カテゴリー「比較文化・フォークロア」の221件の記事

2018/04/24

「葬頭河の婆」 というのは?

昨日の記事では 「おんば様祭」 の話の関連で、「脱衣婆」 についてちょっと触れた。亡者が三途の川の渡し賃の六文銭を持ってこないと、衣服をはぎ取るのでそう呼ばれる。そして私の生まれた山形県の庄内では 「しょずがのばば」 (葬頭河の婆) と言われる。

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上は天橋立の近くの知恩院という寺にある、地獄巡り絵図の中の三途の川の場面で、なるほど、川のほとりで葬頭河の婆が亡者の衣服をはぎ取ろうとしている。後の柳の枝には、既にはぎ取られた着物がかけられてあり、一説には、この着物の重さで業の深さがわかるのだともいう。

この絵の葬頭河の婆はかなり恐ろしげな形相で、体も見上げんばかりの大きさだが、庄内の民話には 「年は 25歳で女の盛り」 としているものがある。

昔、大層仲のいいい爺さん婆さんがいて、どちらが先に死んでも再婚などしないという約束をした。ところがこの約束をした途端に、爺さんの方が死んでしまうのである。婆さんは悲しくて寝込んでしまうほどだったが、周囲に励まされてやっと立ち直った。

「爺さんはお茶が好きだったから」 と、堰に流せばあの世に届くと聞いて、新品のお茶道具を盆に載せて流してやったり、寒くなる前に綿入れの着物を墓の境内に置いてあの世に届くようにしたりと、甲斐甲斐しくやっていた。

ある日あの世の爺さんと話をしようと、「口寄せ」 のできる弓張り巫女のところに行ってみる。弓張り巫女とは、弓の弦をベンベン叩いて音を出し、トランス状態になって死者の霊を呼び出すのである。果たして口寄せされた爺さんが巫女の口を通して話し始める。

「あら、懐かしや」 と喜んだ婆さんが 「お茶道具や綿入れは無事に届いたか?」 と聞くと、「届いたことは届いたが、途中であちこちにぶつかったり引っかかったりして、ボロボロの状態だった」 と言う。婆さんは 「あれ、口惜しい、もったいない」 と嘆く。

「ところで、私は約束通りずっと独り身でいるけど、そっちはどうか?」 と聞くと、「俺のことは心配ない。閻魔様の仲人で葬頭河の婆と一緒になる」 と言う。ひどいジジイである。婆さんは驚いて、「その葬頭河の婆というのは、どんな風なのだ?」 と聞くと、「年は 25で女の盛りよ!」 という返事が返ってきた。

秋祭で 「地獄極楽の生き人形」 という見世物があり、婆さんが三途の川の場面のところに行くと、女の人が立っている。小屋の親方に 「これは誰?」 と聞くと、「葬頭河のお婆さん」 なんて言う。「年はいくつ?」 と訊ねると、その返事は爺さんと同じく 「年は 25で女の盛りよ!」 というのだった。

婆さん、遂に逆上して、見世物小屋をズタズタにぶち壊して帰って来たというお話である。庄内って、我が故郷ながら変なところである。

ちなみに、上の三途の川の絵のある知恩院というお寺は、5年ほど前に天の橋立の近くで仕事をした時に、ついでだから訪ねたことがあって、この絵も実際に見ている。行ってみれば、なかなか呑気な雰囲気のお寺さんだった。そしてブログを読み返してみると、この頃から私はお酒をあんまり必要としなくなったということがわかる (参照)。

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2018/04/23

「おんば様祀り」 というもの

食工房のブログ 「飯豊の空の下から...」 に、青木さんが集落の会計係を担当することになり、その関係で地域の 「おんばさま祭り」 に参加したという記事があって、興味深く読ませてもらった。

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東北方面には 「おんば様信仰」 というのがあって、大体は安産の神様を祀るものである。「おんば様」 というのは、御神体を見るとたいていは 「婆さん」 の姿をしていて、その正体は三途の川で渡し賃の六文銭をもたずにやってきた者の衣服をはぎ取る 「脱衣婆 (だつえば)」 だとか、あるいは鬼子母神だとかいろいろ言われるが、それはまあ、後からこじつけられたもので、元々は太古の昔からある民間信仰なのだろう。

