カテゴリー「旅行・地域」の152件の記事

2017/03/16

西武新宿線の駅名、どうして 「下井草〜井荻〜上井草」 なのか

大学時代の昭和 47〜48年頃に、西武新宿線の下井草駅近くに住んだことがあった。風呂なし、トイレ共同の汚いアパートで、駅に近いことだけが取り柄の住処だった。その下井草駅は、ふと思い立って Google マップで検索してみたら、今は橋上駅になっている。

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橋上駅になったので、西武新宿線も高架になり、踏切がなくなったのかと思ったら、どうやらそうではなく、駅舎が線路の上にできたというだけで、昨年夏に立体交差化の計画は発表されたものの、まだ実現されていない(参照)。西武鉄道というのは、池袋線は一昨年になってようやく全面高架化が完成したらしいが、新宿線はまだ遅れている。この方面にはとにかく金をかけたがらない会社だ。

ところで、西武新宿線の鷺宮駅の西隣には、私の住んでいた 「下井草」 があり、隣が 「井荻」、その次が 「上井草」 という駅である。これ、どうして 「下井草〜井草〜上井草」 じゃなくて、間の駅が 「井荻」 というややこしいことになっているのかというのが、昔から疑問だったが、そこに住んでいるとあまりに身近すぎて、ついぞ調べることもなく放りっぱなしになっていた。

で、今頃になってふと思い出してたまらなく気にかかってしまい、何はともあれググってみたらすぐに理由がわかった。下井草に住んでいた 40数年前は、こんなことを調べるにもいちいち図書館に足を運ばなければならなかったことを考えると、ずいぶん便利な世の中になったものである。

最もわかりやすかったのが、Wikipedia の 「上井草」 の項である。こんなことのようだ。

江戸時代の多摩郡上井草村の流れを汲む地名である。江戸時代初期に井草村が分割され、上井草村と下井草村が成立した。

(中略)

1889年の町村制施行により、上井草村・下井草村・上荻窪村・下荻窪村が合併し、東多摩郡井荻村となった。1896年に東多摩郡は豊多摩郡になり、井荻村は1926年に井荻町となる。

「井荻村」 という地名になったのは、察しのいい方は既にピンときていると思うが、「井荻町」 の項 に、次のようにある。

東多摩郡上井草村、下井草村、上荻窪村、下荻窪村が合併する際、井草の 「井」 と荻窪の 「荻」 とを組み合わせて命名。

というわけで、「井荻」 というのは両方から一文字ずつ取って組み合わせるという、ありがちな手法で便宜的についた地名ということである。で、現在の西武新宿線の下井草と上井草の間の駅名として残っているというわけだ。なんだかややこしい話なのだが、とりあえず 40年ぶりで疑問が解消された。

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2017/02/26

茨城県内の圏央道が全部開通

本日明け方に圏央道 (首都圏中央連絡自動車道) の、茨城県内に残されていた不通区間、境古河 IC - つくば中央 IC 間が開通して、常磐道が中央自動車道、東名自動車道とつながった。つくば地域に居住する私にとっては、都心を抜けて山梨県や神奈川県以西に行くのがやたら億劫に感じられていたが、これからはかなり楽になるだろう。

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これまでも関越道に乗るのは、案外抵抗がなかった。常磐道を都心方面に行き、三郷から外環道に入って、練馬の大泉 JCT 経由で行けたからだ。しかし中央道、東名高速に乗るには、練馬から一般道 (環八) に降りるか、外環道の美女木から首都高に入らなければならない。どちらにしても延々と渋滞するので、ものすごく気が重かったのである。

何の用があるわけでもなく、ただ通過するだけの都心で渋滞に巻き込まれるのは、本当にばかばかしい気がしていた。これからは都心の渋滞を気にすることなく西に行けるというだけで、気分が軽くなる。

クルマで中央道、東名高速を通って西に行く機会は、年に 3〜4度ぐらいのもので、実際には鉄道を利用することの方が多いのだが、2人以上での移動だと、クルマの方が安く付くし小回りがきいたりする。だから、やはりこれはありがたい。

