2022年7月 5日

ダイヤル式黒電話は、歴史の彼方に

北海道新聞帯広広報部が、"7月 1日夕刊の記事から「黒電話マーク」を廃止しました" と tweet している(参照)。「これが何のマークか分からない人が増えたことなどが理由」なんだそうだ。ついにそういう時代になってしまったのか。

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ウチでは最近、NTT との固定電話の契約を解除した。その昔は FAX のやり取りというのが結構あったので、FAX 付き固定電話が必需品だったが、2015年頃からほとんど使わなくなった。

我が家で最後に FAX を受信した時のことは、2019年 3月 15日付の「4〜5年ぶりに FAX を送付されてしまったよ」という記事に書いている。この時は、冗談ではなくタイムマシンに乗ったような気がしてしまったものだ。

そんなわけで、「これ以上 NTT に固定料金を払い続ける意味がない」と判断し、契約解除したのだが、一昨日の au のトラブルみたいなのがあったら、もう代替手段がないわけだね。今回は、私は au ユーザーじゃないから問題なかったし、もしもの時でも妻のケータイとでキャリアが違うというのも救いだが。

ちなみにその昔に使っていたいにしえのダイヤル式黒電話は、どういうわけか捨てずにとってある。こんなのだ。

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ググってみたところ、これは 1963年に登場した「600形自動式卓上電話機」というもののようだ(参照)。我が家でも 1980年代まで使っていたのだから超ロングセラーで、ということは、骨董的には二束三文なんだろうね。

プッシュボタン式でも、初期のこれなんかは「600型」のダイヤルをプッシュボタンに変えただけみたいで、何だか芸がない。逆に言えば、「600型」がいかに長く「電話のスタンダード」であり続けたかということだが。

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ただ、いわゆる「電話マーク」の元になったデザインはさらに古い。原型は 1933年に登場した「3号自動式卓上電話」だそうで(参照)、こちらの方こそまさに「レアもの」だ。

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そして時代は下り、今の若い人たちが「固定電話」と聞いて思い浮かぶデザインは、おそらくこういうものだろう。

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ということはつまり、いにしえのマークを見せられても「固定電話」とはわからない世代が増えているというのも、あながち大袈裟に誇張した話でもないのだね。住所表示なら「〒」のマークでいけるが、固定電話の番号は、今となっては「Tel」マークで示すしかないのだろう。

まことにや、『時代は変わる』(The Times They Are A-Changin')ものである。

 

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2022年7月 4日

「さすべえ」と「オバチャン」を巡る冒険

今日の記事は、昨日の "「男の日傘」を巡る冒険" という記事の "世間では雨の日の「自転車傘差し運転」はおろか、晴れた日まで「日傘差し運転」するという「アンビリーバボーなオバサン」も決して珍しくない " という記述から発展した「続編」みたいなものである。

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この「傘さし運転」関連で、世の中には摩訶不思議な商品がある。傘を自転車に固定して両手を使えるようにするための「さすべえ」というもので、とくに「大阪のオバチャン」に大人気のようなのだ。

あのオバチャンたちの間では、雨の日よりもむしろ晴れた日に日傘をセットして自転車に乗りまくるのが主流だという(参照)。個人的な感覚では、ちょっと異次元ぽい世界だ。

ところが当の「大阪のオバチャン」としては、「ほんま便利やで」と必需品扱いである。「カッコなんて、かもてられへんもんな」と、迫力たっぷりだ(参照)。

「さすべえ」は愛知県の業者が販売する商品なのだが、なんと、売り上げの半分以上が大阪向けなんだそうだ。よほど大阪的心情にマッチしてしまったのだろう。

ただ、これに関しては道交法違反とは言えないものの、大阪府警としては決して推奨はしていない(参照 1参照 2)。さらに地域によっては条例などによって取り締まられる場合もあるようなので、注意しなければならない。

