カテゴリー「言葉」の469件の記事

2019/06/23

トイレットペーパーの「使い切り」とは

最近はビジネスホテルでもエコ関連の取り組みが進んできていて、バスルームのトイレットペーパーも、使い切るまで新しいロールに交換されない場合が多い。滞在中に使い切ったら、棚の上にある新品のロールを自分で装着するというシステムが一般的になった。

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昨日までの出張で宿泊した「スーパーホテル」という全国チェーンのビジネスホテルは、かなり前から "LOHAS"(Lifestyles of Health and Sustainability)を売り物にしていて、エコ対策では先進的な企業である。バスルームのトイレットペーパー・ホルダーにも、その旨の断り書きがしてあって、私がチェックインした時には、ロールがかなり小さくなっていたが、これで苦情を言ったら野暮というものである。

ちょっと前まではほとんどのビジネスホテルで、トイレットペーパーは常に新品がホルダーに装着されていた。ということは、前の客がチェックアウトする度にロールを交換していたのだろうから、その無駄はかなりの量になっていたはずだ。

昨日、このホテルでの朝食の際に、隣のテーブルの客が誤ってコップを倒して水をこぼしてしまった。こんな場合、昔だったら従業員がティッシュボックスをわしづかみにして駆けつけて、20〜30枚ぐらいの束をごそっと引っ張りだし、それで水を拭き取っていたものである。

しかし昨日はテーブル拭きのクロスをもった従業員が来て、さりげなく拭き取って始末していた。時代は変わって、これが今のスタンダードである。

ただ惜しむらくは、上の写真のトイレットペーパーホルダーに貼られたシールの表示で、「トイレットペーパーの使い切りにご協力お願いします」という日本語の下に "Please use up the toiletpaper till the last." とあることだ。これ、トンデモ英文である。

「(滞在の)最後までにトイレットペーパーを全部使い切ってください」としか読み取れず、エコとは真逆の意味になってしまう。これ、フツーは二泊や三泊しても無理な話だから、事情を知らない外国人客は、「なんでまた、そんなに大量にトイレットペーパーを使うことを強制されるんだろう?」と思うことになるだろう。

どうしても英語で言わないと気が済まないなら、"Toiletpaper rolls are not replaced everyday due to our LOHAS operation. New one is on the rack behind you." (私どもの LOHAS 的運用に沿い、トイレットペーパーは毎日交換されません。新しいロールは後ろの棚にあります)ぐらいになっちゃうのかなあ。これならいっそ、"New roll is on the rack behind you." だけにする方がすっきりするよね。

まあ、そもそも日本語表示の方にしても文字通りに読んだら「全部使い切れ」ってことになり、言葉不足であることに違いはないのだが。

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2019/06/19

せっかくの秀逸な「人生論」だったのに

本日の TBS ラジオ 「伊集院光とらじおと」がなかなか面白かった。とくに例のピエール瀧の裁判の件に関する伊集院のコメントが秀逸だった。

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ピエール瀧がコカイン使用の罪で起訴され、このほど判決が出たのだが、小野裕信裁判長は判決の後の「説諭」にあたり、「人生」と毛筆で書かれた写真資料を示し、「これからの人生をどうしたいか。人生の言葉の持つ意味は。人生と書いてくれた人の期待にあなたは応えられているか」と問いかけたという。

この説諭は異例の長時間に及んだというのだが、ここで確認しておきたいのは、「説諭」の読みは「せつゆ」であるということ。その意味は大辞林では「悪い点を教え諭(さと)すこと。よく言い聞かせること」とある。まあ、難しいことはいいから、とりあえず「せつゆ」という読みをきちんと頭に入れてもらいたい。「諭」という字は「論」と似ているので、くれぐれも見間違わないように。

で、この件に関して、伊集院光は語り始める。「その昔、尾崎豊が捕まった時、三遊亭圓生師匠が弟子を集めて説教した際に、師匠が『尾崎トヨ』と連発したので、『トヨ婆さん』ばかり気になって、せっかくのいい話が耳に入りにくかった」

