カテゴリー「言葉」の392件の記事

2017/06/01

難読中の難読地名 「十六島」

一泊二日で出雲に出張し、今帰って来たところだ。出雲といえば、一昨年 2月に行った 「出雲市十六島町」 という地名の町を思い出す。出雲大社の後背の山をぐるっと時計回りに回り込んで日本海岸に出て、さらにその先に角のように張り出した、ちょっとした半島状の断崖絶壁に囲まれた海が 「十六島湾」 という。その辺りが 「十六島町」 だ。

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上の写真が一昨年冬に撮った十六島湾の写真で、対岸に見えるのが出雲大社の後背の山地である。つまり、絶海の孤島ではないが、陸の孤島と言ってもいいというか、その言い方がものすごく似つかわしいところだ。

で、問題は 「十六島」 の読み方で、これがとてつもない難読地名なのである。「さて、何と読むでしょう」 というクイズを出されても、フツーに推し量ることができるようなものじゃないから、初めから正解を書いておく。「うっぷるい」 と読むのだ。私の知る中でもトップランクの難読地名だ。

この地名を初めて聞いた時、アイヌ語が語源なのかと思ったほどで、実際にアイヌ語語源説というのもある (参照)。しかし北海道からあまりにも遠いので、ちょっと信じがたい。東北や北陸ぐらいまでは、アイヌ語を語源として考えるとしっくり来る地名がいくらでもあるが、出雲はいくら何でも遠すぎる気がする。

同様に朝鮮語の 「巨岩」 を意味する 「ウルプロイ」 が語源だとする説もあるが、これもまたにわかには信じがたい。こうした 「外国語で似た言葉がある」 というもっともらしい語源説は、言い出したらキリがない。

で、いろいろ調べてみると、「打ち振るい」 が語源という説がある。十六島特産の 「十六島海苔」 を食すと、災いを振るい落とすというので、「打ち振るい海苔」 と言われ、それが十六島の地名となったというのである (参照)。

まあ、そこまでもっともらしくこじつけなくても、冬には地を震わすほどの荒波が打ち付けるということから、「打ち振るう」 が 「うっぷるい」 の語源になったとういう説は少しは信憑性があるように思われる、日本の古代では、今の 「はひふへほ」 を 「ぱぴぷぺぽ」 と発音していたわけだし、今でも複合語では 「風邪っぴき」 などと半濁音が復活してしまうことがある。

湾の中なら波も静かになるんじゃないかと考えられるかもしれないが、なにしろ西に向かって開けた湾なので、冬の季節風をまともに受けて、しかも湾の奥の岩場に集約されてしまうので、すごい波になる。岩海苔取りも、ちょっと荒れたら命がけだ。

また、出雲風土記にも出てくる 「於豆振 (おずふれ、おつふり)」 が 「うっぷるい」 の古い形の地名であるとして、「小津」 という地名から変化したものとの説もある (参照)。これもまた捨てがたい。

で、その語源はいいとして、どうしてまた 「十六島」 という漢字が当てられたのかという疑問も残る。何しろ、この辺りにはそんなような島なんてないのである。これは本当にわからない。もしかしたら、岩海苔を採る岩場を 「シマ」 と言って、それが沢山あるから 「十六島」 という漢字が当てられたのかもしれない。

というわけで、難しい話はこのくらいにして、十六島特産の岩海苔 「十六島海苔」 は、本当においしいという話で締めたい。出雲に旅すると、あちこちのちょっとした店で食べることができるし、土産物屋でも買える。今回は買い忘れてしまったので、ちょっと残念な気がしている。

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2017/05/30

「ワンオペ育児」 って、「1工程で完結する育児」 かと思ったよ

今さら旧聞気味の話だが、ユニ・チャームのおむつの CM で論争が持ち上がったんだそうだ。CM が 「ワンオペ育児を美化している」 と批判される一方、「勇気づけられた」 と擁護する声もあるらしい。(参照

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で、このブログで取り上げるってわけだから、毎度のことながらストレートな視線ではない。といっても、敢えてひねっているわけでもなんでもなく、単純な話で、この話題に関しての私の最初の反応は、「ワンオペ育児って何?」 というものだった。我ながら素直すぎるほどの反応である。