ちょっと考えてみれば、メーカーが「さすべえ」自体をいくらしっかり丈夫に作っても、取り付けた傘の方が風に煽られたりしたら、決して安全とは言い切れない。

ただ、おばちゃんたちって大阪に限らず、見ていてじれったくなるほど、ゆっくりと歩くようなスピードでママチャリを漕ぐし、よ〜く見て初めて登り坂と気付くようなビミョーな道でも、すぐに自転車から降り、押して歩くのが常なので、あまり大きな事故にはつながりにくいのだろうけど。

ちなみに、せっかく変速ギアの付いたママチャリに乗りながら、その意味を理解せず常に一番遅いギアで走っているオバサンというのも、何人か知っている。見かねて操作を教えてあげても、さっぱり意味がわからないようで、状況に応じたギアチェンジなんて全然できない。

そしてビミョーな登り坂にさしかかるとやっぱり降りて歩いているので、あの人たち、「よくわからない生き物」にしか見えないのだよね。

 

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2022年7月 3日

「男の日傘」を巡る冒険

HUFFPOST に ”人生で初めて日傘を差したら「男らしさ」の呪縛から自由になった。社会学者の田中俊之さんが語る” という記事がある。"「日傘を差すことで『男らしさ』への縛られ具合がわかって面白いですよ」" というサブタイトルには、かなり響いてくるものがある。

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これまで「男らしさ・女らしさにこだわる必要はない」と著書などで訴えてきた(参照)田中さんだが、こと日傘を差すことに関しては、ある種の「気恥ずかしさ」から逃れられなかったようだ。ところがこの夏の猛暑もあり、思い切って差してみたところ「すごく自由を感じた」という。

彼のような人でも、無意識的な領域では自分を縛り続けるもをの抱えていたわけだね。「男らしさの呪縛」というのはそれほどまでに根深いということだが、日傘一本で解き放たれるというなら、試してみる価値があるじゃないか。

ところで私自身は、日傘に関するこだわりはほとんど自覚したことがない。自分がこれまで日傘を使ったことがないのは、「ジェンダー的抵抗感」より「面倒くささ」という要素がメチャクチャ大きくて、その次に「これまで差す機会がなかった」という理由が続く。

なにしろ私は、雨傘さえも滅多に差さない人である。茨城県の田舎に住んでいるので、外出時はクルマを利用することが多く、「雨の時は、クルマから降りたら目的の建物にダーッと駆け込めばいい」と思っている。ちんたら傘を広げながらクルマから降りるという発想がないのである。

世の中には一滴でも雨が降ったら傘を差すという人も存在する(私の知人にも約 1名いる)が、きっと水に溶けやすい体質なんだろう。ところが私はよほど本格的な雨の中を歩くのでもない限り、「傘なんか使ったら、乾かしてしまうのが面倒」なんて思ってしまうクチだ。要するによほどの無精なのだね。

ちなみにクルマを使わない時には自転車だから、傘とはさらに無縁である。世間では雨の日の「自転車傘差し運転」はおろか、晴れた日まで「日傘差し運転」するという「アンビリーバボーなオバサン」も決して珍しくないが、よい子は決して真似しないようにね。

ただ、私としては決して「傘が嫌い」というわけでもなく、いつも持っているリュックには、電車利用で出かけた先で降られた時のために、折り畳み傘が常に入っている。ところが何しろ私は自他共に認める「晴れ男」なので、それを実際に使う機会は 1年に 1度あるかないかだ。

とはいえ、今年はこの暑さである。さしもの無精な私でも、こんな時こそ「"男の日傘" を試してみるのもいいかも」と思い始めた。とはいえ無精な私のことなので、初めはリュックに「死蔵」され気味の雨傘を日傘として使ってみることから入ろうと思う。

調べてみると、実は雨傘と日傘の区別というのは結構面倒な話のようだ(参照)が、どうせ差す機会はそんなに多くないだろうし、初めはテキトーなアプローチでいいだろう。その機会に恵まれたら(「恵まれたら」というのもおかしな話だが)、このブログで報告するので

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2022年7月 2日

「風が吹けば桶屋が儲かる」的な、鶏肉価格上昇

東洋経済 ONLINE に「ウクライナ戦争で日本の鶏肉が高くなるカラクリ」という記事がある。肉食から遠離って久しい私としては「俺には関係ない話だね」と言いたいところだが、コトはそれだけでは済まないようなのである。

