2021年4月19日

「ズーム疲れ」という新種のストレスがあるらしい

NATIONAL GEOGRAPHIC の「ビデオ会議は女性の方が疲れやすい、1万人調査」という記事を読んで、世の中には「ズーム疲れ」という新語が生まれていると知った。ZOOM を使った会議では、従来の対面の会議にはないストレスがあり、女性の方がそれを感じやすいというのである。

210419

この問題の研究チームによれば、「ズーム疲れ」の要因は 4つあるという。次のようなことだ。

  1. 非言語的な手がかりがわかりにくい。(画面では肩から上しか見えないので、ボディ・ランゲージが伝わりにくい)
  2. ビデオ会議中はウェブカメラの枠内に常に収まっていなければならないと感じ、自由に動けないことにストレスを覚える。
  3. 多くのビデオ会議アプリは、初期設定で自分の顔が表示される状態(セルフビュー)になっている。だが、そのまま自分の顔を見続けていると、「鏡不安(mirror anxiety)」に陥ることがある。
  4. 他の人々が自分のことをじっと見つめているのではないかという思いにとらわれてしまう「ハイパーゲイズ」現象がおきる。

なるほど。ただしかし、日本人は西欧人ほどボディ・ランゲージを多用しないので、1番目の問題はあまり大きくないかもしれない。ただ、2番目の「自由に動けない」というのは、確かにストレスだ。メモを取るための俯き姿勢や、ちょっと気分を変えるための「もぞもぞ動き」も、なんとなく憚られてしまう。

「それって、大きいよね!」と言いたくなったのは、ZOOM の自分の顔が常に一番目立つ左上に表示されるという設定だ。これって結構なストレスで、つい「自意識過剰」に追い込まれそうな気がする。私の場合はありがたいことに、「ハイパーゲイズ」ということにはならずに済んでいるが。

3、4番の問題に関しては、確かに女性の方が強くストレスを感じてしまうのだろう。もしかしたら、化粧の具合まで気になってしまうかもしれない。私もつい最近、「しまった、今日の髪の毛、ヒドい寝グセじゃん!」と気付いて、会議中にずっと居心地悪く感じたことがある。

ちなみに私の場合、ZOOM を使うことの不満は、多人数の会議ではなく 1 対 1 の「対話形式」の時に最も強く感じられる。リアルの対面なら相手の周囲の状況なども含めて得られる非言語的情報量が多いが、オンラインだと、ポートレイトのようなフレーム内のことしか伝わってこない。

「こいつ、表面だけ取り繕ってるな」と感じても、なかなかそれ以上ツッコみづらく、膨らみのある会話にもっていくのが難しい。オンラインというのは、不慣れという要素も大きいのかもしれないが、なかなか「ボケ/ツッコミ」の妙が成立しづらいのだ。

というわけで、事務的な「会議」なら ZOOM で十分だが、パーソナリティに至るまでの理解が必要な「対話」となると、ストレスを感じてしまうことが多い。やっぱり「リアル対面」の情報量にはかなわないよね。

 

| | コメント (0)

2021年4月18日

「たんぽぽ」は「ダンディなライオン」じゃなかった

いきなり 60年以上も前の話で恐縮だが、その昔、私の入った幼稚園というのは年少、年長組ともに 2クラスずつあって、年少が「ぼたん組/ばら組」、年長が「たんぽぽ組/ひまわり組」に分けられていた。そして私は「ぼたん組 → たんぽぽ組」と進んだのである。

2104182

このクラスのネーミングが、当時の私にとっては「小さな不満」の種になっていた。隣は「ばら → ひまわり」と、一貫してかなりぱっとしたイメージなのに、「ぼたん → たんぽぽ」というのは、花の色が似てはいるものの地味すぎじゃないか。とくに「ひまわり - たんぽぽ」の落差は大きい。

そんなわけで、「俺って、この先、大人になってもずっと日の当たらない道を歩くことになるのかもしれない」なんて、子どもらしくもない余計なことを思ったりしていたのである。

ところが、その不満が消えたのが中学生の頃だった。ラジオの深夜放送か何かで、「たんぽぽ」は英語で「ダンディ・ライオン」と言うと聞き、辞書を調べると、確かに "dandelion" とあるではないか。

「おぉ、俺、獅子座の生まれだし、『ダンディなライオン』なら『ひまわり』の "sunflower" に見劣りしないじゃん!」

ストレートに "dandylion" というスペルではないし、あんな小さな花がどうして「ライオン」なのかよくわからないが、それまでの不満はこれであっさり解消した。何て単純な中学生!

