カテゴリー「世間話」の338件の記事

2019/09/15

「煽り運転」と「通せんぼ走行」の相克

最近何かと話題の「煽り運転」の問題では、こう言っちゃ申し訳ないが、公平に見れば「煽る方が完全に一方的に悪い」ということはそれほど多くないと思っている。フツーにクルマを運転していれば、煽り運転というのを結構よく目撃するが、その多くは、煽られているクルマが 追い越し車線をのんびり走り続けているというケースなのだ。

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そりゃ、完全に「あいつ、頭がおかしいな」と思ってしまうような無謀な煽り運転をするクルマもないではないが、それはレア・ケースだ。圧倒的多くは、追い越し車線を走るクルマが、その前がガラガラに空いているにも関わらず、隣の走行車線と変わらない(あるいはそれより遅いぐらいの)スピードで、あたかも「パレードを率いてゆっくり走ってる」みたいな状況の時だ。

そんな時、先を急いでいるクルマはイラついて、前をゆっくり走るクルマになんとかどいてもらおうとするのだが、いかんせん、なかなかどいてもらえない。そうなると、気の荒いドライバーはつい煽ってしまいがちだ。

「くるまのニュース」というサイトの、昨年 3月 27日付の国沢光宏氏の記事に "なぜ多い? 煽り運転のきっかけ「通せんぼ走行」 高速追い越し車線で法定速度走行はNG?" というのがある。この記事では、SA や PA で休憩中のドライバーにアンケートを採ったところ、「法定速度を維持していれば追い越し車線を走ってもいいだろう。抜く方が速度違反だ。譲る必要は全く無い」という回答が多くあったとしている。

しかしこれはまったくの思い違いで、「法定速度であっても追い越し車線を走り続けるのは明確な道交法違反(道路交通法 20条 1項)」と指摘されている。要するに、道路は左側の「走行車線」を走るのが基本で、不必要に追い越し車線を走り続けるのは道交法違反なのだ。国沢氏はこの「追い越し車線を走り続ける行為」を「通せんぼ走行」と言っている。言い得て妙だよね。

問題は「自分が通せんぼ走行をしている」なんてことをまったく意識していないドライバーが少なくなく、のんびり追い越し車線を走って煽られたりすると、一方的に被害者意識をもってしまうということだ。ゆったりと走るのが好きで煽られたくなかったら、素直に左側の走行車線を走るべきなのである。

ただ、ごくフツーに「通せんぼ走行」してしまうドライバーは、バックミラーもサイドミラーも滅多に見ない人たちだから、いくら後ろから煽られても全然気付かない。彼らは何があろうと追い越し車線を悠然と走り続ける DNA を持っちゃってるみたいなのだ。

いくら啓蒙活動しても、そのメッセージは届かないのだよ。彼らには。だから、もはや諦めるしかない。世の中ってそういうものだ。

実際に「バックミラーなんて見たことない」と言ってる女性ドライバーを知ってるしね。要するに「煽り運転」をするドライバーというのは、結局のところまったく意味のない危険運転をしているだけということになってしまうのだ。

私は自分の「本宅サイト」と位置付けている「庄内拓明の知のヴァーリトゥード」というサイトに、14年も前に "高速道路と 「キープレフト」 あるいは「高速道路のパラドックス」" という記事を書いている。結論から言うと、3車線ある高速道路では、一番左側の走行車線がガラガラに空いている場合がほとんどなので、そこを走るのが一番早いのである。

上のリンクをクリックしてページに飛んでみると、3車線のうち右側 2車線がぎっしり混んでいるのに、左側がガラガラに空いているという写真を見ることができるが、その中の極めつけの 1枚を下に再掲しておく。まさかと思われるかもしれないが、実はこれが日常茶飯事の状況なのだ。

