カテゴリー「マーケティング・仕事」の122件の記事

2018/01/31

「好きなサービス」 と 「嫌いなサービス」

"日経ビジネス・オンラインに "「店員が出口までお見送り」 好きですか? 1000人に聞いた 「好きな接客」 「嫌いな接客」" という記事がある。

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まず、客に歓迎されている接客というのをあげると、筆頭は 「いらっしゃいませ」 という声がけで、「好き」 が 663人で、「好きではない」 の 24人を圧倒。他には、「弁当に添えられる 『おしぼり』」 は肯定派が 521人、否定派は 18人。「温かい食べ物・冷たい食べ物を別々の袋に分けて入れる」 は肯定派が 604人、否定派は 14人だった。

ホテルや旅館などで 「従業員が、部屋まで荷物を運ぶ」 も、肯定派 473人で、否定派の 78人を大幅に上回ったというのである。

ふぅん、世間一般の受け取り方って、こういうものなのかと、私はかなり違和感をもってしまった。「いらっしゃいませ」 ぐらいは、まあ、フツーのことなんだろうが、弁当に添えられる 「おしぼり」 なんて、私には資源の無駄にしか思われない。

コンビニで従業員が温かいものと冷たいもので袋を分けようとしたら、私はいつも 「分けないで、一つの袋にして」 と逆注文する。そして従業員が部屋まで荷物を運ぶというのは、そんな高級ホテルには泊まらないから、私には関係ない。

記事で 「要注意」 とされた、「好きではない」 という回答が 「好き」 の 3倍を超えたサービスは、飲食店などの 「ご友人同士ですか、会社の同僚ですか」 や、「どちらからお越しですか」 などの声かけ。プライバシーの侵害と思われるようだ。また、タクシー運転手の自己紹介や、「何をお探しですか」 という声かけも歓迎されない。

私は逆に、前の二つ程度の声かけは、フランクな会話のきっかけとなるサービスとして悪いものじゃないと思うがなあ。ただ、タクシー運転手の自己紹介なんてされた覚えがない。そもそも、タクシーってあまり乗らないし。ただ乗った時には大抵楽しく会話が弾むがなあ。性格のいい運転手さんに巡り会う運命なのかもしれない。

ただ、売り場で店員が近寄ってきて 「何をお探しですか」 と声をかけられそうになったら、これ見よがしに売り場を離れることにしている。あれって、邪魔以外の何物でもないんだよね。そもそも、本当に商品知識が豊富で相談するに値する店員なんて、ほとんど出会った例しがない。

調査では 「黄信号」 とされた、「好き」 と 「好きではない」 が拮抗しているサービスの中で興味深いのは、「開店時、入り口に店員らが並んでの一斉の挨拶とお辞儀」 で、「好き」 が 133人、「好きではない」 が 223人という結果だった。私に限って言えば、何が苦手と言って、これが一番苦手なので、百貨店の開店時の入店は絶対に避ける。というか、これのせいで百貨店そのものが嫌いになってしまった。

今回の調査でも 「好きではない」 の方が 2倍近くに達しているのに、どうしてあんなことやるのか、さっぱりわからない。要するに私は、「慇懃無礼」 が嫌いなのだよね。ただ、世の中にはウルトラ慇懃無礼なサービスが大好きな人種もいるから、一筋縄ではいかない。

記事でも、"これら 「黄信号」 は好きな人も一定数いるため、単純にやめてしまえば 「おもてなしが後退した」 と客に受け止められるリスクがある。ある意味では「要注意」よりも要注意なサービスといえるだろう" とされている。つまり一度始めてしまったのが、そもそもの間違いの元だったのだね。

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2017/12/23

クレーム電話の対応を巡る冒険

某メーカーで技術系の仕事をしている友人に聞いた話だが、会社には 「キャクソー」 と称する仕事のプログラムがあるらしい。これは 「お客様相談」 の省略形のようだが、要するに消費者からのクレーム電話の対応を経験するのが目的だというのである。

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趣旨としては、商品開発を行う技術者として、たまには消費者の生の声を聞いてみるということらしいのだが、実際には仕事でドジを踏むと一定時間のキャクソーをやらされるという、「罰ゲーム」 的な色彩のあるものと位置付けられている。建て前と本音とは、このあたりでずいぶんズレてしまう。

