カテゴリー「音楽」の62件の記事

2018/06/12

森田童子が女性シンガーだったことすら知らなかったよ

カーラジオで 「森田童子が死んでいた」 というニュースを聞き、「はて、森田童子ってどんな歌を歌ってたんだっけ?」 と思ったが、全然思い出せない。サングラスをかけたロングヘアーの白黒写真のイメージだけはおぼろに浮かぶが、今イチはっきりとはせず、どうも私の守備範囲から微妙に外れていたようだ。

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聞けば 66歳だったというから、来月でその年になる私と、もろに同世代である。西荻ロフトで歌っていたというし、私も荻窪ロフトには出損なったが (その間の事情については、こちら を参照のこと)、70年代の西荻ロフトには何度か出演していたのだから、直接会っていてもおかしくないくらいである。ところが今日初めて YouTube で歌を聴いてみて、「あれ、森田童子って女性シンガーだったのか?」 なんて初めて知ったぐらいだから、その縁のなさ加減は半端じゃない。

いやはや、おぼろに浮かぶ写真はユニセックス調だし、歌のタイトルも 『さよなら ぼくの ともだち』 とか 『ぼくたちの失敗』 とか言うから、てっきり男性シンガーかと思っていたよ。日本の歌には 「クロスジェンダー・パフォーマンス」 というのがあるから、本当にややこしい。

カーラジオで聞いていると、その死のニュースに 「ショックだった」 とコメントする人が少なくなく、「一時代が終わった気がする」 なんてことを言う人までいる。こうなると、そんなにまで影響力のあったらしい同世代シンガーに、自分はどうしてこんなにまで縁がなかったのかということの方に興味が高まった。

つらつら考えてみると、70年代に 20代を過ごしていた私は、あの時代の 「閉塞感」 がたまらなく嫌いだったのである。ただでさえ 「団塊の世代」 の連中が荒らしまくった世の中の後始末ばかりさせられがちな 「団塊の世代の尻尾」 世代として (その間の事情については、こちら を参照のこと) 、そんな 「閉塞感」 をもろに自分のパフォーマンスのテーマにしようとは、決して思わなかったのである。

ところが、森田童子というシンガーソングライターは、そうした 「団塊の世代の尻尾の閉塞感」 をぽつりぽつりと呟くように歌っているらしい。私としては 「ああ、それは聞きたくないわ!」 と思い、意識的、無意識的に避けようとしていたというのは、十分にあり得る話である。そしてその歌を聴いていたのは、当の 「団塊の世代」 と、彼らのやりたい放題の後始末をしなくて済んでいた、もっと若い世代なんじゃあるまいか。

というわけで、私は YouTube で彼女の細い声で呟くような歌を、長くは聞き続けることができず、早々にずらかったのだった。

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2018/06/09

若い兄ちゃんたちの変な歌

当ブログのコメント欄でもお馴染みの ふゆひーさんが、Twitter で 「笑いを取ろうとしているとしか思えない…。日本スゴイって言いたがる人が日本語を破壊する方向に行くのは、まぁ当然の流れなんだろうね」 と、一見謎の tweet をしておられるので、一体何事かと リンク先に飛んでみて、Retweet させていただいた (参照)。

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飛んだ先は、J-Lylic.net といういろいろな歌の歌詞を紹介するサイトで、現れたのは Radwimps というロックバンド (らしい) の "HINOMARU" という歌の歌詞である。著作権の関係もあるから、ここでは部分的な引用にとどめておくが、こちら に飛べばきっちり表示される。

なるほどねえ。「日本語を破壊する方向」 という意味がわかった。確かに日本語の破壊につながる歌詞である。しかも 「創造的破壊」 ってわけでもない。とにかくこんな具合だ。

意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに
胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん 日出づる国の御名の下に

なんだか気持ち悪いのは、ステロタイプすぎる文語と甘ったるい口語がテキトーに入り交じっているところから来るのだろう。最近の歌では、日本語の中にいきなり ”Dont't you" とか何とか、どうでもいい英語をチョコチョコッと安易なアクセサリーみたいに入れ込むのが流行っていて、聞いていてシラけてしまったりするのだが、ここに至って、文語をアクセサリー的に入れ込むなんていうところまで来てしまったようなのだ。