Highway4

だから私は、3車線のうち 右側 2車線がマナー知らずのドライバーの「通せんぼ走行」で混んでいても、ガラガラの左車線を通って団子状態のパレードを一気に抜けてしまうことにしている、そんなわけで「やっぱり煽り運転なんてしちゃいけないよね」と、あっけらかんと思ってしまうのだよね。

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2019/09/11

夏場のコンビニおでん

Livedoor NEWS が "夏場のおでん「売れず赤字に」 セブンオーナー悲鳴" というニュースを伝えている。売れ残ったおでんを大量廃棄しているというのは、聞き捨てならない。

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実は今日セブンイレブンで買い物した際に、レジにおでん売り場があるのに気付き、「このクソ暑いのに、おでん売ってるのか!」と驚いたばかりなので、この記事が妙に印象に残ってしまった。涼しい店内で見ればまんざらそそられないこともないが、買ったおでんを持って暑い外に出ることまで考えると、堪ったものじゃない。

おでんという商品は品揃えが勝負なので、確かに暑い夏では売れ残りばかりになるだろう。大量廃棄されるとなると、単に経済的損失ばかりでなく「世界には飢えている人が大勢いるのに、もったいない」と、モラル的な罪悪感まで生じてしまう。

個人的には、おでんというのは「季節商品」という範疇に入るものだろうと思う。夏場に売らなくても文句は言われまい。こんな猛暑の最中にまでおでんの販売を強要するセブンイレブン本部の連中というのは、冷房の効いたオフィス内の感覚しかないのだろう。「季節感」という当たり前の感覚が消滅しているのだ。

「いや、俺はおでんが大好きだから、夏だろうがなんだろうが食べたいぞ!」という消費者もいなくはないので、無視できないという指摘もあるだろう。しかしそれだったら、エアコンの効いた自宅で作って食べればいいだけのことだ。何から何までコンビニに依存することはない。

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2019/09/05

「交通安全指導車」というもの

「交通安全指導車」というものがあることを、この年になって初めて知った。上が白、下が黒のツートンカラーで、屋根の上に何やら回転灯みたいなものが付いているのでパトカーと紛らわしいが、ググってみたところ警察車両ではないらしい。

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今日、近くのショッピングセンターで買い物をした帰りに、結構長めの地下道を通っていると、前方にパトカーのようなクルマが、その前のクルマを煽るように車間距離を詰めて走っているのが見えた。しかも煽られている方のクルマはちゃんと規定通りにライトを点けていてるのに、パトカーのようなクルマは無灯火なので暗い地下道では見えにくい。

「なんだ、ありゃ? ずいぶん危険走行するパトカーだなあ」と思っていると、地下道の出口に近付いた辺りで急に気付いたものか、車間距離が開いて後ろの赤いランプが点灯された。ところが一度点灯してしまうと、今度は地下道を出ても消すのを忘れてしまったらしく、真昼の明るい道路を延々と点灯したままで走っている。

上の写真がそれだ。昼に点灯したまま走行してはならないという法規はないから問題はないわけだが、「お間抜けだなあ」という印象は拭えない。

リアに「ドライブレコーダー作動中」というステッカーがあるので、後ろで写真を撮っている私の姿も映ってしまったかもしれない。もしそれで咎められたら、ここにバックナンバーのボカシなしの写真入りで「地下道で無灯火の煽り運転をしていたパトカー」と掲載して逆襲するつもりでいた。幸いにもそんなことにはならずに済んだけどね。

そしてしばらく行って、そのクルマが右折車線に入ったところでサイドに「交通安全指導車」と書いてあるのが見えた。「お間抜け」には変わりないが、パトカーではなかったというわけだ。そう言われてみれば、屋根の上の回転灯が赤じゃなく青だしね。

この「交通安全指導車」というのは、地方自治体の管轄であることが多く、権限はあくまでも「交通安全の指導」であり、パトカーのように反則切符を切ったりすることはできないようだ。それも道理、こんなにお間抜けな運転をするクルマに乗っている人に「あなた、交通違反ですよ」なんて止められたりしたくない。

