カテゴリー「旅行・地域」の192件の記事

2018/12/20

奈良の鹿の角

昨日から一泊二日で奈良に出張していた。奈良と言えば奈良公園の鹿である。今回は時間がなくてゆっくり散歩することはできなかったが、クルマで通り過ぎるときに見ると、鹿はことごとく角がなくなっている。

181220

鹿の角は春から秋にかけて大きく成長し、冬になるとその付け根の部分に栓のようなものが形成されて血流がなくなるため、自然にポロリと落ちてしまうらしい。つまり、あれって毎年新しく生えて、冬になると落ちてしまうというのである。

秋の繁殖期が終わり、雄同士が争う必要がなるなると、食糧不足の冬を乗り切るために、余計物となった角を落とす方が楽ということらしいのだ。何しろあの角は春から秋にかけてあんなに成長するので、維持するのにもかなりの栄養を消費するというのである。

秋になると奈良では 「鹿の角切り」 という行事がある。鹿を追い込んで捕まえ、縄を掛けて寝かせてしまってから、ノコギリでゴリゴリ切るのである。秋になると鹿の角は血流もなくなり、人間の爪を切るのと同じような感覚で切ってしまえるというのである。道理で、今の時期の奈良の鹿は、ノコギリで切り落とされたばかりのような短い切り跡のある鹿がたくさんいる。

鹿の角は自然にポロリと落ちのだから、自然に落ちるに任せればいいようなものだが、どうしてわざわざ 「角切り」 を行うのか、私は長年不思議に思っていた。公式には 「秋には繁殖期で気が荒くなり、角で突き合って怪我をしたりするので、その防止のために角を切る」 とされているのだが、どうもそれだけでは説明がつかない気がする。

どうせ自然に落ちるなら、どうして余計な手間をかけるのか。それに、鹿同士が角で突き合って怪我をすることがあると言っても、どうせ野生の鹿同士なのだから、それはそれで自然の営みの一部として放っておけばいいではないか。

今回奈良の知人に聞いてみたところ、そこはそれ、角切りをしなければならない事情というのがあるようなのだ。一つは、秋には鹿の気が荒くなって、観光客が突かれてしまう危険性があること。そして二つ目は、自然に角が落ちるに任せておくと、そこら中に角が落ちてしまい、交通の妨げになることがあるというのである。なるほど、下手したらクルマがパンクしちゃうよね。

そして最後に、角切りというのは結構人気のある神事なので、観光資源として止めるわけに行かないというのである。なるほど、これは大きな要素だろう。

というわけで、角切りというのは、人間の都合という要素が大きいようなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/12/05

日本の観光地としての魅力が高まっているらしい

米国の旅行誌 "Travel + Leisure " の "2018 Destination Of The Year" (2018年の旅先) に日本が選出された。この賞は今年で 5回目だそうで、日本はミャンマー、キューバ、ポルトガル、カナダに続く受賞なのだそうだ。(参照

181205

まあ、言ってみれば、米国の富裕層にとって、日本はミャンマー、キューバ、ポルトガル、カナダと同じくらい魅力的な旅先ということで、まだ挙げられていなかった日本の順番が今年廻ってきたということなんだろう。他の 4カ国に関しては、私は行ったことがないのでよくわからない。

私は最近日本中に出張する機会が多くて、全都道府県制覇を果たして久しい。確かに、日本人としても日本には魅力的な旅先が多くあると思うし、同じ所に何度行っても飽きなかったりする。とくに京都には何十回も行ったが、出張の度に自費でもう一泊しても訪れたいところが、いくらでも残されている。

外国からせいぜい 1週間ぐらいのスケジュールでやってきて、さっと一廻りして帰る程度では、「まだまだ見足りない」 という印象が残るばかりだろう。そんなわけで、最近の日本を訪れる外国人旅行客は、リピーターの比率が半数以上になるのだそうだ。

そしてリピーターと言えば、やはり近場の中国人の比率が多いのだろう。最近の観光地は、どこに行っても中国人が大きな声で会話する声で溢れんばかりである。奈良や京都なんて、周り中すべて中国人なんじゃないかと思ってしまうほどだ。

