カテゴリー「心と体」の280件の記事

2018/04/16

固形石けんで髪を洗うのだ

私はこの 30年近く、髪を洗うのにシャンプーを使わず、固形石けんを使っている。何だかよくわからないが、自然に近い原料で添加物を使っていない石けんで、頭の先からつま先までこれ 1個で済ませている。

180416

これを使い始める前は 「石けんシャンプー」 という商品名の、一見シャンプーのボトルのようなものに入った液体石けんで洗髪していたが、ある時ふと 「同じ石けんなら、分ける必要ないじゃん!」 と気付き、以後は固形石けんだけにした。この方が面倒がなくて、本当に楽だ。

妻の弟は美容師をしていて、私が固形石けんで髪を洗っているなんて聞くと、前は 「そんなことしてたら禿げちゃいますよ」 なんて言っていたが、何年経ってもちっとも禿げず、白髪すらほとんどない (参照) ので、最近では何も言わなくなった。まさに論より証拠である。

最近、ふと思い立って 「石けんとシャンプーでは、どちらが髪にいいのか」 というのをインターネットで調べてみた。複数のページが検索されたが、結論的には 「別にどっちでもいい」 という感じで、要するに好きな方を使えばいいということのようだ (参照)。多くの人が当然のごとくシャンプーを使っているのは、メーカーの CM の成果でしかないようなのである。

ただ、どのページを見ても 「石けんはアルカリ性なので、弱酸性のリンスが必要」 との注釈がある。かなりもっともらしいが、私は面倒くさがりなので、単に固形石けんを両手の平で泡立てて洗い、後はシャワーですすいでおしまいである。リンスなんてことは、この何十年もしたことがない。

それでも禿げもせず、白髪にもならないのだから、「弱酸性のリンス」 なんてのは気休めに過ぎないのだろう。考えてみれば、髪以外の肌だってノーマルな状態では弱酸性なのに、石けんでゴシゴシ洗いっぱなしで何の問題もないのだから、髪だけことさらに 「リンスが必要」 なんていうこともなかろうという気がするのである。これもまた、「論より証拠」 である。

ことさら面倒なことをせずにストレスフリーでやるのが、禿げもせず白髪にもならないための最善の策なのかもしれない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018/04/03

ゆっくりメシを食うことができない体なので

ゆっくりメシを食うことができない体である。昔から早飯だったが、還暦を過ぎて 5年以上経った今でも、周りの人よりずっと早く食い終わってしまう。

180403

自分のブログを検索してみると、14年近くも前に 「早飯は美学か」 なんて記事を書いている。昼飯を手っ取り早く食わなければならない外出先などでは、迷わずカウンター式の牛丼屋であっという間に食い終わるみたいなことを書いている。

今は肉食を止めたので牛丼屋でメシを食うことはなくなったが、かわりにそば屋かうどん屋で、やはりあっという間に食ってしまう。麺類はすするので、米のメシより早く食ってしまいがちで、年を取っても全然落ち着きがない。

若い頃に業界紙の記者なんて仕事をしたので早飯が身についたのだろうと言われることがあるが、そんなことはない。学生の頃からずっと早飯だった。タッタカターっとリズム感で食ってしまうので、途切れがないのである。

妻には 「よく噛んで食べたらどう?」 なんて言われるが、食い物を噛む回数で言えば、そんなに少なくはないはずで、かなり超高速で噛んでは飲み込んでいるのだ。だから 「早食いは太る」 なんて言われるほどの肥満にはならずに済んでいる。

ただ、いくらなんでも人と一緒にメシを食っても、あっという間に食い終わってしまうので、間が持たないことがある。こればかりは何とかしたいのだが、ゆっくり食うことができない体なのでコントロールできない。

仕方なく食わずに話をすることになるので、tak はメシを食うときによくしゃべるなんて思われているようだがが、そうでもしないと場が持たないのだからしかたがない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/03/30

自分の声を相手にすとんと届かせることのできない人

昨日、京都から帰ってくる時の新幹線の話である。通路を挟んで向い側に座った若い女性の二人組の話し声が、やたらうるさかった。いや、本当にうるさいのは二人組のうちの片方だけなのだが、とにかく周囲に憚りのない甲高いアニメ声が、やたら頭に響くのである。

