カテゴリー「自然・環境」の278件の記事

2019/04/01

フィンランドの湖が森林火災を防ぐ

昨年、カリフォルニア州などの森林火災で多くの損失を蒙った米国では、「望ましい森林管理のあり方をフィンランドに学べ」 との気運が高まっている。同時にフィンランド旅行もブームになっているらしい。

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トランプ大統領は昨年フィンランドのニイニスト大統領と会談した後、「フィンランド大統領は、『我々は森林と湖の国だ。フィンランド人は森の中の湖の管理に多くの時間を費やしていて、その水分によって過度な乾燥を防いでいる。だから何の問題も抱えていない』 と語っていた」 と発言した。森林管理の鍵は、湖の保全にあるというわけだ (参照)。

フィンランドの森林管理がよほど気に入ったと見えて、トランプはその後、"LAKE AMERICA GREAT AGAIN" (アメリカを湖で再び偉大に) をベースボールキャップに掲げて、あちこちでアピールしている。

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一部では、ポピュリストで自国経済至上主義のトランプが、自然保護を重視するエコロジストに変身するきっかけになるのではないかと、彼のこの発言が不思議に歓迎されているという。世の中、何が幸いするかわからない。

いずれにしても、米国は五大湖をはじめとして、案外湖の多い国である。この国が自然保護に力を入れてくれさえすれば、地球全体のエコにもかなりプラス要因として働いてくれるだろう。

【4月 2日 追記】

ええ、毎度のことですが、エイプリルフールのネタですので、本気になさらないようにお願いいたします。

 

 

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2019/03/29

政府の南海トラフ地震対策ガイドライン

南海トラフ沿いでマグニチュード8クラスの巨大地震が発生するおそれが高まったと判断した場合に、沿岸部の一部の住民に1週間程度、避難してもらうことなどを盛り込んだガイドラインを政府がまとめたのだそうだ(参照)。

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ただ、そんなことを言ってもいろいろな疑問は晴れない。巨大地震発生のおそれが高まった場合に「避難してください」なんて言っても、現実的な説得力があるのだろうか。いや、説得力という以前にパニックになったりしないのだろうか。

「〇月〇日に巨大地震が来る」などという噂が立っても、それはデマに過ぎないからパニックに陥らないようにと言われている。日時を特定して地震発生を予測することなどできないからだ。しかし今回の政府発表では、「一週間後に巨大地震が来る」という公式情報が発せられるということになってしまう。その「公式情報」に確かな根拠はあるのだろうか。

気象庁のサイトには 「南海トラフ地震に関連する情報の種類と発表条件」というページがあって、南海トラフ沿いに発生する巨大地震に関して何か特別なことがありそうな場合には、気象庁が何らかの情報を発表するということになっている。「本情報の運用開始に伴い、東海地震のみに着目した情報(東海地震に関連する情報)の発表は行っていません」とわざわざ断っているのだから、南海トラフ地震は特別扱いという印象だ。

さらに「およそ1週間経っても巨大地震が発生しなかった場合は、『巨大地震注意対応』に切り替え、避難は解除しつつ、さらに1週間程度は住民に日頃からの地震への備えを再確認してもらうこと」などが盛り込まれているというのだから、ビミョーな受け取り方が求められる。現実的には「逃げろ」というから逃げたのに、「1週間経っても何も起きないから戻れ」なんて言われても、気持ち悪くて帰れないよね。

私は高知県には結構知り合いが多く、今月 11日には高知県の海岸間近の地域に出張し、しかも到着してホテルに入った途端に地震が来ちゃったりしたので、この問題に関してはかなり身近な関心がある。南海トラフ地震が本当に来ちゃったら、8年前の東日本大震災以上に被害になると予想されており、その可能性は日に日に高まっているので他人事ではない。

 

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2019/02/10

マイナス 10度以下のところでテントで寝ると

ニュースでは 「最強クラス寒波襲来」 と報じられ、読売新聞にそのメカニズムが単純な図解で示されている (参照)。偏西風が南に蛇行したせいで、北極の冷気 「極渦」 が南下して北海道まで降りてきているのだそうだ。というわけで、北海道各地は軒並みマイナス10度以下の寒さとなっている。

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ちなみに私は東北の出身だが、山形県の庄内地方は内陸ではなく海に近いということもあって、それほどべらぼうな寒さにはならない。地吹雪はものすごいが、気温だけをとれば、私の記憶にあるのはせいぜいマイナス 5〜6度ぐらいが一番低い。

