カテゴリー「経済・政治・国際」の494件の記事

2018/08/22

つくば市中心部のクレオの悲劇

私の居住地からそう遠くない、つくばエクスプレス (TX) つくば駅近くの商業施設クレオが、空き家状態になって半年が経過した (参照)。今では馬鹿でかいばかりのお荷物施設になってしまっている。

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この建物、私がつくばに居を構えた 38年前には存在しなかった。現つくば市の中心部は、TX の駅もなく、ちょっと離れたところに筑波大学があるだけの、だだっ広い田舎だったのである。間もなくそこに 「クレオ」 と称する大きなビルができ、西武百貨店とイオン (店名変更以前は 「ダイエー」) が、つくば市中心部開発の二大核店舗として入った。

西武筑波店の初代店長は、つくばに来る前は渋谷店の店次長だったという人で、つくばなんていうド田舎に移動せよという辞令が出た時は 「あまりのショックに、一体何がバレたんだろう? と思った」 と冗談を言っていたほどだ。開店してしばらくは、農作業を終えてゴム長のまま来店する客が多かったので、とくに雨の降った後などは床の掃除が大変だったという。

そうこうするうちにバブル経済の時代となって、西武もダイエーもそれなりに繁盛していたが、混雑時はパーキング・ビル入り口で渋滞が発生するなどの問題もあり、決して入りやすい店じゃなかった。そのうちにバブルは崩壊し、他の地方都市同様、市の周辺部にいろいろな店舗が進出してくるようになると、面倒くさい中心部の店に来る客は少なくなった。

で、核店舗の西武はあんな感じで没落して、いち早く撤退。ダイエーもおかしくなった上に 「イオン」 になってからは他の大型スーパー同様、郊外店に力を入れ始め、やっぱり中心部からは撤退した。こうしてクレオは 「誰も入りたくない巨大なる空き家」 となったまま、今に至るのである。

つくば駅に近いのだから、もっと適正な規模であれば乗降客を拾ってそれなりにやって行けると指摘する人もいるが、いかんせん、駅ビルみたいに直接つながっているわけではないし、そのくせ規模が大きすぎる。やっぱりクルマで来店する客がなければ、ガランとしてしまう。しかしクルマで買い物する消費者は、広い駐車場のある郊外ショッピング・モールに行く。どうにもやっかいな物件なのである。

自分自身のことを思えば、西武筑波店で買い物したことなんて 20年以上の間に 2〜3度しかなかった。ましてや生活必需品は近くのスーパーで買うから、ダイエーの方には足を踏み入れたことすらない。百貨店と駅前大型スーパーの使命が終わりに近付いていた時代に、クレオはスタートしたのである。

今から思えば貧乏くじを引いたわけで、スタート直後にバブルがあったために、それに気付くのが遅れただけだ。再生するには、建物の半分は潰して更地の駐車場にし、残る半分でやっていくしかないと思うのだが、それだとなまじ駅前の一等地なだけに、経済効率に合わない。もっと評価が落ちてからでないと、動くに動けないのだろう。ああ、気の毒に。

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2018/08/16

「万系一世」 という言い草は、世が世なら不敬罪

「主権は国民になく国家にある」 という tweet (参照) をして何かとお騒がせの伊藤純子という伊勢崎市会議員が、またまた妙な tweet をしていると話題だ (参照)。下に画像で掲げておく。

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この tweet には彼女が自ら次のような 2つのレスを付けている。

3行目「折衷折衷」は「折衷説」の誤りです。ごめんなさい。

「万系一世」とありますが、「万世一系」の誤りです。以後、気をつけてます。

この程度の人が市会議員というのだから、啞然とするしかない。

まず、主権の所在について、「全国民の代表 + 有権者の代表を足して二で割る」 のが通説と、「法律の専門家」 から伺ったとのことだが、そんな 「通説」 は初めて聞いた。そもそもこのフレーズの意味がさっぱりわからない。

「全国民」 と 「有権者」 は、「含む/含まれる」 の関係である。だから 「全国民の代表者」 と 「有権者の代表者」 を足したら、「有権者の代表者」 の部分が重複することになる。それとも両者は別の基準で選ばれたので、重複は一切生じないというのか?  もしそうだとしたら、そんな事態はいつ生じたのだ?

