カテゴリー「自然・環境」の241件の記事

2018/02/10

春の日射しを味わっている

立春が過ぎても日本のあちこちで寒さが続いているが、ここ関東は、日のあるうちは少しは温かい陽気になりかけている。北陸の大雪に難儀している方々には気の毒だが、ここ、筑波の里は何となくいい気持ちだ。

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上の写真は、裏の川に集まる鳥たちである。明るい日射しを反射する川に降り立ち、川底の虫を啄んでいる。この 2〜3日は、夜明け前の最低気温も零度となって、マイナスの付く気温ではなくなった。来週あたりからまた寒波が復活すると言われているが、今のところは少しはしのぎやすい。

再来週は北海道に仕事で行くことになるので、今のうちに早春の温かさを味わっておこうと思う。今日のことろはこれにて。

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2018/02/03

またしても 「記録的寒波」 だそうだ

先月中旬から、広島、大阪、八戸、高崎と、4カ所に相次いで出張した。広島といえば、瀬戸内に面した穏やかな気候の地と思っていたが、ちょっと中国山地の裾野に行くと、とんでもない雪景色だった (参照)。大阪も雪がちらほら舞う寒さだったし、八戸、高崎でも当然のごとく寒さに震えた。

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上の写真は、八戸からの帰り道に東北新幹線の車窓から撮った、岩手県内の雪景色である。八戸は辛うじて雪にはならなかったが、岩手県から福島県にかけては、ずっと雪景色で、しかも吹雪の様相だった。

これまでの例だと、1月に寒いと、2月には寒波が揺るんで少しは楽になるパターンが多かったと思う。しかし今回の冬は大変な寒さが続いていて、「記録的寒波」 というのが何度も訪れるのだから、始末が悪い。

日本気象協会によれば、明日の 4日以降、またしても  「記録的寒波」 に見舞われるという。今回の寒気は西日本から入り込むのだそうで、九州から山陰、北陸にかけて大雪の予想となっている。今月下旬から東北と北海道に出張しなければならないのだが、大丈夫だろうかと思ってしまう。

今日は節分で、明日は立春ということになるのだが、当面は 「名ばかりの春」 になりそうだ。

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2018/01/23

雪にもいろいろある

今朝の我が家の近辺は一面の銀世界だった (本日の 「和歌ログ」 参照) が、どうしても出かけなければならない用があったので、2時間がかりで県道まで出る道の雪かきをした。いつもの冬は早めにスタッドレス・タイヤに履き替えているのだが、今年は油断していてノーマル・タイヤのままだったのだ。

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ようやくの思いで県道に出てからも慎重に運転して目的地に着くことができ、ミッションは果たすことができてほっとした。そして日が暮れてから道路を走ると、何と雪がほとんどないのである。自宅近辺の道路も、道の端に雪は残っているものの、ほとんど影響がないくらいに解けている。昨日の記事で触れた 4年前の雪と同様の推移を示したようで、あっという間に解けてしまったもののようだ。

それにしても、関東の雪というのは呆気ないものだ。私の生まれた山形県庄内平野では、雪が降り出したら、大抵降り続く。そんなに深くは積もらないが、翌日にほとんど解けてしまうなんてことはほとんどない。

庄内平野の雪がそんなに深くは積もらないというのは、強風に飛ばされてしまうからである。何しろ、雪は上から降るのではなく、下から吹き上がるのだ。これを日本語で 「地吹雪」 という。私の故郷、酒田市は、人間がフツーに都市生活をするところとしては、「世界最凶のブリザード地帯」 なのだそうで、先が見えない地吹雪の中を、手探りするように学校に行ったことが何度もある。関東だったら確実に休校になるところだ。

ところが、同じ日本海側の雪でも、所変われば様相がずいぶん違ってくる。私にとっての雪は、「びゅうびゅう吹き付けるもの」 だが、新潟県上越市生まれの友人の記憶の中の雪は、「しんしんと降り積もるもの」 なのだそうだ。一晩静かだと、翌朝は 1メートル以上の積雪になっているというのである。

「雪で感電するなんて、わからないだろ」 というので、素直に 「わからん」 と言うと、電線が隠れてしまうほどの積雪になるので、知らずに手で雪を掘っていると、「ビリッ」 とくるのだそうだ。そりゃ危なすぎるというものだが、実際にあったことらしい。そんなところに生まれなくて、本当によかった。

「上には上があるものだね」 と言うと、「いや、俺は手探りで学校に行くほどの地吹雪は経験ないから、そっちの話を聞いて 『上には上があるものだ』 と思ってた」 と言う。一口に 「雪」 と言っても、一様ではないのである。