インターネットで検索して 「おんば様」 の姿を見ても、上の画像にあるように、別に恐ろしげな顔つきをしているわけじゃなく、どちらかといえば、隣の婆さんみたいな身近な雰囲気だ。こんな感じだから、気軽に安産のお参りができたりするのだろう。

で、食工房のある会津は、この 「おんば様信仰」 の本場であるらしく、年に一度のお祭りをしっかりやっているようなのである。大昔からの民間信仰が今の世にしっかり生きているというのは、なかなかいいものだと思う。今も昔も、人間はこんな風に素朴に生きるのが一番の平和への道だ。

ところで、うちの地域の産土神社は 「あんば様」 という神様を祀っていて、この大元締めは茨城県稲敷市の、その名も阿波 (あば) というところにある 「大杉神社」 である。それについては、ほぼ 4年前に 「信心はキャッチボール」 というタイトルで書いている。

「あんば様」 と 「おんば様」 は、音がよく似ているので、どこか関係があるのかとも思っていたが、調べてみるとまったく別の神様のようだ。神様は別でも、信心は一つだから大切にしたいものである。

ちなみに脱衣婆は、私の生まれた山形県庄内地方では 「しょずがのばば」 というのだが、これは三途の川の別名である 「葬頭河」 (しょうずか) の婆ということである。これがいろいろ転じて 「正塚婆」 とも表記されたりするのだが、民間信仰というのは、とにかく細かいことには頓着しないのだ。

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2018/02/21

韓国カーリング女子チームのややこしい事情

HUFFPOST に 「韓国カーリング女子チーム、全員同じ名字 ⇒ 混乱避けるための秘策が想像を超えていた」 という記事がある。

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韓国カーリング女子チームは、全員が 「金」 という名字なので "Team Kim" と呼ばれているらしい。全員の名前を挙げると、「キム・ギョンエ、キム・ヨンミ、キム・ソンヨン、キム・チョフェ、キム・ウンジョン選手」 ということになるという。で、あまりややこしいので、全員に 「英語名」 を付けて解決しているというのである。

ところがその 「英語名」 というのが何とも珍妙で、「マリー」 や 「ナタリー」 とかではなく、その日に食べた朝食がもとになっている。ざっとこんな具合だ。

キム・ウンジョンは、食べていたヨーグルトの商標から名前を取って 「エニ」、キム・チョヒはチョコレートから 「チョチョ」、キム・ヨンミは 「パンケーキ」 となった。

キム・ソニョンは、片面だけ焼いた半熟の卵・サニーサイドアップを食べたので 「サニー」。お肉が好きなキム・ギョンエは 「ステーキ」 になった。

ちなみに 「エニ」 とか 「チョチョ」 とかというのは、果たして 「英語名」 と言っていいのかなあ。私の耳には韓国人の名前にしか聞こえないが。

こんなややこしいことをするより、単純に名字でなく名前で呼べばいいじゃないかと思ったが、「いや、多分ややこしい事情があって、単純に名前で呼ぶわけにはいかないんだろう」 と思い直した。試しにネットで検索してみたら、「韓国語の名前の呼び方」 というページが見つかった。うぅむ、やっぱりね。

まあ、とにかくややこしくて、ざっと呼んだだけではわかりにくいのだが、まとめるとこんな感じらしい。

  • 相手が親しい、または目下の場合
    相手の名前の最後にパッチムがある場合:아(ア)を付ける
    相手の名前の最後にパッチムがない場合:야(ヤ)を付ける 
  • 相手が親しい、または目下の場合はフルネームではなく下の名前で呼ぶ
  • 야(ヤ)は名前の前には付けない
  • 相手が目上の場合はフルネームに씨(シ)を付ける
  • 役職がわかっている場合は名字に役職名で呼ぶ

とにかく、単純に 「〜さん」 とか 「〜ちゃん」 とか、名前の呼び捨てとかで呼ぶわけにいかないというのである。とくにスポーツの世界は上下関係がきびしいだろうから、呼び方だけで余計な気を使っていたら、試合の戦略に集中できなくなってしまうのかもしれない。とくにカーリングは試合中のコミュニケーションが大切だし。

