2026年8月10日

靖国神社での「異様な参拝光景」に驚いた

靖国神社のサイトに 8月 7日付で「境内における服装等に関するお願い」というページができたということは、ニュースの片隅にあったので知ってはいた。ただ私としてはごく軽く、「へぇ、靖国神社でコスプレとか軍服着用とかするヤツがいるんだ」ぐらいにしか考えていなかった。

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ところが後になって、「軽く考える」程度のことではないとわかり驚いた。まさに「コスプレや軍服着用」を大々的に行う連中がいて、かなり異様な光景が繰り広げられていたようなのである。

これに関して、アームズ魂さんという方が「ようやくコスプレ禁止にしたそうですが・・・」と、写真入りで tweet していらっしゃる(参照)。なるほど、こんな格好で境内を闊歩され、大きな声で示威行動をされたりしたら、一般の参詣者は怖じ気づいてしまいそうだ。

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上の写真は、こちら のクリックで、さらに異様に拡大表示される

この tweet に対し、考えたい(地方旧帝理系棲息男子校六カ年純粋培養生命体) さんという方が「恐らくこのコスプレ集団、旧軍はおろか自衛隊の在籍経験すら無い人だらけなんでしょうね。尚更グロテスクだ」と retweet しておいでだ(参照)。私も同様に思う。

こんなことをする連中がいては、「天皇陛下参拝」が実現されないのも当然だろう。

 

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2026年8月 9日

私もクローゼットの中身 8割以上がユニクロなんだが

もずく@かんばってはたらく さんが、「全身ユニクロ」という tweet をされている(参照)。画像の右が「昔」で、ユニクロの店の前で全身ユニクロずくめなことに気後れし、店に入るのをためらっていた。しかし左に示された「今」では、まったく気後れせず「太客でっせー」なんて言って堂々と入店する。

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「太客」なんて言葉は初めて聞いたが、振り返ってみると私も「全身ユニクロずくめ」で「太客」じみている。上から下まで、下着に至るまで全部ユニクロで、わずかにベースボール・キャップが無印良品である。クローゼットの中身も、8割以上はユニクロで買ったものだと思う。

そして冒頭で紹介した tweet に付いたコメントも、次のようなものばかりだ。

私もユニクロを愛用しすぎてほぼ毎日ユニクロか GU しか着ていないため恥ずかしげもなくユニクロまみれでお店に行けるようになりました

ユニクロの服を着て、ユニクロの服を買いに行き、ユニクロの服が着れなくなったりしたら、ユニクロのリサイクルボックスへ持っていく。もはや永久機関になってます

俺も全身ユニクロだけど機能性とコスパ考えるとユニクロ以外買う意味がないと思ってきたw

上ユニクロ下 GU 着て両店舗行き来する事が割とある

全身ユニクロの日、全身無印良品の日、全身ワークマンの日、そして贅沢にこれら3社をミックスしてコーディネートする日がある

うぅむ、やはりユニクロは強い。ステイタスまでさりげなく上がっているし、世の中にユニクロ以外の洋服屋がなくなったとしても、ちっとも困らないと思うほどだ。いや、最後に紹介したコメントもあるから、無印良品とワークマンぐらいは残っていてもいいか。

思い出してみれば、20数年前まで会社や団体に勤務していた頃も、スーツなんてまったく着なかったし、ネクタイもしなかった。そして独立事業主になってからは、どこに行くにもジーンズにポロシャツ(夏は半袖、冬は長袖)、ジャケットで済ませてる。全部ユニクロだ。

現在の私のクローゼットには、スーツなんて慶弔用のいわゆる「ブラック・フォーマル」以外は 1着もないし、ネクタイも 2本(参照)しかない。そしてテーラード・ジャケットも春夏用と秋冬用の 2着だけだ。とにかく、クローゼットはスカスカの方が気持ちがいいのである。

そんなわけで、電車の中で夏でもスーツにネクタイ姿のオジサンがいたりすると、別の天体から来た宇宙人じゃないかと思うほど異様に見えてしまうんだよね。ヒラヒラフワフワしたドレス姿のオバサンなんかも同様だ。

