カテゴリー「世間話」の274件の記事

2017/03/26

通販は認知症の敵になる

日経ビジネスに "その名は 「通販」。認知症介護の予想外の敵" という記事がある。宇宙作家クラブ会員の松浦晋也さんという方の書かれたものだ。

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記事は認知症の母との悪戦苦闘の記録である。そして今回は通販との戦いに焦点を当てたものだ。なにしろ女性は買い物が好きだから、認知症になってもテレビショッピングをしまくる。しかも必要でもないものを 「定期購入契約」 とやらで買うので、白髪染めやら洗剤やら何やらが、毎月届くのだそうだ。

買ったところで使わないのだから、未使用の同じ商品が家の中に山と積まれることになる。そして当人は買ったことさえ忘れているので、「どうしてそんなものを買ったんだ」 と問い詰めても、「そんな覚えはない」 と言い張る。認知症の老人を論理的に問い詰めても埒があかないことはわかっていも、神経の消耗は大変なものだろう。

私の母も体が動かなくなって寝込んでしまう前は、徐々に進行する認知症のせいで、かなりとんちんかんなことが多くあった。実家は母が寝込んでしまってから近所の新築の家に引っ越したので、1週間近くかけてその荷造りを手伝ったことがあったが、古い家の物置きには、母がいつの間にか買い込んだ手つかずの品物が売るほどたまっていたのを思い出す。

母はテレビショッピングなどにはそれほど馴染みがなかったので、ほとんどの商品は近くのスーパーで買い込んだタオルや洗剤、ティッシュペーパーなどの日用品だったが、中には通販で買い込んだらしきものもいくつか混じっていた。あの頃はまだ通販がそれほど一般的ではなかったからまだいいが、今の世の中で認知症になった女性なら、確かにいろいろなものを、ものすごい勢いで買いまくるだろう。

若い女性で通販に慣れ親しんでいる女性が、何十年か経って認知症になってしまったら、どんなに不必要なものを買いまくるか、考えるだに恐ろしくなる。認知症とはいえ、慣れ親しんだ行動はすいすいこなしてしまうのだ。

通販業界は認知症の老人によるとんちんかんな購入申し込みへの対策を考えないと、トラブル処理にずいぶん無駄なコストをかけることになるだろう。かくいう私も、Amazon で要りもしないものを買いまくらないように、くれぐれも注意しようと思う。

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2017/03/06

「鼻茸」 というものがあるらしい

今は薬の世話になっているので、なんとか楽になっているが、先月初め頃は花粉症の症状があまりにもひどいので、うんざりしていた。いや、うんざりしていられるだけならまだいいのだが、鼻水とクシャミで 「ひいひい言っていた」 という方が正確なところだろう。

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で、ある時、ラジオでその方面の専門医師が花粉症対策について語っているのを、興味津々で聞いた。興味津々で聞いたはいいが、要するに、あまりひどかったら早めに医者にかかって薬を処方してもらえということだった。で、それを素直に聞いて、医者に行ったのである。

要するにあれは医者の宣伝みたいなものだね。ただ、この放送でちょっと印象に残ったのが、「花粉症もあまりにひどいと、『ハナタケ』 になってしまうことがある」 というくだりだった。

「ハナタケ? そりゃ一体何じゃ?」

試しに iPhone で 「はなたけ」 と入力してみると、即座に 「鼻茸」 と変換される。「鼻のキノコか? 冬虫夏草みたいなものなのか?」 思わず、鼻の穴からキノコが生えてきている図を想像してしまった。そんなことになったら、さぞ大変だろう。自分に限ってはそんな妙なことになりたくないものだ。

わけがわからない時は、とりあえずググってみるのが習慣みたいになっているので、Google 先生に聞いてみると、Wikipedia で簡単に調べがついた。「副鼻腔にできるポリープ状の病状で、鼻の内部における粘膜が膨れて茸 (キノコ) のような状態になったものを指す。鼻ポリープとも呼ばれる」 とある (参照)。

この鼻茸というのができてしまうと鼻づまりの状態になり、「ひどくなると鼻で息が全くできなくなったり、鼻の穴から鼻茸が顔を出すこともある」 とある。私が咄嗟に想像した 「鼻の穴からキノコが生えてきている図」 も、まんざら見当違いじゃないらしい。いやはや、私は花粉症とはいえ、鼻茸なんてものが生えていないだけ幸いである。

