カテゴリー「自然・環境」の236件の記事

2017/12/08

今日は寒くなったとはいえ、地球温暖化を実感

今日はやたらと冷え込んで、昼間に仕事をしていても、暖房を付けないと寒くて震えてしまう。明朝はもっと冷え込んで、関東でも雪が舞うらしい。

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とはいいながら、私がこのつくばの地に引っ越して来た 昭和 55年 (1980年) 頃の冬の寒さは、こんなもんじゃなかった。12月の声を聞いた途端に、それまで住んでいた東京杉並区西荻窪と比べると段違いの凍えるような寒さになってしまったから、あわてて分厚い羽毛布団を買い足した。

ところが今年は、いくら寒いとは言っても、まだその時に買った分厚い羽毛布団は使っていない。薄めの羽毛布団と毛布だけで寝ていられる。今夜から冷え込むというので、やや厚めの羽毛布団に変えたが、35年前に買った分厚い羽毛布団を使う気には、まだなっていない。

「あの頃の冬は、本当に寒かったなあ」 と、しみじみ思い出す。ただ、印象だけの話で終わりたくはないので、気象庁のサイトに行って、この辺りの気温データにあたってみた。上の表は、つくば市付近の 1981年以後の月別の平均気温をまとめたものだ (クリックで拡大表示される)。1985年から 2015年までは、5年ごとのデータを表示し、最下段にはその年の通年平均気温を示した。

こうしてみると、ここに引っ越して来た頃の冬は、本当に寒かったのである。1981年 1月の平均気温は 1.0℃で、4年後の 1985年 1月なんて、0.2℃だ。ところが 1995年頃から 1月の平均気温が上がってきていて、最近ではずっと 3℃以上の数字を示している。

当然ながら年によってばらつきはあるものの、全体を通してみれば、冬は暖かく、夏はより暑くなる方向で推移しているのがわかる。引っ越して来た当初、12月から 2月までずっと使いっぱなしだった分厚い羽毛布団は、最近では 1月の一番寒い時期に使うだけになってしまっている。

通年の平均気温は、今年の 12月がまだ終わっていないので最終確定数値ではないが、36年前と比べて 2.6℃も上昇しているのだ。年間平均気温がこれだけ上昇しているというのは、尋常なことではない。地球温暖化は、体感的にもデータ的にもしっかり裏付けられている。

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2017/12/01

今日は日の入りの一番早い日

今月末の冬至を前にして、北半球の今年は、今日が一番日の入りの早い日なのだと、ラジオが報じていた。午後 4時を少し過ぎたところでもうかなり薄暗くなっており、ちょっとググってみたところ、つくば市周辺の今日の日の入りは 16時 26分ということになっている。こんなこと、インターネットのない昔は調べるのが大変だった。便利な時代になったものだ。

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写真は、近頃買ったアップルウォッチの 「アストロノミー」 という文字盤画面で、自分の今いる地点が地球上に表示される。この写真では画面の真ん中の小さな緑の点で表示されているのが、茨城県のつくば周辺で、今日の 16時 12分現在、まさに昼と夜との境目にさしかかろうとしていたことがわかる。

茨城県は日本の中でもかなり東側にあるので、日の暮れるのが早い。旅行で九州の長崎県あたりに行くと、いつまでも日が暮れないので、時間感覚が 1〜2時間ずれてしまうことがある。また、東北や北海道などの緯度の高いところでは、冬はうすら淋しくなるほど日の落ちるのが早い。

単純に 「冬至が一番日が短い」 と思っていると、日没も冬至が一番早くなるように勘違いしがちだが、実はそうではない。今日を越すと日の入りが少しずつ遅くなり、冬至の頃にはややもすると日が長くなったように錯覚することもあるが、実は日の出がそれ以上に遅くなっているので、日の出ている時間としては、冬至が一番短くなるというわけだ。

早起きの人は当然のように知っているが、日の出は冬至を過ぎて年を越してからもさらに遅くなり、正月の松の内を過ぎた頃にようやく早くなり始める。こうして 2月の初めの立春の頃には 「日がだいぶ長くなったな」 と実感する。まだまだ冬の寒さは続くが、2月が 「光の春」 と言われるのも納得だ。

というわけで、今日を境に夕方の日が沈むのは少しずつ遅くなり、その代わり、早起きする人には本格的に辛い時期が続く。

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2017/11/01

世界はどんどん暑くなる

毎日新聞が 「英医学誌 温暖化で健康被害増 熱波、デング熱感染など」 というニュースを伝えている。ちょっと前までは 「温暖化になれば寒冷地帯でも農産物ができるからいいじゃないか」 なんてノー天気なことを言う人がいたが、そんな問題じゃないというのは、ここにきて明白になっている。

