カテゴリー「言葉」の460件の記事

2019/04/16

雪平鍋? 行平鍋?

唐突だが、鍋の話題である。鍋と言っても「鍋物」ではなく、さらにそれに使う土鍋のことでもなく、いわゆる「雪平鍋」、あの周りにボコボコした打ち出しみたいな凹凸のある小さめの片手鍋の話だ。

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実は私はこの鍋のことをずっと「行平鍋」と書くのだと思っていた。百人一首で「立ち別れいなばの山のみねにおふるまつとし聞かば今帰り来む」の歌で知られる、あの在原行平である。ところが ATOK で変換させると「雪平鍋」となり、「行平鍋」というのもないではないが、順位がずっと低い。いやはや、私は今日の今日まで「雪平鍋」なんて表記はちっとも知らなかった。

で、どっちが正統的表記なんだろうと調べてみると、どうやらどちらも正しいらしい。2通りの表記があるということのようなのだ。

しつこく調べてみると、「由来・語源辞典」というサイトでは「雪平鍋の由来・語源」として「平安時代の歌人、在原業平の兄である行平が、須磨で海女に海水を汲ませて塩を焼いたという故事にちなんでの名で、もとは塩を焼くのに用いた」とあるだけ(参照)で、「雪平鍋」と書かれる理由はちっとも説明されていない。これを書いた人は自分で気持ち悪くならなかったのかなあ。

この点に関して、「釜浅商店」という店のサイトでは、在原行平が須磨に流された時に「その島で塩を鍋で作り、そのできた塩が雪のようであった」とし、「それにより、その在原行平から『行平鍋』、また雪の様な塩が出来た事から『雪平鍋』とも言われるようになった」とある (参照)。うん、これはもっともらしい。

また Daily House Chore というサイトには、「在原行平説」のほかに 「鍋の強度を上げるために周囲に付けられた打ち出しの模様が雪に見えたことから『雪平鍋』という名が付いたという説もあります」と書かれている(参照)。ふうむ、いずれにしても日本人はどうしても「行平」を風流に「雪平」と表記したかったようなのだね。

さらにこのサイトには、雪平鍋はもとは厚手の土鍋だったという記述があり、蓋がないのは、今の雪平鍋は熱伝導のいいアルミ製が多いので火の通りがよく、蓋が要らないからだとある。さらに、アルミは柔らかく凹みやすいので、周囲に打ち出しの凹凸を淹れて強度を上げているとしている。なるほど。

それにしても、ごく普通の日用品の名前というだけでも、いくつになっても知らないことって結構あるものだ。

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2019/04/10

「男もすなる」と「してみむとてするなり」の違い

「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」というのは、紀貫之の『土佐日記』の有名な書き出しである。今さらのようだが、貫之の時代は男は文章を漢文で書くものという常識があったため、漢字仮名交じりの日記を書こうとした彼は便宜上、自分を女と仮想したものと言われている。

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(クリックで拡大表示されます。草書体じゃないから、結構読みやすい)

で、高校の時(だったと思う)、教科書に載っていた『土佐日記』の序文を見て私は、「ありゃりゃ?」と思ってしまったことを思い出す。

というのは、「男もすなる」という句は「す」+「なる」(助動詞「なり」の連体形)なのに、「してみむとてするなり」は 「する」(「す」の連体形)+「なり」になっているからだ。同じ「す」という古語の動詞が、「なり」という助動詞が付くと「すなる」と「するなり」の 2通りになっている。これって、ちょっとした違和感ではないか。

この件に関して、高校の古文教師はテキトーに流してしまって、詳しい解説はしてくれなかったと記憶している。それで私としては、「昔の人って、文法には案外テキトーだったんだなあ!」と思い込んでしまったのだ。

大学入試では運良くこれについての問題が出ることもなかったため、そのまま何ということもなく数年経った頃、やっぱりどうにも腑に落ちなくて、自分で調べてみたところ、「さすが、古今和歌集の選者をつとめたほどの人物だもの、決して文法にテキトーってわけじゃなかった」と再認識したのだった。「紀貫之先生、今まで不埒な考え違いをしていてごめんなさい!」である。

