カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の1092件の記事

2018/11/18

「宇宙的臭い」 って、結構臭いらしい

エコ商品大好きな妻が、「ガイアの夜明け」 で紹介されていたという 「ランドリーマグちゃん」 というのを Amazon で購入した。ピュアマグネシウムの作用で、洗剤を使わずに洗濯物をきれいにし、消臭除菌までできるというのである。

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というわけで、3日前から我が家でも使い始めたのだが、確かにちゃんと汚れは落ちる。しつこい汚れはどうだかわからないが、消臭効果もあるようで、部屋干ししても全然気にならず、悪くない。しばらく使い続けてみようと思っている。

ちなみに、妻がこの商品を気に入ったのは、Amazon の商品レビューにあった ひぐらしさんという方の 「宇宙的臭を放つ部活動靴下に! 消臭&防臭効果あり、さらに庭木にも」 というコメントが気に入ったからだという。「子どもの宇宙的臭を放つ部活動靴下も完全無臭に」 なったというのである。(決して私の靴下が臭いってわけじゃないので、宜しく)

この 「宇宙的臭」 という表現が秀逸だ。「宇宙的」 という意味では、あのカウンター・カルチャー全盛時を過ごした私の年代は、「コズミック」 という言葉に馴染んでいる。若くして死んだジャニス・ジョプリンには "Kozmic Blues" (Cosmic Blues じゃない) というアルバムがあるほどで、それにちなんで (?)、「宇宙的臭」 は "kozmic odor" と英訳したい。うぅむ、本当にかなり臭そうである。

で、これで済まないのが私の 「もの好きすぎる」 ところで、「宇宙的臭い」 ってどんなんだろうと思い、ついググってしまったところ Lifehacker の 「宇宙ってどんな臭い」 というページに行き当たった。原題は "What does space smell like?" というもののようで、"kozmic odor" とは一言も言ってないのがちょっと残念だ。

しかしこの記事の小見出しは、「宇宙の臭いは、ザックリいうと、くさい」 というもので、次にように説明されている。

宇宙空間は、実にさまざまな臭いであふれています。しかし、そのほとんどは、炭化水素が燃焼した臭いなのです。未知の宇宙空間は、ナスカーレース (カーレース場) の臭いがする──熱した金属の臭い、ディーゼルエンジンの臭い、そしてバーベキューの臭い...そんな臭いたちです。そのほとんどの臭いの素となるのは、死んでゆく星たちです。

実際には、宇宙飛行士たちでも宇宙空間で直接臭いを嗅ぐことは不可能なのだが、宇宙服を着て宇宙空間での作業を終えた後、宇宙船に戻って宇宙服を脱ぐと、その表面からそんなような臭いがするというのだ。「へえ!!!」 と感嘆符を 3つぐらい付けて驚きたくなるような話である。下に埋め込んだビデオで、そのイメージがつかめるかもしれない。

というわけで、「宇宙的臭い」 ってのは、本当に結構臭いらしく、ひぐらしさんのコメントは図らずも核心を突いたもののようなのである。いや、もしかして 「宇宙は臭い」 と知ってらしたのかな。

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2018/11/15

名古屋の朝日新聞 (らしい) から、しょっちゅう勧誘電話がくる

昨年末の 「固定電話には、アヤシい営業電話しかかかってこない」 という記事で書いたように、我が家の固定電話は常時 「留守電設定」 で、しかも 1度呼び出し音が鳴っただけですぐに留守電応答に切り替わる。さらに呼び出し音のボリュームも 「ゼロ」 にしてある。

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つまり我が家では固定電話にかかってきても呼び出し音が鳴らないので、気付くことすらない。しかも間髪置かずに留守電応答に切り替わってしまうという、まことに愛想なしの設定にしてあるのだ。最近はすべてケータイで用が済むので、固定電話に出ることはほとんどない。

この設定にして 1年近く経つが、電話機の 「留守」 という赤いランプがほとんど毎日点滅して、着信と留守電メッセージがあることを示している。で、一応再生してみるのだが、意味のあるメッセージが残っていたのは、たった 1度だけで、その他はすべてすぐに電話が切られてしまっている。

