カテゴリー「庄内の話題」の66件の記事

2017/01/12

庄内弁の 「さどけ」 (潔癖症) という言葉を巡る冒険

昨日は庄内弁の 「せやみ」 について考察し、その語源は上方言葉の 「かんしょやみ」 ではないかという新仮説を立てた。「かんしょやみ」 とは度を外れた潔癖症のことを言うらしいのだが、我が庄内ではそうした傾向を 「さどけ」 という。

170112

この 「さどけ」 というのはどうやらかなり地域限定の方言らしく、ネットで検索しても庄内以外の地域で使われているという記述が見当たらない。昨日の 「せやみ」 はちょっと検索しただけでが北陸から秋田までの広い地域で使われているらしいことがわかるので、エラい違いである。

「さどけ」 はイメージで言えば、自分の家以外の洋式トイレでは、便座をトイレットペーパーなどでカバーしないと腰を下ろせないみたいな人のことである。まあ、上の写真はかなり極端すぎる例だが。

庄内には 「さどけのびしょなし」 という格言じみた言葉があって、「きれい好きで他人にはいろいろとうるさいことを言うくせに、自分自身はまったくだらしない」 という意味で使われる。「紺屋の白袴」 とか 「医者の不養生」 みたいなものだ。

で、この 「さどけ」 の語源だが、これこそ昨日の 「せやみ」 以上の難物で、ググってみても何の手がかりも見つからない。念のため断っておくが、「サドッ気」 とか、そっちの方の話とはまったく関係がない。

私としては、神経が敏感であることを示す 「敏い (さとい)」 という言葉に、「け」 が付いたものと考えている。「け」 は 「もののけ」 (物の化)」 の 「け」 に通じ、異様な状態を示す。つまり 「清潔/不潔という観念に敏感すぎる、フツーじゃない状態」 ということだ。

ちなみに私の母は、潔癖症のことを 「さどけのピー」 と言っていた。この 「ピー」 が何を表しているのかは、今となっては謎である。母が生きているうちに聞いておけばよかったのだが、聞いたとしても多分、母自身もわかっていなかったんじゃなかろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017/01/11

「せやみ」 という言葉を巡る冒険

庄内弁に 「せやみ」 という言葉がある。意味は 「寒がり、ものぐさ」 で、派生語として 「せやみこぎ」 がある。「こぎ」 は、「馬鹿こくでねえ!」 の 「こく」 の名詞形。意味は 「寒くて囲炉裏やこたつから離れようとしない人のこと」 (参照) だ。

170111

仮に 「せやみ」 と表記されるが、実際の発音は 「しぇやみ/しやみ」 に近く、酒田では 「寒がり」 の意味が強いので、私は 「冷や身」 が語源なのだと信じていた。ところが Web の世界の多くは、「背病み」 が語源であるとしている。

『横手/方言散歩』 というサイト (参照) では、「せぼねやみ(背骨病) の略にて、負担を命ぜられたる場合に背骨に病ありと称してズルケル意味の語なり」 という説を紹介している。しかし私の感覚としては、それはたまたま 「せやみ」 と標記してしまったことに引きずられすぎたもので、取って付けた感ありありの不自然さを覚える。

そんな中で最近、偶然に 「かんしょやみ」 という言葉を知った。大阪などの上方では昔から使われてきた言葉で、漢字は 「癇性病み」。Weblio 辞書では 「神経質、潔癖症などのこと。小さな事でも気になってしまう気質や体質」 としている (参照)。

上方言葉は北陸を経て東北日本海側に伝播しやすく、「せやみ」 という言葉は、まさにこの地域で使われる。そこで私は、この 「かんしょやみ」 の 「かん」 が落っこちて、「しょやみ」 → 「しぇやみ/せやみ」 に変化したという仮説を立ててみた。

神経質な潔癖症はいろいろ面倒なことを言い立てて、ぐずぐずすることがある。そこでそんなやつのことを 「せやみ」 と言うように変化したのではあるまいか。布団から出たがらないので、「寒がり」 というイメージも加わったのだろう。

言葉の意味というのは、案外簡単に変化するもので、例えば 「お笑いぐさ」 という意味の 「笑止」 が、我が庄内地方では 「しょす」 に変化して 「恥ずかしい」 という意味になり、米沢地方では 「おしょうしな」 に変わって、「ありがとう」 という意味になった。「かんしょやみ」 が 「せやみ」 になって意味も変わるぐらいのことは十分あり得る。