日本語の助動詞「なり」には、意味的に 2種類あるというのである。伝聞推定の「なり」と、断定の「なり」だ。前者は動詞の終止形に付き、後者は連体形に付く。

だから「男もする(書く)という日記というものなんだけどさぁ」という「伝聞推定」の文脈では終止形の「す」について「すなる」となり、「女(の自分も)やっちゃえってんで、する(書く)んだわよ」という「断定」の文脈では、連体形の「する」に付いて「するなり」となる。これ、日本語文法の常識なんだそうだよ。

現代の日本語だと、伝聞推定の「なり」は「〜という」に、断定の「なり」は「〜だ」に相当するだろう。「行く」という動詞を例に取れば、伝聞推定は素直に終止形そのままを使って「行くという」になるが、断定の場合は単純に「だ」を付けて「行くだ」では吉幾三の歌になっちゃうから、フツーは「行くのだ」と、連体形に近いニュアンスにしてから「だ」が付くものと思えば理解しやすい。

いやはや、地域で一番の進学校とはいえ、やはり半世紀近く昔の田舎の高校である。そんなところまで詳しくは教えてくれなかった。いや、もしかしたら私が授業中にぼんやりしていて聞き漏らしただけかもしれないが、いずれにしても「これ、大事なポイントだから、しっかり理解しておくようにね」みたいな教え方はしてもらえなかったのである。

で、時を経た今、私ってば高校時代には思いもしなかった「ネット歌人」(めちゃくちゃ粗製濫造だけどね)として「和歌ログ」なんてブログを持ち、なんと毎日のように文語で歌を詠むようになっちゃったのである。ああ、人生の途中で「すなり」と「するなり」の違いに気付いておいて、本当によかったよ。

というわけで、このブログはかなりカジュアルな文体で書いているとはいえ、意識の根底の部分では古典的な日本語にもずいぶんこだわっていないわけじゃないのである。その流れとして、「バイト敬語」なるものにずいぶんな違和感を覚えてしまうのもご理解いただきたいってなものなのだ。

【追記】

この土佐日記の冒頭、「男もすなる日記といふもの」を「おとこもすなるにきというもの」と読み下す向きも多いが、上の画像をクリックして拡大して見ると、「男」には「ヲノコ」と仮名が振られ、「日記」の「日」の横にも「ニツ」と仮名が振られている。

ということは、現代の我々としても「おのこもすなるにっきというもの」と読み下す方がいいのかもしれない。ちなみに、上の画像は二松学舎大学附属図書館所蔵の写本で、筆写者不明、年代は承平五年(935年)以降とされている。(参照

「にき」か「にっき」かという議論に関しては、"『土佐日記』の冒頭、「日記」の読みー「促音無表記」とは" の記述に賛成するので、参照されたい。この記事では、平安時代には「促音無表記」の原則があるとされているので、写本の振り仮名も後から加えられた可能性も否定できないが、書き加えられたにしてもその時代には「にっき」の読みが少なくとも間違いじゃなかったということだ。

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2019/04/07

私が「忖度」を「ソンタク」とカタカナで書く理由

「ソンタク発言」の塚田副大臣が辞任を表明したそうだ。下の写真をクリックすると、彼の発言の録音が聞けるニュース動画に飛べる。ここまではっきりと録音が残されているのだから、辞任は当然の流れだ。 190407一昨年 3月 17日の「立場が上のオッサンに対して 「ソンタク」 なんてしたがるから」という記事で私は、次のように書いている。

『大辞林』 によれば 「忖度」 とは、次のようなことになる。

( 名 ) スル
〔「忖」 も 「度」 もはかる意〕
他人の気持ちをおしはかること。推察。 「相手の心中を-する」

とくに会社や役人の世界なんかでは、ついつい 「上に対してのソンタク」 ばっかり横行しちゃうのが問題だ。今や 「ソンタク」 という言葉は 「他人の気持ちをおしはかること」 というより 「上の意向をおしはかること」 という意味に堕落しちゃってる。

とくに中堅からやや上ぐらいの役人になると、上からの見えない圧力なんか、加えられる前から敏感に感じてしまって前もって準備したりしている。一般の人たちの苦労なんて、どうでもいいと思ってるくせにね。私が 「忖度」 というもっともらしい漢字で書くより、茶化して 「ソンタク」 と書きたくなる所以である。

