2024年5月25日

永遠の『おどるポンポコリン』

先日の明け方、まだ眠りから覚めないうちにどういうわけか頭の中で『おどるポンポコリン』の無限のリピート再生が始まってしまい、当人としても夢の中で大ノリしていた。そして起きてからもそれはしばらく鳴り続け、朝飯を食い終わる頃になってようやく一段落したのだった。

鳴りひびいていたのは『ちびまる子ちゃん』のテレビ放送が始まった 1990年当時のものだから、当然ながら "バージョン 1" で、演奏はあの B.B.クィーンズ。いくら夢の中とて、ノってしまわないはずがない。

この『ちびまる子ちゃん』、長女が幼い頃に読んでいた少女漫画雑誌『りぼん』に載った連載第一回目をたまたま目にして、家族でファンになってしまった。というわけで、我が家は最も古くからの年季の入った『ちびまる子ちゃん』ファンである。

この連載第一回目は 1986年の話だから、テレビ放送が始まったのは 4年後ということになる。このエンディング・テーマは、作詞がさくらももこさんご本人で、歌詞の積極的なまでの無意味さと脈絡のなさは、ここまでくると天才的とさえ思えてしまう。

しかし時代は変わるもので、作者のさくらももこさんが亡くなってから 5年以上の月日が経ち、さらにアニメでまるちゃんの声を担当していた TARAKO さんまで急逝された。

今月 22日付の記事で、時代というのは「要するに『登場人物が入れ替わる』ことで変わるのである」と書いた(参照)。ただし音楽や漫画、アニメなど、「作品」として残っているものは、それに再び触れることで「失った時間を取り戻す」ことができる。

まことにもってありがたいことである。

 

| | コメント (0)

2024年5月24日

「舌先三寸」と「口先三寸」

山梨県でネットを中心に不動産業を展開しているフロンティア技研のブログに掲載された 2年以上も前の記事なのだが「舌先三寸? 口先三寸? 意味と誤用」というのがある。"「本心でない上辺だけの巧みな言葉」を何という?" という問題だ。

230524

言うまでもないが、正解はもちろん「舌先三寸」で、「口先三寸」は誤用。

ところで私の使っている日本語入力システムの ATOK で、この記事を書くために多分生まれて初めて「くちさきさんずん」と打ち込んだところ、いきなり下のような警告表示が出てきた。"「舌先三寸」の誤り" だから、shift + return で「舌先三寸」に修正しろというのである。

2405245

なんともはや、実に親切な設定だが、今回は行きがかり上、誤りは重々承知の上で入力する必要があるのだからしょうがない。というわけでそのまま続行していると、何度も同じ表示が出てきてめげそうになった。3度目ぐらいで事情を察して、後は放っといてくれるという設定がないものかなあ。

言うまでもなく、「口先三寸」という慣用句はない。少なからぬ人たちが「口先だけのごまかし」みたいな言い回しに引きずられて、言い間違えているいるだけだ。

ただこの記事には「誤用で使っている人の方が多いというデータがあります」なんてことが書いてあり、次の文章を読むと「おやおや」と思ってしまう。

文化庁の平成 23年度『国語に関する世論調査』では、本来の言い方である『舌先三寸』と回答した人が 23.3% に対し、本来の言い方でない『口先三寸』と答えた人が 56.7% という逆転した結果が出ています。

「逆転した結果」と言っても、並みの逆転じゃない。誤用しちゃう人の方が 2倍以上多いというのだから、かなり嘆かわしいい話だ。

世の中って、一度ボタンの掛け違いが起きると、なかなか修正しにくいもののようなのだ。「あらたし」が「あたらしい」になってしまった(参照)のも道理である。

 

| | コメント (0)

2024年5月23日

下手すると "人工コーヒー" を飲む日が来そうなのだ

COURIER の 5月 21日付に 【「コーヒーが飲めなくなる日」に備えて "人工コーヒー" の開発が進んでいる】というニュースがある。"人工コーヒー" を飲まなければならないなんて聞くと、何となくいい気分ではない。