中国人がもう少し静かな声で会話する術を身に付けてくれたら、世界中の観光地は格段に落ちついた雰囲気になるに違いないと思う。

今日は何だか、妙な結論になってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/11/22

茨城は 「なんちゃって北海道」 でイケてしまう

NIKKEI STYLE に、「茨城県が第1位 全国映画ロケ地ランキング」 という記事がある。映画のロケ地を調べると、あの 「都道府県魅力度ランキング」 で 6年連続最下位 (参照) という殿堂入りに値するほどの栄誉に輝く茨城県が、2位の沖縄県を 5倍以上の大差で引き離して 1位に輝いているのだ。

181122

茨城県がロケ地として人気なのは、首都圏から日帰り圏内という近さが最大の魅力となっているらしい。最近はロケ費用の節約が求められているので、近さというのは大切だ。ただしかし、それだけではない。茨城県は、「ロケ地のネタが豊富」 なのだそうだ。記事には次のようにある。

例えば、つくば市の県内最大のショッピングモール 「つくばクレオスクエア」 内の一角は“原宿”として人気で、県内の牧場は “北海道” の自然を表現するシーンによく使われる。「つくばエクスプレスに一部地下の区間があり、“地下鉄” も撮れます」。

つまり、茨城にロケすれば、「なんちゃって原宿」 でも 「なんちゃって北海道」 でも 「なんちゃって地下鉄」 でも、大抵の場面はイケちゃうというのである。あちこち大きな移動を繰り返さなくて済むのだ。

面白いのは、茨城県で北海道と思わせる景色が撮れてしまうという事実だ。例のランキングで 6年連続最下位の茨城県が、10年連続 1位の北海道になりすませちゃうのである。2位の京都はさすがに無理だが、3位の東京の原宿だってイケてしまうのだから、なかなかのものである。

ただ、いろいろな場所になりすませちゃうというのは、「決定的なオリジナリティ」 を訴求できるイメージがないということでもある。それさえあれば、ちゃんと 「茨城」 を正面に出して画面を構成できる。どこか別の土地になりすまさなければならないことが、6年連続イメージ最下位という事実を哀しく物語る。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018/11/09

狸の書いた木葉経

先日、紬で有名な結城に行って、この町で一番大きな寺、弘経寺を詣でると、与謝蕪村の句碑があった。江戸時代の結城には砂岡雁宕 (いさおかがんとう) という著名な俳人があり、その当時に与謝蕪村が彼を頼って訪れ、弘経寺に滞在したという縁があるのだそうだ。

181109

で、問題の句碑だが、ものすごくダイナミックで、碑からはみ出しそうな字である。最初の文字の判読に苦労したが、どうやら 「肌」 という字のようで、「肌寒し己が毛を噛む木葉経」 と読める。何だか意味がわからない判じ物みたいな句だ。

で、この土地でボランティア・ガイドをしている人に聞いてみると、次のようなことだった。

まず 「木葉経」 というのは、その昔、紙が貴重品だった頃に木の葉に写経したものという。「このはきょう」 または 「もくばぎょう」 と読むそうだ。そしてこの句は、その昔、狸が僧侶に化けてこの寺で仏道修行をしていたという言い伝えに基づいている。

冬の寒い日に木の葉に写経していると、深々と冷えてきて、筆先も凍り付きはしないまでも硬くなって文字が書きづらくなる。その度に、口に含んで噛み、柔らかくしなければならなかった。ところが筆の穂先というのは、狸の尻尾の毛を使うのが一般的だったので、僧侶に化けた狸が穂先を噛むというのは、自分の尻尾を噛むようなものである。この句はその面白みを表現している。

で、この時の木葉経は弘経寺に残っているらしいのだが、住職以外の者がそれを見ると目が潰れると言い伝えられるため、公開されていないのだそうだ。しかし、江戸期の葉っぱはいくら何でも朽ち果ててしまっているだろうから、あくまでも 「言い伝え」 として受け取っておけばいいだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/10/21

雪を戴いた富士の姿

今日、甲府方面から中央本線で帰宅する途中、綺麗に冠雪した富士山の姿が見えた。何だかんだ言っても、やっぱり富士山は雪を戴いた姿が一番美しい。

181021

東海道新幹線に乗っても、天候に恵まれれば綺麗な富士山が見られる。一番見事なのは、三島付近を通過している時に見える姿だ。ただ、夏の間の雪のない富士山は、いくら見事に見えたとしても、やはり 「最高の眺め」 とは言えない。やはり富士山には雪がなければならない。