もちろん 「ワンオペ」 というのは、"one operation" の省略形なんだろうとは想像がついた。となれば、またまた素直な解釈で、「1工程の育児って、一体どんな風に合理化した育児なの?」 となり、 すぐに 「そんなの、あり得ないでしょ。さっぱりわけわからん」 というところに落ち着いたわけである。

で、例によって Wikipedia で調べてみると、元々は 「人手が不足する時間帯 (特に深夜) を中心に、外食チェーン店などで従業員を 1人しか置かず、全ての労働をこなす行為をさす」 ということらしい。最初にやったのが、牛丼チェーンの すき家と記されている (参照)。

なんだよ。完全に和製英語じゃん。こういうの、本当にやめてくれないかなあ。誰が言い出したのか知らないが、いくら何でも紛らわしい、というより、言葉としてひどすぎる。

Yahoo 知恵袋に 「すき家のワンオペ禁止 ワンオペってなに?」 という質問があり、それに対する 「ベスト・アンサーに選ばれた回答」 というのが、"「one men operation (ワン マン オペレーション )」 店員が一人で全ての業務をすること" となっているのにも呆れた (参照)。なんでまた "one men operation" なんて、中学生に笑われそうな英語がベストアンサーなんだよ。

"One-man operation" とか "one-person operation" と言うべきだなんて指摘もあるようだが、それって、「個人事業」 とかいう意味になるはずだから、やっぱり NG である。

いわゆる 「ワンオペ」 は、私の感覚では 「あり得ない」 話である。それが平気で 「あり得ちゃってた」 のだから、やはりおかしい。元がおかしいんだから、おかしな言葉にするしかなかったのも道理である。で、おかしすぎるから、すき家でも 「ワンオペ」 は廃止されたのだろう。

しかしいくらおかしくても、「ワンオペ育児」 とやらは続くのだろうか。ちなみに、私は我が家の 3人の娘たちの食事やお風呂、おむつの取り替え、寝る時の昔話なんかも、結構やったよ。とくに昔話は毎晩せがまれて、同じ話を何百回もやった。

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2017/05/23

「医薬部外品だから効くんだ」 という CM にビックリ

最近、ビックリ啞然としてしまった CM がある。クルマを運転していたところ、アリナミン V のラジオ CM で、「これって医薬部外品だから効くんだ」 というナレーションが流れ、耳を疑った。「じゃあ、医薬品だと効かないってわけ?」 と、言いたくなってしまうではないか。ググってみたら、テレビ CM 版もあり、YouTube にアップされている。

改めてよく聞いてみると、CM の登場人物はまず 「これって、エナジードリンクと何が違うの?」 と呟き、その次に 「医薬部外品だから効くんだ」 と言っている。好意的に解釈すれば、「医薬部外品はエナジードリンクよりも格上のカテゴリーと解釈され、ということは、エナジードリンクは信用できないけど、医薬部外品なら効いてもいいよね」 という意味で言っているのだろう。

しかし 「医薬部外品だから効くんだ」 という部分だけを切り取ってしまうと、ビミョーに 「医薬部外品だから」 の部分にアクセントを置いていることもあって、自然な流れとして 「医薬品は効かないけどね」 と、言外に言っているような印象を残す。こう言っちゃナンだが、どうにも言葉足らずの CM である。

言葉足らずということで言えば、大西英男議員の、例の 「がん患者は働かなくていい」 という野次のニュースを思い出してしまう (参照)。大西議員という人はこれまでにもいろいろな問題発言をしていて、まあ、よくよく言葉のセンスがない人である。巫女さんよりもずっと公式にしゃべる機会の多い政治家さんのくせに。

ただ今回の野次に関しては、本人は 「喫煙可能な店で働かなくてもいいのではないかという趣旨だった」 と弁明している。つまり、「がん患者は、なにも煙草の煙がモクモクしている店で働かなくてもいいじゃないか」 という意味だったらしい。(参照