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2018/01/20

ウナギは食べないんだもんね

HUFFPOST が "このままでは絶滅?  「うなぎ」 の危機に私たち日本人ができること" という記事を載せている。ネタ元は Greenpeace Japan。この組織、シーシェパードとごっちゃにしている人が多いが、別の組織なので、変な色眼鏡で見ないように。読んで見ればわかるが、極めてまっとうな記事である。

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要するに、絶滅に瀕したウナギを守るには、我々日本人がウナギを食わないようにすればいい。少なくとも食う量を減らせばいいという、当然のことを述べた記事なのである。"いつまでも 「うなぎ離れ」 できない日本人" というサブタイトルが、かなり効いている。

まさにサブタイトルにある通りで、日本の新聞なんかはこの問題を扱うと、「日本の伝統的食文化の問題もあり、極めて難しい問題だ」 なんて、曖昧にぼかした書き方しかできない。そんなような記事に接してしまうと、「要するに、記者のお前が食いたいだけなんだろ!」 と言いたくなってしまうのだよね。

私は結構前から、ウナギに関しては明確に 「食わないことにする」 と宣言している。代表的な記事だけを挙げても、こんな具合だ。

当面、ウナギとマグロは食わないことにする (2013.6.14)

「ウナギとマグロは食わないことにする」 ということについて (2013.8.3)

ウナギを食うのは早めに諦める方がいい (2016.9.26)

高いウナギなんか食わなくても生きていけるし、スーパーなんかで売られている安いのはアヤし過ぎだ。日本市場で流通するウナギの 8割は中国産 「薬漬けウナギ」 のはずなのに、スーパーで売られるウナギはほとんどもっともらしく 「国産」 と表示されている。これを見ただけで、私なんかは世をはかなんでしまうよ。

最近では土用丑の日には休業するという、志の高い鰻屋さんも出現している。我々も潔く 「ウナギが種の絶滅という危機から抜け出すまで、食べないもんね!」 という姿勢を打ち出しさえすればいいのだ。もっとも、「危機から抜け出すまで」 と言っても、実際にはもう一生食べられないってことだろうけど。

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2017/12/19

冬の雷、この世の不思議

マザーグースに 「冬の雷、この世の不思議」 という短いのがある。原詩は "Winter's thunder is the world's wonder." で、"thunder" と "wonder" で韻を踏んでいる。

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こんな風に歌われるほど、冬の雷というのは珍しい現象と思われているが、私の生まれた東北日本海側では、冬に雷がよく鳴る。上の図は気象庁の 「雷の観測と統計」 というページから拝借しているが、東北日本海側から北陸にかけて、赤い丸印が多い。

私の生まれた酒田市は、金沢に次いで日本で 2番目に雷発生が多いということになっているらしいが、これは冬によく雷が発生することによる。12月になると 「ガラガラ、ドシン!」 という強烈なのがやってきて、これを 「雪下ろしの雷」 とか 「鱈起こしの雷」 などと言う。これが鳴ると、雪が本格的に降り出し、寒鱈がおいしくなる。

夏の雷は、地面が暖められて上昇気流が発生し、上空で冷やされて積乱雲になることで生じるが、冬の雷はちょっと違う。地面が暖められるのではなく、暖流の対馬海流から発生する上昇気流が、冷たい季節風で急激に冷やされて生じる。雲の位置が低いので、音がやたらと大きく感じる。そして 「ドシン!」 という一発で終わりになり、いつまでも鳴り続けることは少ない気がする。

秋田地方気象台のページによると、冬の雷は 「世界的には、ほかではノルウェーの西海岸、北米の五大湖から東海岸くらいでしか見られない」 という珍しい現象だという (参照)。確かに 「この世の不思議」 といわれるほどのもののようなのである。

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2017/12/08

今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感

今日はやたらと冷え込んで、昼間に仕事をしていても、暖房を付けないと寒くて震えてしまう。明朝はもっと冷え込んで、関東でも雪が舞うらしい。

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とはいいながら、私がこのつくばの地に引っ越して来た 昭和 55年 (1980年) 頃の冬の寒さは、こんなもんじゃなかった。12月の声を聞いた途端に、それまで住んでいた東京杉並区西荻窪と比べると段違いの凍えるような寒さになってしまったから、あわてて分厚い羽毛布団を買い足した。

ところが今年は、いくら寒いとは言っても、まだその時に買った分厚い羽毛布団は使っていない。薄めの羽毛布団と毛布だけで寝ていられる。今夜から冷え込むというので、やや厚めの羽毛布団に変えたが、35年前に買った分厚い羽毛布団を使う気には、まだなっていない。

「あの頃の冬は、本当に寒かったなあ」 と、しみじみ思い出す。ただ、印象だけの話で終わりたくはないので、気象庁のサイトに行って、この辺りの気温データにあたってみた。上の表は、つくば市付近の 1981年以後の月別の平均気温をまとめたものだ (クリックで拡大表示される)。1985年から 2015年までは、5年ごとのデータを表示し、最下段にはその年の通年平均気温を示した。

