カテゴリー「美容・コスメ」の4件の記事

2019/05/01

「マツエク 60本 2000円〜」という表示のインパクト

下の写真は近所の美容院(らしい)の外観である。複合店舗の 2階にあり、店名は "CUT HOUSE" (直訳:「切られた家」!)とだけ表示してある。

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で、その隣の窓にあるのが、「マツエク 60本 2000円〜」という表示だ。意味不明ながらかなりのインパクトで、一瞬クラッときた。

冷静に想像すれば、多分 「まつげエクスなんちゃら」の略なんだろう。いくら何でも「まつげエクスポート」じゃないだろうし、「まつ毛エクササイズ」も意味不明だし、一体何だろう。

帰宅して iPhone を取り出し、「マツエク」でググってみると、検索結果はなんと 983万件にもなった(参照)。ただ、それらのタイトルをみる限りでは正体が漠然としていて、意味を了解している者にのみ意味のある検索結果である。

ただ「マツエク、まつげエクステ販売 キャンディポケット」なんてページが 2番目に表示されているので、「これって『まつげエクステンション』なのかなあ」なんて思えてしまうのだ。「まつ毛伸ばし」って、一体何なんだ?

"Extension" は基本的には周知のごとく「延長、拡張、伸張」という意味合いなのだが、英和辞書を引くと、語義のかなり後ろの方に 「《複数形で》(ファッション用の)付け毛、エクステンション」というのがある。そう言えば確かに、髪の毛の方の「付け毛」を「エクステンション」というよね。

その流れで恐ろしいことに、「付けまつ毛」(フツーの英語では "false eyelashes")が「マツエク」になってしまうのか…… と思いきや、実はそんな単純なことでもないようなのだ。

さらに調べると、「付けまつ毛」と「マツエク」は別物のようなのである。"BEAUTY PRODUCTS" というサイトの「まつげエクステンションとは」というページには次のようにある。

「つけまつげ」は、皮膚に化粧品糊を使って直接貼付けるものですが、「まつげエクステンション」は、皮膚から 1-2ミリ程度離して1本のまつげに装着します。

また、つけまつげと大きく異なるのが毎日自分で取り外すものではなく、一度に片目で約 20本~100本近い仮毛(エクステンション)を専門の技術者に装着してもらい、2週間以上装着を保ちます。

つまり、既存の「自前まつげ」1本 1本に人工のまつげを付け足すというのだ。うーむ、女子の世界にはオッサンの想像力では計り知れないエキセントリックなことがいくらでもあるようなのだ。私だったらそんな細かい装着作業には、神経が耐えられそうにない。

翻って微笑ましいのは、「マツエク 60本 2000円〜」という表示が A4 のコピー用紙に 1文字ずつプリントしたものを並べて貼ってあるとしか思われないことだ。「マツエク」なんて、オッサンには「余計なコスト」としか思われないが、その訴求には極力コストをかけないのだね。

 

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2017/03/09

ツンツンの髪の毛 その 2

8年近く前に 「ツンツンの髪の毛」 という記事を書いたことがある。髪の毛の硬い友人が、「いやはや、俺は立った髪を寝かすのに苦労してるのに、最近の若い奴らは、わざわざ時間をかけて、髪の毛をツンツン立たせてるんだねえ」 と言っていたことから説き起こしたものだ。

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この記事では、その友人の言葉を受けて私も次のように書いている。

確かに近頃、駅のトイレに入ると、鏡の前で必死になって髪の毛を少しずつつまみ、微妙な立たせ方を実現するのに余念のない若い子が多い。それはそれは真剣な形相なのだ。彼らの髪の毛は自然かつ無造作に立っているように見えるが、実は圧倒的な人工の技によるもののようなのだ。

というわけで、その頃の私は 「ツンツンの髪の毛」 に多少の違和感を覚えていた形跡があるのだが、最近は、朝起きるとツンツンに立っている髪の毛を、そのままに放っておくことが多くなった。上の写真は今日の夕方 6時頃の髪の毛を iPhone で撮ったものである。iPhone はレンズが裏表両方に付いているので、自分の写真を撮れちゃうのだね。この機能は、今回初めて使った。

朝起きた時にはもっとずっとツンツンなのだが、「放っておけば寝るだろう」 と思ってそのままにしちゃう。確かに昔は髪の毛が太くて自重があったので、放っておけば髪の毛は自然に寝た。しかし最近は髪の毛が細く (つまり薄く) 軽くなったせいか、髪を洗って (私の場合は石けんで洗うのだよ) 寝て、翌日夕方の 6時になっても自然にこんなような具合に立ったままなのである。

昔だったら 「寝癖のままで、だらしない!」 なんて不興を買ったかもしれないが、近頃の風潮として、髪の毛が立っていても誰も余計なことを言わなくなったので、私もこれ幸いと余計な手間をかけないでいる。グリースやヘアワックスを塗りつけるなんてこともなしに、こんな感じに立ったまま寝ないので、もしかしたら若い人の中には羨ましく思う人もいるかもしれない。

で、「tak さん、いつまでも若いねえ」 なんて言われることもあるのだが、先に述べたように、これは髪の毛が細く軽くなったせいなので、いつまでも若いってわけじゃ決してないのだよ。残念なことに。だから、ちょっと手の平に水を付けて撫でつけさえすれば、すぐに寝ちゃうのだ。面倒がなくて、いいといえばいいのだけれど。

