2024年2月26日

結婚式招待状の返信ハガキでの句読点のゴタク

Twitter にヒロクライムさんという人が、「結婚式の招待状の返信ハガキでやりがちなミス」という動画付き tweet をしている(参照)。下は動画の最後の場面だが、何がミスなんだか私にはさっぱりわからなかったよ。

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とにかく「ご出席」の「ご」の字を消して 〇 で囲み、「ご芳名」の「ご芳」と「ご住所」の「ご」の字を消している。こうした日本的慣習に関しては、不肖私めもぶっちゃけ面倒とは思いつつ一応従っている。

さらにこの tweet ではご丁寧なことに「出席」の上に「慶んで」なんて一言を添え、メッセージ欄にも、読んでも読まなくてもいいぐらいの決まり文句ながらコメントまで書いてある。まったくもってご丁寧なことじゃないか。この上、何を求めるというのだ?

気になってこのスレッドに付けられたコメントをずっと辿っていくと、港区crewどら𝕏 さんという人の、こんなコメント画像が見つかった。

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要するに、句読点を付けたのがミスだということのようなのである。その理由というのは「句読点には区切りだの終止符だのの意味がある」から、祝い事にそぐわないんだそうだよ。いやはや、そんなのこの歳になって初めて知った。

この指摘の文章は「それほど気にすることはありません」とか、「句読点は付けずに書くのが無難でしょう」とか、穏やかな言い方だからまだいいが、同じことをエラソーに「知らんようだから教えてやる」みたいに言い出されたら、うんざりしてしまうだろう。

個人的に「お祝い事の手紙などでは、句読点を使いたくないんだよね」と思うぐらいなら一向に構わない。ただ、それをことさらなまでに吹聴するようだと、「鬱陶しいヤツ!」と思われて友達失うことになるのが関の山だ。

とにかくこうした冠婚葬祭関連のしきたりなんて、ただでさえ面倒なことだらけなんだから、句読点がどうのこうのとまで言い出したら箸の上げ下ろしはおろか ”「お辞儀ハンコ」とか「ZOOM の上座/下座」とか” みたいな枝葉末節地獄に陥ってしまいそうだ。

こんなようなことは「ウザい迷信」ぐらいに片付けて、笑い飛ばす方が健康のためにいい。

聞くところによれば最近の若い人たちは LINE なんかで句読点を使わないやり取りに慣れてるらしいから、気が楽かも知れないね。それを逆手にとって、細かいことにうるさいヤツから年賀状欠礼の喪中ハガキをもらったら、句読点なしでお悔やみの返事を出せばいい。

 

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2024年2月25日

刑務所の隠語 NG は法務省による「言葉狩り」

朝日新聞の 2月 22日付に ”散髪は「ガリ」、身柄は「ガラ」… 刑務所などで隠語NGに 法務省” という記事がある。この記事は朝日新聞の公式サイトに行くと「有料記事」と表示されて、最後の 81文字を読むには有料会員にならなければならないようだが、まあ、そこまで惹かれる記事でもないから、いいや。

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この記事の中盤には次のようにある。

たとえば、散髪は「ガリ」、身柄は「ガラ」、食事を入れる器は「物相(もっそう)」、食後に食器をさげることは「空下(からさ)げ」などと呼んでおり、意味が分からない人との間で「コミュニケーション不全の原因となっている」「排他性を促進している」といった指摘があった。

(中略)

そこで、「ガリ」や「ガラ」など 35の言葉は施設内で慣習的に使われてきたが、一般社会では使わない不適切な言葉だとし、今月 9日付で使わないことにした。

はっきり言ってよくわからない話で、私には違和感たっぷりである。どこの世界にも「隠語」とか「独特の業界用語」とかいうのがあるものだが、「一般社会では使わない不適切な言葉」だからという理由で排除するなんて聞いたことがないがなあ。

刑務所職員同士(多分受刑者も使うんだろうけど)で使っている隠語というのだから、「意味がわからない人」相手に使うわけじゃないだろう。時として外部とコミュニケーションを取りたかったら、その時は隠語を避ければいいだけの話だ。それぐらいの使い分けができないはずがない。

それに「排他性を促進している」なんていうが、刑務所って「誰でも歓迎! おいでをお待ちしてます」なんて「受容性」を売り物にするようなところじゃない。多少の「排他性」があっても、それはそれでいいじゃないか。

というわけで、これって一種の「言葉狩り」なんじゃないかと思ってしまった。法律用語でもない俗な言葉の世界に、法務省が介入してどうするというのだ。「文化」の醍醐味というのは重層性にあって、決してお行儀のいいファクターだけで成り立っているものじゃないのだよ。