こうしてみると、ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

当然ながら年によってばらつきはあるものの、全体を通してみれば、冬は暖かく、夏はより暑くなる方向で推移しているのがわかる。引っ越して来た当初、12月から 2月までずっと使いっぱなしだった分厚い羽毛布団は、最近では 1月の一番寒い時期に使うだけになってしまっている。

通年の平均気温は、今年の 12月がまだ終わっていないので最終確定数値ではないが、36年前と比べて 2.6℃も上昇しているのだ。年間平均気温がこれだけ上昇しているというのは、尋常なことではない。地球温暖化は、体感的にもデータ的にもしっかり裏付けられている。

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2017/12/01

今日は日の入りの一番早い日

今月末の冬至を前にして、北半球の今年は、今日が一番日の入りの早い日なのだと、ラジオが報じていた。午後 4時を少し過ぎたところでもうかなり薄暗くなっており、ちょっとググってみたところ、つくば市周辺の今日の日の入りは 16時 26分ということになっている。こんなこと、インターネットのない昔は調べるのが大変だった。便利な時代になったものだ。

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写真は、近頃買ったアップルウォッチの 「アストロノミー」 という文字盤画面で、自分の今いる地点が地球上に表示される。この写真では画面の真ん中の小さな緑の点で表示されているのが、茨城県のつくば周辺で、今日の 16時 12分現在、まさに昼と夜との境目にさしかかろうとしていたことがわかる。

茨城県は日本の中でもかなり東側にあるので、日の暮れるのが早い。旅行で九州の長崎県あたりに行くと、いつまでも日が暮れないので、時間感覚が 1〜2時間ずれてしまうことがある。また、東北や北海道などの緯度の高いところでは、冬はうすら淋しくなるほど日の落ちるのが早い。

単純に 「冬至が一番日が短い」 と思っていると、日没も冬至が一番早くなるように勘違いしがちだが、実はそうではない。今日を越すと日の入りが少しずつ遅くなり、冬至の頃にはややもすると日が長くなったように錯覚することもあるが、実は日の出がそれ以上に遅くなっているので、日の出ている時間としては、冬至が一番短くなるというわけだ。

早起きの人は当然のように知っているが、日の出は冬至を過ぎて年を越してからもさらに遅くなり、正月の松の内を過ぎた頃にようやく早くなり始める。こうして 2月の初めの立春の頃には 「日がだいぶ長くなったな」 と実感する。まだまだ冬の寒さは続くが、2月が 「光の春」 と言われるのも納得だ。

というわけで、今日を境に夕方の日が沈むのは少しずつ遅くなり、その代わり、早起きする人には本格的に辛い時期が続く。

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2017/11/01

世界はどんどん暑くなる

毎日新聞が 「英医学誌 温暖化で健康被害増 熱波、デング熱感染など」 というニュースを伝えている。ちょっと前までは 「温暖化になれば寒冷地帯でも農産物ができるからいいじゃないか」 なんてノー天気なことを言う人がいたが、そんな問題じゃないというのは、ここにきて明白になっている。

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記事は次のように伝えている。

今回の報告書によると、00年以降、極端な高温が数日以上続く熱波にさらされる 65歳超の人口は約 1億2500万人増加。デング熱を媒介する蚊の生息域が広がり、1990年以降、毎年5000万~1億人の感染者を生んでいると推定した。

おいおい、冗談じゃない。私は今年で 65歳になっちゃったんだぞ。「極端な高温が数日以上続く熱波にさらされる」 ってのが、どんな基準で言ってるんだか知らないが、実感としては既に十分さらされている気がするから、「約 1億2500万人」 の中に、私はきっと入っているんだろう。他人事じゃない。

単に熱波にさらされるというだけじゃなく、「石炭火力発電所などから出る大気汚染物質の影響で、15年には日本を含むアジア 21カ国で計 80万人が死亡したと推計」 したとされているのだから、尋常じゃない。再生可能エネルギーや電気自動車の普及を例にして、「低炭素社会へ移行する転機だ」 と強調されているが、そんなの、今になって急に言い出しているわけじゃない。

「火力発電は温暖化ガスを排出するから、原子力発電が必要なんだ」 と言う人もいるが、とんでもない。原発は温暖化ガス排出しないかも知れないが、処理技術の確立していない核廃棄物をどんどん増やすだけでなく、排水が余計な筋道抜きに海水を直接どんどん暖めて、周囲の環境を破壊し続けていることを知ったら、そんな寝言は言えない。

私は今、仕事で北海道に来ているのだが、今日の札幌は妙に暖かい。防寒対策なんて必要じゃなかったと言いたくなるほどだ。聞けば、今年の夏もずいぶん暑かったという。そういえば、近頃は夏場に北海道に出張しても、避暑気分には全然なれない。北海道の人も 「暑い暑い」 とこぼしている。ただその後に 「北海道なのに」 と付け加えるのが決まり文句みたいになっているが、そのうち、この決まり文句も死語になるだろう。

これから世界はますます暑くなってしまう。もうとっくに、後戻りできないところまできている。覚悟しなければならない。

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2017/10/02

22℃で 「肌寒い」 と感じるのが新人類なのか?