昔のこととて家屋の防寒対策はそれほどじゃなく、隙間風だってあったから、高校時代までは自分の部屋で寝ていても寒風で顔が撫でられる実感があった。今のように羽毛布団が出回っていたわけじゃないから、よくまあ、あんなので寝ていたなあと思う。人間の適応能力って、かなりすごい。

ところで、自分が一番寒いところで夜を過ごしたというのは、やはり冬山に登っていた若い頃だろう。山小屋泊まりなんてことはせず、テントで単独行の夜を越していたのだから、我ながら立派なものだ。テントが雪に埋もれるぐらいだと、逆に雪が保温材になって無茶苦茶凍えるような寒さにはならなかったような記憶がある。

奥秩父の標高 2000メートル以上のところで夜を越すと、地上はマイナス 3度ぐらいでも、標高 100メートルごとに 0.6度低くなるといわれるから、マイナス 15度以下まで冷え込んでいただろう。テントとその中の内張り程度の布の中で、結構着込んだまま極寒用寝袋に入って寝るのだが、夜中を越すと寒くて熟睡なんかできない。

そんな経験からすると、マイナス 12度ぐらいまで冷えても、寒冷地モデルの住宅の中でしっかりした羽毛布団にくるまっていれば、それなりには眠れるだろう。ただ、一步外に出れば顔が痛いぐらいの寒さだろうが。

冬山に登っていた頃のことを思い出すと、一晩のうちに新雪が降り積もって、歩くにもラッセルしながら行かなければならない状況だと、「誰か早く出発してくれないかなあ」 と期待しながら辺りを窺う。屈強の冬山慣れした様子のパーティが先に出発してくれると、その後を行けばいいので楽ができるが、他の連中が逆方向に行ってしまったりすると、単独行の私が死ぬ思いでラッセルしなければならない。

だから歩き出しさえすればそのうち暖まってしまうのだが、寝ている間は本当に震えていたなあ。

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2019/01/31

「雪下ろしの雷」 が関東でも鳴った

さっき十時過ぎに 「ガラガラ、ドシン!」 というものすごい雷がなったので、「こりゃ、『雪下ろしの雷』 かな?」 と思って外に出てみると、案の定、夜闇の中に白い雪が舞っていた。「今夜は関東の平野でも雪になる」 という天気予報がしっかりと当たってしまった。

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1年とちょっと前に 「冬の雷、この世の不思議」 という記事を書いている。冬の日本海側では冬に雷がよく鳴って、これを 「雪下ろしの雷」 とか 「鱈起こしの雷」 とか言う。夏の雷のようにゴロゴロといつまでも長く鳴り続けるということは稀で、まさに 「ガラガラ、ドシン!」 の一発で終わりになることが多いのだが、まさか関東でも 「ガラガラ、ドシン!」 で雪になるとは思わなかった。

ちなみに 「冬の雷、この世の不思議」 というのはマザーグースの短い歌で、原詩は "Winter's thunder is the world's wonder." という。"Thunder" と "wonder" で韻を踏んでいる。

本当に冬の雷というのは、世界的には珍しい現象だそうで、これが関東の平地で発生したというのは、異常気象の一環なんじゃないかという気がしてしまうのだよね。

明日は広島に出張しなければならないのだが、朝の交通は大丈夫だろうか。気を揉んでも仕方がないから、今夜は早めに寝てしまおう。

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2019/01/12

今年の冬は寒いと言われるが

先日、無農薬野菜作りをしている友人の畑に立ち寄ると、冬とはいえ、白菜、ナバナ、パクチーなどが元気に育っていた。帰りに野菜をもらって帰ったが、やはり無農薬で育てたものは確実においしい。

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彼の話によると近頃かなり寒いので、野菜の生育が例年に比べて少し遅れ気味らしい。11月頃に発表された気象庁の季節予報では 「この冬は暖冬になる見込み」 とのことで、確かに 12月の初旬までは暖かめだったが、中旬から急に気温が下がり始めて、年明けはずっと寒いままだ。

前にも何度か書いたことだが、明日か明後日の天気予報はかなりよく当たるようになったが、3ヶ月予報、いわゆる 「季節予報」 はなかなか当たらない。ここ数年のことを思い出してみても、当たらない確率の方が高いので、まともに信じない方がいいという印象だ。

