2020年11月28日

選挙ポスターに「ひらがな表記」が多いのは: その 2

昨日の "選挙ポスターに「ひらがな表記」が多いのは" の続きである。これまで私は、選挙ポスターにひらがなを使うのは、ある種「正統からはちょっとだけ外れた便宜的手法」と捉えていた。大物でない(つまり、あまり名の売れていない)候補者は、とりあえずわかりやすいひらがなを使うのだろうと。

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その意味では、現総理大臣の菅さんなんかも、2014年 12月の選挙(神奈川 2区)でこんな感じだったのもわかる。この掲示板のポスター、3人とも見事にお揃いで苗字をひらがなで表記していて、気持ち悪いほどである。

ちなみについ最近、「菅首相の名前、フルネームで言える?」と何人かに聞いてみたところ、ちゃんと「菅義偉(すがよしひで)」と言えたのは半分以下だった。「"すがなおと" だっけ?」なんてマジの大ボケもあったし、選挙区は秋田と思い込んでいる人も少なからずいて、菅首相、悲しいほどに影が薄い。

しかし先代が大臣(総理大臣を含む)まで務めたような大物世襲議員は、既に十分名前が売れているのだから、あえてひらがな表記なんてしなくて済むのだろうと思っていた。ところが実際には必ずしもそんなわけではないというのは、下の 2人のポスターを見てわかった。

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地元の選挙区では、この 2人の名前を知らない人なんていないだろうが、選挙ポスターとなるとしっかりひらがなを使いたがるもののようなのだ。これはもう「得体の知れない不思議なメンタリティ」と言うほかない。

「選挙民にはひらがなの方が通じがいい」と思っているのだととしたら、それはある意味「迎合」というより、有権者を見下す潜在意識の表れなのかもしれないね。

 

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2020年11月27日

選挙ポスターに「ひらがな表記」が多いのは

師走が近くなって、どこでも目立った選挙がないようなので、差し障りのない今のうちに、選挙関連でいつも思っていたことを書いてしまう。それは「政治家って、自分の名前を漢字ひらがな混じり、あるいはひらがなオンリーで表記するのが好きみたいだ」ってことだ。

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選挙ポスターや後援会事務所なんてものの看板をみると、本名はオール漢字のくせにひらがなまじりの表記にしている政治家が多い。これってどういう理由によるものなのか、諸説入り交じって、なかなか壮観だ。

かなりもっともらしいのは、「誤字で投票されると無効票になってしまうが、ひらがな表記なら有効となる」というものだ(参照)。しかしこれは広く行き渡った誤解で、実際にはよほど紛らわしい要素でもないかぎり、多少の誤字程度で無効にはならない(参照)。

昔は識字率が低く漢字の読めない人も多かったので、易しい漢字でも敢えてひらがなにして名前を覚えてもらうようにしたという説も根強い。しかし今の時代にそんなことを言っていたら、それはある意味、有権者を馬鹿にしてるってことだ。

こうなると、残るは「ひらがなを使う方が当選しやすい」という「信仰」のようなものがあるんじゃないかってことぐらいだ。しかし、ひらがな表記の方が得票が増えるなんてまともなデータはないから、それは根拠のない「都市伝説」としか言いようがない。

結局のところ、「政治家はひらがな表記がお好き」と言うほかないのではなかろうか。よくわからないメンタリティだが。

ちなみに、取手市会議員の後援会事務所の塀には、こんな看板が立てかけてある。本名は「関川翔」らしいのだが、看板には「せきかわ翔」とあり、「翔」の字には「かける」と振り仮名が振ってある。

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この議員に含むところは何もないが、フツーに考えたら「関川」という漢字の方が簡単で、読み違えリスクも小さいだろうから、素人考えでは「関川かける」と表記する方が紛れがないと思う。しかし敢えてこの表記にしてるってことは、「翔」という漢字によほど思い入れがあるんだろう。

こうなると、間違いを避けるためとか親しみやすさとかとともに、「好み」という要素も大きいんじゃないかという気もする。政治家の考えることって、結局のところよくわからん。

 

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2020年11月26日

首塚移転の日の地震が話題

平将門公の首塚を移動した日に、胴塚の祭られる茨城県の神社付近を震源地とする地震があったという tweet(参照)が、一部で話題になっている。さすが日本三大怨霊の一人だけのことはある。