くわばら、くわばら。

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2017/02/24

LP ガス小売価格は、めちゃくちゃ不透明なのだ

NHK が、「LP ガスの料金値下げなどへ新たな行政指針」 というニュースを流していた。4月から始まる都市ガスの小売り自由化にともない、全国で 2400万世帯が利用する LP ガスについても事業者間の競争を促すための新たな行政指針を、経済産業省がまとめたという。(参照

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我が家は今では都市ガスになったが、なにしろ田園地帯を造成した住宅地のため、数年前まではガス管が通っておらず、LP ガスに頼っていた。引っ越してから 30年以上にわたって、同じ LP ガス業者と契約していたのだが、あの東日本大震災から半年ぐらい経ったある日、別の会社のセールスマンが訪ねてきて、かなり安い料金での提供を申し出た。それまでと比べると、明らかに 30%ぐらい安くなる。

なんでそんなに安くできるのかと訊ねると、「フツー、新規契約だとどこの業者でもこのくらい安い値段でのオファーができる」 というのである。それが本当だとすれば、私は質問の仕方を間違えたことになる。本来は 「じゃあ、ウチはどうしてそんなに高いガスを買わされてきたのか」 と訊ねるべきだったのである。

そのセールスマンは、「これまで、円安傾向などを理由として、何度か値上げを承諾させられたでしょう」 と言う。うむ、確かに年に 1度以上は 「円安で輸入価格が上がっているので、値上げさせていただきます」 というオファーがあり、それを疑いもせず了承してきた。つまり我が家で購入する LP ガスの値段は、毎年少しずつ上がってきていた。

彼はさらに続ける。「これまで、円安を理由に値上げの申し出があったでしょうが、それなら、円高の時には値下げしてもらえましたか?」

うむ、そう言われてみれば、円安に振れたらさっさと値上げを呑まされたが、円高になったからといって値下げしてもらったことは一度もない。結局値上げされる一方で 30年以上買い続けてきたのである。

というわけで、LP ガスというのは、同じ業者と長年契約し続けていると、知らぬ間に相場よりかなり高い価格で買ってしまうことになるのだという。その業者は 「ここまで内情をバラした以上、当社では状況によっては仕方なく値上げさせていただくこともありますが、逆の状況になったら、ちゃんと値下げします」 と言う。

そこで、その業者と契約することに決めたのだが、LP ガス業界というのはわけのわからない慣習があるらしく、実際に新たな契約を結んで、その業者からの LP ガス提供を受けるまでには、3ヶ月近くかかった。それまでの業者が、頼みもしないのに勝手にボンベ交換をしてしまうのである。詳しい事情は忘れたが、そうされると、別の業者がそれを撤去して新たなボンベに付け替えるわけにいかないのだそうだ。

すったもんだのやりとりの挙げ句、ようやく新たな契約に切り替えて、それまでより安い価格で LP ガスを購入することができるようになったのだが、その 2年後ぐらいに東京ガスの配管工事が完成して、LP ガスの契約の必要がなくなり、今に至る。

NHK ニュースによると、料金メニューを公表している LP ガス事業者は全国 2万社のうち 150社程度と、全体の 1%にも満たず、小売価格の不透明さが指摘されているのだという。うむ、確かにそのようだ。同じ業者から買っても、客ごとに別の値段を請求されているわけである。何しろ長期に渡る顧客ほどボラれているというのだから、ひどいものだ。

もし長年にわたって同じ業者から LP ガスの提供を受け続けている方がいたら、一度別の業者に乗り換えてみるといい。多分、ずっと安い価格で買えると思うから。インターネット上で LP ガスの適正価格がわかる 「プロパンガス価格適正化協会」 というサイトもあるので、トライすることを薦めたい。

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2017/02/14

「平等に貧しくなろう」 というのは

中日新聞に掲載された上野千鶴子氏のインタビュー記事が、ネット界隈でえらく話題になっている。というか、ほとんど炎上状態だ (参照)。

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それにしても 「平等に貧しくなろう」 という見出しは、インパクトは強いが、かなり言葉足らずだと思う。念のため確認しておくが、この記事は上野氏の 「寄稿」 ではなく、インタビューをした大森雅弥という記者がまとめた記事である。だからこのタイトルも、上野氏の書いた原稿のタイトルではなく、新聞社側が付けたものだ。