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記事は次のように伝えている。

今回の報告書によると、00年以降、極端な高温が数日以上続く熱波にさらされる 65歳超の人口は約 1億2500万人増加。デング熱を媒介する蚊の生息域が広がり、1990年以降、毎年5000万~1億人の感染者を生んでいると推定した。

おいおい、冗談じゃない。私は今年で 65歳になっちゃったんだぞ。「極端な高温が数日以上続く熱波にさらされる」 ってのが、どんな基準で言ってるんだか知らないが、実感としては既に十分さらされている気がするから、「約 1億2500万人」 の中に、私はきっと入っているんだろう。他人事じゃない。

単に熱波にさらされるというだけじゃなく、「石炭火力発電所などから出る大気汚染物質の影響で、15年には日本を含むアジア 21カ国で計 80万人が死亡したと推計」 したとされているのだから、尋常じゃない。再生可能エネルギーや電気自動車の普及を例にして、「低炭素社会へ移行する転機だ」 と強調されているが、そんなの、今になって急に言い出しているわけじゃない。

「火力発電は温暖化ガスを排出するから、原子力発電が必要なんだ」 と言う人もいるが、とんでもない。原発は温暖化ガス排出しないかも知れないが、処理技術の確立していない核廃棄物をどんどん増やすだけでなく、排水が余計な筋道抜きに海水を直接どんどん暖めて、周囲の環境を破壊し続けていることを知ったら、そんな寝言は言えない。

私は今、仕事で北海道に来ているのだが、今日の札幌は妙に暖かい。防寒対策なんて必要じゃなかったと言いたくなるほどだ。聞けば、今年の夏もずいぶん暑かったという。そういえば、近頃は夏場に北海道に出張しても、避暑気分には全然なれない。北海道の人も 「暑い暑い」 とこぼしている。ただその後に 「北海道なのに」 と付け加えるのが決まり文句みたいになっているが、そのうち、この決まり文句も死語になるだろう。

これから世界はますます暑くなってしまう。もうとっくに、後戻りできないところまできている。覚悟しなければならない。

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2017/10/02

22℃で 「肌寒い」 と感じるのが新人類なのか?

小学生の頃に買ってもらった 「気象天文の図鑑」 (確か小学館発行だったと思う) に、正確な言い回しは忘れてしまったが、「18℃が快適な気温 」 というようなことが書いてあった。刷り込まれるというのは恐ろしいもので、以来私は、気温が 18℃ になると快適さを感じてしまう体になってしまった。

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私の生まれ育った山形県庄内地方は、少なくとも 1970年代までは、真夏でも最高気温が 30℃を超える日は多くなかった。だから子どもの頃は気象台発表の最高気温が 29.7℃なんていう日でも、暑くてひいひい言っていた記憶がある。そして秋になれば一挙に 20℃を下回る日が多くなり、快適な涼しさを感じていた。

その庄内地方でも最近は、真夏の最高気温が当たり前のように 32〜33℃ぐらいになっている。フェーン現象が発生したら平気で体温以上になってしまうのだから、昔の常識は通用しない世の中になった。

最近、ラジオの天気予報などを聞いていると、気象予報士が 「明日はぐっと秋らしい天気になって、最高気温も 22度ぐらいまでしか上がらない見込みです」 なんて言うと、MC が 「22度ですか。そうなると、ちょっと肌寒く感じそうですね」 なんて反応する。気象予報士も 「そうですね。明日は長袖の上着を用意してください」 なんて言っている。そんなことでは、18度では震えてしまうだろう。

最高気温が 25℃になったら 「夏日」 なのだから、人間には 「暑い」 と感じられて当然で、22℃ぐらいではむしろ 「少し暖かい」 ぐらいに感じられても不思議ではない。私はとくに暑がりというわけではないと思うのだが、22℃の気温でパタパタ動き回っていたら汗をかいてしまうので、ポロシャツ 1枚でも十分いける。

ただ最近は 「温暖化」 のせいで、夏から初秋にかけては 30℃を超えて当たり前になったので、人間の体も暑い方に順応してしまっているのかもしれない。22℃で肌寒く感じるぐらいが、最近の気候には合っていると言えないこともない。そうでないと、35℃なんかになったら死にそうになってしまう。

ということだと、22℃で 「肌寒く感じそう」 と言うのが新人類で、「18℃ぐらいが一番快適」 なんて言っている私は旧人類ということになってしまいそうだ。なんだかなあ。