小学生の頃に買ってもらった 「気象天文の図鑑」 (確か小学館発行だったと思う) に、正確な言い回しは忘れてしまったが、「18℃が快適な気温 」 というようなことが書いてあった。刷り込まれるというのは恐ろしいもので、以来私は、気温が 18℃ になると快適さを感じてしまう体になってしまった。

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私の生まれ育った山形県庄内地方は、少なくとも 1970年代までは、真夏でも最高気温が 30℃を超える日は多くなかった。だから子どもの頃は気象台発表の最高気温が 29.7℃なんていう日でも、暑くてひいひい言っていた記憶がある。そして秋になれば一挙に 20℃を下回る日が多くなり、快適な涼しさを感じていた。

その庄内地方でも最近は、真夏の最高気温が当たり前のように 32〜33℃ぐらいになっている。フェーン現象が発生したら平気で体温以上になってしまうのだから、昔の常識は通用しない世の中になった。

最近、ラジオの天気予報などを聞いていると、気象予報士が 「明日はぐっと秋らしい天気になって、最高気温も 22度ぐらいまでしか上がらない見込みです」 なんて言うと、MC が 「22度ですか。そうなると、ちょっと肌寒く感じそうですね」 なんて反応する。気象予報士も 「そうですね。明日は長袖の上着を用意してください」 なんて言っている。そんなことでは、18度では震えてしまうだろう。

最高気温が 25℃になったら 「夏日」 なのだから、人間には 「暑い」 と感じられて当然で、22℃ぐらいではむしろ 「少し暖かい」 ぐらいに感じられても不思議ではない。私はとくに暑がりというわけではないと思うのだが、22℃の気温でパタパタ動き回っていたら汗をかいてしまうので、ポロシャツ 1枚でも十分いける。

ただ最近は 「温暖化」 のせいで、夏から初秋にかけては 30℃を超えて当たり前になったので、人間の体も暑い方に順応してしまっているのかもしれない。22℃で肌寒く感じるぐらいが、最近の気候には合っていると言えないこともない。そうでないと、35℃なんかになったら死にそうになってしまう。

ということだと、22℃で 「肌寒く感じそう」 と言うのが新人類で、「18℃ぐらいが一番快適」 なんて言っている私は旧人類ということになってしまいそうだ。なんだかなあ。

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2017/09/16

カメムシの話

一昨日の和歌ログは、カメムシについての歌だった (参照)。外出先から帰宅したら、クルマのボンネットにカメムシがひっついていたのである。どこかから飛んできたのか、あるいはクルマの移動中にひっついて、そのまま連れて来てしまったのか、とにかく、久しぶりでカメムシに遭遇したのである。

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カメムシという虫に出会ったことのない人は幸いである。というのは、邪険に追い払ったりすると、突然ものすごく臭い体液を放出するのだ。ましてや、間違えて踏んづけちゃったりしたら大変だ。「ヘッピリムシ」 という異名まであるのだから、その嫌な臭いが想像されるだろう。

だから、ちょっと 「怒り肩」 風の茶色や緑色の小さな虫を見かけたら、あまり強引に追い払ったり潰したりしない方がいい。一昨日は放っておいたところ、いつの間にかどこかに飛び去ってくれたので安心した。

というわけで、私の中では 「カメムシって、嫌な奴」 と思い込んでいたのだが、徳島博物館の 「カメムシのはなし」 というページを読んで、認識を新たにした。カメムシには、「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 があるのだそうだ。

ちなみに、この写真のカメムシは 「クサギカメムシ」 といって、豆類を食い荒らす害虫だそうだ。逆に 「ハナカメムシ」 の仲間は害虫を補食してくれる益虫らしい。そして意外なことに、セミやタガメもカメムシの仲間なんだそうだ。確かに、似ていると言えば似ている。そして彼らは 「ただのカメムシ」 ということになっているのがおもしろい。

とはいえ 「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 と色分けしても、それはひたすら人間の都合で言ってるだけだ。人間というのはかくも勝手なもので、当のカメムシにすれば余計なお世話なんだろう。かまわず放っといてもらうのが一番と思っているはずだ。

人間でも 「いい人」 と 「悪い人」 というのがいて、お隣の半島の北側の太った人は、世界有数の 「悪い人」 扱いされている。カメムシと違うのは、世界中から かまってもらいたがっているらしいという点だ。最もうっとうしいタイプである。

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