最近は国会でもノーネクタイが当たり前になってきたようで、「日本もようやくここまで来たか」という気がしている。

【同日 追記】

「太客」でググってみたところ、キャバクラ用語から発生した言葉とわかった(参照)。「太っ腹なお客さん」の略で「大金を使う客」のことらしい。

本文中で自分のことを「太客じみている」なんて書いてしまったが、私はユニクロではかなり多い時でも数千円ほどしか使わないから、やっぱり「じみてない」ということでよろしく。

 

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2026年8月 8日

「米不足/米余り」にみられる「渋滞学」

福井テレビチャンネルが "「高市総理には愛想尽かした」コメ余りに農家が悲鳴 売値は生産原価の半分以下に…肥料代や燃料代は高騰「今年でやめる」農家も" というニュースを伝えている。昨年は「米不足」と言われたが、今年は一転して「米余り」なんだそうだ。

私は「米不足」という話は信じないことにしている。思えば東日本大震災のあった 2011年もこれで大問題になったが、私はこの年の 8月 16日に "「米不足」の風評に踊らされると、高い買い物をすることになる" という記事で、次のように書いている。

平成 5年(1993年)の米騒動を忘れないようにしよう。あの時だって「記録的な冷夏による米不足」ということで、店頭から米が消え、タイ米の輸入までしたはずだが、翌年の春(つまり、次の収穫のずっと前)には店頭にフツーに米が並んでいた。

要するに米そのものは潤沢にあったのだが、流通段階での「米隠し」によって「米不足」が演出されていただけなのだ。こうした幻想は米に限らず、オイルショック時の灯油やトイレットペーパーも似たようなものだった。

平成以後だけを見ても今回の「米不足(米隠し)」は 3度目だが、その裏側の構造はほとんど同じである。「米不足」が少しでも言われ始めると、流通の各段階で業者は競って「米隠し」に走り、隠しきれなくなるとどっと放出する。これって、流通業者の「悲しき性(さが)」としか言いようがない。

昨日の "「渋滞学」で、いろいろな分野を考察できる" という記事で、"「米不足 → 米余り」という現象についても、これで考察できる部分があると思う" と書いたが、確かに道路の渋滞と似ている。

道路では、狭い車間距離で 1台のクルマがブレーキをかけ、ブレーキランプが点灯すると、その後ろのクルマもブレーキをかける。そして連鎖反応的にその後ろも、さらにそのまた後ろも・・・ と続く。こうして流れは急に遅くなり、渋滞が発生する。

米の流通でも、少しでも「不作」と言われ出すと、まず農家に仕入れ業者が殺到して仕入れ競争をする。これが「米渋滞」の始まりだ。

米を仕入れた業者は、今度は一転して「米隠し」をする。バックヤードにどっさり隠しながら、「十分に販路に出す量がありません」などと言いつのるのだ。こうして「米渋滞」は悪化する。さらにそこから先の各段階で連鎖反応的に同様の「米隠し/売り惜しみ」が続き、「米渋滞」はどんどんひどくなる。

要するに「具体的な渋滞要因 = 米不足」なんてものはなくても、最初の段階で米が隠されるだけで、たちまち渋滞が始まるのである。そしてマスコミが「米不足で、店頭の米売り場は空っぽ」などとセンセーショナルに報道するものだから、消費者段階まで渋滞が及ぶ。

昨年から今年にかけて「米不足」が喧伝された時、少なからぬ消費者がそれに踊らされ、よりによって一番高値のタイミングで米の「買い溜め」をしてしまった。そして今、せっかく供給が安定して少しは価格が下がったというのに、まだ米びつが一杯なのである。渋滞は最後尾でまだ解消されていない。

 

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2026年8月 7日

「渋滞学」で、いろいろな分野を考察できる

昨日のつくば市内をクルマで走っていた時に、TBS ラジオ「こねくと」を聞いていたのだが、15時台のゲストは、「渋滞学」を提唱する東京大学教授の西成活裕さんだった(参照)。私は「渋滞学」については 20年前にこのブログで取り上げた(参照)こともあり、とても興味深く聞いた。

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ちなみに TBS ラジオのサイトで確認してみて、西成教授の風貌を初めて知った。三好西海入道みたいな方なのだね。

