カテゴリー「自然・環境」の220件の記事

2017/04/02

ハンドソープは無添加フォームタイプがお薦め

近頃は世の中に 「ハンドソープ」 と称するものがあって、手を洗う際にポンプ式の容器でプシュプシュッとやると、石けん液が出てくる。そもそも私自身はこのタイプの石けんをあまり使うことがなくて、大抵は水洗いで済ませることが多いが、念入りに洗う時には 「フォームタイプ」 という初めから泡で出てくるのを使っている。

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しかも写真にあるように、無添加タイプのもので、つまり抗菌成分の入ってないやつだ。スーパーやドラッグストアでハンドソープを買おうとすると、ほとんど 「抗菌作用」 を売り物にしていて、抗菌成分無添加のものは必死に探さないと見つからない。我が家の近くで買おうとすると、やっと 1種類だけ見つかる。

ちょっと前に話題になったが、ハンドソープの 「抗菌作用」 というのは無意味であるらしく、単なる水洗いやフツーの石けん洗いとの差はほとんどないという。それどころか、トリクロサン、トリクロカルバンなどの殺菌成分は、免疫系に悪影響を及ぼすリスクの方が大きいということで、米国では販売禁止になっているところもある。

というわけで、我が家では抗菌剤フリーのものを使っている。さらにフォームタイプにしているのは、節水効果が期待できるからである。いかにも濃厚な液体タイプの石けんがムニュッと出てきてしまうと、それを洗い流すのに結構な量の水を使う。一方フォームタイプだとあっという間に洗い流せる。

こうした日常的なものを選ぶにも、ちょっとだけ賢くなる必要があると思っている。

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2017/03/21

バリケンという鳥のいることを初めて知った

バリケンという鳥をご存じだろうか? 実は私も今日初めて知った。雨の中、つくば市の赤塚公園というところを歩いていると、なんだかニワトリの大きいんだか、七面鳥の小さいんだか、よくわからん鳥がぼうっとつっ立っている。「何だ? ありゃ!」 と言うと、一緒に歩いていた後輩が 「tak さん、知らないんですか。バリケンってやつですよ。この辺じゃ知らない人いませんよ」 と言う。

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近付いて行っても飛び去る気配はない。というか、どうやら飛ぶことはできないようだ。結構でぶっちょで、羽も小さいから、まあ、飛べたとしてもちょこっと程度だろう。写真を撮ろうとすると露骨にうっとうしがるような素振りは見せるが、走って逃げるということもない。見た目は強面だが、至って呑気な鳥という印象だ。

帰宅してからググってみると、Wikipedia で 「ノバリケン」 という項目が見つかった (参照)。野生のバリケンで、「野バリケン」 というココロらしい。カモ目カモ科の鳥である中米産ノバリケンを家禽化したものが、バリケンということのようなのである。日本においては家禽化されたバリケンの方が先に知られ、後になって 「元々の野生の方は 『ノバリケン』 ってことにしようか」 ってなことだったのだろう。

Wikipedia には 「食用家禽として日本に持ち込まれたが、あまり普及していない。飛行能力が残っており日本各地で逃げ出したものが散見される」 とある。おお、やはりちょこっとは飛べるもののようだ。まあ、そんなことを言えば、ニワトリだって木の枝ぐらいまでは飛んだりするからね。

この Wikipedia には、つくば市の洞峰 (どうほう) 公園で目撃されたバリケンの写真が載っている。とすると、やはりつくば市周辺はバリケンが多く見られる地域ではあるのだろう。私の自宅近辺では見たことがないけどね。

それにしても、この年になって初めて見る鳥というのがあって、しかもその鳥はつくば市では知らぬ者とていないというのだから、人生というのはよくよくわからないものである。

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2017/03/12

自然に対して 「戦闘」 を挑む愚かさ

ちょっと古い話で恐縮だが、Japan DailyNK の 2015年 1月 19日付記事に "北朝鮮、森林破壊に危機感 「自然との戦争を宣言した」" というのがある。下の写真は、韓国のインターネット掲示板で話題になった北朝鮮の 「回復不能なまでのはげ山」 で、「火星の景色か」 というコメントまで付いたそうだ。

