カテゴリー「庄内の話題」の69件の記事

2018/10/10

庄内に帰省している

今、妻と一緒に山形県庄内に帰省している。今年は 8月から 9月にかけて大忙しで、盆も彼岸も墓参りができなかったので、いささか季節外れだが戻ってきているわけだ。

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早朝に発って妻の実家のある仙台に寄り、久しぶりに家族に顔を見せて墓参。そして昼過ぎに仙台を発って、今は鶴岡のホテルにいる。本来なら実家のある酒田のホテルに泊まりたかったところだが、どういうわけかどこも満室だったので、隣町の鶴岡にしたわけだ。酒田は何かイベントでもあるのかなあ。

明日は墓参をして、美味しいものを食べたら、早々に帰路につこうと思う。何しろ両親ともにあの世に行ってしまって、実家に寄っても空き家だから、しょうがない。それに、明後日からはまた仕事が入っているので、残念だがゆっくりしてもいられない。

上の写真は、宮城県との県境、笹谷峠から望んだ谷の光景。笹谷峠の最高地点は雲の中で何も見えなかったので、それより少々宮城県側の地点からの眺めである。東北の山ではそろそろ紅葉が始まりかけている。ちなみにさすが東北の山の中で、あちこちに 「熊出没注意」 の看板がある。

本日は長時間の運転で疲れたので、これにて失礼。

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2018/10/04

まず、見で、聞いでみでくっちゃ (まず、見て、聞いてみてくれ)

私の生まれた町、山形県の酒田市に、阿部彩人さんという青年がいて、とてもおもしろい活動をしている。下に紹介した庄内弁ドラマも、彼のプロデュースによるものであるらしい。2013年制作というので、もう 5年も前になるというのだが、最近初めて知ったというのは、我ながらお恥ずかしい。

タイトルの 「んめちゃ」 は、「美味しいなあ」 という意味である。他の地域の方言でも 「〜ちゃ」 とか 「〜っちゃ」 となるのはそれほど珍しくないので、ドラマなんかでは 「おいしいっちゃ!」 なんてのが、「日本共通方言」 みたいになったりしてるよね。

でゅーわげで、上の YouTube 動画、まず、見で、聞いでみでくっちゃ。(というわけで、上の YouTube 動画、まず、見て、聞いてみてくれ)。

何しろ 「庄内弁ドラマ」 というほどのものなので、他の土地で生まれ育った人にはチンプンカンプンかもしれないが、必要な場面には日本語訳の字幕スーパーも出るので、ストーリーはきちんと理解できるはずだ。津軽から秋田平野、新潟北部ぐらいの人なら、字幕スーパーなしでもいけるかもしれない。

言うまでもなく、私は 100%理解できる。というか、この動画の中で語られる庄内弁すら、私にとっては、ずいぶん新しめの言葉みたいに感じられてしまった。何しろ1971年に酒田の高校を出て上京してしまったので、私の中に息づいているのは、半世紀前の庄内弁なもので。

というわけで、酒田に帰って話し始めると、「おめさんみだいだだむがしの庄内弁しゃべる人だの、今、よっぽどの年寄りでねばいねでば」 (お前さんみたいな昔の庄内弁をしゃべる人なんて、今、よほどの年寄りでなければいないってば) なんて言われてしまうのだよね。まるで 「生ける化石」 みたいな言い方である。

ただ、同じことを私が言うと、「おめさんみでだむがしの庄内弁しゃべる人だの、今、ごんげだとしょりでねばいねでゃ」 と、難解さに輪を掛けた状態になってしまう。高校時代の同窓会に出ても、私の庄内弁が同世代の友人たちよりクラシックに聞こえてしまうらしいのは、私が爺さん、婆さんに育てられたせいかもしれない。

とくに私の祖母は 「はましょ (浜衆)」 だったので、私の中にもちょっと荒めの 「はましょ言葉」 が入っちゃってるようなのだ。それで、八幡とか大沢などの農家の言葉は、とても優しく感じてしまったりする。

先日、仕事で酒田に帰り、酒田の 85歳過ぎの人たちと庄内弁で会話する機会があった。同行した仕事仲間は 「悪いけど、一言も理解できなかった」 と言っていて、周りが笑ったら、しょうがなく合わせて笑うしかなかったらしい。

