カテゴリー「ファッション・アクセサリ」の74件の記事

2019/08/23

「ビジネスマン」なんかじゃないんだから

日経ビジネス電子版で、"「結局、ワイシャツの下は何を着ればいいのか」の舞台裏" という記事が送られてきた。これは「あの企画の舞台裏」というシリーズで、過去に話題になった記事について執筆者本人にその舞台裏を聞くというもらしい。

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で、今回の記事は 2013年に話題となった「結局、ワイシャツの下は何を着ればいいのか」という記事を執筆した鈴木信行副編集長に聞いてまとめたものであるらしい。2013年といえば 6年も前の記事だが、そういえば当時、「ワイシャツの下には何も着ないのが本当」としてちょっと話題になっていたような記憶がある。

この記事に登場するのが松屋紳士服バイヤーの宮崎俊一という人で、その世界では「カリスマ・バイヤー」として名を馳せる人物だ。『成功する男のファッションの秘訣』(講談社の実用BOOK))という本の中で、「9割の人が間違ったスーツを着ている」と主張している。

彼は「スーツはジャストフィットのものを選べ」(そうすると日本人の目には小さすぎるように見えてしまうが)とか「Tシャツは 40才以上の男の着るものではない」とか「欧州のビジネスシーンでは、半袖ワイシャツはあり得ない」とか、いろいろなことを主張している。さすが「カリスマ・バイヤー」だけに、これがもっともらしく聞こえてしまうのだ。

この 2013年の企画で彼は 「ワイシャツの下には何も着ないのが正解」と言っている。ワイシャツ自体が下着なのだから、その下にシャツを着ては「下着の重ね着」になってしまうというのだ。暑いときは上着を脱いでワイシャツの袖をロールアップして(まくって)過ごすのが正解なのだそうだ。

ちなみに、暑いときには「ワイシャツという下着」だけになってもいいということの根拠は、何も示されない。こだわるところには徹底的にこだわっても、それ以外の部分はテキトーでいいというのが、ファッションという世界である。

私自身のことについて言えば、一応「まともな勤め人」をしていた頃、ワイシャツの下には夏場は下着を着けなかった。だって、そんなことをしたら暑すぎるから。そして半袖ワイシャツというものも 1着ももたなかった。この点については、宮崎バイヤーの主張と図らずも一致する。

ただ、30才を過ぎる頃から「営業職でもないのに、スーツなんか着てられるか!」とばかり、夏場はポロシャツ 1枚になり、冬場はウールのジャケットで過ごすようになった。そんなわけで、今ではスーツと称するアイテムは春夏用と秋冬用 1着ずつに、冠婚葬祭用の 1着、合わせて 3着しか持っていない。

そしてこの 3着も滅多に着ることがないから、当然ながらワイシャツというものもほとんど着ない。だから「ワイシャツの下は何を着ればいいか」という疑問すら存在しない。基本的に、暑かったら下着なんて着ないし、寒かったらユニクロの「ヒートテック」を着るというだけだ。

もっと言ってしまえば、秋冬用スーツというのも邪魔くさいから、寒い季節はヒートテック下着に春夏用スーツでもいいとすら思っている。つまり、冠婚葬祭用(これは前から春夏用のみだし)と合わせて 2着で乗り切れるってわけだ。

「結局のところ」という話で言えば、「ビジネスマン」なんかやってないんだから、テキトーにカジュアルな格好をしていればいいというだけのことである。ヨーロッパ流のドレスコードなんてものに忠実に生きていたら、日本の夏場は乗り切れない。

 

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2019/08/15

香港の自由を守る運動と、ベルサーチの Tシャツ

8月 12日付の FNN PRIME に "Tシャツの「香港」が... ベルサーチ謝罪 アンバサダー女優も批判" という記事がある。

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どういうことかというと、ベルサーチの Tシャツの背中に世界の大都市と国名を記したプリントがあり、その中で "Hong Kong - HONG KONG" "Macau - MACAO" (「香港 - 香港」「マカオ - マカオ」)と記されていたというのである。なるほど、写真を拡大して見ると明らかだ。

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このため、香港とマカオの領有権を主張する中国では批判が相次いでおり、ベルサーチの「アンバサダー」(海外セールス・プロモーションのキャラクター?)を務める中国女優まで「中国の主権と領土保全を侵害した疑いがあり、非常に憤りを感じる」と、契約を解除する声明を出すまでになっているという。