移動が短時間で済むだけでなく、渋滞による排気ガスの減少で、少しは空気もきれいになるだろう。ここまで来るのに、半世紀近くもの時間がかかった。本来ならもっと早く実現してもよかったと思うがなあ。

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2017/02/21

日本もなかなか広いものだ

能登から帰ってきた。昨夜から雪が降り出し、朝に七尾の港を散策する頃まで降ったり止んだりしていたので、なかなか寒かった。昨日は関東に春二番 (?) をもたらした南風のせいで、雨になっていたようだが、今日の風は本当に冷たかった。

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七尾の港のなんとか市場というところで、牡蠣か海鮮丼かを食べようと思っていたのだが、朝が早すぎて開いておらず、泣く泣く諦めて特急に乗って帰って来た。金沢で新幹線に乗り換える時に、ちょっとだけ余裕をみていたので、市内を散策したり食事したりできたのだが、やはり身を切るような冷たい風だった。

新幹線に乗って Facebook をのぞいてみると、知り合いの何人かが伊豆の河津桜見物に行っていて、いい陽気に似合った幸せそうな表情の写真を載せている。とくに昨日はぽかぽか陽気で、既に葉桜になっているのもあったという。こちらは寒風に震え上がっているというのに、どえらい違いだ。

日本もこれでなかなか広いものである。とくに昨今の冬から春に移る時分というのは、北から南にかけて季節感の違いが大きい。

写真は北陸新幹線の車窓から、長野近辺の景色を撮ったもの。この程度の雪なら、それはそれでなかなかいいものである。

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2017/02/20

冷たい雨の能登に来ている

仕事で石川県の七尾市というところに来ている。能登半島の真ん中よりちょっと南で、富山湾、七尾湾に面している。晴れ男の私としては珍しく、一日中冷たい雨に降られたが、まあ、雪になるよりはいいだろう。写真は日がとっぷりと暮れた七尾駅前である。

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私は一昨年に 「全都道府県制覇」 を達成している。単に足を踏み入れただけ、あるいは通過しただけというのではなく、全ての都道府県で一泊以上したという記録だ。しかし能登に来るのは初めてである。これまでは石川県は金沢にしか行ったことがなかった。

全都道府県は制覇したものの、旧国名で呼ばれる地域を全部制覇したわけではない。その意味で、同じ石川県でも金沢のある加賀国には何度も行ったが、ここ能登国は未踏の地だったのである。しかしこれで、未踏の国が一つ減った。

まだ豊前 (大分県北部)、大隅 (鹿児島県東部)、但馬 (兵庫県北部)、石見 (島根県西部)、飛騨 (岐阜県北部) と、淡路、壱岐、対馬、隠岐、佐渡の離島が残っている。但馬、淡路は、通過したことだけはあるので、それを大目に見てもらって、「行ったことはある」 とすれば、残りは 8つの国である。

このうち、石見、飛騨は行ける可能性が高いが、残り、とくに壱岐、対馬、隠岐の離島はよほど意識しないと難しい。しかし佐渡は是非行ってみたいなあ。

ちなみに、来る前に友人に 「今度、七尾に行くことになったよ」 というと、「それ、『風の盆』 の街じゃないか、いいなあ」 と言われたので、「あ、そうか、風の盆か」 と喜んでいたのだが、ふと 「ありゃ、風の盆は、『越中おわら節』 だから、能登じゃないよな」 と気付いた。

よく考えてみれば、風の盆は同じ北陸でも富山県の八尾町 (やつおまち) で、七尾市より 1個多いのだった。

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2017/02/09

空港での足止め体験

昨日の TBS ラジオで、「空港で 30分以上足止めをくったことがあるか」 というアンケートをしていて、聴取者から様々な足止め体験が寄せられていた。中にはかなりしんどい体験もあって、私の体験なんて、全然生やさしいものだと思ったりした。

