カテゴリー「世間話」の271件の記事

2017/02/14

「平等に貧しくなろう」 というのは

中日新聞に掲載された上野千鶴子氏のインタビュー記事が、ネット界隈でえらく話題になっている。というか、ほとんど炎上状態だ (参照)。

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それにしても 「平等に貧しくなろう」 という見出しは、インパクトは強いが、かなり言葉足らずだと思う。念のため確認しておくが、この記事は上野氏の 「寄稿」 ではなく、インタビューをした大森雅弥という記者がまとめた記事である。だからこのタイトルも、上野氏の書いた原稿のタイトルではなく、新聞社側が付けたものだ。

このことをしっかりと押さえた上で考えると、とりあえず大きな話題になることを主目的としたなら見出しなら大成功だが、インタビュー内容をきちんと伝えようというなら、ほかにも見出しの付けようはあった。

新聞記事をきちんと初めから終わりまで読む人は少数派で、多くは見出しだけで判断してしまうのだから、こんな見出しでは物議を醸すことは初めからわかっていただろう。わかっていてやった確信犯なら、これだけ話題になったのは大成功ということになる。

それにしても人間のメンタリティとはおもしろいものである。「経済成長がすべてではない」 と言えば、とりあえず 100%近い賛同を得ることができる。「金を儲けさえすればいいってもんじゃない」 という言い方をしても、同様の賛同が得られるだろう。

「経済成長路線のほかにも道はある」 という言い方でも、そんなに抵抗はなかろうし、「金のせいで道を誤る人は多い」 と言うのも、「うん、確かにそうだよね」 と反応してもらえる。多くの人が 「必ずしも経済的に豊かでなくても、幸せになる道はいくらでもある」 という言い方をしていて、それなりの共感を呼ぶ。

ところがそれを直接的に 「平等に貧しくなろう」 と言っちゃうと、「とんでもない、それはご免だ!」 ということになる。

「金がすべてじゃない」 というのはうなずけるし、「貧しくても幸せな人はいくらでもいる」 というのも、「そりゃ、そうかもしれないね」 と反応できる。しかし、「あんたも平等にその世界に入って、清貧の美徳を味わいましょう」 と言われると、「それはイヤだ!」 という。他人が 「清く貧しく美しく」 暮らす分にはいいが、自分だけは楽してリッチになりたいのである。

そんなわけで、「みんなで平等に貧しくなろう」 と言っても、どうせわかってもらえるはずがないから、まず自分が率先して 「金はそんなにないけど、結構気楽で幸せなんだよね」 というライフスタイル・モデルを築いて実行すればいいのである。

要するに金儲けにあくせくするより、「まあ、金はないけど楽しく暮らしてるわいな」 という生き方をする人が増えさえすればいいんでしょ。それがどうしても嫌なら、人口減少時代に移民が持ち込んでくる馴染みのない異文化に濃厚に接してもストレスを感じなくて済むように、タフな心になる準備をしておくことだ。

じいさんばあさんだけの世の中になるのは嫌だけど、自分が子どもを 3人以上育てるのもしんどい。その上、向こう三軒両隣に移民がゴロゴロ住んで、わけのわからない外国語が行き交うようになるのもまっぴらで、だけど、きちんと経済的に豊かな暮らしだけはしたいというのは、今や駄々っ子の言い草である。その点については、受け入れてもいいと思う。

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2017/02/04

Dress like a woman (女らしい服装をしろ) というお話

本当にそう言ったのかどうか、確たるソースさえアヤシいのだが、ドナルド・トランプが 「ホワイトハウスで働く女性には、女性らしい服装をしてもらいたい」 と発言したという、いかにもありそうな話が俄然一人歩きしちゃっていて、Twitter は "#dresslikeawoman" のハッシュタグで大賑わいになっている (参照)。

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Twitter をちょっとのぞいてみればわかるように、アップされている写真や画像は、たいていトランプの求めているような 「女性らしい服装」 なんかじゃなく、かなり勇ましいとかマニッシュとかのばかりだ。そしてどれもみな 「美しい」 ってのがいい。

