カテゴリー「旅行・地域」の205件の記事

2019/09/03

仙台まで、たったの 1時間半

日の暮れかけた頃に上野を発って、仙台に出張してきている。今日は駅前のビジネスホテルに泊まりだ。

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それにしても東北新幹線ができてからというもの、仙台への移動時間が劇的に短くなった。私が学生時代は「特急ひばり」という懐かしい名前の列車で上野から 4時間かかったものだが、今はほぼ 1時間半で来れる。所要時間が半分以下というのだから驚きだ。

私が今日乗ったのは、新青森行きの「はやぶさ 35号」と秋田行きの「こまち 35号」の連結した便で、これは仙台を過ぎて盛岡で切り離される。青森まで行きたいときはこの切り離し作業で時間を取られるのがちょっと癪だが、仙台までだと本当に早く感じてしまう。

ただ時間に余裕がある時などは、新幹線であっという間に着いてしまう旅はちょっと味気ない。個人的には自分でクルマを運転して、高速道路ではなく一般道を辿る旅が好きだ。ちょっと興味をそそる看板や道案内などがあったら、気軽に寄り道できる良さがある。

しかし近頃ではそんな酔狂な旅はなかなか実現しない。そんなわけで、今日はホテルに入ってぐっすり眠り、明日に備えることになる。

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2019/08/18

「日本三大がっかり名所」というもの

LIMO というサイトが "「日本三大がっかり名所」ホントにがっかり? それとも意外と楽しめる?" という記事を載せている。この記事によると「日本三大がっかり名所」というのは、「札幌時計台」と土佐の高知の「はりまや橋」の 2つが衆目の一致するところで、残り 1つは「諸説ある」のだそうだ。

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このうちの「はりまや橋」については、このブログでも 15年も前の 11月に「土佐の高知のはりまや橋で」というタイトルで、当時の記事としては珍しく写真入りで書いている。この記事でも、札幌時計台とはりまや橋に続く「残る一つは諸説ある」としていて、まあ、「三大チョメチョメ」の 3つめが「諸説あり」というのは、この世界のお約束みたいなものだ。

ちなみにこの記事では「残る一つ」として取り沙汰されているものは「沖縄の守礼の門、名古屋テレビ塔、京都タワー、日光東照宮の眠り猫というあたり」としている。このうちで、当時は「沖縄の守礼の門」はまだ行っていなかったが、残りの 3つに関しては「なるほど、見事ながっかり度である」とコメントしている。

とくに「日光東照宮の眠り猫」については、「そのがっかり度でいえば圧倒的なものがある」と書いたが、東照宮自体のケバい歌舞伎趣味は嫌いじゃないので、ついでに「招き猫まで許してしまう」としちゃってる。それに「招き猫」そのものは「小作品」だから、厳密には「名所」ってわけじゃないしね。

さらに「札幌時計台」については「なんとなく雰囲気はある」として許しているし、「はりまや橋」も「ここまでくれば話題としてはおもしろいということで、賞賛したい気持ちにまでなる」と書いている。我ながら物わかりのいいことである。

それから沖縄には 13年前に初めて行って、当然首里城にも行ったが、守礼の門を見てもちっともがっかりなんかしなかった。日本の神社のスタイルの原型みたいな構造に、むしろ感動すらしている(参照)。というわけで、正味で「がっかり」というのは「名古屋テレビ塔」と「京都タワー」ぐらいのものだが、この 2つに関しては元々別に期待なんかしていないから、がっかり度は薄い。

さて、残る 1つ。私の記事では取り上げていなかったが、LIMO の記事に載っているのは、長崎の「オランダ坂」である。これが 「三大がっかり名所」の候補であるとは、ついぞ知らなかった。これ、一見「フツーの坂道」に過ぎないので、がっかりと言えばがっかりかもしれないが、まあ、さりげなく通り過ぎればいいだけのことだろう。

ここで世界に目を移すと、「世界三大がっかりスポット」というのもあるらしく、それは "行く前にチェック!世界の『3大がっかり』観光スポットって!?" というページによれば、「マーライオン」(シンガポール)、「人魚姫像」(コペンハーゲン)、「小便小僧」(ブリュッセル)ということになっているらしい。私は残念ながら、1つもナマで見たことがないし、別に見たいとも思わないなあ。

というわけで、「がっかり名所」と言われるものも、前もって勝手な期待を抱きすぎなければいいということだ。

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2019/07/20

捕鯨よりホエールウォッチングの方が人気

私が子どもの頃は、鯨肉を食うのがそれほど珍しいことじゃなかった。小学生の頃は、月に 1度ぐらいは鯨肉の入った汁物がおかずになっていたし、学校の給食にも出てきた。しかし中学生になる頃には鯨肉を食う機会はほとんどなくなった。