私は以前、アパレル関連で消費者クレームに関する管理に関わったことがあるので、そんな仕事をやらされるのは、技術系の人間にとってかなりのストレスの元になってしまうだろうと、心から同情した。ところが実際には、消費者対応のノウハウなんて持ち合わせない木訥な技術者の方が、消費者の怒りを鎮めて丸く収まってしまうケースが案外多いと聞いた。

クレーム対応専門の女性オペレーターが、いかにも手慣れた猫なで声でひたすら 「申し訳ございません」 なんて繰り返すより、即物的に技術論に行ってしまいたがる人間が対応する方が、消費者があっさり折れてしまうというのである。なるほど、ありそうな話だ。

コトを丸く収めようとして、ことさら丁重な対応に出ると、相手は往々にしてかさにかかって高圧的な態度になる。ところが、小難しい技術的な話を訥々と語り始めると、相手は虚を突かれてどう攻めたらいいかわからなくなってしまうのだろう。そもそもクレーム電話なんて些細なことが多いので、「今後は気をつけろ!」 の一言で終わってしまうケースが案外多いという。

要するに、人間というのは下手に謝られると調子に乗って強気で攻めるが、自分には理解できないような内容でドライに淡々とやられてしまうと、逆にちょっと引いてしまう傾向があるようなのだ。これは外交関係でもよく見られる構図である。

そんなわけで、欧米では何かトラブルがあった時には 「簡単に謝っちゃいけない」 というのが常識になっている。日本ではどういうわけか 「とにかく謝っておかないと話がこじれる」 と思われがちだが、実はあながちそういうわけでもないみたいなのである。

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2017/11/28

オフィスの書類キャビネットのパラドックス

今月 22日に、「モノの整理は、捨てなきゃ始まらない」 という記事を書いた。65年も生きてくると、経験則からしてまさにその通りであって、「整理」 という言葉には、「捨てる」 という意味がしっかりと含まれている。世の中では軽い気持ちで 「整理・整頓」 などと言われるが、「整頓」 というのは、まず不要なものを 「整理」 して (捨てて)、初めて成立するのである。

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昔務めていた某団体では、オフィスで最も便利な場所にある書類キャビネットにきれいに収納されているのは、すべて大昔からある不要書類だった。きれいなはずである。10年以上誰も手を触れていないのだから、乱雑になるきっかけがない。

一方でゴチャゴチャになってしまうのは進行中の 「生きた書類」 である。一番便利なキャビネットは誰も手を触れない不要書類に占領されているから、必要書類は机や棚の片隅でゴチャゴチャになるしかない。

「大昔の書類は法定の保管期限もすっかり過ぎてるんだから、捨てちゃいましょうよ」 と言うと、古株職員が 「それはそのうち 『創立 50周年記念誌』 を作る時の資料になるから、捨てられない」 などというのだった。私はそんなものを作る時期が近付いたら、さっさと転職していなくなろうと思った。

いろいろな団体や企業の 「創立」 または 「設立〇〇年誌」 という分厚い書物が送られてくることがあるが、実はそんなもの誰も読まない。ずいぶんな金をかけて、その団体や企業の内部の人間だって読みゃしないものをご大層に作っているだけである。そんなものを外部にまで配るのは、はっきり言って書棚のゴミを押しつけているようなものだ。

百歩譲って、古い書類をどうしても保管しておきたいというなら、倉庫の一番奥に眠らせておけばいい。よりによってオフィスの中で最も出し入れしやすい特等席を、そんなもので塞いでおくことはない。便利な収納スペースはその時々の生きた書類が入るべきで、そして常に整理して循環させなければならない。

人は往々にして、きれいに保管された書類の姿を見て満足してしまうが、死んだものをきれいにしまっておいてもしょうがない。さらに今の世の中では、紙の形ではなくデジタル・データとして保管しておけば、場所を取ることもない。「やっぱり紙に印刷してある方が見やすい」 などという人もいるが、そんなものどうせ見ない。

ほんのたまに見る必要が生じたとしても、デジタル・データにしておく方が検索しやすい。分厚い紙の書類の中から目指す資料を探し出さなければならないなんて、考えただけでぞっとする。

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2017/09/27

ブレインストーミングは、役に立たない

「知識連鎖」 というサイトに、「ブレインストーミングは満足感だけで意味はない 集合知と矛盾?」 という記事がある。内容は 「満足感はあり、むしろすごく楽しいものではあるものの、成果というものを冷静に見てみると、全然ダメという話」 だ。