というわけで私はこの時以来、この種の問題では一貫して「ソンタク」とカタカナ表記している。今の世の中、「そんたく」と入力してスペース・キーを叩けばすぐに「忖度」と変換されるのだから、「ソンタク」と標記する方が手間なのだが、あえてそうしているわけだ。

そもそも「忖度」とは本来、さりげなく目立たない形でするもので、大っぴらにアピールするものではない。ところが最近の政治や役人の世界では、これが点数稼ぎの手段となっているので、自分のした「ソンタク」を妙に強調したがる向きがある。

今回の塚田副大臣の場合も、山口県と北九州という安倍首相と麻生副総理の地元を結ぶ道路の建設に関する北九州市の集まりで、「そりゃ、総理とかですね、副総理とかがそんなこと言えません」「でも私はソンタクします」とはっきり言っている。どう聞いても「我を忘れて事実と異なる発言をした」ようには思われず、「ここまでソンタクする私にご褒美ください」とのアピールとしか聞こえない。

というわけで、これこそが「ソンタク」とカタカナで書いてしまいたい理由である。本来の「忖度」ではなく、小物の政治家や役人の保身や出世のための道具と化しているのだ。こんな次元の「ソンタク」は、すればするだけ害になる。

 

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2019/03/22

"Huawei" は本当は 「ホワーウェイ」 らしい

最近いろいろ話題の、中国の巨大 IT 企業、「華爲 (Huawei)」 は、我が国では 「ファーウェイ」 と表記されていて、当の Huawei Japan 自身も自社サイトで 「ファーウェイ」 としている (参照)。しかし私は個人的にはこの表記にはとても懐疑的で、「本当の発音とは違うだろうに」 とずっと思ってきた。

ややこしいのは、日本語の 「ハ行」 の子音は、ローマ字では基本的に ”h” で表記されるが、「フ」 だけは "fu" と書かれることである。実際に、「フ」 だけは他の 「はひへほ」 と発音の仕方が明らかに違う。これ日本語の音韻学の常識 (参照) なので、ここでは長々と述べない。

となると、「ファーウェイ」 というカタカナは ”Huawei" という表記ににそぐわないじゃないかと思ってしまうのだよね。このカタカナ表記だと、フツーは "far way" という英語を思い浮かべてしまうだろう。で、あれこれ考えているよりも実際の発音を聞いてみるのが早いだろうと、YouTube を検索してみると、"How to pronounce Huawei" (Huawei の発音のしかた) という動画が見つかった。

この動画では米国ニューヨークのタイムズスクエアで、フツーの米国人に 「"Huawei" ってどう発音する?」 と聞きまくっているのだが、登場する全員が正しい読み方を知らないばかりか、スマホの会社ということも知らない人も結構いる。そんな具合だから 「ハウィー」 とか 「ハウウェイ」 などと言う人が多く、"Who are we?" (私たちは誰?) なんて発音になっちゃう人もいる。これは多分受け狙いだろうと思うけど。

で、最後に種明かしになるのだが、本当の読み方は 「ワーウェイ」 なんだそうだ。米国のビデオなので、"Wa + Way" という文字で示されている。これが取りあえずの結論で、米国的、あるいは無理矢理言っちゃえばインターナショナル的には、「ワーウェイ」 が正解のようなのだ。つまり日本式はインターナショナルじゃないってことね。

さらに無理矢理余計なことを言えば、下手すると "war way" (戦争の道筋) と聞こえちゃうのが、Huawey のイメージが米国で今イチイになってる所以なのかなあなんて思ってしまう。

ただこれだけだと、「おいおい、じゃあ最初の "H" の文字は一体何なんだ?」 と言いたくなってしまうのが人情というものだろうから、念のためもう一つの動画を当たってみた。中国系米国人とおぼしき男性がいろいろな中国ブランドの読み方を説明しているものだから、まんざらガセじゃないだろう。