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私は「首塚」の存在は知っていたが、お恥ずかしいことに「胴塚」というのは知らなかった。茨城県在住のくせに、まことに不覚なことである。

「首塚の移動」というのは、大手町再開発工事の最終段階なのだそうで、「核兵器以上に最慎重に扱われる」とある(参照)。これまで手が付けられなかったのは、さすがに日本で最高ランクの怨霊だからということに他ならない(参照)。

で、首塚移転の当日に胴塚付近を震源とする地震があったなんて、これはもう、できすぎの話である。そうでなくても茨城県は最近やたらと地震が多いので、9年前の 3・11 を思い出して「気にするなと言われてもムリ」なんて言いながらワナワナしてる人もいるほどだ。

いやはや、21世紀の今となっても、人の心というのはなかなか割り切れないものだ。

ちなみに、日本三大怨霊の残る 2人は、菅原道真公と崇徳院。菅原道真公は今や「天神様」となり、「怨霊」よりも「学問の神様」として知られるが、太宰府に流されて非業の最期を遂げたということで、元々はかなりの怨霊だったのである。

崇徳院は百人一首の「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」で知られる人物で、やはりかなりの怨霊として恐れられた。詳しいことはこちらに紹介されているが、最近ではどういうわけか「サッカーの神様」みたいなことになっているらしい。

というわけで、今でも怨霊そのものとして畏れられる平将門公は、すごい存在と言えるだろう。

 

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2020年11月25日

トランプは「まともな敗北宣言」なんてしないだろう

Yahoo Japan ニュースが「トランプ、"敗北宣言" に向け第一歩?」と伝えているが、私としては、彼は結局のところ「まともな敗北宣言」はしないものと見ている。その理由は、彼の甚だ身勝手な「個人的辞書」には「負け」という言葉が載っていないからだ。

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彼はこれまでの人生で「負け」を認めたことがない。「負けたことがない」というのではなく、たとえ客観的には「負けた」とみられるケースにおいても、それを認めてこなかった。

一度でもそれを認めてしまったら、彼は「負け犬」になってしまい、自分自身のアイデンティティが崩壊してしまう。彼は「負けない男」だからドナルド・トランプなのである。もっとも、それは客観的事実としての「不敗」が重要なのではなく、「自分で認めるか認めないか」の問題でしかないのだが。

言い換えれば、彼にとって大切なのは「俺は負けていない」と信じ、それを言い続けることである。「負けた」とさえ言わなければ、彼にとっては負けたことにならないのだから、彼自身の勝手な思い込みの中では、いつまでも「本当の米国大統領」でいることができる。

これは彼にとって、実は幸いなことと言っていい。もし今回の選挙で勝ってしまっていたら、彼は 2期 8年を勤め終えた 2025年 1月の時点で大統領の地位から退かなければならない。ところが彼の 2期目というのは客観的には「ない」ことなので、「任期切れ」ということもなくなる。

ということは、彼は一生「あの選挙では不正が行われた。俺は負けていない。本当の米国大統領は俺だ!」と言い続けることができる。つまり、一生負けずに済むのである。

というわけで彼は今回の選挙で勝てなかったおかげで、ずっと身勝手を通し続けることができるってわけだ。よかったね、トランプ。

 

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2020年11月24日

"LGBTQ" って?

HUFFPOSST で、"「あなたは男か女か」。トランスジェンダーの次期州上院議員、性別を聞く失礼な質問に見事な回答" という記事が話題になっている。「私は混乱してるんですが、あなたは boy なんですか? girl なんですか?」という DM での質問に「私は上院議員です」と答えたというものだ。

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日本の前首相とか現首相とか(あるいはずっと前から)は国会での質問に正面から答えずに、はぐらかしてばかりいるのでイヤになるが、この回答は決して「はぐらかし」ではなく、文脈から言えば「超直接的回答」と言っていいと思う。というか、こんな質問、する方が悪趣味すぎる。

そもそも、仮にも上院議員に選出された人に向かって "a boy or a girl?" とは、「リスペクト」ということを知らないヤツとしか思えない。

私は今月 15日の記事で書いたように、歌舞伎の研究で修士号をとっているぐらいなので、こう言っちゃナンだが半世紀も前から LGBT にはフツーに馴染んでいる。日舞のお師匠さんなんかには、いわゆる男でも女でもない人がいくらでもいるので、そんなこといちいち気にしていられない。