ググってみたところ「交通安全指導車」というのは、その名に似合わず案外勝手な運転をしているケースが多くて、しかもちゃんと「交通安全指導」なんてことをしているのが確認されたという記述は驚くほど少ない。単にパトカーと勘違いさせるためにのみ走っているもののようなのである。

まあ、勝手に勘違いしたドライバーが速度を落としたりするので、危険運転の減少にはつながるだろうが、自分が煽り運転や地下道での無灯火運転をしていたら、本末転倒だよね。

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2019/08/29

神戸の配水管工事業者からの迷惑電話

我が家の固定電話は呼び出し音が 1回なるだけで留守電応答に切り替わるようにセットされている。しかもその呼び出し音もボリューム・ゼロに設定していあるので、かかってきたことすら気付かないうちに留守電応答となる。

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こんな設定にしてあるのは、一昨年の 12月 30日の記事「固定電話には、アヤシい営業電話しかかかってこない」に書いたように、ほぼ 100% 迷惑電話しかかかってこないからだ。まともに応答するだけ馬鹿馬鹿しいのである。

この設定にしてからもしばらくは、1日に 3〜4本の受信があり、留守電応答に切り替わると向こうもすぐに切ってしまうので、再生しても何も録音されていないということが続いた。そして最近は我が家の電話番号は「かけても意味がない」ことが知られてきたためか、迷惑電話は 3日に 2本程度(つまり 1日 1本以下)に減ってきている。

このように迷惑電話は全体として減少してはいるのだが、ある特定の番号からの受信が依然としてとても多い。それは、「078-336-5349」からの受信だ。下 4桁は 5245、5246,5247、5248、5250 というバリエーションがあるが、特定の業者の契約番号なのだろう。市外番号から推定すると、兵庫県神戸市の業者であるらしい。

で、この情報を元にさらにググって見ると、「電話帳ナビ」というサイトに、この電話番号についてのいろいろな情報が載っていた(参照)。こんな具合だ。

キッチンとお風呂の排水菅を無料で掃除するので、都合の良い日を教えて下さい、と言われました
排水工事セールス
明治建築というところの排水工事の売り込みのコールセンター

というわけで、どうやら「排水管の清掃を無料で行う」ということで電話してくる業者であるらしい。無料でそんなことをしたところで何の儲けにもならないが、実際の作業をした際に「故障が見つかった」とか「壊れているところがある」とかいうガセ情報をでっち上げ、本当は必要のない「本格的修繕工事」を有料で請け負うということにもっていくのだろう。

配水管関係に限らず、屋根とか家の土台とか外壁塗装とかに至るまで、この手の業者のやり口というのは大抵そんなものだ。茨城県の我が家に神戸の業者が電話してくるというのは、訪問日だけを設定して、あとは地元の業者が行くように手配し、その間の中間マージンを取るという仕組みになっているものと思われる。

願わくは、この 「明治建築」という業者が、ウチの固定電話はすぐに留守電に切り替わるのでいくらかけても無駄という情報を、社内でしっかりとフィックスしてもらいたいのである。そうすれば、迷惑電話が激減することが確実だ。

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2019/08/26

日本中の小学校に忘れ去られたタイムカプセルが埋められているんじゃあるまいか

私の居住する市の広報誌に「30年の歳月を超え集まった懐かしい顔 タイムカプセルがつないだ絆」という記事がある。市内の小学校で 30年前に埋めたタイムカプセルを掘り出して、今はいいオッサン、オバサンになった卒業生がとても懐かしい気持ちになったという話だ。

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ところがこの記事を読んでみると、おおらかというか、テキトーというか、なかなか茨城県の田舎らしいエピソードなのだ。