240523

そもそも「コーヒーが飲めなくなる日」というのはいつ頃なのかと言うと、同じ COURIER が 5年前の 2019年 2月 23日付で「知られざる "2050年問題"  30年後、人類はコーヒーを飲めなくなるかもしれません」と伝えている。

2050年といえば私は計算上 98歳になっているわけだが、ここまで健康で丈夫だと 100歳まで生きてしまわないとも限らず、「他人事」として片付けられるわけでもない。

さらに COURIER の記事を読んでみると、次のような聞き捨てならない話がある。

旺盛なコーヒー需要を背景に大規模な森林伐採が進み、コーヒー豆の価格上昇とほぼ無縁の農家は低賃金にあえぎ、生産とサプライチェーン(供給網)の移動の両面で相当な量の二酸化炭素(CO2)が排出される。調査によると、コーヒー栽培に適した土地の約半分が、気候変動の影響で2050年までに栽培に適さなくなるという。ブラジルはその割合が88%に達する。

1日に少なくとも 2〜3杯のコーヒーを飲む(自宅では自分で豆から挽いて淹れる)身としては、罪の意識に囚われてしまいそうな話だ。私は肉を食わないので(参照)、それとのトレード・オフ(これ、言葉としてはビミョーに誤用っぽいが)で、なんとか勘弁してもらえないものだろうか。

"人工コーヒー" とはどんなものなのかも気になる。記事中にはストレートのエスプレッソ試飲の感想として「本物のエスプレッソにそっくりなため、(一杯ずつ丁寧に入れるスタイルの)サードウェーブ・コーヒーショップのバリスタでもない限り、判別できるのかは疑わしい」とある。

ふぅむ、そういうことならブログの毎日更新を続けながら 100歳まで生きて、"人工コーヒー" を啜ることになっても、それほど嘆かずに済むのかも知れない。

とはいえ、インスタント・コーヒーとか缶コーヒーとかしか飲まない「非こだわり派」(参照)の人たちはいっそ日本茶か紅茶に乗り換えて、私のような「純コーヒー派」(参照)を救済してくれないかなあ。

 

| | コメント (0)

2024年5月22日

郵便料金値上げは「郵送そのもの」を減らすきっかけ

結構前から確実とみられていた郵便料金値上げが、ついに本決まりになった。NHK が「手紙の郵便料金 ことし 10月に 84円から 110円に値上げへ」と伝えている。

240522

最近は電子メールが増えたので紙の手紙やハガキのやりとりはめっきり減った。しかしまったくなくなったというわけではなく、自治体からの通知、公共料金の請求などは相変わらず郵便で届く。

うんざりするのは広告などのダイレクト・メールだ。前はいろいろな「品物」を売りつけようとするものが多かったが、最近は「80歳以上まで加入できて葬儀費用がまかなえる生命保険」なんていうのばっかりで、さらにうんざりだ。いずれにしても速攻リサイクル・ゴミにしてしまうのだが。

こちらから手紙やハガキを出すことはほとんどなくなったが、外部から受注した仕事の請求書の多くは郵送せざるを得ない。必要経費の領収書の添付が求められるからだ。これが画像や PDF で済むようになれば、紙の請求書なんていらなくなるのだが。

以前は年賀状を 150枚ぐらい出していたが、これは 2023年分から「年賀状じまい」した(参照)のでほとんどなくなった。ただ年賀状はハガキとして出すのを止めただけで、インターネット上で発表しているので、読もうと思えば前世紀まで遡っていつでも閲覧できる(参照)。

はっきり言って、紙の年賀状よりずっと便利なのでオススメだ。何しろハガキ代がかからない。とはいえこの年は世話になった少数の年配者には紙で年賀状を出していた。彼らはインターネットを扱えなかったのでしょうがない。