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これ、「我が意を得たり!」 と言いたくなる記事だ。実際のところ私もブレストは何十回もやったが、役に立ったことは 1度もない。単に大判のケント紙が付箋の山で埋まり、3日経てば忘れ去られてしまうだけの行為に、どうしてあんなに力を注ぎたがるのかわからない。

私は初め、「ブレインストーミングを役に立てられないのは、やり方がまずいか、あるいは単に、こなし方に慣れていないからだろう」 と、希望的に考えていた。30歳になる前のことだから、もう 35年も前のことである。あれからこっち、いろいろなケースで経験したが、さんざん盛り上がりはするものの、すべてその場限りである。

ホワイトボードや大きなケント紙を埋めた付箋を、落ち着いてから改めて眺めてみると、ほとんどは当たり前すぎて改めて言う必要もないことと、愚にもつかない戯れ言ばかりである。「こんなどうでもいいことを、よくも堂々と言えたものだ」 と思うが、それは 「一見下らなそうな考えも歓迎」 だの 「質より量を重視する」 だの 「他人のアイデアを批判しない」 だの 「結論を出さない」 だのいう独特のルールのおかげだ。

そんなわけで、ブレストをやっている時間のほとんどは、他愛もない寝言を述べ合い、それをわざわざ付箋に書き出し、「これとこれとは関係がある」 なんて言いながら、どうでもいいアイデアをいろいろな塊にまとめ、そんなことをしているうちに、本質的な目的をどんどん忘れて 「何かテキトーなことを言いさえすればいい」 という雰囲気に傾いていく。

もしかしたら 100 の戯れ言の中にいいアイデアが 1つや 2つはあるかもしれないが、例えあったとしても、残り 90以上のガラクタに埋没してしまう。翌日には、「あれは一体、何だったんだろう?」 ということになり、付箋のどっさり貼られた大判ケント紙は、倉庫の片隅に積まれ、1年間は辛うじて保管されるが、翌年末の大掃除でこっそり捨てられてしまう。

冒頭に紹介した記事は "ブレストは 「やった感」 以外に意味がない理由" という Diamond Online の記事にリンクしており、そのリンク先には次のような記述がある。Google でチーム・プロセスの改善に取り組んだジェイク・ナップという人の指摘である。

僕は経験上、集団でブレーンストーミングするのではなく、各自がじっくり問題に取り組んだ方がより良い結果が得られることを知っている。

グーグルで何度もワークショップをしたときも、成功したアイデアは、どれもブレストから生まれたものじゃなかった。最良のアイデアは、机に向かっているときやシャワーを浴びているとき、一人で考えたときにこそ生まれていた。その場で考えるのでは、時間が足りなくて深く考えられないのかもしれない。

ブレストで出たアイデアよりも個人で生むアイデアのほうが質が高く独創性に富んでいるということは多くの研究からもはっきりしている。

落ち着いて考えてみれば、「そりゃ、そうだよね」 としか言いようがない話ではないか。ブレストにメリットがあるとしたら、参加者が 「自分は誰からも押しつけられたわけじゃなく、主体的な話し合いを通じて業務改善に取り組んだのだ」 と思い込むことができるということしかないだろう。

ということは、ある種の 「ガス抜き効果」 (あるいは 「ガス充填効果」 か?) のようなものはあるかもしれないので、ブレストで 「いい気分」 になりさえすれば、それでいい。その雰囲気だけを大事にして、内容なんて忘れ去ってしまえばいいのである。忘れ去ってしまわないと、いつまで経っても 「あれは一体、何だったんだろう」 と忸怩たる思いにとらわれるからね。

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2017/08/16

リモートワークになったら、「サボる」 か?

「しらべえ」 というサイトのちょっと前の記事だが、"リモートワーク導入で社員の 3割 「サボる自覚」 喫煙との関係も?" というのがある。喫煙者とゲーマーは、とくにサボりたがる傾向が強んだそうだ。

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私は今は自由業だし、企業に務めていた頃にしても、あちこち出向いて取材し、原稿にして送っちゃえばいいという仕事が多かったから、まあ 「自然にリモートワーク」 みたいなことになっていた。だから空き時間には喫茶店で時間を潰したり、大幅に時間が空いてしまったら映画なんか見たりするのが、ごくフツーだった。要するに 「やるべきことをやりさえすれば、あとは自由でしょ」 ってなもんだ。