どうやら私の庄内弁は時間軸でいうと、20歳ぐらい年上の人と同レベルのものであるようなのだ。

ともあれ私は、阿部彩人さんがされているような活動を知って、とてもうれしく感じてしまったのであるよ。ちなみに、この動画には第2話もある。こんな具合だ。

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2018/09/17

鳥海山と飛島

らむねさんが当ブログのコメント欄に、9月 29日のブラタモリで、私の故郷である 「山形・酒田」 が放送予定であると書き込んでくれた。さっそく NHK のサイトで確認してみると、なるほど、日本海沖の 「飛島」 まで足を運んで撮影したもののようだ (参照、「あすか」 じゃなく、「飛島 (とびしま)」 ね。念のため)。

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どうでもいいことかもしれないが、この記事、「No.113」 じゃなく 「#113」 となっているのが気に入った。さすがタモリさんである。これについての詳細は、私の 11年前の記事、「"#" は 「シャープ」 じゃないんだって」 を参照されたい。

そして、これは決してどうでもいいことじゃないのだが、らむねさんの情報によると、「やまがた 庄内 観光サイト」 というサイトの 「飛島で満喫!」 というページの冒頭の画像の文字が、「鳥海山・飛島ジオパークへ行こう! 飛鳥で満喫」 となってしまっている。冒頭で 「鳥海山・飛島」 と言ってるのに、続けて 「飛鳥 (あすか) で満喫」 とは、「責任者、出て来い!」 と言いたくなってしまう。

さらにややこしいことには、酒田には 「飛鳥 (あすか)」 という地名もちゃんとあるのだよ。「酒田市飛鳥」 (さかたしあすか) でググると、最初に 「山形県酒田市飛鳥」 がランクされるが、2番目に 「飛島 (山形県) - Wikipedia」 (「とびしま」 ね。念のため) が表示されてしまう (参照)。Google としては (自動的に) 気を利かせたつもりなんだろうけど、結果的にややこしさに輪を掛けてしまっている。

「飛島」 という名前の由来は、鳥海山の噴火で飛んでいった噴出物の塊が日本海に落ちて島になったからという、ちょっとあり得ない話が伝えられている。子どもの頃に聞いた昔話にこんなのがある。(以下、庄内弁を日本語に翻訳済みだが、庄内の民話の最初と最後のお約束、「昔あったけど/とっぴんからりんねけど」 は、オリジナルのまま)

昔あったけど。ある朝、鳥海山が目を覚ますと、隣の月山の方が高くなっていて、「どうだ、俺の方が高いぞ」 と威張るのだった。鳥海山はそれに腹を立て、全身に力を込めると大地震になり、さらに噴火して、再び月山より高くなった。その噴火で飛んで行った土の塊が海に落ちて島になったので、「飛島」 と言うんだと。とっぴんからりんねけど。

なにしろ鳥海山という山は、日本海岸からいきなり立ち上がって標高 2236メートルになるという独立峰である (参照)。それでこんな話も生まれたのだろう。

そして飛島 (「とびしま」 ね。念のため) というのはなかなかいいところで、私は大昔に 1度しか行ったことがないが、死んだ父は海釣りが好きだったので、何度も渡っていた。最近の飛島がどんなになっているのか知りたいが、なかなか行く機会がないので、ブラタモリを見て確認してみたい。

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2017/01/12

庄内弁の 「さどけ」 (潔癖症) という言葉を巡る冒険

昨日は庄内弁の 「せやみ」 について考察し、その語源は上方言葉の 「かんしょやみ」 ではないかという新仮説を立てた。「かんしょやみ」 とは度を外れた潔癖症のことを言うらしいのだが、我が庄内ではそうした傾向を 「さどけ」 という。

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この 「さどけ」 というのはどうやらかなり地域限定の方言らしく、ネットで検索しても庄内以外の地域で使われているという記述が見当たらない。昨日の 「せやみ」 はちょっと検索しただけでが北陸から秋田までの広い地域で使われているらしいことがわかるので、エラい違いである。

「さどけ」 はイメージで言えば、自分の家以外の洋式トイレでは、便座をトイレットペーパーなどでカバーしないと腰を下ろせないみたいな人のことである。まあ、上の写真はかなり極端すぎる例だが。