本日はサービスとして、庄内昔話を聞いていただこう。ちなみに動画のタイトルは 「せやみこぎ」 だが、聞いてみればわかるように、庄内弁の実際の発音は 「しぇやみこぎ」 になる。そして当然ながら私は、ここで語られる庄内弁は全て理解できちゃうのだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/02/07

『ひみつのアッコちゃん』 の 『スキスキソング』 と 『庄内おばこ』

知ってる者にとってはあまりにも当たり前すぎて、どうってことのないお話でも、それを初めて知った者にとっては、「大発見」 になり、大はしゃぎしたくなったりする。

今では滅多に聞かなくなったが、昔々のアニメ、『ひみつのアッコちゃん』 のエンディングテーマ、あれって、題名は 『スキスキソング』 (歌は、懐かしの水森亜土) というらしいんだが、私は半世紀近く前に、この歌を初めて聴いたときから 「ファンキー・バージョンの 『庄内おばこ』 じゃん」 と、ごくフツーに思っていた。

私はどういうわけか、子どもの頃から民謡や落語など、シブい芸能の類いには結構詳しかったのである。『スキスキソング』 が 『庄内おばこ』 であるのは、私にとってはあんまり当たり前すぎたので、自分の別宅サイトの 『庄内力養成委員会』 <「庄内力チェック」 の質問 25 で、あっさり触れるぐらいに済ませていた。

ところがこれについて、あたかもちょっとした発見のように書いてあるページがいくつか見つかった。今や庄内生まれでも大多数は 『庄内おばこ』 の歌詞なんて知らず、たまたま気付いたら 「おいおい、知ってるか!」 と言いふらしたくなるようなお話になってしまっているようなのである。それで私としても、改めてここで書いてみる気になったわけだ。

『庄内おばこ』 というのは、私の故郷、庄内の民謡で、「おばこ」 とは 「若い娘っこ」 のこと。庄内弁では 「あねちゃ」 が年長の女性 (姉妹なら姉) で、「おばちゃ」 は年少の女性 (姉妹なら妹) を意味する。決して 「オバちゃん」 のことではない。

日常の庄内弁では 「おばちゃ」 が普通で 、「おばこ」 なんて滅多に言わないのだが、何にでも 「こ」 を付けたがるお隣の秋田県の 『秋田おばこ』 にひきずられてか、庄内でも 『庄内おばこ』 を作ったんだろう。いずれにしても、仕事歌の類いじゃなくて座敷歌だと思う。

1

YouTube で検索しても、手頃なパフォーマンスが見つからなかったが、NHK の 「みちしる」 (『新日本風土記』 アーカイブ) でいい雰囲気のがあったので、左の画像をクリックしてご覧いただきたい (別ウィンドウで開く)。故郷の映像が見られて、私としても懐かしかった。

よく知られた (いや、今となっては 「知る人ぞ知る」 というレベルか?) 1番目の歌詞は次のようなものである。

おばこ来るかやと(アコリャコリャ)
田ん圃のはんずれまで出てみたば(コバエテコバエテ)
おばこ来もせで(アコリャコリャ)
用のないたんばこ売りなどふれて来る(コバエテコバエテ)

「田ん圃のはんずれまで出てみたば」 は 「田んぼのはずれまで出てみたら」ということで、「たんばこ売り」 は 「煙草売り」 の庄内弁発音。囃子詞の 「コバエテ」 は 「来ればいいなあ」 といった意味だが、これは庄内弁の中でも古語である。現代庄内弁では 「来いばいちゃ」 になる。

で、『アッコちゃん』 の 『スキスキソング』 だが、「アッコちゃん来るかと団地のはずれまで出てみたが/アッコちゃん来もせず用もないのに納豆売りが」となって、「おばこ → アッコちゃん」 「田ん圃のはんずれ → 団地のはずれ」、「たんばこ売り → 納豆売り」 と変わっただけである。

作詞者の井上ひさしは山形県育ちの人なので、庄内おばこのインスピレーションで行こうと思ったんだろうね。『スキスキソング』 を知らない人、忘れちゃった人は、下のビデオで聞いて戴きたい。

