2020年9月30日

クマの人里出没が増加している

昨日付の読売新聞に "山形・米沢市長の散歩コースにクマ 「危なかった」 9件の目撃情報、小学校庭には足跡・ふんも" という、クマの足跡を指さす市長の写真入り記事がある。「さすが山形県!」(米沢盆地も庄内平野も山形県:念のため)と思われるかもしれないが、これは山形県に限った話ではない。

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福島県喜多方市で「食工房」を運営する友人、青木幹雄さんも、近くにクマの出没が増えているというので監視カメラを設置したところ、その夜のうちに「超デカメタボ熊」の後ろ姿が捉えられていた(参照)。結構人家近くを徘徊しているらしい。

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私は若い頃にかなり各地の山登りをしたが、幸か不幸かクマに遭遇したことは一度もない。ただ最近は、日本各地でクマの目撃情報が多いようだ。基本的にそれなりの山塊さえあればクマはいるもので、条件によっては人里に降りてくる。

兵庫県内でのクマの出没増加を伝える、昨日付の朝日新聞(参照)によれば、その原因は「ドングリの大凶作」なのだそうだ。

県森林動物研究センターは9月上旬、県内254地点にあるブナ、コナラ、ミズナラのドングリ3種の生育状況を調べ、6段階のうち下から2番目の「凶作」と判断した。特にブナは「大凶作」とした。

最近、各地の地元紙も「クマが人里に降りて来ている」と伝えているが、一様に「ドングリの不作」を原因とみている。福井新聞も「昨年に引き続きブナやミズナラの実が不良となっており、餌を求めて集落に出没しやすい状況になってる」として、次のように伝えている(参照)。

ブナとコナラは、914件の大量出没を確認した昨年度よりも実の付き具合が悪かった。ドングリ類は隔年で豊凶を繰り返すとされてきたが、近年は傾向が崩れてきている。

今年 4~8月の出没件数は 379件で、2004年度の統計開始以降で最多となった。「人に近い場所に定着した『里クマ』が増えた」(県自然環境課)ことが影響しており、大量出没が近年起きやすい原因にもなっているという。7月に越前市、8月には小浜市で人身被害が発生した。

近年の気候変動などの影響か、山と人里が接する境目ではこれまでのバランスが崩れてしまっているのかもしれない。よくよく注意しなければならないだろう。

 

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2020年9月29日

「カスハラ」という言葉も初めて知った

一昨日は "「カゴパク」なんていう言葉を初めて知った" なんて記事を書き、昨日は "DX だの AI だの IoT だの Agile だの" と、初めて知る新語の話題が続いたが、今日はまた 「カスハラ」なんて言葉に面食らってしまった。「粕原さん」という名前のことじゃないのは確かである。

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この言葉に出会ったのは、 "「わがまま老人を出禁にした」 ホテルマンの覚悟 従業員泣かす 「高齢クレーマー」 残念すぎる最後" という東洋経済の記事。前もって横道に逸れておくが、「出禁」は「しゅっきん」ではなく「できん」と読むらしい。「出入り禁止」の省略形だからだろうが、何だか据わりが悪いよね。

そして本題の種明かしも出し惜しみせずにしちゃうが、「カスハラ」とは「カスタマー・ハラスメント」の略語なんだそうだ。東洋経済の記事は要するに、「クレーマー対策」に関するお話である。「クレーマー」はしっかりと和製英語だけどね。

問題の記事そのものも実は引用に基づくもののようで、冒頭はこんな感じだ。

面倒なリクエストばかり繰り返す、あまりの横暴ぶりに従業員がやめてしまう、使った部屋はいつもびしょびしょに濡れている――そんな「わがまま老人客」と対峙したホテルマンが最後に下した決断とは? 老人問題に詳しいライターの林美保子氏による新書『ルポ 不機嫌な老人たち』より一部抜粋・再構成してお届けする。

ホテルでのクレーマーは圧倒的に高齢者が多いらしく、問題の記事に登場するのも、どこかの会社で現役営業部長を務めているらしい 70歳の男性だ。自宅が遠いので、毎週月〜金の 5日間、都内のホテルに 1泊 1万円で泊まっていたというのだから、なかなかいいご身分である。

