カテゴリー「経済・政治・国際」の445件の記事

2017/03/28

政治がつきあいきれない

政治が混迷していて、はっきり言って 「つきあいきれない」 状態になっている。私は米国や英国のような二大政党による政権交代が繰り返されるシステムがこの国にも根付けばいいと考えているのだが、どうもそんなことにはなりそうにない。きっと精神風土が違うんだろうと、ほとんど諦めかけている。

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ちょっと前までは、野党が、つまり民進党がだらしないから、こんな状況から抜け出せないのだと考えていた。しかしどうやら、民進党がだらしないというよりは、民進党がだらしなくならざるを得ない政治風土が、この国にあるのだと思えるようになった。

なにしろ 「ソンタク」 で動く政治だもの。表舞台では明確な論戦が行われず、避難の応酬にしかならない。そして舞台裏ですべてが進行する。舞台裏で動くのだもの。明確なことなんか言えない。「みなまで言わなくても、あとは官僚が適当にソンタクしてくれる」 という環境がなければならない。

そうなると、政権が度々移行してしまったら、ソンタクの加減がわからなくなって、やりにくくてしょうがないことになるだろう。だったら、阿吽の呼吸で通じてしまう自民党政権が続く方が楽だ。いや、私がそんなふうに思っているのじゃなく、あの界隈の連中が確実にそう思っているのだ。

民進党の蓮舫代表は、近頃とみに人相が悪くなってしまった。何を言っても言葉に重みがないし、ブーメランになってしまう確率が異常に高いので、仲間内でもまともにつきあってもらえないのだろう。「ソンタク」 の 「ソ」 の字も通じそうにない雰囲気を漂わせているしね。

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2017/03/17

右翼同士で内輪揉めが始まった

先月 27日の 「例の森友学園の問題で思うこと」 という記事で、「昔の左翼運動は小さな違いで分裂に分裂を重ね自滅したが、教育勅語や靖国神社のお好きな人たちの情緒的結束力というのはかなりのもので、思いっきりまとまってしまう」 と書いたが、ごく最近はどうやら事情が違ってきてしまったらしい。右翼同士でも、揉める時にはいろいろ揉めてしまうもののようなのだ。

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昔、三島由紀夫は東大 (駒場) での全共闘との討論集会で、「たとえば安田講堂で全学連の諸君がたてこもった時に、天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う」 と発言した。右翼というのはこのくらいの度量の広さというか、情緒的共感力というか、そんな感じのメンタリティを持ち合わせているものと思っていた。

ところが近頃の森友学園問題をみていると、どうやらそうした美しい気概は消え失せてしまったようで、右翼的な姿勢の目立つ政治家たちが、ひたすら保身に走るようになっている。これまで (表面的には) 理念先行で突っ走ってきた右翼の世界も、実利的な損得を無視できなくなったということのようだ。

そうなると当然ながら、三島の憧憬の根源であった 「天皇という言葉の一言」 などはまったく聞かれなくなる。損得がからむと、右翼といえども根本的理念などに構っていられなくなるもののようだ。

安倍首相は先月半ばまでは 「妻から(籠池)先生の教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」 と言っていたのだが、2月下旬に入ってからは 「教育の詳細は全く承知していない」 「『がんばれ』 とか園児に言ってもらいたくない」 などと手のひれ返ししてしまった。昭恵夫人の新設予定だった小学校の名誉校長就任にしても、森友学園側は 「承認してもらった」 と言い、首相サイドは 「断った」 と言い張っている。

稲田防衛大臣に至っては、森友学園の代理人弁護士として出廷したことをトボけようとしてトボけ切れず、あげくの果てに 「失礼なことをされた」 とか 「一切関係を絶ってます」 とか、言わなくてもいいことまで口走っている。裏で何があったか知らないが、憂国の女傑としては、はなはだセコい印象だ。

橋下徹元大阪府知事は、「大阪府が無理筋の認可を出したのは、『近畿財務局の方から、これはもうなんとか条件付きでもいいから認可を出してくれ、出してくれ』 と圧力をかけられたから」 などと、露骨なまでに国に責任をなすりつけようとしている。この人、「国の言うことなんか簡単には聞かん」 という姿勢が売りだったのに、あれは単なる営業用ポーズだったのか。