ところが長ずるに及び、改めて調べてみると、「たんぽぽ」は決して「ダンディなライオン」という意味じゃないらしいということがわかってきた。大抵は goo 辞書のごとく次のように解説されているのである(参照)。

《古フランス語で、ライオンの歯の意》西洋蒲公英 (たんぽぽ) 。

「なぬ、 『ライオンの歯』だと?『ダンディなライオン』じゃないのか?」というわけでさらに調べると、Top-biz のサイトに次のように解説されている(参照)ような、実際の話がわかってきた。

ダンデライオンという言葉は、英語では「dandelion」と表記しますが、語源となったフランス語では、「dent de lion」と表記します。(中略)

フランス語では「dent」が歯を意味し「de」は「~の」という意味になり、「ライオンの歯」という意味になります。

「なんだ、英語の "dandy" とは無関係なのか!」と、脱力してしまったのである。「デンタル・ライオン」なんて、どっかの国の歯磨きじゃあるまいし。

ただ、脱力しただけで、昔のように単純に「小さな不満」を感じるに至っていないのは、年齢を重ねるにつれて少しは大人になった証なのかもしれない。

 

| | コメント (2)

2021年4月17日

今の子どものいう「会社員」は英語で?

Quora に「会社員て英語だとなんと言いますか?employees とか? worker? 日本の子供の夢の職業とのことです」という質問がある(参照)。これ、なかなか面倒くさい質問だ。

フツーに検索すると、確かに "employees" とか "office worker" とかいう言葉が出てくる(参照)。ただ、それだけで済ませるのもなんとなく物足りない。「会社員という職業」は、妙なニュアンスを含んだもののようなのだ。

そもそもこの質問が出てきたことには、裏のストーリーがある。第一生命の毎年恒例「将来なりたい職業」という調査で、昨年は男子の小中高生、女子の中高生のトップが「会社員」だったというニュースをもとにしていると思われる(参照)。

「ユーチューバー」「サッカー選手」「IT エンジニア・プログラマー」といった定番の人気職業を抑えて、「夢がない職業の代表」みたいに思われている「会社員」がトップだったというのは、ちょっとした驚きをもって迎えられた。

それで「英語に詳しい」と自ら言う Kumi Kaoru さんは、次のように答えている。

日本の雇用システムは世界でも非常に変わっているので「会社員がいい」のニュアンスは外国語に置き替え困難です。

The Japanese kids seem to be aware that freelancing is not such a desirable career in Japan.

すなわち「フリーランスは日本ではそんなにいい進路ではないと日本の子どもたちは気づき出している様子だ」くらいにアレンジしないといろいろ誤解されてしまいます。

これ、とても気の利いた回答だと思う。「会社員」を直訳しようと試みるのではなく、日本の状況を踏まえた上で、子供たちが現実的な希望を抱くようになったのだという文脈で言い換えているのだ。

私の感覚としては、日本の子供たちが「当たり障りのないサラリーマン」になりたがっているのだという気がしている。それで思い出したのが、ハナ肇とクレイジーキャッツの 1962年(私が 10歳の年)のヒット曲「ドント節」だ。こんな歌詞である。

サラリーマンは 気楽な稼業ときたもんだ
二日酔いでも寝ぼけていても
タイムレコーダーガチャンと押せば
どうにか格好がつくものさ
チョックラチョイとパアにはなりゃしねえ