とまあ、かいつまんで言えば、こんな前フリだった。

で、話は裁判長の「説諭」に出てきた「人生」(ピエール瀧の所属する「電気グルーブ」の前身のバンド名)に移る。裁判長はこの「人生」というバンド名をモロマジに捉えてお説教してしまったようだが、伊集院によるとこのバンド、お説教のネタになるようなお上品な代物ではなかったらしい。

Google 検索で動画を当たってみると、こんな感じだったようだ。画像をクリックすると YouTube の動画に飛ぶが、とりあえず「閲覧注意」とのお断りだけはしておこう。(ウィルスに感染するとかいう意味じゃないので、その点はご安心を)

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伊集院は、「人生」というバンドの実態を知っていたので、「トヨ婆さん」が気になって仕方がなくて、圓生師匠の説教が耳に入りにくかったのと同様に、「右に寄っちゃったモノ」(上のビデオをご覧いただけばわかる)が気になって、裁判長の説諭(クドいようだけど、読みは「せつゆ」ね)もなかなかマジには受け取りにくかったようなのである。

ただ残念なことに、伊集院は裁判長の「説諭」を「せつろん、せつろん」と連発してしまっていたので、カーラジオを聞く私としてはこれが「トヨ婆さん」や「右に寄っちゃったモノ」以上に気になってしまって、せっかくの秀逸な「人生論」が耳に入りにくかったというわけだ。本日一番の残念なネタである。そもそもこの読み違い、スタジオの誰も気がつかなかったみたいなのだよね。

で、この話にはオチがあって、私がこの話を今日の夕方、妻に語ったとき、「ピエール瀧」をよりによって「ポール牧」と言い違えてしまい、「残念以下」のお粗末になってしまったのだった。既にあの世に行かれたポール牧さん、ゴメン。

ちなみに「人生」の曲の聴けるソノシート(!)は一番上の画像のように、ネット上のオークションで 4,300円の値段が付いているらしい。

それから、こんな tweet もあった。せっかくの指摘だが、「漢字は同じでも違う場合が多い」って意味不明(そもそも漢字、同じじゃないし)。別に法曹界の用語に限らず、一般論としても「説諭」に「せつゆ」以外の読みはない。

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【6月 20日 追記】

まったく余計な話だが、私が「ピエール瀧」を「ポール牧」と言い違えたというのは、まだ「オモムキのある間違い」のようで、世の中には「電気グルーヴ」と「電撃ネットワーク」の区別が付いていない人というのも結構多いらしいと、今日になって知った。

 

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2019/06/18

”Tandle" =「スリムでイケてる」というチョー個人的英単語

長年間違いに気付かず「これで OK」と思ってきた「ちょっとしたこと」というのが、誰にでもあると思う。「ちょっとしたこと」だけに、間違っていると意識されるようなことさならな機会もなく、ただずっとそんなものと思い込んできただけに、ひょんなことからそれが間違いと知った時のショックは、個人的には結構大きい。

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今日という今日、私が気付いた「ちょっとしたこと」の間違いというのは他でもない、ボサノバの名曲『イパネマの娘(The Girl form Ipanema)』の歌詞である。それもしょっぱなの冒頭部分だ。

Tall and tan and young and lovely
The girl from Ipanema goes walkin'

この 1行目(「背が高くて小麦色に日焼けして、若くて可愛くて」)の部分、遠い昔の 10代の頃の私の耳には "Tall and tandle, young and lovely" というように聞こえていて、それからほとんど半世紀というもの、ずっとそういう歌詞だと思い込んでいたのである。

”Tandle” なんて単語はほかで聞いたことがないが、私としては「スリムでイケてる」みたいな意味のスラングなのだろうと思い込んでしまっていて、ずっと辞書を引いてみようとも思わなかった。だって、こんなにも "and" でずらずらと続ける歌詞があろうとは思わなったのだもの。

ところが改めて "tandle" でググってみても、そんな単語は英国マンチェスターの "Tandle Hill Country Park" という景勝地以外には全然ヒットしないじゃないか。画像検索してみると、ボサノバとはマッチしないイングランド北部の清涼感のみが売り物っぽい土地である (参照)。