その一方で、巷には籠池氏にすさまじい絶叫エールを送り続ける、チョー純真な愛国オバサンもいて、なかなかエラいことになっている。その声は、以下のビデオで聞ける。

このオバサン、かなりうるさいが、何かあったらトボけりゃいいと思っている政治家たちよりは、ある意味ブレることもなくしっかり忠義立てしているともいえそうだ。潔いといえば潔い。それは 「損得抜き」 の立場にいるからだろうね。

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2017/02/27

例の森友学園の問題で思うこと

例の森友学園とやらの問題が、大きく取り上げられている。私の個人的立場としては、私立の学校がどんな教育方針を採ろうが知ったこっちゃないが、それが時の権力と癒着してしまったら問題だと考える。そして森友学園の場合は政権との距離が半端なく近そうなので、いくらなんでもヤバいんじゃないかと思うのである。

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ここの幼稚園では、「教育勅語」 を園児に朗唱させているという。このことに関しては、そりゃ私立の幼稚園の教育方針なんだから、別に構わないと思う。個人的には自分の子どもをそんなような幼稚園に入れたいとは決して思わないが、そういうのがお好きな人たちは入れたがるんだろう。

教育勅語がお好きな人たちは、「愛国心や親孝行など、人間として当然のことが謳われている。何がいけないんだ」 と言う。確かに、教育勅語を冷静に読んで見れば、それは言える。そう思うだけ、私の立場は読みもせずにヒステリックに批判するだけの人とは違う。

しかし私は、愛国心や親孝行を教えるのに、今どき敢えて教育勅語を持ち出す必要があるとは思わない。あれは変な手垢がついているところがあるから、敬して遠ざけておきたい。敬して遠ざけずに好んで朗唱したがるような人たちは、フツーの愛国心や親孝行以上のものをそこに期待しているのである。

私は九段の辺りを通りかかって時間があったら、靖国神社に参拝することもある。親戚に戦死した人がいるので、慰霊したいと思うからである。しかし境内にある博物館の 「遊就館」 の展示に関しては、ちょっと複雑な思いがある。

あの博物館の展示のトーンは、どう見ても太平洋戦争 (彼らは 「大東亜戦争」 と言ってるのかな) の全面的肯定だ。しかし私は、「国のために」 と命を捨てた人たちの慰霊と、あの戦争の全面的肯定とは、それほど単純にリンクするものではなかろうと思っている。まったくリンクしないというわけでもないが、あの展示はあまりにも直接的すぎて、私には違和感があるのだ。

中にはああいうトーンに違和感を覚えずに、「そうだそうだ、行け行け!」 と思ってしまうような人たちもいて、安倍首相なんかはそうした勢力の代表的存在なのだろう。昔の左翼運動は小さな違いで分裂に分裂を重ね自滅したが、教育勅語や靖国神社のお好きな人たちの情緒的結束力というのはかなりのもので、思いっきりまとまってしまう。

そして、まとまっている自分たち以外の勢力との対立軸を強調する傾向があるので、そんなメンタリティから時にはヘイトスピーチも生じたりする。安倍首相は米国では 「和解の力 (the power of reconsiliation)」 なんてスピーチをした (参照) のだが、彼らは相手によって和解と対立を露骨に使い分ける。戦争してるわけでもないのに。

その辺に結構な違和感を覚えてしまうので、私なんか靖国神社には参拝するくせに、そっちの方の動きに同調しようとは決して思わないのだよね。

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2017/02/23

世の中に 「堂々たる駄々っ子」 が増えている

北陸への出張に出ている間、見逃していた新聞をざっと眺めてみると、まあ要するに、世界は 2人の駄々っ子にかき回されているみたいなのである。2人の駄々っ子とは、もちろん、ドナルド・トランプと金正恩だ。

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昨年末までは 「ドナルド・トランプの頭の中って、一体どうなってるんだ?」 と、わけのわからなさを感じていたが、年明け頃からそんなことはなくなった。要するに 「わかりやすすぎるおっさん」 なのである。あんまりわかりやすすぎるので、初めのうちは難しく考えてわからなくなっていたのだった。

