カテゴリー「音楽」の68件の記事

2019/07/09

JASRAC を通さない「草の根音楽文化」を創りたいものだ

ふゆひー さんが で "JASRAC 音楽教室に「潜入」2年 主婦を名乗り" という朝日新聞の記事に関して "あくまでも感情的なコメントではあるが、少なくとも「音楽」を名乗ってほしくないな、この協会には" と tweet しておいでだ。私も同感である。

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この記事は、JASRAC が職員を音楽教室に「生徒」として送り込んで、いわば「スパイ活動」をさせ、レッスンで練習曲として使われていた曲に関して著作権料を支払えと要求しているというものだ。あくまでも個人的な考えだが、音楽教室のレッスンに使った曲に著作権を主張するなんて、あこぎにもほどがあるだろうよ思う。

そんなことをしていたら、日本の音楽文化をスポイルしてしまうことにつながると思う。つまり JASRAC は自分で自分の首を緩やかに絞め続けているわけで、本当に付き合いきれない団体だ。

ちなみに上の図は、JASRAC 自身がウェブサイトで主張している著作権管理の方法である。左は作詞・作曲をした著作者自身が管理するケースで、右が JASRAC に管理を委託するケースだ。メジャーな音楽の場合は著作者自身では管理しきれないから、ほとんどは右側のケースとなり、JASRAC がしゃしゃり出てくることになる。

それだったら私としては、JASRAC を通さないケースを増やしていけばいいと、単純に思ってしまうのだよね。

多くの一般人が草の根音楽家となり、自分で音楽を作ればいいのだ。そして仲間内の作品を著作権フリーでシェアし合って演奏して楽しむのである。どうせ我々オッサンは同窓会の二次会でカラオケに行っても、平成以降の歌なんか歌えないんだから。もうこれ以上新しめの曲なんかいらないんだし。

こう言っちゃナンだが、私だって自作の曲は何十曲も持ってる。昔、シンガー・ソングライターをしていた頃はあちこちのライブハウスで歌ったものだが、JASRAC に登録なんかしていない。だから仲間内の誰かがどこかのライブハウスで歌ったりもしているようだが、著作権料をもらおうなんて、これっぽっちも思っていない。

そもそも音楽創作というのは、一握りの専門的作詞家、作曲家に独占されるようなものじゃない。ちょっと慣れれば誰でも歌を作れるのだ。多くの民謡、フォークソングは、元々そうしたものである。名も知らぬ誰かが作って歌い継がれるのが、民衆の歌の本来の姿なのだよ。

そうした曲を今の世に増やして、JASRAC とは別の世界でスタンダードを作って行くことも、決して不可能じゃないだろう。「何を夢物語のようなことを」と言われるかも知れないが、今はインターネットがあるから、曲の共有は難しいことじゃないからね。

「草の根音楽文化」を作って行くって、なかなか楽しいことじゃないかと思うがなあ。

 

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2019/06/18

”Tandle" =「スリムでイケてる」というチョー個人的英単語

長年間違いに気付かず「これで OK」と思ってきた「ちょっとしたこと」というのが、誰にでもあると思う。「ちょっとしたこと」だけに、間違っていると意識されるようなことさらな機会もなく、ただずっとそんなものと思い込んできただけに、ひょんなことからそれが間違いと知った時のショックは、個人的には結構大きい。

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今日という今日、私が気付いた「ちょっとしたこと」の間違いというのは他でもない、ボサノバの名曲『イパネマの娘(The Girl form Ipanema)』の歌詞である。それもしょっぱなの冒頭部分だ。

Tall and tan and young and lovely
The girl from Ipanema goes walkin'

この 1行目(「背が高くて小麦色に日焼けして、若くて可愛くて」)の部分、遠い昔の 10代の頃の私の耳には "Tall and tandle, young and lovely" というように聞こえていて、それからほとんど半世紀というもの、ずっとそういう歌詞だと思い込んでいたのである。

”Tandle” なんて単語はほかで聞いたことがないが、私としては「スリムでイケてる」みたいな意味のスラングなのだろうと思い込んでしまっていて、ずっと辞書を引いてみようとも思わなかった。だって、こんなにも "and" でずらずらと続ける歌詞があろうとは思わなったのだもの。