彼ら(彼女ら? まあ、どっちでもいいわ)に対してことさらに、「あなた、男なの? 女なの?」と聞くなんて信じられない。そんなこと聞いたら「お話にならない人」ということで、相手にしてもらえなくなる。

要するに世の中には、因習的な意味での「男と女」という枠組みでくくりきれない人がいくらでもいるということで、それをちゃんと認めればいいだけの話だ。それを無理クリにたった 2種類の「性別」に当てはめて、「男は男らしく、女は女らしくしろ」なんて言い出すから鬱陶しいことになる。

ところで "LGBT" という言い方はかなりお馴染みになったが、上述の記事で ”LGBTQ“ という言い方もあると初めて知った。検索してみたところ、"lesbian, gay, bisexual, transgender" に "questioning" を加えた言い方だという(参照)。

Questioning というのは「自分の性別がわからない・意図的に決めていない・決まっていない人」ということだそうだが、さらに ”queer" (クィア)というもっとラジカルな意味合いもあるという。こんなことだ。

これはセクシュアルマイノリティの総称として使われる単語ですが、実は昔、この言葉は、セクシュアルマイノリティ全体を差別する「変態」という意味を持ち、ゲイである人々を中心に差別する言葉として使われていました。

しかし、20世紀終盤以降、それを当事者が逆手に取り「自分たちはクィアだけど、それがどうした!」といった開き直りのニュアンスで使われるようになったという歴史があります。

なるほどね。さらに、intersex, asexual, X gender, pansexual. androsexual, gynesexual, ally などが加わって、今や "LGBTTIQQ2SA" なんてことにまでなっているらしい。

ここまでくるとさすがに覚えきれないし、細かいことを言ったら際限がないから、とりあえず「いろいろあるから、おもしろいのだ」ということで片付けておこうと思う。

 

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2020年11月23日

そんなに「肉みたいなもの」を食べたいかなあ

NewSphere が "植物由来の「肉ではない肉」がメインストリームへ" というニュースを伝えている。マクドナルドなどのファーストフードも採用に踏み切り始めているというのだ(参照)。

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私はかなり前から肉食を避けるようになていて、2017年 4月 6日の”「脱肉食」を巡る冒険” という記事には次のように書いている。

別に「好き嫌い」で肉を避けているわけじゃないので、それしか食うものがなければ仕方なく食いもするが、最近はどんな高級肉でもおいしいとは感じられない体になった。

そしてこの頃からどんどん肉食が減って、一昨年頃からは肉を完全に食べなくなった。その明確な理由は、昨年 5月 26日の記事に書いてある(参照)。倫理的な理由で肉は食わないと決めた限りは、それを食うのが苦痛と感じるようになったのだ

最近は完全なベジタリアン(菜食主義)というわけではないものの、魚介系は食べるという「ペスカテリアン」として暮らしている(参照)。さらに魚でも資源枯渇が問題になっているマグロとウナギは食わないことにしているし、卵と牛乳も意識して減らしているので、かなりマジメなペスカテリアンである。

医者をしている昔の同級生に「肉も食わないと体に良くないよ」なんて言われたことがあるが、それは「医学的迷信」だと思っている。肉を止めてかなりの年月になるが、こんなに健康でピンピンしているのだから事実が証明している。

冒頭に紹介した記事の話に戻るが、米国で植物由来の「肉でない肉」の需要が伸びているのは、新型コロナウイルスによる感染症拡大の影響らしい。「初期の食肉工場での感染拡大で肉が品薄になったこと、家にいることが増えて料理の機会も増え、食材に対する関心が高まったこと」が要因だという。

ということは、米国人の多くは「本当は肉を食いたいんだけど、肉が品薄なので植物由来の『肉もどき』を食ってみた」というのが、正直なところなのだろう。マクドナルドで「本物の肉を使わないハンバーガー」を扱うのも、その理由がポジティブなものとはいえ、結局は「代用品」というスタンスだ。

ただ、とかく「代用品」に付きもののネガティブ感覚が薄れているのは、「代用品とはいうものの、最近はちゃんとおいしくなってるし」ということが大きいだろう。つまり「ちゃんと本物の肉みたいな食感がある」ってことだ。

ところが私としては、どんなに「よくできた肉の代用品」だとしても、そんなもの食う気がしなくなっている。肉そのものを食いたくないのだから、「肉に似せたもの」だって食いたいと思わないのが自然だろう。

