2009/01/22

イエスの涙

草におく露はラザロの墓前にてイエス流しし涙なりしか


Wakalog_090122 久しぶりの雨である。この前に降ったのが九日だったから、十三日ぶりということになる。いや、この間に夜に降ったことがあったかもしれないが、いつだったか覚えていない。いずれにしても、実感として久しぶりの雨だ。

空気がカラカラに乾いていたから、この雨はありがたい。雪でないのもありがたい。首都圏は、ちょっとした雪で大混乱になってしまうから。それに、風邪引きの人も少しは楽になるだろう。

時々雨が降るようになったということは、大寒とはいえ、春も遠くないということだ。用心のため、先月の帰郷からずっとスタッドレス・タイヤを付けたままだが、これが無駄に終わってくれる方がいい。

出がけに、道端の草に雨の粒が丸く乗っていた。真冬でも改めて見れば、こんなに青々とした草があるものである。

私はいつの頃からか、このような露を見るたび、この露がその昔、イエス・キリストが死せるラザロのために流した涙であったことがあるかもしれないと、思うようになった。

Raindrops on the weed
Were possibly fallen for us
As tears of Jesus Christ, indeed
Who wept for dead Lazarus

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2009/01/17

筑波山神社に参拝

 久方の天地 (あめつち) の際 (きは) 国生める神の御名にて立てる筑波嶺


Wakalog_090117 今日は昼前から夕方まで珍しく時間がぽっかりと空いたので、ふと思い立って筑波山神社にお参りにでかけた。

筑波山神社は標高八百七十七メートルの筑波山の南面中腹にあるのだが、これは拝殿であり、本殿は筑波山の二つの山頂にある。

拝殿から見て左側の男体山頂に伊弉諾尊 (イザナギノミコト) 、右側の女体山頂に伊弉冉尊 (イザナミノミコト) をそれぞれ祀る本殿が建てられているのだが、元々は、山全体が神社といっていいようなものである。

今回は時間もないので、拝殿でお参りしただけで、二時過ぎには降りてきたが、空気が乾燥して風の強いので、午後になっても山全体がくっきりと見渡せた。これが春になると、昼前からおぼろにしか見えなくなることが多い。

写真を拡大してみると、中腹右側あたりの観光施設 (白い建物) が並ぶ左側に、赤っぽいものがちらりと見える。これが筑波山神社の鳥居である。かなり大きいので、遠くからでも一目でわかる。

そうそう、がまの油売りの口上という大道芸を、今日初めて生で見た。なかなかのものだった。

Tsukuba Moutain stands by the names
Of two Gods generated this country
Between heaven and earth it frames
The beginning of our mthology

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2009/01/04

板橋不動に参詣す

この年の憤怒の相は何時になく重き心地す不動明王


Wakalog_090104 唐突だが、今日からブログのタイトルを 「○月○日の歌」 というスタイルではなく、内容を表わすものに変更することにした。というのは、何年も続けると、同じタイトルのエントリーが年数分だけできることになるので、それを避けようということである。

というわけで、今日はタイトルにあるように、板橋不動に参詣したお話である。板橋不動というのは正式な名を清安山願成寺不動院といい、この辺りでは名高い真言宗の寺。

ここは初詣の名所で、昨年は元日に約四キロメートルの道を歩いて詣でようとしたのだが、着いてみると長蛇の列に恐れをなして諦めたというのは、和歌日記に書いたとおりである (参照)。いずれにしても、初詣は近所の産土の神の小さな神社で済ませているし。

そこで今年は三が日を過ぎて人混みの一段落するのを待ち、今日になってから徒歩で向かったわけだ。今年はたまたま次女が家にいて、「一緒に行く」 というので、二人で歩いていった。

クリスマス以来続くという晴天の下、車の多い県道を避け (初詣に車で行く人が絶えないので、いつもよりずっと車の通りが多い)、田んぼの中のあぜ道を行く。なかなかいい気持ちである。