私は昔から 「〇〇らしく振る舞う」 ってのが、どうにも居心地悪く感じてしまう性分で、何をやらせても 「らしくない人」 と思われてきたところがある。「〇〇らしくない」 存在ではあっても、「あいつらしい」 と思ってもらえさえすれば、受け入れられるものである。

まあ、「らしくない」 といえば、ドナルド・トランプ自身ほど 「大統領らしくない」 人もいない。私がいくら 「らしくない」 のが好きといっても、ああいうのはちょっとディレクションが違いすぎて笑ってしまうほかない。最も大統領らしくない振る舞いをする人が、女性には女性らしい服装を求めるというのも、なかなかのパラドックスである。他人にことさらに礼儀作法を求めるやつが、最も無礼なんてのは、よくある話だ。

鈴木清順の伝説の名画 『けんかえれじい』 に、おもしろいくだりがある。高橋英樹演じる主人公の南部麒六は、旧制中学を舞台に喧嘩に明け暮れる名物男。岡山の中学でも喧嘩事件を起こし、会津の喜多方中学に転校を余儀なくされるが、その中学の校長室に麗々しく飾られているのが 「良志久」 (らしく) という掛け軸だ。

校長は 「男は男らしく、学生は学生らしく」 と、本分を守ることを厳しく言い渡す。ところがここでも南部麒六は、会津中学の連中と華々しい集団果たし合いをして勝ってしまう。すると、あれだけ 「学生は学生らしく」 と言っていた校長が、戦果を聞いて大喜びではしゃぎまわってしまい、真面目一方の教頭がうろたえながら、会津弁で 「校長ぉう〜! らはぁすぃぐぅ!」 と叫ぶのがなかなかよかった。

それから "like a woman" と言ったらどうしても出てくるのが、Bob Dylan の ”Like A Woman" である。忘れられないのが、The Concert For Bangladesh 1971 での、Leon Russel, George Harrison との共演版だ。

歌詞の中で繰り返されるのは、このリフレイン。(一部引用だから、JASRAC はおとなしくしていてね)

She takes just like a woman.
She makes love just like a woman.
And then she aches just like a woman.
But she breaks just like a little girl.

なにしろノーベル賞作家の歌詞だから、結構象徴的で訳しにくいが、ざっといえば 「彼女は一人前の女らしく物事を進める/彼女は一人前の女らしくセックスする/彼女は一人前の女らしく痛みを感じる/だけど、小さな女の子みたいにボロボロになる」 というような感じだ。

大統領も、小さな男の子みたいにボロボロになるかもしれないしね。

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2017/02/03

恵方巻の大量廃棄が発生しているらしい

今日は節分、新聞チラシはもう恵方巻のオンパレードである。すごいなあと思う。我が家では食わんけどね。

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私がこのブログで恵方巻というものに触れたのは、もう 12年も前のことになる。この食い物が世間に知れ渡り始めた頃に、「恵方巻の社会学」 という記事で、「世の中では豆まきに取って代わって、節分の恒例になる可能性がある」 と書いている。

当時、「こんなのは一過性ですぐに廃れる」 などという見方もあったが、私は定着するとみていた。4年後の 「再び恵方巻を語る」 という記事でも書いているが、それは次のような理由による。

  1. 今どき、どこの家庭も少子高齢化で、豆まきを喜ぶ子どもが少なくなった。
  2. いい年をした大人が、日が暮れてから声を張り上げて 「鬼は外、福は内」 なんてやるのは、こっ恥ずかしい。
  3. 最近の感覚では床に落ちた豆を拾って食べるなんて、ばっちい気もする。
  4. しかしながら、節分に何もやらないというのも、日本人として何となく淋しい。
  5. 恵方巻なら、声を張り上げることもなく、無言なのだから隣近所に気兼ねがいらない。
  6. コンビニで買ってきたビニール・パックの太巻きを食うだけだから、清潔でお手軽だ。

とまあ、こんな理由で、私は恵方巻が世の中に根付くとみていたのだ。繰り返すが、我が家ではやらんけどね。

しかし近頃、この恵方巻が過熱しすぎて、コンビニやスーパーでの大量廃棄が発生しているらしい (参照)。コンビニのバイトまで結構な量の売り上げノルマを課せられた上に、売れなかった分は自腹で購入を迫られ、それでも残ったのがゴミとして大量に捨てられているらしい。