庄内には 「さどけのびしょなし」 という格言じみた言葉があって、「きれい好きで他人にはいろいろとうるさいことを言うくせに、自分自身はまったくだらしない」 という意味で使われる。「紺屋の白袴」 とか 「医者の不養生」 みたいなものだ。

で、この 「さどけ」 の語源だが、これこそ昨日の 「せやみ」 以上の難物で、ググってみても何の手がかりも見つからない。念のため断っておくが、「サドッ気」 とか、そっちの方の話とはまったく関係がない。

私としては、神経が敏感であることを示す 「敏い (さとい)」 という言葉に、「け」 が付いたものと考えている。「け」 は 「もののけ」 (物の化)」 の 「け」 に通じ、異様な状態を示す。つまり 「清潔/不潔という観念に敏感すぎる、フツーじゃない状態」 ということだ。

ちなみに私の母は、潔癖症のことを 「さどけのピー」 と言っていた。この 「ピー」 が何を表しているのかは、今となっては謎である。母が生きているうちに聞いておけばよかったのだが、聞いたとしても多分、母自身もわかっていなかったんじゃなかろうか。

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2017/01/11

「せやみ」 という言葉を巡る冒険

庄内弁に 「せやみ」 という言葉がある。意味は 「寒がり、ものぐさ」 で、派生語として 「せやみこぎ」 がある。「こぎ」 は、「馬鹿こくでねえ!」 の 「こく」 の名詞形。意味は 「寒くて囲炉裏やこたつから離れようとしない人のこと」 (参照) だ。

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仮に 「せやみ」 と表記されるが、実際の発音は 「しぇやみ/しやみ」 に近く、酒田では 「寒がり」 の意味が強いので、私は 「冷や身」 が語源なのだと信じていた。ところが Web の世界の多くは、「背病み」 が語源であるとしている。

『横手/方言散歩』 というサイト (参照) では、「せぼねやみ(背骨病) の略にて、負担を命ぜられたる場合に背骨に病ありと称してズルケル意味の語なり」 という説を紹介している。しかし私の感覚としては、それはたまたま 「せやみ」 と標記してしまったことに引きずられすぎたもので、取って付けた感ありありの不自然さを覚える。

そんな中で最近、偶然に 「かんしょやみ」 という言葉を知った。大阪などの上方では昔から使われてきた言葉で、漢字は 「癇性病み」。Weblio 辞書では 「神経質、潔癖症などのこと。小さな事でも気になってしまう気質や体質」 としている (参照)。

上方言葉は北陸を経て東北日本海側に伝播しやすく、「せやみ」 という言葉は、まさにこの地域で使われる。そこで私は、この 「かんしょやみ」 の 「かん」 が落っこちて、「しょやみ」 → 「しぇやみ/せやみ」 に変化したという仮説を立ててみた。

神経質な潔癖症はいろいろ面倒なことを言い立てて、ぐずぐずすることがある。そこでそんなやつのことを 「せやみ」 と言うように変化したのではあるまいか。布団から出たがらないので、「寒がり」 というイメージも加わったのだろう。

言葉の意味というのは、案外簡単に変化するもので、例えば 「お笑いぐさ」 という意味の 「笑止」 が、我が庄内地方では 「しょす」 に変化して 「恥ずかしい」 という意味になり、米沢地方では 「おしょうしな」 に変わって、「ありがとう」 という意味になった。「かんしょやみ」 が 「せやみ」 になって意味も変わるぐらいのことは十分あり得る。

本日はサービスとして、庄内昔話を聞いていただこう。ちなみに動画のタイトルは 「せやみこぎ」 だが、聞いてみればわかるように、庄内弁の実際の発音は 「しぇやみこぎ」 になる。そして当然ながら私は、ここで語られる庄内弁は全て理解できちゃうのだよね。

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2015/02/07

『ひみつのアッコちゃん』 の 『スキスキソング』 と 『庄内おばこ』

知ってる者にとってはあまりにも当たり前すぎて、どうってことのないお話でも、それを初めて知った者にとっては、「大発見」 になり、大はしゃぎしたくなったりする。

今では滅多に聞かなくなったが、昔々のアニメ、『ひみつのアッコちゃん』 のエンディングテーマ、あれって、題名は 『スキスキソング』 (歌は、懐かしの水森亜土) というらしいんだが、私は半世紀近く前に、この歌を初めて聴いたときから 「ファンキー・バージョンの 『庄内おばこ』 じゃん」 と、ごくフツーに思っていた。

