カテゴリー「比較文化・フォークロア」の215件の記事

2017/05/08

数を数えるのに節を付けるのは、群馬県に限らない

今日の昼に TBS ラジオを聞いていたら、「群馬県民の数の数え方が独特」 という話題で盛り上がっていた。節を付けて歌うように 20まで数え、運動会の玉入れで入れた玉を数える時なども、全員がその数え方でやるというのである。その数え方は YouTube で見つけたので、下に埋め込んでおいた。

ただ、ラジオを聞いていた私は、「えっ、数を数えるのに節を付けるのって、それ、ごくフツーじゃん。何も群馬県に限った話じゃあるまいよ」 と、驚いてしまったのである。ところが仙台生まれの妻は、「数を数えるのに節なんか付けたことはない」 と言う。

私の生まれた山形県の庄内地方では、上に示した群馬県のものとはちょっと違う節で数えていた。1 から 10 まではほとんど同じだが、11 から先は、こう言っちゃ申し訳ないが、庄内流の方が洗練されていると思う。

それはこんな感じだ (YouTube にアップしたので、下の画像クリックで聞ける)。せっかくだから敢えて庄内の古老風に、かなり濃いめの庄内訛りパフォーマンスとしてみた。重要なポイントは、最後の 「20」 が  「にじゅう」 ではなく 「にんじゅ」 と発音されることで、そうでないとリズムが崩れて画竜点睛を欠く。なお 「に」 は 「ぬ」 との中間音で、英語の "e" の字をひっくり返した発音記号の音に近い。

この数え方は、玉入れの玉を数える時だけじゃなく、風呂に入っていて 「20 数えたら出てもいい」 なんて言われた時に、子どもらは必死になって数えたものなのである。呑気な節に思われるかもしれないが、案外必死のメロディでもあるので、なかなかオモムキがあるのだ。

私が生まれたのは東北日本海側の田舎だったから、子どもの頃は、「数え歌」 というのはこの 「数を数える時の節」 のことだとばかり思っていた。まさか 「♫ 一つとや〜、一夜明ければ賑やかで〜♫」 とか 「♫ 一つとせ〜、人の上には人ぞなき〜 ♫」みたいな歌のこととは、想像も付かなかったよ。

ラジオを聞いていると、津軽や京都をはじめ、日本全国の聴取者から録音データが送られていて、やはりそれは群馬県に限った話じゃないとわかった。ほぅら、やっぱりね。

で、YouTube で検索したら他にも出てきたので紹介しよう。

まず、関西人の数え方(大阪バージョンらしい)

次に、同じ関西でも京都人の数え方。

さすがに京都は、おっとり優雅である

ちなみに、昔は 「いち、にぃ、さん、しぃ……」 じゃなく、「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー、いつ、むぅ、なな、やぁ、この、と」 と数えていたんだと思う。奈良時代の日本語の発音を昭和の御代にまで残していた私の祖母 (参照) は、そのように数えていた。その昔は 11 のことは 「とあまりひとつ」、12 のことは 「とあまりふたつ」 とか言っていたらしいので、それを歌うように数えたらずいぶん長くかかってしまう。

というわけで、11 から先の数え方がそれぞれの地方で確立したのは、ずっと時代を下ってからだろう。だから 1 から 10 までの節はそれほどバリエーションがないが、 11 から先はかなりバラバラになっている。

「私の生まれたところでは、ごくフツーに数える」 なんていうのは、単に 「正しい数え方」 が伝承されなかっただけなんじゃあるまいか。でも最近の庄内の子供たちは、伝統的な数え方ができるのかなあ。ちょっと心配になってきた。

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2017/01/14

和式トイレが消えていく時代

2020年のオリンピックに向けた 「東京都、トイレ洋式化に 37.6億円計上へ 17年度」 というニュースに、「時代だなあ」 と思った。都立小中学校、都営地下鉄のほか、多くの公共施設でトイレを洋式化するのだそうだ。