ただこの冬は 「厳冬」 とは言わないまでもかなりの寒さに違いないが、昭和の終わり頃の寒さに比べると、それほどのものではない。私が東京杉並区からこのつくばの地に移転してきたのは 37年前の昭和 57年、つまり1982年のことだったが、あの頃の寒さはこんなものではなかった。

冬になると我が家の裏の川土手には毎朝びっしりと霜柱が立って、それを踏んで歩くと足が 3センチぐらいザクッと沈み込んだものだ。クルマのフロントガラスも真っ白な霜に覆われて、内側からしばらくヒーターの風を当てて溶かしていたものだ。最近ではそんなことになる朝は滅多にない。

家の中も暖房を切るとかなり冷え込んでいたので、引っ越して最初の冬、慌てて見るからに分厚い羽布団を買い込み、それを毎晩かけて寝ていた。しかし近頃ではその特別誂えのような羽布団はあまり使うこともなくなり、とくに冷え込む夜に出してかける程度のことになっている。つくばの冬は確実に暖かくなっている。

地球温暖化の傾向は、夏よりも冬の気温上昇において顕著なのだと言われている。昨年の夏は 40度越えの酷暑を何度か記録したが、冬の場合はしのぎやすい方向への変化だからなのか、あまり話題にはならない。

この程度のことで 「今年の冬は寒い」 というのは、ちょっと前の感覚からするとちゃんちゃらおかしいことなのかもしれない。

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2018/12/21

日本政府は IWC 脱退を決めたようだが

日本政府が国際捕鯨委員会 (IWC) を脱退する方針を固めたと報じられている。商業捕鯨を再開するためというのが、その理由だ。

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捕鯨に関しては、私は以前は 「少しぐらいいいんじゃないか」 と思っていた。14年前の 9月には 「環境保護と動物保護」 という記事で、 "「環境保護」 を標榜するグリーンピースなどの活動も、クジラなどに関しては、実は 「偏狭な動物保護」 だったりすることがあるのではなかろうか" なんて書いている。

ところがこの言い方は、多分にグリーンピースへの反感から来ているところがあって、私自身は別に捕鯨推進派というわけじゃなかった。そしてとくに最近は肉食を止めたということもあって、「反捕鯨」 の考えに明確に変わっている。

「他に食うものがいくらでもあるのに、わざわざクジラを捕って食わなくてもいいじゃないか」 ということだ。ということは、IWC 脱退にも反対せざるを得ない。

「鯨肉を食うのは、日本の固有文化だから、他国から文句を言われる筋合いはない」 というのが政府の言い分のようだが、その言い方は、一部のアジア地域の人たちが 「犬肉を食って何が悪い!」 と言うのとほとんど変わらない気がする。両方とも 「固有文化」 という点に関しては認めるにやぶさかではないが、今の世の中で、そんなにまで意固地に守らなければならないほどのものとは、私には思えない。

いずれにしても、私自身はクジラは食わない。ここ数年、牛も豚も鶏も食わないことにしているのに、クジラだけは食うなんて言えるはずがない。逆に言えば、牛も豚も鶏も食っているくせに、クジラまで食いたいというのは、「よほど業が深い」 と思ってしまうのである。

最後に 3年ちょっと前の 「そろそろ捕鯨を止めようじゃないか」 という記事の結論として書いた以下の文章を、再録しておく。

必要があるとも思われない 「捕鯨」 という行為を、日本はなぜ継続しているのかという問題を、かなりクールな目で説いたテキストがある。BBC の Rupert Wingfield-Hayes という人が書いた 「日本とクジラ なぜ日本は捕鯨をするのか」 (原文は "Japan and the whale") という記事だ。

「日本が捕鯨を続ける決意が固いのは、捕鯨関係者が多い選挙区から選出された数人の国会議員と、予算を失いたくない数百人の官僚たちのせいと言えるかもしれないのだ」 という文で結ばれるこの記事を読めば、少なくとも捕鯨を続けることに積極的な意味がないと、客観的にも理解される。

 

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2018/12/04

今日は 「夏日」 になったところが多かったらしい

4日前の 11月 30日に 「あんまり天気がいいので、冬とは気付かない」 と書いた。そして今日はそれを通り越して、西日本を中心に気温 25度以上の夏日となったところが多かったらしいのである (参照)。

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今日の昼頃、所用で 10km ほど離れたところまで自転車で行った。一見して寒そうには思われなかったので軽装で行ったが、それでもかなりの汗をかいた。完全な夏装備で行った方がよかったかもしれない。