たった 1度の 「意味のあるメッセージ」 というのは、「〇〇です。ケータイにかけ直させていただきます」 というもので、この人物からはすぐケータイにかかってきたので、それで用が済んだ。だから、これも厳密にい言えば 「意味のあるメッセージ」 とは言えない。

要するに、「我が家の固定電話にかかってくるのは 100%無意味な電話」 で、もっと言えば。「99.5%ぐらいは迷惑電話か勧誘電話」 と考えて間違いないということだ。こんなものに一々受話器をとって応答していたら、身が持たない。

ちなみに、ここ何ヶ月か、受信履歴に頻繁に 「052-209-****」 という番号が表示されており、留守電メッセージを再生しても、一言も残されていない。あまり何度もかかっているのでさすがに気味が悪くなり、インターネットで検索してみたところ、この番号でかかってくるのはどうやら 「朝日新聞の勧誘電話」 のようなのだ。(参照

今日の受信履歴はたまたま 「052-209-2634」 だったので、この番号で検索したのだが、下 4桁は、これ以外にもバラエティがあるらしい。おそらく 2630 から 2639 ぐらいまでは使っているんじゃあるまいか。

これらの番号の 「口コミ」 を読むと、「限定クーポンを登録住所に送付させて欲しいと言われた」 とか 「1週間無料なので是非とのこと」 とか、中には 「30年以上にわたり朝日を購読しているのに勧誘ってどうなっているのでしょう?」 なんてのもある。「登録住所に送付させて欲しい」 なんていうのは、ちょっと気味が悪くなるではないか。

朝日新聞本社は、こんな馬鹿なことは (多分) しないだろうが、おそらく販売店か、販売店の息のかかった連中が、毎日毎日こんな電話を日本中に掛けまくっているのだろう。電話代を払ってもペイするというのは、彼らにずいぶん金が流れているのだろうと想像するしかない。

で、こんなにまで無意味な固定電話回線なのだが、我が家はインターネット回線とコミコミで契約しているので、まだ生きながらえているわけだ。そのうちちゃんと整理すべき時がくるかもしれない。

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2018/11/11

リュックを背負って移動する理由

東洋経済 Online に "お金持ちに 「手ぶら」 がやたら多い本当の理由  「大型リュック」で通勤する人が知らない真実" という記事がある。筆者はシンガポール在住の花輪陽子というファイナンシャルプランナーだ。

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この記事は以下の 3通りの内容が読み取れる。

  1. シンガポールの富裕層は、収入の大半が配当収入であり、彼らは余計な物を持ち歩かない。
      
  2. 従って、細心のファッションの流行は 「小さなバッグ」 であり、従って、小さなバッグをきれいに使えば、中古市場でも高く売れる。
      
  3. 富裕層はライフスタイルへの投資を惜しまず、1日に何度も帰宅して (職住隣接なので)、これから出かける場に相応しい格好に着替えるので、大きな荷物はいらない。

こうした富裕層のスタイルに対して筆者は、「日本では、『今から登山にでも行くの』 というほど大きなリュックを背負ったビジネスパーソンをよく見掛けます」 と書いている。そして、望ましいのは 「小さなバッグか手ぶら」 の富裕層のスタイルであり、「富裕層や成功者で、重そうなリュックやバッグを持ち歩いている人はほとんどいないでしょう」 としている。

これを読んで私はちょっとした反発を感じながら、「ああ、悪かったね。俺は 『登山に行くような大きなリュック』 の愛用者だよ」 と呟いてしまった。こんなのである。

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確かに、山小屋泊まりの一泊登山ならイケそうな大きさである。このリュックの中に、PCとその関連ケーブル類、読みかけの本、必要な資料、その他モロモロを詰め込んでいる。重さは大体 7〜8kg になるだろう。

