カテゴリー「世間話」の292件の記事

2017/09/23

もっともらしい体裁だが、要するに広告

先日届いたマールマガジンに 「スマホ上級者なら入れてて当たり前。定番アプリランキング TOP 10」 というのがあったので、それほど定番というなら、自分はそのうちいくつインストールしてあるだろうと、ちょっとだけ興味があったので行ってみた。「今日のスマホ情報」 というページである。

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自分は少なくとも初心者なんかじゃないと意識しているから、「上級者なら入れてて当たり前」 という 10個のうち、少なくとも 2〜3個ぐらいはインストールしてあるだろうと、そこはかとなく思っていた。さらに、他にもいいアプリがあれば入れてみてもいいかなという気もしていたのである。

ところが行ってみると、私はその 10個のうちの 1つもインストールしていない。それらの 10個をここでつぶさに挙げようとは思わないが、「そんなの、インストールしても使わないだろう」 というのが 5個と、「同じようなことができる別のアプリを、既に使ってるし」 というのが 5個で、要するに、「そんなの要らない」 というものばかりである。

「なんじゃ、こりゃ?」 と思いつつよく見ると、そのページの上の方には "Sponsored" という表示がある。なんだ、広告じゃないか。こういうの、その世界では 「記事広告」 なんていう。客観記事のような体裁を取りつつ、実は広告なのだ。世の中にはこの手のものが多いんだよなあ。

こうした記事広告は、「そんなの要らない」 と見極めがつく上級者にはあまり効果がないが、「上級者になりたい」 と思っている層にはある程度の訴求効果があるのだろう。ただ、このページに行ってみて、「これ、いいかも」 と思っていくつかインストールしても、申し訳ないけど、あんまり使わないんじゃないかなあ。

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2017/09/13

不倫報道を巡る、週刊誌とワイドショーのアヤシい関係

一昨日の 「政治家の不倫という話題に群がる大衆心理」 という記事で私は、政治家の不倫報道には興味がないが、「この種の話題に群がりたがる大衆心理ということだったら、かなり興味がある」 と書いた。というわけで、今日はその続編である。

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この記事に、ハマッコーさんから 「政治家やタレントの不倫という話題に群がるのはテレビ局や週刊誌であって一般大衆ではないと思いますよ」 というコメントがついた。これは鋭い指摘で、実は私もそんなような気はしていた。

ハマッコーさんは、「個人的には政治家やタレントの不倫の記事が載っているからと言って週刊誌に 400円も払う気は全くありません」 と書かれている。確かにその通りで、週刊文春の発行部数は公称 68万部とされており、この数字を素朴に信じたとしても、日本人の約 175人に 1人しか読まない。号によって多少の変動はあっても、読んでいるのはどんなにオマケしてみても、人口の 1%以下だろう。

では、どうしてそんなにまでマスコミは、スキャンダルのスクープ合戦にしのぎを削るのか。

多くの日本人は、この種のニュースをテレビのワイドショーで知ることになる。まともなニュースでは、あまり取り上げないからね。ということは週刊誌にとって、テレビのワイドショーで 「今週の 『週刊〇〇』 によりますと……」 という枕詞で取り上げられることは、我々が思っている以上に重要な意味をもつのだろうと思われる。

要するにこれって、結構な宣伝効果があるはずなのだ。広告費を一銭も払わなくても、テレビが勝手に、しかも大々的に宣伝してくれるのだから、政治家やタレントのスキャンダルのスクープは、文春や新潮にとって、ものすごく 「おいしい」。

その証拠に、スキャンダル・ネタを重視する文春、新潮は、ワイドショーが盛んに宣伝してくれるおかげで、週刊朝日、サンデー毎日などよりずっと発行部数が多くなっている。読売ウィークリーなんて、とっくの昔に廃刊に追い込まれてるし。つまりこの種のスクープ合戦は、読者の関心に応えるという以上に、提供する側の都合が優先している。

芸能ネタ専門みたいな女性週刊誌は、タレントの不倫を報じてワイドショーに乗り、宣伝効果を上げられるが、文春や新潮などは媒体の性格上、ちょっとつつけばいくらでも湧いて出てくるタレントのスキャンダルをのべつ報じるわけにもいかないので、代わりに政治家のスキャンダルを報じることになる。(タレントのスキャンダルも全然報じないわけでもないようだが)