上の動画開始後 23秒あたりから "Huawei" の読み方の説明になる。この男性によれば、「大抵の人は 『ワーウェイ』 と言ってるけど、"hot Chinese people" (「ギンギンの中国人」 って感じ?) は 「ホワーウェイ」 (これ、無理矢理カタカナにしてるんだけど、ほぼほぼそんな風に聞こえる) って言ってるよ」 とのことなのだ。うぅむ、このあたりが "Huawey" と、頭に ”H” の文字を入れる所以なのだね。

というわけで、結論。”Huawei" は米国的、あるいは西欧社会的には 「ワーウェイ」 だが、中国語にうんとこだわれば 「ホワーウェイ」 のようなのだ。

「ファーウェイ」 の表記を採用した Huawei Japan としては洒落た英語っぽいイメージにしたかったのかもしれないが、私としては違和感ありありで、"far way" がもう一步進んだら "no way" (「とんでもない」 って感じで使われる) になるだろうと思っちゃうんだよね。悪いけど。

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2019/03/11

今どきの 「大丈夫」 の複雑怪奇な意味

最近コンビニで買い物をすると、レジで 「〇〇は大丈夫ですか?」 なんて聞かれることが多い。はっきり言って意味がわからなくて、仕方がないので 「はい」 と応えてそれで大抵の場合済んでいるのだが、自分でも何がどう大丈夫で、もし 「いいえ」 と答えたらどうなってしまうのかもわからず、どえらくモヤモヤしてしまう。

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例えば飲み物なんかを買って 「ストローは大丈夫ですか?」 と聞かれ、何となく 「なくても大丈夫」 みたいなイメージで、つい 「はい」 と答えると、意に反してレジ袋にストローを放り込まれてしまう。で、そんなもの要らないので、あわてて 「あ、それ要らない、要らない」 なんて言って取り出してもらう。「変な客」 と思われてるんだろうなあ。

この場合、「いいえ」 と答えるべきだったのかと、いつも後になって気付いてしまう。しかしそれだと 「ストローはなくても大丈夫じゃない」 なんて、わけのわからないことになるんじゃないかとか、自分の言葉に責任を持てなくなってしまい、ますますわからなくなってしまう。

あまり気になるのでググってみたら、同じように気になってる人がいるようで、"with news" というサイトに "「大丈夫です」 って、なにが大丈夫なの 気配り表現? 言葉の乱れ?" という記事がみつかった。この中で 「大丈夫ですか」 のいろいろな用例が紹介してあり、ここでは 2つだけ取り上げてみる。

【スーパーのレジで 「袋は一つで大丈夫ですか」】
 ↑
 従来なら 「よろしいですか」

これなら、まだわかる。「はい」 と答えれば、無駄に 2袋使われてしまわずに済む。(関連で当ブログの 「レジ袋の有料化は、個人的には歓迎」 という 2月 28日付の記事もご覧戴きたい)

問題は次の用例だ。

【パン屋でサンドイッチ購入時に 「お手拭きは大丈夫ですか」】
 ↑
 従来なら 「ご入り用ですか」

これ、まさに上述の 「ストローは大丈夫ですか?」 と同じ用法のようで、そうか、レジのおねえちゃんの言うのって、「要るか、要らないか」 の意味の場合が多くて、要る場合は 「大丈夫」 ってことだったのか。しかし、要らない場合はどう答えればいいのだろうか。「大丈夫じゃありません」 とでも言えばいいのか、あるいは単に 「いいえ」 と言えばいいのか。ああ、わからない。

同じようにググって、もう一つ面白いページを見つけた。HATENA BLOG の "スタバで 「ストローお通ししてもいいですか?」 を止めてほしい……" という記事である。

この筆者はスタバでコーヒーを飲む場合、蓋にストローを通してほしくないということなのだが、「いいですか?」 と聞かれると、つい断れないようなのである。こんな具合だ。

じゃあ、断ればいいじゃないか。
なんて言う方がいるので断っておきますが、もちろん断ることもできます。出来ますが…優しい店員さんに笑顔で、しかも親切心で言ってくれている言葉に 「大丈夫です」 っていうのは何か…罪悪感を感じます。

私はスタバでストローなんか使わないのでよくよくわからない心理である。しかも彼は 「大丈夫です」 (通さなくていいです) と言うのは罪悪感につながると書いているのだから、この場合は 「ストローは大丈夫ですか?」 (入り用ですか) という問いへの返事の 「大丈夫」 とは逆の意味なわけだ。

