カテゴリー「自然・環境」の276件の記事

2019/02/10

マイナス 10度以下のところでテントで寝ると

ニュースでは 「最強クラス寒波襲来」 と報じられ、読売新聞にそのメカニズムが単純な図解で示されている (参照)。偏西風が南に蛇行したせいで、北極の冷気 「極渦」 が南下して北海道まで降りてきているのだそうだ。というわけで、北海道各地は軒並みマイナス10度以下の寒さとなっている。

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ちなみに私は東北の出身だが、山形県の庄内地方は内陸ではなく海に近いということもあって、それほどべらぼうな寒さにはならない。地吹雪はものすごいが、気温だけをとれば、私の記憶にあるのはせいぜいマイナス 5〜6度ぐらいが一番低い。

昔のこととて家屋の防寒対策はそれほどじゃなく、隙間風だってあったから、高校時代までは自分の部屋で寝ていても寒風で顔が撫でられる実感があった。今のように羽毛布団が出回っていたわけじゃないから、よくまあ、あんなので寝ていたなあと思う。人間の適応能力って、かなりすごい。

ところで、自分が一番寒いところで夜を過ごしたというのは、やはり冬山に登っていた若い頃だろう。山小屋泊まりなんてことはせず、テントで単独行の夜を越していたのだから、我ながら立派なものだ。テントが雪に埋もれるぐらいだと、逆に雪が保温材になって無茶苦茶凍えるような寒さにはならなかったような記憶がある。

奥秩父の標高 2000メートル以上のところで夜を越すと、地上はマイナス 3度ぐらいでも、標高 100メートルごとに 0.6度低くなるといわれるから、マイナス 15度以下まで冷え込んでいただろう。テントとその中の内張り程度の布の中で、結構着込んだまま極寒用寝袋に入って寝るのだが、夜中を越すと寒くて熟睡なんかできない。

そんな経験からすると、マイナス 12度ぐらいまで冷えても、寒冷地モデルの住宅の中でしっかりした羽毛布団にくるまっていれば、それなりには眠れるだろう。ただ、一步外に出れば顔が痛いぐらいの寒さだろうが。

冬山に登っていた頃のことを思い出すと、一晩のうちに新雪が降り積もって、歩くにもラッセルしながら行かなければならない状況だと、「誰か早く出発してくれないかなあ」 と期待しながら辺りを窺う。屈強の冬山慣れした様子のパーティが先に出発してくれると、その後を行けばいいので楽ができるが、他の連中が逆方向に行ってしまったりすると、単独行の私が死ぬ思いでラッセルしなければならない。

だから歩き出しさえすればそのうち暖まってしまうのだが、寝ている間は本当に震えていたなあ。

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2019/01/31

「雪下ろしの雷」 が関東でも鳴った

さっき十時過ぎに 「ガラガラ、ドシン!」 というものすごい雷がなったので、「こりゃ、『雪下ろしの雷』 かな?」 と思って外に出てみると、案の定、夜闇の中に白い雪が舞っていた。「今夜は関東の平野でも雪になる」 という天気予報がしっかりと当たってしまった。

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1年とちょっと前に 「冬の雷、この世の不思議」 という記事を書いている。冬の日本海側では冬に雷がよく鳴って、これを 「雪下ろしの雷」 とか 「鱈起こしの雷」 とか言う。夏の雷のようにゴロゴロといつまでも長く鳴り続けるということは稀で、まさに 「ガラガラ、ドシン!」 の一発で終わりになることが多いのだが、まさか関東でも 「ガラガラ、ドシン!」 で雪になるとは思わなかった。

ちなみに 「冬の雷、この世の不思議」 というのはマザーグースの短い歌で、原詩は "Winter's thunder is the world's wonder." という。"Thunder" と "wonder" で韻を踏んでいる。

本当に冬の雷というのは、世界的には珍しい現象だそうで、これが関東の平地で発生したというのは、異常気象の一環なんじゃないかという気がしてしまうのだよね。

明日は広島に出張しなければならないのだが、朝の交通は大丈夫だろうか。気を揉んでも仕方がないから、今夜は早めに寝てしまおう。

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2019/01/12

今年の冬は寒いと言われるが

先日、無農薬野菜作りをしている友人の畑に立ち寄ると、冬とはいえ、白菜、ナバナ、パクチーなどが元気に育っていた。帰りに野菜をもらって帰ったが、やはり無農薬で育てたものは確実においしい。