百歩譲ってこの弁解の言い分を認めるとしても、ちゃんと働こうとしているがん患者の就労機会を狭めてもいいのだという意味になってしまい、弁護の余地はない。ただ、前後の話のつながりを無視して、「すべてのがん患者は働かなくてもいい」 と言ったように聞こえかねないニュースの伝え方は、ちょっといかがなものかと思わざるを得ない。

去年の 「巫女さんのくせに」 発言が決して女性蔑視発言というわけではなかったことは、当ブログでも書いている (参照)。オヤジ趣味丸出しの不愉快発言ではあるけどね。

で、「がん患者は働かなくていいよ」 という部分や、「巫女さんのくせに」 という部分だけを抜き出してセンセーショナルに伝えたいという人は、「医薬部外品だから効くんだ」 という CM に関しても、「医薬品への信頼を揺るがす問題 CM」  (医薬品会社の CM なのにね) として大きく取り上げなくちゃおかしいだろうと思うのだよね。まあ、武田薬品は広告料をどっさりくれるから、言いにくいだろうけど。

【同日 追記】

驚いたことに、アリナミンの CM には 「医薬品だから効く」 というバージョンもあると知った。「どっちが本当なの?」 と聞きたくなってしまうが、アリナミン A (医薬品) と V (医薬部外品) の違いのようで、だったら、V の方は 「医薬部外品でも効くんだ」 ぐらいに言わなきゃ、節操が問われるよね。(本当に効くかどうかは別として)

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2017/05/15

うどん屋の「つゆが美味しくなりました」 という広告

下の写真は、今日の新聞の折り込みチラシである。某うどん屋が、今日から期間限定で 「天ざるうどん祭」 というのをやるのだそうだ。

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それはいいのだが、私がどうにも気になってしまったのが、写真の左上の赤地に白抜きで印刷されている 「つゆが美味しくなりました」 というコピーである。私は前にも書いた (参照 1参照 2)ように 「アスペルガー障害一歩手前」 のようなところがあるから、言葉をそのまま額面通りに受け取りがちだ。だから、このコピーもそのまま受け取ってしまう。

つまり、ここでわざわざ唐突に 「つゆが美味しくなりました」 と言うということは、それまでは 「美味しくなかった」 のだろうと受け取るほかないではないか。「これまで、さんざんまずいつゆで食べさせちゃって、ゴメンね」 という広告に思われてしまうのだ。

これは敢えて意識的にへそ曲がりで意地の悪い解釈をしたわけではなく、私としてはごくナチュラルな反応でしかない。そこが 「アスペルガー一歩手前」 たる所以なので、それに関して「ことさらなイチャモン」 とか 「性格悪い」 とか言って批判されても困ってしまうのである。

まあ、いくら私でも、ちょっと考えてみれば 「つゆを改良して、これまでよりもさらに美味しくしました」 ということなんだろうとわかる。しかし逆にいえば、私の場合はこの 「ちょっと考えてみる」 というプロセスを経なければそれがわからず、最初のリアクションとしては、どうしても 「えっ? 今までは不味いつゆだったの?」 になってしまうのだよね。

それだけに、もし私がこの広告を企画する立場だったとしたら、「より」 という 2文字を付け加えないではいられない。「つゆがより美味しくなりました」 としないでは、気持ち悪くてしょうがないのである。たった 2文字で解決しちゃうのに、どうして付け加えないのだ。

フツーの日本語としても、こちらの方がずっと自然でこなれているはずだ。さらに言えば、それは私のような 「アスペルガー一歩手前」 の人間に対する 「言葉のバリアフリー的配慮」 と言ってもいいと思うのである。だってそうでないと、私のようなやつは下手すると、軽くパニクってしまうことすらあるのだよ。

まあ、要するに、「ちょっとした言葉こそ大切にしようね」 というお話である。とくに飲食店などのサービス業では、慇懃無礼なほどの丁寧すぎる接客をするよりも、この辺のことをすっきりさせてくれる方が、私としては気持ちがいい。