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今回の価格高騰の要因は、世界の鶏肉の一大供給国であるブラジルからの輸出減少だという。さらにその要因は、中国がトウモロコシの輸入を、ウクライナ戦争の影響でこれまでのロシアとウクライナからブラジルに大きくシフトしていることだそうだ。

トウモロコシは鶏の飼料としての用途が大きいので、ブラジルとしては「エサをほかに売っちゃったものだから、それを食って育つ鶏が減っちゃった」ということになっているわけだ。さらにエサを買った中国としてもあれだけの人口を抱えているので、鶏肉の輸出までする余裕はないのだろう。

つまり鶏肉価格上昇の原因は「トウモロコシ不足」というのだから、「俺、肉食わんから関係ないね」とも言っていられないのである。さらに、「俺の食うのは主に米と麦で、トウモロコシはあんまり食わんから関係ないね」とも言えない。

小麦価格はただでさえウクライナからの供給がなくなって上がりまくっているのに、トウモロコシの代替需要まで増えたりしたら大変だ。その影響が米価にまで波及なんてことになったら、こちらとしても「関係ないね」どころか「関係大あり」である。

世の中いろいろなことがつながりまくっているので、こればかりは予断を許さない。まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな話だが、煎じ詰めれば「プーチン、ウクライナからさっさと手を引け!」ってことだ。そうしないと、自らの立場も危うくなるぞ。

ちなみに和牛の肉も飼料価格高騰でかなり値上がりしているらしいし、肉食というのは、やっぱり食料需給の視点からは非効率なのだね(参照)。

 

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2022年7月 1日

夏バテ防止に「筋肉」の維持が大切だったとは

NHK が【"災害並み” の暑さ キーワードは「筋肉」】という、一瞬「はあ、どういうこと?」と言いたくなるニュースを流しているが、ウェブサイトでよく読んでみると、「なるほど、納得」だ。それにしても "災害並み” とはよくぞ言ってくれたものである。

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夏バテ防止に筋肉の維持が重要だと訴えているのは、兵庫医科大学の服部益治特別招聘教授である。筋肉は「体内の水分を蓄える貯蔵庫」のような役割を果たしているというのだ。

ところがこの 2年以上にわたり、コロナ禍で家に籠もる自粛生活が続いたため、多くの人たちの筋肉量が落ちている。ということは体内の水分量が落ちているのだが、そこにもってきてこの無茶苦茶な暑さなので、体が脱水症状を起こしやすい状態なんだそうだ。

コロナ禍の自粛生活が「筋肉量低下」につながることには、実は少し前から気付いていた。実は今年初めにちょっとした怪我をしてしまい、1ヶ月近くまともな運動ができない時期があったのだが、体重計に乗ってみても数字がほとんど増えていなかったのである。

当初は「俺って、太りにくい体質に変わったのかなあ」なんて都合よすぎることを思っていたのだが、すぐにそうではないと気付いた。体重が変わらないということは、脂肪が増えて筋肉が落ちているということなのだ。

さらに突っ込めば、脂肪は筋肉より比重が軽いのだから「脂肪と筋肉でプラマイゼロ」どころではなく、筋肉的にはかなりの赤字なのである。これはヤバい!

これに気付いてからというもの、怪我が完全に治る前から意識して自転車に乗るなど、体を動かすことを心がけてきた。おかげでなんとなく自分の体の中の感覚が変わって、「体が重くない」と思えるようになった。

近頃ではクソ暑くて運動もままならないが、早朝のうちに庭の雑草を取りまくって筋肉を使うようにしている。それにしても、この暑さのせいで雑草の生育がハンパじゃないので、抜いても抜いても追いつかない。しかしそれが体のためになっているなら、「雑草さんよ、ありがとう」というものだ。

体を動かすことが、「肥満防止」だけでなく「夏バテ防止」にまで役立っているとは知らなかった。いずれにしても、暑いからと言ってダラダラしているばかりでは体によくないようなのである。

