びた羊をちょこんと座らせて、まるでどてらを脱がせるように刈っていた。結構牧歌的な風景で、むしろ暑い季節を前に、羊としてもすっきりと涼しくなるのだと思っていた。以下のビデオのような感じである。

このように子どもにも見せる 「毛刈りショー」 なんてものが成立するぐらいだから、決して残酷なものではない。ところが最近は、相当に乱暴なやり方になっているところがあるようだ。次のビデオは、PETA が撮影したものというのだが、なるほど、確かに目を覆うほどの残酷さである。

私としては、すべてのシアリングがこんなにまで残虐な行為の上に成り立っているとは決して思わない。むしろこんなのはほんの一部だろう。牧羊農家としても羊は毎年ウールを生み出してくれる財産だから、大切に扱ってもらいたいはずなのだ。

しかし腕のいい職人が減って、素人が毛刈り現場に入ってきたことにより、こんなようなことも発生しているのかもしれない。ただ、あまりにもわざとらしい残虐さで、もしかしたら 「やらせ」 かもしれないとの疑念も浮かんでしまう。そのあたりは何とも言えない。

というわけで私としては、世界のアパレル企業に 「残虐な工程で生産されたウールは使わない」 という宣言をしてもらいたいのである。きちんとした工程管理をして、羊を虐待せずに生産されたという認証付きのウールだけを使用するのである。そのための認証制度を整える必要があるだろう。

もしかしたら中国などの新興国でウールスーツなどの需要が高まっていることが、シアリングの牧歌性を奪って残酷なものにしてしまっているのではないかと思う。だとすれば、我々としてはウール製品を毎年買うなんてことはせずに、同じ服をできるだけ長く着続けることが、羊に対する残虐行為を減らすことにつながると考える。

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2016/08/06

"Hunting cap" と 「鳥打帽」

年に数回あるかないかの、ファッション・ネタである。

英語の "hunting cap" は日本語で 「鳥打帽」 と言われることが多いが、実は昔から、両者はかなり重なる部分が多いものの、イコールの関係ではないのではないかと、漠然と思っていた。ただ、あまり漠然とした思いだったので、この年まで改めて検証してみるまでには至らなかったのである。

こういうことって、案外誰でもあるんじゃなかろうか。ぼんやりとした疑問を、長年胸の奥にしまい込みながら、何となく晴れない思いになっているってことが。最近、この長年の漠然たる疑問が熟成されて遂に 「明確な疑問」 と化してしまい、ようやく調べてみる気になった。

手始めに Wikipedia で 「ハンチング帽」 を調べると、次のように説明されている。

裕福なイギリス人の間ではシルクハットを被る習慣があったが、乗馬や狩猟などの激しい運動に向いていなかったため、頭の形に合っていてずれにくいハンチング帽が生まれた。実用性が高く安価に生産できるハンチング帽は、庶民にも広まっていった。特に庶民が好んで着用したことから、ハンチング帽は庶民のシンボルとなった。現在では風雨や寒さから頭部を護ると言う実用的な意味は薄れ、もっぱらファッションアイテムとして扱われている。

日本語では鳥打帽 (とりうちぼう) とも呼ばれ、明治20年(1887年)頃から商人が被るようになったため、当時は商人の象徴となった。近年は刑事(特に特高)・探偵のイメージに使用される場合もある。

そして Wikipedia のこの項目に添えられた写真は、こんなやつだ。日本人の抱く 「鳥打帽」 のイメージにぴったりである。帽子の上の部分が前方にたぐられるようにして、つばの部分に引っ付いている。

Flatcap

なるほど、項目の説明にもぴったりのイメージである。これが 「庶民のシンボル」 となったということに関しては、古い洋画を見ても、こんな帽子が労働階級のアイコンみたいに使われているし、一方、日本で 「商人の象徴」 となったということについても、「なるほど、確かにそうだよね」 と思う。富山の薬売りさんも、よくかぶっていた記憶がある。

しかしこの Wikipedia の項目には、次のような記述もある。

ハンチング帽には様々な種類が存在し、正統派とされるものは天井が真円に近く、一枚布で作られたものである。

そして、モナコハンチング、 アイビーハンティング、プロムナード-、キャスケット などのバリエーションが存在するという。キャスケットというのは、近年ではファッション・アイテムとして、可愛い女の子がかぶったりしている。