寺で参拝を終えると、娘はおみくじを二つも引き、屋台の出店で杏飴を買って嬉々として食べている。帰り道になると疲れたと言って、私の腕にぶら下がる。二十四歳になった娘とも思われないが、まあ、父親を毛嫌いするよりはずっとましか。

というわけで、平成二十一年は世間の荒波をよそに、穏やかな調子で四日を過ぎたのであった。

それにしても、板橋の不動尊を詠んだ歌では、平成十七年の歌がなかなか越えられないなあ。こんな歌である。

両刃なる剣持てばこそ不動にて明王は切らざれ我をも彼をも

ああ、歌というのは難しいものだ。

Acalanatha's physiognomy of indignation
It looks much heavier than usual
But I know it is never an accusation
On the first visit of the year to the Temple

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2009/01/01

平成二十一年元日の歌

牛を忘れ我が身も忘るその境も道八分てふ道にぞ遊ぶ


Wakalog_090101 恭賀新年。

昨年の正月は喪中だったので、祝いの言葉は言えなかったが、今年は冒頭から 「恭賀新年」 である。

丑年である。Wikipedia には次のように書いてある。

『漢書』律暦志によると 「丑」 は 「紐」 (ちゅう:「ひも」 「からむ」 の意味) で、芽が種子の中に生じてまだ伸びることができない状態を表しているとされる。後に、覚え易くするために動物の牛が割り当てられた。

歌舞伎の 「河内山」 には 「暗闇の丑松」 という人物が登場するが、 なるほど、「丑」 というのは、まだ暗闇の状態のようなのだ。ふぅむ。

で、転じて 「牛」 である。牛肉にあまり魅力を感じない私は、牛といえば、「十牛図」 というのを思い出す。これについては以前、"Today's Crack" で書いているので、こちら をご覧いただきたい。

禅の悟りを牛に喩えているのだが、これによると、「本当に深く悟った」 という状態も、十段階のうちの六番目に過ぎないのだ。そして、「悟りも、悟った自分すらも忘れてしまう」 という、究極にすら思える境涯も、まだ八番目なのである。

ああ、私ごときはこのうちの何番目にいるのだろうかと思ってしまうのだ。それでも、その中で遊ぼうと思うわけなのである。

今年の年賀状は、こちら をどうぞ。

Even both ox or satori and self were forgotten
Its only the eigth of the ten stages lastin'
I play on those stages being enlighten
Though cannot realize where I am ranked in

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2008/12/24

師走二十四日の歌

吉祥の白梅もまたクリスマスイブを寿ぐ狂い咲きして


Wakalog_081224 今日は本郷あたりに用事があり、さんざん歩き回った。途中、吉祥寺に立ち寄ると、なんと、梅の花がクリスマスイブの日に狂い咲きしていた。一昨日までの暖かさのせいだろうか。

珍しい写真が撮れると喜んだが、なんと、デジカメのバッテリーを入れ忘れてしまっていて、仕方がないのでケータイのカメラで写した。やはり使い慣れないのでまともに撮れていない。残念なことである。

吉祥寺は、明暦の振袖火事の八百屋お七が見初めた寺小姓の吉三がいたといわれる寺である。武蔵野市の吉祥寺は、ここの門前の農民が新田を開拓したのでその名がついたのだそうだ。

ちなみに、吉祥寺の読み方は 「きっしょうじ」。

Along the approach to the Kisshoji worship shrine
White blossams of ume were so allusive
Though out of season, a fortunate sign
That blesses our Christmas Eve

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2008/11/30

霜月三十日の歌

筑波嶺の動かぬ姿望みゐる変はらぬ我と変はり来し我


Wakalog_081130 今日は久しぶりに、どこにも出かけなくていい日である。そうかといって、仕事がオフなのかといえば、そういうわけでもなく、家に籠って仕事をしなければならないという日である。