 

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2022年6月30日

来週になれば、猛暑が少し収まりそうだが

あまりの暑さで、外を少し歩くだけで頭がボウッとして息が荒くなるほどだ。これって、熱中症の一歩手前なんじゃあるまいか。少なくとも「夏バテ」の領域に脚を踏み込みかけているのは確かだと思う。

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この暑さがこのまま続いてしまったら、7月や 8月になったら生きていくのも大変なことになるんじゃなかろうかと心配になり、ウェザーニュースでつくば地域の 10日間の予報を見たところ、上の図のような具合だった。「週末まで高温傾向で局地的に体温のような最高気温になるおそれあり」とある。

ただ、週を越すと、4日の月曜日の最高気温は 31℃で、その後は 20℃台が続くようだ。天気は曇りがちで雨がぱらつくようだが、雨でも降らなければこの暑くなりすぎた地面が冷えないから、かえってありがたい。もしかしたら「戻り梅雨」みたいなことになるのかもしれない。

5日の火曜日なんて、最高気温が「26℃」なんてことになっている。このくらいの気温だと、40℃近い暑さを通り過ぎた体には、少し肌寒いぐらいに感じてしまうんじゃあるまいか。願わくは、この予報が暑い方に外れたりしないでもらいたい。

これで暖まりすぎた地面が少し冷やされて「フツーの夏」に戻ってくれれば嬉しいが、7月中旬以後にまた熱波に襲われたりしたら、行ったり来たり(というか、行き過ぎたり戻り過ぎたり)のめまぐるしさで、それこそ「命の心配」をしなければならないだろう。

世界の気候変化については、HUFFPOST の 6月 4日付 "気候変動は、実際どれくらい「ヤバい」のか?専門家に聞いた" という記事に詳しく書かれている。

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この記事には次のようにある。

今のままでは、パリ協定で合意した​​産業革命前からの世界の平均気温の上昇幅を「1.5℃」以内に抑える目標はおろか、「2.0℃」さえ難しい状況にある。

さらに、このままでは「いつか気候危機を止める手段がなくなるかもしれない」という警告まで発せられている。

こんな記事を読んでしまうと、「ああ、私も来月は 70歳になるし、さっさとこの世におさらばできるから、もうどうでもいいや」なんて、申し訳ないことを思ってしまう。しかし幸か不幸か妙に健康で丈夫なもので、実際にはいつまで生きるか知れたものではない。

そうなると、ずっと「この世ならぬ暑さ」に耐えていかなければならず、「あの世」に行くよりずっとしんどいことになってしまう。生きていくって、大変なことなのだね。

【7月 1日 追記】

今朝の NHK ラジオ天気予報で、私のご贔屓の気象予報士、伊藤みゆきさんが、「来週になれば気温も 35℃ぐらいに落ち着いて・・・」と言っていた。「35℃ぐらいに落ち着いて」というのは、ちょっと前までならあり得ないレトリックだが、今はフツーに言えちゃうのだね。

 

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2022年6月29日

見るだけでうんざりしてしまう行進スタイル

見るだけでうんざりしてしまう行進スタイルというものが、世の中にはある。一昨日付の毎日新聞で【愛国青年育成へアメとムチ 習指導部、若者の「香港人」意識警戒"】という記事の冒頭にあった写真は、その典型だ。

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写真のキャプションは「中国国旗の掲揚式の練習をする香港の小学生たち = 香港で 2022年6月14日、ロイター」となっている。この記事は有料記事なので、無料では冒頭の 20行ほどしか読むことができないが、それだけで「もうたくさん」と言いたくなる内容である。

香港の人たちの帰属意識を問う調査では、とくに若い層で「自分は(中国人ではなく)香港人」とする回答が圧倒的だという。中国当局はこの状態に相当ムカついているようで、「愛国教育」に躍起になっている。こんなことまでさせるのは、その一環のようだ。

軍隊以外でこんな気持ちの悪い行進を強要するのは、今の世の中では北朝鮮と中国ぐらいのものだろう。ちなみに北朝鮮式は極端すぎて、下の動画を見ると「うんざり」どころか、「ゲッ!」となってしまう。