とにかく (やたら 「とにかく」 が多いが、とにかく使いたくなってしまうのだよ)、韓国人の名前の呼び方については、ちょっと間違えたら喧嘩になってしまいかねないほどの、厳しい上下関係による 「決まり」 があると指摘するページがいくつも検索される。というわけで、余計な気を使わずに済む 「英語 (?) 名」 を付けたということなんだろう。

それにしても、もうちょっと気の利いた名前にしてもよかったんじゃなかろうかと思うのだがね。

それから、HUFFPOST の元記事でも混乱があるようで、1人は 「キム・チョヒ」 と 「キム・チョフェ」 の 2通りの表記があって、どっちが妥当なんだかわからない。

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2017/11/15

七五三を巡る冒険

今日は七五三なんだそうだ。慣習では数え年の 3歳と 7歳で女の子、5歳で男の子のお祝いをするということになっているようだ。我が家は娘ばかり 3人で、数えてみると昭和 58年から平成 5年までの 11年間に、6回も七五三参りをしたわけだ。この間は平均 2年に 1度以上で、お宮参りにもすっかり慣れてしまった。

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最近では男女平等という建前なのか、男の子も女の子も 3回祝うこともあるらしい。そんなことだと、我が家は 11年間で 9回もお宮参りをするところで、とくに昭和 60年からは 7年連続と、結構な負担になってしまうところだった。こればかりは男女平等でなくて本当によかった。

ところで私自身は七五三を祝ってもらった覚えがない。私の同窓生もほとんどそんな記憶がないという。この行事は比較的歴史が新しく、Wikipedia によると、「天和元年 11月 15日 (1681年 12月 24日)  に館林城主である徳川徳松(江戸幕府第 5代将軍である徳川綱吉の長男) の健康を祈って始まったとされる説が有力である」 とある。奇しくも最初の七五三は、新暦ではクリスマス・イブだったのね。

そして 「現在では全国で盛んに行われているが、元来は関東圏における地方風俗であった」 とある。昭和 20〜30年代初期という時代は、私の生まれた陸の孤島、山形県庄内地方までは伝わっていなかったものらしい。雑誌やラジオなどで 「七五三」 という行事があることを知ってはいたが、自分たちとは無関係のものと思っていた。

私が高校生になる頃には、庄内でも七五三がちらほら祝われるようになっていた記憶があるので、ということは、関東から伝わってくるまでに 280年以上のタイムラグがあったわけだ。日本も結構広いものである。ちなみに仙台出身の妻は七五三を祝ってもらったという。さすがに仙台は東北の東京である。

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2017/10/10

川魚の 「泥臭さ」 って何だ?

私は東北日本海側の港町、酒田で生まれたので、子どもの頃からおいしい魚を食べつけている。土地柄からしてもちろん、海魚がほとんどだが、たまに川魚も食べる。

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清流沿いの土地などで 「鮎の塩焼き」 なんてのを食べると、本当においしい。ところが中には 「川魚は泥臭いから食わない」 と言って箸を付けない人がいる。しかし一体どんな風味を指して 「泥臭い」 なんていうのか、私にはずっと不可思議そのものだった。

あまりのことに最近、「川魚/泥臭い」 の 2語でググってみたところ、泥臭さの正体には大別して 「鯉の血なまぐささ」 「内臓の臭さ」 「河川のヘドロの臭さ」 という 3つの説があるとわかった。

まず、「鯉の血なまぐささ説」 である。merlin WEIN というブログの 「川魚は泥臭い?」 という記事 (参照)からちょっと引用してみよう。

「川魚 (淡水魚) が泥臭いというイメージは鯉からきてるんだよ。」
鯉を料理する際に血抜きをしっかりしないと血なまぐささが残るので
それが川魚全体に泥臭いというイメージが着 (ママ) いたようです。