これは由々しき問題である。世界には食糧不足で餓死する子どもまでいるというのに、一方でそんなことをしているのは罰当たりもいいところだ。

こんなことになるなら、恵方巻なんていう風習はさっさと風化させて廃れるようにもって行く方がいい。我が家はもとよりこんなものは食わないからいいが、何となく惰性でやってるのなら、来年から止めちまうにこしたことはなかろう。

「恵方巻って、だっさーい!」 というイメージを広めてしまえばいい。元々、そんなに楽しいものでもないのだから、どうしても続けたいなら細々とやってもらいたい。流行り始めてから既に干支も一回り以上してしまったのだから、世の風潮が変わるのも当然ということだ。

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2017/02/01

有休を取る理由

「マイナビ ウーマン」 が 1月 30日付で 「お詫び」 を出している (参照)。"2017年1月25日および2017年1月27日に掲載した 「有給休暇」 「生理休暇」 についての記事に関して、法的趣旨を誤解させる表現がございました”として、2つの記事を削除している。

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しかし世の中というのは甘くないようで、削除された記事も Google キャッシュ や 魚拓で読むことができる。「有給休暇」 に関する記事は こちらの魚拓、「生理休暇」 に関する記事は、こちらの Google キャッシュに残されているが、ここでは有給休暇に関する記事について述べる。

この記事は有給休暇の "「社会人としてありえない」理由" をアンケート調査し、寄せられたものの中から 6つ選んで紹介している。「(1) 寝坊したから、(2) 二日酔いがヒドいから、(3) やる気が出ないから、(4) 彼氏と大ゲンカしたから、振られたから、(5) 体が痛いから、(6) 天気が悪いから」 というものだ。

ここにあげられた理由には、自分で 「こんな理由で有給休暇を取ってしまった」 という告白と、「こんなひどい理由で有休を取った同僚や後輩がいる」 というチクリの 2通りある。比率としては、きちんと数えたわけじゃ内が、半々ぐらいの印象だ。

例えば (1) の 「寝坊したから」 という理由にも、次のように 告白とチクリがある。

「寝坊したからそのまま休んだこと」 (33歳/情報・IT/秘書・アシスタント職)

「寝坊したから今日は有給にしてくださいと言って、大事な会議の日に休んだ同僚。会社をなめてると思ったから」 (29歳/人材派遣・人材紹介/事務系専門職)

しかしここで私がふと思ってしまったのは、「有休を取るのに理由を求めるのがフツーなのかなあ」 ということだ。そしてもっと言えば、理由を述べるのに 「寝坊したから」 なんて正直すぎることを言うナイーブなやつがいるんだなあと、驚いてしまったのである。

「彼氏と大ゲンカしたから、振られたから」 なんて正直なことを言うよりも、何かもっともらしい理由をでっち上げればよかったのにと思うのは、私だけじゃないだろう。そして大抵はそんなもんだろうに。

そもそも有休を取るのにその理由を明らかにする義務は、法律的にはない。会社側が 「済まんが、そういう理由だったら、有休は別の日に取ることにして、今日は出てきてくれんか」 と言う (これは法的には認められている) ために、理由開示を求めるのは違法ではないが、それに対して正直に答えるかどうかは、社員の側の自由ということになっている。少なくとも法律としては。

で、現実的には理由を述べないとちょっとカッコつかないみたいな場合には、社員の側でも 「急に親戚が死んじゃって」 とか、テキトーなことを言ってしまえばいいじゃないか。そんなわけで、親戚中を何人も殺してしまっている強者もいる。

この記事は 「有休を取ることは働く人の権利ですが、常識ある使い方をしたいですね」 とまとめられていて、これが問題となって 「お詫び」 と記事削除ということになったらしい。私だったら、「理由を述べるんなら、それなりにもっともらしいことを言っとく方がいいでしょうね」 という方向でまとめたいところである。

そんなわけで、"「彼氏と大ゲンカして、次の日に仮病で休む」 (25歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)" という告白調の回答には、「グッジョブ!」 なんて思ってしまったのだよね。