とはいえもちろん、言葉が酷いというより、言葉によって表される内容自体が酷いというような場合は、単なる「言い換え」なんかで済まさず、その内容自体を改めるべきだろう(本稿末尾の【備考】参照)。

それから揚げ足を取るわけじゃないが、食事を入れる器を「物相」というのは別に刑務所の隠語というわけじゃない。昔からかなりフツーに使われてきた言葉である。

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確かに刑務所に入ってしまうことを「物相飯を食う」なんて言うようになったということもあるようだが、これを一律に「不適切な言葉」なんて決めつけたら、大変な地震に遭ったばかりの輪島の人たちに失礼というものだ。

言葉知らずが言葉狩りするって、かなりアブナい。

【備考】

エス🫰称呼番号877番 さんという方による「刑務所用語集」というページに、「ビックリ箱」という言葉が紹介されている。

【ビックリ箱】 :
面会や移送の時に待機したり着替えたり 微罪の時はこの箱に入れられ小一時間ほど刑務官たちから罵詈雑言と人格攻撃のオンパレードで刑務官の息抜きにも使われている 本来の用途は受刑者の会話や合図などを防ぐため。

もし「人格攻撃のオンパレード」なんてことが本当にあるのだとしたら、それはもはや「言葉の問題」じゃない。「醜悪な行為」自体を即刻廃すべきだろう。

 

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2024年2月24日

地獄の沙汰で 煩う前に 戒名さえも 金次第

ぼるしち さんという方が、「人が亡くなったーとかの知らせを聞くと、いつも思い出すのが自分の父親が死んだ時」という tweet をしておられる(参照)。

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坊さんが(明記されていないが、話の流れからして多分坊さんだろう)「いくら払えばいいか」を教えてくれないから、面倒臭くなって 5万円しか包まなかったところ、戒名が 1文字だったというのだ。それで坊さんを出入り禁止にしたらしい。

坊さんに「いくら払えばいいんですか?」なんて聞いても「お気持ちで」ぐらいの返事しか返ってこない。そういうものである。だったら、その「気持ち」をありがたく受け取ればよさそうなものだが、実際には金額によって以後の展開が違ってくる。これもまた、そういうものである。

こうした相場というのは坊さんに聞いてもしょうがないから、親戚か知り合いの訳知りに聞くのがいい。身近に訳知りがいなかったら、今どきはインターネットがあるので試しにちょっと検索してみた。

グリーン司法書士 OnLine というサイトに「葬式でお坊さんに支払う費用は平均 47万円!お布施に関するマナーとは」というページがある。ただ「平均 47万円」とはいえ、そこはやはりランクがあるようで、下のような表が示されている。(地域差もあるようなので、注意)

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こうしてみると、ずいぶん高額なものなのだね。金額の区切りがかなり大雑把だが、こういう場合はアタマに 1、3、5 のつく数字というのがお約束らしいので、いくら平均でも 47万円なんて包むのはヤバそうだ。ちなみに日蓮宗の場合は、50万円包んでも 15万円分の気持ちは伝わらないんだろうか。

ちなみに私の父が死んだのは東日本大震災のあった 2011年の 10月のことだったが、通夜の日のブログ記事に遡ってみても、当然ながらお布施の金額なんて書いてない。そして今となっては、いくら包んだんだかさえさっぱり覚えていない。

我が家の宗旨は浄土真宗だから、上に紹介した宗派の中では最も「リーズナブル」で、「居士」だの「院居士」だのというランクの法名(浄土真宗では「戒名」ではなく「法名」という)はない。さすが「庶民の宗派」で、いっそいさぎよい。

ただお坊さんは父をリスペクトしてくれていたから、頼みもしてないのに「院号」まで付けて、生前の人柄を偲ばせる素晴らしい法名にしてくれた。お布施をむやみやたらにはずんだような覚えはないから、これは「金の力」ではなく「故人の遺徳」というものだろう。

一方で世の中には、生きている間は強欲非道なことをしながら、死んでしまうと「はぁ?」と言いたくなるほど立派な戒名(「〇〇院殿△△大居士」とか)がついちゃってるケースもある。遺族が金の力で買ってるんだろうね。いくら見栄を張っても、今どきは他人の戒名を気にする人なんていなんだが。

「地獄の沙汰も金次第」と言うが、地獄に行く前段階として、戒名はもっと現実的に金次第のようなのである。というわけで、せめて記事のタイトルだけはちょっとだけ洒落て都々逸風(🎵 ツントシャン 🎵)にしてみたのでよろしく。

 