しかし今年分からはそれも取りやめた。先方のほとんどがボケてしまったか亡くなってしまったかしたからで、時代というのはこんな風にして変わるのだね。要するに「登場人物が入れ替わる」ことで変わるのである。

ということは、自分自身が変わるためには生まれ変わるぐらいの覚悟をしなければならないってことだ。なかなか大変だが、それが必要になることは人生において何度かある。

今後は領収書添付の請求書以外では、紙の郵便は全廃するぐらいのつもりで行こうと思っている。時に「手書きの文字もなかなかいいものだ」なんて思うこともあるが、そんな場合は紙に書いたものを写メしてしまえばいい。

 

| | コメント (2)

2024年5月21日

私としても Twitter と呼び続けるつもりなので

イーロン・マスク自身が「正直に答えてください。まだ Twitter と呼んでますか? それとも X と呼んでますか?」と問いかけているみたいな tweet があったので、つい「へぇ、彼なりに気にはしてるんだ!」なんて思ってしまったよ。

2405211

ところがこれ、実はパロディ・アカウントのようなのだ。MrBeast さんというユーザーの別名らしい(参照)。

2405212

で、問題はこの tweet へのリアクションなのだが、ちょっと覗いてみると "Twitter" と呼ぶというコメントが圧倒的なのである。まず初っぱなに登場したのが、BaseTrade さんという人だ。

2405214

nobody is saying "I posted on X" lil bro】 というもので、Google 翻訳では「誰も "Xに投稿した" なんて言ってないよ」ということになっている。文末の "lil bro" が無視されてしまっているが、これは "little brother" の省略形で、敢えて言うなら「弟よ」ぐらいの感じかな。

続くコメントもズラリと「Twitter と呼んでるよ」というものばかりだ。ずっと使い続けているユーザーの多くは、"X" という名称にはかなり抵抗があるようなのである。

2405213

Diego Souza さんは "I'll call Twitter forever" (永遠に Twitter と呼ぶ)と高らかに宣言しているし、Question Everything さんのコメントの「X って、ポルノ・サイトみたいな感じ」は、ちょっと言えてて笑ってしまった。

というわけで私としても Twitter と呼び続けるつもりなので、そのあたりなにぶんよろしく。

 

| | コメント (0)

2024年5月20日

そばの食い方って、いろいろ言われているが

今日はそばの食い方の話である。前にも何度か書いたが、そばというのは、やたらとウンチクを並べて窮屈な食い方をする人がいる一方で、見ている方が恥ずかしくなるほどみっともない食い方をする人も多い。要するに、せめて「フツーに」食ってもらいたいものなのである。

240520

「フツーに」そばを食うための第一条件というのは、上の写真のようにそば猪口を手に持って食うということだ(参照)。これは江戸の昔からの常識で(参照)、これさえ気を付ければそんなにみっともなくなることはない。

ともすると、ちゃんとしたそば屋のサイトの写真が下のようなことになっていることが多い。そばの食い方をあまり気にしていないカメラマンが、単に写真の構図だけを考えた結果だろう。

2405202

これだと、そばを食うためには身をかがめて口を近づけるほかない。これってまともなそば屋でもよく見かけてしまうが、そばに限らず日本食全般で「みっともない食い方」の代表みたいなものだ。いわゆる「犬食い」である。

2405203 

あとは、そばを汁(つゆ)の中にドボっと落としてグルグルかき回しちゃったりしないことだ。箸で適量をつまみ上げたそばは箸から放さず、下の方を汁につけてそのまま啜るのが粋というもので、要はこれだけのことである。

「適量」というのは、一息で楽に啜り切れる程度の量ということだ。無闇にどっさりつまみすぎると、『吾輩は猫である』の迷亭君みたいに途中で苦しくなって涙が溢れたりするからね(参照)。さらにみっともないのは途中で力尽き、噛み切ってそば猪口の中にボトッと落としてしまったりすることだ。