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2017/01/28

ヤマダ電機のマーケティング

ヤマダ電機からメールが来た。"【御確認下さい】 ヤマダ電機のレシート保証書がまとめてケイタイ会員証に更新されました 【ヤマダ】" というタイトルで、本文には "<2008年以降>ヤマダ電機でお買い物いただいた商品の『レシート保証書』がケイタイ会員証にまとめて 【保存・更新】 されました" とある。

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私はここ数年、ヤマダ電機で買い物をしたことがない。山形県酒田市の実家近くには、家電量販店はヤマダしかなかったので、帰郷の折に仕方なくちょこちょこ買ったことはあるが、近頃は同じ国道沿いにケーズ電気ができたので、すっかり遠ざかっている。

そしてこのメールが、なんとなくアヤシい雰囲気を漂わせているのである。初めはすっかり新手のスパム・メールかと思ってしまった。なにしろ 「ご確認下さい」 というタイトルで届くのはほとんどスパムと、あり余るほどの経験で知ってしまっているしね。

まず差出人を確認すると、当然ながら 「ヤマダ電機」 と名乗られているが、そのメルアドは "noreply@tpgaw.jp" となっている。"yamada" という文字がないのだから、フツーは 「こりゃ、手の込んだスパムかな」 と思ってしまう。念のため調べてみると、一応ヤマダ電機のドメインには違いないようなのだが (参照)、どうして自ら好んでこんなアヤシく見えてしまうやり方をしているのだろう。

さらに画像にもあるとおり、「お持ちの保証書を確認する ↓↓↓」 などのリンクがやたらと多い。アヤシいページに誘導するスパムメールと同じような手口に見えてしまい、リンク先の URL にも、"yamada" の文字は全然見当たらないのだから、クリックするのがためらわれる。

とにかく、差出人がアヤシく見えてしまうメールで、これまたアヤシく見えてしまう URL のページにさかんに誘導しようとしているのだから、警戒するなという方が無理というものだ。せっかく 「レシートと保証書がネットに保存されて、いつでもアクセスできる」 という便利なサービスを始めても、第一歩で 「アヤシすぎ!」 と思われてしまっては、元も子もない。

私は 1年半前に 「ヤマダ電機とイオンの苦境の原因」 という記事の中で、ヤマダ電機について "いくら地方の店とはいえ、家電量販店で貧相なパソコン売り場のすぐ隣にスナック菓子や清涼飲料水の売り場があるのを見たら、誰だって 「この店、大丈夫か? 気は確かか? と思う" と書いている。

ヤマダ電機っていつも自然に 「アヤシく、ダサく、ドンくさく」 見られてしまう運用をしてしまっているような気がするのだよね。

【1月 31日 追記】

"tpgaw.jp" というドメイン・ネームの "tpgaw" というのは、どうやらケータイで 「やまだから」 と打つ場合、アルファベットだとこうなるということらしい。(参照

そんなことで、こんなアヤシげなドメインを取得するとはね。

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2017/01/26

マルチ商法というもの

朝一番でクルマの運転をしながらラジオ・ニュースを聞いていると、リゾネットとかいう会社がマルチ販売で 3ヶ月間の業務停止命令を受けたという。「へえ、マルチ商法ってのは、まだ健在なんだなあ」 と思い、帰宅してからちょっとググって見ると、今も昔も変わらず、「楽して儲けよう」 というやつがいるらしいのである。(参照

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業務停止命令が出た後もこの会社のサイト (上の写真は、今どきバブリーなまでのトップページの画像) はしっかり生きていて、今回の件については一言も触れられていない。なかなかいい度胸をしている。おもしろいのは 「リゾネット」 というキーワードでググると、 「リゾネットの勧誘を受けた」 という体験談がブログなどで結構公開されていることで、「なるほど、こんな風にして会員を募るのか」 と、興味深く読んだ。

マルチ商法というのは、大抵自分が勧誘されて会員になる時には、入会金とかなんとかの名目で、ある程度のまとまった金を払わされる。そして自分が勧誘を始めて 「子会員」 とか 「孫会員」 とかを作ると、自分の口座に結構な金が振り込まれ、その規模が膨らめば膨らむほど、自分は楽して金が儲かるという仕組みになっている。