この記事を読んで私は思わず、「その Tシャツ、欲しい!」と画像入りで tweet しちゃったよ(参照)。できればこれを来て街を歩き、香港の自由を守る運動を展開している香港人(私の知り合いも参加しているはずだ)を及ばずながら応援する姿勢を示したい気持からである。

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ところがその真意が伝わらなかったようで、この tweet には「いいね」が 1個も付かなかった。こうした話はくどくど書いたら粋じゃないと思ったのだが、どうやらいくら何でも説明不足だったようだね。というわけで、今さらのようにこうして野暮な記事を書いている。

実際にはベルサーチの Tシャツなんてやたら高いし、ベルサーチも大市場の中国を失うことを恐れて市場から回収しているだろうから、もう入手できないと思う。こうなったら誰かコピーを作って安く売ってくれないかなあ。"Versace" の文字さえ入れなかったらデザイン侵害じゃないと言い張れるだろうし。

香港の民主化運動については、4年近く前にも「香港の自由を守る運動に心の底から共感」というタイトルで書いている。その時から、というか 30年以上前から私の気持ちは変わらない。

というわけで、この記事のことは Twitter に載せるので、賛同する方は思いっきり「いいね」を付けたりリツィートしたりして広めていただきたいものである。

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2019/07/19

手ぬぐいの楽しさ

ちょっと前まではバンダナ派だったが、最近はもっぱら手ぬぐいを愛用している。バンダナは大体 50cm ぐらいの正方形が多いが、手ぬぐいは 34〜35cm × 90cm が標準。

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見た目的には手ぬぐいの方が長方形でずいぶん大きく感じてしまうが、拡げた時の面積は計算上、バンダナとそれほど大きな差はない。ポケットに入れた感覚も、それほどかさばるものではなく、いい感じで携帯できる。

バンダナも手ぬぐいも、サイズが普通のハンカチよりずっと大きいので、単なる手拭き以上の使い道があることがメリットだ。日射しの強いときのキャップ代わりに頭をすっぽりと覆うことができるし、はちまきにもなる。タオル代わりにも使えるが、生地が薄いのですぐに乾くのがありがたい。

バンダナとの違いはサイズ以上に柄の違いが大きい。バンダナはペイズリーが基調の柄が多いが、手ぬぐいの柄はめちゃくちゃ多様である。私は基本的に小柄が好みだが、大きめの水玉や唐草模様、さらには浮世絵などをプリントしたものまであってなかなか楽しい。

手ぬぐいはまた単なる実用品ではなく、落語や歌舞伎などで重要な小道具として使われたりする。これでいろいろな意味づけができたりもするので、デザインが多様なのも当然だ。もっと使われていいアイテムだと思っている。

 

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2019/04/27

背広 3着でも多すぎて邪魔くさい

私はテイラード・スーツ(いわゆる「背広」)を 3着しか持っていない。下の写真で全てである。フツーのおっさんとしては、辛うじて最低必要源というレベルだろうが、個人的には多すぎて邪魔くさい。

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右端は冠婚葬祭用のいわゆる「ブラック・フォーマル」で、真ん中がフツーの春夏物、左端が秋冬物だ。一番着用機会の多いのは冠婚葬祭用で、年に 10回以上着る(最近は 100%近く葬儀や法事のため)が、春夏仕立てなので寒い季節にはヒートテック下着を重ねて凍えないようにしている。

残る 2着は、年に 2〜3度着るか着ないかというところ。冠婚葬祭用が春夏物だけで済んでいるのだから、普通の背広も秋冬物を処分して春夏物 1着で済ませたいが、いかんせん着る機会が少なくていつまでも新品同様なので捨てるに捨てられず、なかなか身軽になれない。

背広がこんな具合だから、白いドレスシャツ(いわゆる「ワイシャツ」)も 2着しかもっていない。実際は 1着あれば充分なので、どちらかが擦り切れても買い足さずに済むのだが、これまた滅多に着ないのでいつまでも新品同様だ。背広もワイシャツも、確実に死ぬまでもつ。

背広やワイシャツに限らず、他の種類の洋服の数も最低限である。私はクローゼットの中がスカスカでないと、イライラしてしまう類いの人間のようなのだ。

こう書くといかにもファッションに無縁の人間みたいだが、実はこう見えても、昔はアパレル・ファッション関連でメシを食っていた時期が長かった。パリ、ミラノ、ニューヨーク発のファッション情報を翻訳してプレスリリースとして主要メディアに流したり、東京コレクションが一番元気のあった 1980年代は、プレス席という特等席で飽きるほど取材した。