よく「三分の一だけ汁につける」なんてことさらなことを言う人がいるが、そんなのは別に気にする必要なない。そばを箸から離しさえしなければ全体を浸すことの方が難しくて、三分の一だろうが半分だろうが、自然に自分の好きな加減で汁に浸すことができるのだから。

さらにいわゆる「通」を気取る人の中は、「最初はそばそのものの味を確認するために、1本だけつまんで汁を付けずに食う」とか「薬味は汁に入れずにそばに乗っけて食う」なんて人もいる。「これが自分のスタイル」と言うなら、さりげなくやってくれれば確かにそれなりにカッコいい。

ただ個人的にこだわる分にはいいが、エラソーに吹聴されたり人にまで押しつけたりされるとかなり鬱陶しい。鬱陶しいというのは、「野暮」の別の言い方である

私は個人的にはそばを啜る時はそばそのものの味を楽しみたいから、汁には薬味を入れず、食べ終えた後でそば湯を飲む段になってから入れる。ただ、人にまでこうしろとは言わない。

まとめると、そば猪口は手に持ち、適量すくい上げたそばは、箸からはなして猪口にドボッと落としたりしないというだけのことだ。要するにそば猪口を手に持ちさえすれば、半分以上は解決する問題である。

最後に付け加えると、そばを啜る音に関してはことさら大きな音を立てるのは、ラジオの落語の世界のお話に過ぎないと思うのだよね(参照)。

【同日 追記】

身をかがめて食器に口を近づける食い方は、日本では「犬食い」といってマナー違反になるが、北朝鮮では決してそういうわけでもないようで、「音を立てない」ことの方が重要みたいなのだね(参照)。

| | コメント (2)

2024年5月19日

ウシガエルとオオヨシキリの声が目立つようになった

気付いてみれば、5月もとっくに半ばを過ぎて、明日からは下旬である。年をとると時の経つのが早く感じるというが、まったくだ。

240519

裏の川原で、ウシガエルとオオヨシキリが鳴き始めている。例年だとウシガエルは 5月初めには鳴き始めていたような気がするのだが、今年はちょっと遅いようだ。初夏の暑さになったり初春の肌寒さになったりの繰り返しがひどかったので、鳴き始めるのを戸惑っていたのだろうか。

ウシガエルの鳴き声を知らない人もいるようなので、2017年 6月 17日の「ウシガエルの鳴く日」という記事を紹介しておこう。裏の土手で盛大になくウシガエルの声を聞くことができる。ウシガエルの声のバックにはオオヨシキリの鳴き声も聞こえている。

2405192

そう言えばオオヨシキリの方は、例年よりちょっと早めに鳴き始めているような気がする。同じ生き物でも季節の感じ方に差があるのかもしれない。

このオオヨシキリは「キリキリキリ・・・」という地鳴きに交えて「ギョギョシ、ギョギョシ・・・」とけたたましく鳴くこともあるので、「行々子」という別名がある。この鳥は 1日に 1時間しか寝ないのだそうで、夜になっても鳴き続ける(参照)。

というわけで、今年も本格的な夏に向かっているようなのだ。またしても猛暑になるものと覚悟しておく方がいいのだろうね。

 

| | コメント (0)

2024年5月18日

暗証番号に凝るより、カードそのものの管理が大切

Get Navi web が " 「4桁の暗証番号」、世界でよく使われる組み合わせが判明! どの国の人も考えることは同じ?" というニュースを伝えている。過去に流出した 340万件の暗証番号を分析した結果、よく使われるものとそうでないものの傾向が見えてきたのだという。

2405181  

340万件という膨大なケースの分析というのだから、かなり信じていいんだろう。で、人気の高い暗証番号のベストテンを見ると、1 から始まるのが多い。中でもトップの「1234」なんて当人は忘れずに済むのだろうが、ハッカーではない私でも最初のトライで見破ってしまうだろう。

