カテゴリー「心と体」の257件の記事

2017/04/05

病気への無知が病気をしない秘訣

前に 「カタカナ名前の食い物がわからない」 と書いた (参照) が、もう一つ、病気の名前にもまったく詳しくない。いろいろな病気の名前を聞かされ、「はあ、そうですか、それは大変ですね」 なんて言っても、申し訳ないが、実は何がどんなに大変なのかさっぱりわかっていないのである。極端な話、風邪と腹痛と花粉症以外の病気は知らないみたいなものだ。

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例えば 「クモ膜下出血」 という病気に関して、若い頃に 「腹の中にある膜なんでしょ」 と口走って、「あれは横隔膜だ」 と笑われて間違いと知ったが、その後ずいぶん長い間、漠然と目の奥あたりの病気と思っていた。最近になって 「あれは網膜だ」 とダメ押しされ、ようやく脳のどこかの内出血と知ったばかりである。

ただ、 「クモ膜」 が脳のどの辺りにあるかまでは見当も付かず、興味もないので調べてみる気にもなれない。たとえ知ったところで自分ではどうすることもできないし、カタカナ名前の食い物同様に、すぐに忘れてしまうだろう。とにかく病気に関してはとことん無精である。

これほど病気に無精でいられるのは、自分が健康で、ほとんど病気をしないからこそだろう。病弱でしょっちゅうあちこち具合が悪くなっていたら、無関心では到底いられない。

ただ、病気をしないから無関心でいられるというよりも、その逆に無関心だから病気もしないのだという方が正しいような気もする。病気に興味がないから、「無理したら風邪引いちゃうんじゃないか」 とか 「こんなものを食ったら、血圧が上がるんじゃないか」 とかいう心配をまったくしない。心配しないからストレスもなくて、そのおかげで病気にもかからないのだと思う。

病気になっちゃうんじゃないかという心配をほとんどしない代わりに、病気になっちゃうような生活習慣もない。煙草を止めて 40年近くになるし、近頃は酒を飲むのが億劫だ。肉やコレステロール、脂肪まみれの食い物も、嫌いというわけじゃないが、口に入れるのが面倒くさい。

酒や煙草はストレス解消に役立つという人もいるが、あれは、酒や煙草を嗜まないとストレスが溜まる生活習慣に陥っていることの言い訳と思っている。その状態で無理に禁酒禁煙をしようとしたら、それがさらなるストレスになってしまうだろう。

どんなに忙しかろうが、基本的に心根の奥底では 「のほほん」 としていられることが、病気をしない秘訣のような気がしている。

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2017/03/14

痛みのダブルパンチ

暑さ寒さも彼岸までと言い、その彼岸はまだなので、時々冷え込んだりするのも無理はない。今夜は北関東で雪になるかも知れないというほどの冷え込みだが、昨日に書いた通り、最近はちょっと寒さ強くなってしまっていて、周囲の人たちが寒がるほどには寒さを感じない。

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寒さは苦にならないものの、このところ、痛みのダブルパンチにひいひい言っている。

まずは 3〜4日前に庭に出る時に、思い切りサッシに挟んでしまった左手中指の爪だ。結構どす黒く内出血してしまい、まだズキズキと痛んでいる。挟んだ直後は、内出血した爪が確実に剥がれてしまうだろうと思っていたが、今のところはそうならずに済んでいる。しかしそのうちぱっかり剥がれてしまう可能性も、まだ残っている。

もう一つは、歯の痛みだ。虫歯で穴が開いているというわけでもないのに、右上奥歯のその奥が痛む。いや、痛むといっても普段は大したことはない。ただ何かの噛み合わせでカチンと当たると、猛烈に痛い。そしてもう一つ、暖かいものを食べるととたんにズキズキになる。

昨夜、カレーライスを食べたらいきなりズキズキと痛み出したので、驚いてしまった。冷たいものを食べて歯にしみるというのは子どもの頃に経験があるが、暖かいもので歯が痛むなんてことがあるとは、全然知らなかった。