だから、上記の記事の調査にしても、「リモートワーク」 において 「サボる」 と答えた人たちが、どういう意味で言ってるのか、よくわからないのである。単に 「9時から 5時まで、1時間の昼休みをはさんで PC に向かいっぱなし」 でさえあれば 「サボってない」 と思っているのだろうか。

オフィスに縛り付けられるシステムから離れたら、「サボる/サボらない」 の意味合いが全く違うんだから、こんなアンケートをとってもナンセンスでしかないと思うがなあ。「さっさと仕事をこなして、あとは残った時間を自由に使いますか?」 という質問だったらわかる。そしてその質問には、「はい」 と答える以外の選択肢なんかないだろう。

ちなみに喫煙ということでいえば、タバコなんかすってる暇があったら、さっさと仕事をこなしてしまって、残った時間を自分のために有意義に使う方がいいだろう。その意味でも、喫煙は非生産的である。

さらにいえば、「みんな一緒」 の環境から離れてしまうと仕事ができないタイプの人にとっては、リモートワークというのは、とまどいがちな労働環境になってしまうのかもしれないなあ。

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2017/06/21

アパレル業界は 「殺される」 のではなく 「自滅」 している

日経 BP の 『誰がアパレルを殺すのか』 という本が注目されている。注目されていると言っても、限られた業界人たちの間だけのことかもしれないが、まあ、業界の裾野はアパレル業界だけじゃなくて小売業界、出版業界などに至るまで広がっているから、その範囲は案外広い。

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この本の内容は 『日経ビジネス Online』 で連載されていた (参照) もので、私はそれをリアルタイムで読んでいたし、今でもネットで読めるみたいだから、改めて買う必要はないと思っている。意外に思われるかもしれないが、私は 50代半ばまでアパレル業界周辺でメシを食っていた人なので、このあたりのことについては少しは詳しいのだ。

で、あえてエラソーなことを言ってしまえば、この本の内容は、アパレル業界を冷めた目で見ている者にとっては、「知ってた!」 の一言で済ませてもいいようなことである。昨年の 10月頃はこのシリーズの  「百貨店 3社トップ激白、“衣料崩壊” 後の針路」 という記事に反応して 「百貨店は付き合いきれない業界」 という記事まで書いている。

まさに率直に言わせてもらえば、アパレルと百貨店というのは一蓮托生の 「付き合いきれない業界」 という印象を持っている。付き合いきれない業界だからこそ、当然の如くに揃って自滅の道を辿っているのだ。「アパレルは銀行が最も金を貸したがらない業界」 なんて言われ始めて久しいし。

ファッション・ビジネス・コンサルタントの坂口昌章氏はこの本について  Facebook で、「『アパレル企業は誰に殺されたの』 というキャッチーな見出しが注目を集めているが、実は誰に殺されたのでもなく、長年の不摂生が祟り、成人病を患い、特定の原因もわからず、老衰で死んでいくのかもしれない」 (参照) と書いておられる。

この見方には全面的に賛成だ。まさに的確な指摘である。アパレル業界は、誰かに 「殺される」 のではなく 「自滅」 しているのである。どうしても 「殺す」 という表現を使いたければ、「自分で自分の首を絞めて殺している」 としか言いようがない。

遙か昔、ビジネス・スーツや 「お出かけ着」 は百貨店で誂えるという時代があった。しかし今や、そうした刷り込みのされた世代は、とっくにそうした服の需要から離れた 「高齢者」 になっていて、一方、若い世代は百貨店なんかで服を買わない。つまり百貨店の言うところの 「お客様」 なんて、既に幻になっているか、そうでないとしても極端に縮小しているのだ。

そして百貨店以外のチャネルの洋服のほとんどは、単価が安い。多少売れたとしても、高度成長期のような金額には遙かに及ばない。つまり昔のやり方を踏襲していては儲からない構造になっているのだが、それにきちんと対応している企業は少ない。

私は今、アパレル関連の仕事からは極力遠ざかっている。まともな報酬が期待できないし、もはや感覚的に 「付き合いきれない」 のだから、どうしようもない。ただ、中には少しはまともな努力をしている企業もあるので、そこに期待するのみである。

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2017/03/04

早朝から、下手すると夜明け前から働き始める米国人

プレミアムフライデーというものがスタートしているが、世間では悪評紛々である。ただ、私も懐疑派ではあるが、「今月なんて 3月 31日になっちゃうんだから、早く帰れるわけないじゃん」 なんて言い方をされると、何しろへそ曲がりなもので、「初めから締めがわかってるんなら、そこに合わせて仕事して、さっさと仕上げて帰ればいいじゃん」 と思ってしまうのだよね。