2405182

対照的に「人気の低い暗証番号」というのは、大きな数字から始まるのが多くてやたら覚えにくい。大きな数字はテンキーを打ちにくいというわけでもなんでもないのに、なぜか避けられがちというのは、人間の無意識の習性ってものがあるのだね。

ただどんな込み入った暗証番号にしてもハッカーは「わずか 5回試すだけで、およそ 20%は暗証番号を解読できる可能性がある」というのだから、面倒っぽい暗証番号というのもそれほど意味がなさそうに思える。とくに私なんか数字に弱いから、語呂合わせしやすい番号しか選ばないし(参照)。

要するに暗証番号云々より、キャッシュカードやクレジットカードそのものをしっかり管理して、どこかに置き忘れたり盗まれたりしないようにするのが先決なのだろうね。

 

| | コメント (2)

2024年5月17日

8,540円分のキセルで 134万円支払った茨城県職員

本日はローカル・ニュース、しかも茨城県ネタで、茨城県職員のキセル乗車が発覚したというお話だ(参照)。それにしても、8,540円分のキセルで JR に 134万円支払わなければならなかったということについては、「へぇ〜!」と言いたくなってしまうよね。

240517

このキセルの手口というのは、こんなことだったようだ。

昨年11月28日、自宅最寄りのJR水戸駅から乗車し、県北部の高萩市へ出張するため高萩駅で降車。通勤定期券の区間外となる運賃420円を支払う必要があったが、事前に準備していた別の区間の切符(190円)を使用し、改札で記録が残らない無人駅から乗車したように装っていた。

これ、FNN ニュースの画面で見るとわかりやすいので、下に貼り付けておく。

2405172

みればセコすぎると言いたくなるほどのもので、片道 230円を浮かせるために、本来の下車駅の 1つ先にある無人駅、南中郷駅まで行って最低料金 190円の切符を買い、そこから折り返してその切符で下車していたというのである。

190円の切符を買うためにさらに 190円払って南中郷駅まで行ったら 40円しか浮かないじゃないかと思ってしまうが、そこはそれ、南中郷駅では無人改札を素通りしてたんだろうね。

そもそもこの職員が高萩まで行ったのは「出張」ということのようだから、交通費は県に請求すれば全額支払ってもらえるもののはずだ。にも関わらす 1本早めの便に乗って折り返してまで、しっかりと 230円チョロまかしていたというわけだ。

さらに往復で 460円浮かせてたとしたら、帰路でも南中郷駅まで行って折り返さなければならない。あの辺り、そんなに本数の多い区間じゃないんだから、私に言わせたら完全に「時間の無駄」でしかないのだが、出張の度に同じことを繰り返していたようで、気の遠くなるほどマメな話である。

このチョーマメな職員は同じ手口を 10回繰り返した上に、グリーン料金を払わずにグリーン車に乗るなんてことまでしていたので、セコさの割に「かなり悪質」と見られ、JR東日本の規定通りの厳しい罰則料金を請求されたのだろう。そしてこの料金は、既に JR に支払い済みのようだ。

この職員がゴネもせずに 134万円支払ったというのは、さらに深い事情があるとしか思えない。ここまでマメな手口を使ってまでキセルを繰り返すというのはおそらく常習犯で、もっと言えば愉快犯的ですらある。発覚した 10回にとどまらず、もっとずっと前からやってたんだろう。

これまで 30年ぐらい繰り返してきたとすれば、大小さまざまのキセル金額を合計してこれに近いぐらいに達していてもおかしくない。というわけで「大きな利息付き後払い」になってしまったと思えば、諦めがつくのかもしれないね。

ただ、そのために失った馬鹿馬鹿しいほど無駄な時間までは戻らず、気の毒な限りだが。

 

| | コメント (4)

2024年5月16日

『猫じゃ猫じゃ』を巡る冒険

漱石の『吾輩は猫である』を完読したのは、小学校 6年生の時だった。昼休みに毎日図書室に通い、長編だけにかれこれ 1ヶ月ぐらいかかって読み終えた。最後の場面は猫が水瓶に落ちて死ぬのだが、その描写が猫なりにかなり哲学的なもので(参照)、私の死生観にかなりの影響を与えてくれたと思う。