ところが改めて "tandle" でググってみても、そんな単語は英国マンチェスターの "Tandle Hill Country Park" という景勝地以外には全然ヒットしないじゃないか。画像検索してみると、ボサノバとはマッチしないイングランド北部の清涼感のみが売り物っぽい土地である (参照)。

慌てて歌詞をググってみて初めて、私の耳に "tandle" と聞こえてしまっていたのは "tan and" の部分だったと気付いた。そしてさらに、間違いと知った後も私の耳にはややもすると、"Tall and tandle, young and lovely" と聞こえてしまうのだよね。長年の思い込みとは恐ろしいものである。

これ、上の画像をクリックして改めて聞いてもらえばわかると思うが、ビミョーに "tandle" と空耳できないこともない。まったくの見当外れというわけでもないと思っていただければ幸いである。アスラッド・ジルベルトの「つぶやくような」歌声だから、そう聞こえちゃったのかなあ。

というわけで、ふと気付けば私の脳内には ”tandle" =「スリムでイケてる」というチョー個人的英単語がしっかりと刻み込まれてしまっているのである。要するに意図しないまま、たまたまできてしまった造語でしかないのだが、結果としてはなかなかどうしてイケてる語感という気はしてしまう。

せっかくだから何とかして世界に広めたいと思うのだが、まあ、無理だろうね。

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2019/03/21

『東京節』 を巡る冒険

今日の記事は、やたらと動画が多くなることを、予めおことわりしておく。そして元号が改まらないうちに、大正と昭和の話をしておく。

『東京節』 という歌をご存じだろうか。『東京音頭』 ではなく 『東京節』 である。こう言われてわからなくても、「♫ ラメチャンタラギッチョンチョンデパイノパイノパイ〜」 というリフレインの歌と言えば、「ああ、それなら知ってる!」 という人もいるだろう。

演歌師の添田知道作詞で、大正時代に流行した俗謡である。上に最もベーシックなバージョンで謡われた動画を貼り付けておいた。「パイノパイノパイ」 と 「フライフライフライ」 で韻を踏んでいるのがある意味画期的だ。

この歌の原曲は "Marching Through Georgia" (ジョージア行進曲) という米国のマーチで、『東京節』 はそれを換骨奪胎したものだ。下に原曲の動画を埋め込んでおく。途中で 「スワニー河」 のメロディが入るのがおもしろい。

『東京節』 には、微妙に趣の違うバージョンもある。それも下に貼り付けておく。「最後の演歌師」 と言われた桜井敏雄となぎら健壱の、今では 「貴重な」 と言うほかない共演版である。

一番上に貼り付けておいた土取利行バージョンとの微妙なメロディの違いにお気づきだろうか。実は 「ラメチャンタラギッチョンチョンデ」 の 「ラメチャン」 の部分、土取バージョンは平板メロディで、桜井敏雄となぎら健壱バージョンでは 「ラ」 の部分が高く歌われている。

実は私もつい最近までは、桜井敏雄となぎら健壱バージョンで、つまり 「ラ」 を高く歌っていた。しかし原曲を子細に聴いてみれば、明らかに土取利行バージョンの方が近いのである。ただいずれにしても 「換骨奪胎」 なのだから、「オリジナルに近いから正しい」 とも言い切れない。

で、いろいろ調べてみたところ、Wikipedia の 「パイノパイノパイ」 の項に、次のような記述が見つかった。

唖蝉坊にはどうせ浮世は出鱈目だという人生感 (ママ) があり、口癖になっていてその場でも出た。そうして 「デタラメ」 が 「ラメ」 となり 「ラメチャン」 となって囃子言葉はスラスラと決まり、全体は宿直の一晩で書き上げた。

「唖蝉坊」 というのは作詞者の添田知道の父で、あの演歌師の草分けとして名高い添田唖蝉坊である。『ラッパ節』 『ああわからない』 などの曲が今に残る。今は亡き高田渡は、『ああわからない』 をアメリカン・フォークソングのメロディに乗せ、『新わからない節』 として歌った。

その唖蝉坊が 「デタラメ」 の 「ラメ」 を 「ラメチャン」 として囃子詞に取り込んだというのである。ということは、「デタラメ」 という言葉が平板アクセントである以上、これはやはり平板で歌うべきだろう。

