カテゴリー「心と体」の297件の記事

2019/05/12

年を取ると、疲れが遅れて出る

昨日は 10時間の運転にも体力がもったみたいなことを書いてしまったが、還暦を過ぎると疲れは遅れて出てくるもののようで、今日になってからどっと疲れたような気がしている。

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年を取ると筋肉痛が遅れて出てくるというのはよく言われる。確かに長時間運転し続けたので、腰に疲労が溜まっているような気がするが、この疲労感はそれとは別だ。

一昨日に 10時間運転して昨日はしっかり早起きできたものの、今朝はちょっと辛かった。起き上がっても、しっかりと覚醒した気がせず、いつまで経っても頭がぼんやりしている。日中も何かというと腰を下ろしたくなる。そして「ふう」とため息をつく。

起きていられないとか、仕事に集中できないとかいうほどでもないのだが、「ああ、早めに寝たいなあ」という気がいつもしている。これはもう、「寄る年波」というほかないのか。あるいは、今日は北東の冷たい風が吹き付けて急に寒い日になったことも関係しているかもしれない。

人にも 「tak さん、目が半分寝てるよ」と言われる始末である。というわけで、今日は早く寝る。おやすみなさい。

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2019/04/08

歯の経年劣化

ここ 4日間ほど歯医者通いをした。またしてもモノを食っていて歯が欠けてしまったのである。しかもご丁寧なことに、右下と左上の、2本欠けてしまったので、「クラウン・ブリッジ維持管理説明書」というお約束の書類を 2枚ももらってしまった。

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体のどこにも(花粉アレルギーを除いて)悪いところはなくてピンピンしているのに、歯科医だけは毎年頼りにしてしまう。で、今回歯が欠けた原因は、干し芋を囓っていたことである。還暦過ぎて干し芋をワシワシと噛みちぎるのは、結構アブないと思い知った。

もっとも歯が欠けたのは初めてのことではなく、一昨年の 8月は 65歳の前期高齢者になったとたんに桃を食っていて下の前歯が欠け(参照)、今年の 2月は「大麦ダグワース」という洋菓子で欠けてしまった(参照)。桃と洋菓子ごときで欠けるのだから、みっちりとした歯ごたえの干し芋で欠けるのももっともだと自分を慰めているが、その慰めの前提が「桃と洋菓子で欠ける」というのだからちょっと泣けてしまう。

「やっぱり年なんでしょうかね」と歯科医の先生に聞くと、「元々ヒビが入ってたんでしょう。そうなったら、どんな柔らかいものを食べても、欠けるときは欠けます」と、一昨年に桃で欠けた時と同じ言葉で慰めてくれた。しかし短期間のうちに 3回目(しかも 4本)ともなると、それだけでは慰めにならない。

「その、ヒビが入るってのは、やっぱり年のせいなんじゃないんですか?」としつこく聞くと、「歯の質にもよるんです。歯の柔らかい人はどんどんすり減ってものが食べにくくなる傾向があるし、硬い人は減らない代わりにヒビが入りやすいんですよ」と言う。この先生、「年のせい」とは決して言わない。いい人である。というわけで、どうやら私の歯は、硬くてヒビが入りやすいらしい

ただしかし、すり減ったりヒビが入ったりするというのも、いわば「経年劣化」のようなものだろうから、やっぱり「年のせい」ってことになるんじゃないかなあ。やっぱり近頃は自転車でヒルクライムしても前ほどスピードが出せないし、細かい仕事が長く続くと目がショボショボする。

年は争えないものだが、まあ、同年代の他の連中に比べれば呆れられるほど(そもそも同年代の連中は自転車で山登りなんかしない)元気なので、気を取り直してやっていこう。最近、2歳年下と同年齢の親しい友人 2人が相次いでガンで死んでしまったので、供養のためにも彼らの分まで生きてやらなければ。

 

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2019/01/23

インフルエンザというものにかかった記憶がない

有安伸宏さんという方が、「シーズンイン前の予防接種、オフィスの加湿器は全開、紅茶や緑茶を常飲、人混み避ける、ジム通って体力つける、睡眠と食事両方しっかり」 という対策を全てやって、なおかつインフルエンザ A形と診断されたと tweet しておいでだ (参照)。お気の毒に。

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そうかと思うと、本職の医師が 「インフルエンザワクチンは打たないで!」 という本を書いていたりする (参照)。著者の母里啓子さんという方はウィルス学の専門家ということだが、インフルエンザワクチンが効かないのは 「ウィルスを学んだものの常識」 で、それでも世間がこぞって薦めるのは、「メーカーにも医者にも儲かるいい商売だから」 だと書いておられるらしい。

