カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の958件の記事

2017/06/26

海苔の値上がりと、コンビニおにぎり

近頃、電気、ガス、タバコ、オリーブオイル、生命保険、ティッシュペーパーなど、いろいろなものの値上げが相次いでるんだそうだ。ちっとも知らなかった。何しろあまり活発な消費者じゃないからね。先日は海苔の値上げが報じられていた。

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我が家は電気は太陽光発電で自家発電しているし、ガスはそれほど使わないし、タバコは吸わないし、響くのは花粉症だからティッシュペーパーの値上がりぐらいかなあと思う。海苔もほとんど食わなくて、その存在すら忘れているほどだし。

というわけで、私は海苔が値上げされても全然困らない。海苔の値上げが最も響く分野って、何だろうと考えてみると、もしかしたらコンビニのおにぎりなのかもしれない。私自身はコンビニおにぎりをほとんど食べないのだが、あれって、びっしりと海苔が巻いてあるからなあ。

どうしてあんなに海苔を使うのか、さっぱりわからない。それに食べる直前まで海苔が乾いた状態に維持されるように、プラスティック・フィルムでおにぎり本体と分離してあったりするし、あんな余計なことをする意味もわからない。たまに出先でコンビニおにぎりが支給されたりすると、ちょっと食べるだけで 「プラごみ」 の山になる。

今回の海苔の値上げをきっかけに、日本人の多くがコンビニおにぎりをあまり食わないように心がければ、資源の節約にもなるかもしれない。でもそれは、あまり期待できないだろうなあ。

ちなみに私は、シンプルな塩むすびが好みで、ツナマヨネーズのおにぎりなんてその存在すら驚きで、一度も食べたことがない。

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2017/06/25

「ゆとり世代の行動」 って、そんなにひどいだろうか

うちの末娘は 「あたし、『ゆとり』 だから」 と半分自嘲的に言う。いわゆる 「ゆとり教育」 の世代なので、ビシッとしてないんだそうだ。私なんか、「いいじゃん、別に」 と思う。「ゆとり」 はなきゃいかんものと思ってるしね。

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Yomerumo News というサイトに "【激怒】 ゆとり世代の信じられない行動 15選!  「私ゆとり世代ですから」 と開き直る" というのがある。そこに挙げられている 「信じられない行動」 というのは、こんなようなものだ。

  1. 「辞めちまえ!」 と怒ると本当に辞める
  2. 上司や先輩にお酒を注がない
  3. 重役のスピーチ中にガムを噛んでいる
  4. 飲みに誘うと 「残業代出ますか?」
  5. 意外とネットは使いこなせない
  6. 欠勤の連絡を親がしてくる
  7. 寝坊で遅刻するのは仕方がない
  8. 頼まれていない仕事はやらない
  9. 社外秘の資料を SNS にアップする
  10. 冠婚葬祭のマナーがない
  11. 言っちゃいけないことをあっさり言う
  12. 冗談が通用しない
  13. 批判的なコメントはスルーする
  14. LINEで欠勤報告
  15. 「私ゆとり世代ですから」 と開き直る

こんなので 「激怒」 する方がおかしいと、私なんか思う。とくに 1番目の 「辞めちまえ」 なんて言うのはそもそもパワハラで、そんなこと言う方がよっぽど 「信じられない行動」 である。そんな上司のいる職場にいるぐらいなら、さっさと辞める方がいいと考えるのも不思議じゃない。

2番目の 「酒を注がない」 なんてのも、私なんか勝手に酒を注がれるのが迷惑でしょうがないから、注がれないのはかえってありがたい。ガムだって、「クチャクチャ」 と音をさせなければ、気にならない。

飲みに誘うと 「残業代出ますか?」 と聞かれるというのはちょっとネタっぽいが、ゆとり世代にとっては、半分は本音に近いところもあるだろう。私なんか年齢だけはオッサンだが、同年代のオッサンと一緒に酒飲むのが苦痛だから、その気持ちはよくわかる。

オッサンの方も、「ゆとり世代」 が気に入らなかったら、初めから飲みになんか誘わなければいい。気に入らない者同士で飲んでもつまらないし、「飲みニケ—ション」 の機能なんて果たせないから、経費の無駄だ。

