カテゴリー「言葉」の433件の記事

2018/09/11

機内サービスで 「ビール」 は 「ミルク」 と間違えられやすい

40年近くも前のことだが、当時務めていた会社の上司とヨーロッパに出張した時、その上司がルフトハンザの機内サービスで 「ビール」 を注文したのに、「ミルク」 を出されたことがある。

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彼は日本国内でこんな間違いをされたら、確実に 「馬鹿にしとるんかい!」 と激怒するタイプだったが、ドイツ人スチュワーデスだらけのルフトハンザ機内では一言も文句を言わず、おとなしくミルクを啜っていた。日本国内から一歩出ると、借りてきた猫になってしまうオッサンは結構多い。

そして実は、「機内サービスでのビールとミルクの聞き違い」 は、かなりよくあることらしい。ググってみると、結構な数のページがヒットして、複数のスチュワーデスのブログにも、「聞き違いの定番」 として書かれていたりする (参照 1参照 2)。

日本人スチュワーデスは聞き違いの理由として、「ビールください (ビー ルク ダサイ)」 と 「ミルクください (ミ ルクク ダサイ)」 が紛らわしいなんて書いたりしている。しかし外国人スチュワーデスには "Beer, please." みたいに言う ("please" を付けることを知らないぶっきらぼうな日本人も多い) ので、聞き違いの理由は別にある。そしてその理由は、私には前述の 40年近く前の段階で既にわかっていた。

その上司は英語がまったく苦手で、自信なげに恐る恐る小声で 「ビア」 と言う。すると 「ビ」 が明確な破裂音にならず、常にエンジン音の響く機内では、まろやかな 「ミ」 に聞こえてしまう。さらにまともに口を開かずボソボソ言うので、当人は 「ビア」 と伝えたつもりが、「ミウ」 に近い音としてしか聞こえないのだ。

そして "milk" をカタカナ英語の 「ミルク」 でない、ちゃんとした英語発音で言うと、最後の "k" は普段は 「聞こえない音」 になりがちなので、日本人の耳には 「ミウ」 みたいな音に聞こえる。 (最後の子音はフランス語ほどじゃないがあまり明確には発音されず、後に母音が続くとリエゾンされることが多い)

つまり英語の苦手な日本人のオッサンが恐る恐る言う 「ビア」 は、客観的にはほとんど 「ミウ」 という音に聞こえてしまい、その音を欧米人スチュワーデスが "milk" に脳内変換してしまうのは、ほとんど自動的なメカニズムなのだよ。あまり自然なプロセスだから、聞き直そうという発想すら浮かばない。

欧米人にカタカナ英語の 「ミルク」 は通じず、「ビア」 の言いそこないの 「ミウ」 の方がずっと "milk" と思われるのは、「アップル」 と言っても全然通じなくて、「アボゥ」 と言えば "Apple" に聞こえるのと同じようなことだ。彼らはカタカナで音を聞くカラダになってないからね。

ちなみにスチュワーデスのブログを検索しても、こうした 「聞き違いのメカニズム」 を的確に指摘しているページは見当たらない。私の知る限り、日本人スチュワーデスってほぼ全員が 「カタカナ英語」 (あるいはもっとスゴい 「ひらがな英語」) だから、このことに気付かないのも無理もないのだろうね。

結論。日本人のオッサンは妙に緊張して恐る恐る 「ビア」 なんていうより、思いっきり開き直って 「ビール!!」 という方が、通じる可能性はずっと高い。

【付記】

ここでは、あえて political correctness を無視して 「スチュワーデス」 と書かせていただいた。何しろ 40年前のエピソードから入ったので。

というわけで、「CA と言うべきでは」 みたいなコメントは不要なのでよろしく。(CA って和製英語だし)

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2018/09/10

「消すやつ」 でいいよね

1ヶ月近くも前の話で恐縮だが、emi さんのブログに 「消すやつ」 という記事がある。「板書を消すやつ」 を何と称するかというお話だ。

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日本語では長らく 「黒板消し」 と言い習わしてきたが、最近はホワイトボードが多くなったので、その名称が面倒くさいことになっている。「黒板消し」 をそのまま踏襲する人も結構多いが、それじゃおかしいってわけで、「白板消し」 と言ったり 「ホワイトボード消し」 と言ったり 「ボード消し」 と言ったり、はたまた 「クリーナー」 なんて言う人もいたりする。

