カテゴリー「経済・政治・国際」の510件の記事

2019/01/14

トランプは 「壁を乗り越えろ」 と檄を飛ばしている

米国の Daily Show という番組で流されたというビデオには、笑ってしまった。"Don’t Show Mexico This Video of Trump From 2004 We Found" (我々が見つけたこの 2004年のトランプのビデオを、メキシコに見せちゃいけない) というものである。

このビデオはトランプが、15年前にニューヨークの Wagner College という大学で名誉博士号を授与された際に、卒業する学生たちに向けたスピーチを行った際のものらしい。ビデオそのものは全編が元から YouTube で公開されていたらしいが、とくに注目されていたわけではないようだ。

しかしこのほど Daily Show のスタッフが、スピーチの終盤に聞き捨てならない発言を見出してしまったのである。こんなセリフだ。

Don’t give up.
Don’t allow it to happen.
If there’s a concrete wall in front of you, go through it.
Go over it. Go around it. But get to the other side of that wall.

(つたない翻訳で申し訳ないが、こんな感じかな)

諦めてはいけない。
それが生じるのを許してはいけない。
もし目の前にコンクリートの壁があっても、それをすり抜けろ。
乗り越えろ、迂回しろ、そして壁の向こう側に辿り着きなさい。

Mashable Asia の Nicole Galluncci は、これについての記事の冒頭で、"President Donald Trump is a master at giving mixed signals." (トランプ大統領は混乱したシグナルを出す達人だ) と述べている (参照)。まさに、「壁を乗り越えろ、向こう側に辿り着け」 と煽った張本人がその 15年後に、メキシコ国境に壁を作るなんて寝言を言い出して、20日以上も政府機能を麻痺させているのだからね。

トランプの ”mixed signal" の深層意識としては、自らの処世譚をネタにして 「諦めるな、壁を乗り越えろ」 と言いつつも、「それが実際にできるヤツは多くない。俺はできたけどね」 みたいな傲慢な考えなんだろう。「メキシカンにコンクリートの壁を越えられるわけがない」 なんて思っているからこそ、壁建設に執拗にこだわっているのだ。

しかし 15年前のこのビデオは、米国を目指す多くのメキシコ人を思いがけなくもエンカレッジしたんじゃあるまいか。壁なんかない方がいいに決まっているが、不幸にして建設されてしまったとしても、なんとか潜り抜けてしまう者が続出するに違いない。

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2019/01/08

サンゴを 「移しております」 だって?

昨日の NHK テレビ 『日曜討論』 での安倍首相の発言が、「ウソ連発」 と大炎上している。ところが当の本人としては、自分の寝言的発言をまんざらウソとも思っていない風情でノホホンとしているので、ますます馬鹿馬鹿しくなってしまうのだが。

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私自身は昨日、日曜だというのに朝から仕事に出ていたので、『日曜討論』 なんて見ていない (仕事でなくてもそんなもの見ないし) ので、LITERA の記事に当たると、安部総理は今回強行した辺野古の埋め立てに関して、こんなことをほざいていたらしい。(参照

「で、いま、土砂が投入されている映像がございましたが、土砂を投入していくにあたってですね、あそこのサンゴについては、移しております」

まるで軽い引っ越し荷物みたいな言い方である。確かに稚拙なアリバイ作りとして、サンゴの移植みたいな作業をしなかったわけではないらしい。それについて LITERA は次のように報じている。

たしかに、昨年7〜8月に沖縄防衛局は辺野古側の埋め立て海域で見つかった絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ 9群体を採捕・移植しており、安倍首相もこの件をもって 「サンゴは移した」 と大見得を切ったのだろう。

しかし、現実には、土砂が投入されている区域付近で移植が必要なサンゴはこれ以外にも見つかっているのだ。

たとえば、K4護岸付近では、準絶滅危惧種であるヒメサンゴが見つかっていた。当初、防衛局はこのヒメサンゴを移植しようと特別採捕許可を申請していたが、移植先の選定が適当ではないとの理由で不許可に。すると、防衛局はこのヒメサンゴを移植対象から外して護岸工事を進めた

まともな知性と感性があったら、この程度のことで 「移しております」 などとは言えるものではない。家庭菜園のトマトだって、知り合いから株をもらってきて移植したら枯れちゃったなんてことはいくらでもあるのだ。