ようやく歯科医の予約が取れて今日の夕方に治療に行ったら、歯の奥の神経のところに何かの拍子に細菌が入り、神経の一部をダメにしてしまったのだろうと診断された。どうせダメにするなら全部ダメにすればいいのだが、一部だけに止まるので、その部分にガスが溜まり、暖かいものを食べるとそのガスが膨張して、残った神経を圧迫するのだそうだ。

そのうち、横になっただけで痛みを感じて、寝られなくなるという。早めに治療に行ってよかった。歯の奥の神経を取ってもらって、仮の歯をかぶせてもらっているが、まだ安定していないので、体が温まると痛む可能性があると言われた。いや、そんなことを言われなくても今でも結構痛い。鎮痛剤を多めに処方してもらってはいるものの、そういうのって、あまり飲みたくないんだがなあ。

それにしても、普段のとりたててどこも痛くないという状態のありがたさが身にしみることである。

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2017/02/08

花粉症がもう佳境に入っている

気象庁のサイトをみると、本日の茨城県の花粉飛散状況は軒並み薄い黄色で示され、「少ない」 ということにされてしまっている (参照)。ああ、これで花粉飛散が 「少ない」 というなら、これから多くなったらどんなことになってしまうのか、今から気が重い。

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ニュースで 「2月上旬からスギ花粉が飛び始めるようですが……」 なんて言っていた 1月中旬 から、何となく鼻が詰まりやすい感じがしていて、1月末にはもう、疑いもなく目の縁が痒くなっていた。時々くしゃみも止まらなくなる。何が 「2月上旬から」 だ。白々しいにもほどがあるよと思っていた。そしてまさに 2月上旬になった今、もうすっかり佳境に入っちゃってる。

なにしろティッシュペーパーの消費が激しくなる。たくさん使う時に限って、ちょっと値の張る 「しっとりタイプ」 でないと、鼻の穴の周囲が痛くなっちゃう。大した出費じゃないが、心理的にはストレスなんだよね。これが。

私は花粉症ぐらいでは医者にかかったり、薬に頼ったりなんかしたくない性分なので、ただひたすら時節の移るのを待つことが多いのだが、一昨年はあまりに辛かったので、市販の 「アレグラ FX」 というのを服用した。効果は確かにあると実感した。

今年はこの分だと、再び 「アレグラ FX」 を飲まなければいけないかもしれない。しかしこの薬には下の写真にあるように、「悪夢」 という副作用があるというので、ちょっとビビっている。一昨年は大丈夫だったのだけどね。

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2016/11/26

インフルエンザが流行り始めたらしいのだが

早くもインフルエンザが流行り始めたらしい。今月 14~20日に全国約 5000か所の定点医療機関から報告のあった患者数が、1医療機関当たり1.38人となり、流行の目安となる 1人を超えたのだそうだ。

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ここでいきなりだが、私はインフルエンザという病気にかかった覚えがない。もしかしたら自覚しないうちにかかったことがあるのかもしれないが、そもそもここ何年も、大した風邪をひいてしまったということがない。

「いや、もしかして忘れてるだけかもしれない」 と思い、「風邪」 というキーワードで自分のブログを検索してみたら、ありゃ、決してひいてないわけじゃない。ただ大事に至っていないので、自分で覚えていないだけのようだ。

自分の過去記事をみると、夏風邪の方が多い。「夏風邪は馬鹿しかひかない」 というが、自分に照らし合わせれば 「なるほどね」 と思うばかりである。ただ一昨年の 5月の夏風邪について書いた記事をみても、決して寝込んだわけでもなく、フツーに仕事を続けてるうちに治っていた (参照)。

さらに検索してみると、4年前の今頃に 「胃腸風邪」 というものにかかって寝込んだと書いている。ただ寝込んだと言っても昼から夕方までの半日足らずのことで、珍しく医者にかかって処方してもらった薬が劇的に効いて、なんのことなく復活しちゃってる (参照)。