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私が 20代後半から30代の頃、つまり 1980年代は、今では信じられないかもしれないが、都内の百貨店でもトイレは和式ばっかりだった。当時の私は、なんとファッション関連の仕事なんてしていて (守備範囲は 「ファッションそのもの」 じゃなく、「ファッション業界」 だったのだが)、しかも割と国際的なスタンスだったから、欧米のファッション関係者とも結構付き合いがあった。

あの頃は 「コム・デ・ギャルソン」 を初めとする 「東京ファッション」 が世界の注目を集めていた時期で、欧米のファッション・ジャーナリストやファッション・マーケティング担当者 (ほとんど女性) が来日しまくり、私は彼女らの案内役をすることが度々あった。というのは、ちょこっと英語ができたからね。

で、一緒に東京のファッション・タウンや百貨店を廻っていると、彼女らもびしっとお洒落にキメているとはいえ、どうしたって途中でトイレに行きたくなっちゃう。何度も東京に来ている人は慣れているが、初来日なんていうケースだとこちらも気を使う。

彼女らの泊まっているホテルは当然にも洋式トイレだから問題ないが、和式ばっかりの百貨店などではかなり戸惑うらしいのである。さらにこちらは男なもんだから、その使い方をフランクに尋ねるのも憚られてしまうわけだよね。

でも、まあ、全然放っぽらかしとくわけにもいかないから、私は 「日本のトイレは、キャンプの時と同じだよ」 と、さりげなく言うことにしていた。"Just like camping style" である。経験から言えば、これで大抵の場合は理解、あるいは何となく想像してもらえ、「何それ?」 なんてことは一度もなかった。とくに米国人は、子どもの頃に大抵キャンプに行ってるみたいだし。

「欧米人は和式トイレで途方に暮れる」 なんて言われるが、ちょっと大げさすぎる話だと思う。それはきっと、日本人が説明下手というだけなんじゃあるまいか。それに、人間は必要に迫られれば大抵のことは乗り越えられるのである。

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2016/12/28

クリスマスの飾りは、いつ片付ける?

写真は、今月 24日の 「和歌ログ」 に使った、我が家のクリスマス・リースの画像である。これは 12日の記事で紹介した妻の手製の飾りに天使の飾りを付けたもので、基本的に毎年使い回しにしている。

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この飾りは 25日のクリスマスツリーが終わって、26日には取り払ってしまったが、それはちょっとだけ手直しして、来たるべき正月バージョンにするためで、それさえなかったらずっと飾り放しにしていてもいいぐらいのものだ。

「クリスマスの飾り付けは、いつまで飾っていていいものなのか?」 というのはよく話題にされるが、日本においては基本的にクリスマスが済んだらすぐに正月用の飾りに変えなければならないから、速やかに撤去される。いつまでもダラダラと残っていることは滅多にない。

近所の庭と玄関先で、夜になるとど派手にキラキラ光っていたクリスマス・イルミネーションも、25日にはしっかり撤去されていた。まあ、そうでもしないと電気代が大変なのかも知れないが。

ところが西洋のキリスト教国では、案外いつまでも飾り付けられたままになっている。これは別に片付けるのが面倒だからとかいうわけじゃなく、クリスマス・シーズンというのは 12月 25日をもってすっぱりと終わるというわけじゃないかららしい。

まず、イルミネーションを飾り始めるのが、”Advent" (待降節または降臨節) という日からで、これはクリスマスの 4つ前の日曜日とされている。というわけで、まあ、11月末頃から飾り付けを始めるというのは、ここに根拠があるわけだ。

とりわけ米国では、11月の第四木曜日の Thanksgiving Day (感謝祭) という重要な祝日があるので、この日の前からクリスマス気分に突入するわけにはいかない。このあたりは案外きっちりしているようなのだ。

そして飾り付けを片付けるのは、1月 6日の Epiphany (顕現日) とされている。日本でも関東あたりでは 7日までが松の内とされているので、似たような感覚なのかも知れず、要するに西洋でもクリスマス・イブから新年の 6日までは特別な日で、クリスマスの飾りは 1ヶ月以上片付けられずに残されるというわけである。