ただ、今日は何も「死の哲学」を語ろうというわけじゃない。テーマは『猫じゃ猫じゃ』である。漱石の「猫」が最後に水瓶に落ちて死ぬのは猫のくせにビールを飲んで酔っ払ったからなのだが、その酔っ払った感覚の描写は以下のようなものだ。

次第にからだが暖かになる。眼のふちがぼうっとする。耳がほてる。歌が歌いたくなる。猫じゃ猫じゃが踊り度くなる。主人も迷亭も独仙も糞を食らえと云う気になる。

私はこの『猫じゃ猫じゃ』というのが妙に気になってしまったのである。この時から 6年足らずしてワセダの第一文学部演劇学科なんてところに入り、歌舞伎をテーマにした卒論と修士論文を書くことになるだけに、12歳の子どもらしくもないものに興味津々になっちゃったのだね。

大人に聞いても「子どもがそんなもの知らなくていい」と言われるのが関の山だから、自分でいろいろ調べたところ、江戸時代末期からの俗曲とわかった。寄席の「出囃子」にも使われるというのだが、ラジオの寄席番組を聴いても、どれがそうなのかさっぱりわからない。

今なら下の動画などで、いつでも簡単に確認できるのに。(落語ファンなら聞き覚えあるでしょ)

それだけでなく、漱石の「猫」が酔っ払って踊りたくなったという踊りだって手軽に見ることができる。今の子たちは本当に幸せなものである。

これは市丸のオーケストラ付きバージョンで踊られているのだが、上の土谷利行のバージョンと比べると、良くも悪しくもずいぶん洗練されてしまっている。歌詞まで変わって、「杖付いて」という部分がカットされているし。

洗練といえば、石川さゆりのバージョンまで来るとちょっとスゴい。ここまでくれば、もはや俗曲とも言えなくなってしまう。

最後に、『猫じゃ猫じゃ』というタイトルの元になった 1番の歌詞に触れておく。

猫じゃ猫じゃとおっしゃいますが
猫が、猫が下駄はいて絞りの浴衣で来るものか
オッチョコチョイノチョイ

これ、旦那の囲っている妾に他の男ができてしまい、ちょうど旦那が来たときにその間男を隠した場面というココロである。

妾は「今の物音は、猫が逃げてったのよ」と言い訳するが、目の前に男の下駄と浴衣が残っているのでバレバレだ。最後の「オッチョコチョイノチョイ」が何度か繰り返されるので、これ、別名「オッチョコチョイ節」とも呼ばれる。


| | コメント (2)

2024年5月15日

ローマ字表記は「ヘボン式」が基本になるだろう

NHK が「ローマ字表記 70年ぶり改定も視野に 文化庁の審議会に検討諮問」というニュースを伝えている。内閣告示では今でも「訓令式」(「ち」を "ti" と表記する方)が基本となっているというのだが、実情としては「ヘボン式」("chi" と表記する方)が主流だからね。

240515

実際、「し」と「ち」を訓令式で "si"、"ti" なんて表記したら、「スィ」「ティ」と読んでしまう。私の「庄内」だって "Shonai" と表記すればこそ曲がりなりにも「しょーない」と読んでもらえるのであって、"Syonai" だったら「すょーない」なんて、日本語にない音になってしまう。

2305152

駅名表示にしても完全にヘボン式が主流で、例えば「新宿」は "Shinjuku"、「神保町」は "Jimbocho" だ。"Sinzyuku"とか ”Zinbotyo”  とか表記されたら、私だって戸惑ってしまい、にわかにはまともに読めない。