ちなみに庄内弁では、「おばこ/おばちゃ」 は 「オバちゃん」 のことではないと書いたが、じゃあ、正真正銘の「オバちゃん」 は何というのかといえば、「ががちゃ」(「かあちゃん」 の意味もある) になる。ちなみに、兄、弟、オジさん (とうちゃん) は、「あんちゃ」 「おんちゃ」 「だだちゃ」 で、日本一おいしい枝豆、 「だだちゃ豆」 は、「オヤジ豆」 ということになる。

ついでだが、上の 「みちしる」 の動画に出てきた酒田舞娘のパフォーマンスの完全バージョンが YouTube にある。「相馬楼」 というところの出し物で、ちょっと歌に入るまでの前段階が長いが、浮世を忘れて異次元の時間にまったりと付き合うならいいかもしれないので、下にリンクしておく。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013/06/17

「どんじょけり」 という庄内弁

先月末に、高校時代の同級会に行った。昭和 46年卒業で首都圏在住の 20数名がちゃんこ鍋屋に集まって飲んだり食ったりした。しかし、「飲んだり食ったりした」 という割には、出席した者はみな、ちゃんこ鍋やにふさわしいほどの量の飲み食いは、できない年になってしまっていた。

そのことについては、先月 28日付の 「酒をぐびぐび飲めなくなったので」 という記事に書いたが、それ以上にショックだったのが、出席した 20数名のうち、「どんじょけり」 という庄内弁を知っている者が、私を含めて 3名しかいなかったという事実である。

「どんじょけり」 とは 「どじょうすくい」 という意味である。それは酒田で育った者なら誰でも知っていることだと思っていたのだが、中学校ぐらいの若いモンならいざ知らず、還暦を過ぎた連中のほとんどが 「知らない、使ったことも聞いたこともない」 というのである。これが驚愕でなくてなんだろう。

「どんじょけり」 が私のデタラメではない証拠に、インターネットにだってきっと登場しているはずだと、「どんじょけり」 をキーワードにしてググってみると、"Mr. モシリの『正しい庄内弁講座』-「と」で始まる庄内の方言-" と "みんなで作る和庄辞典" という 2つのページがヒットした。

「そらみろ、ちゃんとインターネットにだって載ってるじゃないか」 と、リンク先に行ってみると、前者には 「どんじょけり どじょうすくい  《by tak》」 とある。なんだ、ネタ元は私か。これじゃあ、客観的なオーソライゼーションにはならないじゃないか。

後者のページに行ってみると、「どじょうすくい →庄内語 [どんじょけり]」 とある。さらに用例まで示してあって、「お父さんは、田んぼにどじょうすくいに行った → だだちゃ、たぁさ、どんじょけりいた 情報提供 : tak さん」 とある。なんだ、こっちのネタ元も私か。

しょうがないから、酒田では知らぬ者とてない郷土史家にして昔話の達人、最強の庄内弁の使い手である佐藤公太郎さんの著書 『改装 庄内むかしばなし 唐の大王鳥』 (みちのく豆本の会・刊) から引用しておこう。「兄マの正月礼」 (P129) という話に、次のようなくだりがある。

したバノ、肝煎ど田サ泥鰌 (どんじょ) けり行ったでわっで、田サ行たド。せきンどごで泥鰌けりしったナ、見 (め) るもんだサゲ……

(日本語訳)
そうしたらね、肝煎りどんは田んぼに泥鰌すくいに行ってると言われて、田んぼに行ったんだと。堰のところで泥鰌すくしているのが見えるものだから……

どうだ、「どんじょけり」 は、佐藤公太郎さんの著書にまで登場する、由緒正しい庄内弁だと証明されたではないか。

それにしても、方言は衰退の一途である。本気になって保存しないと、我々の世代が死んでしまったら、まともにしゃべれるやつは本当に極々少数派になってしまうだろう。ああ、心配である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/02/17

雪で傘をさすか、ささないか

京都から帰ってみると、取手駅前は雪である。京都でも少し降ったが、帰る頃にはすっかり晴れていたから、ちょっと驚きである。この分だと、夜中のうちに少し積もるかもしれない。

今日は時間がないので、ごく軽い話題である。それは雪の中を歩くのに、傘をさすかささないかという問題だ。

40年以上前に東京に出てきた時、私は東京の人間がちょっとした雪で傘をさすのを見て驚いた。私の生まれた山形県の酒田では、雪の中を傘さして歩くという習慣がないのである。

で、身についた習慣通りに傘をささずに歩いたら、服がびしょ濡れになった。東京の雪はボタ雪なので、すぐに解けてしまうのである。「なるほど、東京では雪でも傘をささなければいけないんだ」 と、初めて納得した。