ところが香港となると、もっとすごい。昔、よく香港に出張していた頃は、寒い季節 (香港だって、冬は寒いのだ) の街は基本的にギンギラギンという印象だった。まあ、香港はいつ行ってもギンギラギンなのだが、とくに 11月末からはクリスマスの電飾が灯され、年が明けてもずっとそのままで、旧正月 (2月初めということが多い) までずっとギンギラギンである。

つまり 3ヶ月半、ということは 1年の 4分の 1以上はギンギラギンのイルミネーションで賑わう。これは中国に返還されてからも、多分変わってないんじゃないかなあ。

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2016/12/14

曜日の名前について、洋の東西

「曜日」 ということのコンセプトについて、ちょっとだけ書いておきたい。日本語の場合は、「日、月、火、水、木、金、土」 で、これは古くからある 「五行説」 (あらゆるものは、「火、水、木、金、土」 の 5つの要素からなるという説) に由来して、それに 「太陽/月」 をプラスしているのは明らかだ。

Calendar

一週間を 7つの 「曜日」 とする 「七曜」 のシステムは、明治以後に西洋から日本に伝わったものと思われがちだが、実は平安時代にはあったようなのである。Wikipedia の 「曜日」 という項には、次のように記されている。

日本には入唐留学僧らが持ち帰った 「宿曜経」 等の密教教典によって、平安時代初頭に伝えられた。宿曜経が伝えられて間もなく、朝廷が発行する具註暦にも曜日が記載されるようになり、現在の六曜のような、吉凶判断の道具として使われてきた。藤原道長の日記 『御堂関白記』 には毎日の曜日が記載されている。

いやはや、ものごとというのは調べてみるものである。こればかりは、この年になるまで知らなかった。

そして英語の場合の名称でも "Sunday" "Monday" は、それぞれ 「太陽」 「月」 を指すから、共通している。ただこれは、元々世界中でそういうコンセプトで名付けられたのかどうかは、ちょっとわからない。ラテン語系では、日曜日は 「主の日」 という意味の言葉になっている。

英語の曜日の名称は、当然ながら五行説とは一致しない。火曜日から土曜日は、北欧神話に由来しているらしいのである。

Tuesday (火曜日) は、北欧神話の軍神 「チュール (ティル)」 からきている。"S" が付いて 「チュールの日」 という意味になる。以下、順を追って書く。

Wednesday (水曜日) は、北欧神話の主神 「オーディン」 の日。 "Odin" が "Woden" "Wenden" に変化して、Wednesday になった。ちなみに "Odin" は怒りを意味するという。最高神は怖い存在のようなのである。

Thursday (木曜日) は、雷神 「トール」 の日。トールは怪力の戦神・雷神で農耕神でもあったという。

Friday (金曜日) は、愛と美と豊穣の女神 「フレイア」 の日。発音が似ているため、主神オーディンの妃の 「フリッグ」 と混同されているということもあるらしい。

Saturday (土曜日) は、人類に畑作を教え、ブドウの木の剪定方法を教えた農耕神 「サトゥルヌス」 (ローマ神話では "Saturn" の日。日本人はややもすると、「悪魔」 の "Satan" と混同してしまいがちだが、まったく別の言葉である。

ついでに書くと、日本語では曜日の呼称と惑星の名前は共通しているが、英語では惑星の名前は、ギリシャ神話由来である。火星は軍神 "Mars" で、水星は商業の神 "Mercury"、木星は最高神の "Jupiter"、金星は美の女神 "Venus"、土星は土曜日と同様に、農耕神 "Saturn" だ。

火曜日/火星の由来は軍神で、金曜日/金星が美の女神、土曜日/土星が農耕神というのは共通しているが、これは日本語を介してみているので、たまたま共通性が目立つだけなのかもしれない。最高神の名前は、水曜日と木星に分かれている。