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彼の話によると近頃かなり寒いので、野菜の生育が例年に比べて少し遅れ気味らしい。11月頃に発表された気象庁の季節予報では 「この冬は暖冬になる見込み」 とのことで、確かに 12月の初旬までは暖かめだったが、中旬から急に気温が下がり始めて、年明けはずっと寒いままだ。

前にも何度か書いたことだが、明日か明後日の天気予報はかなりよく当たるようになったが、3ヶ月予報、いわゆる 「季節予報」 はなかなか当たらない。ここ数年のことを思い出してみても、当たらない確率の方が高いので、まともに信じない方がいいという印象だ。

ただこの冬は 「厳冬」 とは言わないまでもかなりの寒さに違いないが、昭和の終わり頃の寒さに比べると、それほどのものではない。私が東京杉並区からこのつくばの地に移転してきたのは 37年前の昭和 57年、つまり1982年のことだったが、あの頃の寒さはこんなものではなかった。

冬になると我が家の裏の川土手には毎朝びっしりと霜柱が立って、それを踏んで歩くと足が 3センチぐらいザクッと沈み込んだものだ。クルマのフロントガラスも真っ白な霜に覆われて、内側からしばらくヒーターの風を当てて溶かしていたものだ。最近ではそんなことになる朝は滅多にない。

家の中も暖房を切るとかなり冷え込んでいたので、引っ越して最初の冬、慌てて見るからに分厚い羽布団を買い込み、それを毎晩かけて寝ていた。しかし近頃ではその特別誂えのような羽布団はあまり使うこともなくなり、とくに冷え込む夜に出してかける程度のことになっている。つくばの冬は確実に暖かくなっている。

地球温暖化の傾向は、夏よりも冬の気温上昇において顕著なのだと言われている。昨年の夏は 40度越えの酷暑を何度か記録したが、冬の場合はしのぎやすい方向への変化だからなのか、あまり話題にはならない。

この程度のことで 「今年の冬は寒い」 というのは、ちょっと前の感覚からするとちゃんちゃらおかしいことなのかもしれない。

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2018/12/21

日本政府は IWC 脱退を決めたようだが

日本政府が国際捕鯨委員会 (IWC) を脱退する方針を固めたと報じられている。商業捕鯨を再開するためというのが、その理由だ。

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捕鯨に関しては、私は以前は 「少しぐらいいいんじゃないか」 と思っていた。14年前の 9月には 「環境保護と動物保護」 という記事で、 "「環境保護」 を標榜するグリーンピースなどの活動も、クジラなどに関しては、実は 「偏狭な動物保護」 だったりすることがあるのではなかろうか" なんて書いている。

ところがこの言い方は、多分にグリーンピースへの反感から来ているところがあって、私自身は別に捕鯨推進派というわけじゃなかった。そしてとくに最近は肉食を止めたということもあって、「反捕鯨」 の考えに明確に変わっている。

「他に食うものがいくらでもあるのに、わざわざクジラを捕って食わなくてもいいじゃないか」 ということだ。ということは、IWC 脱退にも反対せざるを得ない。

「鯨肉を食うのは、日本の固有文化だから、他国から文句を言われる筋合いはない」 というのが政府の言い分のようだが、その言い方は、一部のアジア地域の人たちが 「犬肉を食って何が悪い!」 と言うのとほとんど変わらない気がする。両方とも 「固有文化」 という点に関しては認めるにやぶさかではないが、今の世の中で、そんなにまで意固地に守らなければならないほどのものとは、私には思えない。

いずれにしても、私自身はクジラは食わない。ここ数年、牛も豚も鶏も食わないことにしているのに、クジラだけは食うなんて言えるはずがない。逆に言えば、牛も豚も鶏も食っているくせに、クジラまで食いたいというのは、「よほど業が深い」 と思ってしまうのである。