一方、テレビ局が週刊誌に載ったネタをワイドショーで取り上げるのは、コストをかけずに、もっともらしい、しかも小難しい政治経済ネタなんかより圧倒的に 「わかりやすい」 ネタで、放送の時間帯を埋められるからだ。つまり業界内の都合で、互いにもちつもたれつのメリットがある。それだけのことなのだろう。

スキャンダル・ネタが週刊誌とワイドショーに、読者や視聴者の 「知りたい」 というニーズを遙かに上回る勢いで、というか、まったく別の次元のパワーでばかすか飛び交うのは、こうした事情からとしか思われない。

中には不倫の当事者の政治家やタレントをもっともらしく非難することで、いかにも 「自分は清く正しい日本の庶民」 と思い込んで自己満足したり、TV カメラに向って深々と頭を下げられると、自分に向って頭を下げられたと勘違いして溜飲下げたりする人もいるのかもしれない。でも、それって具体的には何の得にもなっていないよね。

その昔 「指三本」 の宇野宗佑首相の辞任につながる不倫を大々的にスクープしたのは 「サンデー毎日」 で、その当時の編集長を務めていたのは鳥越俊太郎氏だった。その鳥越氏が東京都知事選に出馬して、「女子大生との不適切な関係」 なんてスキャンダルを書かれたのだから世話はない。

まことにもって 「因果は巡る」 である。

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2017/09/10

プリッツとプレッツェル

妻がどこからかタイ土産の 「トムヤムクン味プリッツ」 というのをもらってきた。江崎グリコ純正だが、タイ国限定発売なのだという。これをみて、「まがい物じゃないの? だって、アルファベット表記の読みが 『プレッツ』 になってるじゃん」 と言ったら、「プリッツ」 の表記は元々 "PRETZ" であって、 "PRITZ" じゃないのだという。

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というわけで、これは本当に、日本の江崎グリコ純正で、間違いなくタイ国限定発売の品物らしい。私はこの類いのスナック菓子をほとんど口にしないので、表記が正式に "PRETZ" だったとは、ちっとも知らなかった。「プリッツ」 なんだから、当然 "PRITZ" だろうと思い込んでいたのである。

なんで 「プリッツ」 が "PRETZ" なのか、気になって調べてみると、Wikipedia に次のように書いてあった。

プリッツはプレッツェルに由来する商品名であり、「プレッツェル菓子」 に分類されるが、いわゆる一般的なプレッツェル形ではなくストレートなスティックタイプである。

プリッツが 「プレッツェル」 に由来するものだとは、これまた、ちっとも知らなかった。念のため他のページにもあたってみたが、同様の説明ばかりだからきっと本当なのだろう。これまた念のため、プレッツェルとは下に示すようなスナック菓子で、欧米ではごく一般的なものだと思う。

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だったら素直に 「プレッツ」 にすればよかったのに、どうして一ひねりして 「プリッツ」 にしちゃったんだろう。形状はひねらずにストレートなのに。

この件についてはウェブで調べてみても、「ドイツ語由来だから、最後が "Z" なのか」 なんてのはあるが、母音の読みについて疑問を呈したページはついぞ見当たらない。どう考えてもこっちの方こそ不思議なのにね。

でも、まあ、そこまではあんまり興味ないから、昨日の ”STP” 同様、どうでもいいや。どうせ雰囲気のものなんだろうし。

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2017/09/09

”STP" のステッカーというもの

ボディに "STP" と書かれたステッカーを貼っている車をよく見かけるが、基本的にそっち方面に興味がまったくないので、何十年にもわたってこれを "STOP" (止まれ) と見間違えていた。追突防止のための過度なメッセージぐらいに思っていたのである。

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ところが最近、白内障の手術をして視界がよくなったせいか、「ありゃ、あれって "STOP" じゃなくて "STP" じゃん」 と、今さらながら気付いた。気付いてみると、「"STP" って、一体どういう意味なの?」 となってしまう。どうでもいいところが気になってしまう性分なのである。

先日、目の前を走るトラックの後ろに、この ”STP" ステッカーが貼ってあったので、ついに 「気になる臨界点」 に達してしまい、赤信号で停車中に iPhone を起動させてググってみた。すると検索結果の上位はステッカーの通販サイトばかりがズラリと並ぶ。ことほど左様に人気のあるステッカーということなんだろうが、肝心の意味はさっぱりわからず、そうなるとますます気になる。