これに関しては、よくよく考察すればいろいろなことがわかってくるかもしれない。

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2016/12/10

「でっごぐさん (大黒様) の歳夜」 と 「事始め/事納め」

「大黒様の歳夜」 について 3日連続で考察してみたのは、もう 7年も前のことだった。

でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #1
でっごぐさんのとしや (大黒様の歳夜) #2
「大黒様の歳夜」 をさらに突っついてみる

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私の郷里、山形県庄内地方では 12月 9日の夜に 「でっごぐさんのとしや」 (大黒様の歳夜) という行事を行う。とくに大きなお祭りというわけではなく、各家庭で大黒様にまっか大根 (二股に分かれた大根) やとハタハタの煮たものなどをお供えして祝うのである。上の写真は、YAMAGATA MIRAI LAB. の 「庄内には今も神様がいる? 大黒様のお歳夜」 という記事から拝借している。

私は上述の 3日連続の記事で、大黒様の歳夜は農業に関係があり、最も日没の早いこの時期に 「歳夜」 として祝うのだろうと結論づけた。農業をしていると、日の沈むのが最も早いこの時期が、素朴な 「年の終わり」 と感じられるのだろう。

ちなみに、日没が最も早いのはこの時期で、日の出が早くなるのは年明けの 15日頃の、小正月辺りからだ。冬至が日の出が最も遅くて日没が最も早いというわけじゃない。それは早起きしてみれば、実感としてよくわかる。

そしてさらにその翌年、大黒様の歳夜と恵比須講の関連についても考察した。

「大黒様の歳夜」 と 「恵比須講」 の不思議な関係

この中で私は、地方によって大黒様と恵比寿様がごっちゃになって、農業神として祀られることがあることに注目した。恵比須講は普通、10月 20日に祝われるが、12月 8日 (大黒様の歳夜の前日) になることもよくある。そして 10月 20日が 「商人恵比寿」、12月 8日が 「百姓恵比寿」 と呼ばれる。

12月の最も日没の早い時期に祝われる 「大黒様の歳夜」 も 「百姓恵比寿」 も、やはり農業と大いに関係があるようだ。そしてこれはまた、「事始め」 と 「事納め」 ということにも関係があるとわかった。「日々是活き生き − 暮らし歳時記」 というサイトに、「事始め・事納め」 というページがある。

このページの解説によると、12月 8日と 2月 8日を 「事八日 (ことようか)」 というのだそうで、この日には針供養をしたり、お事汁を食べたりする風習があるという。そして、この 12月 8日と 2月 8日は、「事 (こと)」 が何かによって、「始め」 と 「納め」 が逆転するのだそうだ。

「事」 とは、もともと祭りあるいは祭り事を表す言葉で、コトノカミという神を祭るお祭りです。そのお祭りが 12月 8日と 2月 8日の2回あり、「事八日」 「事の日」などと言われました。

コトノカミが 「年神様」 か 「田の神様」 かで、事始めと事納めの時期が逆転します。

この日付の違いは、この時に始める 「事」 が新年に迎える神様の 「事」 なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の 「事」 かという違いです。

つまり歳神様を迎える、一連のいわゆる 「年末年始」 の行事の 「事始め」 は 12月 8日である。この日から 「年越し」 の神事が始まり、年を越して一段落する 「事納め」 は、2月 8日だ。これが神様の方の 「事」 である。しかしまさに、歳神様の 「事納め」 となるあたりから、農作業を行う人間の方の 「事」 が始まる。

人間は 2月 8日を 「事始め」 として生産活動に入り、田植え、収穫、脱穀などの一段落する 12月 8日の 「事納め」 まで、「日常生活」 という 「事」 を行うのだ。現代の目で見れば、それは 「人間の都合 = 農業生産活動」 そのものなのだが、何しろ古代のことだから、それすらも 「田の神の事」 に還元される。

農業ができない冬は正月を中心にして、非日常的な 「歳神」 の神ごとを集中的に行い、夜明けが早くなった頃から日没の早くなるころまでの、1年の大半を占める間は、人間の日常生活 = 生産活動を重視して 「田の神」 と共に過ごす。そんなわけで、12月 8日が人間の生産活動の終わり、即ち 「田の神の事納め」 となり、その翌日に 「大黒様の歳夜」 という特別の祭りになるのだろう。

なるほど、なるほど。「大黒様の歳夜」 について、ずいぶん長い時間がかかったが、かなりよく理解できた。

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2016/08/09

虹は本当に 7色なのか?