ネットの使い方なんて、必要ならすぐに覚えるし、少なくともオッサンの世代の平均よりは上だろう。欠勤の連絡を親がするのは 「ちょっとね」 と思うが、本人が相当しんどかったんだろうと思いやればいい。寝坊で遅刻なんて、別に 「ゆとり」 でなくても経験あるだろうし、二日酔いでムッとするような酒臭い臭いを発散しながら出勤して、ただウダウダしているよりはまだいい。

頼まれていない仕事までするのは、「余計なお世話」 になりかねないし、そうでなくても 「サービス残業」 などの労働強化につながるから考え物だ。「社外秘の資料を SNS にアップする」 なんてのは、相当お馬鹿な特殊ケースだろうし、ネットでなくても、口が軽くて酒飲みながら余計なことをペラペラしゃべっちゃうやつは、おっさん世代にもいくらでもいる。

冠婚葬祭のマナーなんて、そもそも多くの世代にわたってかなりいい加減なものだし、若いやつが慣れてないのは当然でそのうち少しは慣れる。「言っちゃいけないことをあっさり言う」 「冗談が通用しない」 「批判的なコメントはスルーする」 なんてのは、実はオッサン世代の方がひどい。

「LINE で欠勤報告」 というのも、使えるものならどんどん使えばいいだろう。もっとも私自身は LINE は嫌いだが (参照)。

最後に "「私ゆとり世代ですから」 と開き直る" というのがあるが、あれは多くの場合、開き直っているのではなく、自嘲的ジョークとして言っているのである。それが通じないから、「オッサンは冗談が通用しない」 と言いたくもなるのである。

世代論で開き直るのは、実はオッサンの世代の方がひどい。「俺は古い男だから」 なんてのを免罪符にして押しつけがましいことを言うのは、オッサンの私からみても本当にうっとうしかったりする。

こうしてみると、「ゆとり世代」 の行動をとやかく言うのは、「ゆとりのない世代」 のことさらな思い込みからくることが多い。行きすぎさえしなければ、ゆとりはある方がいいに決まってる。

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2017/06/16

納豆の 「タレ」 再考

最近は北朝鮮のミサイルだの、森友学園だの加計学園だのと、うっとうしいニュースばかりで、そんなのはなんだかこのブログで取り上げる気になれない。とくに森友、加計両学園の問題は、フツーに考えれば安倍政権のゴーマンさが問題というのは明らかなので、今さら書く気にもなれない。それで、つい身近でチマチマしたことを書く方向に振れてしまっている。

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で、今日は 「納豆のタレ」 問題だ。これ、5年ちょっと前にも "納豆に付いてくる 「タレ」 は 「余計なお世話」 の最たるもの" というタイトルで書いたことがあるが、その後日談である。

とにかくこの 「タレ」 というのは、袋を開けようとすると 10回に 8回はこぼしてしまい、下手すると服に飛ばしてシミを作ってしまう。5年前の記事では、こんなことを書いている。

昔、私の上司がビジネスホテルの朝食で納豆のタレのビニール袋を開けようとして、あっという間に自分のネクタイにぶっかけてしまったことがある。しかもその直前に、私が 「注意してくださいよ。飛び散りますから」 と言い、彼も 「そうなんだよね、これ、注意しないとやばいんだよね」 と言いつつ、やっぱりやらかしてしまったのだ。

ことほど左様にこれ、かなりやっかいな代物なのである。「アメリカだったら、きっと訴訟をおこすやつがいるぞ」 と書いたら、アメリカ在住の emi さんが 「間違いないです」 とお墨付きのコメントをくれた。

そもそも私は、この 「タレ」 の濃厚な 「グルタミンソーダ感」 に抵抗があって、あまり好きじゃないのだが、捨てるということにそれ以上の抵抗があって、5年前にこの記事を書いた頃までは、嫌々ながら使っていた。そしていくら慣れても、10回に 5回以上は、1〜2滴テーブルにこぼしてしまっていた。

しかしこの記事を書いたことをきっかけとして、ついに 「こんな馬鹿馬鹿しいことでストレスを感じ続けるよりは、思いっきり捨ててしまおう」 と決心がつき、それ以来さっさとゴミ箱に捨てて醤油で済ませるようになった。こう決めてしまってからは、朝食が想像以上にストレスフリーになったのである。