2405153

おそらく今後はヘボン式が基本になるのだろうが、ニュースの最後の部分を読んで少々驚いた。こんな風に書かれているのである。

2023 の文化庁の世論調査では「訓令式」と「ヘボン式」のどちらが学びやすいか尋ねたところ音によって意見が分かれていて、文化庁は今年度、詳細な調査を行うことにしています。

おいおい、問題は「どちらが学びやすいか」ではなく、「どちらが自然に読みやすいか」だろうよ。「何を今さら妙な調査を」と言いたくなってしまう。

ちなみに「ヘボン式」というのは米国長老派教会の医療伝道宣教師、医師のジェームス・カーティス・ヘボンによって作られたものだ。前にも書いたことがある(参照)が、「ヘボン」のスペルは "Hepburn"であり、オードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)と同じ苗字である。

2405154

オードリーの場合は、"Hepburn" をローマ字まがいの読み方されちゃったわけだね。「ヘップバーンとは 私のことかと オードリー言い」なんて字余り狂句ができてしまう。

 

| | コメント (2)

2024年5月14日

私の場合、数字の語呂合わせは体にしみついた反応

私は 2006年 2月 4日付の "「語呂合わせ」 にも美学が要るのだ" という記事で書いているように、数字にからっきし弱く、4桁以上の数字は、語呂合わせしないと覚えられないという体質である。本当に数字そのままの状態では頭の中に定着しないのだ。

240514

ちなみに、私は一泊以上の出張の際には全国にチェーンが存在する「スーパーホテル」を利用することが多いのだが、今月 11日に大阪での宿泊では新大阪のスーパーホテルに泊まった。『秀吉ゆかりの天下取りの湯』なんていう、かなり大げさなサブタイトル付きの物件である。

このスーパーホテル、いつの頃からか部屋に入る時のキーやカードみたいなものがなくなってしまっている。フロントで部屋番号と暗証番号入りのレシートを渡され、部屋のドアノブのところについたテンキーで暗証番号を入力するのだ。

この暗証番号は 6桁で設定されているのだが、何しろ私は 4桁以上の数字は覚えられないので、エレベーターに乗っている間に語呂合わせに変換する。今回の新大阪の場合の暗証番号は、もうチェックアウトした話なのでバラしてしまうが「728858」というものだった。

これ、一瞬の間に「浪速屋権八」という語呂合わせ文字で頭の中に焼き付けられた。場所が大阪なので「浪速屋」というのは自然だし、最後の 2桁「権八(ごんぱち)」はご存知、歌舞伎の『鈴ヶ森』である(下の浮世絵で、左が播随院長兵衛、右が白井権八)。

2405142

播随院長兵衛が駕籠の中から 「お若えの、お待ちなせぇやし」と声をかけると、白井権八が 「待てとお止(とど)めなされしは、拙者が事でござるよな」と応える場面は歌舞伎ファンでなくてもご存知だろう。それでこの場面の芝居は『御存鈴ヶ森』(ごぞんじすずがもり)のタイトルになったりする。

「鈴ヶ森」は江戸の刑場で、浪速とはかけ離れているが、まあ、何となく歌舞伎っぽいイメージということですんなり覚えられ、あとはメモなしでスイスイ出入りできたというわけだ。

私がこうした数字を語呂合わせで覚えるなんていうと、「語呂合わせを考える方がずっと大変でしょう」なんて言う人もいるが、とんでもない。私の場合は数字を見れば一瞬で語呂合わせの文句が出てくるのである。これはほぼ自動的な反応だ。

そんなわけで「語呂合わせ」はもう、私の体に完全に染みついてしまっているようなのである。「習い性となる」とは、まさにこのことだね。もっとも、誰に習ったわけでもないけど。

 

| | コメント (2)

2024年5月13日

「バニラ」をこれまで同様に思い浮かべられなくなる

togetter に ”友人の結婚式に出た。料理の1品目が「ウナギのバニラムース添え」だったので博識故にキモくなってしまった→「フロイトが悪いよフロイトが” というエントリーがある(参照)ので、「何のこっちゃ?」とクリックしてみたら、堀元さんという方の tweet(参照)が発端のようだった。