一方、私の田舎では、雪の日には傘をささずに済む。雪の質が違うから、びしょ濡れにならない。しかし実際には、「傘をささずに済む」 というよりはむしろ、「傘をさせない」 と言った方がいいかもしれない。なにしろ季節風がものすごいので、傘なんかさしたらすぐに壊れてしまうのである。

雪の中を歩いて帰ってきても、玄関を入る前にコートやパーカをポンポンと叩くと、乾いた雪がバサバサ落ちる。服はちっとも濡れていない。しかも、体の片方にしか雪は付いていない。

例えば、自宅から西の方向にある所から帰ってきたら、背中は雪だらけだが、前面はカラカラだ。そう、酒田というところでは、雪は上から降るのではなく、横から吹きつけるのだ。

もっとひどくなると、下から吹き上がる。これがいわゆる 「地吹雪」である。酒田というところは、街中で平気でホワイトアウトして、「遭難するんじゃないか」 と思うことが、冗談じゃなくあるのだ。

冬山で傘をさす人なんかいないように、酒田では、雪で傘なんかささないのである。そんなわけで、私は今でも、雪の中を歩くのに傘をさすのに、言い知れぬ違和感をおぼえてしまう。

そうしないと濡れるとわかっていても。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011/12/08

「かゆずし」 という食べ物

昨日の夕方、階下から妻が 「今、BS で、酒田の 『かゆずし』 っていう食べ物のことやってるわよぉ」 と呼ぶので、「そりゃ一体何のことだ?」 と思いながら降りていくと、突然 「あなた、『かゆずし』 って食べたことある?」 と聞かれた。

「何それ? 食べたこともなければ、聞いたこともないよ」
「だって今、テレビで 『酒田のかゆずし』 って特集をやってるのよ。とにかくご覧なさいよ」

というわけで、BS プレミアムの 「にっぽんごはん紀行」 という番組をみると、なにやらなつかしい庄内弁が聞こえる。「かゆずし」 というのは、戦前までは酒田でよく食べられていたご馳走だったが、戦後はほとんど途絶えてしまい、作る人とてなくなってしまった 「幻の食べ物」 であるようなのだ。

「幻の食べ物っていうんじゃあ、食べたことがあるわけないよ。本当に、『かゆずし』 という名前も初めて聞いた」
「まあ、じゃあ、どんなのか、よく見てみなさいよ」

番組では、子供の頃 「かゆずし」 というのを食べたことがあるというおじさん (ごめん、名前は忘れた) が、「もう一度食べてみたい」 と熱望する場面から始まり、次に、やはり子供の頃に食べた味の記憶から今の世にそれを再現させたというおばさんが登場した。

このおばさんは、調べてみたら青塚光子さんという人だと判明した。酒田の地方誌 "Spoon" に登場している (参照)。郷土料理を作らせたらひとかどの腕前の人らしい。光子さんが作ったのは、麹で発行させた御飯に数の子、銀杏、昆布、ゆずを入れたものだ。「なれずし」 の一歩手前みたいなもので、ほのかな甘みがあっておいしいらしい。

これ以上は、私がここでくどくど説明するより、上記のリンク先に飛んで、光子さんのレシピをご覧いただくのが早いだろう。とにかく結構おいしそうなのである。ちなみに、私たち夫婦の結婚式の時の媒酌人も青塚さんという人なのだが、親戚かしらん。

で、番組は、私が今月 4日の和歌ログで紹介した本間美術館で、この 「かゆずし」 の試食会が行われるところで終わりとなる。みなさん、幻の 「なれずし」 を食して満足そう、いやそれ以上に、幸せそうな表情である。

で、この試食会の場面には本間美術館の館長さんも混じって、おいしそうに食べていたのだが、実はこの人、私の又従兄弟の旦那なのである。4日も会ったばかりなのだが、そんな話はしていなかったじゃないか。

今度酒田に行ったら、「かゆずし」 ってどんな味だったか詳しく聞いてみようと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011/12/06

「米のうまいところに悪い人はあんまりいません」

庄内空港に、一部ではとても有名になった大きな看板がある。そこには 「庄内平野と生きる MAETA」 とある。地元の有力企業、前田製管の看板である (参照)。そしてその看板の下の方には、次のように書いてある。