それを 「二で割る」 って、そしてさらにそれが 「折衷説」 であるとは、自分で自分が何を言っているのか、わかっていないとしか思われない。どんな 「法律の専門家」 がそんなことを言っているのか、明らかにしてもらいたいものである。

そしてもっと言えば、彼女が 「法律の専門家」 の言うらしい無茶苦茶な 「折衷説」 を信じているのだったら、「主権は 『国民』 ではなく 『国家』 にあるのです」 という自身の先の tweet は、一体どんな気紛れで書いたのかも知りたいところだ。

さらに、「万系一世の皇室」 という言葉違いはひどい。「万世一系」 というならしっかりとした日本語だから、四文字熟語としてごく当たり前にかな漢字変換できるが、「万系一世」 となると、あっさりとは変換できない。ふゆひーさんも、「ATOK と MS IME で確認」 したと、Twitter 上で明らかにされている (参照)。

少なくとも 「まん」 で変換し、「けい」 で変換し、さらに 「いっせい」 で変換しなければならない。つまり、「単なる入力ミス」 ではなく、そのように意識的に、面倒を厭わず入力するしかなかったのだ。日本会議のメンバーでもあるらしい彼女なりの、「無駄な努力の成果」 である。

「以後気をつけます」 で済まされるような話ではない。世が世なら 「不敬罪」 になったところだ。日本会議が彼女を除名処分にしてしまわないとしたら、よほど人材不足で放り出しにくいのである。

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2018/08/01

女性の校長はまだ少ない

先日、80歳を過ぎた女性で、以前は小学校の校長をしていたという人とお会いする機会があった。さすがに聡明な方で、話をしていても楽しかった。

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「20年以上前は、女性の校長先生がとても少なかったんじゃないですか?」 と訊ねると、「いえね、当時はそんなに珍しいことじゃなくて、今よりも多いんじゃないかという印象だったんですよ。でもね、最近改めて統計資料を眺めてみたら、今の方がずっと多いのね。私の印象と全然違うので、びっくりしちゃったんですよ」 とおっしゃる。

上に掲げたのは、舞田敏彦さんという教育社会学者がまとめられた 「校長・学長のジェンダー指標」 という表である。彼の 「データ・エッセイ」 というブログから転載させていただいた (参照)。確かに、彼女が校長を務めていた頃に近い 27年前の 1991年の小学校の女性校長は 4.93% だが、15年経った 2014年では 19.05% と、比率で言えば 4倍近くにまで増加している。

彼女が言うには、「当時は、女性教員はある程度の年齢になると、田舎の小さな小学校に転勤になる傾向があって、そのままそこで教頭、校長になるというケースが多かったんです。私も田舎の小学校で校長になったので、周囲を見回すと女性校長が多いという印象をもってしまったんでしょうね」 ということだった。

彼女の印象が事実だとしたら、当時は 「二重の女性差別」 があったわけだ。小学校全体での女性校長の割合が 5% にも達せず、しかもただでさえ少ない女性校長は、田舎の小さな小学校に集中していたというのだから、かなり気持ちの悪い話である。

このあたりの事情は、この 20年ほどでかなり改善されてきたようだし、小学校のあり方というのは都道府県によってかなり違う。だから一概には言えないだろうが、まだまだ 「男女平等」 にほど遠いのは確かなようだ。とくに中学校の女性校長の比率は、今世紀に入っても驚くほど低い。

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2018/07/26

「LGBT には 『生産性』 がない」 という発言について

例の杉田水脈という議員の LGBT に関する 『新潮 45』 への寄稿記事の問題だが、批判するからには一応記事をしっかり読んでからと思っていたので、タイミング的にはちょっと乗り遅れてしまったかもしれない。