渋滞学そのものについては 20年前の記事で書いているし、深く突っ込んだらブログ如きでは到底語り尽くせないので、『渋滞学』の本を読むか、Radiko (こちら)で聴いてみるかしていただきたい。ちなみに Radiko で聴けるのはは明日(8月 8日)の朝 8:30 までなので、急ぐ方がいい。

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ちなみにこの本、私も購入して読んだのだが、誰かに貸したままになって戻っていない。10数年前のこととて誰に貸したかも覚えていないので、どうしようもない。とにかく本というのは、人に貸したら返ってこないと思う方がいいようだ。

今回の放送で面白かったのは、アリの行列では渋滞が発生しないということだった。道路でも車間距離を 40m 取れば渋滞は発生しないということが前から語られていたが、アリはアリにとっての 40m 分の距離を自然に開けて行列するので、渋滞しないのだそうだ。人間はこの点ではアリ以下なのだね。

とにかく「渋滞学」というのはいろいろな分野に応用して語ることができそうだ。私は近頃の「米不足 → 米余り」という現象についても、これで考察できる部分があると思う。

それについてここで書いてみようとも思ったが、ちょっと長くなりそうなので明日に廻すことにする。

 

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2026年8月 6日

「コーヒー粕(かす)がゴキブリを呼ぶ」という迷信

このブログにも何度か書いているように、私はかなりのコーヒー好きで、豆から挽いて 1日 4杯は飲んでいる。そしてコーヒーを淹れたあとのコーヒー粕(かす)は、下の写真のようにドンブリに入れたまま台所に 3〜4日放置し、一杯になったら庭に播いて捨てている。

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(ドンブリの大きさは、隣のコーヒーカップとの比較でわかる)

このおかげかどうか知らないが、一昨日の記事に書いたように我が家の台所にはゴキブリが出ない(参照)。そして庭の雑草も、少しは抑えられていると思っている。

しかしネット上で検索してみると、「コーヒーかすはゴキブリに逆効果」みたいに主張するページが多い。逆に、腐った臭いがゴキブリを呼ぶというのだ。さらに、そのまま肥料にするのも危険ということになっている(参照)。

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しかし私としては、「腐った臭いがゴキブリを呼ぶ」なんてことにはまったく懐疑的だ。そもそも 3〜4日程度では腐った臭いなんてしないし、少なくとも我が家においては「ゴキブリを呼んでなんかいない」ということだけは確かである。だって実際に、長年にわたって全然出ないのだもの。

そりゃあ湿ったまま半月以上も放置すれば腐るだろうが、なにしろ 3〜4日でドンブリが一杯になるのだから、半月分のコーヒーかすをため込むほどの容器もスペースもない。だからそんな心配をすることもない。

そして「肥料にするのも危険」ということに関しては、全く問題がない。というのは、我が家ではコーヒーを肥料にしようなんて発想はなく、逆に「雑草よけ」程度に思っているからだ。

ただ 3〜4日に 1度ほど庭にコーヒーかすを播く程度では、雑草が枯れるなんてことはなく、上述のように「少しは抑えられている」程度の実感である。ということは、肥料にはならないまでも作物を枯らしてしまうほどの「危険性」もないのだろう。いずれにしても心配するほどのものじゃない。

そういえば、昨年 1月 21日付の「コーヒー粕をどう処分するか?」という記事でも、コーヒー粕の利用法を紹介したんだった。コーヒーが消臭剤として利用できることなどを紹介しているから、実際に「腐った臭いでゴキブリを呼ぶ」なんてことがないのも道理である。こっちの方を信用してもらっていい。

というわけで、世の中にはコーヒー粕に関する「迷信」が多いみたいなのである。どう見ても、あまり気にし過ぎない方がいい。

 

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2026年8月 5日

台湾で神様になった日本人が 50人以上いるという

ラジオは基本的に TBS が贔屓だが、朝の「パンサー向井のふらっと」はつまらないので、代わりに文化放送の「武田砂鉄 ラジオマガジン」を聞いている。この番組、昨日の 10時台のゲストは、映画『軍服を着た神様』監督の遠藤協さんとプロデューサー藤野陽平さん(文化人類学者)だった(参照)。