何しろフリーで仕事をしているので、オフィスに行けば自分のデスクの上で PC が待ってくれているわけじゃない。仕事で使うラップトップ、その他の必需品は、常に持ち歩かなければならない。つまり、移動中もオフィスと同じ機能を果たせる最低限の環境を持ち運ばなければならないのだ。

ただ、これをいつも背負っているわけじゃなく、クルマで出かけるときは助手席に置いているし、電車での移動では網棚に置く。電車内でこんなリュックを背負っていたら、迷惑だしね。背負っているのは、歩いている時と、自転車で移動している時だ。

問題は自転車で移動している時だ。平坦路はいいのだが、長い登り坂でペダルを漕ぐ時なんかは、結構しんどい。ただ、数キロ続くヒルクライムをするわけじゃないから、ある意味、いいトレーニングになると割り切っている。

例の記事の筆者は、「『その荷物は、はたして全部必要なものなのか』 を考えてみてください。本来は持つ必要のないものまで持ち歩いているはずです」 と書いている。しかし憚りながら、私は必要だから持ち歩いているのである。無用な物を持ち歩くほどのオッチョコチョイじゃない。

富裕層と言われる連中が小さなバッグ 1つしか持ち歩かないというのは、読みかけの本もないし、移動の途中で目を通さなければならない資料もないのだねなんて思ってしまうのだよね。

彼らはスマホに連絡が入ると、「ああ、その線でよろしく頼む」 程度の返事をすればいいのかもしれないが、私みたいなヘビーユーザーだと、1日出歩いたら必ず午後 3時頃にはバッテリーがアヤシくなるから、スペア・バッテリーが欠かせない。

さらに、行く先々のコンビニでミネラル・ウォーターや清涼飲料水を買うのはエコに反すると思っているので、テルモスの水筒はいつも持っている。上の写真のサイドポケットに入っているやつだ。だから大きなリュックは 「本当に必要」 なのである。

ただ、ありがたいことに 「本当に必要なもの」 を厳選しているから、普段出歩くときも出張に行くときも、同じリュックで済む。出張の時にはせいぜい 1日分の着替えが加わるだけだ。私は旅先で洗濯することにしているから、1泊 2日でも 4泊 5日でも、着替えの量は変わらない。

だから、出張の荷物はむしろコンパクトである。富裕層と呼ばれる人たちは、ものすごい大きさのキャリーバッグを転がしてるみたいだけどね。

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2018/11/08

瑞穂市長の 「下着が見えるほど」 発言の底流にあるもの

なんだかネット界隈で、岐阜県瑞穂市の市長の 「下着が見えるほど」 発言がやたら話題になっている。フツーに考えると、公式の報告会という場で、なんでまたよりによってこんな発言をしなければならなかったのか、さっぱりわからないが、一部の (あるいは多くの) オッサンの感覚というのは、このくらいズレまくっているということの証左と考えれば納得がいく。

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オッサンたちの集まりでプレゼンをする機会がたまにある。ごくフツーにパワポを使って、ごくフツーの言葉遣いで、ごくフツーに説明していると、どうでもいいところで 「ワハハ…」 と手を叩いて笑うオッサンがいたりする。

「ここ、別にウケるところじゃないんだけどなあ」 と思いながら話を進めるのだが、それはごくフツーの言い回しが、妙にオッサン的なツボにはまっちゃったのかもしれない。まあ、たまたま思わぬツボにはまっちゃうのは仕方ないとしても、別にあんなに大袈裟にウケてくれなくてもいいのにと思ったりする。

当のオッサンとしては、長時間の緊張持続に慣れないものだから、何かきっかけさえあれば一度笑ってリラックスしときたいなんて思っていたのだろうが、意外なところでことさらなウケ方をされると、話の流れの邪魔になってうっとうしい。こちらはちゃんと笑ってもらうところも用意しているから、そこまでガマンしてくれればいいのに。

逆にミーティングなどで、オッサンのおもしろくもなんともないオヤジギャグに、お付き合いで笑ってあげなければならないなんてこともある。ちゃんと笑ってあげないと、同じような話をウケるまでしつこく繰り返されてうんざりするので、早めに満足させてけりをつけなければならない。