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杉田議員本人も、「批判するならきちんと記事を読んでからにしろ」 みたいなことを言ってるらしいので、「そこまで言うんなら、ちゃんと雑誌買って読んだるわ!」 と、今日、あちこち用事で出かけたついでに書店に寄り、買って来たのである。上にその証拠写真を貼っておく。

ちなみに 『新潮 45』 は 「特別定価 900円 本体 833円」 と表示してあるが、書店のレジでは 1円未満切り捨てで 899円だったよ。おかげで財布の中でジャラジャラしていた小銭を使い切ることができた。

家に帰って一応ちゃんと読んだのだが、結果としては新潮社を無駄に儲けさせただけだった。要するに 「買って読むほどのレベルのものじゃない」 ってことだ。これから 『新潮 45』 を買ってみようかと思っている方は、ほかによっぽど読みたい記事があるのでもなければ、止めといた方がいい。

彼女の寄稿記事に関してまともな批判をするとすれば、既にあちこちでなされている通りのことを繰り返せばいいだけで、改めて私がどうこう言うのも馬鹿馬鹿しい。なので今回は、例によって言葉にこだわって絞り込んだ突っつき方をしてみようと思う。

杉田水脈という人は、件の寄稿記事で "LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼らは子どもを作らない、つまり 「生産性」 がないのです" と、はっきり書いている。「生産性」 と、申し訳程度にカッコ付きにはしてあるが、この単語になんらの注釈も付けることなく使っているのだ。

ここでぶっちゃけた結論を言ってしまえば、杉田議員の寄稿記事は大問題になっているが、LGBT に 「生産性がない」 というのは彼女独自のロジックではなく、お仲間内の悪趣味な決まり文句を、外部に向かってものすごく安易、かつ直接的に発信してしまっただけにすぎないのである。まあ、悪ノリしやすいタイプなんだろうね。

「生産性」 という言葉は、一般的には 「労働生産性」 を指す言葉として使われることが圧倒的に多い。試しに "Weblio" (大辞林) を引いてみると、次のようにある。(参照

せいさんせい 【生産性】
生産のために投入される労働・資本などの生産要素が生産に貢献する程度。生産量を生産要素の投入量で割った値で表す。

ここでは、「子どもを作る能力」 なんて意味は無視されている。それだけに、「同性愛カップルは 『生産性』 がない」 という言い方には、大抵の日本人は強い違和感を覚えるのである。この言い方だと、子どもだけはやたらと何人も作るが、仕事もせずにぐうたらしてるヤツにさえあるらしい 「生産性」 というものが、LGBT カップルだと、どんなに有益な仕事をしても 「ない」 とされてしまうのである。

というわけで、杉田議員は朝日新聞が LGBT を支援することに関して 「違和感を覚えざるをえません」 と書いているが、LGBT には 「生産性」 がないとする決めつけの方が、ずっと大きな違和感を醸し出す。

ここで念のため、「生産性」 という言葉の元になったと思われる "productivity" という英語について調べてみよう。例によって Weblio で調べると 「生産性、生産力、多産(性)」 とある (参照)。やはり 「子どもを作る能力」 みたいなことは出てこない。強いて言えば 「多産(性)」 の中にそうした意味が含まれるのだろうが、ビミョーである。

もう少し念を入れて、"produce" という動詞を調べると、ようやく 「産する、生ずる、製造する、生産する、作り出す、描く、作る、生む、産む、生じさせる」 という意味が表示される (参照)。ただ、英英辞書 (CUERVO) を引いてみても、「子どもを産む」 という意味は直接的には表示されない (参照)。

つまり、「生産性」 という言葉は、とても広義に捉えれば、かなり端っこの方に 「子どもを作る能力」 という意味を確かにもつようだ。それは認めよう。しかし 「LGBT カップルは 『生産性』 がない」 と、唐突に言ってしまう姿勢には、とても意図的な 「ヘイト・スピーチ」 的要素があると言うほかない。