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30分ぐらいの足止めなら、何度経験したか覚えていないぐらいだが、今でも印象に残っているのは、11年前のニューヨークでのことだ。平成 16年 5月 18日の記事に 「シカゴ大荒れ」 というのがあり、出張でシカゴのイベントに行った際に、ニューヨークのラガーディア空港で 3時間待たされたと書いてある。(まだ ”Today's Crack” がココログに移る前なので、「知のヴァーリトゥード」 のサイト内のコラムになっている)

この時は、米国中西部の 5月によく発生する 「サンダーストーム」 (大嵐) の影響で、飛行機が出発を延期したのだが、なにしろ外国の空港の出発ゲートで、3時間も何もすることなくゴロゴロしているというのも、結構しんどいものがある。シカゴのホテルへの到着は夜中過ぎになったのだが、ニューヨークとシカゴの間には 1時間の時差があるので、時計の上では 2時間遅れで済んだのが不思議な心持ちだった。

この時の出張にはまだオマケのお話があって、サンフランシスコから日本に戻る便で大量のオーバーブッキングがあり、客が乗り切れないというので、またしてもかなり待たされた。どういうわけか、なかなか予定通りに移動できない出張だったのである。

出発ゲートでのアナウンスによると、「ホノルル経由の別便に乗り換えてもいい」 と申し出れば、「ホノルルでの無料宿泊のほか、300ドルの小切手またはユナイテッド航空で使える 600ドル相当のクーポン券が提供される」 とのことだったので、かなり心が動いたのだが、翌日からの予定が結構つまっていたので諦めた。ただ、今でも 「予定をキャンセルすれば、無料でハワイの一夜を過ごせたのに」 と思い返すことがある。

それから昨年の 5月には、北海道の釧路空港からの帰りに、予定していた便に乗れず、千歳空港近くのホテルで一泊したことがある。このことについては、「ひょんなことから千歳でもう一泊」 という記事に書いている。

釧路空港から搭乗予定だった羽田行きの飛行機 (羽田からの折り返し便) が、濃霧のため釧路に着けずに羽田に引き返す可能性が高いので、便の変更をして一度新千歳空港まで行き、そこから羽田行きの便に乗り継ぐのが確実と言われ、その通りにしたのだった。ところがその乗り継ぎ便が機体トラブルで飛べなくなってしまい、しかたなく近くのホテルで予定外の一泊をしたのである。

まあ、ホテル代は ANA に請求したからよかったのだが。元々乗る予定だった釧路から羽田への直行便は、少々遅れはしたが、ちゃんと運航できたようなので、余計なことをしなければその夜のうちに家に帰れたみたいなのだ。人生、どこでどう転ぶか知れたものではない。

で、今気付いたのだが、私が経験した大きな足止めは、2つとも 5月の出来事なのである。5月って、案外気象の安定しない時期なのだね。

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2017/01/20

APA ホテルの印象

中国版ツイッター といわれる 「微博 (ウェイボー)」 という SNS に、日本の APA ホテルの客室に 「南京大虐殺を否定する本」 が置かれているという批判的な記事が掲載され、それからというもの、ちょっと炎上気味になっているようだ。このホテルのサイトもあっという間にハッキングされた模様 (参照) で、下の写真のように 「システムメンテナンスのお知らせ」 という画面が出っぱなしでまだ復旧していない。

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私としては、ホテルといえどもプライベート企業なんだから、客室にどんな本を置こうが勝手で (それに、フツーはそんなもの読まんし)、本が置いているだけで嫌というなら客の方でボイコットすればいいだけの話と思っている。とはいえハッキングしちゃうなんていうのは、ちょっとやり過ぎだろう。

個人的には悪いけど 「APA ホテル、ちょっとなあ。あの女社長 キモいし」 と思っていて、これだけ毎月毎月日本全国に出張の機会がある仕事をしながら、ホテルを予約する際には APA だけは避けている。今さらのように言っちゃうけど、まあ、及ばずながら前々からボイコットしているわけだ。