最後に 3年ちょっと前の 「そろそろ捕鯨を止めようじゃないか」 という記事の結論として書いた以下の文章を、再録しておく。

必要があるとも思われない 「捕鯨」 という行為を、日本はなぜ継続しているのかという問題を、かなりクールな目で説いたテキストがある。BBC の Rupert Wingfield-Hayes という人が書いた 「日本とクジラ なぜ日本は捕鯨をするのか」 (原文は "Japan and the whale") という記事だ。

「日本が捕鯨を続ける決意が固いのは、捕鯨関係者が多い選挙区から選出された数人の国会議員と、予算を失いたくない数百人の官僚たちのせいと言えるかもしれないのだ」 という文で結ばれるこの記事を読めば、少なくとも捕鯨を続けることに積極的な意味がないと、客観的にも理解される。

 

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2018/12/04

今日は 「夏日」 になったところが多かったらしい

4日前の 11月 30日に 「あんまり天気がいいので、冬とは気付かない」 と書いた。そして今日はそれを通り越して、西日本を中心に気温 25度以上の夏日となったところが多かったらしいのである (参照)。

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今日の昼頃、所用で 10km ほど離れたところまで自転車で行った。一見して寒そうには思われなかったので軽装で行ったが、それでもかなりの汗をかいた。完全な夏装備で行った方がよかったかもしれない。

今年の夏は文字通りの 「死ぬほど暑い」 夏だったが、師走になっても凍える寒さはまだ体験していない。ずっと小春日和のままである。関東は小春日和で西日本は夏日というのだから、ちょっと尋常じゃない。

ここ 2〜3年、冬は結構寒かったという印象がある。ただ、それでも昨年 12月 8日の 「今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感」 という記事で、次のように書いている。ちょっと調べれば一昔前と比べれば暖かくなっているのがわかる。

ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

つまり、ここ数年の体感だけだと 「結構寒い冬」 に感じられ、ということは 30代前半ぐらいまでの人たちは 「冬は寒い」 と実感しているかもしれないが、気象庁のデータを見れば、1月の平均気温が、33年前と比べて概ね 2度以上高くなっているのがわかる。断然暖かめになっているのが一目瞭然なのだ。

1月の平均気温が 2度以上高くなっても真冬だからまだいいが、8月の平均気温がそれだけ上がったら、大変な暑さになって、死者が増えてしまう。地球温暖化は夏よりも冬の気象において顕著だと言われるが、まさにその通りだ。極致の氷が解けてしまっているのが大問題なのだもの。

とはいえ何度か書いていることだが、最近の気象現象は 「温暖化」 というより 「極端化」 という方が実感に沿うので、これから先、どんなに極端な気候の冬になっても動じないように、覚悟しておこう。今週末からは本格的寒さになるというし、何しろ、エルニーニョの年は春先に関東で大雪になる傾向があるようだから。

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2018/11/30

あんまり天気がいいので、冬とは気付かない

今日も関東は小春日和で暖かい。今、11月 30日の 午後 4時過ぎで、天気図を見ても関東付近の等圧線はだらっとなだらかである。これでは夜中になっても風の強まる気配はないから、東京地方では木枯らし 1号の吹かない 11月となることがほぼ決定である。これは 39年ぶりのことらしい (参照)。

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今日はここ、つくば周辺でも妙に暖かく、小さな羽虫がやたら発生している。クルマの窓を開けると、そんなのがどんどん入ってくるので、気持ちよく窓を全開で走るわけにもいかない。

この夏がやたら暑かったせいで、体がかなり夏向きになってしまい、今月半ば過ぎまでは案外肌寒く感じることもあったが、それに慣れてしまうと、もう妙な暖かさのみが気になる。最近は夜中になってもクルマの暖房を点けて走ったことがないし、さらにはエルニーニョまで発生しているらしく、そうなるとますます暖冬傾向が強まる。

思えば 18歳で山形県の庄内から上京し、初めて晩秋を越した時も、冬が来ているとは少しも気付かなかった。故郷の冬と言えば、ほぼ毎日のように暗い雲が立ち籠め、風速 20メートルの吹雪になる。ところが 11月を過ぎても東京の空は明るく、それほど冷たい風も吹かない。それにあの頃は学園紛争で大学はずっとロックアウト状態だったから、夏休みがそのまま冬休みになだれ込むようなもので。メリハリがないのである。