で、さらに問題なのは、杉田議員自身が自民党の先輩議員たちに 「間違ったことは言っていない。胸をはってればいい」 と声をかけられたと tweet したらしいことである (既に削除されているが)。つまり、このようなヘイト的思想は、自民党保守派の間ではとても 「当たり前」 のこととなっているようなのだ。

頭の硬い保守派は子どもを産む能力に関して 「生産性」 という言葉を好んで使いたがる。私自身も彼らの口からこうした言葉が発せられるのを度々聞いていて、その度に不愉快になる。この言い方は、実は保守政治の世界の 「ステロタイプで悪趣味な決まり文句」 になっているのだ。

フツーに考えれば、彼女の発言は 「トンデモ」 に違いないのだが、彼女の仲間内は 「一体何が間違ってるんだ。当たり前の話じゃないか」 と擁護する雰囲気に満ち満ちている。それは間違いない。ということは、いくら批判しても彼女は絶対に反省なんかしないということである。

私としては、彼女だけでなく、彼女の属するサークルをまとめて 「馬鹿扱い」 するしかないと思っている。

さらにちょっと付け足しだが、保守派だけでなく革新派の中にも、こうした言い方を好んでする連中はいくらでも存在する (参照)。バリバリの日教組の中にさえいる。彼らは 「革新派」 の仮面を被った 「因習派」 である。

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2018/06/25

「新聞を読まない人は自民党支持」 という麻生発言

"「新聞読まない人は全部自民党」 麻生氏の持論は本当なの?" というニュースの見出しを見て、つい笑ってしまった。今じゃ、新聞読まない人はずいぶん増えているが (私も最近はネットで記事を読むことの方が多いかも) 、麻生氏の年代で一般的な価値観だと、「非インテリ層は自民党支持」 と受け取られかねない言い方である。

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J-CAST の記事によると、発言のいきさつはこんな具合である。

麻生太郎財務相兼副総理が 2018年 6月 24日に新潟県新発田市で行った講演で、10~30代に自民党の支持者が多く、この世代で新聞を読む人が少ないことから、「新聞を読まない人は全部自民党 (支持) だ」 などと述べた。

この人、安倍さんの腰巾着みたいになってしまう前まではなかなかユニークで面白い発言も多かったが、最近はめっきり頭の回転が雑になってしまったようで、単に無茶な発言が目立つだけのジジイになってしまった。

ちょっと思い出してみても、「セクハラ罪という罪はない」 とか 「日本海側に朝鮮半島から武装したテロリストが、難民に混じって上陸してくる。日本海側の人たちはみんな、そうした危機意識をもっている」 とか 「ヒトラーはいくら動機が正しくても……」 とか、「ずいぶん頭の中が、とっ散らかっちゃったみたい」 と思われることを口走って、ニュースになっている。

「ヒトラーは…」 発言を取り上げた私の記事でも触れたが、この人もう、77歳で、今年の秋には 78歳になる。「頭の回転具合」 が本気で心配になっても、ちっとも不思議じゃない年だ。

世の中にはものすごくインテリで、80歳を過ぎても胸のすくほど見事な論理思考を展開するお年寄りもいないことはない。しかし恐縮な言い方だが、それほどインテリというわけでもない周りのオッサン連中は、70代半ばを過ぎたあたりから、まともな理窟が通じない無茶を言い出すことが増えて、扱いにほとほと難儀することがある。

この際だから言わせていただくが、見たところ、麻生さんは (ついでに言うが、安倍さんも)、周囲によくいる 「それほどインテリというわけじゃないタイプのオッサン」 である。で、例に漏れず、まともな理窟の通じないムチャクチャ発言が多くなっているみたいなのであるよ。

これを称して 「アンチ・インテレクチャリズム (反知性主義) の勝利」 と見ることも可能ではあるが、私としては 「巷によくみられる反知性主義」 とは 「滅茶苦茶な論理でも、大きな声で言ってしまえば勝ちさ」 というような態度であると解釈しているので、「何だかなあ」 と思ってしまうのだよね。