今年の夏は文字通りの 「死ぬほど暑い」 夏だったが、師走になっても凍える寒さはまだ体験していない。ずっと小春日和のままである。関東は小春日和で西日本は夏日というのだから、ちょっと尋常じゃない。

ここ 2〜3年、冬は結構寒かったという印象がある。ただ、それでも昨年 12月 8日の 「今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感」 という記事で、次のように書いている。ちょっと調べれば一昔前と比べれば暖かくなっているのがわかる。

ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

つまり、ここ数年の体感だけだと 「結構寒い冬」 に感じられ、ということは 30代前半ぐらいまでの人たちは 「冬は寒い」 と実感しているかもしれないが、気象庁のデータを見れば、1月の平均気温が、33年前と比べて概ね 2度以上高くなっているのがわかる。断然暖かめになっているのが一目瞭然なのだ。

1月の平均気温が 2度以上高くなっても真冬だからまだいいが、8月の平均気温がそれだけ上がったら、大変な暑さになって、死者が増えてしまう。地球温暖化は夏よりも冬の気象において顕著だと言われるが、まさにその通りだ。極致の氷が解けてしまっているのが大問題なのだもの。

とはいえ何度か書いていることだが、最近の気象現象は 「温暖化」 というより 「極端化」 という方が実感に沿うので、これから先、どんなに極端な気候の冬になっても動じないように、覚悟しておこう。今週末からは本格的寒さになるというし、何しろ、エルニーニョの年は春先に関東で大雪になる傾向があるようだから。

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2018/11/30

あんまり天気がいいので、冬とは気付かない

今日も関東は小春日和で暖かい。今、11月 30日の 午後 4時過ぎで、天気図を見ても関東付近の等圧線はだらっとなだらかである。これでは夜中になっても風の強まる気配はないから、東京地方では木枯らし 1号の吹かない 11月となることがほぼ決定である。これは 39年ぶりのことらしい (参照)。

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今日はここ、つくば周辺でも妙に暖かく、小さな羽虫がやたら発生している。クルマの窓を開けると、そんなのがどんどん入ってくるので、気持ちよく窓を全開で走るわけにもいかない。

この夏がやたら暑かったせいで、体がかなり夏向きになってしまい、今月半ば過ぎまでは案外肌寒く感じることもあったが、それに慣れてしまうと、もう妙な暖かさのみが気になる。最近は夜中になってもクルマの暖房を点けて走ったことがないし、さらにはエルニーニョまで発生しているらしく、そうなるとますます暖冬傾向が強まる。

思えば 18歳で山形県の庄内から上京し、初めて晩秋を越した時も、冬が来ているとは少しも気付かなかった。故郷の冬と言えば、ほぼ毎日のように暗い雲が立ち籠め、風速 20メートルの吹雪になる。ところが 11月を過ぎても東京の空は明るく、それほど冷たい風も吹かない。それにあの頃は学園紛争で大学はずっとロックアウト状態だったから、夏休みがそのまま冬休みになだれ込むようなもので。メリハリがないのである。

「あんまり天気がいいから、冬とは気付かなかったよ」 と言うと、周囲の連中は 「冬って大抵天気がいいもんじゃないの?」 なんて言う。その時初めて、「ああ、自分は故郷を離れて東京暮らしをしてしまっているのだ」 と、しみじみ思ったものだ。

そして今、あまりにも冬らしくないので、47年前の感覚を思い出してしまい、「あんまり天気がいいから、冬とは気付かなかったよ」 と、もう一度言いたくなった。温暖化は留まるところを知らない。

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2018/11/27

中国の砂嵐による黄砂被害と、米国のダスト・ボウル

中国で大規模な砂嵐が発生しているらしい (参照)。高さ 100m に達するという 「砂の壁」 が都市に迫る画像が衝撃的だ。

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中国メディアによると、甘粛省ってどこにあるのだか知らないが、そこで 25日午後、大規模な砂嵐が発生、近いうちに 1400km 離れた北京に到達すると見られているという。ニュースで紹介された写真はネット上に投稿されたもので、上空 100m に達する砂嵐が捉えられている。

この砂嵐が北京に届いたら、当然ながらその東にある日本海を越えて日本にまで届く。過去にもそうしたことが何度かあった。私の故郷の山形県酒田市でも、洗濯物が黄色の砂で汚れてしまうなんてこともあったから。