この人、特別深い考えなんかないようなのだ。ただ単純に思ったことは口に出さないと気が済まないし、口に出してしまったらやらずには気が済まない駄々っ子なのである。「深い考えがない」 というのはもう公然の事実のようで、とにかく客観的な現状分析なんかしていない。自分の思い込みだけで突っ走る。

まともな現状分析なんかしていないから、とにかく 「なんじゃ、そりゃ?」 と言いたくなるような認識をまくしたてる。そのもっとも顕著な話が、「大統領就任式には史上最大の人数が集まった」 という発表だ。誰がどう見ても世迷い言なのに、側近のケリーアン・コンウェイ大統領顧問に 「オルタナ・ファクト (alternative facts: もうひとつの事実)」 とまで言わせている (参照)。

こんなめちゃくちゃな論理で政治をやられたら、国民はたまったものじゃない。気に入らない事実は 「ジャーナリズムが作ったでたらめ」 と決めつけ、自分の気に入る 「オルタナ・ファクト」 だけをわめき散らすというのは、誰かさんともろに共通する手法だ。

誰かさんというのは、もちろん北朝鮮の金正恩で、今回の金正男暗殺事件にしても、「我が国の顔に泥を塗るための韓国の陰謀だ」 なんて言い張っている。この国はいつもこの調子で、「オルタナ・ファクト」 のオンパレードだ。まともに取り合うことさえ馬鹿馬鹿しい。

そして米国までがそんなふうなことになっているのは、「堂々と駄々っ子でいさえすれば、どうにでもなる」 という風潮を作ってしまいそうで、困ったことだというしかない。で、そんな見地で世界を見回すと、世の中には堂々たる駄々っ子が増えてきているようなのだ。妙に大人でいるよりも、駄々っ子でいる方が楽だし、少なくとも損にはならないというようなことになってしまいつつある。

これは由々しき問題だよ、まったく。「堂々たる駄々っ子」 じゃなくて 「申し訳なさそうな駄々っ子」 とか 「おずおずした駄々っ子」 (両方とも、「そんなのありか?」 と言われそうだが、案外 「あり」 なのだよ) なら許せるんだけど。

【語句についての注釈】

"Alternative facts" という英語を 「オルタナ・ファクト (もう一つの事実)」 と言い換えるのは、あまりいい翻訳じゃないと思うのだが、ほかに適当な日本語が見当たらないので、ちょっと気持ち悪いけど我慢している。ううむ、何と言ったらいいのだろう。

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2017/02/10

トランプは任期一杯までもつんだろうか

ドナルド・トランプが Twitter で 「私の娘のイヴァンカはノードストロームに不当な扱いを受けている」 と発言しているというので、かなりビックリしてしまった。百貨店が自らの判断でブランド取り扱いを止めるのに現職の大統領が口出しするなんて、前代未聞である。

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トランプだけでなく、大統領顧問のケリーアン・コンウェイというおばさんまでテレビ番組で、「イバンカの製品を買いに行ってください。すばらしい製品ラインだから。私もいくつか持っています。いっそのことここで無料のCMを流しましょう」 と発言した (参照) というのだから、ビックリ以上の成り行きである。今の米国っていったいどうなってるんだ。

トランプが大統領になってしまったとたんに、米国はとてつもなく下品な国になってしまったという印象だ。この駄々っ子にこのまま好き放題なことを言わせていたら、政治がマヒして国がまともに運営されなくなってしまう。この大統領は任期一杯までもたないんじゃないかという気がしてきた。

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2017/02/05

石原慎太郎のやり口が通用する時代じゃなくなった

下に示したのは、東京都が発行している 「東京いちばガイドブック」 というパンフレットの 2015年度版の一部である。内容は築地市場がどうして豊洲に移転するのかというテーマについて、総合的に説明した物だ。(画像をクリックすると、全体の PDF ファイルを見ることができる)