1803302

世の中には、隣に座った相手だけに聞こえれば充分なのに、なぜか半径 30メートルぐらいにギンギン響くような声で話したがるタイプの人間がいる。自分の声の届き方に関して、完全に無神経なタイプだ。これは神経的な欠陥と言ってもいいと思っている。

SCOT (旧・早稲田小劇場) を主催する鈴木忠志氏は、演劇的シチュエーションを心理的のみならず身体的感覚で裏付けることを強調されていた。そのトレーニング・メソッドで、自分の声を相手に届かせる際に、その声があたかも放物線を描くように届くのを見るという訓練がある。目の前の相手に届かせる時は短い放物線に、遠くまで届かせる時は長い放物線になる。

これは大抵は訓練すれば身につくことで、この訓練で、自分のセリフを相手の腑にすとんと落ちるように話すことができるようになる。つまり、声を話しかける対象に命中させるのだ。

しかし中にはこれができないという人がいる。自分の声がどうしても放物線にならないのだ。自分の声のターゲットを明確化できないのは、自分の話を周囲に無差別に聞かせつけたいという無意識的欲求による。どうしても拡散させたい欲求があるのだ。

これに関しては前にも書いたことがあるような気がして、自分のブログを検索してみたら、7年半も前に 「公共の場所での、必要以上の大声会話」 というタイトルで、次のように書いていた。

「ねえ、聞いて聞いて、私たちって、こんなにオシャレな会話しちゃってるの」 「俺の当意即妙の会話センスってすごいでしょ。みんなにも聞かせてあげる」 「私って、物知りでしょ。あふれ出る知性を披露しちゃおうかな」 とでも言いたげな人が、周囲の迷惑も知らずに結構な声で話をしたがる。

とくに、若い女の子 2人連れで、互いに当意即妙な (とはいえ、内容はうんざりするほど薄っぺらなんだが) 会話センスを競ってでもいるようにマシンガントークを繰り広げながら異常な盛り上がりを現出しているのがいる。そうなるとまさに公害だ。

要するに大きな話し声の公害は、昔からあるのである。

似たような感覚のこととして、「中国人の大声」 というのがある。ご存じの通り、中国の人たちというのは、やたら大きな声で話すが。彼らの大声は、「自分は腹の中ではこんな下らないことしか考えてないよ」 ということをアピールする必要があるかららしい。少なくとも無意識的にはそういうことのようなのだ。

中国社会では周囲を憚る小声で話をすると、体制転覆の相談でもしているんじゃないかと疑われかねないようなのである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2018/03/28

集中力と持続力

仕事は集中してやるに限る。だらだらとやったら 4〜5時間かかること作業でも、集中すれば 1時間足らずでできてしまったりする。しかし集中力の持続時間には限界があるので、それで 4〜5倍の仕事量がこなせるかというと、そんなわけにはいかない。ただ、2倍ぐらいの仕事量ならこなせてしまうと思う。

180328

「みんなのおかねドットコム」 というサイトに 「集中力の持続時間の限界は? 集中力を回復するのに必要な休憩時間は?」 というページがある。これによると、人間の集中力は 15分を境に低下する傾向があるとわかっているらしく、次のように説明されている。

60分連続して勉強に取り組んだグループと、15分毎に休憩を挟む勉強法を 3回繰り返す勉強法を取り入れたグループとでは、後者グループの方が日を重ねるごとに学習効果を発揮する結果が見られたそうです。

こまめに休憩を取る方が仕事がはかどるのは、私としても経験的に知っている。みっちり集中して、つい 1時間以上も根を詰めたりすると、ふと我に返った後に何もできなくなってしまうが、こまめに休憩すると、午前中の 3時間ぐらいで仕事が終わったりする。そして昼の休憩を挟んで午後の仕事にも集中できる。

集中して仕事をするとは、むやみに入れ込みすぎないということでもある。適当に息を入れないと、1日の半分以上が無駄になってしまう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/03/26

2分以内に眠りにつく方法

"第二次世界大戦中に米海軍が開発した 「2分以内に眠りにつく方法」 とは?" というニュースが目に付いた。本当にそんなことができたら、寝つきが悪い人にとって大いなる福音だろう。