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ちょっと調べてみたところ、母船式商業捕鯨が禁止されたのは 1986年のことのようで、それ以後は「調査捕鯨」の名目で捕獲した肉を細々と食ってきた。しかし自分の記憶を辿っても、商業捕鯨が禁止される 20年も前の中学生になった頃(1965年)から、鯨肉なんてほとんど口にしていない。

記憶を辿ると、30歳を過ぎた頃に、知り合いがたまたま入手した鯨肉料理を振る舞ってくれたことがあるような気がする。しかしこの時は、懐かしさは感じても「しょっちゅう食いたい」とは思わなかった。

というわけで、鯨肉は食わなきゃ食わないでまったく不満がない。「日本固有の食文化」としてやたらこだわる人もいるようだが、「そんなにまでこだわるほどのものかなあ」と思ってしまう。個人的には最近、牛や豚の肉も避けるようになったので、「なんでクジラを食わなきゃいけないんだ?」と思ってしまう。

ところで NewSphere に「捕鯨より将来性あり? 日本近海でのホエールウォッチングが人気」という記事がある。ちょっと引用してみよう。

捕鯨船が出港する釧路港の北160キロにある羅臼町では、昨年3万3451人がホエールウォッチングとバードウォッチングのため観光船を利用したという。2016年と比べ9000人増えたということだ。

(中略)

知床羅臼町観光協会によれば、観光船ビジネスの65%はホエールウォッチングから来ている。数種類のクジラがたくさん集まるのは羅臼ならではの光景で、貴重な観光資源だという。観光客の多くは地元で宿泊し、レストランや土産物店を利用してお金を落としていくということで、この人気が今後も続くことを観光協会は期待している(ロイター)。

うぅむ、確かに捕鯨よりホエールウォッチングの方が、ビジネスとしての可能性がありそうに思えるなあ。私としても鯨肉は食わないが、クジラの泳ぐところは見てみたい。

国際動物愛護基金(IFAW)のパトリック・ラメージ氏は、すでに日本で鯨肉を食べる人はほとんどいないため、いずれ日本政府の捕鯨に対する補助金がなくなれば、市場の原理で捕鯨産業はなくなると見ているという(ナショナルジオグラフィック)。一方、前 IWC 日本政府代表の森下丈二氏は、鯨肉文化の残る一部地域に限って流通させれば、ニッチな市場として残ると主張しているようだ。

「鯨肉文化の残る一部地域」ってどこなんだろうと思って調べてみたところ、かつての捕鯨基地があった北海道、宮城県の牡鹿、和歌山県などのことを指しているようだ。これらの地域には「鯨神社」というものもあるらしい。まあ、これらを認めるとしても、少なくとも「成長産業」じゃないよね。

ちなみに尊敬する永六輔さんは生前、「日本固有の食文化である鯨肉」への思い入れを熱く語っておられたが、あの世代の鯨肉への思い入れは、純粋に「食文化」への思いというより、「牛や豚をたらふく食いやがる欧米」への一種複雑な反感みたいなものが勝っていたような気がするんだがなあ。

 

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2019/07/11

二泊三日の出張で、関西文化に浸る

昨日の夕方、奈良から大阪に移り、今日は大阪で一仕事終えて新幹線で家路についている。二泊三日の関西道中だった。

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奈良から大阪なんばまでで近鉄線の急行で移動したのだが、後ろの席に座った大阪のオバチャン 2人がその間の 1時間ぐらいずぅっと他愛もない話題でしゃべり通しで、「さすが大阪!」と感嘆した。どういうわけか大阪のオバチャンというのは、いくらしゃべり続けてもなぜかうるさく感じない。

これが東京山の手のマダム同士のおしゃべりだったら、10分間聞かされただけで気に障って「少しは静かにしててくれんか!」と思ってしまうのだが、文化の違いというのは不思議なものだ。一節には、大阪のオバチャンのおしゃべりは「人の悪口を言わん」から気に障らないのだという。確かに大阪のオバチャンは自分のアホさ加減を笑い話にしても、人のことは悪く言わない。

というわけで、昨夜はなんばのビジネスホテルに泊まった。夕食を食うために外に出ると、かの有名な「なんばグランド花月」から千日前のアーケードにかけて、いかにも大阪の「みなみ」の雰囲気で、勤め帰りの混雑が始まっていた。