ところがこの客、「粘着カーペットクリーナーを部屋に置け」「絆創膏を置け」「乳液を置け」「湿布薬を置け」「シャンプーはこれじゃないとだめだ」等々、贅沢な要求を繰り返す。そして湿布薬がリクエストした物と違っただけで、「わからないのか、おまえは! おまえはもういい!」とキレまくる。

クレームは次第に重箱の隅をつつくようなことになり、さらにしつこく口汚く従業員を罵るので、耐えきれず辞職する女子社員まで出てきた。これでは放っておけない。

結局は、東京都旅館業法施行条例第5条の、「宿泊者が他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼす言動をしたとき」などの特例の定めと、「暴力的要求行為や合理的な範囲を超える負担を求められたとき」という区の条例に基づき、「出入り禁止」にしたわけだ。

その客の目の前で条例を読み上げ、「今後は、一切お断りします」と宣言すると、彼は「てめえ、このやろう!」と大声を上げたものの、結局あっさりと荷物をまとめて立ち去ったという。こうした客というのは、都合が悪くなるとさっさと自分からいなくなるようなのだ。

そして結局のところは、どこか他のホテルで同じようなことを繰り返すのだろう。ということは、出入り禁止措置に関する業界内での情報共有が重要になる。

私は若い頃からいろいろな業種でイヤというほどアルバイトをした経験があるので、自分が客の場合でも結構「サービス提供者側」の立場で考えてしまう傾向がある。仕事上、あちこちに出張して同じホテルに何度も泊まることが多いが、余計な要求はせず、部屋はきれいに使い、ゴミもできるだけ残さない。

多分「面倒のない客」として高ランク評価されていると思う。

 

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2020年9月28日

DX だの AI だの IoT だの Agile だの

「東洋経済」の "創業90年、老舗が 「DX」 に勝負をかける理由 経営は順風満帆、しかし社内にはある課題が" という記事の見出しに目が止まった。「DX」なんて「デラックス」の(日本だけで通じる)略語とばかり思っていたが今回は違うようで、やれやれ、また新しい言葉を覚えなければならない。

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MONSTER-LAB というサイトの説明によると、最近流行りというか、注目の「DX」というのは、"Digital transformation" の略語なんだそうだ(参照)。英語圏では "trans" を ”X” と略すのが普通というのだよね。

意味から言って "trans" は「横切る」とか「横断的」とかいうことで、"cross" という言葉と共通する。だったら ”cross-country" が ”X-country” なんだから、"transformation" も ”X-formation” でいいじゃんということのようなのだ。まあ、それでいいなら日本人としては別に文句ないけどね。

で、問題の MONSTER-LAB のページの末尾には関連項目として、次の言葉を解説したページへのリンクが掲げられている。

AI(人工知能)とは何か?
IoTとは何か?

5Gとは?
「アジャイル開発」とは?

”AI” は ”artificial intelligence" (人工知能)として生活にも浸透しつつあり、実際にいろいろな場面でお世話になってもいるから、まあ、いいだろう。実感としてなんとなくわかったような気になっている。

問題は "IoT" である。下手すると "^o^" とか "_| ̄|○" の類いの顔文字系と勘違いされそうだが、正解は "Internet of Things" (モノのインターネット)という言葉なんだという。今イチ漠然としていて、わかりにくいよね。

「ありとあらゆるモノの意味や状態をインターネットでアクセスして把握したりコントロールしたりすること」というような意味合いで使われているように思うのだが、まあ、いいや。その初歩のことなら普段からやってるような気もするし。

"5G" なんて、「まあ、通信速度が 4G より一段と早くなるんだろうね」ということで納得しておこう。そもそも 4G だってあんまりよくわかって使っているわけじゃないのだから、とりあえずそんなところで充分だろう。