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2017/05/01

ウォッシュレットの英語マニュアルのわかりにくさ

前々から出張などでビジネスホテルに泊まる度に、バスルームの壁に貼られたいわゆる 「温水洗浄便座」 の使い方のマニュアルが気になっていた。日・英・中・韓の 4カ国語で書かれていることが多く、私は中国語と韓国語に関してはわからないのだが、英語の説明はやたら遠回しというか、隔靴掻痒というか、まどろっこしいなあと思い続けてきたのである。

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まず、一番上の 「使い方」 である。中国語の 「使用方法」 は日本語のまんまだから、これだけはわかるが、英語の "Operation" というのは、たかが洗浄便座の使い方にしてはヘビーすぎる気がする。だって、「オペレーション」 って、「手術」 とか 「作戦」 とか 「演算処理」 とか 「作業工程」 とかいう意味で使われるじゃん。

この場合は 一番上に "TOTO WASHLET" とブランドネームが書いてあるのだから、"How to use Washlet" でいいんじゃないかなあ。あるいはこうしたものの総称を使って、"How to use the bidet" とか。

その下の左右の英文もかなりモヤモヤしてしまうが、まあ、それについてはあまりくどくど言わないでおこう。なにしろ、その下の英文が傑作すぎるので。

まず左下の 「おしり洗浄、ビデ洗浄します」 の部分の英語の "Cleanses you with normal water pressure. Serves water as a bidet for women." が、「???」 である。主語が省かれているが、直訳すると 「正常な水圧であなたをきれいにします。女性用のビデとして水を供します」 というのである。まあ、要するに雰囲気のものでしかないんだろうね。

それから右下 ① の "つまみを回して 「おしり洗浄」 または 「ビデ洗浄」 を選ぶ" は "Turn the knob to select either "SPRAY" or "BIDET" cleansing" となっている。「おしり洗浄」 を "SPRAY" なんて言ってるのだが、これって婉曲表現すぎて、意味わからんだろうよ。

最近はようやく 「おしり」 と 「ビデ」 の英語を "rear" と "front" に統一する方向にあるようで、それならわかりやすいと思うが、「おしり」 が大文字の "SPRAY" では、ちょっと業界用語すぎちゃうよね。

まあ、こればかりじゃなく、日本人の書いた英語の説明文って、「初めからわかってる日本人にしかわからない」 あるいは、「初めからわかってる日本人でさえわからなくなる」 というのが多い。

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2017/04/27

「ぜひぜひ」 に関する考察

数年前に、「言葉のインフレ」 ということを問題にする記事を複数書いた (参照 1参照 2)。とくに言いたかったのは、「是非是非」 という繰り返しと、すすり泣き程度で 「号泣」 と表現する風潮への違和感である。とくに最近の話し言葉では 「是非」 の一言でさえ大げさに感じるような話でも、「是非是非」 と繰り返すのがほとんどお約束のようになっている。

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「号泣」 という言葉の本来の意味は、「大声を上げて泣き叫ぶこと」、つまり 「大泣きすること」 である。ところが最近は、声を上げたわけでもないのに 「号泣」 と伝えられることが多くあって、まさに 「言葉のインフレ」 そのものだ。

これに関しては、7年前の ”「号泣」 という言葉がインフレを起こしてる” という記事で触れたように、近頃は 「号泣」 を 「声を押し殺し大量の涙を流して泣くこと」 と誤解している人が増えたことによるもののようだ。要するに 「感極まった」 という条件さえあれば、実際にはすすり泣き程度でも 「号泣」 と言われてしまいがちになっている。

で、思ったのは、「是非是非」 の方も、本来の 「是非」 という言葉を知らずに使われてしまっているんじゃなかろうかということだ。なにしろ Yahoo 知恵袋に "「是非お願いします」 ってどういう意味ですか?" なんて信じられない質問が寄せられる世の中だから。

この質問をした人にとっては、多分 「是非」 と 「ぜひぜひ」 (敢えてかな表記にする) は別の言葉なのだ。テレビなどで 「ぜひぜひご応募下さい」 と言われても全然疑問を感じないのだろうし、自分でも 「ぜひぜひ来てね」 なんて言っているかもしれない。ところが 「是非お願いします」 と改めて漢字表記されると、「それ何?」 と思ってしまうのだろう。これはちょっとすごいことだね。