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2024年2月23日

天気の「極端化」がますます進行

下の画像は、私の iPhone に入れてある weatherews というアプリに示されたつくば地域の週間天気予報である。3日前の 20日(火)は最高気温  23℃、最低気温 12℃ だったが、その最低気温が翌 21日(水)の最高気温で、2日間の気温差が 11℃ にもなった。こんなの覚えがない。

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さらに昨日の 22日(木)は最高気温が一昨日の最低気温と同じである。つまり、一日中気温がほとんど上がらなかったというわけだ。そして今日は最低気温が 0℃ まで下がったようだ。この予報では雨のち雪になっているが、窓の外には既にところどころ白い雪が見える。

さらに明朝は晴れて、氷点下の -1℃ まで下がるというじゃないか。2月から 3月にかけては毎年「寒の戻り」というのがあって、いかにも春の陽気になったと思っていても、必ずその反動のように寒さが戻ってくる。

2013年 3月 2日に「春一番の翌日がいつも寒くなるのは」という記事を書いている。こんなような内容だ。

春一番が吹く時の天気図というのは、日本海に強い低気圧がある場合が多い。この低気圧が関東に強い南風を呼び込み、それが「春一番」となる。

ところがこの低気圧はあっという間に東に移動して、太平洋側に抜ける。元々が強い低気圧だから、太平洋側に抜けた途端に、天気図は縦縞ばかりになり、西高東低のいわゆる冬型の気圧配置になってしまう。

今回の急激な天気の変化も、似たような感じになっているようだ。下は初夏のようだった 20日 12時の気圧配置である。

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東海上の高気圧はもう少し南だったらまるで夏の太平洋高気圧みたいで、低気圧はオホーツク海の北に押しやられている。日本は 2つの高気圧に挟まれて、列島には暖かい空気が押し寄せたわけだ。

ところがそれから太平洋高気圧が東に遠離り、代わりにシベリアの高気圧が近付いてきたため、日本付近は西高東低の縦縞で冬型みたいになる。

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こんなのは毎年のことでことさら珍しくはないのだが、何しろ 3日前の暖かさが極端すぎたので、気温差が 20℃ 近いものになってしまっている。下り坂の角度が急すぎるのだ。

私は 2011年 8月 21日に "「温暖化」 というのは 「極端化」 を穏やかに言っただけ" という記事を書いたが、あれから 10年以上経ってこの傾向はますます強くなっているようだ。

 

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2024年2月22日

スコットランドのキルトって、すごいじゃないか!

らばQ に「スコットランド民族衣装のキルトは…こんなに着るのが難しかった」という記事がある。この記事からリンクされる動画は、ちょっと感動ものだ。

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何しろ、プリーツ・スカートみたいに見える「キルト」というのは、実は大きな 1枚のウール生地なのである。まずそれを広げてプリーツを着け、寝転がって体全体に巻き付ける。起き上がるとウエストから下が二重のスカートみたいになり、その外側を上半身にたくし上げるのだ。

百聞は一見にしかずというから、下の画像をクリックして Reddit に投稿された動画を見ていただきたい。「なるほど!」と理解できると思う。

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こんなに大きな布を手間をかけて身に付けるというのは一見ナンセンスに思えるが、下に紹介したコメントをみれば納得される。

衣服としてしか使わないのであれば、非効率的だ。キルトは寝袋、毛布、レインコート、テント、タープとしても使える。17世紀の人々にとっては、非常に汎用性の高いものだ。

それがよくわかる動画もある。タイトルからして "The Great Kilt -ULTIMATE SURVIVAL BLANKET? - Outdoor Clothing & Shelter in ONE Multifunctional Cloth"(偉大なるキルト - 究極のサバイバル・ブランケット? - 1枚の多目的生地でのアウトドア服 & シェルター)というものだ。

とにかく動画の冒頭からして簡易テントや寝袋としての使い途の紹介なのだから、ちょっとわくわくする。

「うちにはキルトを着る床のスペースがない」というコメントへの解答は動画の 11分 23秒あたりから示される。草の上に広げてやる方法もあるし、なんなら立ったまま広げずにやる(12分 2秒あたりから)こともできるのだ。

「プリーツを付けるのが面倒」という向きには、ファーストベルトを通して簡単にプリーツを着けるためのループ付きキルト(12分 30秒あたりから)もある。さらに大きなポケットのように使うこともできる(14分 35秒)し、「おぬし、なかなかやるな!」ってなもんだ。

私も 1枚欲しくなってしまうほどだが、これだけ大きなウール生地だと、かなりお高いだろうなあ!