実は私も半世紀近く前、田舎から上京して何もわからないまま都会生活を始めた頃に、どこかの喫茶店で会った調子のいいニイチャンに、マルチ商法に勧誘されたことがある。

詳しい内容はすっかり忘れてしまったが、手っ取り早く言えば、コンサートだかライブだかの運営をしている会社で、会員になれば毎月破格の値段でそのコンサートだかライブだかに入場でき、さらに自分が会員を増やして行けば、どんどん金が振り込まれるという、まさにマルチ商法の王道を行くような話だった。なんでも、5〜6人以上の子会員を持てば、左うちわで暮らせるという。

当時 「マルチ商法に注意」 なんていう情報はまだなかったし、そんな言葉すら知らなかったので、一応話を聞くだけは聞いてみた。しかし 「楽して儲かるという話ほどアブないものはない」 という常識に照らしてもアヤシすぎる話だし、たとえこの話が本当だったとしても、自分の友達に、よりによってそんな話に乗るようなバカが 5〜6人以上いるはずがないのである。それで、丁重にお断りしたわけだ。

この種の話を聞く度に思うのだが、真っ当な友だち付き合いをしている人間なら、こんな話を友人にもっていって、「俺の 『子会員』 になってくれないか」 なんてことは言えるものではない。「お前、気は確かか?」 と呆れられ、以後縁を切られるのが関の山というものだ。

ということは、こうした話に乗ってしまうのは、いつ縁を切られても構わないようなバカな友達が大勢いる連中なのだろう。まあ、別の言葉で言えば 「軽薄なやつ」 ということである。「類は友を呼ぶ」 というぐらいのものだから、軽薄なやつの回りには軽薄なやつが集まって、そしてその軽薄な付き合いの中で、マルチ商法というのは生き長らえているに違いない。

軽薄なやつに 「心を入れ替えて真面目に生きろ!」 と意見してもしょうがないから、自分たちの世界の中だけでマルチ商法をやって、そのうち潰れてしまう分には、こちらは全然構わない。しかしまともな人間にまで勧誘の手を伸ばして余計なストレスを強制するのは、甚だ迷惑だから止めて貰いたいものなのである。

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2017/01/04

禁煙がイヤなら、勝手に煙もうもうのままでいればいい

タバコのない五輪が微妙な状況に。完全禁煙はもちろん分煙についても異論が続出」 と、「ニュースの教科書」 が伝えている。「厚生労働省が導入を検討している本格的な受動喫煙対策について、自民党内で反対意見が相次いでいる」  のだそうだ。下のような広告で育ったじいさんたちが抵抗しているんだろうけど。

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東京オリンピックを前に、公共の場での原則禁煙を盛り込んだ 「たたき台」 が自民党内で検討されていたが、「小規模な飲食店から反発が大きく、対策が導入されるのかは微妙な情勢」 という状況のようなのだ。分煙にすら反発しているというのでは、一体どこの国の話だと言いたくなる。

私としては 「だったら、どうしても全面禁煙や分煙に抵抗のある小規模飲食店は、煙草を野放しにしておけばいい」 という考えである。個人の選択として、分煙すら行われない 「喫煙可」 の店には入らなければいいというだけの話だ。結果として煙草の吸える店は喫煙者ばかりになり、店内はもうもうの煙が立ち籠め、喫煙者すら敬遠するようになるだろう。

飲食店側が自己責任でそれを選択するというなら、勝手に自分の店の雰囲気を悪くして、売り上げを悪化させればいいだけの話だ。その挙げ句に潰れるなら潰れればいいし、雰囲気が悪いままで営業し続けるというなら、その道を選べばいい。まともな客は次第に離れてしまう。

私が昨年暮れにたった 1度だけ参加した忘年会は、中年過ぎの男ばかり 12人が参加したが、喫煙者は 1人もいなかった。もしかしたら 1人か 2人は煙草を我慢していたのかもしれないが、苦しそうな顔をみせる者は 1人もいなかった。

参加者の多くが喫煙者という飲み会には参加を見合わせたいところだが、実際のところ、最近はそんなのはほとんどない。同窓会などでも、喫煙者は片隅に追いやられ、それでも煙草に火を付けたりしたら、会場の外に追い出される。

