2023年2月 6日

当ブログの LGBT に関する "coincidence"

2月 3日付の「同性婚を認めても、別に不利益を被るわけじゃない」という記事に、山姥さんが「子供らがどういう性自認、性的指向を持つのか(持っているのか)は分かりませんが、素敵な人と出会い共に歩んでいって欲しいものです」というコメントを残してくれた。これには共感する人が多いだろう。

230306

このコメントに私は、次のような返信をした。

子どもの幸せを祈るなら、性的指向がどうのこうのとは言えませんよね。
例の総理秘書官には、「自分の子が LGBT だったら、顔を見るのも嫌になるのか?」と聞いてみたいものです。

「例の総理秘書官」というのは、その翌日付の「総理秘書官は、 LGBT を「見るのも嫌」だそうで」という記事で批判した荒井勝喜という元秘書官(さっそく更迭されたので)のことである。

そしてこのレスを書いた直後に何気なく HUFFPOST を覗いてみたところ、「NZ 国会議員が同性婚反対したことを謝罪していた」という記事が見つかった。"同性婚に反対した議員「ゲイと告白した息子に約束した」。過ち認め謝罪するニュージーランドでの演説が話題に" というものである。

そもそも 3日付の記事自体が、先月 28日の一人で静かに気持ち悪がるだけなら、お前の勝手だが」という同性婚に関する記事への回答みたいなものだった。そして今回の山姥さんへのレスへの真っ正面からの回答が、またしてもニュージーランドの国会演説にあったのだから驚きだ。

こういうのって、英語で "coincidence" という。英和辞書的には「偶然の一致」とか「同時発生/同所共存」とかいう意味だが、もうちょっと深いニュアンスがあるだろう。「神の思し召し」とまではあからさまに言及されないが、それに近い感覚があると思う。

というわけで、"coincidence" も同じテーマで 2度も続いてしまうと、これはもう、コメントへのレスだけで済ませず、ちゃんした記事にして書かないわけにいかないという気がしてしまったわけだ。なにしろ「思し召し」っぽいからね。

荒井元秘書官の息子は、ワセダの卒業式の夜に酔っ払って不祥事を起こしてしまったらしいが、性的指向については不明である。その息子がもしゲイだったりしたら、荒井元秘書官は「顔を見るのも嫌だ」なんて言えるだろうか? 「親子の縁もこれっきりだ!」なんて言っちゃうのだろうか?

これは荒井元秘書官に限らない。あちこちで散々「アンチ LGBT」的発言をしている人たちは、「ウチの子は絶対に LGBT じゃない」なんて確信を持って言えるのだろうか? 仮に自分の息子や娘、あるいは孫が LGBT ということがわかったとしたら、彼らはどう反応するつもりだろうか。

こうした可能性について思いを巡らせてしまったら、これはもう、迂闊に感情的な発言なんてできるもんじゃないよね。この方面の多様性を素直に認めておけば全然問題じゃないのに。

というわけで、「LGBT」というのは現代の重要テーマになっているという認識に至ったので、このほど当ブログの重要なカテゴリーの一つとして登録させてもらった(参照)。そのあたり、どうぞ

Yoroshiku4

| | コメント (6)

2023年2月 5日

節分行事の鬼が怖くて、保育園に行きたがらない子

朝のラジオを聞いていたら、「子どもが節分行事の鬼が怖くて保育園に行きたがりません」という聴取者からの投稿があった。保育園や幼稚園によっては「セイフティー・ゾーン」なるものを設定し、「この中にいれば鬼に会わずに済む」なんて妙な配慮をしているところもあるのだという。

230205

私は子どもの頃から節分の鬼が怖いなんて一度も思ったことがないので驚いてしまい、「保育園 節分 鬼が怖い」のキーワードでググってみたところ、何と 17万件以上のページがヒットしてしまった。ますます驚きである。

ここで自分が鬼を怖いと思ったことがないのはなぜかと考えてみたところ、「鬼に馴染みがあったから」としか思えない。子どもの頃から鬼の登場する民話や童話をどっさり聞いて育ったので、ある意味「耐性」ができていたのではなかろうか。

民話の「桃太郎」なんかでは、鬼ヶ島の鬼どもは桃太郎 1人とその家来の犬、猿、雉子に簡単に退治されてしまうし、「こぶ取りじいさん」では、鬼にこぶを取ってもらったりする。さらに新作童話の「泣いた赤鬼」では、心優しい 2人の鬼の友情に感動せざるを得ない。