「アジャイル」だけはカタカナで表現されることが多いが、英語では "agile" である。”Argyle” (アーガイル)だとセーターや靴下のチェック柄だが、"agile" は「すばしこい」とか「身の軽い」とかいう意味の形容詞である。一般的には「サルみたい」というイメージがあるらしい。

システム開発において、重厚長大なものを敢えて目指さず、機能単位の小さなサイクルで『計画→設計→実装→テスト』を繰り返していく手法を言うというのだが、まあ、要らん機能まで必死にくっつけるよりも、それが正解なのだろうね。

というわけで、文系としてはこうした言葉についてはあまり突っ込んで理解しようとせず、上っ面を撫でてわかったような気になっているだけで充分という気がしている。

 

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2020年9月27日

「カゴパク」なんていう言葉を初めて知った

近所のスーパーで買い物する時に、通常のカゴはブルーの本体に黄色の把手なのだが、同じ形のピンクのカゴがあるのを見て不思議に思っていた。このピンクのカゴをそのままクルマに積み込んで帰る客が結構いるのである。

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今日付の弁護士ドットコムニュース "レジ袋有料化で「カゴパク」激増、ひと月で1年分の被害 「それでも警察沙汰にできない」スーパーの事情" というニュースを見て、「なるほど、そうだったのか」と納得した。あのピンクのカゴは「精算済」の品物を入れるもののようなのだ。

このニュースは "スーパーやコンビニのレジ袋有料化が 7月から始まったことで、カゴを持ったまま退店する「カゴパク」が増えているという" という書き出しで始まる。

都内のスーパー「アキダイ」では「カゴパク」を防ぐために、カゴを色分けして精算済みのカゴを青色にし、さらに把手を外した。これによってそのまま持ち帰るのが困難になり、「カゴパク」は激減したという。

そしてウチの近所のスーパーは逆に、「精算済」のカゴをピンクにしているようなのだ。ただ、このピンクのカゴに商品を入れたまま持ち帰る客が結構いるというのは、店公認の「マイバッグ代わり」なのかもしれない。上述の「アキダイ」とはちょっと違ったシステムのようなのだ。

というのは、私が買い物をしてもピンクの「精算済」のカゴに移してくれるわけではないので、あのピンクのカゴはそのお客専用の「お持ち帰り用」と考えるほかない。これだと自分で「マイバッグ」に移し替える手間が省けるので、さっさと帰れるというメリットがあるのだろう。

この度の「新型コロナウイルスによる感染症増加」と「レジ袋有料化」では、世の中では買い物に限っても、細かいところでいろいろな変化が生じた。クルマで出かけてちょっとコンビニで買い物するにも、マスクとマイバッグは欠かせない。

私は「エコ派」として、マイバッグ持参は前々から実践していた。ただ、店の手前の「マスクをご着用ください」という貼り紙を見て、初めてマスクを忘れていることに気付き、慌ててクルマに取りに戻ることが結構あるのだよね。気をつけないと「マスク警察」みたいなオバチャンに、凄い目で睨まれてしまう。

【同日 追記】

近所のスーパーはイオン系なのだが、やはりあれは「マイバスケット」というものだとわかった。詳しくは こちら。ウチでも使用を検討してみよう。

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2020年9月26日

「現金なやつ」と、キャッシュレス後進国

Japaaan Magazine のサイトに "よく「現金なヤツ」というけど…その語源を調べてみたら、文字通りの通貨だった" という記事がある。「現金なヤツ」の「現金」というのは、とりもなおさず、お金の「現金」ということだったというお話だ。

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江戸の昔は「掛け売り」が盛んで、月末にまとめて払うというのが一般的だった。ところがこれだと、払いを踏み倒されるリスクもあり、店側としては「いつもニコニコ現金払い」してもらうに越したことはない。

で、現金払いしてくれるなら客の言う多少の無理は聞かないこともないということだった。そんなわけで、この記事では次のように説明されている。

例えば客が無理な条件を提示した時、ツケ払いなら「あきまへん」など一刀両断にされるところ、「現金一括で支払うからさ」とカネを出したら「勉強させてもらいますわ」と手のひらクルリ。