180326

心理学教授にして、陸上選手のコーチでもあるバド・ウィンターという人が考案したメソッドは、肉体的にリラックスした上で、精神的にもリラックスすることを目的としており、要するに、体のどこにも緊張状態を作り出さずに、徹底的に力を抜いた状態にして、さらにリラックスした状態をイメージするということのようだ。

ただ、こうした 「肉体的にも精神的にも徹底的にリラックスした状態」 に自分をもっていくのは、誰でも簡単にできることではなく、ある程度の訓練が必要だろう。人によっては 「リラックスしよう」 とすることで、かえって自分を緊張状態に追い込んでしまうなんてこともあるかもしれない。リラックスするにもトレーニングが必要なのだ。

ちなみに、これからのうららかな季節、私にとって必要なのは、むしろ 「眠っちゃわないで済むメソッド」 なんじゃなかろうか。眠くてたまらなくなったり、下手すると、あっというまに気絶のごとき眠りに落ちてしまったりすることがよくあるのだ。眠っちゃうのに 2分もかからないから、油断がならないのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/03/25

ハンノキ・アレルギーってものまであるらしい

5泊 6日の九州出張から帰って来た。20日の早朝に出発して、25日の夜遅くに帰宅したので、同じ 5泊 6日でも、かなりみっちりとした 5泊 6日である。博多に滞在した前半の 3日間は極端な寒の戻りで寒かったが、長崎にいた後半の 3日間はいかにも春らしい陽気で気持ちがよかった。

180325

ただ、「春らしい陽気で気持ちがよかった」 とは言っても、この時期、私は恒例の花粉症に悩まされてしまう。そして、九州、とくに長崎辺りは今の時期、関東のスギ花粉とはちょっと違った花粉が飛んでいたように思う。

関東ではくしゃみ、鼻水、目の痒さという症状が出ていたが、長崎では喉のムズムズと咳がひどかった。「こりゃ、きっとスギ花粉だけの症状じゃないな」 と思い、ネットで調べてみると、どうやら 「ハンノキ」 というのが怪しい。

ハンノキというのはカバノキ科ハンノキ属の落葉高木で、1月から 6月頃までのかなり長い期間に花粉を飛ばすらしい。そしてその花粉の直径がとても小さいので、喉の奥まで入り込んで咳の原因になるというのである。(参照

出張中、初めは風邪でもひいてしまったかと思ったが、時々妙に喉がムズムズして咳が出るだけで、熱も悪寒もかったるさもない。とくに訪問先で果物を出されて食べたときに咳の症状がひどくなり、口の中が妙にはれぼったくなってしまうので、「ハンノキ・アレルギー」 に間違いないと確信したのである。

そして九州から戻り、羽田からモノレールに乗ったとたんに、九州ではあまり気にならなかった目の痒みがひどくなり、ほとんど忘れかけていたくしゃみが止まらなくなってしまった。そして咳はほとんど気にならなくなったのである。関東ではスギ花粉がメジャーで、ハンノキ花粉はマイナーというのが、身を以てわかった。

それにしてもまったくもう、我ながら一体何種類のアレルギー持ちなんだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/03/24

親の延命治療を強いるエゴイズム

半年も前の 「ダイヤモンド・オンライン」 の記事で恐縮だが、"「延命治療」 を親に強いるのは圧倒的に 50代息子が多い理由" という記事を興味深く読んだ。親が延命治療を望まず、家族の多くも安らかな親の死を望んでいても、50代の息子は強硬に延命治療を望むケースが目立つのだそうだ。

1803242

調査によると、生きながらえる見込みがない場合には、ほとんどの人は延命治療を臨まない。しかし、50〜60代の息子は逆の場合が多いという。記事を引用してみよう。

家族が病気で治る見込みがない場合、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」 は 73.7%。「少しでも延命できるよう、あらゆる医療をしてほしい」 は、全年齢の平均では 14.7%だが、55~59歳では 16%、60~64歳では 16.5%と高くなる。この数字は、男女合わせたものなので、男性に限れば、さらに高くなるに違いない。

本人も、家族の多くも臨まない延命治療を、どうして 50〜60代の息子は臨むのか。記事では 「めぐみ在宅クリニック」 小沢竹俊院長の次のようなコメントで説明されている。