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2018/05/05

首相も官房長官も、老眼じゃないみたいなのだ

毎日新聞が 5月 1日付で 「公文書クライシス 政務三役、公務に LINE や私用メール」 という記事を報じている。「大臣、副大臣、政務官 (政務三役) の経験者が、在任中に公用アカウントの電子メールをほとんど使わず、私用アカウントのメールや無料通信アプリ 「LINE (ライン)」を業務に使っていたと毎日新聞の取材に証言した」 というのである。

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LINE というのは若いおねえちゃんが使うものとばかり思っていたのだが、なんと私の妻まで使っていて、娘たちと連絡を取り合っているらしい。それでも私は昨年 6月 20日に書いているように、LINE は嫌いである (参照)。政治家のオッサンたちは私の嫌いな LINE で、妙な 「スタンプ」 なんてやり取りしてるんだろうか。

毎日新聞の記事によると、政務三役経験者の 1人が、「官邸幹部は忙しくて電話がつながらないから、大事な情報はメールで伝えていた」 と証言したというが、この 「メール」 というのはガラケーのメールだったそうで、ちょっとコケそうになる。さらに、次のような記述もある。

取材に実名で応じた福田峰之・元副内閣相は 「現場視察など庁外での仕事が多いのに、副大臣室備え付けの公用パソコンでしか使えず、副内閣相には公用スマホの貸与もなかった。そのため私用スマホで LINE を多用した」 という。

米国のヒラリー・クリントンは、私用のメール・アカウントを公務に使ったことが問題になり、大統領選でドナルド・トランプに負ける一因ともなったとされている。とはいえ政治家が私用アカウントを公務に使うのは、ヒラリーに限らずかなり多いことらしい。日本では LINE が主流だが、諸外国では ”What's App" というアプリが多く使われているという。

こうした問題では、政治の世界よりも民間企業の方がずっとスマートな対処をしているように思われる。もしかしたら洋の東西を問わず、政治家のおっさんやおばさんに IT 関連でまともな対処を求めても、それは無理な相談ということなのかもしれない。

そんなことより私がちょっと驚いてしまったのは、上の写真で管官房長官が差し出すガラケーの画面を、安倍首相がちょっと眉をしかめながらとはいえ、眼鏡なしで読んでいるということだ。私は還暦前からスマホの文字を老眼鏡なしで読むなんて到底できないのだが、この写真撮影時点で 61〜62歳だった安倍首相も、さらには 67歳だった管官房長官も、眼鏡なしでガラケーの文字が読めたみたいなのである (今はどうだか知らないが)。

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2018/04/30

金正恩の腹はへこまずに済むみたいなのだね

今、朝鮮半島で 「最後の冷戦」 が終わろうとしているかのごときニュースが進行していて、世界はその成り行きを注視している。特大のニュースなので、私としてもそれについて何か書かなければと思ってはいるのだが、はっきり言って何をどう書いていいのか、まだ見当が付いていない。多くのジャーナリストたちだって、そんなところなのだろうと思う。

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国際政治は 「ショー」 の要素をもっているから今回の 38度線を挟んだ両首脳のパフォーマンスも、かなり練り上げられた台本と演出があってのものだったろう。そして今回の会談は、この 「ショー」 としての成功が最大の目的であって、具体的な成果はその後に徐々に作っていくという合意のみがあるとしか思われない。

だから、このパフォーマンスの初めの方だけをとれば、相当クールな人間だってちょっと胸の熱くなる想いがしただろうが、見終わってしばらくすれば、「まだ何も解決されていない」 という現実に立ち返らざるを得ない。北朝鮮側で今回のニュースがまともに見られたとすれば、人民たちは淡い期待を抱かされただろうが、その期待が実現するまでにはまだ長い時間がかかるのだろう。

確実に言えることは、金正恩の政治生命がもう少し続くということだ。あのままの強硬路線を突き進むのと、「対話路線への切り替え」 を天秤にかけたら、どうみても路線変更する方がリスクが小さい。あの腹を引っ込ませなくても済むのは、この路線だとふんだわけで、もう大きな後戻りは不可能だ。