今でもファッションに関しては、その辺のギャルなんかにひれ伏されちゃうほどのプロフェッショナルな知識をもっているのだが、自分自身がファッション人間になろうとは露ほども思わないのだよね。こういうのを「紺屋の白袴」と言うのだろう。

ファッションに現場として関わっていた頃は、ファッション・ショーなどで使ったメンズウェアのサンプルを毎シーズン安く(1着 700円とかで)払い下げてもらった。私は身長が 180センチ近くあり、昔はもうちょっと痩せてもいたので、自慢じゃないがモデルサイズの服を着こなせたのだよ。

ただ、そうした服はおいそれとは着るチャンスがない。そして下手にトレンディなものだから、翌年にはダサダサになってしまう。2度や 3度の着用機会のために 700〜800円払うというのは、実はコストパフォーマンスとしては 100回着る服に 3万円払うのとそれほど変わらない。

これが業界関係者だから 700〜800円というタダみたいな値段で済むが、フツーに買えば 10万円以上はザラだ。かくの如くハイ・ファッションとは客観的にはかなりの無駄遣いであり、オシャレをして人に見せつけたい、あるいはナルシシズムに浸りたいと心の底から願うのでなければ、立ち入る価値のある世界ではない。

または社会的に結構な地位に就いてしまったりすると、それなりの高級品を身に付けなければならなかったりするので、かなり窮屈なことである。私なんか一介のフリーランスだから、ユニクロの服で充分という気楽さがありがたい。

 

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2018/03/17

近頃ネクタイは 2本しか持っていない

一昨年の 5月下順に "ワードローブの 「戦線縮小」 が楽しい" という記事を書いている。とにかくスーツとネクタイの必要な仕事は受けないという方針を固めたので、着る物が本当に簡単になってしまった。

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ついでにネクタイも、ついに 2本にまで減らしてしまった。一昨年の段階では、慶事用と弔事用のほかに、水玉柄のものを 2本持っていると書いているが、今は上の写真の 2本だけである。右が葬式用で、左のグレーっぽいレジメンタルは、法事などをも含む汎用アイテムだ。本当に何にでも通用するから便利である。

一昨年まで持っていた白の慶事用と水玉 2本は、擦り切れたので処分した。幸か不幸か、最近は結婚式なんてものに出席する機会がまったくなくなってしまったので、慶事用は買わずに済んでいる。もし必要になったら、その時に買えばいい。

思えば葬式に出席する機会だけは、減らないどころか増えている。私自身も既に 65歳を過ぎているから、昔だったらいつ死んでもおかしくない年だが、どうにもこうにも死にそうにない。というわけで、この黒いネクタイは、擦り切れるまで (あるいは擦り切れても) 使うことになりそうだ。

 

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2018/02/11

"SHOO・LA・RUE" という名のブティック

最近、どこのショッピング・モールに行っても "SHOO・LA・RUE" という名のブティックが目立つなあと思って、ちょっと調べたらワールドの直営店だった。そういえば、店の看板にもワールドのロゴが付いてるし。過去にアパレル関連の仕事をしていた身としては、今まで気付かなかったのはかなり迂闊なことだった。

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で、今日の記事はワールドの宣伝をしたいというわけでは全然ない。"SHOO・LA・RUE"という店名についてである。

若い人たちはこれ、「何のおまじない?」 と思うかも知れないが、1960年代のフォークソングに親しんでいた人なら、一発でわかる。Peter, Paul and Mary のヒット曲、"Gone the Rainbow" (邦題 「虹と共に消えた恋」) の有名なリフレインである。こちら をクリックして YouTube に行ってみれば、のっけから 「シューシュー、シューラールー」 というリフレインを聞くことができる。

ワールドにも定年ギリギリだろうが、当時のフォークソング・ファンだったスタッフがいるんだなあと、ちょっと懐かしいような気分になってしまった。自慢じゃないが、私は今でも PPM の曲なら 10曲以上は弾き語りできる。歌とギターは Peter Yarrow のパートだ。Paul Stookey と Mary Travers のパートを担当してくれる人が現れたら、一瞬にしてコピー・バンドができる。

いやいや、こんな話をしたかったわけでもない。じゃあ、何が言いたかったかというと、この "SHOO・LA・RUE" という名前は、洋服を売る店の名前にしちゃったら、もったいないじゃないかということだ。せいぜい、昔のフォークソングを知っている 60歳以上のオバサンが喜ぶだけだろうが、売ってる服はもう少し若向けみたいだし。