私はといえば、その辺の使い分けがたまらなく面倒なので、昔から単に 「消すやつ」 で通してきた。板書していて間違えた時なんか、「あれ、『消すやつ』 どこ?」 なんてつぶやいたりする。黒板を消すジェスチャーをしながら 「消すやつ」 と言えば、一目瞭然だ。そして emi さんのブログ記事のタイトルがまさに 「消すやつ」 だったので、何となく嬉しくなってしまったわけだ。

この 「消すやつ」 というのを、まんま英語に直訳してしまうと "eraser" となって、和英辞書的には 「消しゴム」 の英訳としてこの言葉が表示されることが多い。一節には、英国では "rubber" (「ゴム」 のことね) と呼ぶ人が多いらしいが、まあ、米国では大抵  "eraser" (イレイサー) だよね。

で、ここからが emi さんの 「思わず膝打つ」 指摘なのだが、"事の発端は、「消しゴム」 だろうな。/あそこで 「ゴム」 方面に行ってしまったことが、後々こうして厄介な問題を生んだ。/なんでそんなに素材を言いたくなっちゃったかなぁ" ということになる。なるほど、英語なら 「消しゴム」 だろうが 「黒板消し」 だろうが 「ホワイトボード消し」 だろうが、単純に "eraser" —— 「消すやつ」 で済んで、面倒がないのだ。

英国では 「消しゴム」 が "rubber" なら、板書を消すやつは "felt" だったりするのかなんて思ったが、調べてみるとやっぱり "rubber" でいいんだそうだ。そうか "rub" という動詞は 「こする」 ってことで、そこから 「ゴム」 が "rubber" になったんだったよね。だから、黒板消しも "rubber" (こするやつ) でいいのか。

いずれにしても、日本でもこの 「消すやつ」 を非公認のポジションから解放して、広く認証してしまえばありがたいよね。私なんかも堂々と胸を張って使えるようになる。

さらにここからが私の庄内生まれの血が騒ぎ出すところなのだが、本当は 「消すやつ」 なんて言うより 「消すな」 (「な」 にビミョーなアクセントをおく) と言う方が、個人的にはしっくりくるのである。これは庄内弁で 「消すモノ」 という意味で、"Don't erase." (消してはいけない) ではない。

この 「な」 は、とても汎用性がある。「あんめな」 と言えば 「甘いモノ」 ということで、主に飴ちゃんのことだし、「はっこな」 と言えば 「冷たい (ひやっこい) モノ」 ということで、夏に嬉しいアイスクリームとか、かき氷とか冷たいお茶などを指す。

極めると 「あだまあっちぇな」 なんて用例があり、「頭の熱いやつ」 ということだ。ただ、庄内弁の 「頭が熱い」 は、ハードボイルドではなく、常にトンチンカンな人のことを指す。「冷静」 の反対だが、中途半端に 「ほろアツい」 のだね。

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2018/08/15

「いつも新鮮」 って、単に 「フツー」 ってことでは?

今日、京浜東北線の電車で気になるポスターを見つけた。キャッチコピーの文字のコントラストが不鮮明なので、"ALWAYS FRESIL" と見えてしまうのだが、 "fresil" なんて単語は知らない。よく見ると "ALWAYS FRESH" である。

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「ミュゼ」 という脇毛処理だかなんだかの会社のポスターで、これに関するウェブページを見ると、"新コンセプトは「Always Fresh」!" とある (参照)。どうもカギ括弧と感嘆符のつけ方が独特すぎるような気がするが、まあ、敢えてそこには触れないでおこう。

それよりも、"always" と "fresh" という 2つの単語が、こんなに簡単に結びついてしまっていいものかという問題である。「いつも、常に」 という副詞と 「新鮮な」 という形容詞は、そんなに安易には両立しないんじゃないかと思ってしまうのだ。

"Fresh" というのは、一定の時間軸の上でのある状態を指す言葉だと思うのである。つまり 「新鮮な」 という状態は、常に継続するものじゃない。

最大限譲って、「常に新鮮な状態」 というのがあると仮定しよう。しかし常にそうだったら、それは特段 「新鮮」 というわけじゃなく、単に 「フツー」 ってことじゃないか。矛盾に陥ってしまう。「新鮮」 というのは、他の状態と比べて差別化されるからこそ、「新鮮」 と言えるのじゃないのか。