目的地についてようやくゆっくり検索してみたのだが、「STP ステッカー 意味」 という 3語で検索しても、やっぱり通販サイトばかり表示される。辛うじて Amazon のサイトに 「STP 『Sustains Top Performance』 ステッカー。 『変わらないトップ・パフォーマンスを』 的な意味です」 とあるのを見つけたが、なんだかこじつけっぽくて "STP" の元々の意味ではなさそうだ。

それならばと 「STP 意味」 の 2語で検索してみると、マーケティング理論でおなじみの "「セグメンテーション」 「ターゲティング」 「ポジショニング」 の3つの頭文字" なんていうのが出てくる (参照) が、これもちょっと別の話だろう。

かと思うと、「フランス語で "please" の意味」 なんてのも出てくる。フランス語には弱いので、これは初めて知った。"S'il vous plaît" のカジュアル版が "s'il te plaît" ってことなんだろうが、やっぱりこれも目指す意味ではなさそうだ。

ようやく探り当てたのが、アメリカのモーターオイル会社のロゴらしいということである。日本語のサイトでは結局わけがわからず、英語版の Wikipedia まで飛んで、ようやくわかった (参照)。道理で車のボディに貼ってあるのが目立つわけだ。知ってる人は当然知っていて、知らない人にはどうでもいいことなので、「”STP” とは何か」 を説き明かすページなんて、必要ないんだろう。

このページでようやくわかった "STP" の意味は、こんなことである。ここまでは、ステッカーを車のボディに貼っていても、ちゃんと知っている人は少ないだろう。

The name began as an abbreviation of Scientifically Treated Petroleum.

直訳すれば、「この名称は 『科学処理された石油』 の短縮形として始まった」 ということなのだが、「科学処理された石油」 って何なのかまでは、力尽きてしまって調べる気がしない。まあ、そんなようなものなのだろうと、ゴニョゴニョで済ませておく。そのゴニョゴニョが "Sustains Top Performance" というこじつけにまで発展したわけね。

それにしてもこのステッカー、結構な人気があるらしくて、デッドストックだったものがヴィンテージ商品扱いになって、プレミアム価格が付いていたりする。私如きにはよくわからない世界を形成しているようなのだ。まあ、いずれにしてもちっとも興味がないから、そのあたりのことはどうでもいいや。私が知りたかったのは、あくまでも 「"STP" の意味」 ってことだったのでね。

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2017/08/31

「動機が正しくても……」 を身を以て示した麻生さん

「ヒトラーはいくら動機が正しくても……」 発言の麻生さん、肝心の 「ヒトラーの動機」 なるものの説明がまったくないままに発言撤回したのは、年のせいで頭の回路がちょっとおかしくなっちゃってるんじゃあるまいか。来月は 77歳を迎えるというのだから、そのあたりが心配になったりしてしまうよね。

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麻生さんは発言撤回の際に 「政治家にとって結果を出すことがすべてであることを強調する趣旨で、悪しき政治家の例としてヒトラーをあげた」 と述べておられる。ふむふむ、異論はあるだろうが、「政治家にとって結果を出すことがすべてであることを強調する」 というテーゼを、ここではとりあえず仮に 「正しい」 としておこう。

そしてそれを強調したいというのが、例の発言の 「動機」 であるとみられるわけだが、いくらその 「動機」 が正しいとしても、結果として周囲からこんなにまで責められてしまっては、まったくの逆効果だった。なにしろ 「政治家にとってのすべて」 である 「結果」 が出せなかったわけだからね。

なるほど、なるほど。麻生さんの言いたいことは、今回の事例を見てとてもよくわかった。まさに言いたかったことを、身を以て示してくれたわけだ。まったくもって 「動機」 が正しくても、方法論と論理展開がめちゃくちゃだと散々な結果になる。

しかし、そもそも 「動機が正しくても結果が出なければダメ」 なんていうのは、わざわざ言われるまでもないことで、世の中ではそれを 「骨折り損のくたびれ儲け」 と言う。子どもでも知っている 「世間知」 である。