そんなこんなで、「鬼って、決して怖い存在じゃない」という印象が自然にできあがっていたように思うのである。節分行事の鬼がどんなに乱暴そうな様子で出てきても、それって一応鬼らしく振る舞うためのの「ポーズ」に違いない。それに、お面を取ればいつもの先生に決まってるのだから。

鬼が初めからにこやかだったりしたら、そこから先のストーリーが展開できないということは、子供心にも理解できる。それならそれで、こちらも「お付き合い」である。初めのうちはさも怖がっているようなフリをしてあげようじゃないかと、殊勝なことさえ思っていた。

ちなみにこの時ヒットした中から「保育園の節分行事 鬼が怖いという子どもへの対応はどうすべき?」というページに目を通してみると、こんなことが書かれていた。

節分行事の前に、鬼がテーマの絵本の読み聞かせをしてみましょう。
絵本に描かれている可愛らしい鬼であれば、子どもの恐怖心も和らぐかもしれません。
絵本の内容は、鬼が怖いお話よりも、「鬼の中にも優しい鬼がいるんだよ」ということが伝えられるようなお話がおすすめです。

これには、「我が意を得たり!」と膝を打ってしまったね。

最近の子供たちって、民話や昔話に馴染みがなくなってしまってるんじゃなかろうか。そうだとしたら、ちょっとした「文化的損失」である。ましてや「セイフティ・ゾーン」で鬼を見ることなく過ごすなんて、「心の損」でもある。

 

| | コメント (5)

2023年2月 4日

総理秘書官は、 LGBT を「見るのも嫌」だそうで

荒井勝喜という総理大臣秘書官が、LGBT について「見るのも嫌だ。隣に住んでいたらやっぱり嫌だ」と発言したと、NHK が伝えている(参照)。さすがに撤回謝罪したというが、「よく言うよ」ってなものだ。

230204

私は昨日付の「同性婚を認めても、別に不利益を被るわけじゃない 」という記事の末尾で次のように書いた。

これに反対する人って、隣に円満なゲイカップルが暮らしているという状況には我慢できないのだろうか。仲が悪くていつも怒鳴り合いの夫婦喧嘩をしているカップルがいても、きっと我慢するのだろうに。

これを書いた時点では、まさかその日のうちに総理大臣秘書官から、それに対する正面切ってのヤバすぎる回答が出てくるとは思ってもいなかったので、驚いてしまった。これには先月 28日付の「一人で静かに気持ち悪がるだけなら、お前の勝手だが」という記事を突きつけるほかない。

この 28日付の記事では、「同性婚が気持ち悪いと言って何が悪い」と発言した渡辺昇という愛知県会議員について、「ちょっと気持ち悪い顔つきの野郎だな」と書いた。売り言葉に買い言葉というやつである。

ここまで来たら今回の主役となった荒井秘書官に対しても、「そんなことを言うやつの顔は見るのも嫌だ」と言わせていただく。ついでに言えば、電車で隣の席に座られるのも嫌だ。この男の顔の気持ち悪さに関しては、前述の渡辺昇議員以上のものがあるからね。(下の写真は文春オンラインより)

2302042

この男、私と同じくワセダ出身だというから嫌になる。さらにこいつの息子もワセダで、卒業式の夜に酔っ払って不祥事を起こしているというじゃないか(参照)。

彼は文春の取材に応えて「息子は身体が大きくて人相も悪いもので・・・」と言っているが、人相の悪さは親父譲りなのだろう。

 

| | コメント (4)

2023年2月 3日

同性婚を認めても、別に不利益を被るわけじゃない

HUFFPOST に"「同性婚を認めても、関係ない人にはただ今まで通りの人生が続くだけ」。ニュージーランド元議員のスピーチに注目集まる" と言う記事がある。内容を読む以前に、見出しを見ただけで「そりゃ、まったくその通りだよね」と思うばかりだ。

230203

このニュース、HUFFPOST では 今年 2月 2日付として取り上げられているが、Morris Williamson 氏がこの演説を行ったのは、10年も遡る 2013年に、同性婚を認める法案の最終審議と採決の際に行ったものだという。彼が進んでいたのか、世間が今でも遅れているのか、どちらも言えそうな話である。

HUFFPOST の記事には同氏の演説の翻訳が全文紹介されているが、要点は次の発言に尽きるだろう。

今、私たちがやろうとしていることは「愛し合う二人の結婚を認めよう」。ただそれだけです。

明日も世界はいつものように回り続けます。だから、大騒ぎするのはやめましょう。この法案は関係がある人には素晴らしいものですが、関係ない人にはただ、今まで通りの人生が続くだけです。