そんな変わり身の早さを「現金なヤツ」と呆れるやら、商売上手を感心するやら……というのが語源だそうです。

で、この記事の 2ページ目に使われているのが、奥村正信の浮世絵『駿河町越後屋図』(上図: クリックで拡大表示される)で、よくみると左側の鴨居に「現金かけねなし」の貼り紙がある。

この駿河町越後屋という呉服屋は、実は現在の百貨店、三越の前身で、Wikipedia の「三越」のページに、次のように紹介されている。

江戸時代の1673年(延宝元年)に江戸本町一丁目14(後の駿河町、現・東京都中央区日本橋室町の一部)において、「店前現銀売り(たなさきげんきんうり)」や「現銀掛値無し(げんきんかけねなし)」「小裂何程にても売ります(切り売り)」など、当時では画期的な商法を次々と打ち出して名をはせた、呉服店の「越後屋」(ゑちごや)として創業。現在では当たり前になっている正札販売を世界で初めて実現し、当時富裕層だけのものだった呉服を、ひろく一般市民のものにした。1928年には「株式会社三越」となった。

今は、下手すると時代から取り残されかねない百貨店だが、江戸時代は世界の最先端を行くビジネスモデルとしてスタートしていたわけだ。

そしてその最先端のビジネスモデルを描いた浮世絵に、さらにまたアバンギャルドな絵画手法が使われている。左側の間はオーソドックスな遠近法で描かれているのに、右側の間は一見すると、奥に行くほど広がっているように感じられることにお気付きだろうか。

このように、近代西洋画的な遠近法にとらわれないというのが浮世絵の特色だが、さればといって、遠近法の発想とテクニックがなかったわけでもない。それは左側の間がおおむねちゃんとした(天井の描写がちょっと辻褄合わないが)遠近法で描かれていることからもうかがわれる。

そして右側の間は壁で隠されている部分が多いので、遠近法なんて適用してもしょうがないと言わんばかりだ。「その辺のことはわかってるけど、あえて理窟にはとらわれないもんね」ということのようなのである。

要するに、当時の日本人の発想というのはかなり自由奔放、自在の境地に遊ぶというところがあり、そんなところからも「現金正札販売」を打ち出すビジネスモデルにつながったのではないかと思ってしまうわけだ。

ただ、この「現金正札販売」重視のポリシーが、時代の変わってしまった今では「日本はキャッシュレス後進国」ということになって現れているのかもしれない(参照:時代遅れの「現金主義国家」日本)。世の中の移り変わりというのは、なかなか難しいものである。

 

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2020年9月25日

「はちみつ入り芋けんぴ」という菓子

近所のスーパーで Top Value(イオン系のプライベートブランド)の「はちみつ入り芋けんぴ」というものを買ってみたところ、一口食べたら止められなくなり、あっという間に一袋食べてしまった。食べ過ぎがコワいので、そうしょっちゅうは買わないことに決めたほどである。

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ところで「けんぴ」関連で、昨年の 11月 12日に書いたことを思い出した。"「生八つ橋」「辛子明太子」「塩けんぴ」「笹かまぼこ」" という記事である。言わずと知れた京都、博多、高知、仙台の名物で、出張したら必ず買って帰るほどの好物だ。

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この記事で「庶民派土産の代表格」として紹介しているのが、高知水車亭の「塩けんぴ」で、次のように書いている。

高知に行ったら、迷うことなくまず自分がホテルで食うために 1袋買い、帰り際に土産としてさらに買う。食べ始めると止められなくなるから、注意しなければならないほどだ。

この「塩けんぴ」というのは基本的に材料が芋で、「芋けんぴ」の範疇に属する。いわゆる「けんぴ」とは別物で、見た目からして気取りがない。

Wikipedia では「ケンピ」「芋ケンピ」と、カタカナ表記で別項目となっている。「ケンピ」の項目には「製法は小麦粉に砂糖・水を加えて硬めにこねた生地を棒状にして適宜に切り、オーブンで焼く」とあって、材料からして違い、「なお、芋ケンピとは異なる」とのダメ押し的文言まである。