個人的印象だが、大阪人はとにかくよく肉を食う。焼き肉だのホルモンだの焼き鳥だのの店がずらりと並んでいるが、私は近頃肉を食わないと決めているので、入る店がない。しかたなく日本中でお馴染みの「丸亀製麺」でうどんを食った。そこでお目にかかったのが、「天ぷら用 だしソース」というもので、これ、関東や東北の人間にはとんと馴染みがない。

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6年前に「ソースで天ぷらを食う文化」「ソースで天ぷらを食う人たちは、鉄板系コナモンも好き」という 2本の記事を書いているが、大阪とか広島とかに出張すると、そのことをしみじみと再認識する。日本文化の「多様さ」というのは、「小さな違いが大きな違い」的なものだと思っている。

 

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2019/07/03

都心に近い高速道路は避ける方がいいと学んだ

信州への一泊二日の出張をクルマでこなして戻ってきた。フツーに考えたら北陸新幹線で行けば楽なのだが、上田駅から先はレンタカーの必要なところなので、「いっそ直接クルマで行っちまえ」とばかり、高速道路を乗り継いで往復した。ところが信州方面に高速道路で行くって、結構面倒なのだね。

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往路は常磐道で友部まで行き、そこから北関東道で高崎に抜け、さらに上信越道に入って上田菅平まで行った。この間、栃木都賀JCT〜岩舟JCTは一時的に東北道を南下し、さらに高崎JCT〜藤岡JCT は関越道を南下する。上図のオレンジ色の経路で、ジグザグに戻るように見えるのが、その不規則な経路である(クリックで拡大表示される)。

この 2か所のジグザグがちょっと面倒に感じられたので、復路は素直に車載カーナビの示すとおりの経路(赤い線で示した経路)で戻ってきた。藤岡JCT までは往路と同じだが、そこからこっちは、関越道で大泉JCT まで一気に南下し、そこから外環道で三郷JCTに抜け、あとは常磐道で戻ったわけである。

確かに地図上でも往路よりは復路の方が短く見えるし、車載カーナビがこちらの方を推奨するのも道理である。スマホの Google Map で確認してもこちらの経路を「現時間帯での最速経路」みたいなことを言って推奨するので、一応信用したのだった。

ところが実際に走った印象としては、往路の方がずっと楽に走れたのである。復路は東京都心に近い外環道を経由したため、流れが悪かった上に、美女木付近で「左車線に故障車あり」との表示が出てかなりの渋滞が発生してしまった。

というわけで、往路は途中休憩も含めて 3時間で済んだのだが、復路は 4時間近くかかってしまった。時間が長いだけでなく、流れの悪さによる心理的ストレスも重なり、実際の感覚としても復路の方がずっと疲れた。

教訓。経路が複数想定される場合は、カーナビが何と言おうと都心に近い経路は避けるべきである。比較的空いた地方の高速道路は自分のペースで走れるので、物理的な距離が多少長くても心理的な疲労感が少ないし、結果的にはカーナビが弾き出した机上の計算より短時間で走れる。

それに復路の外環道は別料金になるため、高速料金はほとんど変わらなかったよ。

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2019/07/02

九州の大雨が心配だ

長野県に出張してきている。仕事の本番は明日で、ちょっと前までは曇りのち雨という予報だったのに、今日になっていい方に変わり、晴れのち曇りとなった。相変わらずの晴れ男で、私の行くところはまず降らない。

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そのかわりというか、梅雨前線は九州付近にずっと停滞していて、明日はさらなる大雨になるという予報だ。そこから伸びる前線は本州の太平洋岸にかかるが、陸地には及ばない。まるで私の仕事を円滑にするために、九州に大雨を引き受けてもらっているという構図だ。申し訳ないほどである。

去年の 7月は 「平成 30年 7月豪雨」と名付けられて記憶にも新しいが、近頃は毎年のように梅雨前線が活発になりすぎて各地(とくに西日本)に水害をもたらしている。先日の地震とも合わせて、日本はもう本当に「災害列島」と化してしまったようだ。

九州の大雨が大きな災害につながらないことを祈るばかりである。そして、避難指示が出たら早めに逃げてもらいたい。命あっての物種である。

経験則的に言うと、避難した人の半数以上は結果的には「なんだ、これなら逃げなくても済んだよね」ということになる。それでも「リアルな避難訓練になったよね。いい経験だった」と思う方がいいのだ。

 

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2019/05/21

我ながら「強力な晴れ男」ではある

下関での仕事を終えて、新幹線で帰路についている。晴れ男の常として、西日本はとてもいい天気だった。ここ 20年ぐらい、私は日本各地に 500回以上出張していて、野外イベントにも200回ぐらい参加しているが、晴天率は 99.9%以上である。