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2017/09/16

カメムシの話

一昨日の和歌ログは、カメムシについての歌だった (参照)。外出先から帰宅したら、クルマのボンネットにカメムシがひっついていたのである。どこかから飛んできたのか、あるいはクルマの移動中にひっついて、そのまま連れて来てしまったのか、とにかく、久しぶりでカメムシに遭遇したのである。

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カメムシという虫に出会ったことのない人は幸いである。というのは、邪険に追い払ったりすると、突然ものすごく臭い体液を放出するのだ。ましてや、間違えて踏んづけちゃったりしたら大変だ。「ヘッピリムシ」 という異名まであるのだから、その嫌な臭いが想像されるだろう。

だから、ちょっと 「怒り肩」 風の茶色や緑色の小さな虫を見かけたら、あまり強引に追い払ったり潰したりしない方がいい。一昨日は放っておいたところ、いつの間にかどこかに飛び去ってくれたので安心した。

というわけで、私の中では 「カメムシって、嫌な奴」 と思い込んでいたのだが、徳島博物館の 「カメムシのはなし」 というページを読んで、認識を新たにした。カメムシには、「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 があるのだそうだ。

ちなみに、この写真のカメムシは 「クサギカメムシ」 といって、豆類を食い荒らす害虫だそうだ。逆に 「ハナカメムシ」 の仲間は害虫を補食してくれる益虫らしい。そして意外なことに、セミやタガメもカメムシの仲間なんだそうだ。確かに、似ていると言えば似ている。そして彼らは 「ただのカメムシ」 ということになっているのがおもしろい。

とはいえ 「よいカメムシ・わるいカメムシ・ただのカメムシ」 と色分けしても、それはひたすら人間の都合で言ってるだけだ。人間というのはかくも勝手なもので、当のカメムシにすれば余計なお世話なんだろう。かまわず放っといてもらうのが一番と思っているはずだ。

人間でも 「いい人」 と 「悪い人」 というのがいて、お隣の半島の北側の太った人は、世界有数の 「悪い人」 扱いされている。カメムシと違うのは、世界中から かまってもらいたがっているらしいという点だ。最もうっとうしいタイプである。

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2017/09/14

今年の 8月の天気は、散々だったのだ

下の写真は、我が家の太陽光発電の、今年 8月の記録だ。オレンジ色の線が発電量の推移で、ブルーの線が消費量の推移。オレンジ色で塗りつぶされている日は発電量が消費量を上回り (つまり 「黒字」)、ブルーで塗りつぶされていれば消費量が上回っている (つまり 「赤字」) ことを示す。

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我が家は一昨年の 4月に太陽光発電パネルを設置したので、それ以来、夏を 3回経験したことになる。経験からして最も効率よく発電してくれるのは、日照時間が長く、気温も高すぎない (高すぎると発電効率が落ちるらしい) 5月で、過去 2年間は、7月、8月がそれに次ぐ実績を上げていた。

ところが今年の 8月の関東の天気はぐずつきっぱなしで、ご覧の通り、ブルーの部分が多かった。とくに月の中頃はひどいもので、天気が悪いためにエアコンもあまり使わなかったので、ブルーの部分がそれほど目立たずに済んでいるが、発電量に注目すれば惨憺たる結果である。

月間の数字は、発電量が 248.2 kWh で、消費量の 236.0 kWh を辛うじて上回り、黒字を確保できた。しかし一昨年の 8月の発電量は 282.9 kWh、去年の 8月なんて 305.9 kWh で、余裕の黒字だったのである。

それどころか、248.2 kW という数字は、今年 1月、2月の発電量の、273.3 kWh、279.7 kWh という数字をも大きく下回る。真夏の太陽光発電量が、真冬のそれに遠く及ばなかったのだから、今年の 8月はとんでもない月だったとわかる。

それでなくても、最近は台風の進路がちょっと変わって来ていて、南海上からやってきたのが、強い勢力のままいきなり関東や東北、それどころか北海道に上陸するというのが増えてきている。米国でも超大型ハリケーンが相次いで上陸するし、これまでの気象の常識がかかりにくくなっている。

ここ 20年ぐらいでこんなに大きな変化を見せているのだから、これから 20年はもっと大変なことになるだろう。気象災害にいかに備えるかが大きな問題になってきている。

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2017/08/27

「近頃天気がおかしい」 と毎年言っているが

昨日は新潟に日帰り出張した。超ピストン旅行である。新潟は前日は大雨だったそうだが、昨日はカラっとした晴天で、気持ちのいい一日だった。下の写真は帰りの新幹線の窓から撮ったものである。