実は、APA ホテルには 1度だけ宿泊したことがある。もう一つのブログで和歌による日記みたいなものを書いているので、日時まで特定できる (参照)。平成 17年の 8月 11日というから、もうすぐ暦が一回りするほど前のことだ。この日は京都府宇治市の企業を訪問し、その夜は京都祇園の APA ホテルに泊まったのだ。

祇園という立地だけで選択したので、意図して APA を選んだわけではく、さらに 12年も前のこととて詳細な記憶はないが、結構古い造りだったことだけは覚えている。何でも昔の 「祇園ホテル」 というのを APA が平成 12年に買い取って経営しているらしく、カーペットやカーテンも相当くたびれていた。まあ、いかにも祇園らしい気がして、何のことなく眠りにおちたわけだけどね。

APA はいろいろなホテルを買い取って運用しているらしいから、建物自体は新しいのから古いのまでいろいろある。全国各地で APA ホテルの看板に遭遇するが、統一的なイメージは全然ない。他のホテル・チェーンは曲がりなりにも一目見ればなんとなくどこのホテルかわかる造りのものが多いが、APA はその点については 「どーでもいーわ!」 と思っているようだ。

これ、経営側にとっては確かに 「どーでもいーわ!」 という問題かもしれないが、宿泊客にとっては 「イメージが定まらない」 というのは、ちょっと不都合である。ホテル関連の口コミ・サイトをみると、「〇〇の APA ホテルはよかったから、信用して △△でも APA ホテルに泊まったら、ひどかった!」 なんていうのが結構多い。玉石混淆なのだね。

私が APA を避けるのは、「女社長がキモいから」 というほかに、「泊まってみるまでわからないから」 というのもある。繁忙期にはものすごく値段をつり上げるという評判なので、「これだけの値段を払うんだから、結構いい部屋だろう」 という常識が当てはまらないみたいなのである。

経営者の政治信条は別としても、要するに 「結局のところは顧客志向なんてしてないホテルなんだろうね」 と思っているわけなのだ。

【追記】

それにしても、APA ホテルのサイトのシステム・ダウンが長引きすぎている気がする。15日にはダウンしていたはずだから、かれこれ 5日目で、どうも急いで復旧する気がないみたいなのである。公式サイトなんてどうでもよくて、楽天トラベルとか代理店とかから予約が入りさえすればいいってなわけで、「面倒がなくていい」 ぐらいに思っているんじゃなかろうか。

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2016/12/30

今年は JR の急行列車の定期運行が全廃されたらしい

「近頃 JR じゃ 『急行列車』 というのがめっきり減っちゃったなあ」 と思っていたら、今年 3月の北海道新幹線開業に伴い、最後の急行 「はまなす」 が廃止されて、これで JR には定期運行される急行列車というのが 1本もなくなってしまったのだそうだ。

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「へえ! じゃあ 「特急 (特別急行)」 という名称の意味がなくなっちゃったんだから、ぜんぶ 『急行』 にしちゃえばいいじゃん!」 と思ったのだが、よく調べると、今後も臨時急行列車が走る可能性があるので、「特急」 の名称はそのままなのだそうだ。

世の中には、「すべて 『急行』 として、時々臨時運行される昔の急行に相当する便は、『準急』 とすればいい」 と言っている人もいるようだが、まあ、それだとややこしくなるので、現実的にはずっとこのままなのだろう。JR は特急のことを英語で "special express" と言っているようだが、こうなったらちっとも 「特別」 でも 「スペシャル」 でもないのだがね。

思い起こせば、私が学生時代は 「鳥海」 という名の急行列車があり、上野駅始発で、上越線の長岡を経由して羽越線に入り、日本海岸を北上して秋田まで行っていた。夜行の普通席で行くと、一晩中固い座席で揺られ (あるいは満席で座席に座ることすらできず)、朝になってようやく到着していた。