値段を調べようと Amazon にあたってみたのだが、キルティングの生地既製品のスカートみたいなものしか見つからなかった。要するに、大きなウール生地を手に入れればいいのだろうね。

【追記】

ざっと調べてみたところ、ウール 100% のハリスツィードだとこんなところのようだ。お値段は 50cm で 1,990円。

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用尺 4m は必要そうだから、税込みで 9,000円弱。単なる酔狂(さすがに来て外出したら目立ち過ぎ)にしてはちょっとしたお買い物になっちゃうよね。妻に怒られそうだから、我慢しとくか。

 

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2024年2月21日

松任谷由実『春よ、来い』の、歌詞のもやもや

下の画像は、「サラリーマン書道家 教証~KYOSHO~ の 筆文字日記」というブログの 2018年 3月 1日付 「春よ、来い」にあるもの。ほかにも見事な書が満載で、オススメである。

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今日は急に気温が下がってしまったが、昨日まではかなり暖かかったせいか、ラジオを聞いているとこの歌、松任谷由実の『春よ、来い』がやたらと流れていた。私はこの歌を聴くと、ちょっと複雑な気分になってしまうのである。

最初に紹介したブログにはこの歌詞について「文語調と口語が入り混じった独特の歌詞」と紹介されている。確かにこの部分、「春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の なつかしき」までは文語で、最後の「声がする」が口語だ。

こうなってしまうと私の場合、「独特の歌詞」と物わかりよく済ますことができない。フレーズごとに使い分けるならいいが、一つのフレーズで「なつかしき」までが文語なのだから、結びの一言まで文語で通したいと思ってしまうのだよ。

しかしこれを単純に文語にすると「なつかしき 声す」となってしまい、メロディに乗らない。そこで伝家の宝刀「ぞ+連体形」という係り結びの法則に登場してもらうことになる。

というわけで最後の部分を心の中でそっと「なつかしき声ぞする」と歌い直し、ようやくスッキリするのである。これって、こちらと平行してもう一つ、「和歌ログ」なんてブログをやってるせいもあるんだろうが、早く言えば一種のビョーキみたいなものかもしれないね。

まあ、そもそものことを言ってしまえば、タイトルからして『春よ、来よ』としたいところだし、ほかにも文法的な誤りはあるのだが、これ以上いちいち取り上げたら口うるさいじじいみたいになるから、敢えて放っとくことにする。

 

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2024年2月20日

厚労省「飲酒ガイドライン」におけるジェンダー観

厚生労働省が酒に含まれるアルコールの量によって健康へのリスクが高まることを示した「飲酒ガイドライン」を初めて作成したと各メディアが伝えており、ネット上では「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン(案)」というのが見つかる。下の動画は、昨日の ANN ニュースだ。

この「飲酒ガイドライン」において、生活習慣病のリスクを高める飲酒量は「一日あたりの純アルコール摂取量が男性 40グラム以上、女性 20グラム以上」とされている。この数字自体は目新しいものではなく、2013年発表の「健康日本21(第二次)」の中にも見えるから、10年以上も言ってるわけだ。

私は今月 12日の飲酒に関する記事で「1週間に 14単位以上のアルコールを摂取する人のほとんどは脂肪肝」という海外情報を紹介している。「1単位」はアルコール量 20グラムのことだから、「1週間に 14単位」は 280グラムで「1日当たり 40グラム」と一致する。

要するにガイドラインで示されたアルコール量は、海外情報に基づいた数字のようなのである。ただ、日本人は体質的に酒に弱い傾向がある(参照)というよく知られた点については、ここでは意識的にか無意識的にか無視されていて、欧米人の基準そのままの適用だ。

これと対照的に、厚労省はアルコール摂取量の男女差(上述の「男性 40グラム、女性 20グラム」という数字)という点についてはことさら熱心という印象なのである。女性の摂取量目安が男性の場合の半分とする公式文書は、私がざっと探してみたところでは、少なくとも英語圏では見当たらないのだが。

冒頭で紹介した「ガイドライン(案)」では、この男女の大きな差の根拠を示すために「参考文献」として海外論文を 9つも示しているが、一見する限り 2:1 という数字の十分な理由になるようには思われない。ちなみに他分野の参考文献は、「高齢者」7、「若者」4、「体質」4、「その他」5 である。

このガイドライン作成の関係者は、男性は欧米人並みに飲んでも OK としながら、女性のアルコール摂取量をことさら低く抑えるために、他分野に比して明らかに多くの海外論文を援用しているとわかる。なにしろ「若者」「体質」に関する文献の 2倍以上だから、読むのも大変だったろうに。