ということは、もしかしたらこの場合は、仮に 「大丈夫です」 と答えたとしても、逆の意味に受け取られてあっけらかんとストローを蓋に通されてしまう可能性だって高いんじゃないかとも思われる。どんな結果になるか、一度試してもらいたいほどのものだ。

この問題についてマジに調査した実践女子大学の山下早代子教授は、"「よろしいですか?」 という依頼、あるいは 「必要ないです」 という断りは直接的な表現で相手に負担をかけます。これに対して、「大丈夫」はより婉曲的で、相手を気遣った表現になっている” と説明しているという。これを受けて件の記事は、以下のように結論づけている。

相手も自分も様々な表現に煩わされることなく、かつ相手を傷つけない。いまどきの 「大丈夫」 は、とても便利な表現であるようです。

いやはや、今どきの 「便利な表現」 って意味が正反対になったりして、解釈が滅茶苦茶むずかしいのだね。ああ、ややこしい! 婉曲表現にわかりにくさは付き物とはいえ、いくら何でもややこしすぎる。

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2019/03/06

米朝、辺野古問題のお粗末

もうだいぶ前から続いているんだけど、「米朝会談」 とか 「米朝協議」 とかいう文字を見ると、トランプと金正恩の顔なんかより、今は亡き桂米朝師匠の顔が思い浮かんでしまう。これはきっと私だけではなく、落語ファンのほとんどはそうなんじゃないかと思ってしまう。

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本当にこればかりはどうしようもない。「ついに次の桂米朝を決めるのかと思ったら......」 なんていう反応がネット上で乱れ飛んでいることを見ても、やはりあんな 2人が会って話をするより、米朝師匠の噺の方がずっといい。

それからもう一つ、こっちは音声情報の話なのだが、ラジオなどで 「辺野古の埋め立て」 なんかの話を聞くと、当然ちゃんと真面目に考えはするのだが、一方でちょっとむずがゆくなってしまっていた。というのは、江戸時代の艶笑小咄にこんなのがある。

商家の年頃の娘が庭で行水をしていると、塀の節穴からそれを覗いていた男が自分のナニをその節穴にツッコんだ。それを見た娘が、「あれ、あんな所にきのこが…」  すると行水の世話をしていた下女が 「お嬢様、あれはきのこではなく、塀に生えているので 『へのこ』 でございます」  (参照

全国版のニュースで女性アナウンサーが平気で 「へのこ問題」 なんて言うのを聞くと、ちょっと前まではなんだかこちらが困っちゃってたよ。さすがにもう慣れたけど。まあ、既に 「古語」 の範疇に入っていて、現代語としては使われない言葉でよかった。ただ私は、昔から古語に親しみすぎてるんだよね。

というわけで、米朝、辺野古問題のお粗末。炎上なんてしないように祈る。

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2019/02/11

「慣用読み」 という便利すぎる言い訳

一昨日に 「安倍さんの 「勘違い言葉」 に学ぶ」 という記事の中で、「実は読み間違えている漢字ランキング 1位から 10位」 というページを紹介した。このページによると、漢字の読み違えベスト 10 は、「乳離れ」 「貼付」 「続柄」 「礼賛」 「依存心」 「漸く」 「早急」 「間髪」 「代替」 「一段落」 なのだそうだ。

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順に正解を記すと、「ちばなれ」 「ちょうふ」 「つづきがら」 「らいさん」 「いそんしん」 「ようや (く)」 「さっきゅう」 「かんはつ」 「だいたい」 「いちだんらく」 である。私は 2番目の 「貼付」 を 「てんぷ」 と読み違えていたほかは、無難に正しく読めた。「貼付」 はコメント欄を見ても読み違えている人が多いのだろうと思われる。

ただ、最近は 「貼付」 を 「てんぷ」 と読んでも一概に間違いとはされず、ATOK でも 「てんぷ」 と入力して何度かスペースボタンを押せば 「貼付」 と変換される。「ちちばなれ」 で 「乳離れ」、「ぞくがら」 で 「続柄」、「いぞんしん」 で 「依存心」、「そうきゅう」 で 「早急」、「かんぱつ」 で 「間髪」、「ひとだんらく」 で 「一段落」 と変換されてしまうのも同様だ。