所要時間は約 9時間。飛行機だったら米国のシアトルまで行ける長旅である。あの頃は若かったから、そんな旅もごく普通のことと思っていて、6時間で行ける特急 「いなほ」 は、ちょっとした贅沢という認識だった。

今なら上越新幹線の 「とき」 と 羽越線特急の 「いなほ」 を乗り継いで 4時間 20分足らずで行ける。昔の急行の半分以下の時間だが、今はその急行列車がなくなったので、これが標準の行き方になってしまった。山形新幹線で新庄まで行き、そこから陸羽西線で酒田まで行けば 610円安上がりになるが、時間は 1時間ほど余計にかかる。

で、実際に上越新幹線〜羽越線特急というルートを使って酒田まで行くと、新潟で乗り継ぐ特急 「いなほ」 の停車駅というのが、昔の急行 「鳥海」 の停車駅とほとんど同じなのだ。つまり、昔の急行が特急に格上げされているだけなのである。まあ、特急の快適な車両だし、スピードもそれなりに速くなっているので、「ぼられてる」 という感覚はないが、多少は 「なんだかなあ」 と思ってしまう。

というわけで、田舎に行くのに特急料金を取られたくなかったら、夜行の高速バスを使えということなのかもしれない。ちなみに夜行バスだと、JR の特急を使う場合の半額で行ける。所要時間もほとんど昔の急行列車と同じぐらいなので、体力さえあればこれがオススメなのかもしれない。

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2016/10/20

この時期の山形の、タイトな宿泊事情の裏側

昨日は山形県の山懐深くまで分け入ったところまで出張し、天気にも恵まれて無事に仕事を終えた。宿泊は山形市内でと思っていたのだが、2週間以上も前に予約しようとしたところ、どういうわけかホテル事情がやたらタイトで、山形市の隣町、天童市の、しかも温泉街からはかなり離れたビジネスホテルに、ようやくもぐりこめた。

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チェックインの際に、ホテルのフロントマンにどうしてまた、こんなにもホテルがタイトになっているのかと訪ねたところ、山形で技能五輪全国大会 (アビリンピック) というのが開催されるためらしい。開催は今月 21日から 24日までだが、既に参加者が続々と山形入りしているのだという。

道理で紅葉シーズンにはまだ早いというのに、妙に混んでいるはずだ。

ところがよく聞いてみると、今回ギリギリでホテルの予約ができたのは、関係者のミスのおかげらしいのである。もしミスがなかったら、2週間前の予約では全然間に合わなかったらしい。

というのは、山形県から参加者の宿泊ホテル手配の依頼を受けた 「東武トップツアーズ」 という代理店のミスで、約 2,300人分の宿泊ホテルの予約ができていなかったことが判明していたというのである。代理店は大慌てで 16日までに全員の宿泊先を確保したというのだが、一部の参加者は連泊ができずに移動の必要が生じたりしているらしい。(参照

さらにホテルのフロントマンに聞いたところでは、山形県内だけでは足りずに、隣の宮城県での宿泊を余儀なくされている参加者もあるという。とんだ災難で、遠くのホテルでの宿泊やホテルの移動を強いられた参加者は、ちょっとしたハンデを負うことになるんじゃなかろうか。もの作りの微妙なテクニックを競うのだろうからね。

ともあれ、まともな宿泊が叶わなかった技能五輪参加者にはまことに恐縮だが、旅行代理店のミスのおかげで、私は辛うじてホテルに潜り込めたということになるようなのである。世の中、何が幸いするか知れたものではないが、これはあまり気持ちのいい幸いではないよね。

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2016/10/14

ビジネスホテルのバスタブなんて窮屈なもの決まってるが

私は最低でも月に 2度は仕事でいろいろな街に出張する。各地のいわゆるビジネスホテルに泊まることが多いが、夕方過ぎにチェックインして、ちょっと外出して飯を食い、部屋に戻ってちょこちょこっと仕事のまとめをして、2つのブログを書き、後は風呂に入って寝るだけだから、ホテルに関しての贅沢はほとんどいわない。