台湾では第二次世界大戦中に戦死し、「神」として祀られるに至った日本軍人がいるという。多くは「きちんとした神 = 正神」ではなく「修行途上の神 = 陰神」で、「正神」にはお願いできないような、宝くじ当選のような欲のからんだことを祈られることが多いらしく、次のように説明されている(参照)。

そして大当たりした場合には、それなりの寄進をしなければ、たたられてしまうかもしれない。だから良く当たる日本神のほこらはどんどん立派になり、やがては「正神」に格上げされるというシステムがあるという。

日本軍人として台湾で戦死した杉浦茂峰は、神として祀られる前までは周囲に祟りをなすこともあったという。飛寅将軍として祀られたのは戦後 20年以上経ってからで、今は位が高まって「正神」に近くなっていると語られる。そして彼の子孫が日本から参拝にくるまでになった。

こうした台湾の「神」のあり方は、日本のそれとも共通するところがある。日本には『古事記』などの神話由来の神のほか、各地の山や岩などを御神体とする自然神もあり、さらに実在の人間が死後に神となるというケースも少なくない(参照

代表的なのが菅原道真の天神様で、徳川家康が東照大権現となったり、東郷平八郎が東郷神社、乃木希典が乃木神社に祀られたりしている。一神教のキリスト教やイスラム教ではあり得ないことだ。

ただ日本の場合、天神様(天満宮)で大学合格を祈ったりお稲荷さんで商売繁盛を祈ったりするのはいいが、格式ある鹿島神宮などで下世話な願い事をする人もいるみたいで、オヤオヤと思ってしまう。下手すると伊勢神宮でもいるかな?

【同日 追記】

このエントリーは、実在の人間が神として祀られることに関する日本と台湾のフォークロア的な共通性に関して書いたもの。政治的な意味は求めないでいただきたい。念のため。

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2026年8月 4日

キンチョーのラジオ CM 「ゴキ子。」シリーズがいい

キンチョー「ゴキブリムエンダー」のラジオ CM 「ゴキ子。」シリーズがいい。「とある家の片隅に住むゴキブリの母と娘の物語」で、母ゴキブリとその娘ゴキ子との北関東弁っぽい会話で成立しているのだが、第一話から最終話まで 6話あり、下の画像からのリンクされるページですべて聞ける。

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AI の好きな娘のゴキ子は生意気盛りの思春期にさしかかっているようで、母ゴキブリはそれが心配だ。第三話「おっとうの最期」では、母が「ゴキブリムエンダーに気を付けろ」と忠告すると、ゴキ子は「大丈夫だ、いざとなったら、オラ飛ぶ!」と言い放つ。ところがこの言葉が母をひどく悲しませる。

というのは、どうやらゴキ子のおっとうは妻と娘を護るために一か八か飛び立って人間の目を引き、自ら犠牲になってしまったようなのだ。それを思い出して言葉が詰まる母に、ゴキ子は必死に謝る。根はいい娘なのだ。

そして最終話「生きろゴキ子」では、母娘が住む家でも遂にゴキブリムエンダーが使われるとわかる。逃げようとするが、排水口の隙間がふさがれていて万事休す。そこで母は自ら人間の目の前で飛び立って驚かせるという、かつておっとうが取ったと同じ究極の選択をすることになる。

母はゴキ子に「ええか、どんだけ時代が変わっても、お前は自分の触覚を信じて生きろ!」と言い残して犠牲になる。ゴキ子は「おっかぁ〜!」と叫びつつ、それでも母の犠牲を無駄にせず前向きに生きようとする。なかなか感動的な終末だ。

こんな CM を聞いてしまうと、聴取者はゴキブリに情が移ってしまいそうだ。その上でムエンダーを使うには、心を鬼にしなければならない。ウチはゴキブリが出ないからありがたい。

ちなみにキンチョーのラジオ CM はいつもかなりおもしろくて、今年はこれまで 3種類聞いている(参照)が、この「ゴキ子。」シリーズは抜群にイケてると思う。

 