今回の瑞穂市長の発言なんかは、オッサン同士の酒を飲みながらのトークなんかでは、案外ウケたりするのかもしれない。ネット界隈では 「セクハラになるかもしれないけど」 なんていう悪趣味な前フリまで問題になっているが、オッサン・トークではこれが案外絶妙の 「クスグリ」 として機能するなんてことになりかねず、まったく付き合いきれない世界である。

問題は、あの市長のような 「団塊の世代」 というのは、昔から数の勢いに任せて突っ走ってきた世代なので、自分たちの 「ノリ」 がどこででも通用するなんて勘違いしていたりすることだ。今回はよりによって、公式な報告会に 「オッサンのノリ」 を適用してしまい、 「キモい発言」 をするという最悪のケースになってしまったわけである。

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2018/11/01

筑波山と日本百名山

今日、久しぶりで筑波山に登った。早朝に自宅を出発して、つつじヶ丘のロープウェイ発着所から登り始め、昼過ぎには降りてくるという強行軍だった (何しろ忙しくてやることが貯まっているので) が、気持ちのいい青空のもと、なかなかいい気分だった。

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山頂で記念撮影をしている老夫婦に会った。ご主人が 「祝 日本百名山完登」 と描かれたメモ帳を拡げて映っている。この日の筑波山登頂で、日本の百名山すべてを登り尽くしたというのである。思わず 「おめでとうございます。素晴らしいですね」 と声を掛けさせてもらった。

奈良県からいらして、昨夜はつくば市内のホテルに泊まって登ってきたのだという。筑波山を最後の山としたのは、記念写真を奥様に撮って貰うために、割と苦労なく一緒に登れる山を選んだということだった。奥様も 「私に合わせてもらいました」 と嬉しそうだった。あの様子では、これからも元気に登山を続けられそうだ。

ちなみに私も若い頃はよく登山をしていて、結構高い山にも登っていた。今回、「日本百名山のうち、いくつ登ったことがあるあろうか?」 と思い、調べてみたら 14座登っているとわかった。内訳は以下の通りである。(50音順)

間ノ岳 (南アルプス、3189m)
赤城山 (上州、1828m )
朝日連峰 (東北、1870m )
甲斐駒ヶ岳 (南アルプス、2967m)
北岳 (南アルプス、3192m)
金峰山 (奥秩父、2595m)
雲取山 (奥秩父、2017m)
甲武信岳 (奥秩父、2475m)
塩見岳 (南アルプス、3047m)
大菩薩嶺 (奥秩父、2057m)
筑波山 (北関東、877m)
八幡平 (東北、1613m) 
早池峰山 (東北、1917m)
鳳凰山 (南アルプス、2840m)

こうしてみると、南アルプス、奥秩父、東北の山が多い。私は北アルプスの 「いかにもアルピニズム」 的な登山より、鬱蒼とした山懐を抜けて黙々と歩く山が好きみたいなのだ。ほとんどは単独行で、テントを担いで登っているしね。

まだ故郷の鳥海山と月山に登頂していないのが心残りだが、いつか登る機会があるかなあ。

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2018/10/30

皇室の 「西暦使用」 について

朝日新聞が今さらのように "出会いは 「2012年…」 眞子さま会見に保守派が衝撃" という記事を伝えている。昨年 9月の眞子様の婚約発表記者会見で、出会いの日付を西暦のみで語られたことに、保守派が衝撃を受けているのだそうだ。

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これに関連して 「知識連鎖」 の 10月 18日付でも触れられていて、保守派の加地伸行氏が 『月刊 Hanada』 で "「これには、老生 (ろうせい)、ショックを受けた」 としていました" とある (参照)。天皇陛下は日付を表現するのに、元号のみか、元号と西暦の両方を使うかされているが、西暦だけで語られたことが衝撃だったようなのである。