「風邪気味かな?」 と思うことは、年に何度かある。ただそんな時は、常備してある葛根湯を 1〜2回飲んでフツーに暮らしてさえいれば、知らぬ間に治ってしまっている。「葛根湯様々」 である。そんなわけで、私はインフルエンザの予防接種を受けようなんていう発想がない。予防接種なんかに頼らなくても、何十年もかかっていないのだから、必要ないのである。

ただ世の中には、「自分の都合だけで考えてはいけない。インフルエンザにかかって周囲にうつさないためにも、予防接種は受けるべきだ」 なんていう人もいる。しかしこれは、ちょっと疑わしい論理だ。ワクチン業界の回し者なんじゃないかなんて思ったりする。

そもそもインフルエンザの予防接種というものは、「感染を防ぐ」 というよりは 「かかっても発症を抑える」 とか 「重症化を抑える」 とかいうのが本当の目的であるらしい (参照)。だったら、予防接種をしたからといって、他人にうつさないで済むというのは甚だアヤシい。だから予防接種を受けないからといって、他人の迷惑を顧みない自己チューってわけじゃない。

私としてもこれから年をとってよっぽどのじじいになってしまったら、もしかしたらインフルエンザをこじらせてしまうこともあるかもしれない、ただそんな時は、いいチャンスだからあっさり死ねばいいのである。そんなことでもなかったら、いつまで生き長らえてしまうか知れたものではなく、それこそ世の中に迷惑をかけてしまう。

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2016/11/03

肉を食いつくせない私

サブマリン型サンドイッチのチェーン、サブウェイは割と贔屓にしているのだが、私は最近牛肉と豚肉を食べないことにしているので、この 「肉を食いつくせ!」 というチラシには、ちょっと腰が引けてしまった。「お肉がたっぷり」 の写真は、ちょっと生々しすぎる。

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で、こんなことを考えてしまった。

最近、某ラーメン・チェーンで、従業員が誤って切り落としてしまった指の一部が、ラーメンに混入してしまったというニュースが話題になったが、どうして人間の指のスライスのほんの一部だと気持ち悪くて大騒ぎになるのに、牛や豚の肉なら平気なのだろうか。考えれば不思議なことである。

私は厳格なベジタリアンというわけでは全然なく、鶏肉ならたまには食うというなまくらなのだが、それでも今ではたっぷりの肉を見ると、気持ち悪さを感じるようになってしまった。牛だろうが豚だろうが、人間の指だろうが、肉は肉である。鶏はちょっと魚寄りのような気がして、まだ大丈夫だ。勝手な感覚ではあるが。

今の世の中、どういうわけか 「肉食系」 がもてはやされているようなのだが、私はその価値感が全然わからない体になってしまったようだ。

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2016/10/29

「アスリートは短命」 説の逆利用

ラグビー元日本代表監督の平尾誠二氏の、53歳という若さでの死は、ちょっとショックだった。彼が同志社大学で活躍した頃から、ワセダのラグビーは常勝軍団じゃなくなったような印象まであって、憎いけどカッコいい存在ではあった。

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ところで、「アスリートは短命」 という説がある。確かに相撲取りなんかは、若死にするような気がする。上の図は昔話題になった 『脳内革命』 (春山茂雄・著) という本に載っていたグラフだが、なるほど、確かに体育会系は若死にするような印象を受ける。一方で文化系は生き残るように見て取れる。

アスリートが長生きしないのは、体内に活性酸素が大量に生成されてしまうからだと言う人もいる。ただ活性酸素というのは、別に激しい運動なんかしなくても体内に発生しちゃうのだから、程度問題であって、「スポーツは体に悪い」 なんていうのも考えものだ。