慌てて歌詞をググってみて初めて、私の耳に "tandle" と聞こえてしまっていたのは "tan and" の部分だったと気付いた。そしてさらに、間違いと知った後も私の耳にはややもすると、"Tall and tandle, young and lovely" と聞こえてしまうのだよね。長年の思い込みとは恐ろしいものである。

これ、上の画像をクリックして改めて聞いてもらえばわかると思うが、ビミョーに "tandle" と空耳できないこともない。まったくの見当外れというわけでもないと思っていただければ幸いである。アスラッド・ジルベルトの「つぶやくような」歌声だから、そう聞こえちゃったのかなあ。

というわけで、ふと気付けば私の脳内には ”tandle" =「スリムでイケてる」というチョー個人的英単語がしっかりと刻み込まれてしまっているのである。要するに意図しないまま、たまたまできてしまった造語でしかないのだが、結果としてはなかなかどうしてイケてる語感という気はしてしまう。

せっかくだから何とかして世界に広めたいと思うのだが、まあ、無理だろうね。

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2019/06/11

"NO WAR/NO ABE" を反語的に解釈すれば

Twitter を眺めていたら、ドーピングパワーズさんという人の tweet が妙に注目されていた。7,000人の人が集まって "NO WAR/NO ABE" の人文字を作ったというイベントがネタにされている。(下の画像をクリックすれば、元の tweet に飛べる)

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最近こんな人文字イベントがあったのかと思い、調べてみたところ、実は 2015年 9月 13日に広島で行われたことらしい(参照)。4年近く前の話を蒸し返されるのだから、今どき何をするにも油断ができない。

このイベントで作られた "NO WAR/NO ABE" の人文字は、余計なお世話で "," を足してあげて "NO WAR, NO ABE" として読めば「戦争しなけりゃアベじゃない」あるいは「戦争しないアベなんてあり得ない」という意味になる。"No music, no life" (音楽がなけりゃ人生じゃない、音楽のない人生なんてあり得ない)というような言い回しと同様だ。

で、tweet 元のドーピングパワーズさんは、次のように書いている。

バイリンガルいわく
「これだけ戦争推進しといて9条反対(笑)?」
このアホらはノーとつければ反対らしいです。

まあ、知り合いか何かのバイリンガルがこんな風に言ってるというのだが、この程度の英語は安易に人に頼らず、ちゃんと自分で解釈してもらいたかったところだ。というのは、"NO WAR/NO ABE" というテキストはいろいろに読み取れちゃうからである。バイリンガルだからといって、頼りにし過ぎちゃいけないのだ。

「戦争しないアベなんてあり得ない」と読み取ったとしても、その裏には「アベを指示し続けていると、そのうち戦争になっちゃうぞ」、すなわち「戦争がイヤなら、(かくまで戦争好きの)アベを指示しちゃいけない」という反語的な意味が込められているとみるのも十分に「あり」だ。

イベント主催者側としてはひたすら単純に「戦争にノー!/アベにノー!」を突きつけたかっただけなのだろうが、そのままちゃんとした英語として読んでも、素朴すぎる解釈から脱却すれば帰するところは同じになる。これは多分、たまたまだろうけど。

というわけで、表面的な解釈のみで鬼の首でも取ったようにはしゃいではいけないという教訓である。ただ、反語のスローガンなんてややこしすぎるから、あまりオススメできないのは当然だが。

 

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2019/06/10

北京がベイジンであることと、東京がトンジンであること

6月 6日の「日本人の名前のローマ字表記は、姓が先か、名が先か」という記事には思いのほかたくさんのコメントが付いたが、その中でひろゆき王子さんの、日本の固有名詞についてのコメントが気になった。

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こんなコメントである。

北京、東京、上海、大阪、が
にぽん人は
ベイジン、とうきょう、シャンハイ、おおさか
なのに、中国人は
ベイジン、トンジン、シャンハイ、ダーパン
なののほうが気になります。
とうきょう、おおさかと呼んでほしい。地名なんだから