残念なことに、何の芸もなく洋服屋の店名にしてしまったものだから、他の店の名前としては使えなくなっちゃった。私がワールドの社員だったら、絶対にちょっとだけスペルをアレンジして、"SHOE LA RUE" という名前の靴屋を展開するところだがなあ。ああ、残念。

この洒落はなかなか通じにくいかもしれないが、同じことを思っている人は、日本中に少なくとも、もう 20〜30人はいるはずだと、自信満々で言う。

【2月12日 追記】

妻にも聞いてみたが、やはり 「そりゃあ、『シュー・ラ・ルー』 っていう名前の店だったら、靴屋さんと思うわよねぇ」 と言っていた。やっぱり、それがフツーの感覚じゃないかなあ。まあ、トータル・コーディネートのために 「靴も売ってないわけじゃない」 ってことのようではあるが。

それに、そもそもの話だが、"SHOO・LA・RUE" というロゴの単語の間の 「ナカグロ」 は、ありゃ一体何なんだろう?

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2018/01/03

アクセサリーの類いにまったく興味がない

アクセサリーというものに、まったく興味がない。興味がないだけでなく、邪魔くさくてしょうがないので、服を別とすれば腕時計以外の余計なものは身に付けないことにしている。

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ただ、いくら興味がないと言っても、浮世の義理でいくつかは持っている。婚約指輪と結婚指輪は慣例に従って取り交わしたはずだが、セレモニーが終わってすぐに外してしまい、どんなデザインだったかも記憶にない、そしてどこにしまってあるかも知らない。

カフスボタンは 2セット (いや、1セット半) あるはずだ。当然ながら自分で買ったものではなく、小学校時代の恩師が結婚祝いにくれたものと、30代の頃に何だかの記念に受け取らされたものである。恩師のプレゼントは、申し訳ないことに誰だかの結婚式の時に付けて、片方をどこかに落としてしまったので、役立たずになったままどこかに眠らせてある。

どこかに落としてきてしまったのは確かなのだが、内心では 「これで厄介払いができた」 という気もしてしまうので、探したり問い合わせたりする気にもなれない。そしてもう 1セットの方はどこにしまったかも忘れた。

ネクタイピンも、もらい物 (というより、押しつけられたもの) が 3つぐらいどこかにあるはずだが、何しろネクタイを滅多にしないので、ましてやネクタイピンなんてものは、ただでさえうっとうしいものに何でまたさらにうっとうしいものをつけるのか、理解できない。だからもらった翌日から、しまい場所がわからなくなっている。そしてネックレスやブレスレットの類いも、身に付けるとうっとうしくてたまらなくなるので、1つも持っていない。

興味がないものは、当然ながらことさら大切にする気にもなれないし、心の底では 「邪魔くさい、うっとうしい」 と思っているから、恩師にもらったカフスボタンのように、つい、というか、必然的にどこかに落っことしてきてしまう。落っことしたり置き忘れたりしないようにするには、常に意識していなければならず、それは気詰まりでしょうがない。

要するにアクセサリーを身に付けるのは、ストレスの元になるばかりなのだ。余計なストレスはご免だから、遠ざけておくに越したことはない。だからマフラーや帽子、手袋の類いも、防寒用、日除けなどの実用以外のものは一つもない。ましてや貴乃花のような毛布みたいなストールなんかかぶせられたら、意識的にどこかに置き忘れて来たい。

そもそも、身に付けることに興味がないばかりか、宝石や貴金属の類いをありがたがる価値感を持ち合わせていない。「そんな何の役にも立たない、ちまちましたうっとうしいものを、なぜ持ちたがるのか」 と不思議でしょうがない。個人的には邪魔くさくてしょうがないのに値段的には 「結構なお値打ち」 なんてものを持たされるのは、人生で最大のストレスだから、持ちたくない。

当然ながら、妙なブランドが付いただけでやたらと高い値段になっているネクタイや財布、バッグの類いも、欲しいとはまったく思わないし、例えもらったとしても持ち歩きたくない。世の中の金持ちの多くは、金目のものを持ったり身に付けたりすることが好きなのだろうが、私はこんなようなメンタリティだから、金儲けにも自然と縁遠くなるのだろうね。

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2017/08/11

「ハット (hat)」 と 「キャップ (cap)」 の違いの、例外事項

一般的に、「ハット (hat)」 と 「キャップ (cap)」 の違いというのは、ぐるりにつばのあるのがハットで、ない、あるいは部分的なひさししかないのがキャップであるとされている。一般的にはこれで間違いないが、世の中は例外というのが付きもので、そうとも言い切れない場合がある。