ネット界隈では 「軍歌かよ」 なんて揶揄する向きもあるようだが、それはまともな軍歌を知らない者の言い草で、軍歌がこんなんだったら、お話にならない。あくまでも若いにいちゃんたちの 「変な歌」 である。とくに 「この身体に流れゆくは」 というのは、プレバトだったら問答無用で 「〜流るるは」 と添削されるところだ。

で、上述の J-Lyrics.net で歌詞は知れたものの、サウンドがどんなんだかわからない。試しに YouTubeで検索してみたら、間違って 「こんなの」 がヒットしてしまった。「お、サウンド的には悪くないじゃん」 と思ったが、これは 「カタルシスト RADWIMPS cover by Uh.」 ってやつで、Uh. という女性ボーカリストが Radwimps の 「カタルシスト」 という妙なタイトルの歌をカバーしたもののようだ。

ようやく探し当てたのが、上の画像をクリックすると飛ぶページで、まさしく Radwimps の ”HINOMARU” が聴ける。はっきり言って、「この程度のモノなのね」 というだけの印象だ、軍歌と揶揄するほどのものでもない。Uh. のカバーの方がずっといいかも。

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2018/05/02

ロックが死んで、ギブソンも死にかかった?

ちょっと前からギブソンがおかしくなってるというニュースが流れていたが、ついに米国連邦破産法第11章 (チャプター 11) 申請ということになってしまった (参照)。チャプター 11 というのは、日本の民事再生法にあたるものらしい。

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ギブソンといえば文句なしにギターの代表的ブランドだ。エレクトリック・ギターではフェンダーと、アコースティックではマーチンと並び称され、両方の分野でトップ・ブランドというのは、ギブソンしかないと言ってもいい。私は個人的にマーチンとフェンダーの方が好きだから、今回のニュースは致命的なショックではないが、やっぱりもやっとするものはある。

何が最ももやっとするかといえば、チャプター 11 申請直前のニュースで、「ロックは死んだ」 なんて言われていることである。こんな具合だ (参照)。

ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンが発行するユニバーシティ・オブザーバー紙は、経営判断の間違いはさておき、ギブソンが直面する問題は、「ロックが死んだ」 ことだと指摘する。一般大衆の音楽の聴き方は大きく変わり、ロックは 30代以上の人が聴く歴史の遺物となってしまった。(中略) 音楽ファンは伝説のギタリストに遭遇することもなく、彼らのように演奏したいという夢を持つこともない。

確かに 60〜80年代にかけては、ポップミュージックの中心は常にロックであり、そのロックを音楽的に牽引する楽器はギターだった。「男たるもの、ギターを弾けて当たり前」 みたいな時代が、確かにあったのである。だから最近の、「若い男の子が誰もギターを弾けない」 という現実に、私は 「おいおい、ギターも弾けないのかよ」 と、ちょっと戸惑ってしまうのである。

エリック・クラプトンのギター・ソロは、私の世代にとってはたまらなく 「クール」 なもので、ちょっと腕に覚えがあればコピーして演奏してみたくもなるのだが、現代の若い子にとっては、「自分でも演奏する」 ということのハードルは、かなり高いものになっているようだ。そもそも自分で演奏する必要なんかなく、iPhone のイヤフォーンで聞いている方が楽である。

今や音楽は、「自分でも演奏する」 ものではなく、「それに合わせて踊ってみせる」 ためのものになってしまったのかもしれない。そしてこれは、私の一世代前のジャズ・ファンがロック・ファンに対して抱いた印象の延長線上にあるような気もする。

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2018/02/14

松井須磨子の歌、下手っ!