要するに、ここにもまた 「利権の構造」 というものがあるようなのだ。

まあ、インフルエンザワクチンが本当に効くのか効かないのかというのは、専門外の私がどうのこうの言ってもしょうがない。ただここで単純事実を書くとすれば、私自身は半世紀以上にわたってインフルエンザワクチンなんて打ったことがないが、インフルエンザにかかった記憶がない。こればかりは本当の話なので仕方がない。

中学校まではインフルエンザワクチンを、全員がほとんど強制的に接種されていたような記憶があるが、注射が嫌いな私は 「体調が悪い」 とか何とか仮病を使って逃げていた。高校からは 「希望者だけ」 になったように思うが、私は 「そんなもの、誰が希望するか!」 という態度を通していて、それでもインフルエンザなんて縁がなかったのである。

去年の今頃も、"私は 「インフルエンザにかかりにくい免疫力」 をもっているようだ" なんて書いている。なんでそんなに無事でいられるのかといえば、「そういえば、よくうがいをするからかな」 ということぐらいしか思い当たらない。確かに私は、本当によくうがいをするのだが、これぐらいのことを金科玉条みたいに言いふらしてもしょうがないから、あまり言わない。どうせ 「人による」 ことだろうし。

というわけで、今シーズンもこのまま乗り切ってしまおうと思っている。

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2018/12/24

前期高齢者になって 「疲れる」 という感覚が理解できた

今日はあまりにも天気が良かったので、自転車で 「つくば霞ヶ浦りんりんロード」 のつくば側を走ってみた。これは茨城県の誇る全長 180km のサイクリングロードで、始点の土浦駅には立派なレンタサイクル屋もあり、かなりオススメの道である。下の写真は、土浦にほど近いところの蓮根畑だ。

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ただ、大きな計算違いがあった。確かに天気はものすごくよかったのだが、風が強すぎたのである。北西の季節風が、多分風速 10メートルぐらいでビュウビュウ吹き付けた。そのため、土浦駅から北西に向かうつくば側の道は、強烈な向かい風となった。

私はこうした自転車専用道を走る時は、風が弱ければ大抵 24〜25km/h のスピードを維持できる。ところが今日は向かい風が強すぎて、平均スピードは 15〜16km/h しか出せなかった。なにしろ、ずっと平坦な道として知られるりんりんロードを行くのに、なんだか徹頭徹尾、斜度 4〜5度のヒルクライムをしているように感じられたのである。

初めの心づもりでは、土浦駅から約 30km の真壁休憩所まで行って戻ってこようと思っていたのだが、途中のつくば休憩所 (土浦駅から約 20km) で力尽きてしまい、戻ってきた。帰り道は強烈な追い風となったので、楽に時速 30km/h ぐらいで来れたのだが、土浦からの帰り道は西に向かう区間が長いので、またしても逆風でノロノロになってしまった。

りんりんロードだけの走行距離は往復 40km 程度のものだが、自宅から土浦駅までの往復が 50km ほどなので、合わせて約 90km の走行距離となる。ただ今日は、倍の 180kmぐらい走ったような疲れ方をしてしまった。

昨年 65歳になって、前期高齢者の域に入ってからというもの、「疲れる」 ということの感覚が理解できたような気がする。それまでは 「疲れるって、どういう感覚なんだろう?」 なんて生意気なことを思っていて、実際に疲れた気がしても一晩寝ればピンピンしていたというのに。近頃は翌日にもちこすこともあるのが悲しいところである。

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2018/12/08

老人性難聴というもの

昔から付き合いのある 6〜7歳年上 (つまり 72〜73歳ぐらい) の人に、耳の遠くなっている人が多いことに驚く。現役、あるいは OB としても仕事を続けていてしょっちゅう会う機会のある人は、ほとんど耳が確かなのだが、家に引っ込みがちで久しぶりで会う人ほど、聞こえにくくなっているような気がする。

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Medical Note というサイトの 「老人性難聴とは―加齢のみが原因ではない」 という記事には、年取って聞こえにくくなるのは 「有毛細胞の減少など内耳の機能の低下だけではなく、脳の中枢機能の低下、そしてことばを認識する認知機能の低下が合わさって起こっている」 とある。なるほど、これでは家に籠もってしまっている人ほど聞こえにくくなっているように思われるのも道理だ。

さらに、「音源の定位:つまり音がどの方向から聞こえているのかがわかりにくく、大勢で同時に話しているときに会話を聞き逃してしまう」 ことがあり、「ゆっくりと話してもらわないと理解しづらい (時間分解能の低下) というのも老人性難聴の特徴」 とある。なるほど、だから何人かで談論風発している時に、こうした人は取り残されがちになる。