「言葉は生き物」 だから、元々は誤読でもそれが一般的になってしまうと、「慣用読み」 という便利な言い訳の元に認めざるを得ないことになってしまうようなのである。

ただ、「漸く」 を 「しばらく」 と読むのは意味の違いからしても認めるわけにいかない。そもそも 「しばらく」 には 「暫く」 という立派な漢字があり、歌舞伎ファンにはおなじみだ (参照)。また 「礼賛」 を 「れいさん」 と読むのも、まだ 「慣用読み」 としてさえ認られていないようだ。

さらにいくら 「慣用読み」 と言っても、 「依存心」 を 「いぞんしん」、「早急」 を 「そうきゅう」、「代替」 を 「だいがえ」 とは、個人的には決して読みたくないし、「一段落」 で 「ひとだんらく」 というのは、他人がそう読むのを聞いてさえ何だかムズムズしてしまう。

このほか、この記事のコメント欄では 「有無」 を 「ゆうむ」、「重複」 を 「じゅうふく」、「憧憬」 を 「どうけい」 と読み違えるなどの例も指摘された。この 3つとも 「慣用読み」 の入力でちゃんと変換されてしまうから癪である。

「じゅうふく」 と読むのは、今や完全に多数派になってしまった気がするが、それでもやはり 「ちょうふく」 と読む方が、「私はまんざらバカというわけじゃありません」 と言外に主張できるし、「憧憬」 を正しく読めたら文学青年を気取れるかもしれない。一方、「有無」 を 「ゆうむ」 と読むのはかなりお恥ずかしいレベルではあるが、「云々」 で 「でんでん」 よりは遙かにましだろう。

ちなみに、上に示した 「PC 電源代替えボタン」 は Yahoo ショッピングでの表示 (参照) だが、Amazon ではさすがに気恥ずかしく思われたのか、「PCケース 電源ボタン リセットボタン 移動可能 ボタン スイッチ」 なんて妙に長ったらしく言い換えられている (参照)。

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2019/02/09

安倍さんの 「勘違い言葉」 に学ぶ

安倍首相が国会で 「総理大臣でございますから、森羅万象すべて担当しておりますので...」 なんて口走ったというので、ネット界隈では 「誇大妄想」 なんて揶揄されちゃってる。確かに、ちょっとまともなセンスがあったら、そんなことコワくて言えないよね。

「おそらく 『森羅万象』 という言葉の意味をまともに知らないで言ってるんだろう」 というところに落ち着きかけていたところで、立川談四楼が 「安倍さんの 『云々 (でんでん)』 はマクラに過ぎなかったんだ」 なんて tweet したもので、昔のことまで蒸し返して盛り上がってしまっている (参照)。

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そういえば 「でんでん」 とか 「立法府の長」 とかいうのもあったよねと、余計なことまで思い出してしまったよ。

ところで、私はどうしてまた、安倍首相が 「云々」 を 「でんでん」 なんて読んでしまったのか、さっぱりわからなかったのだが、今日、頭の中に電気が灯って、「そうか、「にんべん」 が付いたら 「伝」 だから、そう思っちゃったのか」 と思い当たった。わかってみれば、似たような間違いを自分もやっちゃわないとも限らない。気をつけよう。

ちょっと心配になって 「実は読み間違えている漢字ランキング 1位から 10位」 というページを見ると、「乳離れ」 「続柄」 「礼賛」 「依存心」 「漸く」 「早急」 「間髪」 「代替」 「一段落」 の読みは無難に OK だったが、「貼付」 をつい 「てんぷ」 と口走ってしまった。「添付」 じゃあるまいし、正解は 「ちょうふ」 だそうだ。「貼」 の付く熟語なんて他に知らないし、おお、やばいやばい。

そういえば、ちょっと前にチラッとみたテレビ番組に、英単語のスペルを出演者が 1文字ずつ順番に言うクイズがあり、「特別な」 という意味の単語 (special) の最初の文字は "S" だが、2文字目以降は何かという問題だった。そこでオードリー春日というお笑い芸人が、モロに自信たっぷり ”U!" と言い放ち、大コケになっていた。