「あんまり天気がいいから、冬とは気付かなかったよ」 と言うと、周囲の連中は 「冬って大抵天気がいいもんじゃないの?」 なんて言う。その時初めて、「ああ、自分は故郷を離れて東京暮らしをしてしまっているのだ」 と、しみじみ思ったものだ。

そして今、あまりにも冬らしくないので、47年前の感覚を思い出してしまい、「あんまり天気がいいから、冬とは気付かなかったよ」 と、もう一度言いたくなった。温暖化は留まるところを知らない。

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2018/11/27

中国の砂嵐による黄砂被害と、米国のダスト・ボウル

中国で大規模な砂嵐が発生しているらしい (参照)。高さ 100m に達するという 「砂の壁」 が都市に迫る画像が衝撃的だ。

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中国メディアによると、甘粛省ってどこにあるのだか知らないが、そこで 25日午後、大規模な砂嵐が発生、近いうちに 1400km 離れた北京に到達すると見られているという。ニュースで紹介された写真はネット上に投稿されたもので、上空 100m に達する砂嵐が捉えられている。

この砂嵐が北京に届いたら、当然ながらその東にある日本海を越えて日本にまで届く。過去にもそうしたことが何度かあった。私の故郷の山形県酒田市でも、洗濯物が黄色の砂で汚れてしまうなんてこともあったから。

こうしたニュースを聞くと、1930年代の米国中西部で起きた 「ダスト・ボウル」 を想起してしまう。試しにこのリンク先の Wikipedia ページに飛んで、冒頭にある写真をご覧戴きたい。現代中国の写真との間で 「デジャブ感」 が湧き上がるだろう。

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スタインベックは 『怒りの葡萄』 で、このダスト・ボウルを描いた。またウッディ・ガスリーの歌った一連のダスト・ボウルの歌は、現代のボブ・ディランに至るまで大きな影響力をもたらした。

米国のダスト・ボウルは、白人の入植者の大草原開拓による表土破壊が原因だった。大規模な現象としては、1930年代で一応の終結をみたが、中国の砂嵐は今後どんなことになるのだろう。

過去数十年間の中国の砂漠化の主原因は、過伐採、過放牧、過剰耕作など人為的なものが大きいとされている。中国北西部の農耕や牧畜は急激な人口増加に対応するため、長く行われてきた移動型から、定着型に変化している。乾燥地域での定着型農業や牧畜は土地への負荷が大きく、水不足によってさらに砂漠化が進行しやすくなる。

環境破壊の規模はさらに拡大され、被害はますます大きくなる一方に思われてしまう。

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2018/11/24

博多のサル騒動にちなんで

Google ニュースで 「博多駅前や女子高付近、大型のサル目撃情報」 という見出しを見つけ、「大型のサル」 とか言うから、思わず 「それ、俺だったんだけど、何か?」 なんてボケようかと思ったが、動画を見れば明らかにホンモノのサルである。

ググってみたところ、「大型のサル」 と言っているのは読売新聞だけで、他のメディアは単に 「サル出没」 と報じている。そしてビデオを見る限りは、ごくフツーの大きさのニホンザルだと思う。ちなみに、読売の記事も本文には 「大型」 とは一言も書かれてなくて、どうやら見出しだけ 「盛った」 みたいなのである。

動画では 12〜13秒目あたりで、黒いコートを着た女性が、間近に来たサルに手を差し伸べたりしている。よっぽど動物好きなんだろうけど、これ、結構危険な行為だから止めた方がいい。ニホンザルをしょっちゅう目撃する私の故郷、山形県では、野生のニホンザルと目を合わせてはいけないというのは 「県民の常識」 となっている。

実際にビデオを見ても、このサルは塀から飛び降りる直前に一瞬大きな口を開けて、女性を威嚇している。引っ搔かれたりしなくて、本当によかった。もしかして誰かに飼われて人慣れしてたのが脱走したのかもしれない。