「知識連鎖」 のこの記事で注目すべきなのは、保守派による皇室批判が珍しくないとしている次の件である。

ただ、保守らしさというところで不思議なのが、皇室にケチつけるのが問題ないということ。冒頭の記事を読む限り、今回は一応皇室を強く批判しなかった加地伸行さんですけど、特に保守派にとって皇室批判はタブーというわけではないのです。例えば、最近ですと、日本会議の小堀邦夫代表委員が、天皇陛下の慰霊の旅は意味がないし、靖国神社を潰すための行為だと批判しています。

この辺のことについては、半世紀近くも前の三島由紀夫の発言と、靖国神社宮司の最近の発言が、同じ根っこをもつと感じられ、私も今月 9日の 天皇のあり方に関する自家撞着があるか、ないか」 という記事で次のように触れた。

右側の少なからぬ人たちは、口では 「天皇、天皇」 とあがめ奉りながら、その実、天皇に非常な不満を抱いている。上述の靖国神社宮司の発言は、それを象徴するものだ。

いわば天皇論に関して自家撞着に陥っているわけだが、この自家撞着は戦前の価値感に立ち返れば一挙に解決する。「教育勅語」 問題に代表されるような彼らの 「戦前回帰欲求」 は、根本的にはここに由来するとみて間違いない。

元号使用ということに関して言えば、このブログの親サイトである 『庄内拓明の知のヴァーリトゥード』 にブログの目次を載せているが、私だって結構な伝統派だから、しっかりと元号をメインに表示している (参照)。文句あるかってなものである。ただ、西暦の使用に関していちゃもん付けるつもりはないので、安心していただきたい。

当サイトでの元号使用に関しては、10年近く前に 「ハンコ・元号・縦書きについて」 という記事で詳しく書いている。

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2018/10/28

「団塊の世代の年寄り」 を否定的教訓として

昔から態度が大きくて迷惑な存在というのは、「年寄り」 と相場が決まっていた。東洋経済の 2016年 3月 14日付記事は "「横暴すぎる老人」 のなんとも呆れ果てる実態  暴力、セクハラ、万引き…社会は耐えきれるか" というタイトルで、年末の忘年会で酔っ払ったために帰りの電車を乗り間違え、とんでもない駅に着いてしまった老人が駅員に 「タクシー代を出せ、ホテル代を出せ」 と怒鳴りまくる姿を伝えている。

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態度が大きいことでは老人と双璧と見なされてきたのが、「団塊の世代」 である。Yahoo 知恵袋に "団塊の世代ってなぜ 「まわりに迷惑なことをする人」 が集中して存在するのでしょうか?" という相談が寄せられていて、相談者は 「お店にくるお客で『面倒なことをする人』 『困った人』 は団塊の世代が圧倒的に多いです。(その次は高齢者です)」 と嘆いている。

注目すべきは、面倒な客のトップは 「団塊の世代」 で、次が 「高齢者」 という指摘である。上の図は、2016年の人口ピラミッドだが、オレンジ色で示された団塊の世代が今は 2年分上に上がり、すっかり 70代に到達した。ということは、団塊の世代と高齢者はついに重なり合ってしまい、「史上最強の迷惑世代」 を形成してしまったことになる。

私は 1952年生まれで 「団塊の世代」 からは外れるが、いつも彼らの直後を歩んで来たので、自分を 「団塊の尻尾世代」 と位置付けている。まあ、団塊の世代の 「数にまかせた横暴」 を一番間近で受け続けてきた世代というわけだ。

文春オンラインに、"内田樹が語る高齢者問題――「いい年してガキ」 なぜ日本の老人は幼稚なのか?" という記事があり、その中で次のように語られている。

団塊の世代はとにかく数が多い上に、同質性が高くて、かつ態度がでかいんですよね(笑)。(中略) 僕らの世代に受けたらビッグビジネスになるんですから。だから、どうしてもわがままになる。自分たちのやりたいことをやっていると、世間がついてきてくれる。他の世代との協調性がなくて、自分勝手な集団がそのまま後期高齢者になるわけですからね、介護・医療の現場の方々に多大なご苦労ご迷惑をかけることになるのではないかと心配です。