試しに英語の "hunting cap" で画像検索してみると、なるほど、確かにいろいろなスタイルのものがある (参照)。日本人のイメージする 「鳥打帽」 のまんまのものが最も多いようだが、そればかりではない。ベースボール・キャップのようなものもあり、はたまた耳覆いのついた越冬隊の帽子みたいなのもある。

やはり、日本人のイメージする 「鳥打帽」 は、本来の "hunting cap" の代表的なスタイルではあるが、それだけというわけではなく、どうやら 「含む/含まれる」 の関係のようなのだ。「鳥打帽」 は "hunting cap" に含まれるというところに落ち着くと考えればいいだろう。

うん、これで 「漠然たる疑問」 は解決した。

しかし、新たな疑問も湧いてきた。Wikipedia の中の 「近年は刑事(特に特高)・探偵のイメージに使用される場合もある」 という部分である。なるほど、確かに鳥打帽は、昔の刑事や特高の、悪いイメージに使われることがあったと思う。しかしその理由がはっきりしない。

これに関しては、シャーロック・ホームズがかぶっていたからだという説があるが、実は彼がかぶっていたのは 「鳥打帽」 ではなく、「鹿打帽」 (deerstalker hat) というものだ。Wikipedia の 「鹿撃ち帽」 の項目には、こんな写真が添えられている。

Yellowhardhat

なるほど、確かにこれがシャーロック・ホームズのかぶっている帽子の、典型的なイメージだ。これは 「鳥打帽」 とは全然違う。じゃあ、どうして日本では 「鳥打帽」 が刑事や探偵のアイコンとして使用されたのだろう。これは大きな疑問である。

私が思うに、戦時中は 「嫌われ者」 だった特高を映画の中で描くのに、あえて 「庶民の象徴」 だった鳥打帽をかぶらせて、「国家権力」 というもののイメージを引きずり下ろしたという意図があったのではなかろうか。貴族的なイメージの 「鹿打帽」 なんか、決してかぶらせてはいけなかったのである。

う〜む、「鳥打帽/ハンティング・キャップ」 ということから、意外なところまで世界が広がってしまった。

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2016/06/26

「ファッション・ピープル」 が初心者に優しくなれないわけ

〜服を売らない店員さんの〜 初心者のための学生ファッション塾」 というブログがあり、自称 「服を売らないアパレル店員」 さんが、アパレル店員という仕事をして感じた矛盾をつづっておられる。その矛盾とは、アパレル店員として、本当にお客のためのファッション提案をしたいと思いつつも、現実には単に 「服を売る」 ということしか求められていないということのようである。

そもそも彼はアパレル業界に関して、「初心者に優しくなさ過ぎる」 と感じている。「ほぼ全てのオシャレが好きな方が、初心者の気持ちが分からなくなっているような気がしている」 と言うのである。それで、ファッション初心者がファッション・ショップに行ってオシャレな服を買おうとしても、その店の店員にまともに相談に乗ってもらえないのである。

なるほど、これが例えばクルマだったら、あるいは PC だったら、初心者が店に行って店員に相談すれば、それなりのアドバイスはしてもらえる。わけのわからない専門用語も、ある程度はわかりやすい言葉に置き換えて説明され、その上で、その店のラインナップの中から最も相応しい車種や機種を推薦してもらえる。

ところがアパレル専門店、とくにハイ・ファッションと言われるような店だと、まず初心者が入店することからして、かなりハードルが高い。それにツンとすました店員は、初心者レベルの質問なんかとても受け付けてくれそうにない雰囲気を醸し出している。さらにわけのわからないファッション用語を連発されたら、初心者はパニックになってしまう。

どうしてハイ・ファッションの人たちというのは、初心者に対してそんなにまで優しくないのか。

その答えは、実は簡単だ。ハイ・ファッションの人たちというのは、ダサい人たちがいてくれるからこそ、自分たちの優位性を確認し、「あいつらとは、ちょっと違うのよね」 と自分に呟いて、安心することができるのである。だからダサい連中には、いつまでもダサいままでいてもらわなければならないのだ。

誰でもかれでもそんなに簡単に 「ファッション・ピープル」 なんかになってしまわれたら、自分たちのよって立つ基盤がなくなってしまうのである。それはもう、日本の伝統的な職人の世界と同じようなところがあって、親方は弟子に親切丁寧に技術を教えたりはしないようなものなのである。「盗んで覚えろ」 ってなもんだ。

