カテゴリー「ペット」の3件の記事

2008/02/29

ペットを飼うと心臓発作リスクが減る

米国脳卒中協会 (ASA) によると、ネコの飼い主は心臓発作リスクが低いのだそうだ。

さらに、「どのような動物でも、飼い主がその動物を大切に思っていれば、健康によい効果をもたらすはず」 との医学者の見解も紹介されている。これは決して 「トンデモ」 というわけでもなさそうなのである。(参照

このニュースから読み取れるのは、猫を飼っている場合のみが統計的にまともなデータとして発表されているが、他の動物の場合でも同様の効果があるはずだと、医学者たちは見ているようだということである。

我が家では、猫を 2匹飼っている。以前はそれに加えて犬も 1匹いた。さらに、私が子供の頃は我が家には猫が何匹いたかわからないほどだった。私にはどうやら、犬猫好きの血が流れているらしい。

その犬猫好きの私の感覚で言うと、ペットと接するというのは、確かに 「癒される」 ことに間違いはない。しかし、実を言うと 「癒される」 ばかりではない。ペットというのは実に手のかかる存在なのである。飼い主は 「癒し」 と引き換えに 「世話」 という結構な負担を強いられる。

まず基本的に、餌を与えなければならないし、餌を与えるのだからその結果として、糞の始末も日常的にしなければならない。抜け毛のかたまりは室内に漂うし、蚤やしらみの対策もしてあげなければならない。病気になれば、人間と違って健康保険も利かないから、結構な出費である。

それだけではない。急ぎの仕事であせってパソコンに向かっているときなど、猫が甘えてひざの上に乗ってきて、喉をゴロゴロ鳴らしながら頭を摺り寄せてこられると、かわいいにはかわいいが、邪魔でしょうがない。相手も生き物だから、こちらの都合だけの思い通りにはいかないのである。

こうしてみると、「世話」 の負担と、その結果として享受できる 「癒し」 の効果というのは、案外チャラなんじゃないかと思う。そして、さらに言うならば、飼い主に強いられる 「世話」 の負担すらが、実は 「癒し」 の効果を発揮しているんじゃないかということだ。

「癒し」 の効果を一方的に 受け取るだけでは、実は、あまり健康の役には立たないような気がする。「世話」 をするからこそ、心理的にちょうどいいストレスを感じ、体を動かすことによる運動効果も発揮され、結果、心臓発作リスクも軽減されるんじゃなかろうか。

人間、受け取るだけではだめで、「愛を与えること」 が必要ということなのだと思うのである。

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2005/06/19

猫のしつけが良すぎると

近頃、妻がちょっとガーデニングに凝っている。元々、マーロウやロケット、タイムなどのハーブを庭に植えていたのだが、そのバリエーションを増やそうと試みているようだ。

最近始めたのが、カモミール。これはプランターで発芽させ、ある程度伸びてから、地面に移植するのだそうだ。

昨日の朝、出がけに何気なく庭に目をやると、我が家の猫がそのプランターに入り込んで、しゃがんでいる。我が家には、年長の白猫と年少の黒猫の 2匹いるのだが、黒猫の方である。

その黒猫が、プランターにしゃがんで、なにやら遠くを見るまなざしになっている。

「むむ、ヤバイ!」

そう思う間もなく、黒猫は放尿を終えたらしく、スッキリした表情で腰を上げると、やおらプランターの中の土をババババっと掘り返し始めた。

我が家の猫は、2匹ともトイレのしつけはしっかりとしてある。廊下の隅に置かれた箱形の猫トイレに、きっちりと用足しをするのである。猫トイレの中には防臭加工を施した 「猫砂」 が入れてあって、用足しをした後は、自らの排泄したものにババババっと砂をかけて隠すのだ。

「猫ばば」 という言葉はここから来たのである。といっても、「ババババっ」 と砂をかけるからではない。「ばば」 というのは、ウンコのことで、猫は自分の排泄したものに砂をかぶせて知らん顔を決め込むのである。

どうやら、我が家の猫はしつけが良すぎたようだ。庭に出てまで、砂の入った箱を見るとトイレと思ってしまう。すると、自然にそこで用足しをしたくなる。条件反射とは恐ろしいものである。

今回の場合はウンコではなく、オシッコだったのが、不幸中の幸いであった。ちょっとぐらいのオシッコなら目をつむってやってもいい。しかし、オシッコごときで 「ババババっ」 と土をほっくり返すのだけは、どうみても余計な行為なのである。

しかし、妻もさるものである。決して諦めなかった。プランターの中の土を新しくし、カモミールの種をまき直し、そしてそのプランターに新聞紙で蓋をしてしまったのである。発芽したらその新聞紙を取るのだそうだ。

あまつさえ、庭のあちこちでハーブが芽を出しかけたところには、割り箸をびっしりと立てて、猫が入り込めないようにした。芽がある程度大きくなったら、その割り箸を取るのだそうだ。なるほど、頭は生きているうちに使うものだ。

というわけで、しつけの良すぎるペットとハーブの両立は、かなり大変な作業なのである。

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2004/11/19

目黒区で猫の飼育ルール策定

目黒区が、東京 23区で初めて 「猫の飼育ルール」 なるものを策定した。昨年度までの 5年間で、ネコの被害や苦情が、およそ 2倍になったという事情があるらしい。

「人と猫が上手に共存するために、猫を世話する上で留意すべき一定の基準を示す」 ことが狙いという。

今回策定されたルールでは、猫を 「飼い猫」 と 「ホームレス猫」 に大別している。「飼い猫」 はさらに 「内猫」 と 「外猫」 に分けられ、またさらに 「外猫」 は 「出入り自由猫」 と 「庭猫」 に分けられる。「内猫」 以外は、「ノラ猫予備軍」 と規定されている。

「ホームレス猫」 は 「ノラ猫」 と 「地域猫」 に分類される。「ノラ猫」 が 「地域猫活動」 によって世話されるようになると、「地域猫」 になるらしい。

となると、ポイントは、「飼い猫」 の 「ノラ猫」 化を防止することと、不幸にして 「ノラ猫」 になってしまった猫を、地域猫活動によって、「地域猫」 化 するという次善の策ということのようだ。

「地域猫活動」 の要点はいくつかあるが、エサを与える行為のルール化と、不妊・去勢手術による繁殖防止が重要になるものと考えられる。とくに、「『かわいそう』で餌を与える行為は大間違い」 と強調している。

ところで、今月 16日の 「和歌ログ」 でも書いたのだが、私の利用する常磐線取手駅近くにも、「ノラ猫」 のたまり場がある。私は密かに 「キャット・アレイ」 (猫横町) と名付けている。

地元はさすがに糞尿被害で悩まされているらしく、猫にエサを与えないように呼びかける張り紙などがしてあるのだが、そんなものはどこ吹く風で、ビニール袋一杯の餌を持参して野良猫たちに与えている人が何人かいるようだ。

そんなに猫が好きなら、自分で飼えばいいのにとも思うのだが、そこまでの責任は負いたくないらしい。こうなると、動物愛護というよりも、わがままで無責任な行為に近い。目黒区がルール策定をしたのも無理からぬところである。

ちなみに、目黒区のルールに関しては、パンフレットの PDF 版をインターネットで見ることができるが、詳細は A4判 18ページの冊子を入手しなければ見られないようだ。これは区保健所生活衛生課 (総合庁舎本館三階) などで配布されているらしい。

願わくは、わざわざ足を運ばなくても、インターネット上で詳細まで見られるようにしてもらいたいものである。


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