今朝、水戸に向かってクルマを走らせていると、カーラジオで何の番組だか忘れたが、「虹の色数」 が話題になっていた。この番組では、虹の色数は世界ではバラバラで、日本では 7色とされているが、米国や英国では 6色、ドイツやフランスでは 5色、アフリカの多くの国では 4色と考えられていると言っていた。

もちろん、虹の色は太陽光線が分解されて連続したスペクトルになっているのだから、色の境目なんてない。だから色の数なんて数えられない。ということは、世界各国の虹の色数の考え方というのは、多分に 「思い込みの産物」 なのだろう。

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実際のところ、空に出た虹の色数なんて律儀に数えてみたことなんてない。上の写真は 7年前に父の危篤を聞きつけて田舎に帰る途中、酒田に着く直前に撮ったものである。この写真を撮って間もなく父はこの世を去った。二重の虹は、先に死んだ母が父を迎えに来ている姿のように思えたものである。

まあ、センチメンタルな話はさっさと切り上げて、写真に注目してみると、虹の色数なんて、どうでもいいことのように思われるのである。5色のようにも、6色のようにも見えるし、もちろん詳細に 7色と見ることだってできる。あるいは南アジアのバイガ族・アフリカのバサ語族のように、大ざっぱに 2色にだってみえないこともない。

ただ、日本人のように 7色とみるのは、実際にはなかなか難しいことで、よほど強く思い込まないとそんな風には見えない。こうした自然現象に関する日本人の認識というのは、冷静で客観的な観察の結果というよりは、ずば抜けて象徴的というか、観念の中で純化させたものという気がする。

それはウグイスの鳴き声を 「ホーホケキョ (法、法華経)」 と聞くのを始め、犬の鳴き声を 「ワンワン」 、猫の鳴き声を 「ニャアニャア」、ヒグラシの鳴き声を 「カナカナ」 という、リアルな鳴き声から少々遊離した 「擬音」 に固定している如く、とても観念的な認識操作である。

虫の鳴き声を、西欧人は右脳で雑音として聞くが、日本人は左脳で意味のあるものとして捉えるということとも、かなり関連しているように思う。どうでもいいことにちょっとした観念的な意味を絡め、それを風流と感じるのが日本人である。

ちなみに、もうちょっと詳しく調べてみたところ、初めて虹を 7色としたのは、万有引力を発見したアイザック・ニュートンであるとされているらしい。Wikipedia で 「虹」 を調べると、「虹の色数」 という章に次のように記されている (参照)。

当時のイギリスでは虹の基本色は赤黄緑青紫の 5色と考えられていたが、ニュートンは柑橘類のオレンジの橙色と植物染料インディゴの藍色を加えて 7色とした。彼は虹の色と色の間は無限に変化していることを知っていたが、それにもかかわらず、虹を 7色としたのは、当時、7が神聖な数と考えられていたからである。音楽のオクターブもドレミファソラシの 7音からなる。ニュートンは美しい虹も 7つの基本の色からできているとしたのである。

音楽の音階が 7音からなるというのも、西欧的なコンセプトからすると非常に 「科学的」 であり、そしてそれは 「神の摂理」 と考えることと矛盾しないのだ。つまり 「至高の原理」 なのである。世界の他の地域では日本も含めて 5音階というのが多いのだがね。そして実は、日本人が 「7色の虹」 なんて言うようになったのは、このニュートン説が輸入されてかららしい。それ以前は 5色と思われていたというのである。