このブログでも先月 28日付の「一人で静かに気持ち悪がるだけなら、お前の勝手だが」という同性婚に関する記事の告知 tweet がかなりリツイートされた。「同性婚が気持ち悪い」という人は、一人で静かに気持ち悪がっていればいいという話である。

たとえ「気持ち悪い」と思っても、それをことさら声高に吹聴したり反対したりする必要はない。なぜなら、同性婚が認められても別に気にしなければいいだけの話だからだ。別に「お前も同性婚に賛成しろ」と強制する法律じゃないんだしね。

これに反対する人って、隣に円満なゲイカップルが暮らしているという状況には我慢できないのだろうか。仲が悪くていつも怒鳴り合いの夫婦喧嘩をしているカップルがいても、きっと我慢するのだろうに。

 

| | コメント (6)

2023年2月 2日

寒さの中での運動って、汗もかかないのだよね

寒い! 明後日の 2月 4日は立春だが、それって「見えないところで春が始まりかける頃」ぐらいの意味と思っている方が無難で、実際は 1年で一番寒い時期になる。

230202

つくばの地では空は晴れても寒風が吹き付けて気温はなかなか上がらないが、一応エネルギー消費節減の意味も込めて、室内温度の設定は低めにしている。そのため朝晩は部屋の中でもフリースとダウンウェアの重ね着で寒さをしのぐ毎日だ。

福島県喜多方市で天然酵母パンと焼き菓子の店「食工房」をやっておられる青木さんも「年寄りは体を冷やすな」と書いておられる。タイトル画像の飯豊山麓の雪景色を見てもつくば辺りとは寒さの度合いが違うのが感じられるので、とくに大切なことなのだろう。

私も昨年 7月で一応 70歳になったので、その辺りは結構気をつけるようになった。若い頃は「暑さを我慢するのは大変だけど、寒い分には体を動かせば汗だってかいちゃうからね」なんてノー天気なことを言っていたが、最近は汗をかくほどの運動をするのもなかなか大変だ。

軽いジョギングやサイクリングなんかでも、終わってみると「ありゃ?」と思うほど疲れていたりすることがある。つくづく年はとりたくないものだ。

というわけで、このところは早足で 3km 歩くことを最低限の日課にしている。これなら疲れもせずに無理なく毎日継続できるし、周囲の自然の変化も味わえるので退屈しない。こうして体力を維持しておけば、時々自転車のロングライドやヒルクライムなんかをしてもなんとかなる。

ただ、これだけ歩いても寒風の中では寒いばかりで、汗をかくこともないのだよね。薄着で汗をかきながら運動できる季節の来るのが待ち遠しい。

 

| | コメント (0)

2023年2月 1日

ベートーヴェンを聴きながらハンバーガーだそうだ

Gigazine の ”マクドナルドが不良のたまり場にならないための秘策は「Wi-Fi をオフにしてベートーヴェンを流す」” という記事で笑ってしまった。英国ウェールズのレクサムという地方都市での話だという。

230201

元記事は ”Fast food restaurant will play classical music in bid to stop more Wrexham trouble“ というもの。直訳すれば「ファーストフード・レストランはレクサムの事件がこれ以上起こらないようにクラシック音楽を流す」ということで、「マクドナルド」とも「ベートーヴェン」とも触れていない。

ただ、元記事も同じベートーヴェンの肖像(画質はちょっと粗い)を使っているし、本文中に ' "well-known" fast food retailer"' とあるから、多分マクドナルドなのだろう。

日本語記事は「深夜まで開いているファストフード店やファミリーレストランが抱える悩みの1つに、不良やホームレスがたむろしてしまうことがあります」という出だしなので、ベートーヴェンのお堅いクラシックを流すのは深夜なのかと思ったら、元記事の続編によれば、午後 5時からだという。

この町のマックは、夕方にはもう不良の溜まり場になってしまっていたようなのだね。ちょっと早すぎるような気もしてしまうが、英国の冬の午後 5時は真っ暗だから、気分は夜中みたいなものなのかもしれない。

実際に 1月末の月曜日(多分 23日)にかなり大きな騒動が持ち上がってしまったため、警察としては、強硬策をとる前に店側の自主性を尊重し、「クラシック音楽でも流したら?」と提案したもののようだ。

そして記事には、結果的にかなりの効果があったと報告されている。いやはや、物事はやってみるものである。

ただ、Wifi を切ってベートーヴェンを流したら、確かに若いギャングスターたちは寄りつかなくなるだろうが、私としてはフツーの客まで来なくなってしまうんじゃないかと心配だ。ハンバーガーにクラシック曲は似合わないものね。