「米のうまいところに悪い人はあんまりいません」

これ、なかなか素晴らしいコピーだと私は思っている。「米のうまいところに悪い人はいません」 と言い切ってしまうと、インパクトはあるかもしれないが、ウソになってしまう。そんな白々しいウソは言えない。だから 「あんまりいません」 と、庄内人は控えめに言う。

これを見ただけで、庄内人はいい人たちだとわかってもらえると思う。

今日は長々と運転して帰ってきたので、このくらいで失礼。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011/11/10

鳥海山の万年雪が見えない

先月の父の葬儀の時も、酒田の天気は快晴が続いた。私の心の山、鳥海山がきれいに見えた。しかし、どこか違和感があった。その違和感が何だったか、今回初めてわかった。雪が全然見えないのだ。

鳥海山には万年雪がある。今でも山頂付近にはあるのかもしれないが、それは見えない。しかし、南側には夏でも解け残る万年雪が、いつも見えていたはずなのだ。それが見えないのである。

あの万年雪はいつ消えてしまったんだろう。これもまた、地球温暖化の仕業なのだろうか。何だか、とてつもなく大切なものを失ってしまったような気がする。

酒田から帰ってきて、かなり疲れてしまったので、今日のところはこれにて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/08/30

庄内平野のヒグラシ

遠い昔の記憶とは、あてにならないものである。私は自分の生まれた庄内平野では、セミは主にアブラゼミとツクツクホウシしかいないものだと思っていた。夏の盛りの 「ジージー」 という声、そして夏の終わりの 「ホウシツクツクツク……」 という繰り返し。それこそが庄内のセミの声だという印象が強い。

ところが、昨日たまたまカーラジオで聞いた 「庄内平野 風の中」 という演歌に 「千のひぐらし 鳴いてます」 という歌詞がある。「ウソだ、庄内平野でそんなにひぐらしが鳴いてるわけないだろう」 と、反射的に思ってしまった。

ところが念のため、「庄内 ヒグラシ」 でググってみると、意外な結果だった。庄内平野でもヒグラシが盛んに鳴いているというのである。「かがくナビ」 というサイトに、次のような記述がある。(参照

ヒグラシは夏の終わりに鳴くセミと勘違いされていることがあります。これは、俳句でヒグラシが秋の季語とされているからですが、実際には7月のなかばくらいから活発に活動するセミです。ここ庄内も今が最盛期。夕方になると 「カナカナカナ・・・」 というヒグラシの声がよく響いています

いやはや。私は自分の思い込みを恥じてしまったのである。庄内平野でもヒグラシは鳴くのだ。もしかしたら子供の頃の他の思い出というのも、ずいぶんいろいろな記憶違いがあるのかもしれない。いちいち詮索したら、思い出の風景や音などというのは、実際とはかなり違っているのだろう。

まあ、それでもいい。思い出は個人個人で違っていてもいいじゃないか。記憶の微妙な違いが、その人なりの個性を作ることにつながっているということだってあるだろうから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/07/15

庄内弁が私を救う?

一昨日付の "「数字数式認識障害」 とでも言いたくなるほど、数字に弱いのだよ" という記事に、シロさんからとても興味深いコメントをいただいた。シロさんは私の (自称) 「数字数式認識障害」 という傾向について、次のようにおっしゃっている。

おそらく、一種の認知障害のようなものではないかなと思いました。
障害と言うと重く聞こえがちですが、脳の特徴みたいなものです。

うぅむ、実は私もそんなような気がしていた。で、「障害」 という言葉について、最近の一部の論調のように 「害」 という字が差別的だからとかいうくだらない理由からではなく、単に言葉のより正確な意味合いとして、「障碍/障礙」 (読みはどちらも同じ 「しょうがい」) と書きたいと思っていた。

実際に、上述の記事でも 「その後、中学 3年から高校ともなると、私の数字数式に関する障碍はかなり明白になった」 なんて書いている。タイトルの 「数字数式認識障害」 は世の習いで 「障害」 と表記したが、地の文ではちょっとだけこだわりを通してみた。「碍」 は 「礙」 の俗字で、訓は 「さまたげ」 。この方が 「障害」 より意味として正確だ。

私の脳内には、数字・数式を認識するのをさまたげる要素があるようなのだ。きっとフツーの人が利用する回路よりずっと遠回りの回路で認識してしまうのだろう。だからフツーの人が案外苦もなくこなす 「読み上げ算で算盤を弾く」 という作業で、私は読み上げに全然付いていけない。