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実は先週の時点では 21日の山口県は雨になるという予報だったが、私としては「翌週の予報なんて、大抵変わるものだしね」と、完全に楽観していた。果たしてその通りに、週明けになって予報はドラスティックに変わり、今朝のテレビでも「今日の中国地方は雨傘ではなく、日傘が必要です」なんて言っていた。

経過を書くと、昨日の昼前につくばの地を発つ時の地元は上天気、行き先の西日本はニュースになるほどの大雨だった。ところが新幹線で移動しているうちに雨雲は東へ東へと移動し、夕方に下関に着いた時には、昨日の「和歌ログ」にも写真を載せたようなきれいな夕焼けだった。道路はまだびしょ濡れだったが(参照)。

上の写真は今朝の NHK ニュースでの天気予報の画面で、西日本の雨雲は完全に抜けいる。対照的に東日本は大雨で、朝のテレビに映る東京は大粒の雨だった。私が不在だったせいというわけじゃないが、通勤時に大雨に見舞われた東海・関東の人には人情として「ごめんね」と言いたくなるほどである。

というわけで今日は快晴の下で仕事が終わり、帰路の新幹線の中でこの記事を書いている。そして私がつくばの地に帰り着く頃には雨雲はすっかり関東を抜け、天気が回復しているようなのである。まるで晴れ男の私の移動に合わせて天気の方が気を利かせてくれているかのようだ。

この晴れ男振りは、我ながら本当にありがたい。

 

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2019/05/18

「温泉は熱いもんじゃ!」といわれても

朝日新聞の本日付記事に「別府温泉でお湯の温度をめぐる対立が続く。解決策は?」というのがある。"「修行のように熱い」と言う人もいれば、「熱いのが温泉」と言う人もいる" というサブタイトル付きだ。

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確かに別府には「熱湯好き」(この場合は特別に「あつゆ好き」と読んでいただきたい)が多いという印象だ。それも並みの熱さではない。記事のサブタイトルの如く、文字通り「修行のように熱い」のである。45度ぐらいでないと満足しない常連もいるらしい。

昨年末に大分県に出張した折に別府に泊まり、知人に勧められた「竹瓦温泉」というところに行ってみた。何だかアヤシい雰囲気の歓楽街を抜けて辿り着くと、ミニ歌舞伎座みたいな雰囲気のレトロな建物である。ここは別府のシンボルみたいな温泉施設ということで、「普通浴」(いわゆる浴槽に入る)と「砂湯」があり、実は砂湯というのを体験したかったのだが、この日は予約で一杯だったので「普通浴」というのに入った。

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何しろ昭和初期に建てられたというので、浴場もチョー・レトロである。で、一応体を流してから浴槽に入ろうとしたら、これがまたチョー熱い。思わず「あちちち!」と口走って水でうめようとすると、浴槽の一番奥の湧き出し口に陣取った温泉の主みたいなジイさんに「うめるな!」と一喝された。

このジイさん、「温泉は熱いもんじゃ。その辺はまだ一番ぬるいところじゃ!」と、赤鬼の如き形相でのたまうのである。しかたなくゆっくりと時間をかけて全身を浸し、心の中では「このじいさん、毎日こんな熱い湯に入ってたら絶対に長生きできないぞ」と呪いつつ耐えに耐えたが、5分ともたなかった。

こんなことがあるので、別府市営の浜脇温泉というところでは半年前に浴槽を「熱湯(あつゆ)」と「ぬる湯」に分割したというのである。この結果、熱湯好きとぬる湯好きの両方が喜ばれているようだ。めでたしめでたしである。

ただ、この措置はある程度の広さのある施設でないとできないことで、すべての市営温泉で浴槽を分割するのは不可能という。ということは、竹瓦温泉のあの赤鬼の如きじいさんは、相変わらず新参者を「うめるな!」と怒鳴り続けることになるのだろう。

それにしても、別府の湯の熱さは今どきとしては特別だと思う。上に掲げた新聞記事の写真でも、地元のジイさんらしいのは右側の浴槽(熱湯なんだろう)に集中して、左側はガラガラだ。

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2019/03/13

「南海トラフ地震は必ず起きる」 という覚悟

今日の 13時 48分に、紀伊水道を震源とする M5.2 の地震が発生したらしい。私が昨日まで滞在していた高知市でも、震度 2を記録している。

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この地震は南海トラフ地震との関連は薄いようだが、実は私が高知市に着いたばかりの一昨日 15時 37分にも高知県南西部を震源地とする地震があって、やはり震度 2を記録している。あの時は 3月 11日という日付が日付だけに、瞬間的に 「南海トラフ地震が来ちゃったか!」 なんて思い、妙に身構えてしまった。