けんぴは、西暦 930年に紀貫之が土佐に流された時に、土地の人から献上されたとまで伝えられている。元祖西川屋の「ケンピ」は下の写真のように、ちょっとした上品さがあり、確かに、芋けんぴとはかなり趣が異なるが、私としては「芋けんぴ」の方が贔屓である。

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で、冒頭で紹介した Top Value の「はちみつ入り芋けんぴ」は、庶民的な「芋けんぴ」にはちみつを加えて差別化したもののようで、なるほど、止められなくなるわけである。

 

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2020年9月24日

Microsoft って、前々世紀のことは関知しないらしい

きっかけは本日の TBS ラジオ(番組名は忘れた)の、「自分と同じ誕生日の著名人を 3人挙げられますか?」という問いかけだった。私は前々から「ミック・ジャガーと誕生日が同じ」というのを、半ば自慢気味の話のタネとしていたが、「3人挙げろ」と言われて、「はて?」とつっかえてしまったのである。

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で、インターネットで調べてみたところ、世の中には有名人の生年月日や没年月日などを調べまくっている人というのがいるもので、「ストローワラの情報交差点」というサイト内に「生年月日データベース」というのがあり、9月 23日の時点で 76,046人の誕生日データが収集されている。

スゴいものだと思いつつ、私の誕生日の 7月 26日の日付を開いてみると、いるわいるわ、191人がリストアップされている(参照)。ただこれだけいると「有名人」とはいえ、知らない名前がやたら多い。で、その中から「3人」挙げるための候補を、一応倍の 6人リストアップして、Excel の表にしてみた。

191人の中から選んだ 6人だけに、そうそうたる顔ぶれである。とくにバ−ナード・ショーとユングが同じ誕生日というのは、私としてはミック・ジャガーの誕生日を知った時と同じぐらいに嬉しくなってしまった。で、「3人挙げろ」と言われたら、結局のところこの 3人になってしまうだろう。

このデータベースには「没年月日」という項目もあるので、せっかくなので Excel で死亡時の年齢も表示させてみることにした。年齢を自動表示するには、”DATEDIF” という関数を使う。上の図で言えば、バーナード・ショーの享年は "=DATEDIF(D4,E4,"Y")" という関数で自動計算される(はずだった)。

「(はずだった)」としたのは、"#VALUE!" というエラー表示が出てしまい、年齢表示ができなかったからである。上から 3人目まではエラー表示が続いてしまっているのだ。

ところが 4人目のスタンリー・キューブリックの享年はちゃんと自動計算されて「70」と表示される。ミック・ジャガーはまだ生きているからエラー表示が当然として、萩原健一もしっかり「68」と表示される。じゃあ、なんでまた同じ関数で、上の 3人の享年はエラー表示になってしまうんだ?

あんまり不思議なのでしつこく調べまくった結果、そもそも Microsoft のソフトウェアでは、「日付データ」の最初の値に関して「西暦 1900年 1月 1日」をもって「最初の日付」、つまり「シリアルデータ 1」としているということがわかった。

さらに Mac 版の Excels では 1904年を最初の年として設定されているという。どうやら「うるう年」計算の便宜上、こんなことになったようなのである。というわけで、バーナード・ショー、ユング、小山内薫の 3人は 1900年以前の生まれであるが故に、"DATEDIF" 関数にかからないというわけだ。

いやはや、それにしてもこんな事情があるとはちっとも知らなかった。マイクロソフトという会社は「前々世紀のことまでは関知しないもんね」という立場のようなのである。これって、ちょっとヒドいよね。

しかたがないので手作業で計算した結果、3人の享年は、バーナード・ショー 94歳、ユング 85歳、小山内薫 47歳とわかった。前の 2人がかなりの長生きなのに対し、小山内薫は昔のこととはいえ、結構な若死にである。

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2020年9月23日

「PC の時代」はゆっくり終わりつつあるようだ

一昨日の「このブログへのアクセスは、ほぼ 6割がスマホ」という記事で、PC の重要性というか、必要性が、徐々に低下しつつあるようだという意味のことを書いた。5年前はこのブログはほぼ 5割が PC で閲覧されていたが、今や 4割を切り、スマホが多数派になっているのだから。