朝からいい天気で、遠くの山がきれいに見える。少し冠雪した日光の山並みまで望まれる。そして、筑波山は稜線に立つアンテナまで識別できる。(写真をクリックして拡大表示にするとはっきりわかる)

我が家の階段の踊り場から、再び筑波山が望めるようになった。最近まで筑波山の景色を遮っていたケヤキが、切り倒されてしまったようなのである。この間の事情は、一昨年の一月十九日の和歌日記 (この時の写真には、切り倒される前のケヤキが映っている) に書いていて、繰り返しになるが念のため、もう一度記す。

二十六年前にここに引っ越してきた頃は、階段の踊り場から筑波山がきれいに見えた。それがいつの間にか見えなくなって、しばらくは 「おかしいなあ」 ぐらいにしか思っていなかったのだが、そのわけがわかったのは、三年前の初春である。その時の視界は、こんな感じ だった。

我が家と筑波山の直線上にあったケヤキが、いつの間にか大きくなって、筑波山の姿を隠してしまっていたのだ。ところがそのケヤキが二十年ほどの間にさらに成長し、枝の生茂っていた部分がさらに高くなったため、秋から春にかけての葉を落としている季節になると、筑波山の姿が見えるようになったのだ。

そしてさらに、そのケヤキがあまり大きく育ちすぎて手に負えなくなったためか、切り倒されてしまったようなのである。これで、これからは春から秋にかけても筑波山の姿が望めるようになった。

ところが、写真の左側のケヤキが以前より大きくなったので、筑波山の男体山 (二つある頂のうちの、向かって左側) が隠されてしまい、残念なことに頂が二つならぶ姿としては望めない。この左側のケヤキがさらに大きくなってくれればいいのだが、その頃にはまた新たな木が大きくなって、視界を遮るだろう。

高校を出るまでの間に、私の実家は酒田市内で二度引っ越しをしている。さらに大学に入ってから独り身の状態で三度引っ越し、妻と暮らし始めてからまた三度引っ越した。その三度目の引っ越しで、ここに来たのである。

同じところに十年以上続けて住んだことがない私としては、二十数年定住したというだけで、驚異的なことだ。そして、我が家から見える筑波山の姿の変容を語るだけで、その時の流れが偲ばれるのである。

それにしても、私の故郷から見える鳥海山の姿 (参照) と筑波山は、相似形のように見える。私はよくよく頂の二つある山に縁があるようだ。二つの峰は、変わらない私と、変わる私を象徴しているようにも思える。

ちなみに、筑波山の二つの頂の、男体山はイザナギの神で、女峰山はイザナミの神である。陰陽を象徴するといわれ、また神の名前の 「イザ」 に続く 「ナギ」 は 「凪ぎ」 (鎮まり、不動の状態) を、「ナミ」 は 「波」 (変化する状態) を表わすとも言われる。

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2008/08/24

葉月二十四日の歌

牛久なる弥陀の脚下に近付けど眼差しはなほ遥かなりけり


今日は車で阿見町方面の出かけた帰り、ふとみると、遠くに大仏様の頭が見えたので、曲がりくねった道を辿ると、ようやく全貌が見える入り口に着いた。

残念ながら、拝観時間は 五時半までで、入り口はその三十分前に閉じられるため、ギリギリで入場できなかった。駐車場にはまだたくさんの車があり、残り三十分足らずの見物で賑わっているようだった。

これは牛久大仏という仏像で、何でも、世界一大きな仏像なんだそうだ。どのくらい大きいかは、下の方にチマチマと見える車と比較してみれば想像がつく。茨城県で最も高い建造物でもあるそうで、それがビルではなく仏像というのがおもしろい。茨城県って、よくわからないところである。

茨城県に住みながら、そして浄土真宗門徒でありながら (この大仏は阿弥陀如来)、今日という今日まで、実際に拝んだことがなかった。近くでみると、背中の方に小さな窓が見えたので、どうやら中に入れるらしい。機会があったら入ってみたい。