4〜5文字目以降で間違えるのはありがちかもしれないが、どうも意識的にボケをかました様子にも見えないので、「一体どんな単語と間違えたんだろう。”super” か何かと思ったかなあ?」 と、ずっと不思議だった。

ところがそれも、今回の 「云々 - 伝々」 がわかったついでというか、その勢いで思いがけなくもわかってしまった。「そうか、『ペシャル』 だから、ローマ字式に "su〜" と思っちゃったんだろうなあ!」 と、合点できたのである。なるほど、わかってみれば、ある意味可愛げのある間違いである。

まさに言葉の勘違いというのは誰しもあるもので、妙なところで意図せぬ笑いを取ってしまわないように、「人の振り見て我が振り直せ」 ということなのかもしれない。あれ、こういうのって、「他山の石」 でいいんだったよね。

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2019/02/08

庵点 (〽︎) をめぐる冒険

一昨日の ”「庵点 (〽︎)」 というもの” という記事の続編である。一昨日の記事を書いたとき、「〽︎」 という記号を入力しようとしたのだが、どうすればいいのかわからず、かなり悪戦苦闘した。

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で、ようやくこれが 「庵点」 という名の記号であることまで調べがつき、ならばというわけで、自分の Mac 上でデフォルト IME として使っている ATOK で 「いおりてん」 と入力し、変換させてみたが、「いおりてん」 と 「庵点」 という候補以外はまったく表示されない。

ググってみたところでは Windows 8 以降の IME では変換できるらしいのだが、ATOK の開発者は 「〽︎」 を 「庵点」 ということを知らないに違いない。まあ、知っていたとしても使う方が知らないのだからあまり意味がないが。

仕方がないので、「庵点」 で検索されたページから 「〽︎」 の記号だけをコピペして使い、その記号を 「いおりてん」 で単語登録した。これで、一件何の問題もなく入力できたと思っていたのである。

ところがアップロードしたばかりの自分の記事を手持ちの iPhone で確認したところ、どういうわけか 「〽︎」 の記号だけが 「〽︎」 という具合に黄色で表示されてしまっているではないか。そればかりではない。私は自分のブログを更新すると TwitterFacebook で告知しているのだが、そのどちらも、PC で見ても庵点が、上の画像のように黄色に表示されてしまっている。

「一体どうなってるんだ?」 と考え込んでしまったが、いろいろ調べているうちになんとか解決した。どうやら ATOK は庵点として 2つの記号を用意しているようなのである。「うた」 と入力して変換候補をざっと表示させると、下の画像のように、黒と黄色の、2種類の庵点があることでそれがわかった。

そもそも ATOK は 「いおりてん」 ではなく 「うた」 で変換させて 「〽︎」 を出すことになっているようなのである。まあ、その方が取っ付きやすいっちゃ、取っ付きやすいけどね。

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さらにもう一つの問題がある。上の画像の 3番目の候補の 「黒い 〽︎」 は当然として、4番目の 「黄色の 〽︎」 を選択しても、どういうわけか Mac の画面上では同じように 「黒い 〽︎」 として表示されてしまうのだ。これでは区別が付かない。ところが、iPhone の画面で見ると、ちゃんと 「黄色の 〽︎」 として表示されてしまっているのだよね。どういう理窟でそうなるのか、文系の私にはよくわからないが、背後にあるコードが違うのだろう。

というわけで私は最初、たまたま 4番目の 「黄色の 〽︎」 の方をコピーして自分のブログ上にペーストしてしまったようなのだ。どちらも私の Mac 上では黒く見えてしまうのだから、「実は黄色」 だったなんて気付くよしもない。

で、後になって iPhone の画面と Twitter、Facebook で 「ありゃ、黄色じゃん!」 と気付き、散々苦労して原因を突き止め、ATOK の 「うた」 で変換させて 「黒い 〽︎」 にようやく辿り着いたというわけだ。結構長い旅路だった。

道理で 「庵点/黄色に表示される」 でググっても、解決の参考になるようなページは見つからなかったわけだ。世の中の圧倒的多数は Mac 向けの ATOK なんて使ってないし、「庵点」 なんて記号を表示するニーズだってほとんどないから、誰もそんなこと気にしなかったのだね。