私はどういうわけか、子どもの頃から民謡や落語など、シブい芸能の類いには結構詳しかったのである。『スキスキソング』 が 『庄内おばこ』 であるのは、私にとってはあんまり当たり前すぎたので、自分の別宅サイトの 『庄内力養成委員会』 <「庄内力チェック」 の質問 25 で、あっさり触れるぐらいに済ませていた。

ところがこれについて、あたかもちょっとした発見のように書いてあるページがいくつか見つかった。今や庄内生まれでも大多数は 『庄内おばこ』 の歌詞なんて知らず、たまたま気付いたら 「おいおい、知ってるか!」 と言いふらしたくなるようなお話になってしまっているようなのである。それで私としても、改めてここで書いてみる気になったわけだ。

『庄内おばこ』 というのは、私の故郷、庄内の民謡で、「おばこ」 とは 「若い娘っこ」 のこと。庄内弁では 「あねちゃ」 が年長の女性 (姉妹なら姉) で、「おばちゃ」 は年少の女性 (姉妹なら妹) を意味する。決して 「オバちゃん」 のことではない。

日常の庄内弁では 「おばちゃ」 が普通で 、「おばこ」 なんて滅多に言わないのだが、何にでも 「こ」 を付けたがるお隣の秋田県の 『秋田おばこ』 にひきずられてか、庄内でも 『庄内おばこ』 を作ったんだろう。いずれにしても、仕事歌の類いじゃなくて座敷歌だと思う。

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YouTube で検索しても、手頃なパフォーマンスが見つからなかったが、NHK の 「みちしる」 (『新日本風土記』 アーカイブ) でいい雰囲気のがあったので、左の画像をクリックしてご覧いただきたい (別ウィンドウで開く)。故郷の映像が見られて、私としても懐かしかった。

よく知られた (いや、今となっては 「知る人ぞ知る」 というレベルか?) 1番目の歌詞は次のようなものである。

おばこ来るかやと(アコリャコリャ)
田ん圃のはんずれまで出てみたば(コバエテコバエテ)
おばこ来もせで(アコリャコリャ)
用のないたんばこ売りなどふれて来る(コバエテコバエテ)

「田ん圃のはんずれまで出てみたば」 は 「田んぼのはずれまで出てみたら」ということで、「たんばこ売り」 は 「煙草売り」 の庄内弁発音。囃子詞の 「コバエテ」 は 「来ればいいなあ」 といった意味だが、これは庄内弁の中でも古語である。現代庄内弁では 「来いばいちゃ」 になる。

で、『アッコちゃん』 の 『スキスキソング』 だが、「アッコちゃん来るかと団地のはずれまで出てみたが/アッコちゃん来もせず用もないのに納豆売りが」となって、「おばこ → アッコちゃん」 「田ん圃のはんずれ → 団地のはずれ」、「たんばこ売り → 納豆売り」 と変わっただけである。

作詞者の井上ひさしは山形県育ちの人なので、庄内おばこのインスピレーションで行こうと思ったんだろうね。『スキスキソング』 を知らない人、忘れちゃった人は、下のビデオで聞いて戴きたい。

ちなみに庄内弁では、「おばこ/おばちゃ」 は 「オバちゃん」 のことではないと書いたが、じゃあ、正真正銘の「オバちゃん」 は何というのかといえば、「ががちゃ」(「かあちゃん」 の意味もある) になる。ちなみに、兄、弟、オジさん (とうちゃん) は、「あんちゃ」 「おんちゃ」 「だだちゃ」 で、日本一おいしい枝豆、 「だだちゃ豆」 は、「オヤジ豆」 ということになる。

ついでだが、上の 「みちしる」 の動画に出てきた酒田舞娘のパフォーマンスの完全バージョンが YouTube にある。「相馬楼」 というところの出し物で、ちょっと歌に入るまでの前段階が長いが、浮世を忘れて異次元の時間にまったりと付き合うならいいかもしれないので、下にリンクしておく。