あるいは時間軸の問題ではなく、空間軸として捉えて、「いつも、他と比較して新鮮に見える」 ということなのだろうか。しかしそれだったら、"fresher" と比較級にならなければならないんじゃなかろうか。やはり "Always Fresh" というコピーは、私には違和感があるのだよね。

私には関係のない商品だし、言いがかりっぽいと言えば、我ながらその通りでもあると思われるんだけど、言葉に関してはついこだわってしまうビョーキの私の感覚として、「無理筋的」 に座りが悪いと感じてしまうのだよね。Bob Dylan の ”Forever Young" とはちょっと次元が違う気がするわけだ。

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2018/08/14

「かなとこ雲」 が翻訳語という推量は正しかったようだ

下の写真は刀鍛冶の桔梗隼光さんという方が使っている 「金床」 である (参照)。砥石で仕上げた直後というだけに、うっとりするほど美しい。画像検索で見つけたのだが、他の刀鍛冶のものをみても大体似たような形だ。

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今月 9日の "「かなとこ雲」 を巡る冒険" という記事で、「かなとこ雲」 の 「かなとこ」 というのは、鍛冶屋さんの使う道具、『金床』 のことであることに触れた。ただそれに関連して、「もしかしたら、この 『かなとこ雲』 という名称自体が、明治以後にできた翻訳語なのかもしれない」 という疑問を呈しておいたのである。

かなとこ雲の学術名 "Incus" はラテン語で 「金床」 を意味し、英語でもこの雲を "anvil cloud" (anvil は 「金床」 の意) と称する。それで初めは、この雲の特色ある形が 「洋の東西を問わず同じ道具を連想させる」 のだと早合点しそうになった。しかしすぐに、「いや、多分そうじゃないだろう」 と、思い直したわけだ。

いくら何でも、名称が共通しすぎて、「かなとこ雲」 という日本語は、英語 (あるいは他の欧米語で 「金床雲」 を意味する言葉) からの翻訳語なのではないかと考える方が、自然に思われる。ただ、これは私の直観に過ぎないので、客観的にそう言い切るための証拠が見つからない。

江戸時代以前の日本の文献に 「かなとこ雲」 という語が出てきたら、私の推量は崩れるので、ここ 2〜3日、暇を見ては 「金床 古典文学」 というキーワードでググり続けてきたが、検索されない。これは期待通りなのだが、 「見つからない」 ことが 「ない」 と結論づけるためのエビデンスにはならないので、ちょっとウジウジしていたわけだ。

ところが今日、「そうか、テキストではなく、日本の伝統的な金床の形を見ればいいではないか」 と気付き、画像検索して上の写真が見つかった。9日の記事で使った画像を下に再録したが、西洋の金床との形の違いは明白で、両者は別物と言っていい。「かなとこ雲」 の名称は、日本の四角い塊の金床からは発想しようがない。

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どう見ても、かなとこ雲というのは西洋の金床の形から付けられた名前である。ということはどうやら、「明治以後の翻訳語だろう」 という私の推量が正しかったと結論づけていいだろう。

重箱の隅案件、一応解決。ふう、肩の荷が下りた。

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2018/08/07

「サギ = 鷺」 のアクセントに関する 「まともな」 レポート

先日、栃木県の大田原市だったかでシラサギが増えすぎて困っているというレポートをテレビで見た時、アナウンサーのアクセントに少々違和感を覚えた。私は 「サギ」 (「詐欺」 ではなく、鳥の 「鷺」 ね。念のため) という名詞のアクセントは、頭高型 (「詐欺」 と同じく、「さ」 が高い) と思い込んでいたのだが、アナウンサーは平板型 (「先」 などと同じ) でナレーションしていたのだ。

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「へえ、鳥の 『サギ』 のアクセントって、平板なんだ!」 と驚いて、さっそくググって見ると、「鷺のアクセント」 というブログ記事が見つかって、こんな風に書かれている。(リンクは敢えて示さない)

NHKを見ていたら 「鷺」 が 「さ」 というアクセントになっていた。いや、平坦アクセントだったかな? 早速調べてみたら、「ぎ」 を強く (高く) 読むのが正しいそうだ。