このことをしっかりと押さえた上で考えると、とりあえず大きな話題になることを主目的としたなら見出しなら大成功だが、インタビュー内容をきちんと伝えようというなら、ほかにも見出しの付けようはあった。

新聞記事をきちんと初めから終わりまで読む人は少数派で、多くは見出しだけで判断してしまうのだから、こんな見出しでは物議を醸すことは初めからわかっていただろう。わかっていてやった確信犯なら、これだけ話題になったのは大成功ということになる。

それにしても人間のメンタリティとはおもしろいものである。「経済成長がすべてではない」 と言えば、とりあえず 100%近い賛同を得ることができる。「金を儲けさえすればいいってもんじゃない」 という言い方をしても、同様の賛同が得られるだろう。

「経済成長路線のほかにも道はある」 という言い方でも、そんなに抵抗はなかろうし、「金のせいで道を誤る人は多い」 と言うのも、「うん、確かにそうだよね」 と反応してもらえる。多くの人が 「必ずしも経済的に豊かでなくても、幸せになる道はいくらでもある」 という言い方をしていて、それなりの共感を呼ぶ。

ところがそれを直接的に 「平等に貧しくなろう」 と言っちゃうと、「とんでもない、それはご免だ!」 ということになる。

「金がすべてじゃない」 というのはうなずけるし、「貧しくても幸せな人はいくらでもいる」 というのも、「そりゃ、そうかもしれないね」 と反応できる。しかし、「あんたも平等にその世界に入って、清貧の美徳を味わいましょう」 と言われると、「それはイヤだ!」 という。他人が 「清く貧しく美しく」 暮らす分にはいいが、自分だけは楽してリッチになりたいのである。

そんなわけで、「みんなで平等に貧しくなろう」 と言っても、どうせわかってもらえるはずがないから、まず自分が率先して 「金はそんなにないけど、結構気楽で幸せなんだよね」 というライフスタイル・モデルを築いて実行すればいいのである。

要するに金儲けにあくせくするより、「まあ、金はないけど楽しく暮らしてるわいな」 という生き方をする人が増えさえすればいいんでしょ。それがどうしても嫌なら、人口減少時代に移民が持ち込んでくる馴染みのない異文化に濃厚に接してもストレスを感じなくて済むように、タフな心になる準備をしておくことだ。

じいさんばあさんだけの世の中になるのは嫌だけど、自分が子どもを 3人以上育てるのもしんどい。その上、向こう三軒両隣に移民がゴロゴロ住んで、わけのわからない外国語が行き交うようになるのもまっぴらで、だけど、きちんと経済的に豊かな暮らしだけはしたいというのは、今や駄々っ子の言い草である。その点については、受け入れてもいいと思う。

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2017/02/04

Dress like a woman (女らしい服装をしろ) というお話

本当にそう言ったのかどうか、確たるソースさえアヤシいのだが、ドナルド・トランプが 「ホワイトハウスで働く女性には、女性らしい服装をしてもらいたい」 と発言したという、いかにもありそうな話が俄然一人歩きしちゃっていて、Twitter は "#dresslikeawoman" のハッシュタグで大賑わいになっている (参照)。

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Twitter をちょっとのぞいてみればわかるように、アップされている写真や画像は、たいていトランプの求めているような 「女性らしい服装」 なんかじゃなく、かなり勇ましいとかマニッシュとかのばかりだ。そしてどれもみな 「美しい」 ってのがいい。

私は昔から 「〇〇らしく振る舞う」 ってのが、どうにも居心地悪く感じてしまう性分で、何をやらせても 「らしくない人」 と思われてきたところがある。「〇〇らしくない」 存在ではあっても、「あいつらしい」 と思ってもらえさえすれば、受け入れられるものである。

まあ、「らしくない」 といえば、ドナルド・トランプ自身ほど 「大統領らしくない」 人もいない。私がいくら 「らしくない」 のが好きといっても、ああいうのはちょっとディレクションが違いすぎて笑ってしまうほかない。最も大統領らしくない振る舞いをする人が、女性には女性らしい服装を求めるというのも、なかなかのパラドックスである。他人にことさらに礼儀作法を求めるやつが、最も無礼なんてのは、よくある話だ。