さらに最近は、スーパーでたった 1種類だけ 「タレ付きでない納豆」 を発見し、それを我が家御用達と決めている。これなら 「タレ」 を捨てることによる良心の小さな呵責からも解放される。あまりにも快適なので、世の中の納豆の少なくとも半分はタレを付けずに流通させるべきだと考えるまでになった。

しかし今回は、その 「タレ付きでない納豆」 がたまたま品切れだったため、仕方なく 「タレ付き」 を買ってきてしまった。そして、このタレをポイと捨ててしまうことによる小さなストレスを、思い出してしまったのである。

そうそう、念のために書いておくが、私は 「カラシ」 の方もいらないのだよね。

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2017/06/04

セルフのガソリンスタンドで、給油キャップの忘れ物

Livedoor News に 「【注意】 引火の可能性も! 意外に多いセルフスタンドでの給油キャップ締め忘れ」 と報じられている。のっけから 「おっちょこちょいなドライバーは各地にいるようで、どこのセルフスタンドでも、大抵複数個の忘れ物の給油キャップを保管しているとのこと!」 とある。

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つい 「おっちょこちょいで、悪うござんしたね!」 と言いたくなってしまったのは、私自身も給油キャップを置き忘れてしまったことがあるからだ。「確か、ブログに書いたことがあったなあ」 と検索してみたら、それは 9年近く前のことだった (参照)。

70〜80Km ぐらい離れたところにあるセルフのスタンドに置き忘れてしまったので、ディーラーに頼んでスペアのキャップを取り寄せてもらった。ところが間が悪いというか、いいというか、その日のうちにそのスタンドの近くまで行かなければならない用事ができて、ついでに立ち寄ってみたら、私の忘れたキャップがちゃんと保管してあったというお粗末である。

「キャップの忘れ物はなかったか?」 と訪ねると、ちょっとした箱を持ってきてくれて、「この中のどれですか?」 と言う。なんと 30個ぐらいの給油キャップの忘れ物が、ゴロゴロ保管してあったのだ。おっちょこちょいは私だけじゃないのだね。

私のクルマはあれから代替わりして、上の写真のように給油キャップが紐付きで車体から離れないようになった。これならいくらおっちょこちょいでも、そのままキャップをぶら下げて走り出すなんてことはあるまい。たとえ走り出したとしても、キャップが車体にぶつかる音で、気付かないはずがない。

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2017/05/28

受動喫煙対策の法案提出は流れそうだが

受動喫煙対策、今国会への法案提出は困難な情勢」 と伝えられている。自民党の抵抗が大きいらしい。「共謀罪」 は大急ぎで可決されてしまったが、自民党としては受動喫煙対策の方はどうしても嫌がっているもののようなのだ。

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まあ、私としては 「自民党なんて、どうせそんなもんさ」 と思っていたから、ことさら怒ろうなんて気にもならない。先月半ばの記事に次のように書いている。

思い切り個人的な視点で言わせてもらえば、それぞれの飲食店が独自の判断で 「喫煙 OK」 ということにしたいなら、そうすればいいと思う。ただし店頭に 「喫煙できます」 などの表示を明確にすることが条件だ。

この表示は、いわば 「ウチの店は空気悪いよ」 という自己申告である。そのくらいのことはしてもらわなければ困る。それさえ叶えば、あとは話は簡単だ。非喫煙者としては、そんな店をボイコットすればいいだけの話である。

店のドアを開けただけで 「おえっ」 となるほどタバコ臭い店は、ことさらボイコットしようと思わなくても自然に足が遠のく。私は出張先で食事しようとしてそんな店しかなかったら (地方都市ではまだ少なくないことだ)、どっかで安い弁当なんかを買って、ホテルの部屋で済ませる。つまりタバコ臭い店は、知らないうちに機会損失している。

早く言えば、受動喫煙対策しない店は、そのうち自然淘汰されるということだ。中には個人事業主で 「この店はどうせ俺一代限りで終わるんだから、せめて俺がやってるうちは喫煙自由にしたい」 なんて思っているオーナーも少なくないだろう。まあ、そうした人たちはどうせ平均寿命が短くてどんどん減っていくから、時間が解決してくれる。