先日妻との話の中でなぜか 「『カチューシャの唄』 ってどんなんだっけ?」 という話になり、「『リ〜ンゴ〜の花ほころ〜び、川面〜に霞み立ち』 でしょ」 とやったら、「それはロシア民謡の 『カチューシャ』 で、『カチューシャの唄』 は松井須磨子の歌よ」 と言う。

『カチューシャ』 と 『カチューシャの唄』 は、明確にタイトルも違っているというのを、この年になって初めて知った。さらに 『カチューシャの唄』 の方は、「カチューシャかわいや、別れのつらさ〜」 以後の歌詞もメロディも知らないということに、改めて気付いたのだった。

さて、どんな歌だったんだろうと YouTube で検索したら、「復活唱歌 (カチューシャの唄)  ~松井須磨子~」 というのが出てきた。「へえ、こんなのが残ってたんだ!」 と驚いて聞いてみたのだが、思わず 「下手っ!」 と吐き捨ててしまったのである。

まあ、上の画像をクリックして聞いてみれば誰でもわかると思うが、単に口先でつぶやいているような発声で、モロに音痴ってわけでもないのだが、音程もかなりアヤシい。 「日本初の歌う女優」 と言われる松井須磨子って、この程度のものだったのか。

あまりのことに、同時に検索された 『ゴンドラの歌』 の方も聞いてみると、初めの方に芝居のセリフが入っているというオマケがついていたものの、歌になってみると 『カチューシャの唄』 に輪をかけた下手さ加減である。その後に入っている森繁久弥版の方が何倍もいい。

「にっぽんの旧聞」 というサイトに "駄作 「マッサン」 と 「ゴンドラの歌」  (1)" というページがあり、そこに 1968年 1月 12日付朝日新聞からの次のような引用がある。孫引きになってしまうが、紹介しておこう。

「ひどい声でしたね。親父の佐藤紅緑が帝劇に作品を出していた関係でお須磨さんの舞台はほとんど見ましたがね。まるで歌にもなんにもなっていない」 —— サトウハチロー氏
「まるっきり落第です。お須磨さんという人は一種のオンチじゃなかったかと思うんです」 ——時雨音羽氏。悪評さくさくである。

とまあ、こんな具合だ。当時から 「松井須磨子の歌は下手」 と認識されていたらしい。それでも絶大な人気だったというのだから、世に 「最近のアイドルたちの歌は、下手すぎる」 と嘆く御仁が多いが、アイドル (的な存在) の歌なんて、今に始まったことじゃなく、昔から下手と相場が決まっていたのかも知れない。

改めて興味が湧いて、今度は佐藤千夜子の歌を聴いてみようと探してみた。「日本初のレコード歌手」 で、『東京行進曲』 の大ヒットでも知られる存在である。それもすぐに見つかった。こんなのである。

う〜む、東京音楽学校 (現・東京芸術大学) に在学していたという割には、「へえ、この程度のものなの?」 という印象である。音源の質の悪さを割り引いたとしても、特別うまいわけでもなんでもない。今の芸大には絶対に入れない。

いろいろ考えてみたが、昔の日本人というのは西洋音楽に馴染みがなくて、音符を読める人も稀だったのだから、この程度の歌でも、ずいぶんハイカラで上手に聞こえてしまったのかもしれない。うむ、きっとそうなのだ。多くの人は民謡や小唄なら歌えても、西洋音階の歌は 「毛色の変わった別物」 だったのだ。

それを裏付けるように、彼女の 『須坂小唄』 というかなり日本調の歌を聴くと、『東京行進曲』 なんかよりもずっと生き生きと歌っているように聞こえてしまうのだ。まさに 「日本人の血」 のなせるわざである。

日本人の西洋音楽感覚がまともにこなれてきたのは、佐藤千夜子以後のことなのかもしれない。彼女が途中でイタリアに渡り、1934年に帰国してみると 「日本国内での復帰を目指すが、若手の台頭などもあり、果たせず終わる」 と Wikipadia にある (参照) のも、そうした事情があるのだろうと察せられる。

佐藤千夜子以上の歌をフツーに歌える人材は、短期間のうちにいくらでも出てきたのだ。老人たちが 「昔の歌手は、基本ができていてうまかった」 なんて繰り言を言うのも、彼らの聞く耳ができていないというだけのことという可能性も大なのである。