そして、エノケンはわかっている。ちゃんと平板で歌っている。

というわけで、本日の結論。「エノケンは偉大だ!」

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2018/12/10

『里の秋』 という歌

里の秋』 という歌があるのだが、私はその歌詞をあまりよく知らなかった。「しずかなしずかな 里の秋/おせどに木の実の 落ちる夜は」 という歌詞の 「おせど」 というのもよくわかっていなかったので、今日初めてググって調べてみたのである。そうすると、この歌の深い意味がわかって愕然とした。

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「おせど」 というのは、「尾瀬戸」 とか 「小瀬戸」 とかいう言葉とは無関係で、「お背戸」 、つまり 「裏口の戸」 とわかった。それはまあ、単純なことなのだが、問題は、3番の歌詞である。

さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ とうさんよ ご無事でと
今夜も かあさんと 祈ります

このように紹介すれば、わかる人にはすぐにわかると思うが、戦争が終わり、南方の島から命からがら復員してくる父の無事を祈る歌詞だ。『里の秋』 がそうした歌だったとは、私は恥ずかしながら今日まで知らなかった。

さらに驚いたのが、この歌の歴史的変化である。Wikipedia (参照) によると、作詞者の斎藤信夫は国民学校の教師をしていた 1941年 (昭和 16年) に、この歌を 『星月夜』 というタイトルで童謡雑誌に発表した。そして当初の歌詞は、1番、2番 は現行の 『里の秋』 と同じだが、それ以後が違っていた。

それは 3番、4番まであり、歌詞の内容は 「父さんの活躍を祈ってます。将来ボクも国を護ります」 というような、いわば戦争賛美につながるものだった。その後終戦 (敗戦) を迎え、ラジオ番組の歌として 『星月夜』 は蘇ることになるが、その際に 3番、4番が現行の 3番の歌詞に書き換えられたという。

そしてその時、作詞者の斎藤信夫は、自分が学校教育において戦争で戦うように教えていたことに責任を感じ、教師を辞めていたというのである。これはちょっとヘビーなサイドストーリーである。

そして今、この歌を単純な 「反戦歌」 として位置付けることはちょっと気恥ずかしいが、そうした背景を知りつつ、じっくりと味わって歌いたいと思うのである。

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2018/11/23

サザエさんのエンディング・テーマは、なかなかのくせ者

先日クルマを運転しながらカーラジオを聞いていたら、サザエさんのエンディングテーマが話題になっていた。昔のアニメのテーマソングは、結構名の知れた作曲家が作っていて、この 「サザエさん一家」 というエンディングテーマも、あの筒美京平が作曲している。

それだけに、コード進行もちょっと凝っていて、オギュメント・コード (aug) なんかが使用されているので、曲の途中でちょっとした不安定感が醸し出される。それがかの有名な 「サザエさん症候群」 (サザエさんのラストテーマを聞くと、心が不安定になる) の原因の一つだなどと言われてきた。

「サザエさん症候群」 というのは、日曜夕方の 『サザエさん』 の番組終了時に、エンディング・テーマを聞くと、「ああ、明日からまた学校に行かなければ」 ということが思い出されて、心が不安定になるというものだ。エンディング・テーマのコード進行が、そうした不安定感を増幅させているかもしれないという。

オギュメント・コードというのは、基音から数えて 5番目の音が半音上がるのである。例えば C のコードは 「ド・ミ・ソ」 の音で構成され、とても安定しているが、この中の 「ソ」 にシャープがついて半音上がると、歩いている途中でいきなり蹴躓いてゆらっと前のめりになってしまったような、妙な不安定感に襲われるのである。

このオギュメント・コードがどこに使われているかというと、1番の歌詞では、「今日は楽しい、今日は楽しい、ハイキング〜」 というところの、2度目の 「今日は楽しい」 の繰り返し部分である。ここがちょっと 「ヨレッ」 と感じてしまうところだ。ほんの些細な和音効果だが、毎週聞いているうちに、妙な感覚が心にプリントされてしまう。

それから、この曲にはもう一つ話題がある。イントロ部分が、米国のポップバンド、1910 Fruit Gum Company の "Bubble Gum World" という曲の 「まんま」 なのだ。下に埋め込んだテレビ番組 「トリビアの泉」 の動画をご覧いただくとわかる。