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2026年8月 3日

「ちょす/ちょさない」という方言に一歩踏み込む

田村淳一さんという方が、岩手県遠野市の小学校にあった貼り紙の写真付きで「ちょさない」という言葉が理解できない旨を tweet されたところ、東北・北海道方面から続々とコメントが付き、さながら地域限定のお祭り的様相を呈している(参照)。

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コメントの多くは「ちょす = 触る」「ちょさない = 触らない」であると指摘するものだ。これ、東北と北海道、そして新潟県の北部に至るまで広く使われる方言のようで、私の生まれた山形県庄内地方でもごくフツーに使われる。

多くのコメントの中に、津軽のルッタンさんという方の作成された「ちょすなマップ」という労作を紹介するものがあり、これを見ると「ちょすな」(「ちょす」の否定命令形、念のため)という言葉は、北海道から東北・新潟までの広がりを見せているのがわかる。私がこれまで考えていたよりずっと広い。

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この地図では宮城・山形・新潟北部の南に「ちょすなの関」というラインが引かれており、それを境に「ちょす/ちょすな」という言葉は使われないようだ。なかなか興味深い話である。

ちなみに私の生まれた山形県庄内地方では、「ちょす」の否定形は「ちょさね」である。「ちょさない」なんてお上品な言い方は決してしない。「ちょさないでください」は「ちょさねでくっちゃ」だ。

さらに少なくとも庄内では、「ちょす」という言葉の実際の使用場面での意味やニュアンスは、「触る」というより「いじる」(あるいは「いじくり回す」)に近い。よって「ちょす」は、「触る」という言葉以上の、ある種の「意図」を感じさせる行為といえる。これは案外重要なポイントで、注目していい。

例えば年寄りは「パソコンちょさいっが?」なんて聞くが、これは「パソコンいじれるか?(操作できるか?)」という意味になる。年寄りの多くはパソコンに触ることぐらいはできても操作はできないので、返事は「ちょさんね」(いじれない)になる。

つまり冒頭の写真に関しては「ちょさないでください」だから、暖房設備のコントローラーらしきものに、単純に「触るだけ」なら見過ごしてもらえても、ボタンを押したりして「操作すること」は許されない。

最後に「ちょす」の語源だが、「てよす」(手寄す = たぐり寄せる)「てわす」という古語が変化したのではないかと言われている。調べてみると Yahoo 知恵袋で、「てわすらい(てわずらい?)」という言葉についての質問に、福島県出身者から次のような回答がある(参照)。

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栃木弁で「てわすら」というのは「手で何かをいじくり回す様を言う」とあるのが興味深く(参照)、福島弁では「手わすら」が「手すさび」という意味だという(参照)。まさに「ちょす」に近く、どう見ても先に述べたように、単純に「触る」の方言とは言い難い。

というわけで、「手寄す」から「 ちょす」に変化したと考えるのはとても自然だし、さらに栃木県や福島県ではロケーション的に、「手寄す → てわす → てわする → (名詞化して)てわすら」という変化系が生じて残ったんじゃあるまいかと考えられる。

ただ残念ながら、同じ北関東でも茨城県では「てわすら」という言葉を聞いたことがない。これまで聞くチャンスがなかっただけかもしれないが。

 

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2026年8月 2日

アホな学校のアホ過ぎる校則

下の写真は @Threads に 7月 24日付で hironorimaruno さんという方が書き込まれた「アホな学校のアホな校則」というコメントに添えられたものである(参照)。「アホな学校のアホ過ぎる校則」と言い換えたいぐらいのものだ。

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しょっぱなにあるのが「病原菌保菌者は登下校してはいけない」ってやつだが、これ、マジに遵守しようと思ったらかなりの人数の生徒は登下校できないだろう。「病原菌をまったく保菌していない」なんてヤツは少ないからね。さらにこれだと、学校で「保菌者」と認められたら、下校できなくなっちゃう。

「学校では 2階から飛び降りてはいけない」に続いて「同じく、3階から〜」「同じく、屋上から〜」と3項に分けて書かれているのはいくらなんでもお恥ずかし過ぎて、「この学校の先生、頭悪いんじゃないの?」と言いたくなる。