タイムカプセルはこの小学校の創立 30周年の記念事業として、当時の児童全員、先生、PTA が思い出の品を集め、「30年後に開封しよう」と埋設したものであるらしい。しかしこの「開封事業」に携わった人の証言によると「実は誰も覚えていなかったんです」というお笑い草になってしまっていたようなのだ。

埋設した当時も親からは「30年後にお前たちが掘り出すんだよ、とは言われなかった」とか「埋めたことはなんとなく思い出したんですけど、カプセルの大きさや材質、穴の深さとか、同級生や当時の先生に聞いても誰も覚えていなくて」等々、実にのどかな証言が報告されている。それで「まずは掘ってみよう」ということになったらしい。

地元の工事会社に応援を頼み、重機まで提供してもらって掘ったところ、白いスーツケースのようなものが見つかった。中には懐かしい作文や絵、写真などが入っていたという。この開封作業を主導した実行委員としては、「本音を言えば参加した皆さんを泣かせたかった」というのだが、あまりの呆気なさにそこまでいかず、単に「懐かしいねえ」で終わったらしい。

そういえば大分前、ラジオの番組でも似たような話が紹介されていた記憶がある。その時も、「誰もまともに覚えていなくて、半信半疑で掘ってみた」ということだった。学校の先生なんてどんどん代わるし、親も忙しさに紛れて忘れてしまう。こうした話のほとんどは、「そんなようなものを埋めたような気がするよね」程度の記憶を頼りに掘ってみたら出てきたというようなことらしい。

一時の「ノリ」で皆でやってはみるものの、継続性がないというかこだわらないというか、誰もきちんと伝えないというか、すぐに水に流したがるというか、いずれにしても平均的日本人のメンタリティをみる思いのするエピソードである。それどころか、この問題を下手に突き詰めると深刻な歴史問題にまでつながってしまいそうだ。

日本中の小学校の敷地内の地下には、忘れ去られたまま悲しく眠っているタイムカプセルがいくらでもあるような気がしてきた。

 

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2019/07/01

「お前、臭いんだよ!」で、喫煙者はかなり減るはず

今日、7月 一日から改正健康増進法による喫煙規制が一部施行され、学校、病院、行政機関、児童福祉施設などが「原則敷地内禁煙」になったのだそうだ。「原則」という文字が頭に付いているのは、一定基準を満たせば敷地内に喫煙所を設けることができるかららしい。

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で、この「原則」という余計な一言があるせいで、国の 11省の本庁舎のうち、屋外喫煙所を設けないで正真正銘の「敷地内全面禁煙」となったのは文部科学省と国土交通省の 2省だけで、当の所管官庁である厚労省は「2020年全面禁煙を目指す」なんて寝ぼけたことを言っているらしい。(参照

こんな弱腰規制になってしまうのは、「禁煙は健康のため」という前提にあまり意味がないからである。私は "禁煙を「健康視点」で語るのは不毛だ" という一昨年 4月の記事で、次のように書いている。

まずはっきりさせておこう。私自身は飲食店内禁煙に関して、「健康視点」というまどろっこしい話をキーワードにしていない。早く言えば、「臭くて、おえっとなるから煙草の煙が漂う中には入りたくない」ということに尽きるのである。理屈で「健康に悪い」だのなんだのいうよりも、とにかく、臭くて生理的に耐えられないということが第一なのだ。

当の喫煙者にしても、「煙草が健康に悪いなんて、とっくに承知」で、「自分だけは大丈夫」、あるいは「早死には覚悟の上」みたいな意識で吸っているのである。こうした連中に「健康のために煙草は止めましょう」なんて言ってもあまり効果はない。

私は前々から、「お前、臭いんだよ!」という一言で、喫煙者はかなり減ると思っている。世のオッサン連中は若い連中に「オジさん臭〜い!」なんて言われるせいで「加齢臭」なんてものをやたら気にするくせに、タバコ臭さで嫌われることをあまり気にしていない。それは世の中の連中が遠慮して言わないからである。