このサザエさんのアニメは、1969年から放送されているが、"Bubble Gum World" の方は、1968年にリリースされている。つまり、1910 Fruit Gum Company の方が 1年先なのだ。イントロ部分が 「まんま」 というだけなので、盗作問題にはならないようだが、どう考えても影響を受けていないわけはないよね。

というわけで、あの 『サザエさん一家』 という曲は、なかなかくせ者のようなのである。

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2018/08/18

「オ パッキャマラド パッキャマラド パオパオパ……」 とは

『クラリネットをこわしちゃった』 という歌をご存じだろうか。私がこの歌を初めて知ったのは、前の東京オリンピックの前年、1963年の NHK 「みんなのうた」 で放送されたことによる。私はこの時小学校 5年生で、歌はダークダックス、アニメは久里洋二によるモノクロ動画だった。それが YouTube で見つかったので狂喜しちゃったよ。

ちなみについ最近知ったことなのだが、この歌のリフレイン、「オ パッキャマラド パッキャマラド パオパオパ……」 というのは単なる 「はやしことば」 じゃなく、れっきとしたフランス語で、きちんと意味があったのである。堪能な人なら初めからフランス語として聞き取っていただろうが、私はフランス語は挨拶と 「メルシ」 と 「どういたしまして」 と 4つまでの数 (5つ以上だと、「あれ?」 となっちゃうんだよね) しかわからないので、半世紀以上も知らずにきてしまった。

Wikipedia によるとこのリフレインは、”Au pas, camarade / Au pas camarade / Au pas, au pas, au pas" というフランス語なんだそうである (参照)。"Camarade" は英語でも "comrade" という言葉があるので、「仲間/同僚」 という意味だとすぐに知れるが、"au pas" となると、否定形に用いる "pas" 関連しか頭に浮かばず、「もしかして 『仲間はずれ』 って意味?」 なんて思ったが、実は "pas" には 「ステップ」 という意味もあるのだそうだ。これだからフランス語ってややこしい。

というわけで、”Au pas, camarade" は 「友よ、ステップだ (前進しよう)」 という意味なのだと、ようやく理解できたのである。なんで 「クラリネットをこわした」 という歌でこんな歌詞が出てくるのかというと、Wikipedia には次のように解説されている。

原曲は、「La chanson de l'oignon(玉葱の歌)」 と呼ばれる行進曲とされ、1800年のマレンゴの戦いでナポレオンの軍隊が士気を上げるために歌ったとする説がある。歌詞はクラリネットとは無関係だが、日本で 「オーパキャマラド」 と歌われるサビの 「Au pas, camarade / Au pas camarade / Au pas, au pas, au pas」 は共通している。これは 「戦友よ共に進もう」 という行進曲風にも、「(パパが演奏する) リズムに合わせて演奏しなさい」 という楽器の手ほどき風にも、解釈できるという。

なるほどね。「戦友よ、いざ行かん」 という勇ましい意味と、「一緒に演奏してみようね」 という楽器演奏指導の親心的な意味の、両方が読み取れるというわけだ。なんでまた、軍隊の士気を上げるための行進曲が 『玉葱の歌』 なのかは謎のままだが、一方で 「玉葱」 はフランス語で "oignon" ということは知った。英語の "onion" と共通するので、忘れずにすみそうだ。

で、改めて YouTube でダークダックスの歌を聴いてみると、リフレインの部分が、字幕スーパーは 「オ パッキャマラド…」 と表示されるが、実際には 「オ パッキャマラドゥ」 と発音されている。私はこの半世紀ぶりの気付きに驚いて、「おぉ、さすがインテリのダークダックス、こだわってるなあ!」 と、一瞬思ってしまったが、すぐに 「いや、そりゃ違んじゃないか?」 と気付いた。

というのは、"camarade" の後に "au" が続くのだから、ここは 「オ パッキャマラドゥ」 ではなく、きちんとリエゾンして 「オ パッキャマラド パッキャマラド……」 でいいはずではないか。あるいは、本当は ”Au pas, camarade, pas camarade..." なのかなあ。いや、その後に "au pas, au pas, au pas" と続くのだから、やっぱり ”Au pas, camarade, au pas camarade..." なんだろう。