昨日、中央本線から見えた富士山は、雪は戴いているものの、上の方の 30% ぐらいの部分なのではなかろうか。頭の辺りがちょこんと見えている程度なので、残念ながらやっぱり 「最高の眺め」 ではない。

ただ、三島方面からの眺めは南斜面になるので、これほど見事な冠雪ではなかったかもしれず、頭のあたりがちょこちょこっと白くなっているだけだったという可能性もある。さらにあの辺りは手前に工場の煙突が林立しているのが興醒めだし、どこから眺めるのが一番なのか、難しい議論になる。

一節には、1000円札の裏側に描かれている富士山が一番見事だと言われていて、これは 「中ノ倉峠展望地」 という所からの眺めらしく、本栖湖の近くにあるらしい。私はそこには行ったことがないが、確かに富士山は北の方から眺める方が、ずっと迫力がある気がする。

いずれにしても、人それぞれに ”My best Fuji" というのがあるのかも知れない。何しろ、かなり遠くからでも見える山で、我がつくば周辺からもしっかり見えるので、本当にいろいろな見え方がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/10/17

ゴロゴロ (キャスター付スーツケース) の扱いについて

先日 「一番やりたくないことは何ですか?」 と質問されて、即座に 「人の邪魔になること」 と答えた。ということは、自分自身が、他人に邪魔されることを一番苦痛に感じるということなのだろう。それだからこそ、他人の邪魔もしたくないというわけだ。

181017

今日も 2泊 3日の出張から戻ってきたばかりなのだが、旅行中に駅のホームなどの混雑したところを歩いていて、他人が目の前に立ち塞がってしまうのには本当にいらいらする。まあ、大抵は旅慣れていないオバサンの団体だったりするのだが、通路一杯に広がって立ち話に花を咲かせ、自分たちが通行の邪魔になっていることをちっとも意識していない。

団体で通路一杯に広がるだけでなく、人の歩いている前に急に横から現れていきなり立ち止まったりするのも、それほど混雑しているわけでもないのに人の目の前スレスレをぶつかりそうになりながら横切ったりするのも、大抵オバサンだ。

ホテルのビュッフェスタイル (ホントの発音は、「バフェイ・スタイル」、いわゆる 「バイキング形式」 のこと) の朝食で、多くの人が食材を自分の皿に取るために列に並んでいるのに、4〜5人で 「まあ、サラダもいろいろあるのね、どれにしようかしら」 とか、「目移りするわねえ」 なんてキャアキャア言いながらちっとも前に進んでくれないのもオバサン連である。

そして散々迷いながら目一杯のおかずを皿に盛り付け、結局食い切れなくてどっさり残飯入れに捨てるのもまた、オバサンたちである。まあ、それはもう、今さらどうこう言っても直りようががないので、じっと耐えているわけなのだが、たった一つ、本当に気をつけてもらいたいことがある。

それはキャスター付きのスーツケース (いわゆる 「ゴロゴロ」) を、ずいぶん体から離して後ろ手に引きずって歩くことだ。混んでいるところでこれをやられると、目の前を横切ったオバサンの後ろに引きずられているゴロゴロにつまづいたり、蹴飛ばしたりしてしまう。これ、案外危ないのだよ。

混雑したところでは、お願いだから、体の横にぴったりと付けて (つまり、斜め後ろに引きずらずに、自分の横に真っ直ぐ立てて) 転がしてもらいたいのである。それから、エスカレーターに乗るときは、大きなゴロゴロを自分の横においてステップの両側を塞いでしまわずに、自分の直前のステップにおいてもらいたいものだ。

この 「ゴロゴロの扱い」 だけは気をつけていただきたい。本当に危ないから。

旅慣れなくて人の邪魔にばっかりなってしまうというのは、多くのオバサンたちのほんの一部なのだろうが、こうした人たちのおかげで、オバサン全体が変な目で見られてしまうのは、ちょっと気の毒なことでもあるのだよね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2018/10/16