「喫煙者の権利を蹂躙している」 という声もあるが、所構わず煙草を吸う者の方が、非喫煙者のまともな空気を吸う権利を蹂躙していることに気付くべきである。さらに 「俺は煙草を吸って余計に税金を払っているんだ」 などと言い張る輩は、煙草が原因の病気に、煙草税以上の税金が投入されている事実を知るべきである (参照)。

その上で、度々述べることを繰り返させてもらうが、私は健康上の理由で医者に喫煙を止められたために禁煙したという人間を、内心軽蔑する者である。それまで他人の健康被害についてはずっと無頓着だったくせに、自分の命が危ないと知ったとたんに禁煙するというのは、甚だ 「身勝手」 な話である。

本来なら、「医者に止められて禁煙しました」 なんて、恥ずかしくて言えないはずのことではなかろうか。それを堂々と公言するのは、「私は他人は死んでもいいけど、自分だけは死にたくないという、とても自己中心的な人間です」 と言っているのと同じである。

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2016/12/26

年賀状印刷を完了した

遅まきながら、年賀状の印刷が完了した。毎年手作りの年賀状を出していて、その印刷にちょっと手間がかかる。今年は明日から年末だというのに 2泊 3日の出張が入っているので、慌てて今日のうちに仕上げたというわけだ。

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年賀状の枚数は、10年前ぐらいが最多で、仕事の関連もあって140枚ぐらい出していたが、還暦を過ぎて徐々に仕事を減らし始めたこともあり、今年用 (昨年暮れに印刷) は 110枚足らずだった。そして来年用は思い切って 80枚ほどに絞り込んでみた。私も来年は 65歳になって 「高齢者」 の仲間入りをするのだから、そんなもんで十分だろう。

年明けには、こちらから出していない人から来るのにお返しとして、多分あと 数枚ぐらいプラスすることになるだろうが、それでも昨年より 20枚ぐらいは減らしたい。そしてこの調子で、70歳の大台に乗る頃には 50枚以下に圧縮したいと思っている。日本人の出す年賀状の枚数は平均で 40枚といわれているから、ようやく平均に近付く。とはいえ、その頃には平均枚数がもっと減っているだろうが。

郵便局の発行するお年玉付き年賀葉書でなくても、今はメールで画像添付の年賀状を出すという手がある。田舎の親戚は年寄りばかりだから、「メールって何?」 ってなことになるので無理だが、そのうち同世代には紙の形ではない年賀状に置き換えようと思っている。

思い返すに、年賀状に一番手間をかけていたのは、30年前頃までだった。まだ PC とかワープロとかいう機器が一般的ではない時代で、「プリントゴッコ」 というものを使って簡易印刷していた。インクが乾くまでやたら時間がかかるので、印刷した葉書を床一面に広げて乾燥させ、子どもを近付かせないようにしていたのを思い出す。

1980年代半ば過ぎには富士通のワープロ専用機、OASYS というのを購入して、ようやくデジタル印刷(モノクロ) を始めたが、なにしろプリンターのスピードが遅く、丸一日かかって印刷していた。しょっちゅう紙詰まり (葉書詰まり) を起こすので、それは難行苦行のレベルだった。あの頃は単に、宛名印刷が自動でできるのがありがたかった。

自宅で PC を使い始めたのは 1994年だったが、まともな画像ソフトがなく、インクジェット・プリンターもやたらとトロかったので、凝ったデザインをしようなんていう気には到底なれなかった。デジタルの機能をしっかり使ってまともなデザインの年賀状を作り始めたのは、1999年の卯年向け (つまり Windows 98 を使い始めた頃) からのことで、その時のデザインは、こんな 感じだった。

今から見ると、いかにもデジタルで作りましたという感じである。思えばこの頃になって、ようやくプリンターのスピードがもだえ死にしなくて済むくらいには改善されたということだ。今我が家で使っているインクジェット・プリンターは 5年前のモデルだが、さらにスピードが速くなっていて、紙詰まりもほとんどしないのがありがたい。

こうしてみると、家庭用のデジタル環境がストレスなくまともに 100枚以上の年賀状印刷に使えるレベルになったのは、せいぜい 5〜6年前ぐらいからのことといっていいんじゃないかと思う。せっかくプリンターが進化したのに枚数を減らすのはもったいない気もするが、まあいいだろう。