ちなみに関東では 「動物注意」 という黄色の道路標識に描かれている動物のシルエットは、タヌキぐらいがせいぜいだが、東北地方に入ったとたんにそれがシカになり、カモシカやサルになり、さらに行くとクマになる。こうしてみると、日本という国もなかなかのものだ。

とはいえ我が故郷でも、街中までサルが降りてくるのはさすがに稀なことで、目撃情報があるとすかさずローカル・ニュースで注意が呼びかけられる。時にはクマ、カモシカなどの出没情報も流されるが、秋田などはさらに上を行っている。秋田駅にほど近い千秋公園にカモシカが 2家族棲んでいると言われ、彼らが駅前を散歩するぐらいではニュースにもならないらしい。

野生動物を頻繁に目撃するのは、東北の背骨みたいな存在の奥羽山脈を一般道で (高速道路ではダメ) 横断する時だ。曲がりくねった道をゆっくり登っていくと、カーブを切ったところでサルの群れが道路に落ちた木の実を必死にあさっているのに遭遇したりする。これはなかなか壮観だ。

ことさらにエンジンを吹かして通り過ぎようとすると、サルも怯えて逃げ去るが、驚かせないように道の反対側を静かにゆっくり通り過ぎると、彼らもじっとこちらを注目してくれる。いつでも逃げられるように警戒しているのだろう。

よく見ると、一きわ体の大きいボスザルみたいなのがいて、小さな子ザルは母ザルの近くでチマチマと木の実を食っている。これはかなり可愛らしい。クルマを停めてずっと見ていたくなるが、そうも行かずに通り過ぎることが何度かあった。

山間の地域では、サルも図々しくなって、民家に入り込んで冷蔵庫の中の食い物をあさるなんてこともあるらしい。こうなると、ちょっとしんどいかもしれないね。

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2018/11/21

気候変動を如実に感じる今日この頃

先月 17日に行った広島で、「平成 30年 7月豪雨」 の被災地にも立ち寄ってみた。この豪雨の際の記録は、NHK 広島の 2人の女性記者が 「7月6日夜 広島で起きていたこと」 として残している。そしてその惨状は、3ヶ月経っても生々しく残されていた。

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上の写真はその際に撮った中の 1枚で、広島市から呉市に向かって海岸線を走り、ほどなくのところにある小屋浦という地区の様子である。海岸近くまで迫った丘陵の砂防ダムが決壊し、押し流された樹木が直撃して、外壁がぶち破られた家だ。その手前にあったアパートと家屋は、跡形もなく流されてしまったという。

大量に流れ落ちてきた樹木が海岸近くの橋桁にせき止められ、川の水があっという間に周囲にあふれ出して、前代未聞の大水害になった。10月の時点では、カラカラに乾いた土砂がまだ家の中を埋めていた。実際にみる状況は、NHK の女性記者が残した記録から受ける印象を上回る悲惨さで、私は 「あの時の女川と同じだ」 と思った。

「女川」 というのは、東日本大震災の津波で町がまるごと消えてしまうほどの大被害を蒙った宮城県の女川市のことである。妻の弟の妻が女川出身で、彼女の実家では 7人家族のうち 5人が帰らぬ人となった。私は 3年後に女川を訪れたが、家々の土台まで流されてがらんとした空き地だけが斜面に残されていた。

そして今、遠く離れた米国カリフォルニアでは、前代未聞の森林火災が広がっている。「数十年に 1度の規模の天災」 と言われる災害が、毎年のように世界のあちこちで起きている。これはもう、尋常なことではない。地球規模で気候がおかしくなっているのを如実に感じる。「落ち葉かき」 程度で解決できる問題じゃないのだ。

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1954年の洞爺丸台風や、1959年の伊勢湾台風の頃の台風被害も大きかった。しかし当時は天気予報が今ほど進んでおらず、気付いた時には台風に襲われているという時代だったので、まともな事前対策ができなかった。ところが今はかなり正確な予報がもたらされるにも関わらず、なすすべのないほどの大災害となる。

今、米国のトランプ政権も日本の安倍政権も、こうした気候変動にまともに向き合う対策をとろうとしていない。こんなことでは完全に手遅れとなり、次世代への責任を果たせないだろう。