呆れてしまったは、下の 3つの項目だ。まず、「異性の急所10秒以上見続けてはいけない」「異性の急所5秒以上触れ続けてはいけない(同性の急所も同様)」というのである。それぞれ「10秒未満なら、見続けてもいい」「5秒未満なら触れ続けてもいい」ってことなんだろうか。謎過ぎる。

最後の「異性の急所1秒以上想像、あるいは夢想してはいけない(成人は可)」となると、シュール過ぎるとしか言いようがない。「(成人は可)」という文言は意味不明だが、もしかして、留年して成人年齢に達してしまったら想像も夢想もし放題ってことなんだろうか。

ネット上で調べてみると、ほかにも「はぁ?」と言いたくなるような校則(「ブラック校則」と言われるらしい)がいくらでも出てくる。

下の写真は、西日本新聞の "中学、高校のおかしな校則の例 - 口笛ダメ、人をにらまない… 「おかしな校則」が続々" という記事に添えられたものだ。これなんて、まだ大人しい方なんだが。

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とはいえ、ここにある「男女交際は節度ある距離を保つ。保護者が物わかりのよい寛容な態度を示すと深く潜行して取り返しのつかない結果になる」というのは、ほとんどビョーキだよね。

上で触れた「異性の急所云々」にも共通するように思えるが、学校って「男女」とか「異性」とかいう問題に関して、異常なまでにナイーブすぎる態度を押しつける傾向がある。これって、かなり気持ち悪いなあ。

こうなると、「男女」という枠に縛られない LGBT の方が気楽なんじゃあるまいかとさえ思ってしまうのだよね。

 

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2026年8月 1日

ビアパーティー「覚悟を持ってやって良かった」とさ

熊本の大地震の直後に、隣の福岡県で自民党県議会団トップの松尾県議とやらが「ビアパーティ」をやったというニュースが報じられた。その時は「よくやるなあ」と思っていたのだが、このほど「覚悟を持ってやって良かった」(福岡 TNC ニュース)なんてインタビュー記事が出て、驚いている。

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記事中、記者の「直前には熊本で地震もあったが中止という選択はなかったか」という質問に対する回答はこんな感じだ。

地震があったのが午後 4時半ぐらいだったがその時点で受付が始まっていた状況で、(中略)私も速報で「震度 7」ということを聞いてそれ以外の情報がない中で、取りやめようという判断の状況ではなかった。

しかし「震度 7」というだけで十分に強烈な情報なのだから、「皆様もいろいろ対応がおありでしょうから・・・」と、急遽中止にしてもブーイングは出なかっただろう。むしろ中止しなかったことで、後からブーイングの嵐になっている。

昨今の福岡現議会は議長・副議長ポストを巡る金銭授受疑惑があり(参照)、これに関してこの人は、「私がきちんと皆さま方に説明をしていこうという覚悟で、県政報告という形で行った」なんて言っている。

しかしそれにしては、チケットのタイトルは「報告会」なんかじゃなく「松尾統章ビアパーティ」だし、席上、納得できるほどのまともな説明がなされたという報道は見当たらない。「ものまね芸人」(なぜか名前は伏せ字)による余興は、しっかりやったようだが。

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(画像をクリックすると、別画面に拡大表示される)

要するに実態は「資金集めパーティ」で、15,000円の会費で 600人が集まったというから、単純計算で 900万円の収入だ。会費以外のご祝儀だってあっただろうし(こういうのって「裏金」になるのかなあ)。

そんなわけで「中止して、会費はお返しいたします」なんてことにはしたくなかったのだろうが、一足飛びに「やって良かった」という結論にしちゃうのが、このセンセイのスゴいところだ。お金と引き換えに人望が落ちても、否定的教訓には決してしない。

ちなみにこのパーティで呑気にビール飲んで、ものまね芸人の芸を楽しんだ出席者としても、「あのパーティには俺も参加してたんだ」とは言いにくいだろうね。二次会まで行ったりしてたら、なおさらだ。(松尾県議本人がそこまで付き合ったかどうかは、不明)

 