240513

友人の結婚式で出てきた料理のしょっぱなが「ウナギのバニラムース添え」だったというのである。で、この堀元さんという人は博学がウリのようなので、「おっ!フロイト的にはウナギは男性器の象徴だし、バニラの語源はヴァギナなので、これは男女交合のメタファーだね!」と語ったのだそうだ。

この語源説、私もだいぶ昔に聞いたことがあるのだが、「ずいぶん悪趣味な洒落だね」程度に思い、本気にしていなかった。しかしもしかして、これってマジネタだったのかとググってみたところ、なんと本当に「バニラの語源はヴァギナ」というページがどっさりヒットしたのである(参照)。

「へえ! 本当の話だったのか!」と驚いてしまったのだが、それでもまだ信じ切れない。下手に信じてしまうと、後々になって「あれは国民的誤解だったのさ」なんてどんでん返しになり、恥をかかきかねないなんて思ったので、念のため英語でもググってみた。

すると、The Saturday Evening Post(サタデー・イブニング・ポスト)」の記事でおもしろいのが見つかった。内容は多くの日本語のページとほぼ同様のことを丁寧に説明してあるのだが、見出しがなかなかおもしろい。

"In a Word: You’ll Never Think of Vanilla the Same Way Again" (要するに、バニラを前と同じように思い浮かべることができなくなる話だよ)というのだ。

2405132

いやはや、ここまでくると、この語源説はマジネタもマジネタ、本当のことのようなのである。確かに「バニラ・アイスクリーム食べたい」なんて、気軽に言えなくなっちゃう。

ただ、英語の発音はまるで違うけどなあ。「バニラ」は日本人の耳には「ヴィネーラ」みたいに聞こえるし、もう片方は「ヴァジャイナ」だしね(どちらも太字部分にアクセント)。

 

| | コメント (2)

2024年5月12日

ANN、「目途」を「メド」と表記するビミョーな恥

NTT が決算発表記者会見で、社名変更の可能性を示唆したのだそうだ。正式名称は「日本電信電話株式会社」だが、既に「電信」のサービスは終了しているので、社名が実情にそぐわなくなっているためらしい。

2405121  

で、今日の記事で問題にしたいのは、この社名変更そのものについてではない。私のことだから、言葉についてのちょっとした問題である。

ANN のニュース見出しは "NTT 社名変更を検討「来年メド」" と表記されているが、動画を見る限り NTT の島田明社長のコメント時の字幕は「来年ぐらいを目途にしっかりと考えていきたい」となっている。字幕では「目途」だが、見出しではなぜかカタカナの「メド」に変わっている。

しかも島田社長は、「メド」なんて言っていない。上の動画をクリックすると、ちょうどその直前辺りからの音声を聞くことができ、「目途」をはっきり「もくと」と言っているのが確認できる。

もしかして ANN のニュース・スタッフ、「島田社長ったらしょーがねえなあ、 『目途』の読み方も知らねえで『もくと』なんて言ってやんの!」みたいに考えてしまい、見出しではわざわざこれ見よがしに「メド」なんてカタカナ使いにして添削してやったぐらいのつもりなんだろうか。

もしそうだとしたら、しょーがねえのは ANN の方である。

「目途」は「めど」とも「もくと」とも読むのだ。下は Goo 辞書での検索結果で、それぞれの画像をクリックすると元の辞書ページに飛ぶ。日本人の多くは「めど」と読みたがるが、それだと重箱読みなので、こだわる人ほど「もくと」と読む傾向があるように思う。

2405122

2405123

これって ANN がビミョーに恥かいてると思うのだよね。余計なことを考えずに、記事見出しを「来年メド」なんかじゃなく「来年を目途に」ぐらいにしておけば、当たり障りなく済んだのに。

 

| | コメント (0)

«徳山から姫路に移動して