ネットの表記をググってみると、「是非是非」 という漢字表記が 「ぜひぜひ」 のかな表記よりも多くなっているが、これはきっと、打鍵時に漢字変換システムが勝手に変換してしまったことによるのだろうと思われる。書いた人の頭の中では、多くの場合 「是非」 と 「ぜひぜひ」 は別の単語なのだ。きっとそうだ。

ちなみに私自身は、「ぜひぜひ」 というのは気持ち悪くて使えない。

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2017/04/14

日本の音楽市場はガラパゴス状態らしい

NewSpere の記事によると、日本の音楽市場はガラパゴス状態なのだそうだ。世界の音楽ソフト販売の傾向が圧倒的にストリーミング・サービスに移行しているのに、日本では相変わらず CD での売り上げが 51.4% (2016年) を占めているという (参照)。へえ! 知らなかった。ずいぶん面倒な市場であり続けているわけだ。

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私自身はもう、音楽 CD は滅多に買うことがない。Apple Music で、妻と 2人のファミリーメンバーシップ会費 (¥1,480/月) を払えば、Apple がカバーしてくれている曲のすべてをストリーミングで聞くことができる。念のため説明すると、自分のローカル・デバイス (PC や iPhone など) にダウンロードすることなく、いつでもインターネット経由で聞けるのである。

もっともインターネット経由だから、飛行機に乗っている時やトンネルを通過している時などは無理だが、それ以外はほぼいつでも OK だ。 最近は東海道新幹線のトンネルだとインターネット接続可能で、飛行機でも Wifi 付きがあるらしいので、ますます便利になりつつある。そして iPhone 本体にダウンロードしてある曲なら、もちろんどこでも聴ける。念のため。

ちょっと前までは、若い頃に買いまくった LP (あの直径 30cm ぐらいあるアナログ音源ね) を、手間暇かけてデジタル変換しなければなんて思っていたが、今思えば、そんな無駄な努力は先延ばしにしておいてよかった。Bob Dylan の ”Freewheelin'” でも Neil Young の ”After The Glod Rush” でも、Apple Music のストリーミングで聞き放題の世の中になったのだから嬉しい。

古い曲ばかりじゃない。最近は Sia という歌手の ”This Is Acting” というのがご贔屓で、娘に 「へえ、お父さんも案外新しい曲聞くんだ!」 なんて妙に感心されたりしている。ただこれも、CD だったら買っていたかどうかわからない。定額のストリーミング・サービスならではの新し物好きである。

だからたまに CD で買うのは、例えば沖縄に行った時に現地の音楽ショップで、マイナーだけどほれぼれするような島唄のコレクションを買うとか、かなりレアなケースになっている。それにしたって、帰ったらすぐに PC に取り込んでしまい、CD で聞くことなんてないのだが。

日本でまだ CD の売上比率が大きいのは、NewSphere によれば 「邦楽優勢でしかもアイドル歌手やグループの売上が大きく、関連するレーベルや音楽事務所は CD 以外の配信を好まない傾向がある」 ためであるらしい。へえ、日本の音楽市場って、消費者志向してないんだ。

そんなわけで、若い子たちは TSUTAYA なんかのレンタル CD からスマホに取り込んだりしてるわけね。今どきは 「宅配レンタル CD」 なんてサービスもあるらしいが、ストリーミングにしてしまえばわけないのに。

もっともストリーミングにしたところで、あの特殊なアイドル市場が拡大するわけじゃないだろうから (私はそんなの聞かないし)、日本の音楽業界の売り上げはかえって激減してしまうんだろうね。ということは、当面ガラパゴス状態を維持するしかないのだろう。かといって何も手を打たないと、そのうち市場崩壊の日がくるかもしれない。

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2017/04/04

カタカナ言葉を巡る冒険

3年ちょっと前に 「私の苦手なカタカナ言葉」 という記事を書いた。カタカナ名前の食べ物がさっぱりわからないのである。「フォンデュ」 とか 「テリーヌ」 とか 「カルパッチョ」 とか、何度聞いてもすぐに忘れて、名前だけではどんな食べ物かイメージすら浮かばない。