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都庁のサイトの中にある "TOKYO ICHIBA PROJECT" というページには、「東京いちば ガイドブック」 の2012年度版から 2015年度版までの PDF ファイルが登録されているが、2016年度版というのは見当たらない。原稿は準備されていたのだろうが、いくらなんでも出せなかったんだろうね。

こパンフレットには Q&A 方式でいろいろな疑問に対する回答が載っており、「土壌汚染対策はどうなったの?」 という質問 (上図の左中段) には、「土壌汚染対策は完了し、用地の安全性が確認できました」 と、図入りで回答されている。ずいぶん白々しいことを書いたものである。

そもそも築地市場が豊洲に移転することが決まったのは 12年以上前のことで、2004年 7月には 「豊洲新市場基本計画」 が策定された。決定前から 「築地市場が豊洲の東京ガス施設跡に移るらしい」 という話は知れ渡っていて、「よりによって、そんな土壌汚染があるとわかっている場所に、どうして移転したがってるんだろうね」 と囁かれていた。

要するに、豊洲の土地が土壌汚染問題を抱えているということは、今に降って湧いた問題じゃなく、初めから知られていたのである。当時私は、仕事の関係で毎日のように 「東京ベイエリア」 と呼ばれる地域に足を運んでいたので、これを結構身近なことと認識していた。そして 「石原慎太郎のことだから問題はすべて無視して、強引に事を運んでしまうんだろうな」 と、とても悲観的に考えていたのである。

ところがここにきて、豊洲の土壌汚染問題が今さらのように大きく取り上げられ、都が実施した汚染対策なんておざなりなものだという事実が明るみに出された。そこでようやく、移転が棚上げされる事態に至ったわけである。私に言わせたら、「遅すぎるよ!」 ということになるのだが。

この間の推移を早く言ってしまえば、「日本の民度も、ようやくこの程度には向上してきた」 ということになるのだと思う。12年以上前は経済原則最優先で、東京都としては 「土壌汚染問題なんて、テキトーに言いくるめて乗り切れる」 と踏んでいたのだろう。だからこそ、あれだけ危ない危ないと言われていたにもかかわらず、施設がほとんど完成してしまうまで、立ち止まることもなく突っ走ってしまったのだ。

ところが今になってようやく国民、都民の環境問題、食の安全問題に対する意識が高まってきた。まだまだ十分なレベルに達しているとは言いがたいが、「豊洲ってヤバいんじゃないの?」 と、大きな声で言えるところまでは辿り着いたのである。

早く言えば、10数年前の都知事とお役所の連中が、都民を甘く見ていたのだ。1年や 2年で完結してしまうプロジェクトなら、ダッシュで既成事実を作ってしまえたのだろうが、いかんせん、規模が大きすぎて 10数年もかかってしまったので、その間に都民も少しは利口になって、容易には口車に乗らなくなったのである。

思えば壮大な無駄遣いをしてしまったものである。もはや石原慎太郎のやり口が通用する時代じゃなくなったのだ。

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2017/01/27

米、メキシコ国境の壁の建設が始まってしまうのか

米国のトランプ新大統領が、メキシコ国境に壁を建設するという大統領令に署名した。これで実際に壁は建設されることになるのだろう。考えるだに馬鹿なことをするものである。こうなったら彼が大統領でいる 4年の間に壁の建設は完了せず、次の大統領が工事途中の壁をさっさと撤去してくれるように望む。

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メキシコ国境に壁を建設するなんてことが非現実的なのは、メキシコが 「払わない」 と言い、トランプが 「メキシコ産品に 20%の関税を課して払わせる」 と言っている費用の問題だけではない。環境的な見地からも悪影響が懸念されるし、実際の建設工事が始まったら、複雑な地形による困難さなど、多くの問題が浮上する。

まず壁建設により、砂漠の繊細なエコシステムが破壊されることが懸念される。ただでさえこの地域に生息する野生動物の多くが絶滅に瀕しているというのに、壁によって自由な移動ができなくなったら、食料やパートナーの確保が困難になり、絶滅の可能性がさらに高まる。

合衆国魚類野生生物局の 2016年のレポートによると、壁の建設により、絶滅危惧種 111種、渡り鳥 108種、4つの禁猟区および魚卵孵化場、および数え切れないほどの湿原に影響があるとされている。一度失われた環境は、それを取り戻すのに何倍もの時間がかかる。