Medical Note の記事では 「老人性難聴は加齢だけではなく、酸化ストレスによって進行が早まることが分かっています」 とあり、その酸化ストレスを避けるためには、「強大音を避ける」 「バランスのよい食生活:カロリー・塩分をとりすぎない」 「適度な有酸素運動」 「禁煙」 が有効であるとされている。

ということは、大音響のロックをイヤフォンで聴きまくり、ファーストフードだけで生きていて、運動不足の上にスモーカーという人は、若いうちから難聴になってしまっても不思議ではないということだ。幸い私は、この 4つの項目の 1つも当てはまらない。

上述のサイトはメディカル専門だけに、難聴が発生したら早いうちに補聴器を上手に使う方がいいと推奨されている。しかし手っ取り早い対策としては、脳の老化を避けることの方が有効なんじゃないかという気がするのだよね。

要するに、年を取っても家に閉じこもってばかりいないで、いろいろなことに興味をもって人との関わりを維持することが大切なんじゃあるまいか。難聴防止ばかりでなく、ボケ防止のためにも。

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2018/10/31

精神年齢の他に 「主観年齢」 ってものがあるらしい

今年の夏の誕生日で 66歳になったが、他人からは 「実年齢より 10歳は若く見える」 と言われることがある。まんざらお世辞というわけでもない証拠に、10歳以上年下のオッサンにタメ口聞かれるのはしょっちゅうで、実年齢がバレた途端に 「えっ、そんなに先輩だったんですか?」 なんて恐縮されたりする。私としてはちっとも気にしてないのだが。

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同年代の連中に比べると体力的にも無理は効く方で、結構重い物でもヒョイヒョイ運ぶし、頭の働きもそんなにはジジ臭くなっていないんじゃないかと思っている。「いつまで丈夫でいられるか」 を案じるより、「このままだと、いつまで生きちゃうか、知れたものではない」 なんてことの方が心配になったりしている。

とはいえ近頃は体力の衰えが少しは気になり始めていて、自転車でヒルクライムをして 「今日はかなり調子よく登れたな」 なんていい気分でタイムを確認した途端に、「えっ、こんなにかかっちゃってたの?」 とがっかりすることもある。真夏の草刈りなど、一日中肉体労働をすると、夕方過ぎには気絶の如き眠りに落ちている。

「きっと精神年齢が若いんですね」 なんて言われたりすることもあるが、あながちそういうわけでもない。そもそも年齢はあまり気にしたことがないし、ということは当然ながら、自分の 「精神年齢」 なんてものも考えたこともない。

そんな風に考えていたところ、"老化を左右するのは実年齢より 「主観年齢」、 健康にも影響か" という記事に目が止まった。「主観年齢」 という言葉は初めて聞いたが、「精神年齢」 は気にしたことがないので、「主観年齢」 という言葉の方がしっくりくる。

この種の話題は往々にして 「気持ちの持ち方が大切」 「ポジティブに生きよう」 なんて、単なる精神論みたいなものに陥りがちで、科学的な実証は問題外ということが多いが、この記事はデータに基づいたものという印象だ。筆者もちゃんとした科学ライターのようだし。

研究によると、大半の子どもや若者は、実年齢よりも主観年齢の方が高いが、この傾向は25歳前後で逆転し、主観年齢が実年齢よりも低くなる。そして 30歳までに全体の7割が実年齢よりも若いと感じるようになり、それ以降は差異が広がる。

「ふぅん」 と思うばかりである。確かに私も、実年齢よりは若いと感じてはいるが、「じゃあ、自分では何歳ぐらいに思ってるんだ?」 と聞かれても答えようがない。時には 25歳ぐらいのような気がする一方で、きちんと還暦過ぎという気がすることもある。

記事は 「一部の心理学者は、低い主観年齢は自己防御力の一例で、加齢の否定的なステレオタイプから自分を守ろうとしているのだと言う」 としている。ふぅむ、なるほどね。「主観」 と言っても、自己意識というのはなかなか一筋縄ではいかない。

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2018/10/27

大麻合法化の動きがあるようだが

NewSpere が 「カナダに続くか、大麻合法化の可能性のある 6ヶ国」 という記事を載せている。2013年、ウルグアイが世界で初めて大麻を合法化し、今年 10月 17日にカナダがそれに次いだ。カナダぐらいの規模の国が合法化したとなると、「他の国々がその流れに乗ることも起こり得る」 というわけだ。