毎日新聞にはさらに、【全教師の手に「バイブル」 “愛国” の波、学校を支配 香港は今】という記事まである。小学校の全教員が、香港国家安全維持法(国安法)の意義などが書かれた『読本』を持たされているというのだ。こうなると「愛国」というより、「ファシズム」である。

ちなみに、日本にはまた独特の行進スタイルが存在する。私が密かに「旧日本陸軍式行進」と呼んでいるものだ。西洋式では膝を自然に延ばす行進が主流だが、日本では股のみを高く上げることが意識されたようで、故・武智鉄二氏はこれを「農耕民族式」と言っていた。

私が小・中学生だった頃は、教師たちの間にこれを「よし」とする思い込みが脈々と残っていて、とくに体育会系の教師は運動会の行進の練習などでことさらに「股を高く上げて!」なんて叫んでいた。これ、この類いのことに関する私の「うんざり感」の元となる原体験である。

そして今の世でもこれがしっかりと残っているというか、さらに極端化されたようにさえ見えるのが、甲子園の高校野球大会開会式での「入場行進」だ。(下の動画の、2分 30秒ぐらいからの動きに注目)

私が高校野球に馴染めないのは、これのせいでもあるのだよね。

 

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2022年6月28日

猫も熱中症になるほどの暑さだそうで・・・

暑い!  部屋の中は辛うじてエアコンを効かせているが、廊下に出て階段を昇り降りする時に、手すりを握るとずいぶん熱く感じる。驚いて壁を触ると同じように熱い。これって、体温以上の気温で熱せられているのだね。

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関東甲信は昨日付で観測史上最も速い梅雨明けが発表されたが、実際にはその 3日前あたりから真夏の暑さそのものだった。ということは、後になって修正され、さらに早い梅雨明けという記録になる可能性もある。

昨日ラジオで「こんなに暑いと、猫も熱中症になることがある」と、飼い主に注意を呼びかけていた。猫は日当たりのいいところで寝転びたがる習性があるので、猛暑日でも「ついクセで」それをやってしまい、ふと気付いた時には「うっ、体がおかしい!」とアセったりすることがあるらしい。

ネットで調べてみると、獣医師監修で「猫の熱中症とは? 気になる対策とその症状を重症度別に解説」と題したページまである。いやはや、我が家でもあの東日本大震災の前頃までは猫を 2匹飼っていた(参照)が、熱中症なんて意識したことはなかったなあ。

猫と言えば寒がりの動物の代表格で暑さには強いはずなのだが、最近の暑さは、ちょっと前までとはレベルが違うということなのだろう。ここまで来てしまうと、「猫もビックリ!」というわけだ。

我々人間も「ついクセで」なんてことで油断することなく、まめに水分補給するなどして、この暑さには十分に気をつけなければならない。なにしろまだ 6月なのだから、夏の暑さはあと 2ヶ月、あるいはそれ以上続くのだよ。

 

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2022年6月27日

昨日はココログのサーバがダウンしていたので

昨日は仕事先から午後 4時過ぎに戻り、このブログに付いたコメントにレスしようとしたところ、全然できない。さらにこのブログを置いてある「ココログ」トップページからのログインさえできず、下のような表示が現れる。

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「こりゃ、ココログ側のサーバがダウンしているな」と、ようやく気付いた。今世紀初め(2010年以前)は時々こうしたことがあって、かなりムカつきつつ、こんな記事や、こんな記事を書いていたものだが、最近はずいぶん安定していたので、気付くまでに結構時間がかかった。

ちなみに昨日は日曜日で、私のような零細個人事業主には土曜も日曜もないが、ココログの技術者なんかは呑気に休日を楽しんでいるに違いないなんてことまで思う。これ、「やっかみ」というわけではなく、どちらかといえば「あきらめ」の境地だったのだが。

こちらの "Today's Crack" の方は朝のうちに更新を済ませていたが、『和歌ログ』は夜になってから更新のつもりだったので、不具合が長引くにつれて、結構あせる。とりあえず、Twitter に不具合情報を流すしかなかない(参照)。