はっきり言おう。喫煙者は本当に「臭い」のである。「煙草臭さ」だけではない。喫煙者は体臭そのものがきつくなる傾向があるというのである。"Felice" というサイトに「タバコで体臭がきつくなる!? その原因と対策を徹底分析」というページがあり、次のように触れられている。

タバコで体臭がきつくなる6つの原因

  • 発汗量が増加してしまう
  • 皮脂の酸化
  • 肝臓機能の低下
  • 血行不良
  • 口臭がひどくなる
  • 味覚が鈍くなる

本当に、喫煙者は体臭がきつくなる傾向があるようなのだ。「加齢臭」を気にするくせに、煙草による体臭を気にしないのは、喫煙者の盲点である。このことに気付くだけで、日本の喫煙率はかなり低下すると思うのだよね。

さらに、「早死には覚悟の上」なんて言ってるくせに、本当に健康を害してしまってドクターストップをかけられると、案外素直に禁煙してしまうオッサンが多いのも、「そりゃ、一体どういうことだよ!」と言いたくなる。「本当に覚悟の上」だったら、死ぬまで吸えばいいじゃないか。

私は 7年ちょっと前に、"ドクターストップで禁煙するという、恥ずべきエゴイズム"という記事の中で、次のように書いている。

それまでは、周囲の迷惑も顧みず、平気でスパスパ吸って不愉快な煙を垂れ流しにしておきながら、自分の命が危ないとなると、急に掌を返すように禁煙するというのは、あまりにも自分勝手な恥ずべき姿ではないか。

「そうかい、あんたは周囲の人間の健康はどうでもいいけど、自分の命だけは惜しいのかい」 と、嫌味の一つも言ってやりたくなる。

というわけで、喫煙者は「体臭がキツい上に、基本的に自分勝手なヤツ」と思われるのが関の山なのだから、さっさと禁煙するに越したことはない。

 

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2019/06/21

JAL と羽田空港第1ビルに関する偏見

私は国内を飛行機で移動するとき、できれば JAL ではなく ANA を使いたいと思っている。その理由は単純に、ANA に乗っている方が居心地がいいということだが、もうちょっと詳しくは、2016年の 2月 9日に次のように書いている(参照)。

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1つめの理由は、「JAL の CA のお姉さん(あるいはおばさん)の、あの己の顔面に自信たっぷりにべったりと貼り付けたような、ことさら度満点の作り笑顔と、『お客様』を鳥肌が立つような猫なで声で『うけくせめ』と発音する言い方が気持ち悪過ぎる」こと(実はこれは最近、かなり改善されてマトモになってきつつあるが)。そして 2つめは ANA の機内音楽 "Another Sky" (葉加瀬太郎 作曲)が素敵なことだ。

ところで今、出雲に出張中なのだが、羽田から出雲空港までの便は JAL のみで、ANA は選択できない。しかたなく JAL の便に乗ってやってきた。

とにかく私が JAL を敬遠したいのは上述の如くとても情緒的な話でしかないので、JAL 系の発着する羽田空港第1ビル(ANA 系は、羽田空港第2ビル)というのも、多分偏見がだいぶ混じっていると思うのだが、ちょっと苦手である。それほどごった返すほどの混雑というわけでもないのに、なぜかスムーズに歩きにくいのだ。

とにかく前をよく見ないで歩く人が多いので、こちらが常に注意して身をかわさないと、頻繁にぶつかられそうになる。あるいは狭いところをびっしり塞いで立ち話しているおばさんグループが多く、「ちょっとすみません」と小声で言ったぐらいではなかなかどいてもらえない。

「江戸しぐさ」なんてものを論じたウェブ・ページには、江戸っ子は混雑したところを通り抜ける時、「肩ひき」と言って、お互いにちょっと肩を引いて道を譲り合うなんて、ごく当たり前のことがもっともらしく書いてあったりする。そして羽田空港第1ビルの中を歩くときだけは、私までマジに江戸しぐさを説きたくなったりしてしまうのである。