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2013/06/17

「どんじょけり」 という庄内弁

先月末に、高校時代の同級会に行った。昭和 46年卒業で首都圏在住の 20数名がちゃんこ鍋屋に集まって飲んだり食ったりした。しかし、「飲んだり食ったりした」 という割には、出席した者はみな、ちゃんこ鍋やにふさわしいほどの量の飲み食いは、できない年になってしまっていた。

そのことについては、先月 28日付の 「酒をぐびぐび飲めなくなったので」 という記事に書いたが、それ以上にショックだったのが、出席した 20数名のうち、「どんじょけり」 という庄内弁を知っている者が、私を含めて 3名しかいなかったという事実である。

「どんじょけり」 とは 「どじょうすくい」 という意味である。それは酒田で育った者なら誰でも知っていることだと思っていたのだが、中学校ぐらいの若いモンならいざ知らず、還暦を過ぎた連中のほとんどが 「知らない、使ったことも聞いたこともない」 というのである。これが驚愕でなくてなんだろう。

「どんじょけり」 が私のデタラメではない証拠に、インターネットにだってきっと登場しているはずだと、「どんじょけり」 をキーワードにしてググってみると、"Mr. モシリの『正しい庄内弁講座』-「と」で始まる庄内の方言-" と "みんなで作る和庄辞典" という 2つのページがヒットした。

「そらみろ、ちゃんとインターネットにだって載ってるじゃないか」 と、リンク先に行ってみると、前者には 「どんじょけり どじょうすくい  《by tak》」 とある。なんだ、ネタ元は私か。これじゃあ、客観的なオーソライゼーションにはならないじゃないか。

後者のページに行ってみると、「どじょうすくい →庄内語 [どんじょけり]」 とある。さらに用例まで示してあって、「お父さんは、田んぼにどじょうすくいに行った → だだちゃ、たぁさ、どんじょけりいた 情報提供 : tak さん」 とある。なんだ、こっちのネタ元も私か。

しょうがないから、酒田では知らぬ者とてない郷土史家にして昔話の達人、最強の庄内弁の使い手である佐藤公太郎さんの著書 『改装 庄内むかしばなし 唐の大王鳥』 (みちのく豆本の会・刊) から引用しておこう。「兄マの正月礼」 (P129) という話に、次のようなくだりがある。

したバノ、肝煎ど田サ泥鰌 (どんじょ) けり行ったでわっで、田サ行たド。せきンどごで泥鰌けりしったナ、見 (め) るもんだサゲ……

(日本語訳)
そうしたらね、肝煎りどんは田んぼに泥鰌すくいに行ってると言われて、田んぼに行ったんだと。堰のところで泥鰌すくいしているのが見えるものだから……

どうだ、「どんじょけり」 は、佐藤公太郎さんの著書にまで登場する、由緒正しい庄内弁だと証明されたではないか。

それにしても、方言は衰退の一途である。本気になって保存しないと、我々の世代が死んでしまったら、まともにしゃべれるやつは本当に極々少数派になってしまうだろう。ああ、心配である。

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2012/02/17

雪で傘をさすか、ささないか

京都から帰ってみると、取手駅前は雪である。京都でも少し降ったが、帰る頃にはすっかり晴れていたから、ちょっと驚きである。この分だと、夜中のうちに少し積もるかもしれない。

今日は時間がないので、ごく軽い話題である。それは雪の中を歩くのに、傘をさすかささないかという問題だ。

40年以上前に東京に出てきた時、私は東京の人間がちょっとした雪で傘をさすのを見て驚いた。私の生まれた山形県の酒田では、雪の中を傘さして歩くという習慣がないのである。

で、身についた習慣通りに傘をささずに歩いたら、服がびしょ濡れになった。東京の雪はボタ雪なので、すぐに解けてしまうのである。「なるほど、東京では雪でも傘をささなければいけないんだ」 と、初めて納得した。

一方、私の田舎では、雪の日には傘をささずに済む。雪の質が違うから、びしょ濡れにならない。しかし実際には、「傘をささずに済む」 というよりはむしろ、「傘をさせない」 と言った方がいいかもしれない。なにしろ季節風がものすごいので、傘なんかさしたらすぐに壊れてしまうのである。

雪の中を歩いて帰ってきても、玄関を入る前にコートやパーカをポンポンと叩くと、乾いた雪がバサバサ落ちる。服はちっとも濡れていない。しかも、体の片方にしか雪は付いていない。