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「8月になってからまともに晴れた日が少ない」 ということだったが、まあ、晴れ男の私が訪れるとこんな感じになってしまう。ところがつくばの里に帰ってみると、湿度の高いじっとりとした夜だった。昨日までのような暑さではないが、ジメジメ感がうっとうしい。

今年の夏は本当におかしな天気で推移中である。梅雨入りが宣言されたとたんに猛烈な暑さになり、7月の初め頃は 「本当は梅雨明けしちゃってるんじゃないの?」 とみんな言っていた。そして気象庁が梅雨明けを宣言したとたんにジメジメした天気になり、「本当の梅雨が始まったみたいだね」 ということになった。8月始めは本当にぐずついた天気が続いたが、しばらくすると猛暑になった。

本当に天気の浮き沈みの激しい夏である。毎年のように 「近頃は天気がおかしい」 と言っているが、今年の夏はおかしさ加減が並外れている。こんな調子で天気がおかしくなり続けたら、4〜5年先は一体どうなっているだろうかと、本当に心配になってしまう。

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2017/08/06

アジサイが 「まだ梅雨なんでしょ」 と咲き始めた

関東の今年の梅雨は、実は 8月に入ってから始まってまだ明けていないんじゃないかとまで思っている。気象庁の速報値では、関東の梅雨は 6月 7日頃から 7月 19日頃までとなっているが、その間は我が家の太陽光発電データをみる限りずっと好調で、雨による不調な日があってもそれは 2日と続かなかった。

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ところが、気象庁が 「関東の梅雨は明けたとみられる」 と言ってから、7月 23〜27日の 4日間、ずっと不調で発電量が使用量を下回り、8月に入ってからはいつもの夏より発電量がずっと小さいままの状態が続いている。「実はまだ梅雨なんじゃないの」 と多くの人たちが言い出すわけだ。

で、そんなことを言い出すのは人間だけじゃなくて、我が家の裏のアジサイまで 「まだ梅雨なんでしょ」 と言わんばかりに新しい花房をつけてしまった。アジサイの花の季節は 7月中旬には終わって、あれだけきれいだった花房は薄茶色の枯れ草色になってしまっていたが、今日の昼頃に見ると、なんと瑞々しい色の新しい花房がついている。

自然までが、梅雨はまだ明けていないと勘違いして、というか、実際は正しい判断なのかもしれないが、そんなような動きをしてしまっているようなのである。わけのわからない時代になってしまった。

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2017/07/24

土用丑の日に休業する鰻屋さんの志

明日は土用丑の日なのだそうで、新聞のチラシは鰻蒲焼きのオンパレード。テレビやラジオもウナギ、ウナギで盛り上がっている。ただ私はだいぶ前からウナギとマグロは食わないことにしているので、とろっとした蒲焼の写真なんか見ても全然そそられない。

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私がウナギとマグロを食わないことにしたのは、ケチっているというわけでは決してない。わざわざ絶滅危惧種を選んで自分の口に入れてしまうのは、いかにも夢見が悪いからである。種の多様性を守ることと、ウナギやマグロを食うこととどっちが大切かと言われたら、そりゃ種の多様性を守る方がずっと大切だ。

この間の事情については、過去に書いた中の、次の 3本の記事を読んでいただけばよくわかっていただけるだろう。

当面、ウナギとマグロは食わないことにする (2013.6.14)

「ウナギとマグロは食わないことにする」 ということについて (2013.8.3)

ウナギを食うのは早めに諦める方がいい (2016.9.26)

こんななかで、朝日新聞が "土用の丑、今年は2回 「ウナギ守るため」休業の店も" という記事を書いてくれている。以下に引用する。

6月下旬、専門店 「うなぎ高瀬」(東京都八王子市)の 「土用の丑の日は休業します」 という店内の貼り紙を、客がツイッターに投稿した。多くの客が訪れることで丁寧な接客が難しくなるほか、稚魚の減少に触れて「資源を大切に守り、日本の食文化 『鰻 (うなぎ)』 を未来に残したい」 などと理由が書かれていた。

私は個人的にはウナギは衰退産業だと思っている。まともな国産ウナギは高すぎるし、安い中国産のウナギはどんなアブない餌で育っているか知れたものではない。いずれにしても、きちんと考えれば考えるほど、自分の口に入れるものではないという気になる。