さらに言えば、小さな子どもが金切り声で叫ぶのをたしなめない親が多く、いつもうるさい。待合所で自分の座った座席の隣に荷物を置いて、2人分占領するおばさんやおねえさんもやたらと多い。また保安検査場の列に並ぶと、チケットのバーコードを機械に読み取らせるのがお下手な人の比率が高く、列がなかなか前に進まない。

ANA の発着する羽田空港第2ビルだと、こうしたことはあまり多くなく、スムーズにことが運ぶような気がするのだよね。既に述べたように、多分に偏見が混じっての印象だとは思うのだけれど。

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2019/06/19

せっかくの秀逸な「人生論」だったのに

本日の TBS ラジオ 「伊集院光とらじおと」がなかなか面白かった。とくに例のピエール瀧の裁判の件に関する伊集院のコメントが秀逸だった。

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ピエール瀧がコカイン使用の罪で起訴され、このほど判決が出たのだが、小野裕信裁判長は判決の後の「説諭」にあたり、「人生」と毛筆で書かれた写真資料を示し、「これからの人生をどうしたいか。人生の言葉の持つ意味は。人生と書いてくれた人の期待にあなたは応えられているか」と問いかけたという。

この説諭は異例の長時間に及んだというのだが、ここで確認しておきたいのは、「説諭」の読みは「せつゆ」であるということ。その意味は大辞林では「悪い点を教え諭(さと)すこと。よく言い聞かせること」とある。まあ、難しいことはいいから、とりあえず「せつゆ」という読みをきちんと頭に入れてもらいたい。「諭」という字は「論」と似ているので、くれぐれも見間違わないように。

で、この件に関して、伊集院光は語り始める。「その昔、尾崎豊が捕まった時、三遊亭圓生師匠が弟子を集めて説教した際に、師匠が『尾崎トヨ』と連発したので、『トヨ婆さん』ばかり気になって、せっかくのいい話が耳に入りにくかった」

とまあ、かいつまんで言えば、こんな前フリだった。

で、話は裁判長の「説諭」に出てきた「人生」(ピエール瀧の所属する「電気グルーブ」の前身のバンド名)に移る。裁判長はこの「人生」というバンド名をモロマジに捉えてお説教してしまったようだが、伊集院によるとこのバンド、お説教のネタになるようなお上品な代物ではなかったらしい。

Google 検索で動画を当たってみると、こんな感じだったようだ。画像をクリックすると YouTube の動画に飛ぶが、とりあえず「閲覧注意」とのお断りだけはしておこう。(ウィルスに感染するとかいう意味じゃないので、その点はご安心を)

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伊集院は、「人生」というバンドの実態を知っていたので、「トヨ婆さん」が気になって仕方がなくて、圓生師匠の説教が耳に入りにくかったのと同様に、「右に寄っちゃったモノ」(上のビデオをご覧いただけばわかる)が気になって、裁判長の説諭(クドいようだけど、読みは「せつゆ」ね)もなかなかマジには受け取りにくかったようなのである。

ただ残念なことに、伊集院は裁判長の「説諭」を「せつろん、せつろん」と連発してしまっていたので、カーラジオを聞く私としてはこれが「トヨ婆さん」や「右に寄っちゃったモノ」以上に気になってしまって、せっかくの秀逸な「人生論」が耳に入りにくかったというわけだ。本日一番の残念なネタである。そもそもこの読み違い、スタジオの誰も気がつかなかったみたいなのだよね。

で、この話にはオチがあって、私がこの話を今日の夕方、妻に語ったとき、「ピエール瀧」をよりによって「ポール牧」と言い違えてしまい、「残念以下」のお粗末になってしまったのだった。既にあの世に行かれたポール牧さん、ゴメン。