サンゴが容易に移植できるものなら、そこら中からどんどん集めてきて移植し、「沖縄サンゴ園」 みたいなものでも作ればいい。しかし実際にはそれをやろうとしても 「白化現象」 などが続出して困難極まりないから、絶滅危惧種なのである。ましてやサンゴが自生する海を埋め立てる行為は、中途半端な移植の試みなんかでチャラになるような話じゃない。

つまり、LITERA の記事では 「移植が必要なサンゴはこれ以外にも見つかっている」 とあるが、実際に必要なのは 「移植」 などではなく、「環境保全」 であったはずなのだ。

誰から急作りのレクチャーをされたのか知らないが、安倍首相がこんなデリケートなことを何の疑問も抱かず真に受けて、全国に放送される政治討論番組でいけしゃあしゃあと 「移しております」 なんて言えるのは、無知蒙昧のなせるワザである。この程度の人で首相が務まるのというのが、日本の不幸なのだとしみじみ思う。

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2019/01/06

立憲民主党の伊勢神宮参拝 tweet

立憲民主党が枝野代表一行の伊勢神宮参拝を Twitter の公式アカウントで報じたところ、一部の支持者たちから猛反発をくらっていると報道されている。(参照

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反発しているのは主に同党の左派系支持者たちらしく、「自民党と同じことをするなら、支持しない」 「信仰、宗教に関わることはそれぞれの個人アカウントでツイートしたらどうですか?」 「クリスチャンとして御党を応援する立場としては、ケンカを売られた気分だ」 などと、批判的コメントが相次いだらしい。まあ、確かに自民党あたりは公式アカウントではこうした書き込みはしないらしいのだが。

この問題に関しては私の感覚からすると、立民党の方も噛みつく左派系支持者の方も、どちらもややナイーブすぎる気がする。「自民党と同じことをするなら支持しない」 なんて言い出したら、それこそこの国で支持できるのは共産党ぐらいしかなくなってしまう。

「信仰や宗教関連は、個人アカウントで」 というのも、確かに 「政教分離」 の原則からいえば正論だが、実際にはその境目の判断が難しい。立民党としては 「この程度のことは宗教行為というより 『正月の慣例』 に過ぎない」 ぐらいに思って、軽い気持ちで tweet しちゃったんだろうが、こうした問題にとことんこだわりたい人にとっては、譲れない問題ということになってしまう。

「(クリスチャンとして) ケンカを売られた気分だ」 というコメントに至っては、「じゃあ、教会のミサに出るなら OK なのね?」 とツッコみたくなってしまう。これって結局、ことさら過剰反応しなければ、別にどうということのない問題だったんじゃないかなあ。

それからちょっと問題はズレるが、蓮舫さんの参拝姿、どうもこなれてないよね。神仏関連のテーマは似合わない人という印象だ。

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2019/01/02

中国経済の冷え込みの影響が出始めてるらしい

私は日本中いたるところに出張で行く機会があるのだが、いわゆる 「観光地」 と言われるところのホテルは、今や中国人旅行者で一杯の様相を呈している。とくに京都と奈良の観光スポットやホテルでは、大きな声の中国語しか聞こえない状態だ。

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ところが実は、マンハッタンとパリにあるデザイナー・ブティックは、ブランド中国経済の冷え込みによって失速し始めているのだという。とくにルイ・ヴィトンやバーバリーなどの高級ブランドが打撃を受けているらしい (参照)。

こんな話を聞くと、日本の 「バブル経済期」 の状況を思い出してしまう。あの頃は、世界中が日本人の大盤振る舞いを当て込んでいて、それまで日本人なんて決して歓迎していなかった欧米の高級ブランド・ショップが、掌を返したように日本人の嗜好に合わせた品揃えをするまでの変わり身を見せていた。何だかんだと言っても、世の中、金の力で動いてしまうのである。

ところが最近では、中国内で高級品を破格の値段で放出するアウトレット・ストアが増えていることもあり、旅行先の高級ブティックで散財する中国人は減っているというのである。バブル期の日本人もモロにそうだったが、求めているのはデザインなどの 「商品的価値」 なんかじゃなく、「高級ブランドのラベル」 でしかないから、経済がちょっとアヤシくなると、安い方に流れる。