今どき喫煙自由な店というのは、大抵がオヤジのたまり場である。私のイメージとしては、場末のスナックで、ドアをあけると紫っぽい照明の中で、オヤジがカラオケで下手くそな演歌をぼそぼそ歌っているような店だ。いかにも巷の自民党支持者の吹きだまりである。いずれにしても私の管轄じゃないからどうでもいい。

あのオヤジたちは大体 65歳以上の連中だから、10年ぐらい経てば死ぬか寝たきりか、少なくとも自力で自由に出歩けない体になる。そうすれば放っておいても喫煙自由の店は経営が成り立たなくなる。

あるいはそこまで待たなくても、オーナー自身が近いうちに死ぬか寝たきりかになる。なにしろ、がん患者は煙の立ち籠める中で働かなくていいと、自民党国会議員がのたまわっているのだから (参照)、オーナーが肺がんになったら、それで終わりということだ。

というわけで自民党なんかに期待しなくても、喫煙自由な店をしばらくボイコットしていれば、だんだんと自然に世の中が変わる。

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2017/05/21

福島県を通って宮城県入り

つくばの地からクルマで常磐道を通り、宮城県に来ている。この経路はこれまでも数回利用したが、途中の福島県で、原発事故現場に近いエリアを通過すると、路肩のあたりに 「放射線量」 を表示するモニタリング・ポストが出現する。

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このモニターで表示される数値は、一昨年の 4月は一番高い双葉町付近で 5.4μシーベルト/時なんてことがあった (参照) が、最近はそれ以下の数字を示していることが多いようだ。今日の数字は、老眼が進んだせいかよく確認できなかったが、3.5 ぐらいだったと思う。

クルマで通過するだけでただちに悪影響を蒙るような数値ではないが、それでもやっぱり人情としていい気持ちはしない。それまで 「外気導入モード」 にしていたカー・エアコンの設定を、「内気循環」 に切り替える。この地域では外気を車内に取り入れる気にはならない。

ここを通り過ぎる度に、「この国は、とんでもない原発事故を起こしてしまった国なのだ」 と、改めて思い知らされる。安倍首相は東京オリンピック招致の際に 「原発は統御されている (under control)」 と言っていたが、言葉の意味がわかって言っているとは思えなかった。

明日はまた同じ道を逆から辿る。そそくさと帰ろうと思う。

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2017/05/20

道路交通では、たとえアイコンタクトがあったとしても......

我ながらまったくしつこいと思うが、自転車の逆走についての付け足しである。細い道で、自転車が逆走している方が、「クルマの運転者と対面していてお互いの存在を確認でき、目が合うので、すれ違う時に安心感がある」 との言い分があるが、実際の場面ではアイコンタクトがあったとしても、安心は禁物というお話だ。

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2年ちょっと前に、「わずか 20分の間に 2度唖然とした交通事情」 という記事を書いた。その中から少々引用してみよう。横断歩道を渡っている私の目の前に、左側から強引に突っ込んできて、歩道の縁石にぶち当たる自爆事故を起こしてしまったオバサンの話である。

向こうから走ってくるクルマの運転席のオバサンとは、確実に目が合ってさえいて、お互いの存在をしっかり確認できていた。そして相手は、横断歩道の前で十分すぎるほどの余裕を持って停止できるだけのノロノロ運転だったのである。

ところが彼女は、私が横断歩道を渡っている目の前に割り込むように無理矢理かつ強引に突っ込んできて、自爆してしまったのである。ガリガリっと大きな音をさせて、歩道の縁石にバンパーの左前をこすってしまったようだが、こちらはそんなことに関わっているほど暇ではないので、さっさとその場を後にした。

というわけで、アイコンタクトは安全を保証するものじゃない。目が合ったというだけで安心しちゃいけないのだ。世の中にはこんなオバサンも存在するのである。

確かにアイコンタクトがあると、お互いに安心したような気分になることはある。この時も私としては、「目が合って、お互いの存在をしっかり確認したんだから、よもや横断歩道に突っ込んでくるなんてことはあるまい」 と、常識的な判断をした。