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1960年代後半から 70年代前半ぐらいまでの 「ヒッピー文化」 最盛期だったら、私も大麻合法化をかなり羨ましく思ったかもしれないが、禁煙して 40年近く経過した今となっては、「煙でムセちゃうだろうしなあ」 なんて気がして、ちっともそそられない。そんなものに金を使うのは馬鹿馬鹿しい気がしてしまうほど、枯れてしまった。

逆にいえば、あの頃からおよそ半世紀経った今、世界的な潮流として大麻は、メディカル的にもカルチャー的にも 「毒気を抜かれた嗜好品」 とみられるようになり、「まあ、個人的に楽しむぐらいはいいんじゃないの」 ぐらいの位置付けになりつつあるということなのかもしれない。タバコに関しては妙に甘い日本では、どういうわけか大麻は相変わらず 「麻薬扱い」 で、結構厳しく取り締まられているが。

上述の記事では、「カナダに続く可能性のある国」 として、ニュージーランド、メキシコ、オランダ、南アフリカ共和国、イタリア、アメリカ合衆国の 6カ国が挙げられている。アメリカ合衆国が 6番目というのは、州単位では合法扱いというところもあるものの、国全体としては可能性が薄いとみられているようだ。なにしろ大統領があの男なのでね。

というわけで、私としては例え合法化された国に旅行するにしても、「別にいいわ」 という感じなのである。実際問題として、現地でも 「俺、ノン・スモーカーだからいらんわ」 ってな人が結構多いと思うのだよね。

まあ、大麻を吸うと 「ハイになる」 なんてことがあると言われているわけなのだが、それって案外 「幻想」 の部分が大きいと思う。きちんと 「ハイになりたい」 というなら、大麻に頼るよりちゃんとしたメソッドの瞑想をする方がいい。

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2018/09/20

「でんでん太鼓理論」 は結構な広がりを持つようだ

もう 12年も前のことだから、一廻り前の戌年のことだが、"歩行における 「でんでん太鼓理論」" という記事を書いたことがあった。これは女性が急いで歩くときにありがちな、「腰をふりふり、腕をでんでん太鼓のように横に振り回す」 歩き方について書いたもので、内容的には今でも十分通用するものだと思っている。

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ちょっとだけ説明させてもらうとこの記事は、朝のラッシュ時などに雑踏の中を歩いていて、前を歩く女性を横から追い越そうとすると、その女性の手がこちらの股間を 「コツン」 と直撃することが度々あって、「どうしてまた、女性ってあんなに腕を横に振って歩くのだろう」 と疑問に思ったことが発端だった。

これに関しては、件の記事のほぼ 1ヶ月前に、"「大手を振って」 歩く女たちへ" というタイトルで書いている。するとこの記事に、江都屋黄金丸 さんが次のようなコメントをくださった。

ちょっと言葉だけでは説明しづらいんですが、たとえば右足を踏み出す時に、骨盤は上から見ると反時計回りに回転して右の足とお尻が一緒に前に出る、と、そんな動きが多いです。歩く時には当然それを左右くり返すので、正中線の振れが大きくなるために腕をでんでん太鼓のように振らざるを得ないということになるようです。

「なるほど!」 と私は膝を打ったのである。朝のラッシュ時など、急いで歩くときに女性の多くは、周囲の男性たちとの体格差を補うためなのか、お尻をことさらぷりぷり振るような歩き方になり、その結果として腕がでんでん太鼓のように振り回される。それで股間を直撃されるなんてことが生じるわけだ。男性は腕を小幅に前後に振るタイプが多いので、そんな事態にはなりにくいのだが。

で、あれからずっと、「でんでん太鼓理論」 という言葉でググると、私の記事がトップにランクされ続けている (参照) のだが、ほかにもリンクがどんどん増え続けている。新しいページはほとんど 2010年以後のものなので、もしかしたら 「でんでん太鼓理論」 という言葉は、私の記事からパクられたんじゃないかなんて思ったりもするのだが、まあ、それは深く考えないことにしよう。

「でんでん太鼓理論」 という言葉が多く使われているのは、ゴルフの世界のことのようだ。要するに腰の回転が先で、腕は後から付いてくるという話である。もっとも、体の回転を伴うスポーツでは、こんなのは言わずもがなのお話なのだが、ゴルフ関連でことさら多いというのは、こんな風に説明しないとわからない人も流入してくるようなのだね。

ゴルフだけでなく、慣れない女の子が野球の投球動作やバッティング動作をする時など、腰より先に腕が出がちでどうにもぎこちなかったりする。そんな場合に 「でんでん太鼓の動きを思い出してごらん」 と言うと、直感的にわかりやすいのかもしれない。