2番目に挙げられるのは 「内臓の苦み」 を 「泥臭い」 としているという説である (参照)。Yahoo 知恵袋から引用してみよう。

雑魚と呼ばれる小さな川魚 (ハゼ科やコイ科の魚の小さい種類や小さいもの) を内蔵など取り除かずに丸ごと天ぷらやから揚げ等にして食べる習慣があるからです。

さらに魚の生育環境によるという説もある。上記の Yahoo 知恵袋の解答でも少し触れられていが、今度は "POKEBRAS コラム" というサイトの記事から引用してみよう。(参照

日本の平野部にある湖沼、河川の中下流にはヘドロが溜まっています。そういう場所にいるコイやフナも泥臭がします。対して清流や渓流のように水質のよいところにいるアユ、山女魚 (やまめ) や岩魚 (いわな) などが旨い魚であることには定評があります。

しかしこの 3種の説にしても、血や内臓は川魚に限った話ではないし、日本中の河川のヘドロが問題になるずっと前から 「川魚は泥臭い」 と言われていたことから考えると、どの説も今イチの感がある。

ちなみに同じ種類の海魚でも、湾の奥で獲れたものは 「泥臭くて食えたものではない」 と、よく言われる。それが本当なら干潟に棲むムツゴロウなんて泥臭さの極みということになるが、「えん食べ」 というサイトの記事によると、「ちょっと小骨が多くて食べにくいですがクセなどはない」 ということのようだ (参照)。

日本人の意識の中には 「海魚が上位で川魚は下位」 という 「序列」 が固定観念として形成されているような気がする。潜在意識として 「いいとこ取り」 しようとすると、海か海辺になっちゃうようなのだ。山家育ちより、湘南ボーイの方がカッコいいと思われてしまうようなものである。

古事記に出てくる 「海幸彦・山幸彦」 の物語も、弟の 「山幸彦」 の 「山」 というのは結局は名ばかりである。兄の海幸彦の釣り針を借りて失ってしまってからというもの、「山幸彦」 なのに、なぜか海の神であるワダツミノカミに愛でられ、その娘の豊玉姫と結婚する。そして生まれた子の孫が神武天皇となる。

元々は 「山の系譜」 (もっと言えば、その先は 「高天原の系譜」 だし) なのに、不思議にも海において新生するのだ。このあたりはフォークロアの視点で検証し直さなければならないだろう。

というわけで話が膨大な方にずれかかったが、私としては 「川魚の泥臭さ」 という固定観念に関しては、要するに 「気のせい」 と 「好き嫌い」 の合わせ技ということで片付けたいと思う。私がよく使う言い方だと、単に 「雰囲気のもの」 ということだね。

少なくとも川魚一般を 「泥臭い」 で片付けてしまっては、川魚に気の毒ということだ。

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2017/08/05

日本の人口減少の要因は、欧米よりもずっと 「文化的」

先進国での人口減少が問題になっている。ところが、ウェブ・ニュースを見る限り、欧米と日本における人口減少の要因は異なっているようなのだ。欧米では単純生理学的に男性の精子数が大きく減少しているのが原因だが、日本の場合は、どうやらメンタルな問題が大きいようなのである。

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CNN ニュースによると、欧米の男性の精子数はここ 40年で 6割も減少しているらしく (参照)、次のように伝えられている。

北米や欧州、オーストラリア、ニュージーランドの先進諸国に住む男性のグループでは、精子の濃度が毎年平均1.4%ずつ下降し、全体ではマイナス52.4%。総数は同1.6%ずつ減少し、全体で59.3%減になっていることが分かった。

一方、「南米やアジア、アフリカに住む男性のグループでは目立った変化がみられなかった」 というのだからおもしろい。道理で南米、アジア、アフリカでは、依然として人口が増え続けているわけである。

ところが人口増加が著しいアジアの中で、日本だけはどんどん減少している。豪メディア "news.com.au" は、2045年には毎年 90万人規模の減少ペースに達すると報じ、「これは毎年 (豪首都) キャンベラに相当する都市 2つ分の人口が消えてゆくに等しい」 としている。(参照

欧米のジャーナリズムは、日本における人口減少の要因は、不安定な経済状況に加え、「男女不平等」、「奇妙な性文化」 にあると指摘している。一家の経済を、男性が一手に引き受けて支えなければならないというプレッシャーが、男性の結婚率を低下させているというのである。また日本特有の性文化が 「セックスレス」 を招いているともいう。多くの若者が、アニメなどのバーチャルな性文化に逃避していると指摘している。