まあ、私は最近肉食を絶っているから、マックで流される曲が何だろうと個人的には全然構わないけど。

 

| | コメント (0)

2023年1月31日

夜明け前が一番暗いわけじゃないが、寒いのは確か

「夜明け前が一番暗い」というのは、元々は ”The darkest hour is just before dawn.” という西洋の諺である。「苦難とは終わる直前の時期が最も苦しいのであり、それを乗り越えれば好転していく」という暗喩で、これをタイトルとした歌まであるほどだから、ポピュラーな言い回しなのだろう。

というわけなのだが、「苦しくても諦めずに頑張ろう」みたいな意味を別とすれば、文字通りの「夜明け前が一番暗い」というのは、「そりゃ、違うよなあ」とずっと思ってきた。下の写真は今朝 5時前の東の空で、これを見ても「日の出る前から、だんだん明るくなる」のが明らかである。

230131w

ただ問題は、「夜明けとはいつの時点のことなのか」ということだ。「夜明け = 日の出」であれば「夜明け前が一番暗い」が間違いなのは明らかだが、「日の出前のぼんやりと明るくなり始めた頃」をいうとすれば、ちょっとビミョーなことになる。

とはいえ、「ぼんやりと明るくなり始める直前」が一番暗く、そこを境とし、一転して明るくなり始めるなんて考えることにも無理がある。自然というのはそんなにデジタルな杓子定規ではない。

実際には「暗い夜」を経てだんだんと夜明けに向かって明るくなるのであり、そこには明確な境界線なんてない。そもそも「暗い夜」なんていうのも多分に観念的なもので、個別に見れば皓々とした満月の夜もあり、さらに満月だって雲に隠れたりもするから、同じ暗さではない。

人生も同様で、「良くなり始める前が一番苦しい」なんてわけでもない。どんな苦しい時期でも、意識すれば楽しい一時を見出すことができる。要するに、妙な固定観念に縛られずに生きていきたいものなのである。

ただ、今の時期は「夜明け前が一番寒い」ということなら、感覚的にほぼ言えると思う。とくに最近は寒波が続いているから、夜明け前に早起きすると、暖房を点けて部屋が暖まるまでは足踏みしながら震えていなければならない。

実は今日も都合で早起きしたので、上の写真は寒さに震えながら撮ったものである。

 

| | コメント (2)

2023年1月30日

金というのは、楽して稼げるものじゃない

近頃ニュースを騒がせている「連続強盗事件」の首謀者がフィリピンの収容所にいる通称「ルフィ」なる人物だったなんていう話が明らかになっている(参照)。彼はネットを通じて実行犯を募集していて、それが「闇バイト」なんて言われてるんだそうだ。何だかマンガに出てくるようなストーリーである。

230130

NHK ニュースによれば、この「闇バイト」に応募して、実際の強盗事件に関わった強盗被告が「後悔しかない」と証言しているという(参照)。記事を読むと「闇バイト」への応募はごく軽い気持ちからだったが、あれよあれよという間に深入りしてしまい、取り返しの付かないことになったようだ。

こうした犯罪について、フナイムという通称で詐欺グループのリーダーだった男性が、YouTube 上で「闇バイト」の実態について語っている(参照)。彼は今では更正して、こうした犯罪に関わらないようにと呼びかけているもののようだ。

彼は一時的には月額 2,000万円もの収入を得ていたというが、動画からの印象では「あぶく銭」的に浪費してしまっていたもののようだ。そして「闇バイト」の実行犯の受け取る報酬は 10万円とか 20万円、高くても 100万円というようなレベルのようで、しかも持続性は認められない。

彼はこのビデオの最後で、「一時の 10万円、20万円で一生を棒に振るのであれば、もっと知識をつければ稼げる仕事なんていっぱいあるんで、自分の本当にやりたいこと、お金じゃなくてね、そこを追ってもらいたいなと思います」と語っている。

今さら言うまでもない当たり前の話だが、金というのは決して楽して稼げるものじゃないのだよ。

 

| | コメント (0)

2023年1月29日

雪のあれこれ

昨日の朝に土手を白く染めていた雪(参照)はほとんど解けてしまったが、木陰などではまだ解け残っている。日向はすっかり乾いてしまっているのと対照的で、日の光が当たると当たらないではかなりの違いになるものなのだね。

230129

つくば周辺も 40年以上前に引っ越して来た頃は 1月から 2月にかけて、時々結構な雪が降った。下の写真は 2017年 12月 17日の記事に添えたものだがが、この青いスウィフトに乗っていたのは 10年以上前のことだから、多分 2012年 1月の大雪の時の写真だと思う。