鈴木清順の伝説の名画 『けんかえれじい』 に、おもしろいくだりがある。高橋英樹演じる主人公の南部麒六は、旧制中学を舞台に喧嘩に明け暮れる名物男。岡山の中学でも喧嘩事件を起こし、会津の喜多方中学に転校を余儀なくされるが、その中学の校長室に麗々しく飾られているのが 「良志久」 (らしく) という掛け軸だ。

校長は 「男は男らしく、学生は学生らしく」 と、本分を守ることを厳しく言い渡す。ところがここでも南部麒六は、会津中学の連中と華々しい集団果たし合いをして勝ってしまう。すると、あれだけ 「学生は学生らしく」 と言っていた校長が、戦果を聞いて大喜びではしゃぎまわってしまい、真面目一方の教頭がうろたえながら、会津弁で 「校長ぉう〜! らはぁすぃぐぅ!」 と叫ぶのがなかなかよかった。

それから "like a woman" と言ったらどうしても出てくるのが、Bob Dylan の ”Like A Woman" である。忘れられないのが、The Concert For Bangladesh 1971 での、Leon Russel, George Harrison との共演版だ。

歌詞の中で繰り返されるのは、このリフレイン。(一部引用だから、JASRAC はおとなしくしていてね)

She takes just like a woman.
She makes love just like a woman.
And then she aches just like a woman.
But she breaks just like a little girl.

なにしろノーベル賞作家の歌詞だから、結構象徴的で訳しにくいが、ざっといえば 「彼女は一人前の女らしく物事を進める/彼女は一人前の女らしくセックスする/彼女は一人前の女らしく痛みを感じる/だけど、小さな女の子みたいにボロボロになる」 というような感じだ。

大統領も、小さな男の子みたいにボロボロになるかもしれないしね。

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2017/02/03

恵方巻の大量廃棄が発生しているらしい

今日は節分、新聞チラシはもう恵方巻のオンパレードである。すごいなあと思う。我が家では食わんけどね。

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私がこのブログで恵方巻というものに触れたのは、もう 12年も前のことになる。この食い物が世間に知れ渡り始めた頃に、「恵方巻の社会学」 という記事で、「世の中では豆まきに取って代わって、節分の恒例になる可能性がある」 と書いている。

当時、「こんなのは一過性ですぐに廃れる」 などという見方もあったが、私は定着するとみていた。4年後の 「再び恵方巻を語る」 という記事でも書いているが、それは次のような理由による。

  1. 今どき、どこの家庭も少子高齢化で、豆まきを喜ぶ子どもが少なくなった。
  2. いい年をした大人が、日が暮れてから声を張り上げて 「鬼は外、福は内」 なんてやるのは、こっ恥ずかしい。
  3. 最近の感覚では床に落ちた豆を拾って食べるなんて、ばっちい気もする。
  4. しかしながら、節分に何もやらないというのも、日本人として何となく淋しい。
  5. 恵方巻なら、声を張り上げることもなく、無言なのだから隣近所に気兼ねがいらない。
  6. コンビニで買ってきたビニール・パックの太巻きを食うだけだから、清潔でお手軽だ。

とまあ、こんな理由で、私は恵方巻が世の中に根付くとみていたのだ。繰り返すが、我が家ではやらんけどね。

しかし近頃、この恵方巻が過熱しすぎて、コンビニやスーパーでの大量廃棄が発生しているらしい (参照)。コンビニのバイトまで結構な量の売り上げノルマを課せられた上に、売れなかった分は自腹で購入を迫られ、それでも残ったのがゴミとして大量に捨てられているらしい。

これは由々しき問題である。世界には食糧不足で餓死する子どもまでいるというのに、一方でそんなことをしているのは罰当たりもいいところだ。

こんなことになるなら、恵方巻なんていう風習はさっさと風化させて廃れるようにもって行く方がいい。我が家はもとよりこんなものは食わないからいいが、何となく惰性でやってるのなら、来年から止めちまうにこしたことはなかろう。

「恵方巻って、だっさーい!」 というイメージを広めてしまえばいい。元々、そんなに楽しいものでもないのだから、どうしても続けたいなら細々とやってもらいたい。流行り始めてから既に干支も一回り以上してしまったのだから、世の風潮が変わるのも当然ということだ。