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2026年7月31日

「かまける」という言葉の、もう一つの意味

かまける」という言葉がある。Weblio 辞書によれば、何とまあ漢字では「感ける」なんて書くといい、「あることに気を取られて、他のことをなおざりにする」という意味で、「遊びにかまけて勉強がおろそかになる」などと用いられる。あるいは「心を引かれる、感心する、共感する」という意味もある。

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ところが庄内弁の「かまける」はかなり違った意味となり、その変形で「かまけす」という言葉まである。漢字で表記すれば「かま返る/かま返す」で、発音はその訛りなのだろう。

遊佐町野沢村辺りの方言」(遊佐町は、酒田市の隣町)というページには、「かまけす(家や会社を潰す)」「かまけした(家や会社を潰した)」とある。「かまける」は「かまけす」の自動詞的な形だから「会社や家が潰れる」という意味。つまり小原庄助さんみたいに「身上潰す」ということだ。

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(ちなみに、「かまけした」の下は気にしないこと)

一昔前は怠けていたりすると、「そんだごどばりすてっど、かまけてしまうもんだぞ!」(そんなことばかりしていると、身上潰してしまうもんだぞ!)と怒られたりしたものだ。さらに「放蕩息子」のことを「かまけし野郎」なんて言ったりもしたなあ。

これ、語源的には「世事に気を取られたせいで仕事がおろそかになり、その結果、身上潰す」というようなまどろっこしいことではない。もっと単刀直入に、「メシを炊く『釜』がひっくり返って、ご飯が食えなくなる」ということなのだろう。

ちなみに「釜/メタファー」というキーワードでググると、「AI による概要」として次のように表示される。

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「同じ釜のメシを食う」なんて言い方もあるし、「釜」というのは案外ヘビーな言葉なのだとわかる。いずれにしても「かまける = 釜がひっくり返る」って、ヤバいメタファーなのだね。

 

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2026年7月30日

熊本の地震から 2日目、関東での意外なほどの無関心

熊本の地震から 2日目となり、昨日の昼頃までの間に熊本周辺の知り合いたちとの連絡が取れて無事が確認された。熊本の北部では。電気も水道も確保されているようだ。

実を言うと私は、関東の多くの人がこの地震のニュースに無関心であることに驚いてしまっている。人と会っても、私の方から「熊本、心配ですね」などと言い出さない限りはこの話題の出ることがなく、イオンモールの衝撃的な爆発事故についても、ほとんど「知ってるという程度」でしかない。

そういえば一昨年の「能登半島地震」の時も、いくら正月早々とはいえ、関東ではあまり話題にならなかった。1月 1日の地震をきっかけに、このブログでは 一週間足らずの間に 3回も関連記事を書いているのだが(参照 1参照 2参照 3)、リアルで会う人たちは誰もこの話題に触れなかった。

15年前の東日本大震災の時には、関東も思いっきり揺れたので印象が強く、他人事とはなっていない。しかし距離的に離れてしまうと、どうしても関心が薄れてしまうようなのだ。能登半島ですら「かなり遠い印象」だったのだから、九州熊本となると「地の果て」みたいに思われているのかもしれない。

考えてみれば、私が今回の地震でかなりショック受けているのは、この 1年の間に 3度も熊本を訪れているからかもしれない(参照 1参照 2参照 3)。さらに 4年前の 2022年 1月にも行っているし(参照)。

それ以前にも何度か熊本は訪問しているのだが、ずっと空路を利用しており、九州新幹線に乗り継いでの陸路利用に切り替えたのは 4年前からだ。よく調べてみると、空路で行っても所要時間はほとんど 1時間ちょっとしか短縮されないので、だったら陸路の方が気楽とわかったのである。

陸路で行くようになってから実感しているのは、熊本の地までの移動がとてもリアルに感じられることだ。空路だと羽田を飛び立って熊本空港に降りるまでの間がほとんど「中抜き」の印象になってしまうので、旅を楽しむなら陸路の方がずっといい。

そんなわけで、1年に 3度も行ったということと、陸路での実感の相乗効果で、最近の私は熊本をとても身近に感じてしまっているのだと気付いたのである。

それだけに大きな余震はこないでもらいたいし、復興が早く進むことも念願している。

 