その意味で今回のガイドラインの基本は、「男性は欧米人並みにビール 2本飲んでもいいけど、女性は 1本までに抑えてね」というトーンなわけだ。これって因習的な男女観に妙に日本的な配慮をした結果なのかもしれないなんて思うのは、穿ち過ぎだろうか。

それから ANN ニュースにある「行動面のリスクとして暴力行為を起こしたり金銭や機密書類、USBメモリを紛失したりする危険もあるなどの例が挙げられた」という妙に具体的な文言には、ちょっと笑ってしまった。厚労省のお役人の中にも、泥酔して USB メモリなくしちゃったのがいるに違いない。

最後に念のため付け加えておくが、私は「女性ももっと酒を飲め」と言ってるわけでは決してないので、そのあたりなにぶんよろしく。

 

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2024年2月19日

クルマのナンバーで「1122」というのは多いが

クルマのナンバーで「1122」というのはかなり多くて、ちょっと大きめの店の駐車場では必ずといっていいいほど 1台以上見かける。「いい夫婦」という語呂合わせらしい。

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で、先日ある店の駐車場に入ったところ、向かい側の列に 3台並んだクルマが「1122」「1132」「1121」という、何だか示し合わせたようなナンバーだった(画像は辛うじて 4桁のナンバー以外は判読できないように縮小してある。念のため)。

ちなみに 3つのナンバーに表示された地名はそれぞれ違うので、同じ所有者がナンバーを揃えて取得したとは思われない。「それがどうした?」と言われればそれまでのことで大した意味はないのだが、この揃い方がまったくの偶然のようだというのがちょっとした驚きである。

「1122」は RV で、いかにもファミリーで乗るタイプなので「いい夫婦」というのはうなずける。残り 2台は軽自動車で、そうなると「1132」は「いいミニ」というココロなのかもしれない。ただ、残る 1台の「1121」はどういうことなのかわからない。

私のクルマのナンバーはどうでもいい数字の羅列だが、世の中にはいかにも誂えた風のナンバーがかなり多く、とくに「11〜」で始まるナンバーはかなりの比率になると思う。「いい〜〜」というこだわりなのだろうね。

そういえば 2年半ほど前に「希望ナンバーにしてるクルマって、結構多いんだね」という記事でいろいろ写真入りで紹介している。4,000円出すと希望のナンバーを付けてもらえるということらしいのだが、日本語の数字の読み方というのは語呂合わせしやすいのでつい誂えたくもなるのだろう。

ただ私としてはそうした趣味はないので、4,000円でおいしいものでも食う方がいいなあ。

 

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2024年2月18日

指を使った数え方、日本式が便利でスムーズなんだが・・・

パンドラの憂鬱というサイトに ”海外「なんで日本だけ違うんだ?」指を使った数の数え方が日本人だけ世界的に特殊だと話題に” という記事がある。なるほど、日本以外は折った指を立てていくという「外向的」な数え方だが、日本は立てた指を折っていくという「内向的」なアクションだ。

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上の画像では、一番上が米国・中国式、2番目がドイツ、イタリア、フランス、スペインなどのヨーロッパ式、そして一番下が日本式である。

日本では昔から「指折り数える」なんて言うが、日本式以外だと「指立て数える」と言わなければならないだろう。そして日本式は常に掌を自分の方向に向けるのが特徴だ。向こう側に向けて数えるなんてことは、ほとんどない。

ということは、日本式は自分の目で確認しながら数えていくためのメソッドで、いわば「内向的」かつ「連続進行的」である。そして日本式以外は「数える」という連続性よりも、外に向かって「数を示す」という「外向的」かつ「固定的」な機能の方がやや大きいだろう。

「残りは 3つしかないよ!」と言う時には、指を 3本立てて他に示す方が圧倒的にわかりやすい。そして注目すべきことに、日本人だってそんな場合は米国・中国式に指を立てる。指を 3本折った状態で他に示すことなんてないのだから、意識的、無意識に関わらず使い分けているのだ。

それだけに「数を連続的に数えていく」という機能に限定すれば、日本式の「指折り数える」やり方にメリットがある。それは 5 まで達したら、あとは逆戻りして指を開きつつ「6,7,8・・・」と、10 まで数えられるということだ。他の方式だと 10まで数えるには両手を使わなければならない。

さらに余計なお世話かもしれないが、米国・中国式だと 3 を示すのに小指を折って親指で押さえるというのが結構難しいし、ヨーロッパ式だと 3 から 4 に移る時に一度開いた親指をたたんで小指を開くという、ちょっと変則的な動きになってしまう。その点でも日本式は圧倒的にスムーズだ。