本来は自分の腹を引っ込めてでも、民衆をできるだけ早く飢えから救わなければならないのだがね。

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2018/04/26

Donald Trump のTwitter

ドナルド・トランプが Twitter で、ああ言った、こう言ったとかいうのがよくニュースに採り上げられたりしているが、私は憚りながら、これまで彼の Twitter ページを直接見たことがなかった。今日になって初めてちょこっと覗いてみようと思い立ち、検索してみると、Donald Trump 名義で 2つのアカウントが見つかった。

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1つは Donald J. Trump@realdonaldtrump (リアルのドナルド・トランプ) で、もう 1つが President Trump@POTUS というアカウントである。"POTUS" というのは "President of the United States" の頭文字だろう。

リアルのドナルド・トランプの方が、多分トランプ本人が自由に書いているアカウントで、POTUS の方はフォーマルなアカウントとして、ホワイトハウスの誰かが管理しているんじゃないかと思われる。2つのアカウントを使い分けることで、「リアル」 の方でより率直なことを tweet してしまおうという戦略かもしれない。

で、実際に行ってみると、リアルの方に約 5,120万人、POTUSに約 2,300万人のフォロワーがいる。どうしてもリアルの方が注目されているようだ。ただ、この数字は思ったほど多くはないなという印象で、やはり 「トランプをフォローするなんて、死んでもイヤだ!」 という人も多いのだろう。

驚いたのは (別にことさら驚くほどのことでもないが)、私の SNS 上での 「知り合い」 が 9人も 「リアル」 の方をフォローしている。「フォロー」 というより、意識としては 「ウォッチ」 なんだろうが、さすが動きが早いなあ。及ばずながら、私も 「フォロー」 のボタンをぽっちりした。かなり抵抗あったけど、あくまで 「ウォッチ」 のためだからね。

ちなみに 「リアル」 の方の注目度が高い傾向は私の知り合いにも反映されていて、"POTUS" の方の 「知り合い」 は 6人しかいない。やっぱり、ざっと見ただけでも "POTUS" の方まで付き合う必要はないかなという印象だ。リツィートばかりだしね。

ニュースを見ていると、ドナルド・トランプがもっぱら Twitter を使っていて、Facebook なんてのは無視しているような印象だが、調べてみるとしっかり Facebook アカウントも持っていて (参照)、ちゃんとまめにかき込んである。タイトル写真には大きな文字で "MAGA" とあり、これ、"Make America Great Again" (アメリカをもう一度偉大に) の頭文字だ。

ただ、トランプとしてはややエスタブリッシュ臭のある Facebook より、どちらかというとやはり Twitter の方が好みのようで、「ノリ」 が違う印象なのである。これではやっぱりマスコミとしては、Twitter の tweet の方に注目しちゃうよね。

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2018/04/25

「弱り目にたたり目」 の政権

近頃、麻生さんの人相が悪くなったんじゃなかろうか。昔はもう少し柔らかみがあったような気がするが、安倍さんなんかとみっちり付き合っているうちに、こんなような顔になってしまった。まあ、最近は芳しくないニュースでしか取り上げられないから、たまたま悪いタイミングの表情を撮られちゃうケースが多いだけかも知れないが。

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それにしても、例の財務官僚の 「セクハラ事件」 について 「はめられたんじゃないか」 なんて発言するのは、考えがなさすぎる。このところずっと、自ら墓穴を掘っているようなところがあるが、その穴をどんどん深くしている。

「はめられたのかも」 と内心思ったりするのは、人間誰しも安易な保身本能から発してありがちなことであり、「そんなこと思うな!」 なんて言ってもしょうがない。しかしつい思ってしまったからといって、公式な場でそれをぽろりと口に出しちゃっうのは、「危機管理」 の理解のない証拠である。

ここで百歩譲って (いや、一万歩ぐらいかな?)、今回のセクハラ疑惑が、一部の人たちが言うように 「ハニートラップ」 だったと仮定する。断っておくが、これはあくまで 「仮定」 であって、私がそう思っているわけじゃないので、いきり立たないでもらいたい。