いやはや、人口減少という問題に関しても、ストレートに物理的な欧米に比べ、日本ではかなり屈折した文化的要因が大きいというのは、なかなか興味深いところである。日本て、妙なところでものすごく 「文化的」 なのだよね。

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2017/05/08

数を数えるのに節を付けるのは、群馬県に限らない

今日の昼に TBS ラジオを聞いていたら、「群馬県民の数の数え方が独特」 という話題で盛り上がっていた。節を付けて歌うように 20まで数え、運動会の玉入れで入れた玉を数える時なども、全員がその数え方でやるというのである。その数え方は YouTube で見つけたので、下に埋め込んでおいた。

ただ、ラジオを聞いていた私は、「えっ、数を数えるのに節を付けるのって、それ、ごくフツーじゃん。何も群馬県に限った話じゃあるまいよ」 と、驚いてしまったのである。ところが仙台生まれの妻は、「数を数えるのに節なんか付けたことはない」 と言う。

私の生まれた山形県の庄内地方では、上に示した群馬県のものとはちょっと違う節で数えていた。1 から 10 まではほとんど同じだが、11 から先は、こう言っちゃ申し訳ないが、庄内流の方が洗練されていると思う。

それはこんな感じだ (YouTube にアップしたので、下の画像クリックで聞ける)。せっかくだから敢えて庄内の古老風に、かなり濃いめの庄内訛りパフォーマンスとしてみた。重要なポイントは、最後の 「20」 が  「にじゅう」 ではなく 「にんじゅ」 と発音されることで、そうでないとリズムが崩れて画竜点睛を欠く。なお 「に」 は 「ぬ」 との中間音で、英語の "e" の字をひっくり返した発音記号の音に近い。

この数え方は、玉入れの玉を数える時だけじゃなく、風呂に入っていて 「20 数えたら出てもいい」 なんて言われた時に、子どもらは必死になって数えたものなのである。呑気な節に思われるかもしれないが、案外必死のメロディでもあるので、なかなかオモムキがあるのだ。

私が生まれたのは東北日本海側の田舎だったから、子どもの頃は、「数え歌」 というのはこの 「数を数える時の節」 のことだとばかり思っていた。まさか 「♫ 一つとや〜、一夜明ければ賑やかで〜♫」 とか 「♫ 一つとせ〜、人の上には人ぞなき〜 ♫」みたいな歌のこととは、想像も付かなかったよ。

ラジオを聞いていると、津軽や京都をはじめ、日本全国の聴取者から録音データが送られていて、やはりそれは群馬県に限った話じゃないとわかった。ほぅら、やっぱりね。

で、YouTube で検索したら他にも出てきたので紹介しよう。

まず、関西人の数え方(大阪バージョンらしい)

次に、同じ関西でも京都人の数え方。

さすがに京都は、おっとり優雅である

ちなみに、昔は 「いち、にぃ、さん、しぃ……」 じゃなく、「ひぃ、ふぅ、みぃ、よー、いつ、むぅ、なな、やぁ、この、と」 と数えていたんだと思う。奈良時代の日本語の発音を昭和の御代にまで残していた私の祖母 (参照) は、そのように数えていた。その昔は 11 のことは 「とあまりひとつ」、12 のことは 「とあまりふたつ」 とか言っていたらしいので、それを歌うように数えたらずいぶん長くかかってしまう。

というわけで、11 から先の数え方がそれぞれの地方で確立したのは、ずっと時代を下ってからだろう。だから 1 から 10 までの節はそれほどバリエーションがないが、 11 から先はかなりバラバラになっている。

「私の生まれたところでは、ごくフツーに数える」 なんていうのは、単に 「正しい数え方」 が伝承されなかっただけなんじゃあるまいか。でも最近の庄内の子供たちは、伝統的な数え方ができるのかなあ。ちょっと心配になってきた。