これは当然の心配事である。若い頃からさんざんわがままでガキっぽかった世代なのだから、老人になったらどんなわがままを言い出すか、知れたものではない。いや、もうそうした現象は世の中に溢れ始めている。

「団塊の尻尾世代」 の私は、これまでは 「団塊の世代」 の割を食ってかなり損を強いられた世代だと思っていたが、これからは立場が逆になるかもしれないと期待している。今後は、団塊の世代の真似をしないように生きていけばいいのだ。否定的教訓の宝庫がすぐ上にいるのだから、我が身を振り返りやすい。これは案外ありがたいことである。

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2018/10/26

「にわとりの日」 と 「鶏の日」

2月 8日は 「にわとりの日」 ということになっているらしい。Wikipedia によると、「ふだん何気なく食べている鶏肉も命をいただいているという意識を持ち、鶏に感謝することを目的として」 制定されたもので、制定主体は 「一般財団法人日本記念日協会」 となっている(参照)。そんな団体があるとは初めて知った。

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ただそれだけでなく、上述の Wikipedia ページによると、毎月 28日も 「鶏の日」 ということになっているらしい。日本養鶏協会等が 1978年 6月に制定したもので、こちらの方は鶏肉・鶏卵の消費拡大を目的としているもののようだ。

2月 8日の 「にわとりの日」 の趣旨は一応もっともらしい気もするが、毎月 28日の 「鶏の日」 の方は商売優先の臭いがかなり強い。そしてこの Wikipedia ページ自体も、「この記事には複数の問題があります。改善やノートページでの議論にご協力ください」 との但し書きが付いていて、「何だかなあ」 という気がしてしまう。

上の画像は、「トサカモミジ柏店」 という店が、「毎月28日はニワトリの日♪唐揚げを1個28円の大特価で販売♪10個食べても280円!」 というキャンペーンをしているというニュースだ (参照)。「毎月28日はニワトリの日♪」 としているが、Wikipedia によると表記は 「鶏の日」 になっているんだがなあ。まあ、どうせ 「複数の問題」 のあるページだから、いいか。

とにかく、「食って食って食いまくれ!」 と言わんばかりの 「鶏の日」 では、にわとりが気の毒になってしまうほどだ。それだから、年に 1度は 「にわとりの日」 ということにして、感謝・供養をするってことなんだろうか。

私は近頃、鶏肉も含めて肉を食わないことにしているから、何となく遠い世界のことのような気がしてしまうのである。

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2018/10/20

クルマの照明の 「ハイ/ロー切り替え」 について

読売新聞が "夜間ハイビーム 54%どまり…「他の車に迷惑」" という記事を伝えている。夜間走行する場合、クルマのライトを 「原則ハイビーム」 にするというのが、なかなか徹底していないのだそうだ。

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私なんぞはつくばのど田舎に住んでいるので、夜の運転はハイビーム (いわゆる 「上向き」) をよく使う。そうしないと、行き先が真っ暗でよく見えないのだから、自然そうなる。しかし栃木県警の調査によると、以下のようになる。

栃木県警が、夜間運転でのヘッドライトの上向き使用 (ハイビーム) についてドライバーに行った意識調査で、「原則ハイビーム使用」 を 「知っている」 との回答が 7割を超えたにもかかわらず、実際に行っている人が 5割あまりにとどまっていることがわかった。実践しない理由では 「まぶしくて他の車に迷惑をかけるから」 との回答が多かった。

栃木県警では昨年 4月から 「ハイビーム大作戦」 という、まるでアニメのタイトルみたいな取り組みをしているのだが、今回の 9月下旬から 10月上旬の調査では、こんな結果が出たという。

調査の結果、先行車も対向車もない状態で走行した車 1129台のうち、ハイビームを使用していたのは 116台。ハイビーム使用率は 10.3%で、今年 4月の前回調査 (7.9%) から 2.4ポイント上昇し、過去 4回の調査で最も高かった。特に、県道氏家・宇都宮線 (通称・白沢街道) では、昨年 4月の調査では 0%だったが、今回は 11.0%まで上昇した。