半世紀以上も前の歌が、今の世に妙な現実感をもって共感される可能性を思うと、複雑な感慨に浸るほかないよね。

いや、待てよ、今の「会社員」は、1960年代の「サラリーマン」ほど「気楽な稼業」じゃなくなってしまっているかもしれない。何しろ「人員整理」だの「希望退職」だのいう言葉がフツーに飛び交っているようだから。

 

| | コメント (0)

2021年4月16日

ビデオ会議では「良いマイク」を使えというのだが

Gigazine に「ビデオ会議で良いマイクを使うと賢そうな印象を相手に与える」という記事がある。ふぅむ、私の場合は Mac 付属のマイクで、それほど「お馬鹿」とは思われていないようだし、他の人のマイクも特別誂えではなさそうだが、とくに不足を感じたことはないんだがなあ。

210416

記事には「ビデオ会議での会話音質は相手への印象も大きく左右すると、マーケティング調査企業の Ariyh の設立者であるトーマス・マッキンレイ氏が解説しています」とあるので、その Thomas McKinlay という人の "High quality audio makes you sound smarter" という記事に飛んでみた。

まず気付いたのは、Gigazine の記事見出しでは 「良いマイク」だが、元記事では "high quality audio" (高品質のオーディオ)であり、マイクだけに限った話じゃないということだ。その上で調査結果の数字に注目すれば、「高音質の方が多少はいい結果を得られる」というのはどうやら間違いない。

ただ、最近は仕事で何度もビデオ会議に参加している私自身の印象としては、大切なのは「良いマイク/オーディオ」なんかより「作法」なんだと思う。実際問題としてハードウェアはごくフツーで十分だが、ソフトウェアとしての「作法」次第で、与える印象は決定的なまでに左右される。

ビデオ会議の作法で最も基本的なことは、自分が発言していない時にはマイクを「オフ」にすること。ずっと「オン」のままだと、余計なノイズやエコーを拾って他の参加者をイライラさせることになり、当然にも「賢い人」とは思ってもらえない。

マッキンレイさん、元記事の洒落たタイトルからの印象通り、"sounds smart"(賢そう)な人なんだろう。とはいえ率直に言えば、マイク/オーディオへの投資だけで文字通りに "sounds smart" になるとは限らない。要するに話が「それらしい」というだけである。

そもそも自分が「良いマイク/オーディオ」に多少の金をかけても、相手のスピーカーがちゃっちかったら、違いなんてそれほどわかるものじゃない。要は双方向の話だからね。

それにビデオ会議の作法の身についていない人が下手に「良いマイク」を使ったりしたら、余計な音をさらにしっかりと拾うことになりかねない。挙げ句の果てにハウリングなんか起こしたりしたら、明らかに逆効果になってしまうので、ご注意。

 

| | コメント (4)

2021年4月15日

オリンピック開催を巡る二階幹事長の雰囲気発言

自民党の二階幹事長が東京オリンピックに関して「これ以上無理だということだったら、すぱっとやめないといけない」と言明したというニュース(参照)を知り、「おお、このおっさんと初めて意見が一致した!」と思ったのだが、どういうわけか、その日のうちに発言がコロリと変わってしまったようだ。

210415_20210415200801

「すぱっとやめないといけない」と言った舌の根も乾かないうちに、「何が何でも開催するのかと問われれば、それは違うという意味で発言した」と、無理矢理気味に釈明する文書を発表した(参照)のだそうだ。何だか知らないが、ちょっと「ヤバい!」と思ったのだろう。

ところがその同じ釈明文書に、「自民党として安全、安心な大会の開催に向け、しっかり支えていくことに変わりはない」とも明記してあるという。「何が何でも開催するというわけではない」のだが、「開催に向け、しっかり支えていく」というのだから、何を言いたいのかさっぱりわからない。

そもそもこの人、今年 1月には「開催しないという考えが(あるなら)聞いてみたい」と、注釈付きでないとわからない言い方もしていたらしい。この人、昔から雰囲気だけでものを言うところがあって、その真意が何なのかは自分でもわかっていないんじゃないかという気がしてしまうのである。