とはいえこれがいくら 「常識的な判断」 でも、いつもの私なら、「オバサンは絶対に横断歩道の前で停まらない種族だから、ここはやりすごしておこう」 と、自衛のために思う。ところがこの時の相手は、本当にじれったいほどのチョー・ノロノロ運転だったのだ。それで私も、「これならいくらオバサンでも、停止しないまでも、私が渡り終えるまでには横断歩道にたどり着かないだろう」 と判断したのである。

ところがあろうことか、彼女はこの場面で強引に突っ込んできたのだ。今になってあの場面のタイミングを考えてみると、もしかしたらあのオバサン、少々加速さえしていたかもしれない。だって、「あんなにトロトロ走ってたクルマが、どうして今、俺の目の前で自爆してるの?」 って感じだったからね。

オバサンとしては多分、「目が合って、私のクルマが近付いているのを確認したんだから、あの人は横断するはずがない」 と、ものすごく身勝手な判断をしたのだろう。ところが彼女の意に相違して、私は横断歩道を渡り始めた。

ここで彼女は、咄嗟にムカついた。「まあ! この私と目が合って、クルマが近付いてるとわかってるのに、渡り始めるって、どういうことなの? なんて無神経で、失礼で、無遠慮で、アブない人なの!」

ここまでの彼女の思考は、このように明確に言語化されていたわけじゃないだろうが、後から説明しようとすれば、要するにこういうことだったろう。そして次の瞬間に、「あの無神経な人が渡りきる前に、私の方が急いで通り過ぎなきゃ!」 と、無茶苦茶な発想をした。早く言えば、「あんた、どきなさいよ。私が先よ!」 ってことだ。

ここまでひどい判断をしてしまうと、少々加速してまで私の前をすり抜けようとするまでのプロセスは、ほぼ自動的流れである。それまでのチョー・ノロノロ運転で、横断する私をやりすごしさえすれば何の問題もなかったのに、とんでもない了見違いをしてしまったわけだ。

とにかく、彼女の脳内には 「自分の都合」 しかなかった。確実に言えるのは、横断歩道の手前で停車するという交通法規は、意識にのぼることすらなかったということだ。その結果、驚いて飛び退いた私の目の前で歩道の縁石に 「ガリガリッ!」 と、ミジメな自爆である。結構な高級車だったけどなあ。私が瞬間的に飛び退かなかったら、人身事故になっていたかもしれない。

もし最悪のケースで人身事故になり、治療費を負担することになっても、彼女は決して納得しなかったろう。内心ではあくまでも、「だって、しかたないじゃないの。向こうが急に横断し始めたんだから!」 と思い続けるに違いない。いや、人身事故に至らなかったことだって、「クルマの修理をしなきゃならなくなったのは、急に横断し始めたあの人が悪い」 と、今でも思っているだろう。

とまあ、この体験で私は、「道路では、いくら目が合ってお互いの存在が確認できていたとしても、甚だ自分勝手な判断をする人もいる」 と学んだのである。というか、今回紹介した事例では、「目が合ったからこそ、向こうがより勝手で極端な判断をした」 ともいえる。アイコンタクトって、実は両刃の剣だ。お互いに自分の都合で判断しがちだから。

すべての人がまっとうな遵法意識をもっているとはもとより期待しないが、そんなレベルをあっさり飛び越えて、とんでもない非常識な行為に及ぶ人もいる。とくにオバサンはアブない。これが単なる偏見であってもらいたいが、悲しいかな、私の経験知は 「いや、決して偏見とは言い切れないから、オバサン・ドライバーには気をつけろ」 と囁く。

そして私も命は惜しいから、その囁きに素直に従う。そしてあんな経験をしてからというものは、ことさらなまで素直に従っている。

(上で使用した写真は今回紹介した事例の現場ではない。念のため)

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2017/05/19

ゆるい左カーブでは、突然逆走自転車が現れる

(この記事は、一度 17日の記事の 「追記」 として書き加えたものだが、結構大事なことなので、しつこいようだが本日付の独立記事としてアップし直すことにした)

こちらがクルマを運転している時でも、はたまた自転車に乗っている時でも、逆走自転車に出くわして一番肝を潰すのは、例えば下の写真のような、ゆるい左カーブを辿っている時だ。