昔の日本人が西洋音楽をまともに歌えなかったというのは、もしかしたら、今の若い連中が和音階の歌、例えば小唄や都々逸をまともに歌えないことの裏返しなのかもしれない。

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2017/08/20

シンバルを土に埋めるという荒技

1週間前の話になってしまうが、TBS ラジオの 『日曜天国』 という番組に、ドラム奏者の、むらたたむさんという女性がゲストで登場していて、「シンバルを土に埋めると、いい音になるらしい」 という話が出た。ドラマーの中には、実際にそうする人がいるらしい。

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「土に埋めるなんて、大島紬みたいだな」 と思ってしまった。大島紬というのは奄美大島の独特の土壌の中に埋めることで、染料が化学反応を起こしてあの深い色合いが出るという。シンバルも土に埋めて多少錆びさせてからの方が、いい音になると主張する人がいるというのである。

実際問題として新品のピカピカのものより、いい具合にサビが浮いて熟成されたシンバルの方が、シブい音が出るような気もする。そういえば、いい感じのドラマーのシンバルで、ピッカピカの新品というのはあまり見ない。

しかし、本当のところはどうなんだろう。聞き比べたこともないし、単なる都市伝説に過ぎないような気もする。一流のドラマーのシンバルがピカピカじゃないのは、単に年季が入っているだけという方が説得力ある気もするし。

それに土に埋めるにしても、1週間やそこらではあまり変わらないだろうから、結構長期間埋めておかなければならないだろう。なかなかスパンの長い話で、そんなことをする度胸のある人はそんなに多くないんじゃあるまいか。

ここまで考えて、「シンバルを土に埋める」 というのは、大島紬というよりジーンズの 「ケミカルウォッシュ」 のようなものだと気付いた。放っておけばそのうちに実現できる効果を、時間をかけずに無理矢理獲得するという点で、とても似ている。

さらケミカルウォッシュというのは、昔の旧制高校のバンカラ学生が、制服や帽子、マントを石でこすったり、手拭いを醤油で煮しめたりしていたという伝統と共通すると思っている。ケミカルウォッシュや、その原型のストーンウォッシュは、日本で誕生した加工法だからね。だから 「シンバルを土に埋める」 というのも、とても日本的な発想かもしれない。

そもそも、楽器を土に埋めるなんていうのは、シンバル以外には考えられない。同じ金属でも金管楽器なんか埋めたらとんでもないことになるだろうし、そもそもトランペットがサビサビだったりしたら恥だろう。ましてや自分の楽器を土に埋めるギタリストなんていない。

シンバルを土に埋めるという荒技、実際にやってみた人がいたら、是非コメント欄でその効果をレポートしてもらいたい。

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2017/06/23

馬鹿はひたすら 「進め!」 と叫ぶ

近頃、『腰まで泥まみれ』 という昔のフォークソングを思い出して歌っている。原曲は Pete Seeger 作詞・作曲の "Waist Deep in the Big Muddy" という歌。中川五郎の訳詞で、日本でも 60年代後半から 70年頃まで多くのフォークシンガーが歌っていた。

その歌が今、もう一度意味をもってよみがえっているように思う。比較的新しいところでは元ちとせも歌っているし、訳詞した中川五郎が沖縄で歌うビデオ (2012年制作) も YouTube に収録されているので、ちょっと聞いてみてもらいたい。歌の内容は次のようなものだ。

昔、軍隊の演習で隊長は歩いて川を渡れと命令したが、軍曹は 「危ない、引き返そう」 と諫める。しかし隊長は 「そんな弱気でどうするか、俺についてこい」 と渡り始める。腰まで、そして首まで泥まみれとなったところで、隊長は溺れ、軍曹以下の隊員は引き返して命拾いする。

この歌にはとりたてて押しつけがましい教訓は含まれない。ただ歌の後半、「馬鹿は叫ぶ、進め!」 というフレーズが繰り返されるだけだ。

この歌は60年代のベトナム戦争が泥沼にはまりかけていた状況を反映したものと言われるが、いつの時代でも馬鹿はただ闇雲に 「進め!」 と叫ぶ。 Pete Seeger の原詞では、「馬鹿」 は "big fool" で、タイトルの "Big Muddy" (大きな泥地) と共通の、ズブズブのイメージが喚起される。