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2008/06/22

水無月二十二日の歌

救はずにおかぬと言ひし本願を人忘るとも弥陀は忘れじ


朝早くつくばの地を発って、二百二十キロのドライブの後に信州長野に来ている。

梅雨前線が活発化していて、途中はかなり強い雨も降ったが、要所要所ではちゃんと雨が止む。私の晴れ男ぶりは、かなりしぶとい。

上の写真は、小諸懐古園の資料館の屋上から、浅間山を望んだところ。雲に覆われているのが残念だ。

小諸から長野に来る途中も、かなり強い雨になったが、善光寺に着いたときには上がっていて、ゆったりと参拝できた。

善光寺は特定宗派には属していないので、浄土宗系というわけではないが、本尊が阿弥陀如来ということのためなのか、多くの浄土宗系のお寺と同様、拝観料なしで入れる。ただ、「お戒壇巡り」 にはお金を払わなければならない。

私はお戒壇巡りで真っ暗な内陣を手探りで進み、極楽の錠前に確かに触れたので、往生の際には阿弥陀様にお迎えに来てもらう約束をしたことになるようなのである。

こちらがその約束を忘れさえしなければいいのかも知れない。明日は、戸隠神社と諏訪大社に行こうと思っている。

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2008/03/27

弥生二十七日の歌

雑草といふ名の草のなきことを人の内なる神は言はしむ


これまでさんざん使い倒してきたデジカメの調子が悪くなって、時々レンズが出てこなくなってしまったので、昨日新しい機種に買い換えた。

いつの間にか、ネジがところどころ抜け落ちていて、ボディが微妙にゆがみ、ところどころに隙間までできてしまっているので、とっくに寿命なのだろう。

新しい機種といっても、この三月に出たものの前、一個型落ちというやつだが、八百二十万画素で七・一倍光学ズーム、さらに広角も効くというスペックなので、お買い得と判断して買った。

画素のスペックだけでもこれまでの機種の二・五倍以上以上なので、腕前は変わらないが、これまでよりは少しだけいい写真が撮れると思う。というわけで、今日から写真のサイズをほんのちょっとだけ大きくすることにした。

もう少し大きくしてもいいところだが、そうすると 和歌ログのホームサイト トップページのデザインがごちゃごちゃになってしまうので、デザインを大幅変更しない限り、これが限度である。

せっかくの新しいカメラだが、撮ったのは道ばたの雑草である。だが、「雑草という名の草はない」 というのは、昭和天皇の名言である。人間宣言というものをされた天皇だが、この言葉を言わしめたのは、その内に宿る神だと思うのである。

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2008/03/15

弥生十五日の歌

雪残る比叡の山に詣づれば仏耶諸聖も我を悦ぶ


今日はすべてスムーズに進んだ。やはり、昨日までのゴタゴタは、比叡山に詣でるにあたっての厄落としだったのだということにする。

朝一番に、米原から琵琶湖の対岸、坂本に移動。そこからケーブルカーで比叡山に登る。乗り継ぎは極めてスムーズ。

ノート PC が壊れたので、帰りに秋葉原に寄って新品を買わなければならない事情があり、比叡山には昼までしかいられず、大急ぎの参拝だったが、それでも、東塔と西塔は廻ることができた。横川まで行けなかったのが残念だが、また来るときの楽しみにしておこう。

写真は、西塔の釈迦堂への長い石段を降りつつ写したもの。途中の山道はまだ雪が残っていて、なかなかのものだった。

阿弥陀堂で、阿弥陀如来像と向き合って座り、しばらくゆったりとしていたかったが、五分ぐらいしかそうしていられなかったのが残念。また今度ゆっくり来たいところだが、次は高野山に行きたいので、いつになるかわからない。

帰りの乗り継ぎも、よく調べたわけでもないのに、理想的にスムーズに進み、夕方六時に秋葉原のヨドバシカメラに駆け込み、首尾良く新しいレッツ・ノートを買うことができた。

さあ、これから設定が大変だ。

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