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この記事の中には、次のような件がある。

金正恩氏は、2015年の 「新年の辞」 でも 「森林の回復戦闘を力強く繰り広げ祖国の山々を緑の森に覆われた黄金山に転換させなければならない」 と全国の樹林化事業を強調している。

これを読んで、森林回復事業を 「森林回復戦闘」 などと呼んでいる限りは、この国の自然は回復しないだろうと、絶望的になった。そもそもの発想からして間違いなのだ。森林の回復は 「戦闘」 ではなく 「調和」 によるのでなければ、一歩も前進できないだろう。

この記事の載った 1年半後の、2016年 7月 4日付では、"悲惨! 北朝鮮 「森林レンジャー」、盗伐団に相次ぎ惨殺される" という記事がある。個人耕作地を没収し、苗木を植える 「山林復旧戦闘 (森林造成事業)」 という事業が反発を招き、山林監視を行う山林保護員 (森林レンジャー) が惨殺されるという事件が起きているという。

「盗伐団」 とは言っても、そのほとんどは薪を切りに山に入った一般の住民であるらしい。民衆は将来の森林よりも、目先の食料の方を求めているわけだ。そのため、段々畑を潰して森林を造成しようとする森林保護員を鎌で惨殺するという行為に及んでいるというのである。

彼らはこの半世紀以上、自然に対して 「戦闘的姿勢」 なんかで立ち向かっていたのだから、当然にもこんなことになる。だから発想を変えなければならないわけなのだが、彼らの辞書には 「調和」 の文字がないようなのだ。

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2017/01/15

ちょっとないほどの冷え込み

寒い! 天気図を見ると日本付近は等圧線が縦に走って、典型的な西高東低だ。夕べからしんしんと冷えてきて、朝起きて外に出ると、関東の平地ではちょっとないほどの冷え込みだった。

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田舎の山形県はかなりの大雪になっているようだ。庄内平野はそんなにどっかりとは積もらないが、ちょっと内陸に入ると、2メートルなんていう積雪になっているという。関東からはまともに行ける感じがしない。ヨーロッパはむちゃくちゃな寒さだというが、ここに来て日本も急に厳冬の様相を呈してきた。

今月は半ばに長崎に出張の予定がある。その頃には少しは寒気も緩んでいるだろうが、経験上、九州でも福岡、佐賀、長崎は、冬には案外寒いということを知っているので、油断がならない。それに来月は能登に行くことになっている。厳冬を避けて、二月中旬以降に日程を組むことにしよう。

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2016/12/02

タラバガニの値段が高騰しているのだそうだよ

タラバガニの漁獲量が減り、値段が急騰しているのだそうだ。そんな中、ラジオショッピングなどでは 「お正月にはおいしいプリップリのタラバガニをたっぷり食べたいですよね。そこで、1kg 2万円のタラバガニを、本日に限り、2kg 2万円で提供します!」 なんてプロモーションを展開している。私なんか、「それでも高すぎるなあ」 と思ってしまうのだが。

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タラバガニの漁獲量が減っているのは資源が枯渇しかけているからで、最大供給国ロシアからの輸入も密漁取り締まりによって激減しているらしい。普通に考えれば、資源が枯渇しかけているなら食うのを控えて増加に転じるのを待てばいいということになりそうなものだが、人間の業というのは浅ましいもので、それでもなんとかたっぷり食いたいと願うもののようだ。

私なんか、余計なものを食うのは面倒くさいと思うところがあって、「タラバガニの値段が高騰している」 なんて聞けば、「それなら食う理由がなくて、面倒がないからありがたい」 と感じてしまう。メロンに関してもアレルギーがあって、昼間に食うと夕方過ぎまで口の周りが痒くてたまらなくなるから、逆に 「アレルギーという免罪符のおかげで、高いものを食わずに済んでありがたい」 と思っている。

同様に、マグロやウナギが資源枯渇の危機にあるというので、「だったら高いものを食わずに済んでありがたい」 と、喜んで割り切れる。それで 3年以上前に 「当面、ウナギとマグロは食わないことにする」 と宣言している。