とくに最近の経済というのは、「本当に必要な品物が売れて経済が潤う」 という次元にはなく、「余った金の使い道としての投資が一人歩きする」 という状態である。つまり 「物の動きと連動して金が動く」 のではなく、単に 「数字が動いているだけ」 に近いのだから、なんらかの情報によって数字の動きが鈍ると、とたんに経済全体が打撃を蒙る。

そんなこんなで中国経済が冷え込んでしまうと、とたんに世界中が冷え込み始める。私自身は、前世紀の 「バブル経済」 の恩恵にはほとんど浴していない (逆に、外資系団体なんかにいたので、円高による打撃でひいひい言っていた) 代わりに、バブル崩壊でもまったく打撃を蒙らずに済んだ。金の問題の妙な動きには、積極的に関わらない方がいい。

中国の経済冷え込みが本格化すると、日本の観光地も少しは静かになるかもしれない。

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2018/12/26

首相が散歩しただけで写真入りのニュースになる国

Twitter で ふゆひーさんが、"時事通信は 「日本中央通信」 と改称した方がいいのでは" と憤っておられるので、何事かと思えば、時事通信が 「安倍首相、私邸近くを散歩」 なんていうふざけたニュースを流しているのだった。

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ニュースの中身はというと、「近所の代々木公園では、通行人らと気さくに記念撮影に応じ、園内の階段を一段飛ばしで上るなど元気な様子を見せた」 などという、まったくの提灯記事である。こんな記事に何の意味があるというのだ。

こんなのは、首相官邸から 「24日に散歩するから、カメラマン同行で取材においで」 と情報を流したとしか思われない。写真を見れば、首相の周囲にコワそうな顔をしたボディガードが 3人も付いていて、完全にパブリシティを意識したセレモニーになっている。その割には、オバサンみたいな趣味の白いコートは全然サマになっていないが。

で、まさに時事通信は 「日本中央通信」 みたいなことになっているのだが、ほかに日本経済新聞 (参照) と産経新聞 (参照) も同じような記事を載せている。記事の中身は似たり寄ったりなので、時事通信からの配信を、ほぼそのまま使ったのかもしれないが、ほかによっぽど記事がなかったのだろうか。

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2018/12/14

答えにくい質問もしてこそのジャーナリズム

一昨日は例の 「次の質問どうぞ」 4連発の記者会見に関して、河野太郎外相を 「ヘボ役者」 と批判した (参照) が、今日は会見に出席していた記者について書いてみたい。

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世間では 「日ロ外交交渉の微妙な点について具体的な答弁ができないのは当然なのだから、そんな質問をする記者の方が悪い」 とか 「ちゃんと答えられるような質問をすべきだ」 などと、記者のあり方を批判する声もある。しかしそれは、実はぞっとするほど危険な考え方だ。

そもそも具体的な答弁ができないからと言って、質問そのものを無視するというのはいくらなんでもひどい。記者会見というもののシステムをないがしろにする態度である。差し支えない範囲で答弁するか、あるいは 「答弁を差し控える」 と言えばいいのであって、あんな無礼な態度で対応されたら、記者側も少しは怒って見せていい。

普通なら記者が揃って席を蹴って退席してもいいぐらいのこと (昔は現実にそんなことがあった) だが、そうはならなかった。これは記者クラブというシステムの長年にわたって作ってきた雰囲気のなせるワザで、なんだかんだ言っても、記者側は政府にビミョーなソンタクをしなければならなくなっている。悲しいお話だ。

「ビミョーなソンタク」 と書いたのは、「ちゃんと答えられるような質問をすべきだ」 などというところまでは、譲歩していなかったからである。「ヤバい質問」 はしないでもないが、「その質問をないがしろにされても、コトを荒立てるようなことはしない」 という、実に不思議な予定調和の世界が、あの場では現出していたわけだ。

ところで、一部では 「答えられない質問をしても時間の無駄だから、ちゃんと答えられるような質問に限るべきだ」 などと言い出す輩もいる。誰とは言わないが。

しかしいくら何でもそれは、ソンタクのし過ぎというものだ。政権側がスラスラ答弁できるような質問しかしない記者ばかりの国というのは一体どんな国だろうかと、考えてみるがいい。それはどうみてもまともな国じゃないし、私はそんな国に住みたいとは、決して思わない。