まあ、日本人は北京のことを大抵は「ペキン」と読むだろうが、中国人は「ベイジン」と言うようだ。英語圏でも最近は "Beijing" と表記するようになっている。

ただ、1963年のアメリカ映画『北京の 55日』では、サウンドトラックを聞いても "Fifty-five days at Peking" と歌われている。ということは、この時点のアメリカ人は "Beijing" ではなく "Peking" と言っていたようなのである。これが ”Beijing” に変わったのはいつ頃だったのだろうと気になって調べてみた。

英語版の Wikipedia の Etymology (語源)の項目に、その由来が書いてある(参照)。そもそも「北京」を「ペキン」と読むのは、最初に中国に入ったヨーロッパの宣教師たちが、中国中部の発音に沿った読み方を祖国に伝えたからだとされている。つまり「ペキン」は中国中部での発音が世界に広まったものだという。

それが現代の共産中国になって、北部の発音が正式なものとされるに従って、欧米での表記も "Beijing" に変わってきたものらしい。ただ北京大学などは今でも ”Peking University" ということになっているようで、完全に一律ではない。

一方、日本では中国と同じ(完全に同じではないが)「漢字」を使っているので、「北京」の表記のまま、発音だけ当初の欧米式で「ペキン」と読むことで定着してしまったようだ。表音文字のアルファベットを専らとする欧米では "Beijing" に移行しても、日本では漢字の字面が変わらないのでそのまま慣習的に「ペキン」で来ているということのようなのである。

で、ひろゆき王子さんは「東京」「大阪」が中国では「トンジン」「ダーバン」になるのが不満で、ちゃんと「トウキョウ」「オオサカ」と言ってもらいたいようなのだが、これはなかなか困難だ。というのは、中国語にはカタカナのような純粋な表音文字がないからである。同じ漢字で「東京」「大阪」と書けば、中国式の読み方で読んでしまうのは当然だ。ローマ字で振り仮名をふるという手もあるが、まだ馴染んでいない。

このあたりは欧米でも同様で、中央アジアの「ジョージア」を、アメリカ人は自分の国のジョージア州と区別しにくくても、当然の如く「ジョージア」と呼んできた。綴りが同じなのだから別の読み方をしろという方が無理である。日本では「グルジア」と呼んでいたが、最近では同国自身の要請で「ジョージア」に変更した。ロシアの影響を感じさせる読み方を同国自身が嫌ったためであるらしい。

ちなみにスイスの首都は日本語では「チューリッヒ」と現地のドイツ語流(?)発音を尊重しているが、米国人は「ズーリック」みたいに発音する。”Zurich” と書かれたらついそう読んでしまうので、こればかりはしょうがない。「東京/大阪」が中国で「トンジン/ダーバン」になるようなものだ。

というわけで、固有名詞の国際化というのはなかなか一筋縄ではいかないのである。

 

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2019/06/07

企業名の表記と発音(キヤノン、キユーピーなど)

キヤノン、キユーピー、シヤチハタ... というと、知っている人ならすぐに「そうなんだよねぇ!」と言いたくなるところだと思うが、これらの企業、発音するときは「キャノン、キューピー、シャチハタ」なのに、正式な社名表記は 「ヤ」「ユ」が小さい表記じゃなく大きなカタカナなのだ。

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キヤノンのサイトの「会社概要」というページを見ても、「キヤノン株式会社(Canon Inc.)となっていて(参照)、決して間違いじゃないようなのである。マヨネーズのキユーピー、ハンコのシヤチハタにしても同様である。それだけじゃない。ちょっと調べてみたところ、ジーンズのエドウイン、ドラッグストア・チェーンのウエルシア薬局にしても同様というから、ちょっと啞然である。

社名の表記と実際の発音が違うというのは問題のように思えるが、商標というのは法律的にはどうでもいいらしい。極端に言えば、「武蔵野商事」と書いて「とうきょうしょうかい」と読ませても、問題ないというのである。まあ、実際にはそんな馬鹿なことはしないだろうが。