ニュートンの母国英国では、今は 6色と思われているらしく、格調高く 7色とする説は受け入れられなかったが、日本において根付いたというのは、なかなかおもしろいことである。ニュートンの 「科学的観念主義」 は、日本人の 「風流観念主義」 と、「観念的」 という志向性を介して一脈通じるところがある。つまり 「とにもかくにも、そういうことなんだ」 ということにして、それで気持ちよくなっちゃうってことね。

ただ、日本人はあくまでも風流の見地から受け入れたのであり、ニュートンが 「科学的」 と考えていた理想主義とは、視点は明らかに違っているが。

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2016/07/31

日本人、「汗」 が好きなのだね

昨日、クルマを走らせながらラジオを聞いていると、「さあ、選手のキラキラした素晴らしい汗が見られる大会が近付いてきました!」 と言っている。一瞬 「何のこっちゃ?」 と思ったが、すぐに 「ああ、オリンピックのことか」 とわかった。

それにしても、オリンピックのテレビ中継を見るのに 「キラキラした素晴らしい汗」 なんてものに注目する人なんて、本当にいるんだろうか。そんなのを画面に映し出そうとしたら、相当のドアップにしなければいけないだろうが、本当にやられたら目を背けるかもしれない。

まあ、これは単にメタファーに近い表現なのだろうが、それにしても日本人、なぜか 「汗」 が好きみたいなのである。「額に汗して働く人がエラい」 とか、所属する組織に尽くすことを求めるのに 「もっと汗をかきなさい」 とか、かなり 「汗」 に意味を持たせたがる。

そういえば、40年ぐらい前に仕事先で 「ポカリスエット」 の試供品 (販売開始直前だった) を試飲させてもらった時、私は缶に記された "POCARI SWEAT" (ポカリ汗) という商品名にちょっとびっくりして、「これって、汗なの?」 と思わず聞いてしまったのを思い出す。気持ち悪い感じがしたのだよ。正直なところ。

担当者は私の感覚には全然無頓着に情熱的に説明を始め、私はさらに冷めていった。

「いえ、そりゃあ、『汗そのもの』 ってわけじゃありませんよ。でも、汗と同じような成分が入ってるので、運動で失われた体の成分を速やかに補給できるんです」
「ふぅん、そうなの。だからおいしくないんだね」
「いやだから、これは、美味いとか不味いとかいうことで飲むものじゃないんです。あくまでも運動で失われた体の成分を......」
「なるほど、やっぱり 『汗』 なんだ」
「いや、だからぁ、さっきも言ったように 『汗そのもの』 じゃないんです」
「でも、『汗』 って英語で書いてあるじゃん」

その後 「ポカリスエット」 は当たり前の商品として、市場でも十分お馴染みになったが、私個人としては今でも  "POCARI SWEAT" という商品名にちょっとした抵抗を感じてしまうのである。実はこれは国際的にはスタンダードな感覚のようで、海外で展開する時の商品名は、単に "POCARI" としているらしい。

まあ、いくら何でも日本市場だってもろに日本語で 「ポカリ汗」 では売れないだろうが、いずれにしてもこの国では 「汗」 って 「美しいもの」 という感覚があるらしいのだね。一方で 「汗臭い」 なんて言って嫌われたりもするのだが。体を動かして働くことに対するリスペクトの象徴ではあるのだろうね。

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2016/06/14

日本の住所表示は、確かにわかりにくい

"日本の住所はわけがわからない!? 不規則な番地に困惑する海外出身者 欧米では 「道+番号」" という記事がおもしろい。確かに日本の住所表示は、日本人にもわかりにくく、初めて訪ねる家を探すなんてことになると最悪だ。

例えば、まったく土地勘のない土地の 「新町 1丁目 13-6」 という住所の家に、初めて訪ねるとしよう。電柱に 「新町 1丁目」 という表示があり、ごく近くまではたどり着いているはずだ。しかし 「番地」 とか 「号 (住居番号というらしい)」 とかの段階でわけがわからなくなる。