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クルマや自転車で、この写真の手前から向こうに向かって走っている時、左の生け垣の影から突然逆走自転車が現れることがある。それはもう、ちょっちゅうある。なにしろ、このあたりでは、自転車の 80%以上が右側通行してるのだから、日常茶飯事である。こちらがクルマの場合は、急停止せざるを得ないが、相手は絶対に謝りもしない。

向こうから来る自転車がまともに左側通行して、このカーブを大回りしてくれれば、何のことなくすれ違えるのに、このあたりの自転車は、ほとんど逆走して、生け垣の影から突然飛び出してくるのだ。ここは隠れた危険地帯である。

(余計なお世話と言われるかもしれないが、私がこの写真の左の土地のオーナーだとしたら、よりによってこんな背の高い生け垣は設置しない。スカスカで見通しのいいフェンスに取り替えたいところだ。目の前の道路の安全のためには、確実にその方がいい)

「センターラインのないような細い生活道路なら、自転車の右側通行もあり」 なんて、逆走を助長するようなことを言っちゃいけないのは、この写真を見るだけで理解できる。中には平気でそんな指導をする学校の先生もいるらしいが、そんな人は直ちに停職にしてもらいたい。危なくて、子どもを預けられない。

私は自分が歩行者として向こうから右側通行してくる時でも、何となく怖いと思う。出会い頭にクルマや自転車が現れるのを想定して、慎重にならざるを得ない。まあ、繰り返すがこの辺の自転車は 80%以上が右側通行だから、変な話、自転車と出くわすリスクは低いが、クルマと出くわすリスクは十分にある。だから私は往きも帰りも絶対に、この写真の右側の歩道を歩く。

ちなみに、バギーカーに掴まった老人は、歩道の縁石を越えるのがおっくうらしくて、歩道の反対側をヨロヨロと歩く。これはこれでかなり注意しなければならない。なにしろ、彼らがこちらから向こうに行く時は、歩行者として左側通行しているのだから、逆走自転車とは逆走同士になって、下手したら衝突する。逆走自転車で老人に怪我させてしまったら、かなりの責任問題になる。

そして自転車で逆走するようなヤツは、そんなリスクはつゆほども考えていない。これも前に書いたことだが、基本的な情報 (簡単な交通法規とかね) が、すべての人に当たり前に行き渡るなどと考えるのは甘すぎる。まともに生きていくのにどんなに必要で適正な情報であろうとも、それを受け取らない人は、金輪際受け取らない。それは受け取るのを拒否しているのではなく、ただひたすら無意識なのだ (参照)。

歩行者として右側通行する時でさえ恐ろしい気がするのに、よくまあ自転車で平気で逆走できるものだと、私は遠くを見る目で嘆息してしまうのである。

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2017/05/18

逆走自転車って、本当に 「チョーヤバ!」

今月 14日、昨日に引き続き、くどいようだが 「逆走自転車」 に関する話である。YouTube で検索してみたら、逆走自転車の多いこと、多いこと。まさに世をはかなむほどである。私も 「我が家の周辺では自転車の 8割以上が右側通行だ」 と書いたが、下の動画を見れば決して大げさな言い方じゃないと実感してもらえるだろう。

この動画をアップした人は、「道路の左端を走行する」 という原則をしっかり守って、逆走自転車を回避するために自ら車道側に膨らむのを敢えて (断固として) 拒否している。だから相手が避けなければ、一瞬 (あるいは一瞬以上) お見合い状態になる。そして逆走自転車というのは、自分からは避けない傾向が強いため、このお見合いがやたら多い。

そしてお見合い状態になっても、逆走側はほとんど謝らない。たまに 「ゴメンね」 程度に軽く会釈する人が、多少は可愛らしく見えてしまうほどで、中には逆ギレするオヤジもいる。つまり逆走する人の多くは、自分が違法行為をしているとの自覚がない。

お見合い状態になる寸前で、逆走自転車の方が避けるケースも少しはあるが、それはそれで結構危ない。遵法走行自転車とその後ろからくるクルマのわずかな隙間に突っ込んで行くなんていうのもあって、そんなケースでは、クルマの運転者としてはかなりの 「ヒヤリハッと」 感覚を味わっているだろう。