ちなみに「人生」の曲の聴けるソノシート(!)は一番上の画像のように、ネット上のオークションで 4,300円の値段が付いているらしい。

それから、こんな tweet もあった。せっかくの指摘だが、「漢字は同じでも違う場合が多い」って意味不明(そもそも漢字、同じじゃないし)。別に法曹界の用語に限らず、一般論としても「説諭」に「せつゆ」以外の読みはない。

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【6月 20日 追記】

まったく余計な話だが、私が「ピエール瀧」を「ポール牧」と言い違えたというのは、まだ「オモムキのある間違い」のようで、世の中には「電気グルーヴ」と「電撃ネットワーク」の区別が付いていない人というのも結構多いらしいと、今日になって知った。

 

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2019/06/17

ラウンドテーブル・トークの苦行

還暦を過ぎて、もうそろそろ 7年にもなるというのに、相変わらず早食いである。人と一緒に食事をしても誰よりも早く食い終わってしまうので、手持ち無沙汰でしょうがない。だから食事会なんて時には、時間をもたせるためにできるだけ会話をしながら食べることになるが、それでもやっぱり早食いになってしまう。

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昨年の 4月に 「ゆっくりメシを食うことができないカラダなので」という記事の最後に、次のように書いた。

ただ、いくらなんでも人と一緒にメシを食っても、あっという間に食い終わってしまうので、間が持たないことがある。こればかりは何とかしたいのだが、ゆっくり食うことができない体なのでコントロールできない。

仕方なく食わずに話をすることになるので、tak はメシを食うときによくしゃべるなんて思われているようだが、そうでもしないと場が持たないのだからしかたがない。

というわけで前置きが妙に長くなったが、今回は 「食事の際の会話」というテーマで書こうと思う。

早飯しかできないカラダの私にとって、一番気の重いのが西洋式の正式なフルコースの食事である。前菜から始まって順を追っていろいろなメニューが運ばれて来るのだが、自分のペースで食うとあっという間に一皿平らげるので、よほど注意して周りのペースに合わせないといけない。仕方がないから、まあ、いかにもオシャレに「会話を楽しみながらの食事」をしているフリをしてきた。

ところがどういうわけか、日本人との「お食事会」って、こうした席での会話が弾まないのだよね。「これはおいしい」だの「これ好き」だの「嫌い」だの、「どこそこの何とかは、これよりずっとうまい」だの、目の前の食い物に関する即物的な話題に終始してしまいがちで、文化的というか、ソフィスティケイティッドな話題に進まないのだ。

乏しい経験だが、欧米人(と言っても英語以外の外国語ができないので、米国人と英国人がほとんどだが)との食事だと、英語でしゃべるのにはちょっとしたストレスがないわけじゃないが、結構いろいろな方面に話題が飛んで、「飽きない会話」が楽しめる。こういうの、"round table talk" というらしい。

それに欧米人はガツガツ食うので、こちらが意識して合わせなくてもペース的に楽だ。ところが日本人相手だと、食うスピードは遅いし、日本語だからしゃべることそのものには苦労がないが、肝心の会話の内容が食い物そのもの以外に弾んでいかないしで、ちょっとしたストレスになる。

というわけで私はますます「tak はメシを食う時に、関係のない話題でよくしゃべる」と思われてしまう結果になるようなのだ。このことに、還暦を過ぎて数年経ってから初めて気がついた。個人的には、刺身を食いながら刺身の話に終始して何が楽しいのだと思うのだが。

というわけで、最近の私はちゃんとした食事会の席では、周囲の「これはうまい」だの「どこそこの何とかは絶品」だのというどうでもいい話に、うんうんと頷きながら、ただひたすらゆっくりと食べることに集中しているのである。これは食事のスピードと話の内容の両面で退屈極まりなく、かなりの苦行なのだよね。

 