いずれにしても、ここに来て「オリンピック開催は、無理なんじゃないの?」という雰囲気が、与党内にも漂い始めているんじゃあるまいか。この「雰囲気」が「明確な意見」になる前に、二階さんみたいなオッサンがいろいろ言ったり引っ込めたりして周囲の反応を探るということが多い。

いわゆる「観測気球を上げる」ってやつで、自民党が昔から取ってきたスタイルだ。ただ、そんなような手垢の付いたスタイルでやっていこうとしても、オリンピックに限ってはもはや時間がなさ過ぎるので、しょうがないから結局「開催強行」で押し切るほかさそうといった事情も読み取れる。

こっちはもう、知ったことじゃないが。

【4月 17日 追記】

AERA の "二階幹事長「五輪中止」発言 霞が関、永田町で皮肉にも賛同が広がる 「やっちゃった」(二階派幹部)" という記事が笑える。

 

| | コメント (0)

2021年4月14日

LGBT 非当事者による「LGBT の自分事化」って?

HUFFPOST に "LGBTQ 非当事者、「知っているけど自分事化できない」が最多 電通がマジョリティ層を分析" という 4月 13日付の記事がある。電通の LGBTQ など性的マイノリティに関する調査「LGBTQ+調査2020」に関するものだが、このタイトルに妙に引っかかってしまった。

210414

私としては LGBTQ そのものにはほとんど引っかかりを感じないが、「自分事化」という言い回しに妙に引っかかってしまったのである。「他人事と思うことの反対なんだろうなあ」と無理に納得してみたものの、「じゃあ、非当事者が他人事じゃなく思うってどういうことだ?」と、さらに引っかかる。

念のため電通のサイトに行ってみると、元記事は "ストレート層を初めてグループ化し、LGBTQ+ に対する意識/知識を分析。調査対象で最も多いのは LGBTQ+ を知ってはいるものの自分事化できていない「知識ある他人事層」" というものだった。どうでもいいけど、タイトルが長すぎる。

この記事をよく読み込んでみると、「LGBTQ+ を知ってはいるけど自分事化できない」というのは、「単に知識として知っているだけで、積極的に支援するわけじゃない」ということのようだ。要するに、本文に出てくる「アクティブサポーター」というわけじゃない存在のことなんだろう。

最近の広告業界では「積極的な共感や関わり」のことを「自分事化」なんて言うのだね。てことは、「無関心」は「他人事化」なんだろう。さらに言えば、「無関心を装う」のは「疑似他人事化」ってわけか。

私の感覚としては、「非当事者」なんだから「自分事化」できないのはごく当たり前の話で、別に無理矢理「我が身に関わること」なんて思う必要はないだろうと考えてしまう。LGBTQ+ については、ただ「それも十分ありだよね」とさらりと認めさえすればいいだけじゃないか。

単純にそう認めるだけで、「同性婚には反対!」なんてことさら声高に言い張らなくてもよくなる。私としてはただ、「あんたが同性と一緒になれって言ってるわけじゃないんだからね」と言ってあげたいのだよ。文字通りに「自分事化」しろってわけじゃないんだから。

【追記】

いずれにしても「他人事」は「たにんごと」じゃなくて「ひとごと」と読みたいものではある(参照)。

 

| | コメント (0)

2021年4月13日

「会議は 30分」というトヨタ的テーゼの導くものは

東洋経済 ONLINE に "トヨタの会議が「30分で終わる」超合理的な理由" という記事がある。"少しの差を積み上げ最終的に大きな時間を作る" というサブ見出し付きだ。それにしても「超合理的」とはスゴい。

210413

この記事の筆者である山本太平氏は「トヨタ本社のエンジニアとして、長らく生産現場にいた」方のようで、"社内で「会議は 30分!」と、口を酸っぱくして言われていた" と力説している。会議の時間が短いと他の仕事に回すことのできる時間が増えて、非常に効率的であるというのだ。