「ついに、『和歌ログ』の毎日更新は途切れてしまうかな」なんて思い始めた 21時前頃、ようやく復旧。ただ、ココログの「おしらせ」には「22時10分ごろ解消されました」とある(参照)ので、全国的な復旧が確認されるまでにはさらに 1時間以上かかっていたようだ。

というわけで、2つのブログの毎日更新は無事に続くことになった(参照)。めでたし、めでたし(なんて言うほどには「めでたい話」じゃないが)。

 

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2022年6月26日

情報化時代における「いきなりの真夏」の過ごし方

「梅雨寒」から一転して、「いきなりの真夏」である。下の画像は昨日の午後 2時過ぎの NHK ニュースから拝借したもので、「6月では観測史上初 群馬 伊勢崎で 40度超 熱中症に厳重注意」となっている。とにかく昨日の暑さは「熱い」と表記したくなるほどだった。

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さらにニュースは刻々と更新され、午後 3時過ぎには 40.2℃ を記録したと知らされた。そんなのが私の住むつくば周辺の話でなくてよかったと思うが、いやいや、この辺りも十分に「熱かった」。

私は山形県の海のある方、庄内平野の酒田市で生まれたのでこの名を名乗っているが、同じ山形県の内陸部、山形市では 1933年に 40.8℃ を記録した。これは 2007年に岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で 40.9℃ を記録するまで、74年間も日本の最高気温記録として語り継がれてきたものである。

ちなみに山形県では、1978年 8月 3日にも 40℃ 超えを記録していて、それは私の生まれた酒田市の 40.1℃ というものだった。この日に日本付近を通過していた台風によるフェーン現象がもたらしたものだったとされている。

ちょうどその日、26歳の若さだった私はこともあろうに南アルプスを単独行していて、3,000メートル近い稜線直下で、その台風をやり過ごすために停滞していた。強風でバホバホ揺れるテントの中で、雑音だらけの携帯ラジオを通してそのニュースを聞いた私はびっくりたまげてしまったのである。

このことについては、ほぼ 26年後の2004年 7月 21日付 "猛暑と「知らぬが仏」" という記事で、次のように書いている。

後で聞くところによると、その日は、壁でも襖でもテーブルでも、触るものすべてが熱かったという。他人の座った座布団に座ると、ひんやりと感じたというから、ただ事ではない。しかし、まだ冷房がそれほど普及していなかった中で、酒田の人々は 「今日はなんだかおかしい」 などとつぶやきながら、普段どおりに働いて暮らしていた。

夕方のニュースで、その日の最高気温が 40度以上になったと聞かされてからである。酒田の人の 9割近くが「だぁ~!」と叫んでひっくり返ったまま、それ以上、体を動かす気力を失ってしまったのは。

私は南アルプスの稜線で大風に煽られながら、2時過ぎ頃には「酒田市で 40.1℃ を記録」という情報を得ていたというのに、当の地元の人たちの多くはリアルタイムでそれを知らずに、「なんだかおかしい」なんて言いながら過ごしていたというのである。情報化以前のお話で、スマホも何もなかったからね。

ということは、もしかしたら現代の我々も 44年前の酒田の人たちのように、あまりニュースなんかに触れず、せいぜい「何だかおかしい」と呟きながら過ごすぐらいの方が、この暑さに耐えられるのかもしれないね。下手に知ってしまうと、ひっくり返ったまま動くのが嫌になる。

ただ、今のところは梅雨も明けておらず、体がまだ高温に慣れていないので、やっぱり冷房のスイッチは入れておく方が身のためだとは思うが。

それにしても、かつての日本では 40℃ 越えはとてつもなく珍しいことだったのに、2018年以後は 4年間で 30回以上も記録している。とくに 2018年 7月 23日に埼玉県熊谷市で記録した 41.1℃ なんて、お風呂でも熱湯(あつゆ)の部類だ。(とはいえ、こんな世界もあるが)

地球の気候は急激に変わって来ていると見て、間違いない。

 

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