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2017/02/01

有休を取る理由

「マイナビ ウーマン」 が 1月 30日付で 「お詫び」 を出している (参照)。"2017年1月25日および2017年1月27日に掲載した 「有給休暇」 「生理休暇」 についての記事に関して、法的趣旨を誤解させる表現がございました”として、2つの記事を削除している。

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しかし世の中というのは甘くないようで、削除された記事も Google キャッシュ や 魚拓で読むことができる。「有給休暇」 に関する記事は こちらの魚拓、「生理休暇」 に関する記事は、こちらの Google キャッシュに残されているが、ここでは有給休暇に関する記事について述べる。

この記事は有給休暇の "「社会人としてありえない」理由" をアンケート調査し、寄せられたものの中から 6つ選んで紹介している。「(1) 寝坊したから、(2) 二日酔いがヒドいから、(3) やる気が出ないから、(4) 彼氏と大ゲンカしたから、振られたから、(5) 体が痛いから、(6) 天気が悪いから」 というものだ。

ここにあげられた理由には、自分で 「こんな理由で有給休暇を取ってしまった」 という告白と、「こんなひどい理由で有休を取った同僚や後輩がいる」 というチクリの 2通りある。比率としては、きちんと数えたわけじゃ内が、半々ぐらいの印象だ。

例えば (1) の 「寝坊したから」 という理由にも、次のように 告白とチクリがある。

「寝坊したからそのまま休んだこと」 (33歳/情報・IT/秘書・アシスタント職)

「寝坊したから今日は有給にしてくださいと言って、大事な会議の日に休んだ同僚。会社をなめてると思ったから」 (29歳/人材派遣・人材紹介/事務系専門職)

しかしここで私がふと思ってしまったのは、「有休を取るのに理由を求めるのがフツーなのかなあ」 ということだ。そしてもっと言えば、理由を述べるのに 「寝坊したから」 なんて正直すぎることを言うナイーブなやつがいるんだなあと、驚いてしまったのである。

「彼氏と大ゲンカしたから、振られたから」 なんて正直なことを言うよりも、何かもっともらしい理由をでっち上げればよかったのにと思うのは、私だけじゃないだろう。そして大抵はそんなもんだろうに。

そもそも有休を取るのにその理由を明らかにする義務は、法律的にはない。会社側が 「済まんが、そういう理由だったら、有休は別の日に取ることにして、今日は出てきてくれんか」 と言う (これは法的には認められている) ために、理由開示を求めるのは違法ではないが、それに対して正直に答えるかどうかは、社員の側の自由ということになっている。少なくとも法律としては。

で、現実的には理由を述べないとちょっとカッコつかないみたいな場合には、社員の側でも 「急に親戚が死んじゃって」 とか、テキトーなことを言ってしまえばいいじゃないか。そんなわけで、親戚中を何人も殺してしまっている強者もいる。

この記事は 「有休を取ることは働く人の権利ですが、常識ある使い方をしたいですね」 とまとめられていて、これが問題となって 「お詫び」 と記事削除ということになったらしい。私だったら、「理由を述べるんなら、それなりにもっともらしいことを言っとく方がいいでしょうね」 という方向でまとめたいところである。

そんなわけで、"「彼氏と大ゲンカして、次の日に仮病で休む」 (25歳/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)" という告白調の回答には、「グッジョブ!」 なんて思ってしまったのだよね。

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2017/01/28

ヤマダ電機のマーケティング

ヤマダ電機からメールが来た。"【御確認下さい】 ヤマダ電機のレシート保証書がまとめてケイタイ会員証に更新されました 【ヤマダ】" というタイトルで、本文には "<2008年以降>ヤマダ電機でお買い物いただいた商品の『レシート保証書』がケイタイ会員証にまとめて 【保存・更新】 されました" とある。

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私はここ数年、ヤマダ電機で買い物をしたことがない。山形県酒田市の実家近くには、家電量販店はヤマダしかなかったので、帰郷の折に仕方なくちょこちょこ買ったことはあるが、近頃は同じ国道沿いにケーズ電気ができたので、すっかり遠ざかっている。