これはまことにもって「もっともな話」である。反対する理由は極めて見つけにくい。

ちなみに私は以前、合計 10年以上業界団体事務局というところに関係していて、その団体の理事が集まる「理事会」を主催していた。その他にもプロジェクトごとに企業から派遣される委員の集まる「〇〇委員会」という会議も頻繁にあったと記憶している。

業界団体の会議というのは、最低でも 1時間半ぐらいの時間を設定していた。そのくらいの時間を取らないと、定められた会議室までわざわざ各社から集まってもらうための「もっともらしさ」が出ないのである。この時間の長さは、「必要悪」というものかもしれない。

そうなると、この長い時間を埋めるために、どうしても「無駄な時間」を会議に盛り込む必要が生じる。本当に必要な話だけなら 30分足らずで終わってしまうので、適当な名目で「世間話」を交わす時間を確保するわけだ。

本当に有能な理事や委員なら、この「一見どうでもいい世間話」の中から自分の仕事に役立たせる「エキス」を吸い上げることができる。しかし他のほとんどの出席者にとっては、単に「楽しい雑談」に過ぎず、そのまま会議後の「飲み会」に突入するためのプレリュードみたいなことになってしまうのだ。

こうした体験から、「会議は 30分もあれば十分」ということには私も充分に賛成だ。とはいいながら 1時間や 1時間半の「一見無駄な時間の多い会議」をしても、有能な人はその「無駄」の中にさえ、あるいは「無駄」の中にだからこそ、貴重な何ものかを見出すことができるものである。

ただ、問題は「有能な人なんて、出席者の 1割程度でしかない」という現実だ。つまり、9割の人にとっては 30分以上の会議は「時間の無駄」でしかない。たった 1割の人のために、9割の人に「不合理」を強いるなんてことは徹底して避けるというのが、トヨタのスタイルなのだろう。

ということは、トヨタのクルマというのはほぼ 9割の人を満足させる「超合理性」を発揮することはできても、「たった 1割の人にだけアピールするようなユニークな面白さ」には欠けることが多いというのも道理である。社風そのものなのだね。なるほど、なるほど。

「面白さ」とは「無駄」の中にあることが多いものだから。

 

| | コメント (2)

2021年4月12日

「ウザいおっさん」になってしまうのが憚られて

ちょっと悩んでしまっている。というのは、関係先の女性スタッフから来たメールに「今後は代替えとして使うことにしましたのでよろしく」なんて表現があったからだ。公式の業務メールだけに、「代替え」という字面にどうしても「うっ!」となってしまったのだよね。

20210412-224342

「この場合は『代替』と表記して、『だいたい』と読んでもらう方が、軽々しくみられずに済みますよ」なんてアドバイスをするのは、それほどの手間じゃない。それにその女性スタッフとは日頃からあまりよそよそしくない程度のお付き合いはさせてもらっているので、その方が親切といえば親切だろう。

ただ、つい最近「東洋経済 ONLINE」で "ウザい「教え魔」が日本人に多すぎる訳" なんていう記事を読んでしまったので、そんなように思われるのもナンだしなあと思ってしまったわけである。この記事の冒頭の写真が上のように、いかにも「ウザいおっさん」そのものということも邪魔をする。

私は 2年ちょっと前の "「慣用読み」という便利すぎる言い訳" なんて記事で「代替」というのは「読み違えベスト 10」の 9位にランクされていると書いている。ちなみにトップは 「乳離れ」(正しくは「ちばなれ」)だそうだ。

この記事の中で私は、Amazon ショッピングの「PC 電源代替えボタン」という商品を紹介している。これ、さすがに「ヤバい」ということになったのか、すぐに「PCケース 電源ボタン リセットボタン 移動可能 ボタン スイッチ」なんていう長ったらしい名称に変更されていた。

2104122

それが現在ではさらに「PCケース用 電源ボタン」になっていて、「PC 電源代替えボタン」よりずっとわかりにくい表現になっているというのも皮肉な話である。いずれにしてもそんなような(半分は個人的な)裏の事情があるので、軽い気持ちでアドバイスするのを躊躇しちゃってるわけだ。