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この記事では、3年半以上前に書いた "Windows PC の時代の終わり" という記事を紹介している。本当に、PC の時代はゆっくりと時間をかけて終わりに向かっているようなのだ。代わりにスマホの重要性が増している。

上のグラフは、世帯主年齢階層別・パソコンの普及率を示したものだ。昨年 5月に発表された「年齢階層別にパソコンの世帯普及率の実情をさぐる(2019年版)」という記事の中にある。

ざっとみると、PC の普及率は全体的には 2012年頃からほぼ横ばいで推移している。つまり「ほぼ 3世帯のうち 2世帯は PC を保有している」ということだ。

ところが年齢別に見ると、ちょっと違う様相となっている。世帯主が 30〜59歳の世帯では、2013年の 86.5%を最高として徐々に低下傾向にあり、2019年には 80.3%まで下がっている。そして 29歳以下の世帯では、2015年の 86.6%を最高として、2017年には 71.4%に下がり、乱高下を見せている。

つまり 59歳以下の「現役世代」では、2013〜15年をピークとして PC 保有は 微妙に下り坂とみていい。ところが、60歳以上では 2018年までは緩やかな上昇傾向が続き、2019年になって明らかな低下を示している。30〜59歳までの世代と比べて 6年遅れの動きだ。

「60歳以上」の層には、下からどんどん上がってきた PC 所有者が加わっていることを考えても、それまで PC を使っていたが、定年以後はお古になった PC をあえて買い換えない人も少なくないということだ。つまり仕事を辞めたら、PC の必要性は顕著に下がるのである。

ちなみに上述の "Windows PC の時代の終わり" という記事で紹介した、私の周囲の「65歳を過ぎて初めて PC に挑戦」しようとした人たちのほとんどは挫折してしまっている。ついに Word でまともな文章を作ることすらできないままだ。

この記事に書いたように、私が「悪いことは言わないから、止めときなさい」とやんわりと止めたのに、彼らは「今どきやっぱりパソコンぐらいは、ものにしたい」なんて言い張っていた。しかし彼らには PC の「切実な必要性」なんてないのだから、こうなるのはほとんど目に見えていたのだけどね。

上述の記事では、私はその頃、彼らにこんなようなアドバイスをしていた。

「あなたの持ってるその大昔のガラケーを、iPhone に機種交換すればいいんです。どうせすぐには使いこなせないだろうけど、少なくともケータイとして使えて、メールぐらいはできるようになるだけましでしょ」

で、結果として彼らは 2年遅れぐらいで PC を諦め、ようやくガラケーをスマホに換えて、メールのやりとりぐらいはできるようになったというわけだ。めでたし、めでたし。PC への 10数万円の投資は無駄に終わったけどね。

要するに PC は主に仕事で使うもので、フツーの生活はスマホで充分ということだ。で、日本人の平均年齢がどんどん上がりつつある今、現実がそのようになってしまっているわけだ。

9月 19日付の「米国で深刻なノート PC 不足なんだそうだよ」という記事は、コロナ禍でテレワークが増えていることの反映と、念のため付け加えておく。

 

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2020年9月22日

「環境貢献はフツーにやっちゃってる」時代にしたい

NewSphere に「リサイクル率80%を達成する徳島県上勝町 ゼロウェイストセンターで宿泊体験」という記事があり、それを読んで私もちょっと行ってみたくなった。何かの用で四国に行くことがあったら、ついでに寄ってみよう。

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この記事は Natsuko Natsuyama という "モデル・ライター" が書いたもののようだが、そもそも「上勝町」は何と読むのかという情報が抜けているので、Wikipedia にあたって初めて「かみかつちょう」と知った(参照)。私だったらとりあえず冒頭で「徳島県上勝町(かみかつちょう)」と表記するがなあ。