そもそも庵点をちょくちょく使うニーズがあるのは、99%以上が 「手書きの世界」 の人だろう。こんなようなね。(観世流の謡本 = 手書きを元に作った版木で印刷した "超アナログ・プリント"だろうけど)

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というわけで、日本人はこれまでデジタルの世界で出現する 「黄色の 〽︎」  なんてもので悩む必要も機会もなかったのだ。その意味では、この件に関しては私が最初の日本人かもしれないとまで思ってしまう。

結論。Mac ユーザーで IME に ATOK を使い、「〽︎」 という記号が必要という極々レアな方は、どうぞこのページからコピペして使うか、「うた」 で変換させて間違いなく 「黒い 〽︎」 の方を選択していただきたいということだ。

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2019/02/06

「庵点 (〽︎)」 というもの

「庵点」 というものをご存じだろうか? 21世紀の日本語としてはほとんど馴染みのない言葉だが、下の写真の赤いマル印にしたのがそれだと言えば、「見たことはある」 という人が多いだろう。ただ、この記号の名称が 「庵点」 であるとは、私も先日の節分になるまで知らなかった。

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どうしてこの節分に知ったのかというと、当日付のブログ記事 "「末は未来で」 という思想" の中で使おうとしたのだが、どうやって表示させればいいかがわからず、必死に調べまくったからである。結局、こんな感じで表示に成功した。

そして「〽︎貴賤群衆 (きせんくんじゅ) の回向の種、未来成仏疑いなき、恋の手本となりにけり」 という浄瑠璃でクライマックスとなる。

「庵点」 というものについて、Wikipedia では次のように解説されている。

庵点 (いおりてん) 「〽︎」 は、日本語で、歌のはじめなどに置かれる約物のひとつ。歌記号ともいう。古来能の謡本や連歌などにおいて目印として使われていた。

さらに 「謡曲本 (謡本) においては、能の役柄であるシテ、ワキ、地謡などの役割がかわるところで、語句の頭に使われる」 と解説され、これは能ばかりでなく、上の画像で示したように歌舞伎でも地の台詞ではなく太夫が浄瑠璃で語る部分になると 「〽︎」 で記されている。さらに演歌の歌詞なども庵点で示されることが多いようだ。

そして Wikipedia の末尾近くでは、庵点がデジタル・テキストで表示しにくいために、「ウェブや電子メールなどにおいて、JIS X 0208 に含まれている 『♪』 が歌記号として用いられることが多い」 と解説されている。

確かにその通りで、私も過去に歌詞を紹介する部分ではもっぱら 「♪」 を使ってきた。しかしいくら何でも浄瑠璃の文句を書くのに 「♪」 では蕎麦をフォークで食うぐらいの違和感があるので、苦労して調べて 「〽︎」 の使用に辿り着いたというわけだ。

せっかく 「いおりてん」 の読みで単語登録までしたので、たびたび使いたいのだが、実際には使う機会は少ないだろうなあ。

【付記】

ちなみに一番上の写真は、『菅原伝授手習鑑』 の 『寺子屋』 のくだりで、「無礼者め」 の見得を切る松王丸 (11代目市川團十郎)。歌舞伎役者って、どうして指をあんなに反り返らせることができるのだろう。

浄瑠璃から歌舞伎に採り入れられた 「丸本物」 といわれるジャンルの中で 『菅原伝授手習鑑』 は、『仮名手本忠臣蔵』 『義経千本桜』 とともに、代表的な 「三大時代物」 と言われているので、死ぬ前にどれか 1つぐらいはナマで見ておく方がいい。

一番上の写真で、さらにもう 1つ。3行目の 「ト源蔵、首桶を抱え......」 は、登場人物の動作を現す 「ト書き」。こちらは現代でもよく知られている。

【付記 2】

庵点は特殊な記号だけに、当初は iPhone では黄色の記号として表示されていて、Twitter と Facebook でリンクさせた場合は、PC でも同様に下の画像のように黄色で表示されていた。

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しかし、いろいろ試行錯誤した結果、iPhone 上でもまともに表示されるようにしたので、ご報告まで。

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