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2018/11/17

カリフォルニア森林火災の原因

米国カリフォルニア州で森林火災が頻発して大きなニュースになっている。何しろ空気の乾燥具合が半端じゃないので、ちょっとしたことで火が燃え上がってしまうというのだ。

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ニュースでは 「自然発火してしまうほどの乾燥」 などと言われるが、本当にそんなに頻繁に自然発火なんてしてしまうものなのだろうか。

中学生の頃だったか、板にちょっとしたくぼみを作ってその中にノコギリ屑を盛り、棒を押しつけてきりもみさせ、摩擦熱で発火させるという実験をしたことがある。ものの本には、原始人はこのようにして火を起こしたと書いてあるのだが、実際にはなかなか容易に火が付くものではない。

何人か交代でトライし続け、ようやく僅かに煙が立ち昇るようになる程度で力尽きる。たった 1度だけ、ポッと炎が上がったことがあったが、それも一瞬でしかなかったと記憶している。いくら 「湿度 10%以下の乾燥」 といっても、そんなに簡単に自然発火が起きるものだろうか。

試しにいろいろ検索してみたところ、森林の 「自然発火」 を積極的に肯定しているページはほとんどなかった。National Geographic の 2014年 5月20日付の記事は、「カリフォルニア山火事、95%は人為的」 としている。落雷による火花が原因の場合もあるが、多くは人為的な原因によるものだったとしている。

Naver まとめの「頻繁におきるカリフォルニアの 『山火事』 の原因。納得できるものから意外なものまで」 という 2015年 7月 18日の記事は、mamemoke さんという方が 「毎年疑問だったので調べてみました」 としてまとめてくれたものだが、その中で一応 「自然発火」 ということにも触れられており、その出典とされる Wikipedia では、次のように書かれている。

山火事の原因は主に2つに分かれる。1つが自然発火で、雷や火山の噴火などが原因となり発生する。まれにだが、枯れ葉同士が風で擦れあい、その摩擦で発生する場合や熱波の影響で発生する場合もある。

ここで注目すべきは、自然発火とされるものも多くは雷や火山の噴火などが原因とされており、摩擦で発火するのは 「まれにだが」 と但し書きされていることだ。やはり山火事の直接的原因となる 「火」 は、ほかからもたらされることが圧倒的に多いようだ。

このサイトでは他の原因として、「放火」、「電線が落下」、「草刈り機の火花」、「たき火の不始末」、「違法なキャンプファイヤー」、「狩猟者 (ハンター) による火の不始末」、「子どもの火遊び」、「花火」、「麻薬密売組織による、調理時の火の不始末」、「ゴルフ(!?)」、「救助を求めての放火(!?)」 というのが挙げられている。

意外なのは最後の 2つで、「ゴルフ」 というのは、「ラフに打ち込んだゴルファーが、リカバリーショットで草の下にあった岩をこすって、火花が飛び…」 というケースだ。「救助を求めての放火」 というのは、「米カリフォルニア州北部の森林公園に出産間近の女性が迷い込み 1人で出産、数日間身動きが取れずにいたが、助けを呼ぶためにつけた火が大きな山火事となり…」 なんてことらしい。いやはや。

いずれにしても、他の原因については具体的な実例が紹介されているが、「枯れ葉同士の摩擦」 ということに関しては、実例紹介が見当たらない。やはり山火事の原因は圧倒的に人為的なものが多いようなのだ。

ちなみに自然発火に含まれる 「落雷」 が原因ということに関しては、フツーは雷には雨が付き物なので、山火事の原因にはなりにくい。しかしカリフォルニアではあまりの熱波で上空の気温も上がってしまい、雷雲から落ちる雨が地上に届くまでに蒸発してしまって、乾燥したままの地表に雷だけが届くという 「ドライ・サンダーストーム」 が発生する (参照)。

いずれにしても、これほどまでの森林火災の多発は、地球温暖化に伴う熱波と乾燥がバックグラウンドになっていることが否定できない。トランプは 「州の森林管理の粗雑さ」 が原因と tweet したが、実はカリフォルニアの森林の 60%は連邦政府の管理下にあるという。「できるもんなら、自分で緻密に管理してみろよ!」 と、ブーメランが戻ってくるだけのようだ。

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