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2019/06/16

「働く= 傍 楽」「おもてなし = 裏表なし」は、洒落にとどめておこう

"「働く」は 「傍楽」が語源" とか "「おもてなし」は「裏表なし」” とか、ベタな語呂合わせにもっともらしい意味をこじつけた精神論が昨今の流行りのようだ。3日前に取り上げた(参照)「ハタコト」という妙な企画でも「”働く” という言葉に、はた(傍)を、らく(楽)にするという意味があるように」 なんて謳われていたし、これはもう、日本の慢性的風土病みたいなものかもしれない。

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試しに 「働く 傍 楽」という 3つのキーワードでググってみると、出てくるわ出てくるわ、何と 219万件もヒットしてしまった。まあ、この中には 「働く = 傍 楽 は誤り」とするページも相当数含まれるのだろう (私のページもその中にあるはず)が、少なくともその 7割以上は「働くとは、傍を楽にするという意味」と高らかに礼賛する 「トンデモ」なページのだろう。すごいなあ。

この「働く 傍 楽」を東の横綱とすれば、西の横綱は文句なく「おもてなし」だろう。例の「おもてなしとは裏表のない心」という主張だ。私は 三年前にこのトンデモについて連続して書いている。こんな記事だ。

おもてなし」 の語源が 「裏表がない」 とは、乱暴すぎる (2016/04/24)
おもてなし」 の 「語源」 について、再び  (2016/04/28)

後篇の 4月 28日の方の記事には、次のように書いている。

誤解されないように言っておくが、私は「裏表のない心でもてなす」ことに異議を唱えているわけではない。そのように解釈してそのように実行するのは、なかなかいいことである。ただし、"「おもてなし」の「語源」は「裏表なし」" などという寝言を言うのだけはやめてもらいたい。「語源」とさえ言わなければ問題ないが、それを言った時点で、おのれの無知をさらけ出したことになり、せっかくの 「深イイ」 が台無しになる。

例えば「『働く』とは、傍(はた)を楽にすることですよ。周囲のために働くという気持ちが大切ですよ」とか言うのは素敵だ。しかし、"「働く」の「語源」は「傍を楽にする」" なんて言ってしまったら、その瞬間、アウトだ。まあ、この誤解もネット上に溢れていて、かなり気持ち悪いのだが。

というわけで、私は「傍を楽にする」や「裏表のない心」という主張に異を唱えているわけじゃない。そうした心でコトをなすのはなかなか素敵だとさえ思う。しかし真っ向から「語源」だとか「元々はそうした意味」とか言われてしまうと、「そりゃ、違うだろ!」と言うほかない。「深イイ洒落」ならいいが、それを語源と言い張られては、いくら何でも気持ち悪いじゃないか。

こうした「日本の風土病」を意識して辿ると、どうやら「江戸しぐさ」的思想に行き当たるようなのである。江戸しぐさというのは、「傘かしげ」とか「肩ひき」とかいう、「江戸商人のリーダーたちが築き上げた、上に立つ者の行動哲学」なんてことにされているが、その実、なかなかアヤシい。Wikipadeia を読むと、そのアヤシさがよくわかる (参照)。

江戸しぐさが秘密結社によって継承されたとか、江戸開城の際にその継承者の多くが新政府軍によって虐殺されたとかいう話になると、それはもうファンタジーとしか言いようがない。「働く 傍 楽」「おもてなし 裏表なし」がファンタジーであるのと同様である。

そもそも、傘をさしてすれ違う時に互いの傘をひょいと外側に傾けるという「傘かしげ」なんて、特別なことでもなんでもなく、私は誰に教わらなくても昔から自然に実行していた。ただ、「どうして皆、こうしないんだろう?」という不満は確かにあり、そうした不満がその昔、「江戸しぐさ」というファンタジーに昇華されたということはあるかもしれない。

「ちょっとした深イイ」をことさら真っ向から礼賛しすぎては、洒落にならない。元々は洒落から出た話なのだから、洒落にとどめておけばよかったのに、あまりマジに言い過ぎるので「野暮」になってしまうのである。

 

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