ダークダックス、やっぱり発音おかしいぜ。

というわけで最後に本題とは関係なく、唐突に 「ダークダックスより、デュークエイセスの方がいいよなあ!」 と再確認してしまったのであった。断っておくが、これは単に個人的趣味の問題である。

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2018/06/12

森田童子が女性シンガーだったことすら知らなかったよ

カーラジオで 「森田童子が死んでいた」 というニュースを聞き、「はて、森田童子ってどんな歌を歌ってたんだっけ?」 と思ったが、全然思い出せない。サングラスをかけたロングヘアーの白黒写真のイメージだけはおぼろに浮かぶが、今イチはっきりとはせず、どうも私の守備範囲から微妙に外れていたようだ。

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聞けば 66歳だったというから、来月でその年になる私と、もろに同世代である。西荻ロフトで歌っていたというし、私も荻窪ロフトには出損なったが (その間の事情については、こちら を参照のこと)、70年代の西荻ロフトには何度か出演していたのだから、直接会っていてもおかしくないくらいである。ところが今日初めて YouTube で歌を聴いてみて、「あれ、森田童子って女性シンガーだったのか?」 なんて初めて知ったぐらいだから、その縁のなさ加減は半端じゃない。

いやはや、おぼろに浮かぶ写真はユニセックス調だし、歌のタイトルも 『さよなら ぼくの ともだち』 とか 『ぼくたちの失敗』 とか言うから、てっきり男性シンガーかと思っていたよ。日本の歌には 「クロスジェンダー・パフォーマンス」 というのがあるから、本当にややこしい。

カーラジオで聞いていると、その死のニュースに 「ショックだった」 とコメントする人が少なくなく、「一時代が終わった気がする」 なんてことを言う人までいる。こうなると、そんなにまで影響力のあったらしい同世代シンガーに、自分はどうしてこんなにまで縁がなかったのかということの方に興味が高まった。

つらつら考えてみると、70年代に 20代を過ごしていた私は、あの時代の 「閉塞感」 がたまらなく嫌いだったのである。ただでさえ 「団塊の世代」 の連中が荒らしまくった世の中の後始末ばかりさせられがちな 「団塊の世代の尻尾」 世代として (その間の事情については、こちら を参照のこと) 、そんな 「閉塞感」 をもろに自分のパフォーマンスのテーマにしようとは、決して思わなかったのである。

ところが、森田童子というシンガーソングライターは、そうした 「団塊の世代の尻尾の閉塞感」 をぽつりぽつりと呟くように歌っているらしい。私としては 「ああ、それは聞きたくないわ!」 と思い、意識的、無意識的に避けようとしていたというのは、十分にあり得る話である。そしてその歌を聴いていたのは、当の 「団塊の世代」 と、彼らのやりたい放題の後始末をしなくて済んでいた、もっと若い世代なんじゃあるまいか。

というわけで、私は YouTube で彼女の細い声で呟くような歌を、長くは聞き続けることができず、早々にずらかったのだった。

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2018/06/09

若い兄ちゃんたちの変な歌

当ブログのコメント欄でもお馴染みの ふゆひーさんが、Twitter で 「笑いを取ろうとしているとしか思えない…。日本スゴイって言いたがる人が日本語を破壊する方向に行くのは、まぁ当然の流れなんだろうね」 と、一見謎の tweet をしておられるので、一体何事かと リンク先に飛んでみて、Retweet させていただいた (参照)。

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飛んだ先は、J-Lylic.net といういろいろな歌の歌詞を紹介するサイトで、現れたのは Radwimps というロックバンド (らしい) の "HINOMARU" という歌の歌詞である。著作権の関係もあるから、ここでは部分的な引用にとどめておくが、こちら に飛べばきっちり表示される。

なるほどねえ。「日本語を破壊する方向」 という意味がわかった。確かに日本語の破壊につながる歌詞である。しかも 「創造的破壊」 ってわけでもない。とにかくこんな具合だ。

意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに
胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊
さぁいざゆかん 日出づる国の御名の下に