栃木県にしたって、茨城県のつくば周辺同様、夜間は真っ暗になる道路が多いだろうに、ハイビームで走るのはこの程度のようなのだ。真っ暗でカーブの多い道を走る時には、ハイビームを使うと対向車の姿が見えなくても明かりで予測できることが多いので、安全につながる。ただ、目の前に来てもハイビームのままだと眩しくてしょうがないので、こまめな切り替えは必要だ。

実際には、この 「こまめな切り替え」 が面倒なので、ロービームのまま走っている人が多いのだろうと思う。ハイビームのままだと対向車からパッシングされたりするので、「対向車に迷惑」 だからロービームのまま走るという回答が多くなりがちと思われるが、実際には 「切り替えが面倒」 という意識が大きいはずだ。

「自動運転」 なんてことが注目されているが、この 「ハイ/ロー」 の切り替え程度は、割と簡単に自動化できるだろうと思うがなあ。いかがなものなんだろう。

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2018/10/19

「夫婦別姓」 は、保守派にもメリットがあるだろうに

夫婦別姓ということに関する議論が、ようやく普通に行われるようになってきた。いや、「なってきた」 というより 「なりかける兆しが見えている」 程度のことかもしれないが。下図は、「カイカイ ch」 というサイトの 「夫婦別姓についてどう思う?」  というページからお借りした年代別調査結果で、若い層ほど夫婦別姓に肯定的だが、20〜30代は積極的な賛成がやや少ないという面白い傾向が見て取れる。

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私はこれについては、「賛成」 である。ただ、「夫婦別姓に賛成」 というと、「全ての夫婦が別の姓を名乗らなければならない」 という押しつけのように受け取っちゃう極端な解釈の人もいるので、かなりアブない。これは、「夫婦が別の姓を名乗るってこともあっていいよね」 という程度の、ユルい話なのである。現状の 「夫婦は同姓でなければならない」 というシバリの方が、ずっとキツい。

言うまでもなく、これまでの制度で決められていたように 「同じ姓」 を名乗りたければ、そうすればいいのであって、そうでないケースも認めるというだけのことだ。慣れるまでは違和感をもつ人もいるだろうが、慣れてしまえばどうってことのないお話だと思う。

思えば、「夫婦別姓」 ならぬ 「親子別姓」 というケースがある。今の世の中では、親が離婚して、母親が旧姓に戻ったために、子どもと姓が違うという場合が多いだろう。しかし昔は、そうではない理由での 「親子別姓」 というのがあった。

それは、一人娘が結婚して姓が変わってしまったために、「家督相続」 する者がいなくなり、どうしても 「家」 というものを継続させたいがために、生まれてきた子の 1人を母親の両親の養子として縁組してしまい、それによって母方の 「家」 を継がせるというものだ。大方は子どもの知らないうちに養子縁組を成立させてしまうので、子どもが幼いうちは、当事者ながらよくわからない事情であっただろう。

保守派は、「夫婦別姓では、親と子の姓が違ってしまい、家族の一体感が阻害される」 などといって反対するが、その昔の 「子どもが知らないうちに、祖父母の家に養子縁組されてしまっている」 というケースに関しては、「親と子の姓が違ってしまい…云々」 みたいなことは言わない。これは甚だ不公正な態度と言えるだろう。

私が小学校の時にも、クラスにそうしたケースに当てはまる子がいた。その子は、祖父母の家の姓を名乗り、実の親の姓とは違っていたのである。クラスの子たちは、その辺りのビミョーな事情を嗅ぎ取って、その問題には触れないように気を使っていたが、当人としては何となく割り切れない思いがあったようだ。

もし夫婦別姓が認められれば、こうしたケースもかなりオープンにすることができるようになる。ってことは、保守派にとってもメリットがあるじゃないかということだ。どうしてそんなに頑なに反対するのか、よくわからないのである。

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