そして途中までは "the big fool said to push on" (馬鹿は 「進め」 と言った) と過去形だが、最後は  "the big fool says to push on" (馬鹿は 「進め」 と言う) と現在形で繰り返される。今も変わらないのだ。

ここにことさらではないが明確なメッセージがあるだろう。あれから 50年以上経ち、21世紀となった今も、馬鹿どもは相変わらず 「進め!」 と叫びたがり、「お友達」 同士で寄り集まり、幻想に酔いながら好き放題をし、泥沼の中で自滅の道を辿る。

最後に元祖 Peet Seeger のビデオも紹介しておく。最後のリフレインで現在形の繰り返しになるのに注目だ。彼がこの歌を最初にテレビで歌った時には、実際の放送ではカットされていたという。

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2017/06/05

ストラディバリウスの音を聞き分けられるか

いつだったか忘れたが (3〜4年前だった気がするが)、テレビでストラディバリウスの音色を聞き分けることができるかどうかという企画を見た。娯楽番組のことだから全然厳密なものではなく、プロの演奏家が 2台のバイオリンを弾き、どちらがストラトバリウスかを、出演していた何人かのタレントたちが当てるという趣向だったように思う。

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2台のバイオリンのうち、1台は正真正銘のストラトバリウスだが、もう 1台は安物ではないにしても、ごく普通の普及品ということだった。そして出演者たちは、それら 2台の演奏を聞いても違いがわからないらしく、完全に戸惑っていた。

しかしその番組を見ていた (聴いていた?) 私にとっては、「なんでまた、この違いがわからないかなあ?」 と言いたくなるほど、音色の違いは歴然としていて、簡単に言い当てることができた。しかしたまたま一緒にその番組を見ていた友人たちは、「全然わからん」 と匙を投げていた。

友人たちは、「tak は、さすがに昔から音楽やってただけあって、耳がいいなあ」 と感心してくれて、私もちょっと悦に入っていたのだが、それからしばらくして、「ストラディバリウスと現代のバイオリンの音色は大差なし」 というレポートが出され、わけがわからくなった。はたして私の耳は、本当にいいのだろうか。

権威あるレポートによると、ストラディバリウスと現代の最高級品のバイオリンの 「音色の良さ」 には、ほとんど違いがないらしい。それどころか、超一流のバイオリニストたちの多くは、現代の最高級品の音色を支持したというのである。その詳細は、こちらの記事に書かれている。

じゃあ、あの時のテレビでは、どうしてあんなにも歴然とした違いがあったのだろう。一緒に見ていた友人たちは 「さっぱりわからん」 と言っていたが、私にははっきりとわかったのだから、やはり 「音の艶」 にはちゃんと差があったのだ。

考えられる理由の 1つは、あの番組では、ストラディバリウスと比較されたのが、「ごく普通の普及品」 だったからというものだ。それなら、違いがわかって当然だ。普通のリスナーの耳には違いがわかりにくいというのは、ちょっと悲しい現実だが、少なくとも 「聞く耳」 さえ持っていれば、ちゃんとわかる。

もう 1つ考えられる要素は、テレビの音響技術者が音をコントロールしたのではないかということだ。ほとんどのテレビ視聴者にとって 「違いなんてさっぱりわからない」 なんてことになったら、さすがにまずいという配慮が働いて、「聴く人が聴けば、ちゃんとわかる」 程度にコントロールした音を電波に乗せたということは、十分に考えられる。

もしかしたら、「ストラディバリウスと現代の最高級品を聞き分ける」 というテーマだったとしても、テレビの音響技術者は、現代の最高級品の音質を意図的に落として電波に乗せたりしたかもしれない。そのくらいの微妙な演出 (ビミョーなソンタク?) は、ありがちなことではないかという気がする。