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ところで、NewSphere が 「アメリカ人が働き始める時間を調べたら、驚きの結果が!」 という記事を載せている。日本人は、「米国人は遅く働き始めてさっさと帰るんだろう」 なんて思いがちだが、実は彼らはかなり早くオフィスに着いて働き始めているということが、American Community Survey (ACS) による調査で明らかになった。ちょっと引用してみよう。

最も多いのは、午前 7時 45分から午前 7時 59分で、全米の労働者の 7.5%がこの時間帯に勤務を開始している。また、午前 7時から午前 8時 15分の間に全米の労働者の 33.4%が勤務を開始している。

(中略)

Entrepreneur によると、スターバックスのハワード・シュルツ CEO は毎朝午前 4時半に起きて午前 6時までにはオフィスに到着しているという。P&G の前 CEO の A.G.ラフリー氏も、午前 6時半から午前 7時の間にデスクに座っているという。アップルのティム・クック CEOは、午前4時半には起床してEメールで指示を出すという。アメリカのエグゼクティブは、一般的なアメリカ人よりもさらに朝が早いようだ。

というわけで、米国ではかなり朝早くから働き始める人が多いようなのである。このことについては私は 40年前から実感していて、初めてニューヨークに出張した時に、時差ボケで夜明け前から起き出してホテルの窓から街を見下ろすと、夜明けの 5時半頃にはあちこちのビルの窓に明かりが点き始めて、中でデスクに向かっている人が見えたのを覚えている。

日本ではみんな揃って 9時とか 9時半とかに働き始め、みんな揃って残業するのがお約束みたいになっているが、米国では、さっさと働き始めたいやつは夜明け前から仕事を始め、けりが付いたらさっさと帰るのが当たり前みたいなのである。もちろん、けりが付かなかったら夜遅くまで仕事を続けるのだろうが、いずれにしても、一緒に働き始めて一緒に残業するなんてことはないみたいなのだ。

さらに米国では、エグゼクティブほど早く出社して働き始めるようなのである。「俺の会社の俺の仕事」 と思ってるから、そうなるのかもしれない。日本ではフツーのサラリーマンも 「俺の会社」 とは言うものの、その実体は 「俺が雇われてる会社」 ということだから、ちょっと意識が違う。

日本の、とくに東京都心の企業で朝の 7時前に働き始めようなんてことになったら、5時半には家を出なければならない人が多いだろう。残業がなければそれも可能だろうが、前日に夜の 9時まで働いて夜中に帰宅し、3〜4時間の睡眠でまた家を出るなんて生活を続けたら、社員の半分ぐらいが過労自殺してしまうに違いない。

仕事を終えてからちょっとしたいことがあるから、朝早くから集中して仕事をし、夜遅くなる前にさっさと退社するというのが、彼の国のワークスタイルのようなのだ。日本人の多くが朝の 9時過ぎからだらだらと仕事を始め、夜の 9時を過ぎるまでだらだらと残業し、疲れて帰宅するという生活に甘んじられるのは、仕事のほかにあんまりしたいことがないからなのかなあ。

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2017/02/19

月イチの午後 3時退社より、毎日定時退社の方が

一昨日の記事で、月末の金曜日は午後 3時で退社しようという 「プレミアムフライデー」 というものについて書いたが、これって、果たして根付くんだろうか。私は正直言ってとても悲観的だ。

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政府主導のキャンペーンでは 「クールビズ」 というのが最も成功した部類だと思う。これなんか、暑い夏に好んでスーツとネクタイ姿でいたいのはファッション人間過ぎるやつかよほどの変わり者で、たいていは涼しい格好をしたいのだから、ちょうどいい免罪符を与えたようなカタチになって広まった。

ちなみにこのクールビズ・キャンペーンの旗振りをしたのは、当時の環境相だった小池百合子さんだった。この人、やることにそつがないよね。そつがなさ過ぎて可愛くないところもあるけど。

話は戻って、「給料日直後の金曜日ぐらい (とはならない月も、確率として年に 1〜2度あるが)、早めに退社したいよね」 という思いは、多くの人がもっているだろう。しかし、「暑い夏はスーツとネクタイから解放されたいよね」 という思いと比べると、どうもグッとくるものがないし、「3時にあがって、どうするの?」 なんてことになる人も多いだろう。