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2026年7月29日

英語の教科書、”This is a pen.” の教訓

大地震のあった熊本の知り合いたちとは、今朝 8時の時点でまだ連絡が取れていない。かなり混乱状態にあるようだ。イオンモール熊本の爆発事故被害者の救助も終わっていないようで心配だが、とりあえず、本来なら昨日掲載予定だった記事を。

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X(Twitter)で岩田健太郎さんという方の、某国の荷物検査でペンケースの中まで吟味され、これは何だと問われて "This is a pen." を初使用されたという tweet(参照)を読み、思わず声を出して笑った。ところが 3秒後にちょっとした違和感が生じて、「うむむ?」と唸ってしまったのである。

この違和感の正体に咄嗟には気付かず、tweet についたコメントをちらりと見ると、上の方で あおこ♪ さんという方が「この場面だと It is a pen. なんだわ」と書いておられる(参照)。ここでようやく気付き、「そうそう、そうだよねぇ〜」と、納得したのだった。我ながらちょっと遅すぎるけど。

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実際の現場では、「これは何だ」という日本語ではなく、おそらく英語で "What's this?" ってな感じで聞かれたのだろう。だとしたら当然ながら、反射的に "It's a pen." と答えるはずだ。"This is a pen." とは決して口に出ない。出るはずがない。

というわけで、「これって多分、実話じゃなくてネタなんだろうね」と思ってしまった次第である。一見なかなかよくできたネタではあるけどね。

ちなみに私の中学 1年生の時の英語の教科書("New Prince Readers" だった)に出てきた最初のセンテンスは、"This is a dish." で、皿の挿絵までついていたと記憶している。さらに(洒落じゃないよ)"What is this? / It is a dish." と続き、疑問文とその回答まで一緒に覚えさせられたのだった。

というわけで、冒頭の税関の場面で "What's this?" と聞かれたら、どうしたって  "It's a pen." だよね。こればかりは体に染み付いちゃってる。

 

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2026年7月28日

熊本でまたしても大地震

午後 4時半頃に熊本で地震との一報があり、ラジオを聞き続けると最大震度 7 の大地震だという(下の画像は、TBS テレビによる第一報)。熊本は 10年前にも同じく震度 7の大地震が複数回あったのだから大変だ。260728c

それに何しろ熊本は先月 18日から 3日間、仕事で行ったばかりだから驚きも大きい。知り合いも少なくないので心配しているのだが、下手に電話などをしてもつながりにくいだろうし、だでさえ混み合っている回線の負担がさらに増してしまうことになるから、今のところは遠慮している。

10年前の大地震の時、私自身はどうしていたんだろうと気になり、最初の地震の起きた 2016年 4月 14日付の自分のブログにアクセスしてみると、「熊本の地震に驚いた」というタイトルで書かれている。京都での仕事のために宿泊した滋賀県大津市のホテルで書いたもので、比較的短いテキストだ。

ところがこの時は、2日後にさらに大きな地震が発生したため、4月 16日付で「熊本の地震に驚いた(その 2)」としてより長い記事を書いている。この中ではやがて確実に来るであろう南海トラフ大地震にも触れているのだが、今のところはまだ発生しておらず、代わりに熊本でまた起きてしまったわけだ。

近頃、大地震が増えているような気がしていて、ここ 4〜5年は最大震度 6強以上だけでも、3度も起きている。2022年 3月 16日の「福島県沖地震」(震度 6強/参照)、2024年 1月 1日の「能登半島地震」(震度 7/参照)、昨年 12月 8日の「青森県東方沖地震」(震度 6強/参照)だ。

上述の 3回の大地震では、その度に関連記事を書いている(それぞれの「参照」先でリンク)ので、「本当に地震が多いなあ」と実感してしまっているのだ。2022年には、11月 9日に直下型の「茨城県南部地震」(最大震度 5強/参照)なんていうのまで発生しているので、まったく他人事じゃない。

今回の熊本の地震ではまたすぐに大きな地震が起きたとしても、被害が最小限にくい止められるように祈る。

【同日 21:20 追記】

この地震後にイオンモール熊本で爆発事故が起き、何人かの従業員と連絡の取れない状態になっているらしい(参照)。心配な状況だ。

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