申し訳ないが、はっきり言って、かなり 「イタい記事」 である。こんなのがググった結果のトップに表示されるのは、日本人として放っておけない。

この人、日本語のアクセント (イントネーションというべきという議論もあるが) ということがわかっていない。まず NHK のアナウンサーの 「鷺」 が、「ぎ」 の字をわざわざ大きく書くように聞こえたという点で、完全に耳がおかしいし、重ねて 「平坦アクセントだったかな? 」 というのだから混乱が深まっている (「平板型」 という用語を知らないようだし)。ダメ押しで、「調べてみた」 結果の解釈が滅茶苦茶だ。

この人が一体何で調べたのか知らないが、私も今日、ようやく図書館に行く時間ができたので、「NHK 日本語アクセント新辞典」 で調べが付いた。下に画像で示す。

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ご覧の通り、「さぎ ≪×鷺≫ のアクセントは、「サギ」 の右側に赤い平らな線が付いており、即ち 「平板型」 であることが示されている。上述のブログの筆者もこの辞典で調べたのだとしたら、「ギ」 の右上に線が付いているので、つい "「ぎ」 を強く (高く) 読む" なんて思い込んでしまったんだろうが、「ぎ」 を高くいうなら 「サ/ギ」 と表示されるはずで、これはすぐ下の 「さぎ 【詐欺】」 が 「サ\ギ」 になっているので分かりそうなものだ。

ちなみに、「き」 に 「ぱぴぷぺぽ」 に使われる小さな 「マル」 が付いているのは、鼻濁音で発音されることを表している。そして 「×鷺」 となっているのは、NHK としては原則的に漢字は使わずに 「サギ」 と表示するということだ。なるほど、結構厳密に決められているのだね。

というわけで、ネットの世界にはこれまで 「サギ = 鷺」 のアクセントについて読むに足る記事が存在しなかったようなので、ここで (多分) 最初の 「まともな」 レポートを掲げさせていただくことにする。

で、これで済ませてしまったら、おもしろくもなんともないので、言葉にこだわるビョーキの私としては、語源にまで遡ってみることにする。「鷺の語源」 について 「語源由来辞典」 で調べてみると、次のように諸説ある。(参照

羽が白いから 「サヤケキ (鮮明)」 とする説
鳴き声が騒がしいことから 「サワギ (騒)」 とする説
「サケ (綿毛)」 「サケ (白毛)」 と羽毛に由来する説
「キ」 は 「トキ」 「シギ」 などと同様、「鳥」 を意味する接尾語で、「白い鳥」 を意味する
水辺の鳥なので 「イサ (磯)」 に 「キ (鳥を意味する接尾語)」 がついた

なるほど。思い込みからすると平板型の 「サギ」 というアクセントにはかなり違和感を覚えてしまうが、語源まで遡ると、いずれの説を採るにしても平板型が自然であるような気もしてくる。ただ、「トキ」 が頭高型で、「シギ」 が平板型なのは、「ギ」 と鼻濁音になると平板になるのかなあ。

まあ、ここまでくると疲れたので、そのあたりのことは今日は目をつむっておこう。

ちなみに、アクセント辞典で調べてしばらくしてから、「シラサギ」 とか 「アオサギ」 とかいう場合には、自然に平板型で言っていることに気付いた。「詐欺」 の場合は 「寸借詐欺」 とか 「結婚詐欺」 とかいう場合にも、元の形通りに 「さ」 にアクセントを置いているから、やはり元々のアクセントが違うのだろう。

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2018/08/04

「タンパク質を水に変える」 という表現

はるぶーは㍇ヲタクで会うと案外いい人です という長いハンドルネームの方が、とてもおもしろい tweet をしておいでだ。「タンパク質を水に変える」 という触れ込みのハンカチについて、その表示がおかしいと指摘しておられるのである。「花粉・汗・ニオイのタンパク質を水に変えるハンカチ」 という、魔法使いみたいなフレーズだ。

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最初の tweet は 「娘が、【タンパク質を水に変える】 とかいうありがたいハンカチを旅行のお土産に高かったぞ! とか言って買ってきて、元素変換など触媒で可能なはずはなかろうで……」 (参照) というもので、確かに、私のような文系人間でも 「タンパク質を水に変える」 なんてことは不可能だとわかる。できるのは、「タンパク質を水と何らかの物質に分解する」 ことだろう。

問題はその次の tweet で、「元素変換ができると考える時点で、理系的センスゼロである。私大文系あたりに行くのが適当」 とおっしゃっている (参照) のだが、はばかりながら、その 「私大文系そのもの」 出身の私でも、触媒を使って元素変換ができるなどとは、いくらなんでも考えない。だから 「汗のタンパク質を水に変える肌にやさしいハンカチ」 という表示を見た時点で、ひっくり返りそうになった。