それよりも私なんか、「月イチの午後 3時退社なんかより、毎日定時退社したいよね」 という方が、ずっとマシな発想だと思う。毎日夜の 9時とか 10時とかまで会社にいるような種族は、午後 3時に退社しても、なんとなく早めに帰宅して風呂入って寝ちゃうんじゃなかろうか。なにしろ、お疲れだろうし。

そこへ行くと私なんか、会社勤めしていた頃も、まず大体定時退社していたなあ。退社時刻になったら、「お先に!」 ってなもんである。誰にも遠慮なんかしなかった。だって、やるべき仕事は効率よくさっさと済ませていたし。

時々、締め切り間際の仕事がたまったら、そりゃ 9時とか 10時とかまでやったりもしていたが、そんなのは 1ヶ月に 1度ぐらいのものだから、かえって新鮮だったりした。まあ、私の場合はどちらかというと、「企業内独立事業主」 みたいな、自由な仕事が多かったから、何の抵抗もなくそれができたということもあるだろうけど。

むしろ 「月末の金曜日は、絶対に残業しないで定時退社する日」 とする方が、とりあえずは広まると思う。名前は 「スペシャリー・オーディナリーフライデー」 (特別普通の金曜日) とでもしようか。いずれにしても、定時退社がフツーにできないような仕事はまともなもんじゃないと思うがなあ。

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2016/10/03

百貨店は付き合いきれない業界

日経ビジネスに 「誰がアパレルを殺すのか」 というシリーズがあり、その中に 「百貨店 3社トップ激白、“衣料崩壊” 後の針路」 という記事がある。「百貨店の大閉鎖時代を乗り切る次の一手は?」 という副題付きだ。

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私はずいぶん前から 「オリンピックと百貨店は歴史的使命を終えかけている」 と言っている (参照)。だから、百貨店があちこちで閉鎖に追い込まれようと、ちっとも驚かない。むしろ遅すぎるぐらいだ。昨年辺りまで続いていた中国人観光客の 「爆買い」 がカンフル剤になって、寿命をちょっとだけ長引かせていただけだ。

そもそも私の周囲の人間に 「最近、百貨店で服を買った?」 と聞いても、大抵は 「う〜ん、20年前ぐらいに 1度買ったぐらいかも」 なんて返事が返ってくる。今でも服は百貨店で買うなんていう人種もいることはいるが、それは同じような服を他のチャネルで探せば、半分以下の値段で買えることを知らない人たちである。

確かに昔は百貨店や名の知れた専門店以外で買った服は、品質的に問題があったりした。しかし今のアパレル製品なんて、どこで買っても 90%は中国製である。ある程度の値段を出しさえすれば、品質的には大した違いはない。むしろユニクロなんて過剰品質じゃないかというぐらいのものだ。

私が百貨店業界に違和感を覚えるのは、自らの顧客を第三者に対して 「お客様」 という名で語ることだ。冒頭で紹介された記事を読めば、それはわかる。高島屋の社長のコメントをちょっと引用してみよう。こんな感じである。

「売上高に占める婦人服のシェアは2割を切っている状態。拡大はもはや望めず、下振れをいかに食い止めるかという状況になってきている。お客様が求める方向へシフトし、身の丈に合った削り方をしていく」

顧客に直接呼びかけるならば 「お客様」 というのもまだわかる。しかし自らの顧客のことを第三者に向かってまで 「お客様」 なんていうのは、私の知る限り百貨店業界ぐらいのものである。フツーの業界ならば新聞記者の取材に対しては、客観的に 「顧客の求める方向へ……」 といったような言い方をする。

私は 「別にどうでもいいお前の客のことを、第三者の俺に対して 『お客様』 なんて言うのは、単に気持ち悪いわ」 と思う。これは繊維業界紙の記者やアパレル業界団体の職員として働いた経験からの、率直な印象である。

百貨店が自らの顧客を誰に対しても 「お客様」 なんて言い方をするのは、自分たちの業界を 「特権的なな存在」 と思っている妙なエリート意識の反映なのだ。そしてその言い方をビジネス新聞までその通り踏襲して書く。新聞記者は 「読者様の求める方向へ」 なんて決して言わないのに。