ちなみに上記のコメントでシロさんは、ご自身が 「アスペルガー障害」 という発達障害を持っていると書いておいでだ。そのために 「認知しづらい事がたくさんあり、子供の頃は常に理解できない事だらけで日常的にパニックでした」 とおっしゃっている。

私は 「アスペルガー障害」 については、つい最近までは言葉としては知っていて、知的障害があるわけでもないのに、対人関係などでは難儀なことが多いらしいという程度の知識しかなかった。

ところが私にはアスペルガー障害の息子をもつという知人がいて、彼女は最近、自分の息子と共通した要素を、私に見出すと言いだしたのである。その後にシロさんのコメントがあったので、急に放っておけなくなって、改めて Wikipedia に当たってみたのである。

ウィキでは 「アスペルガー症候群」 という項目になっているのだが (参照)、読んでいるうちにこれって、下手したら本当に自分もその症状を発現する可能性が、かなり高かったんじゃあるまいかという気がしたのである。ちょっと引用する。

彼等が苦手なものは、「他人の情緒を理解すること」 であり、自分の感情の状態をボディランゲージや表情のニュアンス等で他人に伝えることである。多くのアスペルガーの人は、彼等の周りの世界から、期せずして乖離した感覚を持っていると報告されている。

(中略)

アスペルガーの子供は、言葉で言われたことは額面どおり真に受けることが多い。

(中略)

通常であれば日常生活で周囲の人の会話などから小耳に挟んで得ているはずの雑多な情報を、アスペルガーの人は (アスペルガー特有の “興味の集中” のため) “聞こえてはいる” ものの適切に処理することができないことが考えられる。

うむむ、私ってば本当に、確実にその一歩手前の人間だ。例えば、私は喜怒哀楽の感情を否定しはしないが、それを人前で露わにするのはとても恥ずかしいことと思っている。いや、むしろ感情を露わにする術を知らない人間といっていいいかもしれない。

それで若い頃は、目の前に喜怒哀楽を露わにする人間が現れると、どう対応していいか分からなくなっていた。最近でこそ経験から学んで、それなりにおどしたりすかしたりする対処法を身につけたが、以前は本当にどうしていいかわからず、途方に暮れた。

とはいえ私はこれまでに、辛うじてアスペルガー障害と言われずに済んでいるようである。なぜそうならずに済んだのかと考えて、自分が庄内という地域に生まれたことが、これまで思っていた以上の僥倖だったのではないかと思い当たった。

もし、母国語として日本語の標準語しか持ち合わせていなかったとしたら、私は多分、言葉を額面通りに受け取り、行間の意味やニュアンスになどということは思いもよらず、対人関係に困難を覚え、周囲から乖離したと感じる人間になっていたような気がする。

そうならずに済んだのは、ひとえに庄内弁のおかげのようなのだ。庄内弁というただただ情緒的で、言葉そのもの以外のところにそこはかとない意味を隠していて、濃密な人間関係の中でしか通用しないメディアを自然に獲得したことで、私はようやく自分自身の心的傾向を補完することができたのだろう。

前にも書いたことがあるが、私は幼い頃からラジオ少年で、言葉はラジオで知ったようなところがある。庄内弁に馴染むより先に、ラジオから聞こえる標準語に馴染んでいたような気さえする。だから、庄内弁は後天的に獲得した救いであったかもしれないのである。

私は自分が二面性をもつと意識している。標準語、あるいは英語でものごとを考えている時の私は、非常に論理的で、一つのことにものすごく集中できて、しかも時々やたらと直観的である。そう言うと少しはカッコいいが、しかし、アスペルガー障害の一歩手前であるかもしれない。

そうした心的傾向を辛くも希釈しているのが、私の中の庄内弁なのだ。庄内弁でものを考えると私は、「俺って、なんていいヤツなんだ!」 と感動することさえある。これは、私の本質が 「いいヤツ」 というよりも、庄内弁思考が私を土壇場で 「いいヤツ」 に導くのだ。

私が故郷を離れて 40年以上になるのに、今でも庄内弁を忘れず、つくばの地で家族に向かってさえ時々庄内弁で話す (おかげで、ウチの家族は庄内弁のヒアリングはかなりのレベルである) のは、私自身のバランス感覚がそれを必要としているからだと気付いたのである。

そしてこれこそが、alex さんがコメントしてくれた私の 「東北的な情念の世界」 の正体なのかもしれない。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