これは要するに、最低限の理系知識さえあれば 「言葉として」 こんな表現は成立しないという、文系要素の大きいマターなのだ。このハンカチを展開する川辺という会社 (私は繊維畑のキャリアが長いから、この会社はよく知ってるんだけど) には、お願いだから 「タンパク質を水と〇〇 (例えば 「無臭物質」 というのでもいいかも) に分解する」 と言い換えていただきたいものなのである。「水に変える」 では端折りすぎだ。

「よく JARO が見過ごしてるな」 と思ったが、「かなり曖昧だけど、分解されて水ができるのは本当だから、まあいいんじゃないの」 ってな感じになっちゃってるのかもしれない。知り合いの理系人間の多くも、「化学式じゃないんだし……」 みたいなことで逃げがちだ。

逆に私のような文系人間の方が言葉の表現にこだわったりする。はるぶーさん (悪いけどハンドル省略) は理系のようだが、このあたりにこだわるだけ立派である。

で、最後はこんなオチ。はるぶーさんは続けて 「そもそも、このハンカチの触媒が効き目があったとしても綺麗になるのはハンカチであって、その触媒をパパに吹きかけなければ意味がないのではないか?」 (参照) と tweet しておられて、「そう言や、その通りだわな」 と、私も納得してしまった。

販売元の川辺としては 「これで汗を拭き取るので有効」 というココロなんだろうが、ハンカチで全身の汗を拭き取るわけじゃないしね。

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2018/07/26

「LGBT には 『生産性』 がない」 という発言について

例の杉田水脈という議員の LGBT に関する 『新潮 45』 への寄稿記事の問題だが、批判するからには一応記事をしっかり読んでからと思っていたので、タイミング的にはちょっと乗り遅れてしまったかもしれない。

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杉田議員本人も、「批判するならきちんと記事を読んでからにしろ」 みたいなことを言ってるらしいので、「そこまで言うんなら、ちゃんと雑誌買って読んだるわ!」 と、今日、あちこち用事で出かけたついでに書店に寄り、買って来たのである。上にその証拠写真を貼っておく。

ちなみに 『新潮 45』 は 「特別定価 900円 本体 833円」 と表示してあるが、書店のレジでは 1円未満切り捨てで 899円だったよ。おかげで財布の中でジャラジャラしていた小銭を使い切ることができた。

家に帰って一応ちゃんと読んだのだが、結果としては新潮社を無駄に儲けさせただけだった。要するに 「買って読むほどのレベルのものじゃない」 ってことだ。これから 『新潮 45』 を買ってみようかと思っている方は、ほかによっぽど読みたい記事があるのでもなければ、止めといた方がいい。

彼女の寄稿記事に関してまともな批判をするとすれば、既にあちこちでなされている通りのことを繰り返せばいいだけで、改めて私がどうこう言うのも馬鹿馬鹿しい。なので今回は、例によって言葉にこだわって絞り込んだ突っつき方をしてみようと思う。

杉田水脈という人は、件の寄稿記事で "LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼らは子どもを作らない、つまり 「生産性」 がないのです" と、はっきり書いている。「生産性」 と、申し訳程度にカッコ付きにはしてあるが、この単語になんらの注釈も付けることなく使っているのだ。

ここでぶっちゃけた結論を言ってしまえば、杉田議員の寄稿記事は大問題になっているが、LGBT に 「生産性がない」 というのは彼女独自のロジックではなく、お仲間内の悪趣味な決まり文句を、外部に向かってものすごく安易、かつ直接的に発信してしまっただけにすぎないのである。まあ、悪ノリしやすいタイプなんだろうね。

「生産性」 という言葉は、一般的には 「労働生産性」 を指す言葉として使われることが圧倒的に多い。試しに "Weblio" (大辞林) を引いてみると、次のようにある。(参照

せいさんせい 【生産性】
生産のために投入される労働・資本などの生産要素が生産に貢献する程度。生産量を生産要素の投入量で割った値で表す。

ここでは、「子どもを作る能力」 なんて意味は無視されている。それだけに、「同性愛カップルは 『生産性』 がない」 という言い方には、大抵の日本人は強い違和感を覚えるのである。この言い方だと、子どもだけはやたらと何人も作るが、仕事もせずにぐうたらしてるヤツにさえあるらしい 「生産性」 というものが、LGBT カップルだと、どんなに有益な仕事をしても 「ない」 とされてしまうのである。