「傾向としては、お嫁さん任せで、なかなか介護にコミットしなかったご長男、あるいは遠方に住んでいて、施設任せできたような家族に、そういう治療を望むケースが多いですね。

それまで親と、きちんと向き合えていないから、いざその時が来た時に、子どもとしての覚悟が全くない。だから右往左往し、本人が決して望まないことを強制する。子どもとして、今まで向き合ってこなかった分これからなんとかしたいから、最善という名の下、望まない延命治療をさせてしまう、というのがよくあるストーリーです」

なるほどね。これは私に言わせれば、子どものエゴイズムでしかない。

私の父は 7年前の震災直後から体調が悪化し、通院したところ肺がんが見つかった。父は曹洞宗の坊主の息子だけに少しも慌てず騒がず、「死ぬのは 10月になってからにしようと思う。夏の暑い時に死ぬのは、葬式に来てくれる人たちに気の毒だから」 と言った。そして見事にその言葉通り、10月のど真ん中の 16日 (前後に 15日ずつある) に息を引き取った。我が父ながら、見事な最期だった。

父は当然のごとくに延命治療を望まなかったし、その頃まさに 「50代の息子」 だった私も望まなかった。父も私も冷静に 「死」 というものを受け入れていた。そして私自身も、その時が来たら余計な治療を施されることなく、さっさとあの世に行きたいと思っている。我が家は息子がいなくて子どもは 3人とも娘だから、強引に延命治療を望まれることもなかろうと、安心している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/02/26

インフルエンザが流行っているなあ

インフルエンザが大流行しているようだ。昨年末頃 (だったかな)、流行の峠を越えたなんて言われていたような気がするが、勢いが戻ってきているらしい。

180226

1月 27日付で "私は 「インフルエンザにかかりにくい免疫力」 をもっているようだ" という記事を書いた。本当に、生まれてこの方、インフルエンザというものにかかった記憶がないのである。ところが、今日になって少し焦っている。

仕事で昨日ほぼ一日中一緒にいた仲間 2人が、今日になって出てこない。どうしたのかと思っていると、2人とも 「昨日の午後から、どうも熱っぽくて体の節々が痛いと思っていたんだけど、今日医者に行ってみたら、B型インフルエンザと診断されてしまった」 というのである。1週間はウィルスをまき散らさないためにも、外出できないんだそうだ。

おいおい、そんな 2人に挟まれるようにずっと仕事をして、夜まで付き合っていた私は、一体どうなるんだ。一緒にメシも食ったし、酒も飲んだし、彼らの着ていたパーカやコートを、「これ邪魔だから、こっちに置いとくよ」 なんて言って抱え込んだりもしてしまったじゃないか。もう十分にウィルスをまき散らされてしまっているほずだ。

これで無事だったら、本物中の本物の 「インフルエンザにかかりにくい免疫力」 を持っていると誇ってもいいだろうと思う。とにかく、今日は早く寝ることにする。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018/02/04

「寒暖差アレルギー」 というものを初めて経験した

先月末から 今月 1日にかけて、鼻水が止まらない症状に見舞われた。この間は、八戸と高崎に出張していたので、仕事しながら流れ出る鼻水と戦っていたのである。

180204_2

風邪じゃないので、熱もないし咳も出ない。かったるくも何ともないのに、とにかく鼻水だけが止まらず、ティッシュ・ペーパーを山ほど消費してしまった。「こんなに寒いのに、今年はもうスギ花粉が飛び始めてるんだろうか?」 と思ったが、どうやらこれは花粉症ではなく、「寒暖差アレルギー」 というものだったらしい。

『マイカラット』 というサイトに "風邪じゃないのに鼻水が止まらない…。もしかして「寒暖差アレルギー」かも?" というページがあるのを見つけて、早速読んで見ると、まさに一昨日までの私の症状とほぼ一致する。昨日あたりから少しだけ寒さが揺るんだとたんに、症状がなくなったのだから、少なくとも花粉症ではなく、やはりこの 「寒暖差アレルギー」 だったんだろう。