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2017/01/14

和式トイレが消えていく時代

2020年のオリンピックに向けた 「東京都、トイレ洋式化に 37.6億円計上へ 17年度」 というニュースに、「時代だなあ」 と思った。都立小中学校、都営地下鉄のほか、多くの公共施設でトイレを洋式化するのだそうだ。

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私が 20代後半から30代の頃、つまり 1980年代は、今では信じられないかもしれないが、都内の百貨店でもトイレは和式ばっかりだった。当時の私は、なんとファッション関連の仕事なんてしていて (守備範囲は 「ファッションそのもの」 じゃなく、「ファッション業界」 だったのだが)、しかも割と国際的なスタンスだったから、欧米のファッション関係者とも結構付き合いがあった。

あの頃は 「コム・デ・ギャルソン」 を初めとする 「東京ファッション」 が世界の注目を集めていた時期で、欧米のファッション・ジャーナリストやファッション・マーケティング担当者 (ほとんど女性) が来日しまくり、私は彼女らの案内役をすることが度々あった。というのは、ちょこっと英語ができたからね。

で、一緒に東京のファッション・タウンや百貨店を廻っていると、彼女らもびしっとお洒落にキメているとはいえ、どうしたって途中でトイレに行きたくなっちゃう。何度も東京に来ている人は慣れているが、初来日なんていうケースだとこちらも気を使う。

彼女らの泊まっているホテルは当然にも洋式トイレだから問題ないが、和式ばっかりの百貨店などではかなり戸惑うらしいのである。さらにこちらは男なもんだから、その使い方をフランクに尋ねるのも憚られてしまうわけだよね。

でも、まあ、全然放っぽらかしとくわけにもいかないから、私は 「日本のトイレは、キャンプの時と同じだよ」 と、さりげなく言うことにしていた。"Just like camping style" である。経験から言えば、これで大抵の場合は理解、あるいは何となく想像してもらえ、「何それ?」 なんてことは一度もなかった。とくに米国人は、子どもの頃に大抵キャンプに行ってるみたいだし。

「欧米人は和式トイレで途方に暮れる」 なんて言われるが、ちょっと大げさすぎる話だと思う。それはきっと、日本人が説明下手というだけなんじゃあるまいか。それに、人間は必要に迫られれば大抵のことは乗り越えられるのである。

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2016/12/28

クリスマスの飾りは、いつ片付ける?

写真は、今月 24日の 「和歌ログ」 に使った、我が家のクリスマス・リースの画像である。これは 12日の記事で紹介した妻の手製の飾りに天使の飾りを付けたもので、基本的に毎年使い回しにしている。

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この飾りは 25日のクリスマスツリーが終わって、26日には取り払ってしまったが、それはちょっとだけ手直しして、来たるべき正月バージョンにするためで、それさえなかったらずっと飾り放しにしていてもいいぐらいのものだ。

「クリスマスの飾り付けは、いつまで飾っていていいものなのか?」 というのはよく話題にされるが、日本においては基本的にクリスマスが済んだらすぐに正月用の飾りに変えなければならないから、速やかに撤去される。いつまでもダラダラと残っていることは滅多にない。

近所の庭と玄関先で、夜になるとど派手にキラキラ光っていたクリスマス・イルミネーションも、25日にはしっかり撤去されていた。まあ、そうでもしないと電気代が大変なのかも知れないが。

ところが西洋のキリスト教国では、案外いつまでも飾り付けられたままになっている。これは別に片付けるのが面倒だからとかいうわけじゃなく、クリスマス・シーズンというのは 12月 25日をもってすっぱりと終わるというわけじゃないかららしい。

まず、イルミネーションを飾り始めるのが、”Advent" (待降節または降臨節) という日からで、これはクリスマスの 4つ前の日曜日とされている。というわけで、まあ、11月末頃から飾り付けを始めるというのは、ここに根拠があるわけだ。

とりわけ米国では、11月の第四木曜日の Thanksgiving Day (感謝祭) という重要な祝日があるので、この日の前からクリスマス気分に突入するわけにはいかない。このあたりは案外きっちりしているようなのだ。