というわけで、杉田議員は朝日新聞が LGBT を支援することに関して 「違和感を覚えざるをえません」 と書いているが、LGBT には 「生産性」 がないとする決めつけの方が、ずっと大きな違和感を醸し出す。

ここで念のため、「生産性」 という言葉の元になったと思われる "productivity" という英語について調べてみよう。例によって Weblio で調べると 「生産性、生産力、多産(性)」 とある (参照)。やはり 「子どもを作る能力」 みたいなことは出てこない。強いて言えば 「多産(性)」 の中にそうした意味が含まれるのだろうが、ビミョーである。

もう少し念を入れて、"produce" という動詞を調べると、ようやく 「産する、生ずる、製造する、生産する、作り出す、描く、作る、生む、産む、生じさせる」 という意味が表示される (参照)。ただ、英英辞書 (CUERVO) を引いてみても、「子どもを産む」 という意味は直接的には表示されない (参照)。

つまり、「生産性」 という言葉は、とても広義に捉えれば、かなり端っこの方に 「子どもを作る能力」 という意味を確かにもつようだ。それは認めよう。しかし 「LGBT カップルは 『生産性』 がない」 と、唐突に言ってしまう姿勢には、とても意図的な 「ヘイト・スピーチ」 的要素があると言うほかない。

で、さらに問題なのは、杉田議員自身が自民党の先輩議員たちに 「間違ったことは言っていない。胸をはってればいい」 と声をかけられたと tweet したらしいことである (既に削除されているが)。つまり、このようなヘイト的思想は、自民党保守派の間ではとても 「当たり前」 のこととなっているようなのだ。

頭の硬い保守派は子どもを産む能力に関して 「生産性」 という言葉を好んで使いたがる。私自身も彼らの口からこうした言葉が発せられるのを度々聞いていて、その度に不愉快になる。この言い方は、実は保守政治の世界の 「ステロタイプで悪趣味な決まり文句」 になっているのだ。

フツーに考えれば、彼女の発言は 「トンデモ」 に違いないのだが、彼女の仲間内は 「一体何が間違ってるんだ。当たり前の話じゃないか」 と擁護する雰囲気に満ち満ちている。それは間違いない。ということは、いくら批判しても彼女は絶対に反省なんかしないということである。

私としては、彼女だけでなく、彼女の属するサークルをまとめて 「馬鹿扱い」 するしかないと思っている。

さらにちょっと付け足しだが、保守派だけでなく革新派の中にも、こうした言い方を好んでする連中はいくらでも存在する (参照)。バリバリの日教組の中にさえいる。彼らは 「革新派」 の仮面を被った 「因習派」 である。

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2018/07/16

トランプが 「EU は敵だ」 と語ったらしいが

ラジオで 「トランプ大統領が 『EU は敵だ』 と言った」 というニュースを聞いて、「へえ、トランプもそんなことを言うまでトチ狂ってしまったのか」 と驚いた。日本語のニュースは、EU を "enemy" と言ったのかと思うような印象だったのである。ところが違った。翻訳というのは難しい。

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トランプは EU のことを "foe" と言ったというのが本当らしい。”Foe" を英和辞書で引くと、大抵 「敵」 と出てくるから、「トランプは EU は敵と言った」 という日本語の見出しは決して間違いじゃない。しかしニュアンスとなると、上に示した写真ぐらいの違いがあると言っていい。

左側は Google から産経ニュースにリンクされるもので、トランプが興奮してがなり立てている写真が添えられている (参照)。そして右のガーディアンニュース (参照)へのリンクは、ベースボールキャップ (”USA" のロゴ入りというのが彼らしいが) でリラックスした様子の写真だ。

English Language Learners というサイトの 'What is the difference between “foe” and “enemy”' ("For" と "enemy" の違いは?) というページによると、「"foe" というのは、コミック・ブックなどで 『競合相手やライバル』 という意味で使われる」 とか 「政治やニュースなどで、"enemy" という言葉があまり攻撃的すぎるニュアンスと受け取られるような時に、"foe" と言い換えられる」 というような説明がある。(参照