そしてこのメールが、なんとなくアヤシい雰囲気を漂わせているのである。初めはすっかり新手のスパム・メールかと思ってしまった。なにしろ 「ご確認下さい」 というタイトルで届くのはほとんどスパムと、あり余るほどの経験で知ってしまっているしね。

まず差出人を確認すると、当然ながら 「ヤマダ電機」 と名乗られているが、そのメルアドは "noreply@tpgaw.jp" となっている。"yamada" という文字がないのだから、フツーは 「こりゃ、手の込んだスパムかな」 と思ってしまう。念のため調べてみると、一応ヤマダ電機のドメインには違いないようなのだが (参照)、どうして自ら好んでこんなアヤシく見えてしまうやり方をしているのだろう。

さらに画像にもあるとおり、「お持ちの保証書を確認する ↓↓↓」 などのリンクがやたらと多い。アヤシいページに誘導するスパムメールと同じような手口に見えてしまい、リンク先の URL にも、"yamada" の文字は全然見当たらないのだから、クリックするのがためらわれる。

とにかく、差出人がアヤシく見えてしまうメールで、これまたアヤシく見えてしまう URL のページにさかんに誘導しようとしているのだから、警戒するなという方が無理というものだ。せっかく 「レシートと保証書がネットに保存されて、いつでもアクセスできる」 という便利なサービスを始めても、第一歩で 「アヤシすぎ!」 と思われてしまっては、元も子もない。

私は 1年半前に 「ヤマダ電機とイオンの苦境の原因」 という記事の中で、ヤマダ電機について "いくら地方の店とはいえ、家電量販店で貧相なパソコン売り場のすぐ隣にスナック菓子や清涼飲料水の売り場があるのを見たら、誰だって 「この店、大丈夫か? 気は確かか? と思う" と書いている。

ヤマダ電機っていつも自然に 「アヤシく、ダサく、ドンくさく」 見られてしまう運用をしてしまっているような気がするのだよね。

【1月 31日 追記】

"tpgaw.jp" というドメイン・ネームの "tpgaw" というのは、どうやらケータイで 「やまだから」 と打つ場合、アルファベットだとこうなるということらしい。(参照

そんなことで、こんなアヤシげなドメインを取得するとはね。

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2017/01/26

マルチ商法というもの

朝一番でクルマの運転をしながらラジオ・ニュースを聞いていると、リゾネットとかいう会社がマルチ販売で 3ヶ月間の業務停止命令を受けたという。「へえ、マルチ商法ってのは、まだ健在なんだなあ」 と思い、帰宅してからちょっとググって見ると、今も昔も変わらず、「楽して儲けよう」 というやつがいるらしいのである。(参照

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業務停止命令が出た後もこの会社のサイト (上の写真は、今どきバブリーなまでのトップページの画像) はしっかり生きていて、今回の件については一言も触れられていない。なかなかいい度胸をしている。おもしろいのは 「リゾネット」 というキーワードでググると、 「リゾネットの勧誘を受けた」 という体験談がブログなどで結構公開されていることで、「なるほど、こんな風にして会員を募るのか」 と、興味深く読んだ。

マルチ商法というのは、大抵自分が勧誘されて会員になる時には、入会金とかなんとかの名目で、ある程度のまとまった金を払わされる。そして自分が勧誘を始めて 「子会員」 とか 「孫会員」 とかを作ると、自分の口座に結構な金が振り込まれ、その規模が膨らめば膨らむほど、自分は楽して金が儲かるという仕組みになっている。

実は私も半世紀近く前、田舎から上京して何もわからないまま都会生活を始めた頃に、どこかの喫茶店で会った調子のいいニイチャンに、マルチ商法に勧誘されたことがある。

詳しい内容はすっかり忘れてしまったが、手っ取り早く言えば、コンサートだかライブだかの運営をしている会社で、会員になれば毎月破格の値段でそのコンサートだかライブだかに入場でき、さらに自分が会員を増やして行けば、どんどん金が振り込まれるという、まさにマルチ商法の王道を行くような話だった。なんでも、5〜6人以上の子会員を持てば、左うちわで暮らせるという。

当時 「マルチ商法に注意」 なんていう情報はまだなかったし、そんな言葉すら知らなかったので、一応話を聞くだけは聞いてみた。しかし 「楽して儲かるという話ほどアブないものはない」 という常識に照らしてもアヤシすぎる話だし、たとえこの話が本当だったとしても、自分の友達に、よりによってそんな話に乗るようなバカが 5〜6人以上いるはずがないのである。それで、丁重にお断りしたわけだ。