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上の表は、かなり前のものだが、平成 20年度の 「国語に関する世論調査」 の、カタカナ言葉に関する結果を示したものである。平成 14年に比して、6年後の 20年にはカタカナ言葉の意味がわかる (「なんとなくわかる」 を含む) 人がかなり増えていることがわかる。とくに下の表の左側なんかは、日本語としても十分にお馴染みの言葉となっている。

この表に出ている程度なら、右側の言葉でもありがたいことに全部わかる。食い物の名前と違って苦もなくわかるのは、これらはすべて英語由来の言葉だからと気付いた。これでも昔は英語でメシを食っていた時期があるので、英語由来でさえあれば、カタカナで初見でも元の英語がすぐに想像がつき、苦労がない。

カタカナ語の嫌いな人は、「日本語で言え、日本語で!」 なんて憤るが、申し訳ないけど、英語圏から入ってきた概念は、そのままカタカナにして使ってくれる方がずっとわかりやすい。下手に漢字を組み合わせて翻訳されると、かえって 「なんじゃ、そりゃ?」 になってしまう。「ロックンロール」 は 「ロックンロール」 以外に言いようがないのだ。

だからカタカナ名前の食べ物でも、元が英語なら大丈夫で、わからないのはフランス語とかイタリア語とか、韓国語とかの食べ物だ。とくに焼き肉系の名前は、肉を食わないことにしているせいもあって、カルビとか、ミノとか、ハツとか、さっぱりわからない。魔法の呪文だ。

そこで気付いたのは、もし私が英語が苦手だったら、世の中にあふれるカタカナ言葉の多くがわからないだろうということだ。知り合いにも、「やたらカタカナ言葉を使う最近の傾向は許せない」 と憤っている人が少なくないが、彼らの大抵は英語が苦手なのである。

なるほど、彼らにとってはカタカナ言葉の多くが、魔法の呪文になってしまうわけだ。私にとってのイタリア料理や焼き肉のメニューみたいなもので、何度聞いてもすぐに忘れてしまう。食べ物の名前ぐらいわからなくても別に苦労はないが、日常用語が魔法の呪文では、確かにストレスが多いだろうと察せられる。

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2017/03/23

世の中にはいろいろなローラがいるみたいなのだ

今日は案外どうでもいい話題である。CM なんかでよく見る顔に、ローラという子がいる。個人的にはあんまり近くにいられたくないタイプだが、いろいろとよく登場するのだから人気があるんだろう。このほど長崎から諫早に向かう快速電車で、JR 九州の鹿児島旅行プロモーションの吊り広告でも目撃した。

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で、「ん?」 と思ったのである。この吊り広告には ”KAGOSHIMA by Rola" とある。「ローラによる鹿児島」 というのも、「なんじゃ、そりゃ?」 という感じだが、それよりも 「ありゃ、ローラって、"Laura" じゃなかったのか?」 と、ちょっと意外な気がしてしまったのだ。

私の知ってるローラは、ローラ・ニーロ (Laura Nyro) でも、ローラ・ブラニガン (Laura Branigan) でも、ローラ・フレイザー(Laura Fraser) でも、みんな Laura である。Laura 以外のローラがいたとは、新しい発見である。

そういえば昔イタリアに、ラウラ・アントネッリ (Laura Antonelli) という女優もいたなあ。彼女も英語読みだったら 「ローラ」 にほかならない。しかし今回鹿児島旅行のプロモーションをしているタレントの名前は、ローラはローラでも、いわゆるフツーの Laura じゃないようなのである。

あまりのことに驚いてインターネットに当たってみると、本当に世の中にはいろいろなローラがいるみたいなのだ。「ローラ」 というカタカナでググると、「ローラ (Laura, Lola, Rola) は、女性の名前」 とある (参照)。「へえ!」 ってなもんである。それぞれみんな異なる発音だ。多くの日本人の耳には、あまり区別が付かないことではあるが。