今回の話は麻生派の研修会で持ち出されたというのだが、いくら政治家でも、こんなことをわざわざ 「研修」 しないとわからないってわけじゃなかろう。麻生さんのケースは、余計なことを下手すぎる言い方で言ったために、「くたびれ儲け」 よりさらにひどい結果を呼ぶという馬鹿馬鹿しいことになってしまった。

麻生さん、こんな脈絡もはっきりしないくだらなすぎる話で墓穴を掘ってしまったわけで、やっぱり 「頭の回路」 が心配になってしまうわけなのである。繰り返すが来月は 77歳で、数え年の 「喜寿」 をとっくに過ぎているわけだし。そういえば最近、持ち前のユニーク発言がほとんど伝わってこなくなった。

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2017/08/26

若者は 「海離れ」 しているらしい

1ヶ月ちょっと前の 「海の日」 関連の記事なので、今頃取り上げるのは遅いかもしれないが、"若者の 「海離れ」 が判明。10代・20代の4割は 「海に親しみ」 を感じない" という話がある。今の若者は、海に関してあまり心が躍らないみたいなのだ。

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ちなみに私は日本海に面した港町で生まれ育ったので、 「海に親しみを感じる」 どころじゃない。海はいつもそばにあったし、高校時代はよく授業を抜け出して、砂浜の波打ち際で寝転がっていた。そして夏休みになれば、3回以上は海水浴に行っていた。

ところが最近の若者は 「海離れ」 しているようなのだ。決して泳がないってわけじゃなく、泳ぐのはリゾート・プールということのようなのだね。だから浜辺で砂だらけになり、時々打ち寄せる大波でひっくり返るなんていうような体験はあまりしていないのだろう。

それに昔は、若者向けの歌と言えば 「海、渚、浜辺、波」 なんていうキーワードのオンパレードだった。そうした単語を散りばめさえすれば、歌になったのである。そういえば最近の歌は、こうした単語がそれほど目立たないような気がする。つまりサーファー以外にはあまり 「需要」 がなくなったわけだ。

件の記事にある 「海に親しみを感じる」 かどうかという設問の解答を表すグラフをみると、10〜20代と40〜60代の傾向が真逆になっているのがわかる。これまたずいぶん極端な結果だ。人間の感性が変わって来てしまっているようなのである。

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これ、プールが増えたことで、子どもの頃から海に行く体験が減っていることと、実際に海に行くと、体が砂だらけになって、帰る時に洗い流すのが結構面倒だったりする体験などの合わせ技なのではないかと思う。つまりプールによる疑似体験の方が、面倒がないのだ。

人間の感性がナマの自然から、離れてきてしまっているのをつくづく感じる話だ。ちなみに、上の写真は茨城県の磯崎神社の鳥居に打ち寄せる波である。

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2017/08/25

舛添前都知事の書道の腕が大したことないのは事実だが

netgeek というサイトに "【悲報】 シルク舛添要一、書道がド下手な上に 「金」 の字を間違える" という記事があった。テレビ番組に出演した舛添前都知事が、月収 11万円と生活苦を訴え、書道の腕前を披露するために 「お金」 と書くことを所望されて、それに応えたという。

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で、netgeek では "こっこれは…! はっきり言ってド下手だ。しかも 「金」 の漢字を間違えている。「お」 の点についても、位置と縦に書いているところがおかしい" と、ツッコまれている。しかし私は舛添さんをかばうわけじゃないが、上手な字じゃないことは確かとしても、続くツッコミこそが 「おかしい」 と、指摘せざるを得ない。

「金」 の字を間違えているというツッコミに関しては、「お前、異体字ってものを知らないな」 とツッコミ返せばこと足りる。漢字というのは今の IT の世界の標準フォントだけじゃなく、いろいろの字体があるのだ。石碑にも舛添氏と同じ書き方のものがある (参照)。「お」 の字にしても、まあ、こんな風に書かないということもない。

近頃の若いモンは、PC や印刷物でしか字を知らないから、漢字にしてもいろいろな字体があると思っていないようなのだね。これは文化の衰弱の始まりなんじゃなかろうか。

舛添氏が出張経費でのシルク服を購入を 「書道をする時に普通の服だと腕が引っかかるので」 と説明していたことについて、記事は 「趣味レベルでも書道はやっていないということが明白になった」 としている。しかし、少なくとも 「金」 を異体字で書いてみせるぐらいには、書道に親しんでいるようなのである。「痛い字」 と言っていいほど下手には違いないけどね。