決して食うのを我慢しているわけではなく、「面倒なものを食わずに済むありがたさ」 の方が勝っている。今年正月の記事、"「ご馳走を食わない」 というポリシー" で端的に書いているように、私は要するに、過剰なご馳走を食うことに苦痛を感じてしまうタイプなのだね。

そうでなくても、人間は何を食うかということにもう少し理性的であっていい。キリストは 「山上の垂訓」 で、「何を食ひ、何を飮まんと生命のことを思ひ煩ひ、何を著んと體のことを思ひ煩ふな」  (マタイ伝 第 6章 25節) と語ったわけだが、「面倒なものは食わない」 と割り切りさえすれば、少なくとも食い物で思い煩うことからは解放される。

旨いものや珍しいものを追い求めるのは、いくら 「グルメ」 として取り繕おうが、突き詰めれば餓鬼道である。いくら旨かろうが珍味だろうが、面倒な事情にまみれたものは食わずに済ませたい。その方がずっと楽に生きていける。

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2016/11/24

雪と学び

予報通りに雪が降って、11月の降雪としては東京では 54年ぶりで、しかもこの月の積雪記録としては観測史上初ということになった。まあ、何があっても不思議じゃない。ただ、それほどの積雪にはならなかったので、栃木県境近くでの仕事の往復は何のことなく終えることができてほっとしている。

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上の写真は途中で写したものだが、田んぼでこの程度の積雪では、幹線道路にはほとんど積もらずに済む。もし田んぼに真っ白な雪が分厚く積もるようだと、道路上でも少なくともシャーベット状になり、関東のドライバーはどうしようもなくなってしまう。

1 ところで、帰宅してから Twitter 上でおもしろい動画があちこちで retweet されているのを見つけた。「窓を開けて雪をスローモーションで撮影してたらカーテンレールの上に飾ってあった人形が落ちて来ました」 というテキストと動画のセットである (参照)。

ふわふわと舞い落ちる雪とともに、一瞬生身の人間と見まごう物体が、ゆっくりと落ちていく動画が、なかなかシュールである。そしてよく見ると、雪と人形の落ちるスピードがほとんど変わらないことに気付く。

人間の意識としては、雪というものはゆったりと舞い落ちるもので、カーテンレールに載せていた人形は一瞬の間にストンと落っこちるものと思い込んでいるが、こうしてみると、両者のスピードはそれほど変わらない。

まあ物理の授業で物体の落ちる速さは重かろうが軽かろうが同じと教わっているので、「そりゃ、まあ、そうだわな」 と納得するが、それでもちょっとだけ違和感は残る。それでさらに注意深く見つめると、やはり雪の方がほんの少しだけゆっくり落ちているように見える。なかなかビミョーなものである。

そこはそれ、やっぱり雪の方が複雑な気流の影響ってものを受けやすいのかもしれないが、もしかしたら単なる錯覚かもしれない。このあたりは極端な文系ゆえ、厳密なところはよくわからないので、詳しい方のご教示を求む。

というわけで、自然現象というのは虚心になって見つめると、なかなかおもしろいものである。損得勘定だけで見ていると、うんざりしたりしてしまうのだが、まあどうせ人間の力の及ばないことなのだから、多少寒かろうが、交通機関が遅れようが、楽しんでしまえばそこにいろいろの学びがあるのだよね。

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2016/09/24

太陽光発電を始めて、1年半近く経った

9月の第 2週頃から 「秋の長雨」 が半端じゃないほど続いていて、気持ちのいいお天道様がなかなか拝めない。21日は午前中に屋外撮影の必要な仕事が入ったので、晴れ男の常としてちゃんと晴れ間が覗いたが、仕事が終わった途端に雲が広がって、一日を通してカラッとした天気というわけにはいかなかった。

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ところで昨年 4月にウチの屋根の上にソーラーパネルを設置して、1年半近く経った。写真は我が家の太陽光発電のモニターで、今月の発電量と消費量の推移を示したものである。

折れ線グラフの黄土色の部分は発電量が消費量を上回っていることを示し、水色の部分は逆転して消費量の方が多いことを示す。これを見ても、今月 6日までは晴天が続いたが、とくに中旬からは水色部分が圧倒的に大きく、期待通りに発電できていないというのが一目瞭然だ。