また、壁さえ作れば密入国が防げるというわけではない。常に監視し続けなければ、壁を乗り越えるぐらいのことはそれほど難しくはない。3200km にも及ぶ壁全体を、どうやって見張り続けるというのだ。結局のところ、野生動物の自由な移動を妨げるだけのものになってしまう。

元々の地球には、国境なんていう線は存在しない。それは人間が勝手に作ったものだ。それは観念として存在し、物理的なものではないのだが、それを無理矢理に物理的な壁という形で固定化してしまおうというのは、意味のあることとは到底思われない。壮大なる無駄遣いに終わるだろう。

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2017/01/23

これから我慢の 4年間

ドナルド・トランプが米国大統領に就任して、「世界は 4年間の我慢を強いられる」 と思っていた矢先、ローマン・カソリックのフランシスコ教皇が、国境に壁や鉄条網を張り巡らせるという政策を批判する声明を発表した。内容的にはポピュリズム批判そのものである。(参照

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世界史は 「21世紀の初めの世界は、グローバリズムへの反動でポピュリズム台頭に直面した」 と、振り返ることになるだろう。問題はトランプ大統領の 4年間を世界がどう捉えるかだ。

フランシスコ教皇は 「ヒトラーは指導者の座を盗んだのではない。彼はドイツ国民によって選ばれ、そしてドイツ国民を破滅させた」 と語った。米国民の半数が今後の 4年間でトランプを選んだことを後悔することになれば、破滅からは免れる。

しかしそれだけではない。米国の残りの半数も、民主党候補としてヒラリー・クリントンを選んでしまったことを後悔しなければならないだろう。どちらも安易に流されすぎてしまったのだ。他に人がいなかったわけじゃあるまいし。

まあ、とにかく、我慢し続ける 4年間というのは長いだろうなあ。間違ってもさらに 4年間なんてことにならないように祈りたい。というわけで、今日はこれでおしまい。

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2016/12/21

安倍首相は、百戦錬磨のプーチンに手玉に取られた?

タイミング的にはちょっと遅れてしまったわけだが、今回の安倍・プーチン会談の結果について、なんだかよくわからないけど、垣間見えてきたと思われることだけ整理してまとめておきたいと思う。まあ、世の中では 「安倍首相が百戦錬磨のプーチンに手玉に取られた」 ということになっているわけだが。

Hoppo

上の地図は、一目見てわかるように、今回大きな問題となった北方領土関連のものだ。外務省のサイト (参照) から拝借したものである。こうして改めて見ると、「北方四島は日本のものじゃない」 なんて言われたら、「おいおい、いくらなんでも、そりゃひどい話だろう!」 と言いたくなる感覚も、しっくりとくる。とりわけ歯舞色丹なんて、根室半島から点々とつながっていて、地形上でも日本そのものに見える。

さらに国後、択捉の二島は結構大きな島で、とくに択捉島なんて、戦略上の意味合いからもロシアは手放したくないのだろうというのもうかがえる。無茶を言えば、樺太の南半分を返してもらえたら日本も陸上の国境線というのを持つことができて、さぞ見ものだろうと思うが、まあ、それは到底無理だろうね。

で、この北方領土問題について、安倍首相は当初、「自分の任期のうちに解決する」 みたいなことを公言していたわけだが、それはあっさりと儚い夢ということで片付けられそうである。しかしあきらめがよすぎるのも考え物で、まだまだじっくりと交渉し続けなければならない。

今回はっきりしたのは、日本としても 「四島を耳を揃えて返せ」 とだけ言い続けるのでは、永遠に何の進展もないだろうということだ。今回の会談の結果が、「経済協力の口約束だけさせられて、北方領土問題では完全にケツまくられた」 と言うのはあまりにも単純素朴すぎる見方で、「まずはこんなところから始めないと、何も進展しない」 というのが実際のところなんだろう。

その意味では、北方領土問題はこれでおじゃんになったわけじゃなく、ようやくまともな話ができる段階の一歩手前まで辿り着いたということなのかもしれない。日本側の方で先回りして失望すぎると、ロシアの思うつぼだ。