上の画像をクリックすると年賀状プロモーションサイトに飛んで、郵便局も必死なのだとわかるが、まあ、時代は変わるものである。

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2016/12/25

「カジノ」 を 「カッシーノ」 と言い換えたいんだってさ

JR 中央線の東小金井駅を降りると、その辺は 「梶野町」 というところで、「梶野公園」 という公園もある。昔、よく散歩した辺りである。なんでまたそんなことを思い出したかというと、例の 「IR 法案」 の関連である。

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電通が今年 6月頃に、「カジノ」 という言葉のもつ悪いイメージ払拭のため、「カッシーノ」 と呼ぼうなんて言い出していた (参照)。言葉の言い換えだけでイメージを変えちゃおうなんていうのはいかにも広告代理店らしい発想で、「じゃあ、東小金井周辺も 『カッシーノ町』 にしちゃえばいい」 なんて思っちゃったものである。

「カジノ」 というのは英語だと思っている人も多いが、"Casino" の発音は 「カスィーノゥ」 に近くて、頭にアクセントを置いて 「カジノ」 なんて言っても米国では通じない。「カジノ」 に近い発音なのは、イタリア語やフランス語であるらしい。イタリアはマフィアの発祥地だから、「カジノ」 じゃイメージ悪いとでも言うのかなあ。

まあ、いずれにしても 「カッシーノ」 ではどこの言葉としても通じなくて 「何それ?」 ってなことになるだろうし、下手すると 「似非イタリア語」 っぽくて、ますます怪しいマフィアを連想させたりするかもしれない。

その昔、博報堂がウールマーク・プロモーションに一枚噛んで、「昔は 『ウール』 は高級素材のシンボルだったが、時代の変化とともに古くさいイメージになってしまったので、『メリノ』 と言い換えよう」 なんて言ってたことがある。「メリノ」 というのは、その毛が主として衣料用ウールとして使われる羊の種類だ。

ところが 「メリノ・キャンペーン」 なんてものを展開しても、「それ何?」 となるのは当然の話で、せっかくよく知られた 「ウール」 のイメージまでおかしくなって、大金を使ったもののほとんど効果が発揮できなかった。今となっては、「メリノ」 なんて言葉でウール需要を増やせるなんて誰も考えてない。

「カッシーノ」 でギャンブルのイメージを改善できるなんて考えつつ、とんでもない長時間労働してる人には、「せいぜい長生きしておくれ」 としか言いようがない。

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2016/12/19

クリスマス・シーズンのとんでもないラジオ放送

Twitter に "車で子供の送迎中に聞いていたラジオで 「週末は子供のクリスマスプレゼントを買い込みました」 などという不用意な投稿があり、子供に気づかれないよう慌ててチャンネルを切り替えた。気づかれたかも?" という tweet があった (参照)。うぅむ、これは問題だなあ。

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なによりもまず、こんなような投稿をする人の感性を疑ってしまう。私の本宅サイトで、今の季節に賑わうページ、"サンタクロースは本当にいる! クリスマス・イブは、「大きな愛」 を知るチャンス" というページを読んで戴ければわかるように、世のお父さん、お母さんたちはクリスマスには、オリジナルのサンタクロースの代理人として子供たちにプレゼントをあげるのだ。

代理人なんだから、そこはきちんと分をわきまえて、「子供のクリスマスプレゼントを買い込みました」 なんてことを堂々と公言すべきじゃない。あくまでもさりげなく密やかに行うべき行為なのである。クリスマスにおける主役はあくまでもサンタクロースであり、自分は 「影の存在」 なのだ。

そもそも、「子供のクリスマスプレゼントを買い込みました」 なんてことを自分の子どもには言わないだろう。自分の子どもに言わないことを、誰が聞くかわからないラジオ番組に投稿なんかしちゃいけない。他人の子どもになら聞かれてもいいなんていうのは、あまりにも浅はかである。

それに、そんな投稿を取り上げるラジオ局もラジオ局である。これは決して小さなことじゃない。担当者の責任問題にするのが当然だが、見過ごされるとしたら、そのラジオ局全体の常識の問題だ。

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