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それを嫌でも思うのが、Bob Dylan の "Leopard Skin Pillbox Hat (豹皮の縁なし帽)" という歌を聞く時だ。ちょっと横道だが、近頃 YouTube でちょっとレアなパフォーマンスを見つけたので、ささやかなサービスとして下に埋め込んでおく。私も一瞬、本人の昔のビデオかと思っちゃったよ。(種明かしは こちら

話を元に戻すが、"pillbox hat" (ピルボックス・ハット) というのは、最初の画像にあるように、かなりハイソなイメージのファッション・アイテムで、ジャクリーン・オナシスやオードリー・ヘップバーンなんかでお馴染みだ。Wikipedia では、次のように説明されている。

A pillbox hat is a small hat, usually worn by women, with a flat crown, straight, upright sides, and no brim. It is named after the small cylindrical or hexagonal cases that pills used to be sold in.

(普通は女性が身につける小さな帽子で、平らなクラウン (上部) とまっすぐなサイド (側面)をもち、つばはない。薬を売るときの小さな円筒形または六角形のケースにちなんで名付けられた)

というわけで、このピルボックス・ハットにおいては Wikipedia の解説にある通り、つばがないのに 「ハット」 と名付けられている。こうした例外は他にもあるのかもしれないが、私はこれ以外に知らない。「キャップ」 は頭をすっぽりと覆わなければなれないから、まあ、「広義のハット」 と言うほかないんだろうね。

ちなみに、「ピルボックス・キャップ」 というものもあり、これは上部が平らな野球帽みたいなもので、一時メイジャーリーグのピッツバーグ・パイレーツが公式キャップとしていた。こんなやつだが、これを懐かしく思う人は、結構なお年だ。

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このデザインの原型は、大昔の軍隊の帽子であるらしい。そういえば、今でも宮殿の儀仗兵なんかが被っていそうだ。

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2017/07/13

ホリエモンの Tシャツ炎上と、「しまむら」 の 「スウェッターズ」 CM

ホリエモンが NHK の番組に出演した時の Tシャツが、「ヒトラーを想起させる」 とする指摘があったため、アナウンサーが 「不快な思いを抱かれた方にはお詫び申し上げます」 と謝罪したというニュースに、「どれどれ、どんな Tシャツなんだ?」 と画像検索してみたら、こんなのだった。

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この写真ではちょっとわかりにくいが、ヒトラーらしき人物の隣には "No War" とのメッセージがあり、左襟にには昔懐かし 「ピースマーク」 がある。つまりこれ、反戦メッセージのシャツなのだが、NHK に抗議した人たちにはちっとも伝わらなかったらしい。

ホリエモンは 「どっからどう見ても平和を祈念しているメッセージ Tシャツにしか見えないだろこれ笑」 と tweet したが、そのせいでさらに炎上しちゃったらしい。でもまあ、世の中ってそんなものなのだよ。

"No War" のメッセージ部分は、画面上で読みづらいし、この中学英語の意味わからん人も多いし、もっといえば、そもそも英語なんて 「読むもの」 と思ってさえいない人だらけなのだ。そしてピースマークなんて、もう忘れ去られているのかもしれない。

英語のメッセージについてだが、「このくらいの簡単な英語なら、誰だってわかるだろう」 と思うのは、甘すぎるのである。何しろ多くの日本人にとっての英語は、単にもっともらしい 「模様」 に過ぎないのだ。これは肝に銘じていい。

Tシャツで思い出したのだが、例えば、えぇと、社名出さざるを得ないけど、今、「しまむら」 店頭にはこんな看板が飾られており、ウェブサイトにもがでかでかと掲げられてある (参照)。

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「みんなの! みんなの!! 汗の スウェッターズ」 って何かと啞然としたが、とりあえず、大文字の ”T" に着目して 「みんなのスウェット Tシャツ」 というココロなんじゃあるまいかと思っていた。「スウェッターズ」 には依然として引っかかっていたけどね。しかしこの精一杯の親切な深読みは、TV CM で見事に裏切られた。

なんと、"sweaT's" で 「スウェッターズ」 と読ませたいらしいのである。いやはや、こんなの、CM を見なけりゃ誰もわからないよね。

ちなみに ”sweater" といえば 「セーター」 のことだが、最近は "t" を重ねて "sweatter" でスウェットシャツを指す言い方が、徐々に認知されつつある (参照)。言葉は生き物だから、これは認めるにやぶさかではないが、こなれた英語の発音であればあるほど、"sweater" と同じにしか聞こえないってことはあるだろう。