例えば、中国に ローラ・チャン (Rola Chen) という女優がいるし、イタリアには ローラ・パニーニ (Lola Pagnani) という女優が、ルーマニアにはローラ・ボベスコ  (Lola Bobesco) というバイオリニストがいるという。まあ、見当たらないのは Rora ぐらいのものだ。

世の中にはまだ知らないいろいろのことがあるものなのだね。

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2017/03/20

「スチールカメラ」 という言い方は、何とかならんかなあ

こんなことはとっくの昔に書いたとばかり思っていたのだが、自分のサイト内を検索しても出てこない。どうやらまだ書いていないようなので、今さらながら書く。何かというと 「スチールカメラ」 という表記についてである。

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世の中では、静止画像 (つまり動画じゃない画像) を写すカメラのことを 「スチールカメラ」 と呼び慣わしている。で、その心は 「動かない = 固い = 鉄のかたまり」 みたいな連想で、鉄鋼 (steel) という意味をかぶせて 「スチールカメラ」 と言うのだなんて思っている人までいる。

しかしそれは言うまでもなく誤りで、本当は "still" (動かない、静かな) という英語から来た言葉である。筋から言えば、カメラという道具が発明された時には静止画像しか写せなかったので、わざわざ区別する必要はなかったのだが、世の中が進んで動画を撮影できるカメラ ("movie camera" または "video camera") が一般化してしまったので、それと区別するために "still camera" と言うようになったようだ。

ところがそれがカタカナ語として取り入れられる時に、どういうわけか 「スチールカメラ」 になってしまった。世の中にはその間違いが気になって仕方がない人もいるようで、上に示したように、「スチルカメラ」 と表記するのが正しいと指摘したページまである。(「標記」 じゃなくて 「表記」 だろとか、「鉄」 じゃなくて 「鉄鋼」 だろとか、いろいろツッコミどころは満載だけど)

ともあれ私としては、どうせそこまで言うなら 「スチル」 なんて中途半端な段階にとどめず、 「スティル・カメラ」 が正しいと言って欲しいところなのである。今どき、「スティル」 と発音できない人なんでいないだろうからね。

昔は Steve という名前を 「スチーブ」 なんて表記した時代もあったが、「スティーブ」 になって久しいじゃないか。アップルの創始者の名前の表記は 「スティーブ・ジョブズ」 がごくフツーで、「スチーブ・ジョブズ」 なんて言う人に、私は会ったことがない。どうしてカメラだけが今の世の中で 「スチル」 なんだ。

いや、それどころか一時はやたら混乱していた時期があったようで、「スチルビデオカメラ」 なんてものまで存在していたようなのだ。今どきはコンデジでもスマホでも、動画が撮影できるのは当たり前になってしまったので、そんなのは廃れてしまったようなのだが。

さらについでだから言っちゃうと、オフィスなどの間仕切りをするついたてのことをカタカナ英語では 「パーテーション」 と称するが、あれは本当は 「パーティション (partition)」 が正しい (「パーティーション」 と伸ばさずに、「パーティション」 ね)。どうも日本人はカタカナ語を形成する時に、寸詰まりよりはスラッと伸ばして発音する方が 「それっぽい」 と感じるもののようなのだ。

ちなみに、今どきは滅多にやらないが、ハードディスクなどの記憶領域を分割することは、「パーティション」 と言うことの方が多い。若い人は知らないだろうけど、一時代前までは、「パーティションを切る」 なんて言い方をしたものだ。

これ、「スチールカメラ」 とか 「スチルカメラ」 みたいなことで 「パーチション」 なんかにならなくて本当によかったと思うが、仮に 「パーテーションを切る」 なんて言っちゃうと、ハードディスクの話なのにオフィスのついたてみたいで、ちょっと変な感じがしてしまうのかなあ。元は同じ言葉 (partition) なのに。

【3月 22日 追記】

野球の 「スクイズ」 は、"squeeze" (スクウィーズ = 絞る) が元なのに、伸ばさないで寸詰まりになっている。見るからに忙しく緊迫した場面になるから、呑気に伸ばしていられないのかな。

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