件のページを読んでみると、寒暖差アレルギーは 「自律神経の乱れが原因で起きる異常」 で、正式には 「血管運動性鼻炎」 と言うのだそうだ。「アレルギー」 とはいいながら、アレルゲン (アレルギーを引き起こすモト) は存在せず、急激な気温変化に自律神経がうまく対応できずに生じるものなのだそうだよ。私も結構デリケートなのだね。

この 「寒暖差アレルギー」 の症状は、次のようなものであるらしい。

  • 鼻水がサラサラ
  • 熱は出ない
  • 目の痒(かゆ)みもない
  • イライラなど、精神面に現れる
  • 急激な温度変化によって発症する
  • 採血などのアレルギー検査で異常が出ない


私の場合、上の 3つと、5番目の項目はモロに当てはまった。他の 2項目は、「イライラなど、精神面に現れる」 ということはなく、「採血などのアレルギー検査で異常が出ない」 ということに関しては、そんな検査はしていないので、なんとも言えない。

「精神面に現れる」 という項目の詳細を読むと、「イライラする、疲れやすい、寝付けない、食欲がないといった、精神的な症状が現れることがあります」 とあり、ということは、現れないこともあるということだろうから、私は 「まだマシ」 というケースだったんだろう。

寒暖差アレルギーの対処方法は、「衣類などで温度調節をする」 「体を暖める」 「適度な運動」 「規則正しい生活リズム」 なのだそうだ。私の場合は、適度な運動は続けていたが、「伊達の薄着」 が災いしたもののようだ。

出張から戻り、昨日あたりから多少寒さが揺るんで、とくに今日は日本全国で関東だけが立春らしい気候になったらしいので、私の 「寒暖差アレルギー」 の症状はすっかり消えてしまった。明日辺りから関東にも再び寒波が流れ込むらしいので、しっかり体を暖めて、あんな症状が再発しないようにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/27

私は 「インフルエンザにかかりにくい免疫力」 をもっているようだ

日本気象協会の tenki.jp というサイトに、「インフルエンザにかかりやすい人ってどんな人? 〈免疫力〉 について考えよう」 というページがある。どうやら免疫力の高い人と低い人というのは、確実にいるらしいのだ。

180127_4

で、自分自身のことについて考えてみると、子どもの頃の確実な記憶なんてないが、少なくともここ 50年ほどのことでいえば、インフルエンザというものにかかったことがない。というか、多少風邪気味でも滅多に医者にかからないので、「インフルエンザですね」 と診断されたことがない。

さらに 「もしかして、あの時って、インフルエンザだったのかな?」 と思えるような、しんどかったという記憶もないので、ということは、私は確実に 「免疫力が高いタイプ」 なんだと思う。

このページの情報によると、「免疫」 というものには 「自然免疫」 と 「獲得免疫」 の 2種類があり、前者は 24時間休まずに体内をパトロールして、侵入してきた病原体に最初に反応し、「獲得免疫」 に知らせる役割を持つ。

そして 「獲得免疫」 というのは、病原体との戦いを積み重ね、経験値を高めていくタイプの免疫力なのだそうだ。その防御作用は強力だが、初めて出会った病原体に対して有効性を発揮するまでには、少し時間がかかるという。

日ごろから 「自然免疫」 を高めておくと、警報を受けた 「獲得免疫」 も素早く戦え、免疫力全体が高まるというので、要するに、じゃあ、その 「自然免疫」 はどうしたら高まるのかというのが問題だ。記事によると、「規則正しい食生活、十分な睡眠、適度な運動、ストレスフリーを心がける」 という 4点が重要だという。

うむ、私の場合、食生活に関してはそれほどメチャクチャというわけじゃないから、ギリギリ 「規則正しい」 ということにしておこう。睡眠は、忙しくて睡眠不足の時はチョコチョコ細切れに居眠りして補っているから、これもギリギリ合格ということにする。

「適度な運動」 ということに関しては、まあ、イケてると思うし、「ストレスフリー」 ということについても、元々細かいことを気するのは面倒くさいと感じる性分だから、合格だろう。ということは、私のライフスタイルははからずも 「インフルエンザにかかりにくい免疫力を高めている」 と言えそうだ。ありがたいことである。

というわけで、この冬もなんとか乗り切れそうだ。寒さに震えてはいるけれど。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