上記の 「ウナギを食うのは早めに諦める方がいい」 という記事の中で、私は次のように書いている。

そろそろ日本人も、「ワシントン条約のせいでウナギが食えなくなってしまう」 などという、根拠のない被害者意識で捉えることを止めなければならない。本当のところは、日本人がウナギを食い過ぎるからワシントン条約で規制しなければならないところまできてしまったのである。うなぎの視点からは、日本人は加害者なのだ。

しかし街の鰻屋さんにまで 「そんな仕事はお辞めなさい」 という気はない。いずれにしても規模的な衰退は免れないだろうから、早めに将来を考えた方がいいだろうが、そうした中で 「食文化を守る」 というギリギリのラインで踏ん張るというのは尊いことだ。その意味でも 「うなぎ高瀬」 さんの決断は、なかなか潔いものだと思う。

こうした志の鰻屋さんがいる限り、日本文化は大丈夫という気がする。こちらをクリックすると、Twitter での 「うなぎ高瀬」 さんに関する投稿を読むことができる。なかなか素晴らしいお店のようだ。

ただ、いずれにしても私は食わないし、一般的にも、「ああ、そういえば、10年前に一度食ったことがある。確かにおいしかったなあ!」 ぐらいで十分じゃないかという気がしている。

【7月 26日 追記】

ついに保護団体も 「安いものは密漁された可能性が高く、食べないでほしい」 と呼びかけるまでになったようだ。私は安かろうが高かろうが、食べないけど。

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2017/07/06

「数十年に 1度の大雨」 が、1年に何度もある時代

福岡、大分の豪雨のニュースが衝撃的だ。「数十年に 1度の記録的豪雨」 などと言われていて、ニュースの映像で見ても、確かにすごい洪水である。

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私は昭和 61年の台風 10号による水害のため、避難所に指定された高台の小学校で一夜を明かしたことがある (参照)。妻が 3番目の子を身ごもっていたので、妊婦と幼い娘 2人、それに犬 1匹を連れての避難だったから、かなり大変だった。

そんな経験があるので、水害のニュースを聞くと他人事とは思えない。被災地の方々には心からお見舞い申しあげると言いたいところだが、雨はまだまだ収まったわけじゃないようなので、この台詞は早すぎるかもしれず、心が痛む。引き続き警戒していただきたい。

それにしても、このところ毎年のように 「記録的災害」 と形容される自然災害に襲われている。私は 4年前の 8月に "「20年に 1度の大雨」 から 「経験したことのない大雨」 に” という記事で、次のように書いている。

ちょっと前まで 「10年か 20年に 1度」 というレベルだった大雨が、最近では当たり前にしょっちゅう降るようになったということのようなのである。それだけ、気象が極端になっているのだ。このブログでは何度も書いたが、「温暖化」 とはまんべんなく暖まることではなく、「極端化」 するということにほかならない。

それで最近は、大雨のニュースでもレトリックに苦心するようになった 「経験したことのない大雨」 というのは、今月初めの秋田や岩手で降った雨だが、その後すぐに、山陰や北九州でも同じレトリックの雨が降った。さあ、こんどはどんな形容詞を使えばいいのか、マスコミも大変だ。

「極端化」 ということについては、過去にも "「温暖化」 というのは 「極端化」 を穏やかに言っただけ"、"「地球温暖化」 は 「気候極端化」" という 2つの記事を書いている。ちょっと考えただけでも、近頃は春と秋が短く、寒い冬が過ぎるとあっという間に暑い夏になり、夏が終わって涼しい秋を楽しむ間もなく、寒い冬になる。モデレートな気候を楽しむことが少なくなった。

一昨年はすぐ近くで鬼怒川の堤防が決壊し、私は水見舞いと復旧ボランティアに行ってきた。この時の大雨は 「50年に 1度の大雨」 と言われていた (参照)。さらに昨年は、北海道に観測史上初めて 3つの台風が相次いで上陸し、しかも台風 7号は本州などを通過せず、強い勢力のままで直接北海道に上陸したのだった。私はその直後に北海道に行ったが、あまりの暑さに 「もう昔の北海道の気候じゃない」 と思った (参照)。

というわけで、近頃は毎年のように 「20年に一度」 とか 「数十年に一度」 とか 「経験したことのない」 とかいうレベルの自然災害が発生しているのである。そんなに希有であるはずの大災害が、毎年発生してたまるものかと思うが、現実なのだからしかたがない。この要因は地球温暖化ということが既に常識となっている。

今年の夏はまだ始まったばかりなので、「数十年に一度の大雨」 が、今年中にあと何度あるか知れたものではない。この期に及んで、地球温暖化対策を進めるパリ協定から脱退するという、米国のトランプ大統領には、「お前、気は確かか?」 と言いたいほどのものである。

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