とはいえ、「それだけのために、経済的な大盤振る舞いを約束させられたのか」 というのが、巷の大きな不満なのだが、経済協力と言っても金を出すのは圧倒的に日本で、しかも民間が主力となるのだから、向こうが誠意を見せなければこちらもグズグズしていればいい。ロシアに投資したくてたまらない企業なんてそんなにないし、政府は敢えて本気でプロモーション強化する必要もない。

日本が北方四島を返して欲しいと思っている以上に、ロシアは日本の金が欲しいのだろうから、ようやくまともな駆け引きのできる舞台ができたとみることができるわけだ。本当に面倒な話だけど。

それと同時に、日本がロシアと接近することで、極東における中国の位置づけが少々ビミョーになる。つまり 「中国のやりたい放題にはさせないよ」 という一定の意思表示にはなるだろうと指摘されている。これは案外な副産物だ。

とまあ、ぼんくらな私にはこの程度のことしか見えないのである。でもまあ、一応見えたところまでは書き記しておいても損はないだろう。いずれにしても国際関係、とくにロシアとか中国とかを相手にした交渉ってのは、ほとほとうんざりするところがあるようだ。

最後に一言書いておくが、安倍首相が途中までちょっとはしゃぎすぎていたのは確かなことで、その意味では 「手玉に取られた」 というのは言えてるだろう。

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2016/12/07

カジノ合法化には反対しないが、「IR 法案」 には反対

「ギャンブル法案」 とか 「カジノ解禁法案」 とかいわれる 「IR 法案」 の ”IR" というのは、"Integrated Resort" (統合リゾート) ということなんだそうで、まあ、その中でカジノを解禁しちゃおうというのが、法案の目玉なわけである。英語にしちゃえば、カジノ云々が曖昧になるとでも思っているのだろう。

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そんなようなカジノが目玉の 「統合型リゾート」 施設を日本のどこに造るんだか知らないが、推進派の議員の多くは、「もちろん自分の地元に」 と思っているようだ。要するに、既に利権化の道を突き進み始めているわけね。

実は私は 7年近く前に、カジノ合法化については「むしろ賛成」 と書いている。こんな具合だ (参照)。

しかし私はカジノの合法化に反対というわけではない。むしろ賛成である。私自身は興味がないが、興味のある人はやればいいというスタンスである。下手に非合法としているから、暴力団の資金源になったりする。やるならやるで、公明正大にやればいい。

ただ、ちょっと危惧するところがあって、次のように続けている。

ただ、ここで疑問なのが、「日本では既に 『パチンコ』 という公認カジノがあるではないか」 ということだ。パチンコが実質的に換金可能で、なんだかちんぷんかんぷんな建て前を装ってはいても、ギャンブルとほとんど変わらないのは誰でも知っていることである。パチンコを放っておいて、カジノ合法化もないではないか。

で、この当時は 「カジノ議連はパチンコの換金についても、カジノ法案と同じ仕組みで立法化していく方針」 としていたが、ここに来てそんな話は全然立ち消えになってしまっている。約束が違うのである。

ということは、日本中に 「パチンコという実質的ギャンブル場」 がいくらでもあるという状態はそのままにして、その上に 「統合型リゾートとしてのカジノ」 が造られるということになる。

日本は今でも実質的に 「世界一のギャンブル大国」 である。その証拠に、ギャンブル依存症患者は国内に 530万人以上いるといわれ、人口比率にすると約 5%と、世界でも断トツだ。そこら中で気軽にギャンブルができちゃうから、こんな数字になる。

ただでさえこんな状態なのに、その上に 「公認カジノ」 ができてしまったら、一体どんなことになるというのだ。私は 「パチンコ屋を整理する」 という前提でカジノ合法化に賛成したのだが、その前提が曖昧にされてしまっては、賛成する理由が失われたのである。

「ちょっとひどいなあ」 と言うしかない。経済効果にしても疑問で、国内のギャンブル好きは 「統合型リゾート」 なんていう面倒なところには行かず、相変わらずパチンコ屋に通い続けるだろう。

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