例えば、自宅から西の方向にある所から帰ってきたら、背中は雪だらけだが、前面はカラカラだ。そう、酒田というところでは、雪は上から降るのではなく、横から吹きつけるのだ。

もっとひどくなると、下から吹き上がる。これがいわゆる 「地吹雪」である。酒田というところは、街中で平気でホワイトアウトして、「遭難するんじゃないか」 と思うことが、冗談じゃなくあるのだ。

冬山で傘をさす人なんかいないように、酒田では、雪で傘なんかささないのである。そんなわけで、私は今でも、雪の中を歩くのに傘をさすのに、言い知れぬ違和感をおぼえてしまう。

そうしないと濡れるとわかっていても。

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2011/12/08

「かゆずし」 という食べ物

昨日の夕方、階下から妻が 「今、BS で、酒田の 『かゆずし』 っていう食べ物のことやってるわよぉ」 と呼ぶので、「そりゃ一体何のことだ?」 と思いながら降りていくと、突然 「あなた、『かゆずし』 って食べたことある?」 と聞かれた。

「何それ? 食べたこともなければ、聞いたこともないよ」
「だって今、テレビで 『酒田のかゆずし』 って特集をやってるのよ。とにかくご覧なさいよ」

というわけで、BS プレミアムの 「にっぽんごはん紀行」 という番組をみると、なにやらなつかしい庄内弁が聞こえる。「かゆずし」 というのは、戦前までは酒田でよく食べられていたご馳走だったが、戦後はほとんど途絶えてしまい、作る人とてなくなってしまった 「幻の食べ物」 であるようなのだ。

「幻の食べ物っていうんじゃあ、食べたことがあるわけないよ。本当に、『かゆずし』 という名前も初めて聞いた」
「まあ、じゃあ、どんなのか、よく見てみなさいよ」

番組では、子供の頃 「かゆずし」 というのを食べたことがあるというおじさん (ごめん、名前は忘れた) が、「もう一度食べてみたい」 と熱望する場面から始まり、次に、やはり子供の頃に食べた味の記憶から今の世にそれを再現させたというおばさんが登場した。

このおばさんは、調べてみたら青塚光子さんという人だと判明した。酒田の地方誌 "Spoon" に登場している (参照)。郷土料理を作らせたらひとかどの腕前の人らしい。光子さんが作ったのは、麹で発行させた御飯に数の子、銀杏、昆布、ゆずを入れたものだ。「なれずし」 の一歩手前みたいなもので、ほのかな甘みがあっておいしいらしい。

これ以上は、私がここでくどくど説明するより、上記のリンク先に飛んで、光子さんのレシピをご覧いただくのが早いだろう。とにかく結構おいしそうなのである。ちなみに、私たち夫婦の結婚式の時の媒酌人も青塚さんという人なのだが、親戚かしらん。

で、番組は、私が今月 4日の和歌ログで紹介した本間美術館で、この 「かゆずし」 の試食会が行われるところで終わりとなる。みなさん、幻の 「なれずし」 を食して満足そう、いやそれ以上に、幸せそうな表情である。

で、この試食会の場面には本間美術館の館長さんも混じって、おいしそうに食べていたのだが、実はこの人、私の又従兄弟の旦那なのである。4日も会ったばかりなのだが、そんな話はしていなかったじゃないか。

今度酒田に行ったら、「かゆずし」 ってどんな味だったか詳しく聞いてみようと思う。

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2011/12/06

「米のうまいところに悪い人はあんまりいません」

庄内空港に、一部ではとても有名になった大きな看板がある。そこには 「庄内平野と生きる MAETA」 とある。地元の有力企業、前田製管の看板である (参照)。そしてその看板の下の方には、次のように書いてある。

「米のうまいところに悪い人はあんまりいません」

これ、なかなか素晴らしいコピーだと私は思っている。「米のうまいところに悪い人はいません」 と言い切ってしまうと、インパクトはあるかもしれないが、ウソになってしまう。そんな白々しいウソは言えない。だから 「あんまりいません」 と、庄内人は控えめに言う。

これを見ただけで、庄内人はいい人たちだとわかってもらえると思う。

今日は長々と運転して帰ってきたので、このくらいで失礼。

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