そして飾り付けを片付けるのは、1月 6日の Epiphany (顕現日) とされている。日本でも関東あたりでは 7日までが松の内とされているので、似たような感覚なのかも知れず、要するに西洋でもクリスマス・イブから新年の 6日までは特別な日で、クリスマスの飾りは 1ヶ月以上片付けられずに残されるというわけである。

ところが香港となると、もっとすごい。昔、よく香港に出張していた頃は、寒い季節 (香港だって、冬は寒いのだ) の街は基本的にギンギラギンという印象だった。まあ、香港はいつ行ってもギンギラギンなのだが、とくに 11月末からはクリスマスの電飾が灯され、年が明けてもずっとそのままで、旧正月 (2月初めということが多い) までずっとギンギラギンである。

つまり 3ヶ月半、ということは 1年の 4分の 1以上はギンギラギンのイルミネーションで賑わう。これは中国に返還されてからも、多分変わってないんじゃないかなあ。

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2016/12/14

曜日の名前について、洋の東西

「曜日」 ということのコンセプトについて、ちょっとだけ書いておきたい。日本語の場合は、「日、月、火、水、木、金、土」 で、これは古くからある 「五行説」 (あらゆるものは、「火、水、木、金、土」 の 5つの要素からなるという説) に由来して、それに 「太陽/月」 をプラスしているのは明らかだ。

Calendar

一週間を 7つの 「曜日」 とする 「七曜」 のシステムは、明治以後に西洋から日本に伝わったものと思われがちだが、実は平安時代にはあったようなのである。Wikipedia の 「曜日」 という項には、次のように記されている。

日本には入唐留学僧らが持ち帰った 「宿曜経」 等の密教教典によって、平安時代初頭に伝えられた。宿曜経が伝えられて間もなく、朝廷が発行する具註暦にも曜日が記載されるようになり、現在の六曜のような、吉凶判断の道具として使われてきた。藤原道長の日記 『御堂関白記』 には毎日の曜日が記載されている。

いやはや、ものごとというのは調べてみるものである。こればかりは、この年になるまで知らなかった。

そして英語の場合の名称でも "Sunday" "Monday" は、それぞれ 「太陽」 「月」 を指すから、共通している。ただこれは、元々世界中でそういうコンセプトで名付けられたのかどうかは、ちょっとわからない。ラテン語系では、日曜日は 「主の日」 という意味の言葉になっている。

英語の曜日の名称は、当然ながら五行説とは一致しない。火曜日から土曜日は、北欧神話に由来しているらしいのである。

Tuesday (火曜日) は、北欧神話の軍神 「チュール (ティル)」 からきている。"S" が付いて 「チュールの日」 という意味になる。以下、順を追って書く。

Wednesday (水曜日) は、北欧神話の主神 「オーディン」 の日。 "Odin" が "Woden" "Wenden" に変化して、Wednesday になった。ちなみに "Odin" は怒りを意味するという。最高神は怖い存在のようなのである。

Thursday (木曜日) は、雷神 「トール」 の日。トールは怪力の戦神・雷神で農耕神でもあったという。

Friday (金曜日) は、愛と美と豊穣の女神 「フレイア」 の日。発音が似ているため、主神オーディンの妃の 「フリッグ」 と混同されているということもあるらしい。

Saturday (土曜日) は、人類に畑作を教え、ブドウの木の剪定方法を教えた農耕神 「サトゥルヌス」 (ローマ神話では "Saturn" の日。日本人はややもすると、「悪魔」 の "Satan" と混同してしまいがちだが、まったく別の言葉である。

ついでに書くと、日本語では曜日の呼称と惑星の名前は共通しているが、英語では惑星の名前は、ギリシャ神話由来である。火星は軍神 "Mars" で、水星は商業の神 "Mercury"、木星は最高神の "Jupiter"、金星は美の女神 "Venus"、土星は土曜日と同様に、農耕神 "Saturn" だ。

火曜日/火星の由来は軍神で、金曜日/金星が美の女神、土曜日/土星が農耕神というのは共通しているが、これは日本語を介してみているので、たまたま共通性が目立つだけなのかもしれない。最高神の名前は、水曜日と木星に分かれている。

これに関しては、よくよく考察すればいろいろなことがわかってくるかもしれない。

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