こうしたニュースを聞くと、1930年代の米国中西部で起きた 「ダスト・ボウル」 を想起してしまう。試しにこのリンク先の Wikipedia ページに飛んで、冒頭にある写真をご覧戴きたい。現代中国の写真との間で 「デジャブ感」 が湧き上がるだろう。

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スタインベックは 『怒りの葡萄』 で、このダスト・ボウルを描いた。またウッディ・ガスリーの歌った一連のダスト・ボウルの歌は、現代のボブ・ディランに至るまで大きな影響力をもたらした。

米国のダスト・ボウルは、白人の入植者の大草原開拓による表土破壊が原因だった。大規模な現象としては、1930年代で一応の終結をみたが、中国の砂嵐は今後どんなことになるのだろう。

過去数十年間の中国の砂漠化の主原因は、過伐採、過放牧、過剰耕作など人為的なものが大きいとされている。中国北西部の農耕や牧畜は急激な人口増加に対応するため、長く行われてきた移動型から、定着型に変化している。乾燥地域での定着型農業や牧畜は土地への負荷が大きく、水不足によってさらに砂漠化が進行しやすくなる。

環境破壊の規模はさらに拡大され、被害はますます大きくなる一方に思われてしまう。

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2018/11/24

博多のサル騒動にちなんで

Google ニュースで 「博多駅前や女子高付近、大型のサル目撃情報」 という見出しを見つけ、「大型のサル」 とか言うから、思わず 「それ、俺だったんだけど、何か?」 なんてボケようかと思ったが、動画を見れば明らかにホンモノのサルである。

ググってみたところ、「大型のサル」 と言っているのは読売新聞だけで、他のメディアは単に 「サル出没」 と報じている。そしてビデオを見る限りは、ごくフツーの大きさのニホンザルだと思う。ちなみに、読売の記事も本文には 「大型」 とは一言も書かれてなくて、どうやら見出しだけ 「盛った」 みたいなのである。

動画では 12〜13秒目あたりで、黒いコートを着た女性が、間近に来たサルに手を差し伸べたりしている。よっぽど動物好きなんだろうけど、これ、結構危険な行為だから止めた方がいい。ニホンザルをしょっちゅう目撃する私の故郷、山形県では、野生のニホンザルと目を合わせてはいけないというのは 「県民の常識」 となっている。

実際にビデオを見ても、このサルは塀から飛び降りる直前に一瞬大きな口を開けて、女性を威嚇している。引っ搔かれたりしなくて、本当によかった。もしかして誰かに飼われて人慣れしてたのが脱走したのかもしれない。

ちなみに関東では 「動物注意」 という黄色の道路標識に描かれている動物のシルエットは、タヌキぐらいがせいぜいだが、東北地方に入ったとたんにそれがシカになり、カモシカやサルになり、さらに行くとクマになる。こうしてみると、日本という国もなかなかのものだ。

とはいえ我が故郷でも、街中までサルが降りてくるのはさすがに稀なことで、目撃情報があるとすかさずローカル・ニュースで注意が呼びかけられる。時にはクマ、カモシカなどの出没情報も流されるが、秋田などはさらに上を行っている。秋田駅にほど近い千秋公園にカモシカが 2家族棲んでいると言われ、彼らが駅前を散歩するぐらいではニュースにもならないらしい。

野生動物を頻繁に目撃するのは、東北の背骨みたいな存在の奥羽山脈を一般道で (高速道路ではダメ) 横断する時だ。曲がりくねった道をゆっくり登っていくと、カーブを切ったところでサルの群れが道路に落ちた木の実を必死にあさっているのに遭遇したりする。これはなかなか壮観だ。

ことさらにエンジンを吹かして通り過ぎようとすると、サルも怯えて逃げ去るが、驚かせないように道の反対側を静かにゆっくり通り過ぎると、彼らもじっとこちらを注目してくれる。いつでも逃げられるように警戒しているのだろう。

よく見ると、一きわ体の大きいボスザルみたいなのがいて、小さな子ザルは母ザルの近くでチマチマと木の実を食っている。これはかなり可愛らしい。クルマを停めてずっと見ていたくなるが、そうも行かずに通り過ぎることが何度かあった。

山間の地域では、サルも図々しくなって、民家に入り込んで冷蔵庫の中の食い物をあさるなんてこともあるらしい。こうなると、ちょっとしんどいかもしれないね。

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