私なんかは 「自分で自分の面倒が見きれなくなる年になってもだらだらと生きるより、さっさとあの世に行ってしまう方が幸せ」 と思っているから、単なる 「数字上の長生き」 には否定的だ。さんざん元気で生きて、ある日ポックリ死んでしまうのが、私だけでなく多くの人の理想なんじゃないかとも思う。

私は還暦を過ぎても、「雨さえ降らなければ、往復 50km 以内なら自転車で出かける」 なんて言って、時には往復 100km 以上でもそうする。結構汗をかきながら生きているのは、意識としては 「単なる数字上の長寿を放棄するのと引き替えに、元気なうちはバリバリ動ける体を維持する」 ことに積極的な意義を見出しているからだ。

これは別の言い方をすると、「必要以上に動いておくことで、数字だけの長生きなんてしなくて済むように保険をかけておく」 ということでもある。「アスリートは短命」 という説は、ある意味逆利用のし甲斐があるだろう。

今のところ、すぐに死んでしまうような兆候も見られないから、多分 70歳までは元気で生きていけると思う。そこから先は、元気なままなら敢えて死のうとは思わないが、床に伏せるようになってまでだらだら生きようとも思わない。だって、それじゃつまらないし、苦痛でもあるだろうから。

そうならないように、今のうちに体を酷使して、あっさり死ねる素地を作っておこうと思っている。

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2016/10/06

自転車で都内まで行き、往復 70km を走った

最近、自転車に乗る時にスピードを時速 27〜30km/h に維持したり、往復 50km 以上を乗り込んだり、ちょっと体に負荷をかけて鍛え直している。今日も都内に住む娘のところに行って、往復 70km を走った。

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きつめのトレーニングを続けたおかげで、15km までの距離なら、クロスバイクで、時速 25km/h の速さをキープできるようになった。ところが、片道 35km (往復 70km) ともなると、やはりそうはいかない。とくに今日は台風一過の晴天となったものの、吹き戻しの風が強く、それが向かい風だったので、片道 2時間半もかかってしまった。平均時速にすると、たったの 14km/h にしかならない。

がっかりするほどの遅さだが、これは水戸街道を辿る際に信号が多いので、赤信号で停まっている時間が結構長く、そして青信号に変わってもスピードに乗るまでに時間がかかることによる。スピードに乗り切れないうちに、次の赤信号で停まってしまうなんてことも結構あり、そうなると延々と低速度で走りつつ、体力だけは削られる。

その上、行きが向かい風だと、帰りも向かい風というケースが多く、今日もまさにそれだった。一日中風向きが同じなんて日は、そんなに多くない。昼前に向かい風を突いて走ると、夕方頃の帰り道もまた向かい風になっているものなのである。

私は結構な晴れ男なのだが、風に関してはいつも向かい風に悩まされる傾向がある。ただ、そのおかげでヒルクライムの練習ができるということもあり、一昨年の 12月に自転車を買った頃と比べると、自分でも驚くほど体力が戻ってきている。ありがたいことである。

上の写真は、松戸市と葛飾区を区切る江戸川を渡った際の画像。青空に恵まれてなかなかいい景色だった。

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2016/09/29

右膝関節の痛みを巡る後日談

8月 22日の 「台風 9号の接近と、関節痛」 という記事で、古傷の右膝関節が痛んでいるということに触れた。台風による気圧変化の影響によるものと思い、「台風が遠ざかり、気圧が上がり始めればウソのように痛みが消えることは経験則で知っている」 と書いたのだが、実は今回の痛みはちょっと長引いてしまった。

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痛みが長引いたといっても、決していつも痛いわけじゃない。階段を上る時にだけ、右膝が痛いのである。それ以外では痛みは全然感じることがなく、忘れてさえいるのだが、階段を昇る時だけ否応なしに思い出してしまうのだ。

「これはちょっと様子がおかしい」 と思い、今月 4日にはちょっとしたヒルクライム・イベント (自転車で山登りするヤツ) に参加もしたので、その前に大事を取って接骨院に行ってみたのである。接骨医の先生の見立てによると、これは決して関節痛ではなく、太股筋肉の疲労により、膝関節との繋ぎ目の腱がちょっと炎症を起こしているということだった。