とまあ、ものを知らないと、同じものをみても全く反対の結論に到達することがあるので、自分も含めてよほど注意しなければならない。

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2017/08/15

「ちょっとデキる女」 の話し方スタイル

ちょっと古い記事だが、AERA dot. で、北原みのりさんという人が 「週刊朝日」 に書いたという 「三浦瑠麗を真似してみた」 というのを読んだ。テレビも週刊誌もあまり縁のない私は、北村みのり/三浦瑠麗というお二人の名前を知らず、「瑠麗って何て読むの?」 なんて思ったほどだから、まあ、何の先入観もなく読めたわけだ。

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北原さんによると、三浦瑠麗さんという人は 「今をときめく国際政治学者で、東京大学卒業、30代、美人」 であり、「オジサンは右も左も関わらず、メロメロ」 というほど、とにかくオジサン受けがいいらしい。「たとえご発言に中身がなくても、自信に満ちた調子で場を制する様子は、対論側が視野狭く、物知らない人に見えてくるほど」 なのだそうだ。ふぅん。

そしてこの週刊朝日の記事の内容というのは、会議でオジサンたちに疎ましがられ気味の北原さんの友人が、「会社で三浦瑠麗を真似してみた」 ところ、「びっくりするくらい、オジサンたちの受けがいい! 企画がすぐに通った!!!」 のだそうだ。つまり三浦瑠麗さんという人は、話の内容よりもその 「スタイル」 に説得力があるらしい。

その 「スタイル」 というのはどんなものか、以下に引用しよう。

それはまず顎を引き、首を傾け、上目遣いで相手をじっと見つめることからはじまる。語る時も同様、首を傾げたまま、斜め下から目力強めに、でも口元には笑みを忘れず、かといってそれは媚ではなく寛容と不敵さを絶妙に混ぜること。そして発言する時も、自分の意見をまず述べない。まずは「◯◯さんが仰ることはごもっともなんです」 と肯定した上で、「◯◯さんが仰るのは、こういうことですよね」 と頼まれてもいないのに解説をし、それから 「ただ私が申し上げたいのは2点です」 と論点の数を言ってから意見を言う。

よくそこに気付いたね。これは私も、ほかでもない小池都知事の話し方として気付いていたこととかなり共通する。三浦瑠麗さんという人の話し方を聞いたことがないので、何とも言えないが、ニュアンスとしては多分、小池さんの方がちょっとソフト・バージョンなんじゃあるまいか。

いずれにしても 「ちょっとデキる女性」 がこんなふうなやり方、つまり 「上目遣いで斜め下から目力強め」 で、相手の言い分を一応は理解したふりの話し方をすると、日本のオジサンたちには効果抜群のようなのだ。ただ、せっかく前々からこのことに気付いていたのに、私は男なので、このやり方をそのまま踏襲しても意味がない。甚だ残念である。

というわけで、私は小池都知事という人に関して 「団塊の世代以前の価値感とスタイルを壊してくれること」 を期待しつつも (参照)、「この人、やることにそつがないよね。そつがなさ過ぎて可愛くないところもあるけど」 と (参照)、ちょっと警戒もしている。

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2017/08/14

太田市美術館・図書館 の "BITO" 騒動

ネットで調べ物をしていたら、どういう関連かだかしらないが古いニュースへのリンクが表示され、ちょっとした気紛れでクリックして読んでしまった。群馬県にある 「太田市美術館・図書館」 という施設関連のドタバタである。

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この施設は当初は 「おおた BITO 太田市美術館・図書館」 という名称とされていて、そのロゴをデザインしたのが、あの 2020 東京オリンピックの公式エンブレム問題ですったもんだした佐野研二氏だった。このデザインが、ジョッシュ・ディバインというデザイナーがアメリカの Dot Textile design firm のためにデザインしたものとそっくりというので、物議を醸していたのである。

ただ、上の画像で示したとおり、フツーに見ればこの程度で 「盗作」 なんていわれたら、世の多くのデザイナーがメシを食えないことになってしまう。しかし東京オリンピック関連の余波が大きかった時とあって市民の反発が大きく、アンケートの結果、改めてデザインを公募すると報じられたのが、一昨年の 10月のことだった (参照)。

このニュースは当時ちらっと見て知っていたが、私はデザインの類似性は全然気にならず、むしろ 「BITO って何だ?」 ということの方が気にかかっていた。佐野氏のデザインに表示されている正式英文名称であるらしい "Art Musium + Library, Ota" の、どこをどういじれば ”BITO" になるんだ?