この種の話を聞く度に思うのだが、真っ当な友だち付き合いをしている人間なら、こんな話を友人にもっていって、「俺の 『子会員』 になってくれないか」 なんてことは言えるものではない。「お前、気は確かか?」 と呆れられ、以後縁を切られるのが関の山というものだ。

ということは、こうした話に乗ってしまうのは、いつ縁を切られても構わないようなバカな友達が大勢いる連中なのだろう。まあ、別の言葉で言えば 「軽薄なやつ」 ということである。「類は友を呼ぶ」 というぐらいのものだから、軽薄なやつの回りには軽薄なやつが集まって、そしてその軽薄な付き合いの中で、マルチ商法というのは生き長らえているに違いない。

軽薄なやつに 「心を入れ替えて真面目に生きろ!」 と意見してもしょうがないから、自分たちの世界の中だけでマルチ商法をやって、そのうち潰れてしまう分には、こちらは全然構わない。しかしまともな人間にまで勧誘の手を伸ばして余計なストレスを強制するのは、甚だ迷惑だから止めて貰いたいものなのである。

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2017/01/04

禁煙がイヤなら、勝手に煙もうもうのままでいればいい

タバコのない五輪が微妙な状況に。完全禁煙はもちろん分煙についても異論が続出」 と、「ニュースの教科書」 が伝えている。「厚生労働省が導入を検討している本格的な受動喫煙対策について、自民党内で反対意見が相次いでいる」  のだそうだ。下のような広告で育ったじいさんたちが抵抗しているんだろうけど。

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東京オリンピックを前に、公共の場での原則禁煙を盛り込んだ 「たたき台」 が自民党内で検討されていたが、「小規模な飲食店から反発が大きく、対策が導入されるのかは微妙な情勢」 という状況のようなのだ。分煙にすら反発しているというのでは、一体どこの国の話だと言いたくなる。

私としては 「だったら、どうしても全面禁煙や分煙に抵抗のある小規模飲食店は、煙草を野放しにしておけばいい」 という考えである。個人の選択として、分煙すら行われない 「喫煙可」 の店には入らなければいいというだけの話だ。結果として煙草の吸える店は喫煙者ばかりになり、店内はもうもうの煙が立ち籠め、喫煙者すら敬遠するようになるだろう。

飲食店側が自己責任でそれを選択するというなら、勝手に自分の店の雰囲気を悪くして、売り上げを悪化させればいいだけの話だ。その挙げ句に潰れるなら潰れればいいし、雰囲気が悪いままで営業し続けるというなら、その道を選べばいい。まともな客は次第に離れてしまう。

私が昨年暮れにたった 1度だけ参加した忘年会は、中年過ぎの男ばかり 12人が参加したが、喫煙者は 1人もいなかった。もしかしたら 1人か 2人は煙草を我慢していたのかもしれないが、苦しそうな顔をみせる者は 1人もいなかった。

参加者の多くが喫煙者という飲み会には参加を見合わせたいところだが、実際のところ、最近はそんなのはほとんどない。同窓会などでも、喫煙者は片隅に追いやられ、それでも煙草に火を付けたりしたら、会場の外に追い出される。

「喫煙者の権利を蹂躙している」 という声もあるが、所構わず煙草を吸う者の方が、非喫煙者のまともな空気を吸う権利を蹂躙していることに気付くべきである。さらに 「俺は煙草を吸って余計に税金を払っているんだ」 などと言い張る輩は、煙草が原因の病気に、煙草税以上の税金が投入されている事実を知るべきである (参照)。

その上で、度々述べることを繰り返させてもらうが、私は健康上の理由で医者に喫煙を止められたために禁煙したという人間を、内心軽蔑する者である。それまで他人の健康被害についてはずっと無頓着だったくせに、自分の命が危ないと知ったとたんに禁煙するというのは、甚だ 「身勝手」 な話である。

本来なら、「医者に止められて禁煙しました」 なんて、恥ずかしくて言えないはずのことではなかろうか。それを堂々と公言するのは、「私は他人は死んでもいいけど、自分だけは死にたくないという、とても自己中心的な人間です」 と言っているのと同じである。

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