「こたべ」 という名の京都のお菓子

今日、京都駅のみやげ物売り場でいいものを発見した。京都名物 「生八ツ橋」 の子ども版である。生八つ橋は 「おたべ」 という商品名で売られていることが多いのだが、その子ども版なので 「こたべ」 なのだろう。「おたべ」 は 2口サイズで、「こたべ」 は 1口サイズである。

181016

実は、私は生八ツ橋が好物なのである。普段の食事では甘いものは避けたいクチなのだが、生八ツ橋ときんつばは好きなのだよね。どういうわけか。

で、これまでは京都土産に生八ツ橋を買っても、土産を持って行く相手の口には入っても、自分の口には入らないのが少々不満だった。「実は俺だって食いたいんだけど」 と思ってしまうのである。

ところが、この 「こたべ」 は値段が 350円と非常に手頃なので、自分用に軽い気持ちで買ってしまえるのだ。それで、人にあげるのはちょっと大きめのを買って、自分はこっちを買って食べることで、これまでの不満解消ができるというわけだ。

調べてみると、2013年から季節限定で販売されているらしい。これまで知らずにいたのがちょっと悔やまれてしまうよ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018/10/08

「新高橋橋」 という橋

昨日まで 3日連続でシリアスなテーマで書いてしまったので、今日は軽い話題である。茨城の地名というか、橋の名前に関する話だ。

181008

上の写真は Google Map から拝借したものだが、国道 6号線を水戸から土浦方向に南下していて、茨城町 (という町があるのだ) で涸沼川 (ひぬまがわ) という川を渡る橋に差しかかる直前の光景である。手前左側に橋の名前の看板があって、「新高橋橋 Shintakahashi Bridge」 と表示されている。「しんたかはしばし」 とはカンじゃいそうなので、通る度に印象に残ってしまう名称だ。

それでつい最近、ふと思い立って橋の名前の由来を調べようとググってみたのだが、「新高橋橋」 という橋が見当たらないのである。その代わりに 「新高橋」 という橋が見つかった。どうやらいつも通っている 「新高橋橋」 のことらしい。(参照 実際に地図に飛んだら、橋の部分をクリックすると、下の画像のような詳細説明が表示される)

1810083

地図によると、この 「新高橋」 (あるいは 「新高橋橋」) の東 (右側) に平行して 「水戸街道」 (いわゆる 「旧水戸街道」 あるいは 「旧 6号」) が通っており、いつも通っている国道 6号線は、新しくできた 「6号バイパス」 とされている。で、旧道が涸沼川を渡る橋は、下図のように 「高橋」 ということになっている (参照)。バイパスの方の橋は 「新しい高橋」 なので 「新高橋」 ということのようなのだ。

1810085

初めは 「高橋」 という地名があって、そこにかかる橋なので 「高橋橋」 ということになり、Google などでは紛れてしまって、橋の名前が 「高橋」 と表示されているのかとも考えた。しかし地名検索してみても、この辺りに 「高橋」 という地名はない。

「高橋」 という地名がないということは、橋の名前を 「高橋橋」 なんてクドいものにする必要は、まったくないということである。一体どうなっているのか。

さらにググって見ると、「目的地までが目的地」 というサイトが見つかった。いながらにしてドライブ気分を味わえるサイトで、本当に主要道路を辿る画像が満載されている。この中に 「新高橋」 というページもあり、「新高橋橋」 という名称表示のある写真に 「『新高橋橋』 と書いて在るが・・・手元にある国土交通省から開示請求して取り寄せた資料だと 「新高橋」 とあるので・・・」 とのキャプションがある。

国土交通省の資料に 「新高橋」 とあるというのだから、正式名称はやはり 「新高橋」 でいいのだろう。で、東側の古い方は 「高橋」 だ。となると、「じゃあ、『橋』 の前の 『高』 というのは、一体どこからきたのだ?」 という疑問が当然湧いてくるが、それに関してはどうにもわからないので、とりあえずこだわらないことにしよう (気になるけど)。