ゴルフに次いで多いのが、太極拳の動きを説明したページだ。ただ、例えばこの YouTube 動画で説明されているような動きは、純粋なでんでん太鼓の動きとは異なっており、言葉的にはちょっと無理があるような気がする。合気道でいう 「入り身」 に近いよね。

僭越ながら、別の言い方をする方が相応しいんじゃないかなあ。

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2018/09/14

やっぱり酒は体によくないらしい

ちょっと前のニュースだが、「1日缶ビール 1本より多く飲むと寿命は縮む 英研究」 というのがある。従来は 「適度の飲酒は健康によい」 と言われていたが、英国での研究によると 1日に缶ビール 1本分以上のアルコールを摂ると、寿命は縮む傾向があるのだそうだ。

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適度な飲酒は善玉コレステロールを増やして血管が詰まるのを防ぐので、心臓発作のリスクを低下させると言われてきたが、この効果はその他の循環器系疾患を引き起こすリスクと相殺されてしまうらしい。また乳がんや痴呆症との関連も指摘されるという。

私はどうしても長生きしたいからというわけではないが、2007年 8月の 「酒との付き合いの変化」 という記事で書いたように、若い頃と比べると酒の量が格段に減っている。この記事では、"以前は 「週に一度の休肝日」 なんて、不可能だと思っていたのだが、最近は週の半分は、一滴の酒も飲まないようになった" と書いている。

そしてこの記事から 11年ちょっと経った今では、週に 1度も飲まないことまである。このブログを始めた頃は、日本酒やウィスキーをちびちび飲みながら書いたりしていたのだから、自分でも信じられないほどの変化だ。

出張先のホテルで、「たまには缶ビール 1本ぐらいいいか」 と思い、自動販売機で買ってきて飲み始めても、飲みきらないうちに寝てしまうこともある。それどころか、部屋の冷蔵庫に入れっぱなしのまま、飲むのを忘れて寝てしまうことまである。どうしても飲みたいということがなくなってしまったのだ。

11年前の記事ではさらに、次のように書いている。

「あんなに元気そうだったのに」 という人が、急に死んだり、倒れてしまったりということがある。そうした人は、大抵酒好きだという印象がある。ある時期まで、豪快に酒を飲んで陽気に振る舞っていた人が、急に体をこわしてしまうというのをよく聞く。

逆に、年を取ってもしっかりしているのは、あまり深酒をしない人に多い。また私の知り合いの中で、80代半ばになっても脳ミソがボケずに、若い連中と丁々発止のやりとりができるというのは、ほとんど酒を飲まない人ばかりである。

私としては、とくに長生きなんかしなくてもいいが、死ぬまでボケずにこのブログを更新し続けたいので、酒の量はこのまま減るにまかせていこうと思っている。

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2018/08/19

「コーヒーは体に悪くない」 というお墨付き

私はコーヒー好きな方だと思う。少なくとも 1日 2杯は飲むし、多いと 7〜8杯は飲む。砂糖もミルクも入れず、いわゆる 「ブラック」 で飲むから、カロリー取りすぎという心配はないが、「ちょっと多すぎるかな?」 と心配していなかったわけじゃない。

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しかし、"「コーヒーをたくさん飲む人は長生きする傾向がある」 という研究結果" という記事を読んで、少し安心した。いや、別にどうしても長生きしたいってわけじゃないが、記事中の 「日常的にコーヒーを飲んでいる人は、コーヒーが体に悪いということは考えなくてよく、むしろ体にいいものかもしれないと考えて大丈夫」 という専門家のコメントが紹介されている。

また、先日の 「健康に良い食べ物と、悪い食べ物」 の記事で紹介した、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) 助教授、津川祐介氏も、コーヒーは 「ひょっとしたら健康に良いかもしれない食品」 というカテゴリーに分類されている。「これでストレスなくコーヒーを飲み続けられる」 と、単純に嬉しくなっちゃったってわけだ。

ちなみにこの関連で、"諸説ある中で結局 「コーヒーは健康にとって良いもの」 なのか?" という記事もあり、次のように結論づけられている。

1. コーヒーは心臓に良くない→間違い
2. コーヒーは脳の働きを高める→正しい
3. コーヒーで体重が落ちる→間違い
4. エスプレッソにはレギュラーコーヒーよりもカフェインが多く含まれている→正しい
5. 「デカフェ」 は体に良くない→間違い

私はコーヒー飲んでダイエットしようなんて思っていないし、エスプレッソは滅多に飲まないし、「デカフェ」 は飲んだことすらないから、ただひたすらノー天気にコーヒーを楽しんでいればいいようなのである。

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