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宿泊施設に関する切実な要望事項は、ただ 1つ。禁煙ルームということだけである。ちょっと前に禁煙ルームが満室で喫煙ルームに泊まらされたことがあったが、ものすごくたばこ臭くて閉口した。ファブリーズをもってきてもらって、ほとんど 1本使っても、まだたばこ臭い。あんな部屋で平気で一晩過ごせるというのは、よほど感覚がマヒしているのである。

それ以外ではバスルームのバスタブも、できれば窮屈でない方がありがたいが、そんなにこだわるというわけでもない。私は図体がデカいので、大抵のバスタブは体を海老のように曲げても、肩まで湯に浸かろうとすれば膝が収まらず、膝を収めれば肩が冷える。まあ、日本のホテルのバスタブなんてそんなものだと諦めている。

ところが 一昨日の夜から一泊した長崎のホテルのバスタブは、その程度のレベルにも達しなかった。3年に 1度ぐらいこのタイプのバスルームに当たってしまうことがあるが、とにかく、一目見て 「あ、こりゃダメだ。シャワーだけにしとこう」 と思ってしまうほどの窮屈さである。

バスタブの深さは私の膝ぐらいまでしかなく、必死に体を縮込めて体育座りしても、胸から上と膝頭がはみ出す。このバスタブで不満なく入浴できるのは、小学校低学年ぐらいまでだろう。上の写真なんか、角度のせいだろうが、バスタブが洗面ボウルよりほんの一回り大きいだけみたいに見えている。

こんな小さなバスルームのホテルというのは、大抵大浴場がついていて、そっちに行けばゆったり脚を伸ばして入ることができることが多いのだが、このホテルはそれもなかったのである。一昨日の長崎は夏日だったので、体が冷えることはなかったが、寒い冬の日なんか、全身をお湯に浸して暖まりたいなんていう要望には、到底応えられない。

最近は中国からの旅行客もちょっと減少しているのか、どこに行くにも去年の今頃ほどホテルが取りにくいなんてことはなくなったように思う。この冬は、大浴場付き (それもできれば温泉が望ましい) のホテルを重点的に狙うことにしよう。

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2016/07/13

山形県の形が人の横顔ってことについて

今日は軽いネタ。県の形についてである。

群馬県の人たちは、自らの県の形が鶴に似ていると主張する。『上毛かるた』 にも 「鶴舞う形の群馬県」 というのがあるという。西日本には群馬県と栃木県を区別できないという人も多いので、ちょっと下に画像をリンクしておく。

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ただ個人的には、これはかなり無理があると思っている。群馬の人たちには悪いけど、「言われてみれば、そう見えないこともない」 程度だ。頭の形が鶴というよりゴジラっぽいし。

この他に、福井県が鍵の形に似ているという説もあるが、これもちょっとしたこじつけっぽく聞こえてしまう。福井県が鍵の形に似ているというよりも、「福井県に似たように見えないこともない鍵もある」 程度のことだと思っている。

しかし我が故郷の山形県が、人の横顔に見えるということに関しては、異論を唱える人はあまりいないのではないかと思う。鼻の形も無理がないし、口をぽかんと開けているのもご愛敬だ。下の図の左側が山形県で、赤く塗った部分が我がペンネームの由来となった庄内地方である。

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ただ、これほどはっきりと特徴的な形をした県だというのに、「山形県って、人の横顔の形だよね」 と皆が言うほどには、全然有名な話じゃない。かなり無理のある 「鶴舞う形の群馬県」 の方が、まだ知られているというのが、ちょっと痛恨である。

まあ、要するに山形県は僻地なんだろうね。そしてアピール下手ってことだ。私の出身地の酒田市は最近、「山形県の目玉」 (そういう位置にあるのだよ) なんて言っているようだが、山形県が人の横顔の形という前提自体があまり知られていないので、「は?」 なんてことになるのも、残念なことである。

まあ、「それがどうした?」 ってなことではあるけれど。

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