階段を昇るというのは、ほんの短い間だが、完全に片足のみで全体重を上に持ち上げることになるので、筋肉にかなりの負担がかかり、小さな炎症を起こしているだけでも痛むことがあるという。そしてその場合は膝関節の近くが痛むことが多いので、関節痛と勘違いしやすいのだそうだ。

「そうですか。『年をとると関節の軟骨がすり減って痛む』 と聞いたことがあるので、気になってたんですよ。実は 3日後に自転車でヒルクライムするので、その前にちょっと診てもらおうと思って……」

「いやいや、もし本当に軟骨がすり減ったんだったら、自転車でヒルクライムなんて発想もできませんよ。まだまだお若いです」

というわけで、図らずも接骨医の先生のお墨付きをもらってしまったのである。「こんな状態でヒルクライムなんて、おやめなさい」 とは言われなかったので、予定通り 3日後に山登りをした。そこそこのタイムで完走できたので、還暦はとっくに過ぎたが、まだまだイケそうである。

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2016/09/23

日本人が羊を数えても眠れないのは、14年も前に指摘済みだ

ちょっと自慢させていただくが、私が 14年も前に私が自分のサイトで論じてしまっていることを、Huffington Post が今さらのように書いている。"眠れない時 「羊を数える」 は、日本では意味がなかった!" という記事で、筆者は和田和子さんという人。「Fuminners 編集部, 睡眠改善インストラクター」 という肩書きになっている。

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この和田さんという方は、説1."sheep"と"sleep"の自己暗示説、 説2.「重要なのはイメージ」 説、説3.「単純作業は脳を落ち着かせる」 説 − という 3つの視点から、「羊を数える方法は日本人には効果なし」 と結論づけている。詳細は次の通り。

まず、「説 1」 の "sheep"と"sleep"の自己暗示説だが、これは英語では 2つの単語が音韻的に共通しているため、この言葉を繰り返すと、「眠れ」 と言われているように錯覚するが、これは英語の場合であり、日本語では意味がないとしている。

そして「説 2」 の 「重要なのはイメージ」 説では、「イギリスをはじめとした英語圏では、羊は人々にとってとても身近な動物でした」 「この牧歌的で癒し効果溢れる羊を思い浮かべることで、英語圏の人々はリラックスでき、眠りにつきやすくなった」 のだが、「あまり馴染みのない羊を日本人が一生懸命思い浮かべようとしても、かえって目が冴えてしまいそう」 としている。

この点で一つ言わせていただけば、羊が身近な動物なのは 「イギリスをはじめとした英語圏」 に限らず、ユーラシア大陸全般に言えることで、さらにオーストラリア、ニュージーランド (こちらは英語圏だが) にも広がったので、羊を思い浮かべてリラックスできるのは、「英語圏の人」 だけじゃない。和田さんの文章では、「説 1」 と 「説 2」 がごっちゃになっている。

さらに 「説 3」 の 「単純作業は脳を落ち着かせる」 説では、「『イメージ説』 のとき同様、日本人にあまり馴染みのない羊を数えると、脳が活性化し、かえって眠れなくなってしまいます」 と結論づけている。「説 3」 と同じような結論になり、その境目は不明瞭だ。

いずれにしてもここまではすべて、私が 14年前に 「なぜ、日本人は羊を数えても眠れない? 比較文化学的考察」 というコラムで書いたことの繰り返しにすぎなくて、新しい指摘は一つもない。私は若い頃、ウール関係の仕事をしていた時期があって、こと羊に関しては、睡眠改善インストラクターさんよりも専門知識が豊富なのだよ。

というわけで、敢えてパクリとまでは言わないが、まあ、和田さんにはこの記事を書く前に 「既出はないだろうか」 とググってみるぐらいはしてもらいたかったなあ。私が 14年前に件の記事を書いた時は、ちゃんと検索して、私の説が少なくとも当時のインターネット上には存在しなかったことを確認している。