ともあれ、いくら何でも "sweaT's" で 「スウェッターズ」 とは乱暴すぎるだろうし、もっとはっきり言えば 「ダサすぎ」 だ。ただ、これだけ堂々とやられたら 「まあ、お好きなように」 と言うしかない。

というわけで、ホリエモン、"No War" と書いてあるからといって、メッセージがきちんと通じるわけじゃないのだよ。この国では、英語は単なる飾り文字か、勝手な造語のネタ以上の何物でもないのだから。

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2017/06/27

洋服のサイズというもの

6月 21日の記事で、「私は 50代半ばまでアパレル業界周辺でメシを食っていた」 と書いた。「紺屋の白袴」 で自分自身のファッションに関しては無頓着なので、意外に思われる方がいるかも知れないが、実は 「元プロ」 なので、アパレルやファッションに関しては結構詳しいのである。

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今日は 「洋服のサイズ」 ということについてちょっと書いてみよう。ほかの工業製品では 「サイズ」 というのはかなり厳密なもので、表示されたサイズと実寸はほとんど変わらないが、洋服のサイズというのは、見ようによってはずいぶんいい加減なものだ。

例えば同じ 「M サイズ」 という表示で販売されている洋服でも、実際の寸法はそれぞれ違っていて、ピッタンピッタンのものもあればダブダブのものもある。「じゃあ、サイズ表示なんて意味ないじゃないか」 という人もあるだろうが、「まったく無意味」 というわけじゃない。

実は洋服は、いわゆる 「ヌード寸法」 (かなり妙な言葉だが) というのを基準にしている。どういうことかというと、洋服そのものの寸法という概念ではなく、着る人の体の寸法に沿っているのだ。つまり 「M サイズの洋服」 というのは、服そのもののサイズが 「M サイズ」 というわけではなく、「M サイズの人のために作られた洋服」 ということなのだ。

だからその時々のトレンドによって、ルーズフィットが流行れば M サイズがそれまでの L サイズより大きくもなり、タイトフィットが流行れば それまでの S サイズより小さくなることだってある。この辺がアパレル業界の 「いわく言いがたい」 ところで、「感性優先」 と言えば言えるが、要するに 「いい加減」 なのである。消費者がみんなトレンドに沿った服を着るわけでもないし、トレンドと無関係の服だってあるしね。

婦人服の公式なサイズに関しては こちら のページに詳しく載っているが、一般的にファッショナブルな洋服ほど広いサイズに対応せず、「カッコいい」 と思われるサイズに絞り込んで作られる傾向がある。そんなわけで、身も蓋もない言い方だが 「イレギュラーな体型」 の人 (極端なやせ形長身とか、身長の低いおでぶさんとか) は、着る服を選ぶのに苦労することになる。

S、M、L のサイズ対応に関しては、紳士服の場合は 「L サイズ」 と言えば要するに 「ガタイのいい人 (縦も横も大きな人)」 のための洋服ということになるが、婦人服の 「L サイズ」 というのは、身長はそれほど変わらず、「横幅だけが大きいオバサン向け」 の洋服である場合が多い。

上のボディの写真を見ても、右側にいくほど大きなサイズということになるが、横だけふっくらして、縦はほとんど変わらないというのがおわかりだろう。日本女性の体型出現率というデータをみると、身長は 158cm を中心にしてそれほど大きな差がなく、横幅だけが多様ということになっているようなのだ。

というわけで、モデルみたいな長身ですっきりした女性というのは、実は合う服を探すのが案外大変で、お金がかかる構造になっている。女性のおでぶさん向けは、探せば案外見つかるのだが、長身の女性向けのカジュアルウェアがごくフツーに出てきたのは、最近のことだ。

そんなこともあって、男は 「俺のサイズは、L ね」 なんて平気で言うが、女性は 「私は L サイズでないと……」 とは言いにくかったりする。男にはよくわからない話だが、フツーのサイズの洋服をパッツンパッツンで着てるオバサンがいるのは、そうした事情もあるのだよね。

私自身は何を買うにも大抵 「L サイズ」 で間違いない (ただし米国で買う場合は 「M サイズ」 ね) ので、かなり楽な体型ということになる。ユニクロの L サイズなんて、私を基準にして作ってるんじゃないかと思うほどだ。

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