上勝町というのは山の中の人口 1,500人ちょうど(2020年 9月 1日現在)という小さな町だが、"2003年に、2020年までに焼却や埋め立てをせずにごみをゼロにする「ゼロ・ウェイスト」宣言をした日本初の町" なのだという。町にはごみ収集車がなく、住民はゼロウェイストセンターに自分でごみを持ち込む。

そして持ち込む際にはリサイクルしやすいように 13品目 45種類の分別基準に従うので、そのごみは年間 250~300万円のお金に変わるという。なるほど、ごみと言えどもきちんと処理すれば、ムダな物ってあまりないのだね。

この町では助成金により、ほとんどの家が電動生ごみ処理機かコンポストをもっているという。これはとてもいいことで、他の自治体でも見習えばいいと思う。この程度のことでグチョグチョの生ゴミを「可燃ごみ」として出すことがなくなるので、焼却場での処理が格段に効率化され、CO2 削減にも役立つ。

上勝町のゼロウェイストセンターは 2018年にゴミステーションが改装され、そこにホテル、リユースショップ、セミナールーム、ラボなどが加わって、環境型複合施設となった。新設されたホテルの名称は "HOTEL WHY" だそうだ。

この名称は、「なぜそれを買うのか?  作るのか?  売るのか?  捨てるのか?」という問いかけをし、考え直す機会をつくりたいとの願いから付けられた。そんなわけで、建物を上からみると、下の写真のようにクエスチョンマークの形になっている。

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このホテルに泊まっただけで、「なぜ? どうして?」と、環境貢献についていろいろと考えることができるというわけだ。ただ私としては、「ここまでして、なぜ太陽光発電装置がないの?」と問いかけたいところだが。

ちなみに我が家では、屋根には太陽光発電装置を載せ、生ゴミはコンポストで堆肥化し、紙類や瓶、空き缶などすべてリサイクル用として出している。このくらいのことは、とくに気張らなくてもフツーにできるし、やればやっただけ環境貢献ができる。

「環境貢献はフツーにやっちゃってるよね」という時代にしたいものだ。

 

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2020年9月21日

このブログへのアクセスは、ほぼ 6割がスマホ

ふと思い立ち、この "Today's Crack" というブログのアクセス解析ページに行って、先月(2020年 8月)の「デバイス別のアクセス数」を調べてみた。するとこんな円グラフが出てきたのである。

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具体的な数字を言うと、このブログにアクセスするデバイスの内訳比率は、PC が 39.7%、iOS が 35.9%、Android が 23.8%、ケータイが 0%、その他が 0.5% ということだった。PC が 4割を切り、iOS と Aandroid を合わせたスマホ(iPad などのタブレットを含む)が 59.8% となっている。

それ以外のデバイスは、ほとんど無視していい数字だ。もっとも月によっては「ケータイ」でのアクセスが 2件とか 3件とかあったりするので、「一体どうやって見てるんだろう?」と不思議になる。もしかして「ガラスマ」と称されるデバイスが、「ケータイ」としてカウントされているのかしらん、

いずれにしてもスマホとタブレットを足してほぼ 6割となっているのが驚きだ。自分の iPhone で表示させてみて、「なるほど、3人に 2人近くは、こんなちっこい画面で読んでくれてるわけね」と納得したりしている。まあ、指先でピンチアウトして拡大すればいいだけのことだが。

そういえば 2017年の正月、つまり 3年半以上前に "Windows PC の時代の終わり" なんて記事を書いていて、さらにその 2年半前の 2014年 7月には「「PC の時代」は来年終わる" と書いている。つまり PC の時代は 2015年で終わりなんて言っているのだ。

それじゃあというわけで、2015年 8月の、当ブログへのアクセスのデバイス別内訳も調べてみた。すると PC が 45.3%、iOS が 29.0%、Android が 21.3%、ケータイが 3.8%、その他が 0.6% と示された。PC が 50%を切っているのは、さすがに 「PC の時代の終わりの始まり」である。

ということは、それから 5年も経って 2020年の 8月ともなれば、こんな数字になってもちっとも驚くことじゃない。これからますます、スマホとタブレットの重要性が増し、PC は専門的業務の道具と化して行くということだろう。

 

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