何しろ南海トラフ地震が起きたら、最大 30メートル以上の高さの津波が襲来する可能性もあると言われているらしい、そしてその南海トラフ地震も、「今後30年以内に 70~80%の確率で発生し、最悪の場合、死者が 32万人以上に達する」 と予測されている (参照) のだから、なかなか心穏やかではいられない。

高知県民に聞いてみると、地震と津波に関する防災意識はかなり高いようだ。そして 「大地震は必ず来るということになっているのだから止めようがない。とにかく、来たらすぐに高いところに逃げることを心がけているほかないよ」 と、案外あっけらかんと言うのである。さすがに土佐のいごっそう、性根が据わっている。

とはいえ、土佐には知り合いも多いことだし、地震は避けられないにしても、願わくは軽い規模で起きてもらいたい。そして大きいのが起きてしまったとしてもできるだけ必死に逃げて、命は助かってもらいたいものだ。

彼らも地震に関する実感的な情報は得たいようで、8年前の私の体験や周囲の状況、どのようにして立ち直ったかなどという話を、熱心に聞いてくれた。本当に 8年前のつくば周辺程度の被害で済んでくれればいいと思うが、つくばは海からは遠いのだから単純には言えない。土佐の人たちにはやっぱり必死に逃げてもらいたいと祈るばかりである。

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2019/03/12

高知への出張から帰って

一泊二日の高知出張から帰って来た。私は仲間内では有名な晴れ男なので、今回も上天気。しかも 11日につくばの自宅を出発するまで大雨だったのに、家を出た途端にピタリと晴れたのも、晴れ男の威力である。ありがたいことだ。

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地方都市に出張して困ることの一つは、夕食をどうするかである。朝一番 (と言っても、最近は午前 10時ということが多いのだが) に訪問先を訪ねる場合などは、大抵前日の夕方過ぎにその町に着いて、ビジネスホテルに泊まる。そして翌朝は簡単に朝食を済ませるのだが、問題は到着当日の晩メシだ。

人口が 20万人以上ぐらいの県庁所在地クラスの都市なら、駅に着けばたいてい駅ビルの中に手頃な値段で晩メシの食えるレストランがあり、そこで食事を済ませてホテルにチェックインすることができる。ところが夕刻過ぎに到着するのが、人口 10万人そこそこの典型的な地方都市だったりすると、晩メシの食える店がほとんどない。

地方都市でも国道沿いまで脚を伸ばせば、たいていファミレスとか、麺類のチェーン店などが店を連ねている。しかし駅前の街並みというのは大抵寂れてしまっていて、そんなような店はない。あるのは居酒屋とか焼き鳥屋とか、おしなべて 「オッサンが会社帰りに群れて酒を飲む」 ためのごく小さな店だけである。

私とて昔は結構酒を飲んだし、このブログだって酒飲みながら書いているという時期も結構長かった。しかし最近はほとんど飲まない。飲んだとしても缶ビール 1本ぐらいのものである。だから、暗くなって着いた地方都市の駅前で居酒屋の暖簾をくぐろうなんて気にはならない。しかたなく、コンビニでおにぎりを買ってビジネスホテルの部屋でそれを食うということになりがちだ。

人口の少ない地方都市なら、それで仕方ないとも思う。最近の若い連中は、仕事帰りに群れて飲むなんてあまりしないから、若い層の多い都市なら、さっとメシだけ食って帰れる店がいくらでもある。ところが若年層が極端に少なく、オッサンとじいさんが圧倒的に多い地方都市では、日が暮れれば居酒屋系しかないのだ。

ところが今回の出張先は高知である。曲がりなりにも県庁所在地だ。遅くなっても酒なしで晩飯を食える店ぐらい開いているだろうと期待していたのである。しかし、それは甘かった。

「そうだ、ここは高知だったのだ」 と改めて思った、高知の人たちというのはとにかく酒を飲む。会社帰りにどっと繰り出して、ガンガン飲みまくる。それだけじゃない。会社帰りのオッサンの飲み会の始まる前に、奥さん連中が飲み会を済ませて家に帰ったりしているというほどの土地柄である。

そうした町だもの。空港から高知駅までのバスに乗り、駅前からホテルに向かう道のりは居酒屋、海鮮飲み屋、焼き鳥屋の類いだけで、メシだけ食える店なんて皆無である。必死に探して、「CoCo壱番屋」 が見つかり、そこでカレーを食ってホテルに入れた。そうでなかったら、またしてもコンビニのおにぎりになるところだった。

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