発電の振るわない日は雨降りということなので、洗濯物を外に干すことができず、浴室で除湿器をかけながら乾燥することになる。だから自前の発電量が少ない日に限って電力消費が増えるという、好ましくない推移になっている。それにしても、除湿器ってかなり電力を消費するんだなあ。

ちなみに 9月 1日〜22日の 3週間の数値実績をみると、以下のようになっている。

発電量: 159.1 kWh
消費量: 177.3 kWh
売電量:   96.3 kWh
買電量: 114.3 kWh

月の前半はそれなりに晴れた日もあったので、数字だけ見れば、使った電力の 90% 近い量を自前で発電している。ただ、電力消費は発電量の少ない雨降りの日に多くなっているので、実際に使った電力の 64% 以上は東電から買ってしまっていることになる。痛恨だなあ。まあ、それに近い量を売ってもいるわけだけど。

データを振り返ってみると、昨年の 9月も秋の長雨が続いたが、辛うじて発電量が消費量を上回った。今月もこれから天気が回復して晴れてくれさえすれば、バッチリ発電して消費量は減るのだから、カツカツぐらいに持ち直してくれるかもしれない。

これまでの実績からすると、11〜2月の 4ヶ月間は日照時間の短さもあって、発電量が消費量を下回る。もっとも今のところは単位電力量あたりの売電価格が買電価格を上回るから、金額ベースでは年間を通じて黒字を確保している。

ソーラーパネルを設置する前は、消費する電力を丸々東電から買っていたわけだから、その頃に比べれば、支払う金額はぐっと減り、その上、買電した分の金額が毎月振り込まれるようになったということだ。そのプラスマイナス分をトータルすれば、ソーラーパネル設置に伴う費用の月賦支払い分ぐらいは、しっかりと浮いている。

そんなわけで私は、「太陽光発電をするための費用なんて、タダみたいなものだよ」 といつも言っているのである。タダみたいな費用で環境貢献できるのだから、始めない手はない。

世の中には、売買電価格の差額分は太陽光発電をしていないユーザーの負担になっているのだから、不公平だなどと言う人もいる。しかし自然エネルギーを活用しなければ地球環境は悪化するに決まっているのだから、率先してやっている人に 「委託金」 を払っているようなものなんじゃあるまいか。

太陽光発電を率先して行い環境貢献するのに、このくらいのメリットがなければ、その方がかえって不平等という考え方だってあると思うのだよね。

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2016/09/11

ラニーニャが発生したらしい

今年の春頃には 「夏にラニーニャが発生する」 と言われていたが、気象庁は今頃になってようやく 「ラニーニャが発生したとみられる」 との発表を行った (参照)。まだ初期段階にあるらしいが、統計的には、ラニーニャだと夏は猛暑になり、冬は厳冬になるという。

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気象庁によると、秋の天気は 「全国的に暖かい空気に覆われて気温が高く推移する見込み」 ということになっている。ラニーニャの発生が予想より遅れて、極端な猛暑は避けられたが、秋にはちょっとだけその片鱗が現れるということか。

その代わり、その後は結構寒い冬になるかもしれない。上越の山にちゃんと雪が降ってくれれば、この夏のような水不足は避けられるかもしれないが、春先に関東の都市部で雪が降るようだと、交通機関が乱れるかもしれない。

そしてその傾向が来年の夏まで続くようだと、今度は猛暑が思いやられる。3年前のラニーニャでは、高知の四万十市で 41.0 ℃ という日本最高気温が記録されたが、あんな暑さがまた来るのは本当に勘弁してもらいたい。いずれにしても地球全体のスタンダードが温暖化傾向にあるのだから、「猛暑」 になるとエラいことになってしまう。

(上の画像は 「インターネットで世界の天気を見てみよう!」 というサイトより)

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2016/09/06

メガソーラー・バブルの崩壊は、当然の結果

日本経済新聞が 「太陽光パネルの国内業界が底なし不況の様相を呈している」 と伝えている (参照)。2016年 4~6月期の国内出荷量が前年同期比で 26%減少しており、15年度に前年実績を割り込んでから、復調の兆しが見えないのだそうだ。

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出荷量減少の要因は産業用 (メガソーラー向けなど) の減少という。産業用は全体の 8割を占めているというから、家庭用がいくら健闘しても全体の出荷量が減ってしまうのは無理もない。