国民の側が 「記者はちゃんと答えられるような質問しかするな」 などと言うのは、「この国を自由のない国にしていただいて結構」 と宣言しているようなものだ。本来は、多少は答えにくい質問もしてこそジャーナリズムというものである。

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2018/12/12

河野太郎のヘボ役者ぶり

今、九州方面に出張中なのだが、ホテルに入ってテレビのニュースを見て驚いた。例の河野外相の、記者会見での 「次の質問どうぞ」 4連発である。はっきり言う。この人、ヘボ役者だ。(参照

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昨日 「いくつになってもコミュニケーション力が向上しないオッサンたち」 という記事を書いたが、その一番いいサンプルがこれだという気がする。その上、とにかくヘボ役者なのである。この人がこんなにヘボ役者だったとは、これまで知らなかった。

ヘボ役者、ヘボ役者と繰り返すが、こんなヘボ役者では、外交交渉の舞台になんか立てまい。つまり、外務大臣なんて務まらないということである。

上記のリンク先の HUFFPOST の記事に添えられた YouTube の動画をみればわかるが、6分 40秒ぐらいまでは、結構まともな質疑応答をしている。ところが時事通信のエチゴ (漢字表記がわからないので、カタカナで失礼) 記者の日ロ関係の質問が始まったとたんに妙に挙動不審になる。

これはまあ、事前に質問内容を知らされていたからなのだろうが、「そぅら、来たぞ」 とばかりに、急にヘボ役者になっている。コップの水を 「ズズズッ」 と音を立ててすすったり、背広の左右の胸の辺りをわざとらしくポンポンと叩いてゴミを払っているフリをしてみせたり、笑っちゃうばかりの 「変なオジサン」 になる。

で、次の質問からは、さすがに背広の胸を叩いたりすることはないのだが、相変わらずコップの水を 「ズズッ」 と何度もすする。あれ、やめてくれんかなあ、一応外務大臣なんだから。それから、挙動不審にキョトキョトするのも、「私はちゃっちい人間です」 と、自分で宣伝しているようなものだ。

世間では、「外交交渉の微妙な問題なんだから、答えないで当然」 みたいに擁護する声もあるようだが、それはおかしい。答えないなら答えないで、もうちょっと 「まともな役者」 でやってもらいたいものなのである。こんな場合にさっとセンス良く切り抜けてみせれば、政治家の器量が上がろうってものだろうにね。

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2018/12/01

「マイナンバーカード」 って、一体何なのだ?

内閣府が実施したマイナンバーに関する世論調査によると、「マイナンバーカードを持っておらず、取得する予定もない」 との回答が全体の 53%を占めたという。その理由は 「必要性がない」 というのが多数だった (参照)。

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ちなみに、「取得しているか取得申請中」 は 27%、「今後取得する予定」 は 17%だった。27%が 「取得しているか申請中」 ということは、実際に持っているのは、4人に 1人以下ということだ。その多くは持っているだけで使ったことがなく、引き出しの奥で眠っているのだろう。

「確かマイナンバーについては何度か書いたなあ」 と思って自分のブログを検索してみると、最初に書いたのは 2015年 10月 18日の "マイナンバー制度との付き合い方について" という記事だ。この記事の結論は、当面はカード交付申請はしないでおこうということだった。その理由として次のように書いている。

個人番号カードに関しては、そのうちいろいろな問題が噴出してくるだろう。その時点で再検討されるってことになるに違いない。自分でカードを持つかどうかは、その後になってから考えれば十分と思っている。

と、このように書いたのだが、3年経ってみると、実際には 「問題噴出」 というレベルにさえ至らず、問題があるとすれば 「普及していない」 ということに尽きるようだ。そして、そんなものなくても全然困らないというのが、この 3年間の生活実感なのである。

そして、もっと言ってしまうと、その記事を書いてほぼ 1ヶ月後に 「マイナンバー通知書」 と 「個人番号カード交付申請書」 というのが届いた。これに記してあったはずの個人番号なんて、全然覚えていないし、どこにしまったかも忘れてしまった。万が一必要になったら、再発行してもらえるだろうし。そして再発行の際の本人確認は、運転免許証で足りるだろう。