家の門や玄関に 「12-3」 とかいう表示が貼り付けてあり、その隣の 「12-4」 となっている。「よし、もう少し行けば目的の家だ」 とばかり勢い込んで歩いていると、小路一本隔てていきなり 「30-1」 とかになる。かといって間の小路に分け入っても、なぜか 「20-5」 とかが現れたりして、まさに迷宮だ。

それに対して欧米の住所表示はわかりやすくて、初めて訪ねる場合でも楽なんてもんじゃない。表示された道路に行って、順番を辿れば迷わず到着できる。とくにニューヨークなんか初めて行った日本人でもわかりやすくて、例えば "22 E 52th St" という住所なら、「52番ストリートの東側の22番目の建物」 ということだ。

つまり欧米式は、特定された道路沿いの何番目かというのが、住所表示の基本になっている。一方日本式は、道路で囲まれたブロックごとに 「何丁目何番地」 という住所があって、その中で順繰りに 「号 (前述の住居番号ね)」 にあたる数字がふられている。その数字のふり方もわけのわからないところがあって、一応右回りらしいが、ちょっとした小路で連続性が失われて堂々巡りさせられたりする。

どうしてこんなことになったのかというと、冒頭で紹介した記事では、「西洋の人々は道路沿いに家を建てたのに対し、日本人は空き地に家を建てたから」 というのがベストアンサーとされている。

なるほど、空き地に家を建てたのならそもそもアクセスするために道路なんて必要じゃなく、草っ原を行けばいいだけだ。そして空き地で家が集まりだしたら、たまたまの結果として、その隙間が 「道」 になる。主要街道や目抜き通りなら名前もつくが、たまたまできた隙間に、ことさらに名前なんか付けない。田舎に行くと、「こりゃ、道路というより軒下の隙間だよね」 と言いたくなるような、「道ともいえない道」 がいくらでも残っている。

つまり、欧米式の 「住処」 というのは、道に沿って並ぶのだが、日本ではごちゃっと寄り集まって建てられたのだ。寄り集まった同士は一応の共同体意識を持ちやすいので、というか、元々親類縁者が寄り集まって家を建てたりしたので (そのせいで、田舎に行くと同じ苗字の家がごちゃっとかたまっていたりする)、当然ながら住所表示も線状に伸びた道路ではなく、「一かたまり」 が基本となる。

おかげで日本式住所表示は、大まかな位置を示すには便利で、ごく近くまでは容易に行くことができるが、よくよく近くまでたどり着いてからわけがわからなくなる。欧米式は、「何とかストリートって、どこにあるんだ?」 と最初に地図上で探さなければならないが、その道路まで行きさえすれば、あとは楽だ。もろに対照的である

日本式住所表示の思想は、オフィスのデスク配置にも反映されている。日本のオフィスのデスクは、「課」 とか 「係」 とかを単位にして何人かがまとまって向かい合い、「シマ」 を作るが、欧米式は、それぞれのデスクが独立して並んでいることが多い。欧米人は 「始終向かい合っているんじゃ、仕事しにくい」 と感じ、日本人は 「同じ部署でデスクが離れてるなんて、やりにくい」 なんて言い出す。

つまり日本の住所表示の 「○○番地××号」 は、 企業やお役所の 「○○部××課」 で向かい合ってシマを作っているデスクのかたまりに相当するもので、そのシマ (ブロック) がある程度広かったりすると、その中で特定の家を探すのがやたら手間だったりするわけだ。やれやれ。

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2016/05/11

「祥月命日」 は 「正直なところの命日」 だと思っていた

昨日は母の祥月命日で、それに関した 「ある話」 はもうとっくの間に書いたことだと思って、このブログの中を検索してみたのだが、見当たらない。「いや、そんなはずはない。確かに書いた」 と、さらに検索してみたら、「和歌ログ」 の方の 6年前の本文に書いていた (参照)。

どういう話かというと、「祥月命日」 という言葉の意味についてである。若い人の中には、単なる 「命日」 と 「祥月命日」 の区別がつかない人もいるだろうから、念のために書いておく。