なんだか気持ち悪いのは、ステロタイプすぎる文語と甘ったるい口語がテキトーに入り交じっているところから来るのだろう。最近の歌では、日本語の中にいきなり ”Dont't you" とか何とか、どうでもいい英語をチョコチョコッと安易なアクセサリーみたいに入れ込むのが流行っていて、聞いていてシラけてしまったりするのだが、ここに至って、文語をアクセサリー的に入れ込むなんていうところまで来てしまったようなのだ。

ネット界隈では 「軍歌かよ」 なんて揶揄する向きもあるようだが、それはまともな軍歌を知らない者の言い草で、軍歌がこんなんだったら、お話にならない。あくまでも若いにいちゃんたちの 「変な歌」 である。とくに 「この身体に流れゆくは」 というのは、プレバトだったら問答無用で 「〜流るるは」 と添削されるところだ。

で、上述の J-Lyrics.net で歌詞は知れたものの、サウンドがどんなんだかわからない。試しに YouTubeで検索してみたら、間違って 「こんなの」 がヒットしてしまった。「お、サウンド的には悪くないじゃん」 と思ったが、これは 「カタルシスト RADWIMPS cover by Uh.」 ってやつで、Uh. という女性ボーカリストが Radwimps の 「カタルシスト」 という妙なタイトルの歌をカバーしたもののようだ。

ようやく探し当てたのが、上の画像をクリックすると飛ぶページで、まさしく Radwimps の ”HINOMARU” が聴ける。はっきり言って、「この程度のモノなのね」 というだけの印象だ、軍歌と揶揄するほどのものでもない。Uh. のカバーの方がずっといいかも。

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2018/05/02

ロックが死んで、ギブソンも死にかかった?

ちょっと前からギブソンがおかしくなってるというニュースが流れていたが、ついに米国連邦破産法第11章 (チャプター 11) 申請ということになってしまった (参照)。チャプター 11 というのは、日本の民事再生法にあたるものらしい。

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ギブソンといえば文句なしにギターの代表的ブランドだ。エレクトリック・ギターではフェンダーと、アコースティックではマーチンと並び称され、両方の分野でトップ・ブランドというのは、ギブソンしかないと言ってもいい。私は個人的にマーチンとフェンダーの方が好きだから、今回のニュースは致命的なショックではないが、やっぱりもやっとするものはある。

何が最ももやっとするかといえば、チャプター 11 申請直前のニュースで、「ロックは死んだ」 なんて言われていることである。こんな具合だ (参照)。

ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンが発行するユニバーシティ・オブザーバー紙は、経営判断の間違いはさておき、ギブソンが直面する問題は、「ロックが死んだ」 ことだと指摘する。一般大衆の音楽の聴き方は大きく変わり、ロックは 30代以上の人が聴く歴史の遺物となってしまった。(中略) 音楽ファンは伝説のギタリストに遭遇することもなく、彼らのように演奏したいという夢を持つこともない。

確かに 60〜80年代にかけては、ポップミュージックの中心は常にロックであり、そのロックを音楽的に牽引する楽器はギターだった。「男たるもの、ギターを弾けて当たり前」 みたいな時代が、確かにあったのである。だから最近の、「若い男の子が誰もギターを弾けない」 という現実に、私は 「おいおい、ギターも弾けないのかよ」 と、ちょっと戸惑ってしまうのである。

エリック・クラプトンのギター・ソロは、私の世代にとってはたまらなく 「クール」 なもので、ちょっと腕に覚えがあればコピーして演奏してみたくもなるのだが、現代の若い子にとっては、「自分でも演奏する」 ということのハードルは、かなり高いものになっているようだ。そもそも自分で演奏する必要なんかなく、iPhone のイヤフォーンで聞いている方が楽である。

今や音楽は、「自分でも演奏する」 ものではなく、「それに合わせて踊ってみせる」 ためのものになってしまったのかもしれない。そしてこれは、私の一世代前のジャズ・ファンがロック・ファンに対して抱いた印象の延長線上にあるような気もする。

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2018/02/14

松井須磨子の歌、下手っ!