本人確認は運転免許証で充分ということを考えると、やっぱり 「マイナンバー」 なんてものの必要性がよくわからないのである。

さらに 2016年 1月 28日には "「住基カード」 ってものがあったのだが" という記事も書いている。確かに 「マイナンバーカード」 がどうこう言われ始める前に 「住基カード」 というのがあった。私はそれを取得したことすら忘れていて、今でもどこにしまったか思い出せないままだ。どこかの引き出しの奥で永眠しているのだろう。

このままだと、もう数年経ったら新しいカードが作られて、「マイナンバーカードは廃止となりました」 なんてことになりかねない。住基カードは壮大なる無駄遣いだったし、マイナンバーもそうなりそうな雲行きではないか。

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2018/11/19

大臣の劣化は、国民の劣化の現れ

今年 4月 25日の"「弱り目にたたり目」 の政権" という記事で、「近頃、麻生さんの人相が悪くなったんじゃなかろうか。昔はもう少し柔らかみがあったような気がするが、安倍さんなんかとみっちり付き合っているうちに、こんなような顔になってしまった」 と書いたが、最近ではさらに輪を掛けて顔が悪くなってしまったと感じる。

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世の中では 「人の税金で東大に行った」 という発言について、失言だの放言だのと批判されているが、こんなの、批判に値するほどの発言じゃなく、単なる世迷い言に過ぎない。最近の麻生さんの頭の中は、人相以上に劣化してしまったもののようだ。

今月 10日は例の桜田義孝五輪担当大臣の答弁について 「哀れなオッサンを責め立てるしかない、政治の劣化」 という記事を書いた。桜田大臣の場合は、日本語が不自由すぎる答弁が槍玉に挙げられたが、今回の麻生さんの発言もレベルで言えば大体似たようなものである。片や訥々、片や饒舌という違いに過ぎず、要するに頭の中が劣化している現れに過ぎない。

こんな程度の発言をまともな正論で批判しても、馬鹿馬鹿しいだけである。こんなような馬鹿馬鹿しいレベルの人たちが政府の大臣なんか務まちゃってしまってるというのは、我々国民の責任でもあるのだよ。何しろ、国会議員を投票で選んだ結果が、こんなことなのだから。

我々自身が劣化しちゃってるということに、少しは危機感を抱かなければならないのだろうね。

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2018/11/10

哀れなオッサンを責め立てるしかない、政治の劣化

私は普段、テレビをあまり見ないので、ネット上で桜田義孝五輪担当大臣の答弁がやたらと話題になっているのを見て、「一体何がどうしたんだ?」 と思っていた。蓮舫議員から質問の事前通告がなかったとかあったとかなんていうのは、まったくくだらない話じゃないかと。

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しかし今日になって FNN Prime のページ (参照) で実際の答弁の動画を見て、「なるほど、こりゃウケてしまうわけだ!」 と、初めて納得した。山出しの冴えないオッサンが急に晴れ舞台に立たされ、頭の中が白くなって、「素」 に戻りすぎている。しどろもどろの答弁をする様子が、完全に 「見世物」 扱いだ。

この人、スーツのラペルにやたらいろんなバッジをくっつけて、いかにも既成の権威に頼っている様子も、自信のなさの裏返しとしか思われない。これでは本当に 「どうして大臣に選ばれたのかわからない」 のだろう。

で、世間では 「こんな人物に大臣が務まるわけがない」 とか 「早く辞任すべきだ」 とか、いろいろな 「正論」 が飛び交っているわけだが、何だかあんまり 「残念な見世物」 過ぎて、正論を突きつけるのもうっとうしい気がする。こんな 「哀れなオッサン」 を責め過ぎては、気の毒とさえ思ってしまうのだよね。「刀の汚れ」 という言葉を思い出してしまったよ。

で、この 「刀の汚れ」 を一向に気にする様子もなく、気の毒なオッサンを責め立てるのが、あの蓮舫議員である。鞭を手にした女王様の如き鋭い眼光で、哀れな子羊を一片の容赦もなく責めに責める。まさに 「ドS 体質」 丸出しだ。この役者っぷりが鼻につきすぎて、田舎の小芝居を見ているような、もの悲しい感覚に襲われる。

こんなオッサンを大臣にするしかないほど、自民党も人材不足なのか、あるいは、国会なんて元々そんな程度の人物の集まりでしかないのか。そして野党側も、こんな哀れなオッサンを生け贄にするしか点数稼ぎの舞台がないのか。いずれにしてももの悲しい限りの政治の劣化である。

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