で、どうして小さな「ャ、ュ、ィ」にしないのかと各企業に聞いてみると、「字が 1つだけ小さいと余計な空白ができてデザイン的に美しくないから」という答えが多いらしい。本当に美しくないかどうかは議論の分かれるところだろうが、当人たちは「美しくないからダメ」ということにしているようなのだ。

なんだか知らないが、字の大きさが揃っていないとデザイン的に気が済まないという感覚があるようなのである。だったらどうして ”CANON” じゃなく ”Canon" にしているのか、説明がつかないと思うのだが、まあ、他人の会社のことだからどうでもいいや。

ちなみに 「富士フイルム」の場合は、発音も「フィルム」ではなく「フイルム」となるようで、ある意味潔いことである。

 

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2019/05/30

「バヤリーズ」に見る日本語の三重母音問題

ふゆひー9 さんの tweet からおもしろい話題に辿り着いた。「バヤリーズ」の発音しにくさについて、大迫力さんという方が触れている。(参照

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こんな tweet だ。

昼飯に入った店の隣の隣の席に若いカップルがいて、「バヤリース」は発音しづらいので「バリヤース」の方が絶対いいという話題で盛り上がっている。「ヤのさ、『バの次じゃない』感すごいよね」という日本語に何かとても新鮮な感覚を受ける。

"「ヤ」の「バの次じゃない」感" というのは、なんとなくわかるような気がするが、「バリヤーズ」では「障壁」になっちゃうから、採用されるはずがないだろう。これに対して、ふゆひー9 さんは 次のようにコメントしている。

しかも元々はバャリースと小さい「ャ」を使っていたはず。まぁ元の綴りを見ればバイアリースくらいの表記がよかったんだろうし、それなら特に発音しにくくもないんだよな…。

確かに、元々は「バャリーズ」だったのは、上の画像からも明らかである。ちょっと調べたところ、”Bireley's” のライセンシーであるアサヒ飲料が、1987年を機に 「バャリース オレンヂ」から「バヤリース オレンジ」にブランド名表記を変更したとわかった。(参照

私としても、ふゆひー9 さん同様に元のスペルを自然に読んで「バイアリーズ」とすればいいとは思うのだが、どうも日本人というのは「三重母音」にそこはかとない抵抗を覚えるようなのだ。三重母音というのは母音が 3つ重なる発音である。確かに日本語では極端なほど少ない。

私が "「大安」、「菜園、才媛」、「梅園、煤煙」などは、最後の「ん」でカタストロフィになるから OK なのかなあ" とコメントすると、ふゆひー9 さんが次のように返してくれた。

日本語の文法(?)に「音節」という考え方があったかどうか自信がないんですが、三重母音というのは、一音節に母音が三つ入っているものだと思うんですよね。「大安」「菜園」などは(漢字の効果もあって?)、「大・安」「菜・園」という二音節になるんじゃないでしょうか。

なるほど、これには一理あって「大安」だの「菜園」だのは、純粋な意味での三重母音じゃないと考えていいだろう。ただ私としては、純粋じゃない上に「ん」で強引にキマリをつけるから、抵抗感がかなり薄れているのだろうと思いたいのだが、「それじゃ、『最悪』とかはどうなんだ」とツッコまれそうなのであまり強くは主張せずに、モニョモニョっと濁しておく。

そうなると次は外来語のこなし方で、私は次のように書いている。

英語由来の「ダイアル」は「ダイヤル」、「バイアス」は「バイヤス」、「リタイア」は「リタイヤ」に逃げてるし。

さらに言えば、クルマの「タイヤ」だって本来は「タイア」の方が近い。日本人はいかにもバタ臭い三重母音をそのまま素直に受け入れることを避けて、さりげなく、あるいは無意識的に途中に "y" 音を入れるなどして解決してきたようなのだ。

「東京タワー」の "tower" にしても、本来は 「タウア」に近いのだが、そんな発音にはものすごい違和感を覚えるらしく、"w" 音を挟んで「タワー」にしてしまっている。「酸っぱい」という意味の "sour" も、「サウア」なんてしゃらくさいとばかりに、思いっきり「サワー」だ。