仮に今回の件がマスコミの女性記者によるハニトラだったとしても、財務省のトップ官僚がそれに簡単にひっかかってしまい、シンネリムッツリ食事を共にしながらアホな発言をして、あまつさえ気付かぬうちに録音までされるというのは、品性の問題だけでは済まず、ノー天気すぎる。本当に中国や北朝鮮の策略だったら、どうする気だったんだよ、まったく。

「あんな程度の発言はかわいいもので、田中角栄の時代までの官僚はもっと豪快で、無茶苦茶なことも言っていた。今の官僚は小粒すぎる」 なんて懐古的なことを言い出す向きもあるが、今どき、そんな昔話を持ち出してどうしようというのだ。「野蛮な時代があったのだね」 と言われ、自分の品性まで下げてしまうだけである。

で、こんなような状況で、財務大臣がつい思っちゃったことをぽろりと口にしたり、「お前、NHK?」 なんて言い方をするのは、この状況をまともに 「危機」 と思ってないのか、あるいはこの期に及んでまだささやかな虚勢を張りたいのか。

いずれにしても、「危機的状況にある」 ということにまともに気付きたくないという潜在意識が働いていて、そのことによって、ますます 「弱り目にたたり目」 という状況に自らを追い込んでしまうのは、これまでも散々繰り返されてきたことである。

エラい人たちって、本当に 「危機管理」 をわかっていない。

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2018/03/18

公文書改ざん問題を、「まともじゃない視点」 で考える

森友学園関連の公文書改ざん問題では、これまであまり書く気がしなかった。だって周辺ストーリーからして、まともに考えれば当然にも、首相と財務省は責任取って辞めるべきなのに、政治の世界というのは既に誰もが認識しているように 「まともじゃない世界」 なので、こんなにまでゴチャゴチャになっている。

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まともじゃない世界の出来事に関してまともな視点で論じても埒があかないので、今回は敢えて 「まともじゃない」 という事実を最大限許容した上で論じてみることにする。

まず 「公文書改ざん」 という事実に関してだが、「ゴキブリを 1匹見かけたら、100匹いると思え」 という格言からすると、この程度の改ざんは過去にもごくフツーに為されてきたんじゃあるかまいか。「いやいや、今回は極めて特殊なケースで、過去には一切ありません」 なんて言っても、「まともじゃない感性の持ち主」 の言い訳を誰が信用するというのだ。

公文書の記載と担当大臣の答弁がちょっと辻褄が合わなくなったりしたら、官僚はこれまでも 「しょうがないなあ」 なんて呟きながら、公文書の方をこっそり書き換えたりしていたのだろうと、私は完全に疑っている。そうした 「風土」 があるからこそ、今回の森友関連の文書も、軽い気持ちで書き換えたのだろう。なにしろ 「まともじゃない世界」 なんだから。

しかし、「いや、そんなことは断じてない。今回が初めてみたいなものだ」 と言い張るムキもあるかもしれない。それならば、仮にそういうことにしてみよう。すると、今度は新たな展開が生じる。「これまでは断じてなされなかったような 『公文書改ざん』 が、どうして今回のケースに限って行われたのか」 という疑問が、必然的に浮かばざるを得ないではないか。

そこにはよっぽど 「まともじゃないヤバい事情」 があるからと見るしかない。「まともじゃないヤバい事情」 というのは、既に大方が想像している通りのことだ。いずれにしても、首相、財務相の責任は免れない。とくに安倍首相周辺は、「安易なお友達関係」 さえ結べば、「長州人の DNA」 とやらと相まって、「まともじゃないこと」 がかなり勝手次第にできてしまっていたもののようなのだ。

「まともじゃない事情」 が行き過ぎてしまったら、そりゃあ、官僚としてはいつまでも付き合いきれないので、尻尾切りをしてでもこんな首相を担ぐのはそろそろ止めにしておきたいだろう。

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