元記事へのコメントを見ると、外国でも日本式の数え方をしているという人は少なくない。それだけ、慣れてみれば日本式が便利と言うことだろう。そしてパンドラの憂鬱の記事は、最後で筆者が次のようにまとめている。

基本的には人によるでしょうかね。
自分も最後から2番目の方と同じで、
自分のために数える時は「日本式」で、
相手に伝える時は「米国式」ですね。 

穿った見方をすれば、「内向き/外向き」で表現がガラリと変わるメソッドというのは、そもそもの日本的メンタリティを象徴しているとも言えそうである。

 

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2024年2月17日

大阪万博を通して見える不思議な現象

毎日新聞が「万博費膨らみ大阪府・市 836億円超 今後 10年赤字 当初予算案」というニュースを伝えている。万博関連で発生する大赤字の穴埋めなどに 10年かかるというのである。まあ、これで得する土建屋とか広告代理店とかのセクターはハッピーなんだろうけどね。

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それにしても不思議な現象である。大阪周辺に限った調査でも 3人に 1人しか行きたいと思っていない(参照)イベントの開催を無理矢理推進している大阪維新の会が、選挙となるとどういうわけかやたら高い支持を得てしまうのだ。

そしてこのイベントに関しては、自民党まで不思議な執着を見せているというのも不思議な現象である。昨年秋に菅元首相が「国を挙げて取り組むべき」なんて寝言を言っているが、所詮寝言だけに意味がわからない(参照)。

こんなものに「国を挙げて」取り組んでもしょうがないだろうに。いずれにしても、維新の会というのは自民党とかなり通じちゃってるというのが透けて見えてしまう話だ。

現代ビジネスが ”プーチンなみの「支持率 7割超え」…!? なぜ維新は「大阪人だけ」をこんなにも熱狂させているのか” と報じている。こんなに極端ではないにしろ、国政も似たようなところがある。岸田内閣の支持率がわずか 25%(参照)なのに、自民党政権は安泰なのだから。

どうもこの国では、個々の政策や政権が支持できなくても政党は支持するという、摩訶不思議な傾向があるようなのだね。

不満はいろいろあっても、大きな変化は望まないということなのか。あるいは表面的に大きな変化と見えることがあっても、中身は全然変わらないということが見透かされているのか。まあ、この両方の合わせ技なんだろうが。

それにしても維新の会という政党は、保守のようで革新のようで、絶妙なまでに訳のわからない立ち位置だよね。

 

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2024年2月16日

トランプとバイデンの「じいさん対決」を巡る冒険

マネー現代が ”トランプとバイデンの「高齢対決」再び?米大統領選から考えるアメリカ人の「定年後」” という記事で "「本選挙では 81歳のバイデン氏と 77歳(11月5日の投票日の時点で78歳)のトランプ氏の「再対決」の可能性" と報じている。実際は「可能性」どころじゃなく、「ほとんど決まり」だよね。

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「もうちょっと若くてマシな候補者っていないのか?」と言いたくなるが、結論としては「いない」ということになる。いればこんな「じいさん対決」になんかならない。

どうしてこんなことになってしまったのかと言えば、有能な若手の参入がなかったからに決まってる。ほかの分野ではそれなりに有能な若手が輩出しているのに、政治の世界ではこんなじいさんしかいないというのは、政治家というのがもはや「不人気職業」になってしまったからだろう。

ドナルド・トランプとジョー・バイデンの 2人はたまたま親の代からの政治家というわけではないが、米国でも政治家は世襲が多くなっている。ケネディ家とブッシュ家が有名だが、ほかにも世襲議員は山ほどいる。米国の選挙はとにかく金がかかるから、金持ちの家系でないと参入しにくいのだ。

世襲議員といえば、日本はそればっかりみたいな様相になっている。金の問題ばかりでなく「地盤」だの何だのという面倒な要素が絡むので、親が政治家だとぼんくら息子でも後を継ぎやすい。

私は世襲ということに意味があるのは、歌舞伎や能などの伝統芸能ぐらいのものだと思っている。日本では政治が伝統芸能みたいな世界になってしまっているのだから、まったくどうしようもない。

さらにタレントからの転身というのも多い。ちなみにドナルド・トランプは富豪ではあるが、タレント政治家とみるとかなりしっくり来る部分があり、下の動画がそれをよく示している。

この動画でトランプはレスラーのボビー・ラシュリーと組んでド派手なベビーフェイス(善玉)を演じ、プロレス団体 WWE のオーナーでヒール(悪役)のヴィンス・マクマン(東スポ的には「ビンス・マクマホン」)を坊主頭にしている。詳しいストーリーはこちらだが、お恥ずかしいほどの猿芝居だ。