それにしても「代替」が「だいがえ」と読まれがちなことに関しては既に慣れてしまったが、文字として「代替え」なんて書かれることにはまだ抵抗がある。最近は日本語入力システムが妙に気を利かせすぎで、「だいがえ」という入力であっさり「代替え」に変換してしまうのは、問題ありすぎだよね。

というわけで「ウザいおっさん」と思われるのを憚るあまり、勝手に「悩めるおっさん」になってしまっているのである。

 

| | コメント (2)

2021年4月11日

野菜を食べるカレー camp

出張で博多に来ている。本州から出るのは、昨年 3月の北海道出張以来、1年以上ぶりだ。

210411

博多は大好きな街なのだが、ただ一つ不満があった。それは、「食」に関する話である。豚骨スープベースが多い博多ラーメンの店が多いので、肉を食わない私にとっては食うものがかなり限られるのだ(参照)。

そもそも大阪からこっちは肉料理の店が多くて閉口してしまうのである。それに西日本は私の好きなそばを食わしてくれる店が少ないし、博多のうどんはこしがないのが特色なので、まずいというわけじゃないが、好みからはちょっとはずれる。日が暮れてから食うメシを探すのが大変なのだ。

ところが、偶然にいい店を見つけた。野菜カレーの専門店 "camp" という店である。とにかく肉を使わないカレーの店なのだ。駅ビル KITTE の地下にある。今日食べたのは、「1日分の野菜のカレー」(だったかな?)というもので、とにかくもう、野菜がたっぷり入っていておいしい。

この店、私は博多に来て初めて知った。今日はいい発見をしたのでネットで検索してみたところ、新橋、代々木、渋谷にもあるようだ(参照)が、残念ながら地元のつくば周辺では見つからなかった。

今朝は早起きして出てきて疲れたので、このくらいで失礼。

 

| | コメント (0)

2021年4月10日

「PCR 検査」の "PCR" ってどういう意味?

知人が近頃、熱が出て咳が止まらなくなり、こんなご時世でもあるので慌てて PCR 検査を受けたところ、コロナに関しては陰性という結果でほっとしたらしい。電話で声を聞いても当人とわからないほどのかすれようで、気の毒な限りだった。しっかり静養してもらいたい。

2104101

そして電話を切ったところで、いつものように言葉のどうでもいいところに引っかかる悪いクセが出て、「はて、『PCR 検査』の "PCR" って、一体何だ? どういう意味だ?」 というのが気になってしょうがなくなってしまった。

それで 「PCR 検査 英語」というキーワードでググってみたところ、英会話スクール AEON の "「PCR検査」って英語でなんて言う? スクールブログ 姪浜校" というページが検索されたので早速開いて見ると、こんなことになっていた。

2104102

いやはや、これにはコケた。こんなにも思いっきりコケたのは本当に久しぶりというほどにコケた。「QR コード」を調べて「英語では "QR code" です」なんて言われても何の解決にもならないのと同じである。(今さら言うまでもないが、 ”QR” は ”Quick Response“ の略)

気を取り直して、"PCR 何の略" というキーワードでググったところ、福山市医師会のページがヒットして、"Polymeranase Chain Reaction" の略語とめでたく判明した(参照)。日本語で言っても私にはどうせちんぷんかんぷんだが、「ポリメラーゼ連鎖反応」だそうだ。

2104103

そしてその下に長々と続く説明を読んでも、「ふぅん、わかったような、わからないような、まあ、とにかくこの検査で感染症に感染してるかどうか、判明する訳ね」という程度のものだが、とりあえず「英語で "PCR test" です」よりはずっと奥まで踏み込めた気がする。

それにしても世の中の多くの人って、「『PCR 検査』は、英語で "PCR test" です」で、すっきりと納得してしまうのかなあ。何と平和なことだ。

 

| | コメント (2)

«「国民文化祭 2008」てのが茨城で開催されたらしい