というわけで、トランプはいくらなんでも EU を "enemy" 呼ばわりするほどトチ狂ってしまったわけじゃなく、"foe" と言ったもののようなのである。「利益の相反する競合相手」 ではあるが、「激しく衝突するほどの敵同士ってわけじゃない」 というような意味合いを、"foe" という言葉で語ったもののようなのである。ちょっと前時代的な言い方のような気はするけどね。

それにしても、"foe" が 「敵」 という日本語に置き換えられた途端に、「EU、潰したる!」 みたいな勢いでがなり立てるトランプという、ステロタイプなイメージの写真になってしまうというのが、ちょっとコワい。言葉は慎重に扱わなければならないし、翻訳においてはなおさらである。

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2018/07/05

人間、普段から笑われ慣れておくことが大切

「千日ブログ」 の 「気軽に怒る・叱るをして殺される日本人・韓国人が多い フィリピンでは大使館が注意喚起するほど」 という記事を興味深く読んだ。日本や韓国では上司、上役の立場にある人間が公衆の面前で気軽に部下を叱責する傾向があるが、外国でそれをやると理不尽なパワハラと受け取られ、フィリピンなどではそれが原因で日本人、韓国人の上司がフィリピン人の部下に殺されてしまうことが少なくないという。

こうしたことが生じるのは、日本や韓国では 「上司や目上の人。お客様が偉すぎる」 からと分析されている。「お客様は神様です」 なんて言ってた国民的歌手がいたが、上司や上役も同様で、従業員や部下は逆らえない。しかし本来、客と従業員、上司と部下は、人間として 「神、法のもとに」 平等なのである。だから場所をわきまえ、理を尽くして穏やかにやるべきなのだが、日本、韓国では人前でも頭ごなしに叱責する人が多い。

「千日ブログ」 のこの記事には、「(日本代表の) 人権人道大使という肩書の方が、国連の会議で 『シャラップ!』 と怒鳴りつけた」 という、びっくりするような話も紹介されている。

これ、5年も前の話で、私はリアルタイムでは知らなかったことなのだが、上田秀明という元外交官が、政府代表として出席していた国連拷問禁止委員会という会議で、信じられないブチ切れ方をしてしまったようなのである。

コトの経緯を手短に記すと、「日本の被疑者取調べには弁護人の立ち合いがない」 などとして、アフリカ・モーリシャスの委員から、「日本の刑事司法は中世的」 と非難された。これに対して上田氏は、 「日本はこの分野では世界で最も先進的だ」 と開き直り、会場の失笑 (?) を買った直後に  「笑うな! なぜ笑うんだ」 と叫び、「シャラップ、シャラップ!」 と 2度繰り返したということになっている。

この経緯が YouTube に公開されており (上の動画参照)、それを見ると何よりまず、当時は仮にも外交官だったはずの上田氏の、英語の下手さ加減に驚かずにはいられない。この人、Wikipedia によると 「1969年(昭和44年) - ハーバード大学大学院卒業」 ということになっている (参照) が、この程度の英語では、友達できなかったろうなと思うほかない。

で、いきさつとしては、Sora News によれば、モーリシャスの委員からは、日本の刑事取り調べは “medieval” (「中世的」 とか 「古くさい」 とかいう意味ね、念のため) という単語で批判されたもののようだ (参照)。上に貼っておいたビデオによると、上田氏はそれに対して "Japan is not in the middle age." と言っている。

これ、"the Middle Ages" と複数形で言えば 「中世」 という意味になるが、単数形で言っているので、「日本は中年じゃない」 と聞こえちゃう。私としても初めは 「(自分は中年のオッサンだけど)、日本はそうじゃないからね」 というジョークをかましたんだと思ったよ。こういう場合は、お付き合いでも笑ってあげるのがマナーでしょ。

ところが当人としては 「もろマジ」 だったようで、会場に笑いが走るといきなりブチ切れて、”Don't lagh! Why you are laghing?" と怒鳴る。仮にも外交官なら "Why are you laghing?" と言って欲しかったが、なにしろ洒落の通じない人だから、頭の中がぶっ飛んじゃったんだろうね。

で、"Shut up, shut up!" (これ、「黙りやがれ!」 的なニュアンスね) と 2度繰り返すと、さすがに会場は凍り付いてしまう。そしてその後に "We are one of the most advanced country in this field, of course. That is our proud." なんて口走る。この英語も初歩的な間違いだらけだが、面倒だからくどくど書かない。