産業用ソーラーパネルの出荷が減ったのは、発電した電力の買い取り価格が下がってしまったからにほかならない。2012年には 1kwh 当たり 40円で買い取られていたのが、16年には 24円に引き下げられた。これでは新規のメガソーラーに投資しても 「金儲け」 にはならない。

一時はメガソーラーはバブルの様相を呈していて、とにかく申請しておいて、その権利を転売して儲けるなんてことまで横行していた。本当に 「環境のため」 を意識して作る場合は、なるべく木を切らずに済む土地を探して作るのだが、儲け主義の連中は林を伐採して丸裸にしたところにソーラーパネルを並べるなんてことを平気でやる。

私は太陽光発電に関しては、各家庭やオフィスで屋根や庭に設置し、「自分のところの電気は自分で作る」 というのが望ましい姿で、メガソーラーに関しては 「やりたければどうぞ」 ぐらいに思っている。しかし昨年 9月 11日の記事で書いたように、本来山林だったところなどの自然を破壊してまで作るのは、「そりゃ本末転倒だろう」 と考えている。

太陽光発電推進派の私としても、昨今のメガソーラー・バブルの崩壊は 「当然の結果」 と認識している。これで需要が落ち着けば、ソーラーパネルの価格も下がって、家庭での設置がしやすくなるかもしれない。

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2016/09/02

「もう昔の北海道の気候じゃない」 という実感

昨日、北海道への出張から帰ってきたが、「涼しい北海道で一息つこう」 という期待は完全に裏切られた。台風 10号が南の空気を呼び込んだまま去ってしまったようで、9月の声を聞いたというのに、蒸し暑さに汗びっしょりという北海道になってしまった。

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前日は夜遅くホテルにチェックインしたので、そのまま爆睡してしまい、9月 1日の朝早く目が覚めてテレビを点けると、台風 10号の被害状況が生々しく伝えられている。その前の台風 11号が北海道直撃という進路を辿り、さらに迷走していた 10号が東北を横断したために、その北に広がる雨雲が北海道を襲ったようだ。

ただでさえその前から続く大雨で水をたっぷり含んでいた土壌が、たまらず決壊してしまった地点が多く、北海道の地元放送だけに、各地の被害を詳しく伝えていた。これまでの北海道の常識では考えられなかったような惨状である。

今回は道東の遠軽 (えんがる) という町に行ったのだが、まるで亜熱帯のような蒸し暑さで、9月の北海道の爽やかな風なんて、ちっとも吹かなかった。帰りの飛行機に乗る頃には、体中汗だらけという感覚だった。

北海道への旅行は天候に気を遣う。普段の年なら、夏でも日が暮れれば上着を羽織らないと肌寒く感じるほどだから、内地の感覚は役に立たない。

今年の 5月末には釧路と根室を訪問したが、低気圧の影響で季節が逆戻りしたような寒さだった。初日は 「ダウンベストを持ってきてよかった」 と思ったが、2日目には 「分厚いダウンパーカにすればよかった」 と後悔したほどだ。

そうかと思うと、6年前の 8月末に小樽に行った時は、32度以上という暑さに驚いた。小樽は長崎や尾道と同様に坂道が多いから、炎天下を歩くうちに脱水症状寸前みたいになった。土地のばあさん連中も 「わたしゃ、70年以上生きてるけど、こんな暑いのは初めて」 と音を上げていた。こちらとしても、その夏は大変な猛暑だったから、「涼しい北海道で人間らしい気持ちを取り戻そう」 と思っていたのだが、それは甘すぎた。

同じ年の 1月には、江差付近の猛吹雪で札幌から動きが取れずに一度追い返され、1週間後に出直すという経験もした。あの時は、札幌駅の北口ロータリーから、駅舎が見えないほどの大変な地吹雪だった。さすが北海道である。

ただ、いずれにしても北海道の地元の人たちも、「もう昔の北海道の気候じゃない」 と感じておられるようだ。「まるで内地みたいな暑さになるし、台風が元気なうちに直撃してくる」 という現実は覆せない。

地球温暖化は今、まさに実感として迫っている。

 

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