というわけで、私は本当に 「ストラトバリウスと普及品の音の違い」 を聞き分けることができたのかどうか、よく考えるとわからなくなってしまった。もしかしたら、音響技術者の演出に乗せられただけなのかもしれない。何しろ、ナマ音を聞いたのではなく、ごくフツーのテレビを通して聞いただけなのだから。

いや、それでもやはり、「私は音が聞き分けられた」 ということにしようと思う。ストラディバリウスと現代の最高級品の違いは、最高レベルのプロでも言い当てることは難しいというのだが、どこにでもある普及品との違いぐらいなら、私のレベルでも聞けばちゃんとわかると信じたい。

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2017/06/02

「パイノパイノパイ」 から始まる冒険

先月 12日の 「笠置シヅ子の偉大さ」、27日の 「川上音二郎の 『オッペケペ節』 オリジナル」 という記事の流れで、行きがかり上、「東京節」 から始まるいろいろを紹介しよう。「東京節」 と言ってわからなくても 「パイノパイノパイ」 と言えば、「ああ、あれか!」 と思い当たる人も多いと思う。まずは桜井敏雄となぎら健壱の最強コンビによるパフォーマンスを、下に埋め込んでおく。

これは添田唖蝉坊の息子の添田知道 (さつき) の作詞によるもので、原曲は米国の 『ジョージア・マーチ』 (Marching Through Georgia)。実にちゃんとした行進曲なのだが、こなし方によっては 「パイノパイノパイ」 になってしまう。

この歌のリフレイン 「ラメちゃんタラギッチョンチョンデパイノパイノパイ」 の、「ラメチャン」 というのが何なのか、子どもの頃から謎だったが、最近 Wikipedia で調べたらあっさり解決した。これは 「出鱈目」 の 「らめ」 に 「ちゃん」 が付いたものというのである (参照)。私はまた、きんきらきんの 「ラメ」 かと思っていたよ。これ、「パイノパイノパイ」 と 「フライフライフライ」 でちゃんと韻を踏んでいるのだから立派なものである。

この歌をドリフターズの歌で知っているという人は、まだ若い層で、私はあのバージョンは個人的には好きになれない。だからここにも埋め込まない。私がこの歌を最初に知ったのは、森山加代子のバージョンだった。森山良子じゃなく、森山加代子である。こんなのだ。

森山加代子はなかなかスゴい人で、昭和 30年代に、今ではキワモノ扱いされそうな 「じんじろげ」 なんていう歌まで世に出していた。これ、聞いていても意味がさっぱりわからないが、歌唱力は圧倒的なものである。なにしろ、一発録音の時代だったのだよ。

妻に 「"パイノパイノパイ" って歌は、誰の歌で知ってる?」 と聞いたら、「エノケンで知ってる」 と言っていた。大したものである。ただ、YouTube でエノケンの 『パイノパイノパイ』 を探したが見つからず、その代わり、『ダイナ』 が見つかった。エノケンが 『ダイナ』 を歌うとこうなる。『月光値千金』 と 『私の青空』 との圧倒的メドレーを紹介しよう。

「ああ、いいなあ」 と、私はため息をついてしまうのである。

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2017/05/27

川上音二郎の 『オッペケペ節』 オリジナル

どうやら川上音二郎の 『オッペケペ節』 の録音レコードというのがあるようで、その再生音が YouTube にアップされている。1900年のパリ万博における川上音二郎一座のパフォーマンスを録音したもののようだ。

それは三味線を使ったラップみたいなもので、なかなか軽快な味わいである。これが進化して壮士芝居となり、さらに新派の舞台となったのかと思うと、感慨深いものがある。

そして川上音二郎よりは年が若いはずの添田唖蝉坊の方は、YouTube を探しても本人の録音は見つからない。その代わり、土取利行によるパフォーマンスをいくつか聴くことができる (参照)。土取利行は 『オッペケペ節』 も歌っているが、オリジナルに比べると、好むと好まざるとに関わらず、少々洗練されている。