バイデンはさすがにこんな馬鹿はやらないが、いくらなんでも年を取り過ぎている。というわけで私は今年の米国大統領選にはシラけきっていて、政治そのものに関してもあまり期待しない方がいいと思っている。

【2月 17日 追記】

上のビデオで頭を丸刈りにされるというパフォーマンスを見せたヴィンス・マクマン(東スポ的には「ビンス・マクマホン」)が、性的暴行で提訴されて WWE を保有する親会社の会長職を辞任したんだそうだ。いやはや、私生活でまでヒールだったとはね。

プロレスの話題だけに、東スポの記事にリンクしておく。

 

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2024年2月15日

「50歳からの」という通俗マーケティングの怪現象

読売新聞オンラインに ”出版界の怪現象「50歳からの」と題名をうたった本が続々……読書案内や精神論、旅案内も” という記事がある。このタイトル、「〜と題名をうたった本」という言い回しにもちょっと「怪現象」っぽさを感じるよね。

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ただこれ、見出しを付けた編集者の方の言葉センスの問題のようで、本文はオーソドックスにこんな書き出しなので安心した。

題名に「50歳からの」とうたった本を最近、書店でよく見かけるようになった。

「50歳からの〜」というタイトルの本が増えたことの理由はまったく単純な話で、日本の年齢別人口を見ると 50歳前後が最も多いということのようだ。人口が多いなら少しは売れるだろうという、単純マーケティング視点である。

記事に添えられた統計グラフによれば、50〜54歳の人口が 970万人、45〜49歳の人口が 903万人と、明らかに多い。いわゆる「団塊ジュニア」世代だ。

ただ驚いたことに、見たところ私(現在 71歳)の属する 70〜74歳 という年齢層が 45〜49歳に続いて 3番目になっている。詳しい資料(総務省統計局人口推計)を参照してみると 2024年 1月現在、70〜74歳は 867万人で、団塊の世代より多いじゃないか。

いわゆる「団塊の世代」は「第一次ベビーブーム期(1947~49)の生まれだから、昨年 1月時点の資料では 75〜79歳の層なのだが、人口は 755万人となっている。「数の力」を武器としてきた彼らもそろそろあの世に召される時期に差しかかり、減少し始めているようなのだ。

世の通俗マーケッターたちとしては、これまで金科玉条としてきた「団塊の世代」の威力が失われてしまったので、それならばと「団塊ジュニア」に軸足を移したということなのだろう。

ちょっと蛇足だが、こうした企画の一つ、中央公論新社編『50歳からの読書案内』という本の紹介文に "50歳は「人生100年時代」の折り返し地点 " とある(参照)のに驚いてしまった。いつの間にか、人はフツーに 100歳まで生きるってことにされてしまったようなのだね。

しかし 80歳に近付いた「段階の世代」向けに『残された 20年以上の読書案内』なんて本を出しても売れるはずがないから、これもまたお馴染みの「雰囲気のもの」なのだろう。

 

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2024年2月14日

今どきの定期券事情を巡る冒険

私はかなり前から いしかわ じゅん マンガのファンで、”毎日新聞朝刊の 「サクラダ・ファミリア」(聖なる桜田家)” (2015年 2月 5日付)を書いた当時は紙の新聞で読んでいたが、今は新聞購読を止めてしまったので、恐縮ながら金を払わずネット(参照)で読んでいる。

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というわけで、『桜田です!』も連載開始から既に 7年が経ったのだね。上は今月 12日付のもので、桜田家のお母さんの「寝ぼけネタ」は定番だが、この日はお父さんまで春の陽気のせいで寝ぼけてしまっている。

お父さんが定期券を持たずに会社に行こうとしたので、お母さんが寝ぼけまなこで探し当て、それをもって自分が「じゃあ、いってきまーす」なんて出かけようとしてしまうというオチだ。後ろでお父さんが半分寝ながら「いってらっしゃ〜い」なんて言ってるのも、なかなかの風情である。

我が家ではこのマンガに夫婦で笑った後で、「ところで今の定期券って、一体どんなの?」という話になった。私は 2011年(あの東日本大震災の年だ)に勤めを辞めてフリーランスになって以来、12年以上にわたって定期券なんて持ったことがないから、今どうなってるのか全然知らないのだよ。

ちなみに昔の紙の定期券って、こんな感じだった(参照)。何と今の世の中では、こんなものが売り物になってしまうのだね。

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素材は単なる紙だった定期券が、いつの頃からか改札口の無人化に伴い磁気カードに変わったのを今でも覚えている。入場する度にいちいち定期入れから取り出して、改札口のスリットに通してやらなければならないのが面倒だったなあ。そして何と、この磁気カード式の定期券は今でも現役のようなのだ(参照)。