というわけで、この説を公に唱えたのは、私が最初だと自認している。今になってググってみても、「羊は日本人に馴染みがないから、効果がない」 という私の説を踏襲したものばかりだ。これに関して日本人が羊を数える際の脳波を分析してみれば、話題のイグノーベル賞ぐらいもらえるかもしれない。その時は、私も最初の主唱者として授賞式に参加させてよね。

今回の和田さんという方の記事に関しては、単なる比較文化学的考察に留まらず、 「睡眠改善インストラクター」 という仕事の人に現場的なお墨付きまで頂いたのだと解釈すれば、少しは鬱憤が収まるかな。

さらにこの件に関しては、9年前のこのブログでも、「羊とプードルとフリースの三題噺」 というタイトルで触れている。こちらの方は、日本人はあまりにも羊に馴染みがなくて、プードルとの区別もつかないという笑い話だ。

で、件の和田さんという方は記事の後半で、日本人にとって羊を数えるより効果的な方法として、いろいろ挙げていらっしゃるが、何だかんだ言うよりも、こと私自身に関しては 「お米が 1粒、お米が 2粒、お米が 3粒 ……」 とやる方がずっと効果的だ。これをやっているとすぐに眠くなって、20粒まで数えられた例しがない。

何しろ、日本人なもので。

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2016/08/22

台風 9号の接近と、関節痛

台風 9号が関東直撃コースを辿っていて、ここ、つくばの地も朝から大荒れだ。そして昼を過ぎて風雨はさらに強まっている。我が家の裏手を流れる川は、流れの幅がいつもの 3倍ぐらいになり、土手の草も大きく揺れ動いている。

東北生まれの私は、18歳で上京するまで台風をまともに実感したことがなかった。昔は東北直撃の台風なんて滅多になく、たまにあったとしても、九州や四国で体力を使い果たしてよれよれになったようなやつばかりだった。「台風が東北に上陸」 なんていうニュースに身構えていても、よくわからないうちにいつの間にか通り過ぎていたのである。

関東に居住するようになって、ようやく台風というものを実感するようになったが、それでも九州や四国に上陸する 「現役バリバリ」 みたいな台風と比べれば、それほどのことはなかった。ところが最近、様相が変わってきて、台風が時々、南の海上から直接関東に狙い澄まして来たりするようになっている。

今回の台風 9号がまさにそれで、もっといえば、11号なんかは東北北海道を直撃するという、昭和の頃だったら考えられないようなコースを辿っている。これって、地球温暖化と関係があるのかしらん。いずれにせよ、まったく無関係ということはあるまい。

今日の午前 10時頃に仕事関係で東京都心に電話したところ、「こちら、ものすごい雨風ですよ。これがおっつけそっちに行きますから、覚悟しといてください」 と言われた。その頃には既にこちらも十分暴風雨だったのだが、正午を過ぎると雨も風もさらに強まって、一瞬ゴォーっと音がすると、家が揺れたりする。

まあ、これも夕方頃までの辛抱らしいから、それまでは家を出ないでおとなしくしていようと思っているのだが、一昨日辺りから階段を上る時、古傷の右膝が急に痛み始めた。時々雨が降り出す前にちょっと痛みを感じることはあったが、ほとんど気にならない程度のものだった。しかし今回のはかなり痛い。

ものの本によると、天気が悪くなるに連れ、気圧が下がり始めると痛むというケースが多いらしい。とすると、私の膝は一昨日から台風の接近を感知していたものと思われる。しかもいつもの何倍もの痛みなので、今度の気圧低下は、台風だけにかなりのものであると、私の膝関節はしっかりわかっていたようなのである。

台風が遠ざかり、気圧が上がり始めればウソのように痛みが消えることは経験則で知っているので、今はそれを待っている。もうすぐだろう。

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