念のため: 私の年は、このブログの 「プロフィール」 をクリックすれば知れるので、わざわざコメント欄で聞いてきたりしないようにね。

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2009/07/06

ツンツンの髪の毛

還暦近くになっても、ちっとも頭が薄くならない友人がいるが、その代わり髪が硬くて、毎朝寝癖を取るのが大変なのだそうだ。

その彼が、「いやはや、俺は立った髪を寝かすのに苦労してるのに、最近の若い奴らは、わざわざ時間をかけて、髪の毛をツンツン立たせてるんだねえ」 と驚いていた。

確かに近頃、駅のトイレに入ると、鏡の前で必死になって髪の毛を少しずつつまみ、微妙な立たせ方を実現するのに余念のない若い子が多い。それはそれは真剣な形相なのだ。彼らの髪の毛は自然かつ無造作に立っているように見えるが、実は圧倒的な人工の技によるもののようなのだ。

なるほど、あの姿を見ていると、寝癖で立ってしまった髪の毛を毎朝苦労して丹念にセットしているオジサンが複雑な気分になってしまうのも、しかたのないところである。

そこへ行くと私なんかかなり恵まれていて、還暦に近づいても髪が目立って薄くなったということもなく (やや細くなったような気はするが)、髪質がソフトなので、思いっきり寝癖がついても、朝に 「肌水」 をちょいちょいっとスプレーしてやればすぐに収まる。

決して収まりすぎるということもなく、テキトーに自然な状態に収まるので、あとはそのままなんの手も加えない。私はずっと昔から、髪の毛に櫛の目を入れるなんて面倒なことはしたことがなく、こんな感じで通している。

だから昨今の、髪の毛がボサボサだろうがツンツンだろうが、それはかえってお洒落という風潮は、私にとって楽なのである。昔は、「きちんと櫛でとかして分け目を入れろよ」 なんて言われたこともあったが、最近は全然なくなった。ありがたいことである。

最近ではオッサンでも、しかも代議士でも、あのツンツンをやっている人がいる。大方はすぐに顔が浮かんだと思うが、渡辺喜美さんである。あれって、ソフトモヒカンなんて言うのかなあ。結構ワックス塗って立ててるんだろうと思うが、驚くべきことに、女性には案外好評らしい。

渡辺喜美さんばかりでなく、ボサボサ・ツンツンの最前線にいる若い連中は、それなりに手間と金をかけているもののようで、私としては 「大変だなあ」 と思うばかりである。女性の好評をとれるというなら、そのくらいは厭わないのかもしれないが。

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2008/11/28

化粧とは 「描く」 もののようなのだ

朝、常磐線取手駅から快速電車に乗る。取手は快速電車の始発駅だから、大抵座れる。とくに平行して走るつくばエクスプレスが開通してからは、座れる確率が高くなった。

若い女性の多くは座席に着くとバッグから何やら取り出し、パカッと開く。ケータイも化粧用コンパクトも、ここまでは動作が同じだ。

動作が分かれるのは、ここから先である。一方はメールチェックに余念がなく、チェックが終わるとすぐに返事を書いている風情である。そして残るもう一方は、化粧にとりかかる。その比率は、ざっとした印象では 6 対 4 ぐらいである。

やや少数派の化粧派の中には、かなりシリアスな女性もいる。ちょいちょいとお顔を整えるなんていうレベルではない。膝の上に化粧セット一式を置き、ファンデーション作りから入念に始める人もいる。その形相たるや、鬼気迫るものがある。

かなりの時間をかけて大体のメークアップが終わると、今度はコンパクトをのぞき込みながら、大変な表情をなさる。極端な上目遣いでコンパクトをのぞき、頬の筋肉を大げさに上げ下げし、挙げ句の果てに鼻の下を思いっきり伸ばして鼻毛チェックをする。

そのあまりの素晴らしいパフォーマンス (?) に思わず見とれると、突然ものすごい形相でにらみ返されるからあぶない。

ちょっと前のことだが、化粧品業界の人に、化粧品のポスターはすっぴんで撮影するのだと聞いた。すっぴんの写真の上に、コンピュータ・グラフィックで化粧を 「描いていく」 のだそうだ。化粧品会社のポスターのモデルは、化粧でではなく、IT 技術できれいになっているのである。

というほど、化粧というのは 「描く」 ものということのようなのだ。

今年の夏頃、常磐線の電車の反対側の席に、一人の女性が座った。こう言っては何だが、私よりは完全に年上のように見える。多分、還暦前後だろう。

還暦が若い格好をしてはいけないなどと言うつもりは毛頭ないが、その女性のファッションは、ティーン向けのファッション雑誌から抜け出してきたような出で立ちである。スタイルだけはそんなに崩れてはいないが、超ミニスカートとぴたぴたのタンクトップが、申し訳ないが大層な違和感で、「ものすごく無理してるなあ」 という印象だ。

その女性は、席に着くなり膝の上に化粧道具一式を取り出し、化粧を始めた。かなり入念な作業をなさっている。途中で電車が混んできて、その女性の姿は見えなくなってしまったが、上野駅で降りるときにふと見ると、何と彼女は、立派なティーンに変身しているではないか。

それはまさに 「変身」 「メタモルフォーゼ」 というにふさわしい変わりようだった。化粧とは、「描く」 ものだと、心の底から納得した瞬間だった。

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