添田唖蝉坊の歌は、人によっては、高田渡のフォークギターでの弾き語りの方がお馴染みだろう。高田渡の場合は、『ノンキ節』 は原曲に近いが、『ああわからない』 はアメリカン・カントリーのメロディに乗せて歌っている。自由自在である。

こうしてみると、反権力の歌は明治の昔からあり、さらにそのずっと昔からの系譜があるようだ。日本ではそれが途絶えてしまうのではないかと悲しくなるほどの状態だが、外国ではちゃんと今につながっている。レゲエやラップはその最前線だ。

日本では 1980年代から 「政治の季節」 がすっかり色褪せてしまい、ノンポリばかりになってしまった。それは、その前を行く 「団塊の世代」 が、政治の季節をはき違えて跳ね返ってしまった反動だと思っている。このノンポリ世代が今、50歳を過ぎて世の中の中枢を占めようとしている。団塊の世代からノンポリ世代につながってしまっているから、日本ははつまらない世の中になってしまったのだろう。

その狭間である 1952年頃の生まれの我々は、団塊の世代の尻ぬぐいばかりに追われてしまい、その後に残すものを生み出せずに来てしまった。これは痛恨である。

もう 10年経てば、また少しはおもしろい世の中になるかもしれない。

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2017/05/10

三味線やギターを手にすると、縄文人の血が騒ぐ

学生時代に、今は亡き武智鉄二氏が 2年間にわたって伝統演劇に関する講義をしたことがあって、私はそれを結構熱心に受講した。内容はちっともアカデミックではなかったが、縦横無尽の展開で心が躍った。

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武智氏の講義の中で妙に印象に残っているのは、「三味線の盛んな土地の人は歌がうまい」 という話である。日本の三味線は、まず沖縄に入ってきて、彼の地では今でも 三線 (サンシン) として盛んに演奏されている。それが九州以北で三味線に改良され、大阪や江戸でも盛んになったが、新潟や津軽などのひなびた土地でも不思議なほど定着した。

武智氏もおっしゃっていたが、NHK の 「素人のど自慢」 という番組を見ていても、沖縄、そして新潟を中心とした北陸から津軽にかけての土地の人たちは、歌のうまさの平均点が高い。一方、山陽路から東海道だと、申し訳ないがどうもレベルが落ちる。

東海道でも京阪、江戸はいろいろなところから人が集まるので、文楽や長唄などの隆盛に伴って三味線が盛んで、レベルが高くなるのは当然だが、沖縄、北陸、津軽というのは、人口の割に歌の上手な人が多すぎる。

弥生人の音楽の代表は能楽である。そしてこの能楽の 「謡い」 というのは、基本的にまともなメロディがない。一本調子で延々と続き、苦手な人にとっては死ぬほど退屈だ。実は私も、文楽は好きだが能楽はやや苦手である。

弥生人はどうやら、メロディが苦手のようで、それと対照的に三味線で自由自在にメロディをかき鳴らすのは縄文人の系譜だ。どうやら同じ日本人でも 「血が違う」 と言ってもいいようなのである。

日本では古くから伝わる琵琶や箏などの楽器は、演奏できる階層が決まっていた。誰でも自由に弾けるようなものではなかったのである。そんな中で、中世以降に入って来た三味線という楽器は、身分に縛られなかった。日本の音楽は、誰でも楽しめる三味線によって一気に大衆化したと考えていい。

三味線という楽器は、現代のロックンローラーにとってのギターのようなものだったに違いない。ギター、バンジョー、三味線、シタールの系譜というのは、同じ弦楽器でも弓でこすって弾くバイオリンのようなお上品なものと違って、かなりアナーキーな性格を持つ。

この三味線という楽器を取り入れることによって、日本の音楽は新しい次元に入った。その三味線を抵抗なく取り入れることのできる血をもっていたのが、縄文人の系譜ということのようなのである。

かく言う私も北陸から津軽につながる 「縄文ベルト地帯」 の出身だから、ギターは誰にも習わずに見様見真似でいつの間にか弾けるようになったし、一昨年の沖縄出張で衝動買いしてしまった三線も、その日のうちにまねごとぐらいはできるようになった。これも血のなせる技なのかもしれない。

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