この動画にはさらに、単なる逆走以上の複合的危険走行の事例が満載だ。例えば夜間走行の場面では、多くが (というか、ほとんどが) 「無灯火での逆走」 である。ライトが光っているように見えても、ほとんどはこちら側のライトの反射でしかなく、要するに 「マジ、ヤバい」 走行である。

さらにその上を行く危険走行もある。「無灯火」 「傘さし」 「逆走」 という 「危険走行の三冠王」 とも言うべきオバサンが、動画の 2分 10秒あたりに登場する。このオバサンはお見合い状態になっても、無理矢理かつこの上ない強引さで、道路の端をこじ開けるようにすり抜けていく。こういう人がいるから、「オバサンは無敵」 「最強 (最凶)」 などと言われる。

4分 40秒あたりには、逆走車を避けようとして転倒してしまっている遵法走行自転車が録画されている。さいわい大きな怪我はなかったようだが、もし転倒した自転車の直後からクルマが来て轢かれたりしていたら、この逆走車は医療費と慰謝料をかなりの比率で負担することになるだろう。

自転車に乗っていて交通事故の加害者になり、多額の医療費や慰謝料を払うケースも増えており、とくに逆走のケースでは言い訳ができない。そして自転車で右側走行をする人に、その覚悟があるとは到底思えない。

この動画をみれば、自転車の右側通行がいかに危険で、きちんと左側通行をしている自転車にいかに理不尽なリスクを強いているかがわかるだろう。私のこの記事ごときが自転車の逆走を減らすことに大きな効果を発揮するとはとても思えないが、読んだ人が回りに 「逆走自転車ってチョーヤバだよ」 と語ってくれれば、ほんの少しは足しになるかもしれない。

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2017/05/17

自転車の右側通行は、他人の命を危険にさらす

3日前に 「最強の命知らず」 という記事で、自転車の右側通行がとりもなおさず 「逆走」 であり、とても危険ということについて述べたところ、「自転車の右側通行については、容認派です」 というコメントがついた。仕方がないので、これについてもう一度、念を入れて書く。

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3日前の記事では、自転車の右側通行について、"これ、クルマの視点からすると 「逆走」 にほかならないので、本当にコワい" と、つい 「クルマ視点」 で書いてしまったが、実際によりコワいのは、こちらも自転車に乗っている時である。自転車で左側を遵法走行している時に、逆送自転車が現れると、マジで身の危険を感じる。

上のイラストを見てもらいたい。図の右上で、きちんと左側通行でこちらに向かっている自転車 A が、あなただとする。そして、あなたの目の前に、オッサンの自転車 B が右側通行で 「逆走」 して来る。

経験則からいうのだが、逆走自転車というのは、自分からは絶対に道を譲らない。ということは、衝突を回避するために、あなたの方が反射的に車道側に膨らんでしまう可能性が高い。

しかし図のように、あなたの後ろからはクルマが迫ってくるのである。へたしたら、あなたはクルマに接触してしまう。最悪の場合は命を失うかも知れない。そしてその大きな原因は、右側を逆走してくる自転車のオッサン B にある。同様に左上の C も、D に理不尽なリスクを強いている。D の後ろからは大型トラックが迫っているかもしれないではないか。

願わくは、あなたが B や C のような逆走自転車乗りになって、遵法走行者を傷つけてしまったりすることがないようにということだ。

【追記】

3日前の記事に、萩原水音さんから次のようなコメントがついた。

以前馴染みにしていたサイクルショップのオーナーと以下のことで同意したのですが、自分が自転車で車道の左端を通行していて、前方から逆走チャリが来た場合、こちらが回避するよりも左端に停まってしまったほうが得策だと。

こちらは法に従って通行している訳ですから、もし逆走チャリがよけてクルマと接触したとしても「危険を感じたので停まった」ということで法的には問題ないはず。

至極妥当なので、私もこれからは逆走自転車が来たら避けないで直ちに左端に停まり、逆走自転車の方が車道側に出て避けることを要求することに決めた。逆走車にはクルマが見えているだけに、車道側に出るのはかなり恐ろしかろうが、違法走行してるのはそっちなんだし、そのくらいのリスクは引き受けてもらう。

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