先日妻との話の中でなぜか 「『カチューシャの唄』 ってどんなんだっけ?」 という話になり、「『リ〜ンゴ〜の花ほころ〜び、川面〜に霞み立ち』 でしょ」 とやったら、「それはロシア民謡の 『カチューシャ』 で、『カチューシャの唄』 は松井須磨子の歌よ」 と言う。

『カチューシャ』 と 『カチューシャの唄』 は、明確にタイトルも違っているというのを、この年になって初めて知った。さらに 『カチューシャの唄』 の方は、「カチューシャかわいや、別れのつらさ〜」 以後の歌詞もメロディも知らないということに、改めて気付いたのだった。

さて、どんな歌だったんだろうと YouTube で検索したら、「復活唱歌 (カチューシャの唄)  ~松井須磨子~」 というのが出てきた。「へえ、こんなのが残ってたんだ!」 と驚いて聞いてみたのだが、思わず 「下手っ!」 と吐き捨ててしまったのである。

まあ、上の画像をクリックして聞いてみれば誰でもわかると思うが、単に口先でつぶやいているような発声で、モロに音痴ってわけでもないのだが、音程もかなりアヤシい。 「日本初の歌う女優」 と言われる松井須磨子って、この程度のものだったのか。

あまりのことに、同時に検索された 『ゴンドラの歌』 の方も聞いてみると、初めの方に芝居のセリフが入っているというオマケがついていたものの、歌になってみると 『カチューシャの唄』 に輪をかけた下手さ加減である。その後に入っている森繁久弥版の方が何倍もいい。

「にっぽんの旧聞」 というサイトに "駄作 「マッサン」 と 「ゴンドラの歌」  (1)" というページがあり、そこに 1968年 1月 12日付朝日新聞からの次のような引用がある。孫引きになってしまうが、紹介しておこう。

「ひどい声でしたね。親父の佐藤紅緑が帝劇に作品を出していた関係でお須磨さんの舞台はほとんど見ましたがね。まるで歌にもなんにもなっていない」 —— サトウハチロー氏
「まるっきり落第です。お須磨さんという人は一種のオンチじゃなかったかと思うんです」 ——時雨音羽氏。悪評さくさくである。

とまあ、こんな具合だ。当時から 「松井須磨子の歌は下手」 と認識されていたらしい。それでも絶大な人気だったというのだから、世に 「最近のアイドルたちの歌は、下手すぎる」 と嘆く御仁が多いが、アイドル (的な存在) の歌なんて、今に始まったことじゃなく、昔から下手と相場が決まっていたのかも知れない。

改めて興味が湧いて、今度は佐藤千夜子の歌を聴いてみようと探してみた。「日本初のレコード歌手」 で、『東京行進曲』 の大ヒットでも知られる存在である。それもすぐに見つかった。こんなのである。

う〜む、東京音楽学校 (現・東京芸術大学) に在学していたという割には、「へえ、この程度のものなの?」 という印象である。音源の質の悪さを割り引いたとしても、特別うまいわけでもなんでもない。今の芸大には絶対に入れない。

いろいろ考えてみたが、昔の日本人というのは西洋音楽に馴染みがなくて、音符を読める人も稀だったのだから、この程度の歌でも、ずいぶんハイカラで上手に聞こえてしまったのかもしれない。うむ、きっとそうなのだ。多くの人は民謡や小唄なら歌えても、西洋音階の歌は 「毛色の変わった別物」 だったのだ。

それを裏付けるように、彼女の 『須坂小唄』 というかなり日本調の歌を聴くと、『東京行進曲』 なんかよりもずっと生き生きと歌っているように聞こえてしまうのだ。まさに 「日本人の血」 のなせるわざである。

日本人の西洋音楽感覚がまともにこなれてきたのは、佐藤千夜子以後のことなのかもしれない。彼女が途中でイタリアに渡り、1934年に帰国してみると 「日本国内での復帰を目指すが、若手の台頭などもあり、果たせず終わる」 と Wikipadia にある (参照) のも、そうした事情があるのだろうと察せられる。

佐藤千夜子以上の歌をフツーに歌える人材は、短期間のうちにいくらでも出てきたのだ。老人たちが 「昔の歌手は、基本ができていてうまかった」 なんて繰り言を言うのも、彼らの聞く耳ができていないというだけのことという可能性も大なのである。

昔の日本人が西洋音楽をまともに歌えなかったというのは、もしかしたら、今の若い連中が和音階の歌、例えば小唄や都々逸をまともに歌えないことの裏返しなのかもしれない。

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