「命日」 は毎月あり、「祥月命日」 は 1年に 1度である。例えばじいさんが 10年前の 8月 10日に亡くなったのだとすると、毎月 10日が 「命日」 である。そして月まで同じの 8月 10日というのが 「祥月命日」 となる。

私の生まれ育った庄内地方はかなり訛りのきつい地域なので、「祥月命日」 を 「しょっづぎめーにづ」 と発音した。そして 「正直」 のことも 「しょっずぎ」 と発音するので、耳で聞いただけでは 「祥月」 と 「正直」 の区別はほとんどつかない。だから子供の頃は 「祥月命日」 は 「正直命日」 なのだと思っていた。

うちの田舎は信心深い土地柄で、黙っていてもお寺の和尚さんが直近に亡くなった先祖の命日にやってきて、仏壇に向かって読経し、こちらはその度にいくらかのお布施を出す。そして 1年に 1度の 「祥月命日」 になると、家人は 「おお、今日は 『しょっづぎめーにづ』 (あるいは 『しょっづぎび』) だ」 と言って、仏壇を念入りに掃除したり、特別のお供え物をしたりする。和尚さんのお経もちょっと長めになる。

というわけで幼い頃の私は、毎月和尚さんがやってくる命日は、和尚さんがお布施をもらうための 「嘘んこの命日」 で、1年に 1度だけ 「正直なところの、つまり本当の命日」 がくるのだと思っていた。それが誤解だと知ったのは、なんと高校の頃だったような気がする。普段接する活字の世界では、それほどまでに 「祥月命日」 なんて言葉にお目にかかることがなかったということだ。

最近では、毎月の命日にとくに懇ろに供養するなんて風習も薄れて、「命日」 と言えばほとんど祥月命日のことを指すようにさえなった。だから 「祥月命日」 を 「正直なところの命日」 なんて誤解してしまうようなこともなくなった。

しかし私の子供の頃の誤解はなかなか 「味な誤解」 だったと、今でも思っている。

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2016/02/29

「シュッとした」 は 「コテコテ」 の反対

大阪人の言う 「シュッとした」 ということの意味が、長いこと、今イチよくわかっていなかった。ネット上の weblio 辞書 で調べると、「今風(の)、あか抜けた、研ぎ澄まされている、洗練された、スマートな、すっきりとした、締まっている、かっこいい、涼しげな、嫌らしさのない」 と、ずいぶんいろいろなニュアンスが出てくる。なんとなくわかるが、「それで、つまり、どういうことなんだ?」 と、しっくりはきていなかったのである。

知り合いの大阪人に聞いても、「うぅん、要するに 『シュッとした感じ』 のことを言うんですわ」 ってなことで、まあ、あまりにも感覚的すぎてよく伝わってこないのである。わかっている者には当たり前にわかるのだが、わかっていない者にはなかなか難物の言葉だ。

で、最近、京都出身で大阪と東京でも長く暮らしたことのある友人に聞いてみて、これまでよりなんとなくよくわかったような気がした。彼はしばらく 「うぅん、このニュアンスを説明するのは難しいなあ」 と悩んでから、次のように言ったのである。

「誤解を恐れずメチャクチャ早く言ってしまうと、『コテコテ』 の反対と思えばいいのかもしれない、そして、いい意味か悪い意味かといえば、それは明らかに 『いい意味』 の言葉だと思う」

なるほど、そうであったか!「コテコテの反対」 が 「シュッとした」 感じだったのか。

東日本の人間からすると、大阪人の代表的キャラは 「コテコテ」 と思っているようなところがあるが、その対極として 「シュッとした」 という価値感があるとは、新しい発見だった。関西文化の重層性を見る思いがした。

そして気をつけなければならないのは、「シュッとした」 感じというのは、東京的なスマートさとは一線を画していて、あくまでも関西的な洗練の形でなければならないようだということなのである。そうでなければ単なる 「脱コテコテ」 にすぎず、「なんや、あいつは、東京に染まってしまいよってからに」 ということになりかねない。

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