そのわけがわかったのは、昨年 1月 6日付の "太田市、「おおた BITO」 の愛称使用中止 他者が商標申請中" という記事のおかげである。私はこのニュースを今日になるまで見落としていたので、当初の疑問が解けるまでに 1年 10ヶ月かかったわけだ。

記事によると、"BITO" という愛称の使用を諦めたゴタゴタの事情は以下のようなことらしい。

清水聖義市長は、「昨年夏ごろから登録申請をしている人がいる。愛称を使うと、あれは自分のものだと言う。残念だが使わないことにする」 と述べた。愛称の BITO は、美術館 の「び (BI)」 と図書館の 「と (TO)」 の頭文字をローマ字で表現し、昨年 6月に決定していた。

これを読んで、「BITO って、それかよ!」 と脱力してしまった。「ビトに行ぐべ」 程度の略称ならいいが、金をかけてロゴまで作ろうと気張っていた正式愛称の由来としては、ベタすぎるんじゃあるまいか。残念がってる市長さんには悪いけど、使用中止になって結果オーライだったねと、お喜び申しあげたいほどのものだ。

「太田市美術館・図書館」 のサイトをみると、英文名称は当初の "Art Museum + Library, Ota" ではなく、ごくさりげなく "Art Museum & Library, Ota" になっていて、とくに愛称はつけられていない。新たな愛称を考える前に力尽きてしまったのだろうか。

ちなみに建物は平田晃久氏デザインの素敵なもののようで (参照)、太田市に行く機会があったら是非立ち寄りたいと思うほどだ。駅からも近いようだし。

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2017/08/04

糖度の高い果物ばかり増えて

昨日、若者の果物離れについて書いたが、最近最も消費量の減っているのが 「みかん」 なんだそうだ。なるほど、昔はこたつを囲んでいつ果てるともなくみかんを食いまくるというのが冬の定番だったが、近頃はこたつのない家も多いしね。ちなみに我が家もこたつはない。

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というわけで、みかんの消費低迷の要因は、「こたつが減ったこと」 なんて言われているが、私は個人的に、「みかんの糖度が上がりすぎたため」 と思っている。最近のみかんは甘すぎて、そうたくさんは食べられないのだ。私の場合、昔は一度に 10個は平気で食っていたが、今のみかんは 3〜4個食べると、口の中が甘ったるくなってしまう。

要するに甘さがしつこいので、そんなには食えないのだ。みかん農家は、甘すぎてたくさん食べられないみかんを作って、「消費量が減った」 と嘆いていることになるのではなかろうか。できそこないで甘くないみかんはあっても、それらはみかん特有の酸味もないので、単に 「味気ないミカン」 になってしまう。

これはかなり前の話だが、昔ながらの酸っぱいみかんの好きな人が八百屋の店先でみかんを買おうとして、「おじさん、このみかん、酸っぱい?」 と聞くと、店主は威勢良く 「奥さん、ウチのみかんは酸っぱかないよ。みんな甘いよ!」 と答えた。それを聞いて、「あ、そう、じゃ、いらない」 と言って帰りかけると、店主は 「あ、ちょっとちょっと、奥さん、そりゃ、みかんなんだから少しは酸っぱいよ。でも、甘いんだよ!」 と、あせりまくっていたという。

「このみかん、酸っぱい?」 と聞かれて 「酸っぱいよ!」 と答える八百屋は、日本中にないだろう。かくほど左様に、今の日本では 「甘い果物」 ばかりが求められて、糖度を上げさえすれば高く売れるということになっている。その結果として、店頭は本来の味わいがどこかに行ってしまったような甘い果物ばかりになり、手頃な値段の 「みかんらしいみかん」、「りんごらしいりんご」 が姿を消してしまった。

私は今でも、あのいかにもりんごらしい酸味のきいたスタンダードな紅玉が食べたいと思うことがあるのだが、近所のスーパーをのぞいても 1個 200円もするような 「蜜がたっぷりの甘いりんご」 ばかりである。私は、ああいうのは贈答品と思っているから、自分で買ってまで食べる気はしない。

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