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もっとも今は IC カード(JR 東日本で言えば ”Suica”) が当たり前になってるから、定期券も「Suica 定期」が定番になってるんだろうと検索してみたら、やはりそうだった。今は多くの人がフツーに自動販売機で Suica 定期券を購入して(参照)、フツーに「ピッ」とタッチして改札を通っているのだね。

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ただ、私は最近では Suica アプリを iPhone に入れて「モバイル Suica」として使っているのだから、「モバイル Suica 定期」ってものもなければ困る人が多いだろう。そう思って調べてみたら、これもやっぱりあった(参照)。

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Suica アプリを自分で操作し、クレジットや Apple Pay で定期を購入できるというのだから、自動販売機に並ばなくてもいいというメリットが大きそうだ。しかし桜田家のお父さんは、スマホは持ったのに定期券は忘れてるというのだから、Suica アプリなんて使っていないんだろう。

ちょっと調べたところ、「鉄道会社のアプリ利用率は 1割、ICカード利用は約 8割――スパコロの調査から(首都圏 1都 3県対象)」という記事が見つかった。2021年 6月の記事だからちょっと古いが、やっぱり Suica などの IC カードって、明確な「カタチ」があるだけにアプリなんかより強いようなのだ。

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モバイル IC カード(いわゆる「Suica アプリ」みたいなもの)の比率は 20代でも 22.6% だったのだから、全体的な比率は今でもそれほど大きくは変わっていないのではなかろうか。もしかしたら、いしかわ じゅん先生の脳内の定期券は Suica ですらなくて磁気カード止まりだったりして。

もっともかく言う私だってこんなようなことは今回調べてみて初めて知ったのだから、必要のないことなんて全然知らなくてもそれほどの不都合はないようなのだね。

とはいえ、直接必要のないことでもいろいろなことに興味を持って調べてみるというのは脳の活性化にいいという話もあるから、たまにはこんなような酔狂をしてみる意味はあるのだろう。

 

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2024年2月13日

過度の飲酒習慣は「幻想」によってもたらされる

昨日は「酒って、カラダとアタマの両方を変えてしまうのだね」なんて思わせぶりなタイトルの記事を書いたが、それは本日付と合わせて 1セットにしようと考えていたからである。参照したのは昨日同様 Gigazine の、「なぜアルコールのない人生はつまらないと感じるのか?」という記事だ。

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この記事は冒頭からして飲酒にかなり批判的だ。こんな感じである。

以前は「適度な飲酒は健康にいい」といわれることがありましたが、その後の研究により飲酒は適量であっても脳を萎縮させ、心臓の健康を害することなどが明らかになっており、アルコール製品にがんに関する警告表示を義務づけるべきとの声も上がっています。

Gigazine ではこの他にも、飲酒に批判的な記事が目立つ。これは Gigazine の方針が「反アルコール」だからというわけじゃなく、このサイトのほとんどが欧米のニュースを翻訳紹介したものだからだろう。要するに昨今の欧米のトレンド自体が「反アルコール」なのだ。

今回の記事の元記事は Psychology Today の "Why Life Can Seem Joyless Without Alcohol" で、サンフランシスコのセラピスト、ジャネット・フー(Jeanette Hu AMFT)氏の寄稿によるものだ。彼女自身も以前はアルコールが手放せない生活を送っていたというだけに説得力がある。

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日本語版のタイトルはまんま翻訳だが、元記事には”An illusion created by habit, desire, and narrowed attention.”(習慣、欲望、狭められた関心によって形成される幻想)というサブタイトルが付いていて、これが全てを物語っていると言っていいだろう。

彼女によれば、飲酒は習慣化しやすく、それは「きっかけ」から入って「ルーチン」(決まり切った日課)となり、そして「報酬」という道筋を辿る。飲酒の場合の「報酬」とは、酔った時の「陶酔感」だろう。

この道筋によるループを繰り返すうちに「習慣」がもっと酒を飲みたいという「欲望」に繋がり、さらには「狭められた関心」に至る。それは飲酒のほかに喜びが見いだせないという状態だ。

フー氏は、こうしたことは「脳によって作られた幻想」に過ぎないとし、次のように語る。

喜びのある人生には、お酒に酔って騒ぐことよりもはるかに多くの価値があります。アルコールだけが価値あるものだという脳の主張にだまされてはいけません。強烈な欲求があったとしても、時間がたつにつれて渇望は弱まり、最終的に収まります。

これって過度の飲酒習慣の克服に限らず、人生のいろいろな問題においてもかなり示唆的な話だろうね。

 

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