171217

つまり 11年前のことだ。それ以前はこのくらいの雪は珍しいことではなかったが、最近ではほとんどなくなってしまった。変われば変わるものである。

雪と言えば、今日の Togetter で珍しい画像が話題になっていた。「玄関前のタイルに吹き付けた雪が不思議な模様を描いていた→なぜこうなるの?→答えがわかっても不思議な印象に」というもので、のぶぶ さんという方の 1月 25日の tweet が発端になった。

2301293    

見れば見るほど不思議な画像で、私ごときにはどうしてタイルの上で雪がこんなことになるのか想像も付かず、「奇跡」としか思われなかった。ところが 2日後に、タイルの仕事を専門とする方によるコメントで、この「奇跡」の裏側(まさに「裏側」である)がわかった。こういうことであるらしい。

2301294

つまりこのタイプのタイルは、4枚に見える部分が裏でつながっていて、その「つなぎ」(右上写真の黄色部分)部分の熱伝導が低いために、降った雪がそこだけきれいな模様として解け残ったのだろうという。自然と人工の、見事な合作だ。

世の中って、時折こうした奇跡的な現象があらわれる。なかなか捨てたものじゃない。

 

| | コメント (0)

2023年1月28日

一人で静かに気持ち悪がるだけなら、お前の勝手だが

Buzz Feed に "「同性婚が気持ち悪いと言って何が悪い」SNS の差別投稿で謝罪の愛知県議 → また差別コメントを投稿" という記事がある。こんなナンセンス発言を繰り返しているのは、愛知県の渡辺昇という県会議員である。

230128

問題の事実は、端的には記事の冒頭で以下のように紹介されている通り。

昨年10月、「同性結婚なんて気持ち悪いことは大反対!」と SNS に書き込み、謝罪した愛知県議が 1月 24日、再び SNS に「同性婚が気持ち悪いと言って何がいけないんですか」などと書き込んでいたことがわかった。

これには「一人で静かに気持ち悪がるだけなら、そりゃお前の勝手だが、それを県会議員の看板背負ってことさらに SNS に書き込むというのは、やっちゃいけないことだよ」と言うほかない。それって、あまりにも思いやりに欠ける所業だ。

たとえば私は上に掲げたこの議員の顔写真を見て、正直なところ「ちょっと気持ち悪い顔つきの野郎だな」という印象を抱いた。こうしたことはフツーだったら絶対に口外しないが、今回はまあ、話の行きがかり上で敢えて書いてしまう。

エイブラハム・リンカーンは「40歳過ぎたら自分の顔に責任をもたなければならない」と言ったと伝えられる。そしてこの渡辺昇という議員は 1968年 11月 ⒏日生まれ(参照)というから、現在 54歳だ。ということは、自分の顔にしっかり責任持たなければならないという考え方もできるわけだ。

ただそれはそれとして、通常の場面では「お前は気落ち悪い顔つきだ」なんて正面切って言うのは失礼だろう。私だってこんなことは行きがかり上とはいえ、今回初めて書いた。

というわけで、「自分の責任」とも考えられる「顔つき」についてさえ「気持ち悪い」なんて言わないのが一応の礼儀ということになっているのに、「自分の責任」とは言えない LGBT 的な資質関連のことで「気持ち悪い」なんてことさらに公言するのは、やっぱりどうかしてる。

それからもう一つの問題は、この渡辺昇という議員、「同性婚が気持ち悪いと言って何がいけないんですか。世の中には同性婚を気持ち悪いと思う人がほとんどです」などと投稿していることだ。自分の勝手な印象を「世の中」の名を借りて正当化しようとしている。

マイノリティのあり方をマジョリティの価値感で単純かつ一方的に悪く言うのは、「いじめ」の原点である。さらに一昨日の記事で書いた、森喜朗の暴言・失言の根底にある「これは世間一般の感覚なんだから、自分は決して悪くない」という「責任逃れ」の意識とも共通する。

私はこれについて、"実は決して「世間一般の感覚」ってわけじゃなく、自分自身の頭の悪さから導かれた「見当違い」ということがほとんどなのである" と書いている。渡辺昇という人に関しても、同じことを言いたい。

いずれにしても私は、こいつにとっての「世の中のほとんど」という範疇からはみ出した存在のようで、実に幸いなことだ。世の中、多様だからおもしろいのである。

 

| | コメント (2)

«理髪店の「あめんぼう」を巡る冒険