そのあたりが 「古すぎる奇妙な感覚」 だと、私は言うのである。周辺まで含めて、ちょっと付き合いきれない業界である。

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2016/06/24

アヤしいマーケティング手法

『現代広告の心理技術 お客が買わずにいられなくなる心のカラクリとは』 (ドル—・エリック・ホイットマン 著) という本が、ネット上で注目されている。まあ、注目されているといっても、SNS などで自分で宣伝しているだけなのだが。

どんな本かというと、「消費者心理を科学的に暴きお客の心理を研究し尽くした本」 なんだそうだ。とくに話題になっているのが、"悪用厳禁:「恐怖を利用して売る」 とても簡単な方法" というものである。一見かなりもっともらしい。

一流大学の教授と一流企業の研究機関が共同開発した 100%ダニの侵入を防止する ”枕カバー” (価格は 980円) を売る際に、どんなチラシを作ればいいかと、この本は問うている。で、どうするのかというと、こんな風にチラシに書くのだそうだ。

実は、2年間使用した枕の重さの10%は、ダニの死骸とその排泄物だと知っていましたか?

実はあなたの枕カバーには、何千、何万匹というダニがいます。そのダニはどんどん卵を生み続けます。ダニの数は増えるだけではありません。そのダニは糞を撒き散らしたり、そのまま死んでいくダニがどんどん増えていきます。

(馬鹿馬鹿しいからちょっと中略)

でも、大丈夫。ダニの侵入を 100%防ぐ枕カバーというのがあるんです。これは、一流大学の教授と一流企業の研究機関が共同開発したもので、しかも、値段は1000円もしません。

と、こうした 「恐怖を利用して売る」 やり方をすると、販売のレスポンスが飛躍的に高まるのだそうだ。ふーん、なるほどね。

私がここで 「なるほどね」 と書いたのは、広告の作り手の方から悪用スレスレの方法論をバラしてもらったので、騙されにくい消費者になることができるという意味である。これから先は、こうしたあざといやり口に遭遇しても引っかからなくなる。「ハハーン、例のヤツだな」 ってなもんである。

本当に枕の中がダニの糞と死骸だらけだったとしても、それを知らなかったら、なんてことなく寝ていられるのである。知った途端に変な気分になる。まさに 「知らぬが仏」 である。そしてたとえ知ってしまったとしても、「それがどうした?」 で済ませることができる。「そんな枕を何十年も使ってきたけど、別にダニの糞まみれなんかにならずに済んでるじゃん!」 と気付きさえすればいいのだ。

そもそも、このダニを防ぐ枕カバーという例からして、「あり得んだろ!」 という無理な設定である。まともな消費者なら、「ダニの侵入を 100%防ぐ」 という枕カバーがわずか 980円だなんて、「どんな仕掛けなんだ?」 と疑心暗鬼になる。「人体にだっていいはずがないんじゃなかろうか」 と思う。そして、そうした疑問に丁寧に答えよとは、この本は全然言ってない。

よく考えると、この本、かなり 「トンデモ」 なんじゃあるまいかってなことになる。そしてふと思い出して発売元を調べてみると。「ダイレクト出版」 という会社である。この出版社の本については、前にもクサしたことがある。去年の今頃の、"ならば私は「¥記号をつけた数字で表示:¥1,200」 の店を選ぶ" という記事だ。

槍玉に挙げたのは、『脳科学マーケティング100の心理技術』 という本だ。この本は、レストランのメニューでは、 値段を表すのに 「¥1,200」 でも 「千二百円」 でもなく、単に 「1200」 と書けば、客の心理的抵抗感を軽減できるとしている。

しかし実際問題として、メニューに単に  「1200」 なんて書いているレストランなんてろくなもんじゃないと思うのは、私だけではなかろう。うさんくさすぎるではないか。で、今度の本はモロに 「柳の下のドジョウ」 みたいなのだ。巧みに恐怖心を煽るのは、カルト宗教と同じ手口で、ますます信用できない。

この本を書いた著者にしても、出版社にしても、そんなに有効な方法論があるなら、秘密にして自分だけで実行すればいいようなものだが、こんなアヤシげな本にして売るというのだから、それだけで 「なんだかなあ」 と思ってしまう。

馬券の指南という商売があるが、そんなに競馬で当てることができるなら、誰にも教えずに自分だけで大穴馬券を買えばいいではないか。実際には自分でやっても儲からないから、人にやらせて金を取る方が確実なのである。そしてその先のことまでは、責任を取らない。

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