私は実はアパレル業界でのキャリアが結構長くて、意外かも知れないが、ファッションには案外詳しいのである。自分のファッションにこそ無頓着だが、ファッションを論じることならできちゃうのだ。なにしろ、昔は東京コレクションを最前列のプレス席で見て、それをレポートしていたぐらいだからね。

だからこそ言えるのだが、ハイ・ファッションの人たちがいい気持ちでいるためには、ロー・ファッションの人たちがいてくれなければ困るのである。そうでないと、自分たちを差別化できないのだ。そしてそれは 「一目瞭然の見てくれのこと」 だから、そう簡単には真似されないために、シーズンごとにビミョーに変化し続けなければならない。そんなような努力に金を使い続けて悔いないのが、「ファッション・ピープル」 なのである。

ところが最近になって、ファッションの世界にも変化が生じている。 「ファッション・ピープル」 の多くは感覚的すぎて、インターネットの波にも乗り遅れ気味だし、実は 「ピュア・ファッション」 という視点以外からは、「ちょっと面倒な人たち」 と思われるまでになっている。

普段の身なりはユニクロでテキトーに繕いながら、ファッション以外の分野により多くを投資する人間の方が 「ややマシな人間」 と思ってもらえるようにさえなりつつある。 冒頭で紹介した 「服を売らないアパレル店員」 さんも、「僕は 『量産型』 大賛成派です(笑)」 とおっしゃっている (参照)。これはもう、「ファッションの民主化」 にほかならない。

そうなると、従来の価値感に即した、「因習的なファッション・ピープル」 は孤塁を守るために、ますます自らのエリアを狭く、特殊なものとしなければならない。だから、初心者に優しくなれるはずがないのである。

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2015/08/12

メンズウェアには、「がんばる」 と 「がんばらない」 しか選択肢がない

最近本当に久しぶりで、ある郊外百貨店の覆面調査みたいな仕事をした。で、ここでは細かいことは言わないが、メンズウェア市場というのは昔から相変わらず、「がんばっておしゃれするメンズ」 と 「おしゃれなんて関係ないメンズ」 の、2通りしかないのだなと思ってしまったのである。

この郊外型百貨店は、駅の改札口から 1〜2分歩いたところにある。そう言ってしまえばかなりいい立地に聞こえるかも知れないが、百貨店の入り口にたどり着く前に、ステーションビルのショップがどっさりとあり、40歳代以下ならばそこで捕まってしまう。駅舎の外にある百貨店には、まず足を伸ばさないだろう。

さらに郊外百貨店は、オバサマ向けの商品はいくらでもあるが、オジサマ向けの商品はとても限られている。一目見て 「あ、俺のセンスじゃないな」 と思ったら、それ以後は絶対に寄りつかない。「物理的にはあるけど、意識としてはない店」 になってしまう。

メンズウェアを購入するのに、一歩も気張りたくなかったらユニクロで買う。一歩気張りたかったら、都心店まで足を伸ばす。半歩気張りたい時に地元の郊外百貨店で買うのだろうが、現実の地元百貨店には、買いたくなる商品がない。

そんなわけで男には、大別して 「がんばったファッション」 と 「がんばらないファッション」 の 2通りしかなくなってしまうのである。つまり、「がんばったファッション」 に身を包むのが気恥ずかしいと感じてしまうと、現実的には 「がんばらない」 選択肢しかがない。

ちょっと前までは、「オジサンは背広とゴルフウェアとパジャマしかもってない」 なんて言われていて、今はさすがにそんなこともなくなったが、まともに語れるほどに進化したかといわれれば、そんなことは全然ない。

いい意味で中途半端な商品が豊富にあると、メンズウェアの裾野も広がるのだがね。

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2015/07/04

ネクタイが邪魔者に見えてきた

先月 8日の記事でも書いたことだが、「クールビズ」 が少しずつ定着してきたという気がする。ただ、その趣旨が徹底されているわけでもなく、私は次のように書いている。(参照

テレビに登場するキャスターなどのノーネクタイ姿が、まったく当たり前になったし、時々顔を出すオフィスをみても、ネクタイをしていない人の方が多い。(中略) もっとも昨今のクールビズは、「涼しい格好で省エネする」 という本来の目的よりも、「堅苦しいネクタイから解放されるための口実」 みたいなところがある。