というわけで、日本の 「お偉方」 の中には、とにかく周りにペコペコされないと気が済まない人が少なからず存在するってことだ。こんなタイプの人が、自分の意に反して笑われちゃったりすると、突然トチ狂ってしまいやすい。

人間、普段から笑われ慣れておくことが大切なのだね。

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2018/06/27

滑舌の悪い人に、2種類ある …… 一音一拍の大切さ

世の中には滑舌の悪い人というのがいる。最近はそれを 「カミラー」 なんていうらしいが、滑舌の悪い人がすべて 「カンじゃう」 ってわけじゃない。滑舌の悪い人は、2種類に大別される。やたら饒舌にまくし立てるのに、結局何を言っているのかわからない人というのも多いのだ。

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上の画像の右上の人 (名前は知らない) のように、「降水確率」 を 「こうしゅいかくりちゅ」 なんて言っちゃうのは、まだいい。そう言われれば大抵 「これは 『降水確率』 と言ってるつもりなんだろうな」 とわかる。わからない方がおかしい。

困るのは、やたら早口に 「母音抜き」 の発音でまくしたてる人だ。最近よく言われるのは 「過失致死」 という言葉の発音である。母音を入れて 「一音一拍」 の原則を守ってくれさえすれば、たとえ 「かしちゅちし」 なんてことになっても、話の前後から大抵 「過失致死」 なんだろうと想像がつく。

しかし一音一拍の原則を無視して母音を抜き、ローマ字で表記すると "kshtzush" (フツーの発音は "kashtsuchishi") という発音をされてしまうと、「は?」 と聞き返してしまうことになるだろう。当人の脳内には 「過失致死」 という四文字があるのだろうが、敢えてカタカナで書くと 「クシツシ」 (実際の発音は、「ツ」 以外がすべて 「息」 だけの無声音) としか聞こえない。

最近は結構なインテリに 「コロヌケーがティセッ」 と言われて面食らったことがある。当人はどうやら 「心のケアが大切」 と言ったつもりらしいのだ。いずれにしてもこの人、「心」 という言葉をまともに 「ココロ」 と発音できずに、必ず 「コロ」 としか言わない。同様に 「朝日新聞」 のことは 「アッスィ」 としか言わず、「法則」 は 「ホスク」 (「スク」 の部分は無声音) になる。

で、何しろ早口なので、半分は何を言っているのかわからない。その度に聞き返すのもあまり度々のことになってしまうので、要するにまともに聞くのが嫌になる。強いて言えば、こちらも想像力を駆使すれば何とか話の内容を理解できるのだが、ずっと想像力を駆使しまくるのも疲れるので、すぐに上の空になる。当人は必死にまくし立てても、その 「伝えようとする努力」 のほとんどが空しいものになってしまうのだ。

こうした人に 「ゆっくり落ちついてしゃべるように」 とアドバイスしても、「リズム感がメチャクチャの 『母音抜き』 でしゃべるだけ」 になってしまうので、ますます疲れる。よほど 「一音一拍センス」 がないようで、こればかりは 「体質」 なのだろう。鉄棒でどうしても逆上がりができないようなものだ。10日間ぐらい合宿して専門的矯正トレーニングを受ければ、少しはマシになるかもしれないが。

というわけで、彼はコミュニケーション面でかなり損をしているのだが、当人はそれには全く気付いていない。たまに 「私は、早口すぎるのかなあ」 なんて言い出すのだが、それは大きな問題ではなく、「一音一拍」 さえ守ってくれれば、相当な早口でも通じるものなのだ。黒柳徹子さんを想起すればわかる。

私は昔、アナウンスの修行をしたから。「裏の竹垣に竹立てかけたのは、竹立てかけたかったから、竹立てかけたのです」 ぐらいは、ものすごい早口で言えるのだが、一音一拍センスのない人は 「裏のテケキにトゥキトゥクットゥヌハ……」 みたいになってしまって、それでも当人だけはちゃんと言えたつもりになっている。

発音機能だけでなく、自分の発音を認識する 「モニター機能」 にも問題があるようで、むしろ、この 「モニター機能障害」 の方が、欠陥のより大きな原因かもしれない。自分の発音をきちんとモニターできていたら、彼らは自分で気持ち悪くなるはずじゃないか。

さらに最悪なのは、一音一拍を守らず、さらによくカンじゃうって人である。ちょっと話を聞くだけで疲れまくるから、申し訳ないけど、まともな会話をしたいとも思わなくなる。

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