とにかく、茨城県の地名にはわかりにくいのが多い。例えば関東鉄道バスの取手・守谷間を結ぶ路線には 「岡」 というバス停がある。知らない人は岡の上か麓にあるバス停を想像するだろうが、まったくの平地なのだ。よく調べるとこの辺りは 「岡」 という地名で、確かにはずれの方にちょっとした岡がある。ただ、バス路線は岡を外れた平地を通るので、違和感の元になっているようなのだ。

ちなみに広島県の JR 呉線には 「坂」 という名の駅があるのだが、これもまたスゴいと思う。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2018/08/29

鳥取県から帰ってきた

鳥取県米子市での仕事を終えて、無事帰って来た。暑さが完全に戻ってきていて、街を歩いているだけで汗が流れたが、雨にも、もちろん台風にも遭わずに帰って来れたからよしとしておこう。

180829

そして、前回の佐賀と博多を 2泊3日で回ったときは、一昨日の記事でも書いたように、蜂に 2度も刺されたせいでかなりぐったりと疲れたが、今回は体力が回復して、ピンピンしたまま帰って来た。自分でも安心している。

写真は米子空港のロビーから眺めた空港の景色。米子空港の近くには、自衛隊の美保基地があるのだが、そこは父が若い頃に志願して入った予科練の基地のあったところで、「若き父はこの山陰の海を眺めていたのか」 と、ちょっと感激してしまった。

そしてせっかく感激した直後に覗いた土産物屋に、「島根か鳥取か分からないけどそこら辺に行きました。」 という名前のチョコレートパイがあったので、その感慨もどこかに吹っ飛んでしまったのだった。なかなか心の琴線に響く自虐ネーミングである。

1808282

鳥取と島根は、どっちがどっちかわからない隣同士の県の中でも筆頭格で、そしてこのチョコパイは一応島根県の土産であるらしいのだが、鳥取県の米子空港で売られているのだった。まあ、米子は島根との県境に近くて紛らわしいし、売り場が増えれば売り上げも増えるってことなのだろう。私自身も米子市というのが島根県ではなく鳥取県にあることを、今回初めて知ったのだし。

ちなみに私の生まれた山形県も、秋田県と区別の付かない人が多く、さらに香川県と徳島県もちょっとした鬼門だ。

ところで、来週は熊本県に行くことになっているのだが、昨日発生した台風 21号が、ちょうどその頃に日本に近付くらしい。さぁて、どうなるか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018/08/26

博多の繁華街に漂う生臭さの正体

一昨日に続いて、「肉を食わない」 ことに関する話題である。今日は博多ラーメンの話だ。

180826

佐賀の街を歩いていた時から、何となく生臭いというか、もっとひどい形容をしてしまえば 「ウンコ臭い」 というか、あまりいい感じではない臭いがすると思っていたのだが、博多に移動して、その臭いの元がはっきりと特定できた。九州のラーメンは博多ラーメンを筆頭に 「豚骨スープ」 が多いため、ラーメン屋からその独特の臭いが漂っているのである。

博多にはこれまでに何度も来たが、この臭いは、今回初めて気になった。今年の 3月に来た時はモロに博多の街に滞在したわけではなく、北九州市と太宰府で仕事があって、博多の街は宿泊しただけだったから、あまり気にならなかった。それに、今年の春は肉食を全面的に止めて間もない頃だったので、まだ体が変わり切っていなかったのかもしれない。

ところが今回は肉食を止めて 1年近く経っているせいか、豚骨系の臭いがかなり気になった。喫煙者がタバコ臭さに気付かないようなもので、普段肉を食べ付け、豚骨系スープに親しんでいると、博多の繁華街に漂うあの臭いに鈍感になるもののようだ。自分自身、肉を食っていた頃は全然気にならなかったのである。

今回博多で会った人の中にも、肉食をしない人がいて、彼は 「豚骨系スープのラーメンは博多名物的な位置づけなので、あまり声高には言われないけど、実は案外 『臭い公害』 と感じている人は少なくないんです」 と言っていた。日本人の多くが喫煙者だった頃には、「タバコ臭さ」 なんてあまり話題にならなかったのと同じ構造だと思う。

ただ喫煙者は減っているが、肉食は減らないどころかますます増えているので、全体的には博多の繁華街に漂うあの 「生臭さ」 は、今後もあまり問題にされずに経過してしまうような気がする。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