さて、最後に純粋な日本語はどうなっているのかという問題だ。私の乏しい語彙力では、とっさには「潰える(ついえる)」ぐらいしか思い浮かばないのだが、これは元々は「つひえる」という言葉で古くはこの表記通りに発音していた。いつの頃からか「つひえる」を「ついえる」と発音するようになったので、発祥的には三重母音じゃないし、そもそも今ではほとんど死語に近くなっている。

さらに言えば「相生(あいおい)」なんて恐ろしいことに四重母音なのだが、これだと三重母音ほどの抵抗はないみたいなのだね。このあたり、なかなか面白い。あるいは、ふゆひー9 さんの「音節論」に添えばこれは「あい・おい」であって、二重母音を二度繰り返しただけってことになるのかもしれない。

というわけで、日本人は本当に三重母音をそのままには受け入れられないカラダなのだと思うほかないようなのである。とはいうものの、冒頭で触れた "「ヤ」の「バの次じゃない」感" というのも負けず劣らずの抵抗があるのは間違いない。

そもそも Bireley's は初めに「バャリーズ」なんて妙ちくりんな表記にしてしまった時点で袋小路に迷い込んでしまったのだと思う。「バイアリーズ」がバタ臭すぎて鬱陶しいというなら、「タイヤ」の例に倣ってごくフツーに「バイヤリーズ」にしとけばよかったのにね。

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2019/05/28

"Flatter" 「媚びへつらう」という言葉の意味

毎日新聞が "トランプ米大統領 来日 首相、蜜月アピール 「やり過ぎ」野党批判" という記事を載せている。この記事に使われたツーショット写真は、安倍首相が自らの Twitter にアップロードしたもの(参照)というのだが、どうみてもその辺のオッサン 2人がダハダハしてる写真にしかみえない。

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安倍首相のビジュアル・センスには、ちょっと疑問符を付けざるを得ない。この人、スーツ着てちょっと盛った感じのヘアスタイルでないと、吉本かどこかのお笑いタレントみたいな感じになってしまうのだね。女性のバッチリメイク顔とすっぴん以上の落差を感じてしまう。

ところで ワシントンポスト紙の "From the emperor to sumo wrestling, Abe harnesses Japan's Traditions to impress Trump" (天皇謁見から相撲観戦まで、安倍首相はトランプに好印象を与えようと日本の伝統を利用)という記事が、日本でも注目されている。

この記事は "Perhaps no world leader has been as assiduous in flattering President Trump’s ego as Shinzo Abe." という一文で始まる。素直に訳したら「わがままなトランプ大統領にせっせと媚びへつらうのに、安倍晋三ほど綿密に行き届いた世界首脳はおそらく誰もいない」って感じの皮肉な表現だ。

で、これをちょっと短めに "「シンゾウ・アベほどトランプに媚びへつらう国のリーダーは世界のどこにも多分いない」と" と紹介した住友陽文さんという歴史学者の tweet に、「良い事じゃないですか! 反日左翼思想の人達は、悔しいんだろねぇ~~~!」と、かなりエキセントリックな反応を見せた人がいる (参照)。

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このやり取りは、ふゆひー9 さんの "そもそも「媚びへつらう」という言葉の意味を知らないように見える" という tweet から辿って知ったのだが、なるほど、そう考えると納得がいく。ところがこの「良い事じゃないですか!」という tweet には、本日 21時時点で「5件のいいね」が付いているというから、日本はありがたい国である。

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2019/05/20

新幹線の英語アナウンスが肉声になったようだ

今年 2月 1日に "新幹線の 「ムダに流ちょうすぎるカタカナ英語」 アナウンス" という記事を書いた。その流ちょうさとカタカナ発音のギャップに、ある意味感動してしまったためである。ところがこの時点では実は、予め録音された音声だったようなのだ。なるほど、「流ちょうすぎ」たわけだ。

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しかし最近の新幹線は、乗り合わせた車掌が肉声でアナウンスすることになったようだ(参照)。道理で乗る度に英語アナウンスのテイスト(?)がちょっとだけ多様になったわけだ。