まあ、いろいろあるにはあるが、「サラリーマンは夏でもネクタイをしなければならない」 という呪縛から解放されたことは大きい。その証拠に、近頃はワイシャツにネクタイ姿で電車に乗っているおっさんを見ると、やや奇異に感じられる。ジャケットなしだと、ネクタイがいかにも余計者に見えるようにまでなりつつあるのだ。

彼らはスーツの上着を脱いでいるだけで、目的地に着けばそそくさと上着を重ね、冷房の効いた屋内に突入するのだろう。しかし移動途中の姿、長袖ワイシャツにネクタイをしているだけという格好が、なんとも野暮ったく見えるのだ。

厳密に言えばワイシャツの位置付けは下着だから、下着にネクタイしているだけというようなものなのである。その 「厳密な意味合い」 が、クールビズが広まったおかげで、はからずも当たり前に感じられるようになってきた。なまじネクタイなんかしているせいで 「パジャマにネクタイしているみたい」 という感覚が強調されるようになった。

ネクタイさえしていれば許されるという、「サラリーマンの免罪符」 みたいなアイテムだったものが、逆に 「それ、みっともないだろう!」 ということになってきているのである。時代は変わった。変われば変わるものである。

現代におけるファッションというものは 「感覚派のおもちゃ」 みたいなところがあるから、またいつネクタイがもてはやされるようになるかもしれないが、大きな流れとしては、確実にネクタイというものがその重要性を失う方向にあることは間違いない。

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2015/05/23

フランス人は10着しか服を持たない?

『フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質"を高める秘訣~』 という本が、一部で話題だ。著者はジェニファー・L・スコットという米国人女性。ネットの紹介ページにはこんなキャッチフレーズがついている。

典型的なカリフォルニアガールだった著者は、
フランスの貴族の家にホームステイすることになる。 
その家を取り仕切るマダム・シックから学んだのは、 
毎日を“特別な日" のように生きること。

そのマダム・シックのワードローブには、服が 10着しかないのだそうだ。「上質なものを少しだけ持ち、大切に使う」 のが、彼女のポリシーであるらしい。ジェニファーはそうした生き方に感銘を受ける。

しかし、へそ曲がりの私には、ワードローブの中に 10着しか服がないなんてことは。いくら何でも信じられない。

スーツ (上下で 1着とカウントする)、夏用と冬用のジャケット各 1着、シャツ (あるいはブラウス)、スカート、パンツを持つだけで 6着になる。それにコートとドレス、セーターを足したら 9着だ。そして、シャツ (あるいはブラウス) は洗濯しなければならないから、最低限もう 1着は必要だろう。それで 10着になる。

つまり、季節が変わらなければほとんど毎日同じ上着を着て、せいぜいスカートとパンツを交互にコーディネートし、たまにたった 1着のドレスかスーツを着ることになる。しかもそのドレスとスーツは、夏も冬も同じものだ。

私のように、年がら年中シャツとジーンズに、冬はジャケットを羽織るという暮らしをしていても、カッターシャツ、ポロシャツ、Tシャツが 3着ずつ (洗濯や着替えが必要だからね) で、それだけで 9着になってしまう。ワードローブが 10着というのは、針小棒大にもほどがある。

もしそれが本当だったとしたら、フランスのファッション業界はここまで発展しなかっかっただろう。たくさん買う人がいるから、パリはモードの中心と言われるのだ。まあ、輸出比率が高いことは確かだけれど、内需なしには 「ファッション・センター」 たり得ない。

「いや、そうではなく、アウターウェア (つまりジャケット、スーツ、ドレスの類い) が 10着しかないのだ」 なんてことだとしたら、私のような者からみたら、それは取り立てて大したことじゃない。「ごくフツーじゃん。それだけあったら、十分すぎるじゃん」 ということになる。

ジェニファーは結局、「パリの貴族」 という 「ブランド」 を利用しているのではあるまいか。まあファッションの世界では、「パリの貴族」 は確立したイメージがあるから、アピールしやすいのだよね。日本だったら、さしずめ京都の老舗のおかみさんのライフスタイルとか。

ジェニファーがもし、未開の地の部族の家にホームステイし、その部族の女性が、彼らにとっての 「上質」 なものを少しだけ持って大切にし、毎日を 「特別な日」 として生きていたとして、ジェニファーはどんな印象を持つだろうか。

私だったら、そうしたライフスタイルの方に感動してしまうだろう。ジェニファーがもしそうした体験をしたとして、パリでの体験と同様に、本を書くほどに感動するとしたら、それは本物だと思うのだがね。

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