そして本日乗った新幹線のアナウンスがあまりにも個性的だったので、つい感動して Twitter にアップしてしまったのである。こんな感じだ。

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まさに「ウィアー ストッピング アット キョート ステーション、ザ ドズオザ ライツァイ ウィル オプン」という感じだったのである。完全にカタカナ発音とはいえ。前半は "We are stopping at Kyoto station" とわかるのだが、後半がちょっとスゴかった。本当に一瞬「ドズオザ」って何だ? と思ってしまった。

既に tweet したように、これ "The doors on the right side will open." と言っているわけなのだが、何度もアナウンスしているうちに慣れ過ぎて「無駄に早口」になった結果が「ドズオザ」ということのようだ。最初の 「ザ」以後が妙に「七五調」なのも、これで身についてしまいやすい要因だろう。

ニュースのアナウンス練習の指導員は「アクセントを間違えても気にしないでください。大部分のお客様は理解しようとしてくれます」と言っているが、この「ドズオザ」に限っては結構難易度が高いと思う。まあ、何度も乗っていれば「いつもの決まり文句だな」とわかってくれるだろうが。

いずれにしても JR 東海は肉声での英語アナウンスにこだわっているようで、健気といえば健気なことである。実際の話、当初のものすごく聞きにくい「無駄に流ちょうすぎるカタカナ英語」(下のアイコンをクリックすると聞けるが、要するに異様な感じ)よりはずっとマシだと思う。

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ただ、ニュースの見出しにある「流ちょうでなくても好評」というのが本当かどうかについては、コメントを避けたい。

 

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2019/04/16

雪平鍋? 行平鍋?

唐突だが、鍋の話題である。鍋と言っても「鍋物」ではなく、さらにそれに使う土鍋のことでもなく、いわゆる「雪平鍋」、あの周りにボコボコした打ち出しみたいな凹凸のある小さめの片手鍋の話だ。

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実は私はこの鍋のことをずっと「行平鍋」と書くのだと思っていた。百人一首で「立ち別れいなばの山のみねにおふるまつとし聞かば今帰り来む」の歌で知られる、あの在原行平である。ところが ATOK で変換させると「雪平鍋」となり、「行平鍋」というのもないではないが、順位がずっと低い。いやはや、私は今日の今日まで「雪平鍋」なんて表記はちっとも知らなかった。

で、どっちが正統的表記なんだろうと調べてみると、どうやらどちらも正しいらしい。2通りの表記があるということのようなのだ。

しつこく調べてみると、「由来・語源辞典」というサイトでは「雪平鍋の由来・語源」として「平安時代の歌人、在原業平の兄である行平が、須磨で海女に海水を汲ませて塩を焼いたという故事にちなんでの名で、もとは塩を焼くのに用いた」とあるだけ(参照)で、「雪平鍋」と書かれる理由はちっとも説明されていない。これを書いた人は自分で気持ち悪くならなかったのかなあ。

この点に関して、「釜浅商店」という店のサイトでは、在原行平が須磨に流された時に「その島で塩を鍋で作り、そのできた塩が雪のようであった」とし、「それにより、その在原行平から『行平鍋』、また雪の様な塩が出来た事から『雪平鍋』とも言われるようになった」とある (参照)。うん、これはもっともらしい。

また Daily House Chore というサイトには、「在原行平説」のほかに 「鍋の強度を上げるために周囲に付けられた打ち出しの模様が雪に見えたことから『雪平鍋』という名が付いたという説もあります」と書かれている(参照)。ふうむ、いずれにしても日本人はどうしても「行平」を風流に「雪平」と表記したかったようなのだね。

さらにこのサイトには、雪平鍋はもとは厚手の土鍋だったという記述があり、蓋がないのは、今の雪平鍋は熱伝導のいいアルミ製が多いので火の通りがよく、蓋が要らないからだとある。さらに、アルミは柔らかく凹みやすいので、周囲に打ち出しの凹凸を淹れて強度を上げているとしている。なるほど。

それにしても、ごく普通の日用品の名前というだけでも、いくつになっても知らないことって結構あるものだ。

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