というわけで、「そんなに『肉みたいなもの』を食べたいかなあ」と思ってしまうのである。

 

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2020年11月22日

近頃、交通事故現場に遭遇することが多い。

近頃、交通事故がやたらと多いような印象だ。身近なところでも目撃するし、ニュースを聞いても高速道での事故が多い。

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昨日は 50km 先までクルマで行く用があったのだが、出かける際に我が家のある住宅地から県道に出る交差点が、事故処理の真っ最中で通行止めになっており、目的地に着くのがギリギリになってしまった。ワゴン車の単独事故で、舗道の敷石を乗り越えて斜めになったまま動けなくなっていた。

さらにその日の帰り道でも、日の暮れかかった県道で乗用車同士の追突事故が起きていて、またまた交通規制のために帰宅が遅くなってしまった。クルマのリア部分がグシャリと潰れていた。ここ 1週間で、かれこれ 4度ほど交通事故現場に遭遇している、

今日はちょっと買い物に出てカーラジオを聞いていると、東名高速と常磐道でも交通事故があり、一時通行止めになっていたという。ただでさえ三連休で道路が混雑しているのに、高速道まで通行止めでは大変だっただろう。

私が茨城県に移転してきた 40年前は、「茨城は運転が荒くて事故が多い」という評判だった。何しろ「茨城県の道路では制限速度の 2倍まで出していい」なんて無茶苦茶なことが言われていたほどである。

ところが最近ではさすがに高齢化が進んだせいか、県内の道路の流れもずいぶんのんびりしたものになって、制限速度が 50km/h の道を 40km/h 以下でトロトロ走る老人が珍しくなくなっている。こんなのは昔だったら考えられないことだ。

で、スピードを出さなければ事故が起きにくいかというと、決してそんなことはない。ドラバーの判断力が鈍くなっているので、かえって危ないというケースもある。実際に前を走るクルマが突然考えられないような動きをすることがあるので、かなり注意しなければならない。

もうすぐ年末だが、師走というのは昔から 1年で最も事故の多い月と言われている。「危険予知」能力を発揮して、安全運転を心がけようと思っている。

 

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2020年11月21日

「長寿国ニッポン」を実感

ついに今年も 11月下旬となり、「年賀欠礼葉書」(というのかな?)がポツポツ届き始めた。そしてその内容がまた、親がかなりの高齢でなくなったというものが多い。下の写真はそのベスト 2(と言っていいのかな?)で、母親が 101歳と 94歳で亡くなったという知らせである。

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この他にも享年 92歳とか 89歳とか、とにかく長生きが多い。昔は 70代後半で亡くなったという知らせが圧倒的に多かったが、近頃は様変わりである。まさに「長寿国ニッポン!」だ。

というわけで最近妻と話してわかったのだが、我々夫婦は長生き願望というのがまるでない。二人とも「あんまり長く生きなきゃならないんじゃ、たまらない」と思っているのである。

私はいつも「80歳まで生きる了見は毛頭ない。あと 10年も生きれば十分」と言っている。今 68歳だから、つまり「78歳ぐらいであの世に行くのが理想的」ということだ。そしてこれもまた共通の願望だが、「配偶者より自分の方が早く死にたい」と思っている。

妻としては「あなたが先に死んじゃったら、力仕事をお願いする人がいなくなっちゃう」なんていう、はなはだ身勝手なことを言う。とんでもない。70歳を過ぎてまで力仕事で頼られたら、こちらの身が持たない。

ただ、私の家系はどうも妻の方が早死にするという「業」のようなものがあるようなのである。これはまったく困ったことである。

私の両親は父の方が 8か月早く生まれただけの「ほぼ同い年」なのだが、母が 4年早く死んだ。母は晩年病気で動けなくなったので、父はかなり献身的に看病した。そして祖父母は直接の血のつながりはない(母は養女で、父は婿養子なので)が、祖母が 9年も早く死んだ。

というわけで、私は常々「この『業』は自分の代で断ち切るつもりだからね」と言っているのだが、こればかりは実際、どうなるかわからない。このまま健康で若作りのまま 20年も 30年も人生のケリが付かないようだと、このブログも延々と続くことになる。

 

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2020年11月20日

他人の PC でパスワードを設定してあげる時は

下の写真は、私が 3年ちょっと前に書いた記事の画像である。”「私の iPad のパスワード、教えて下さい」 と言い出す人” というタイトルだ。

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知り合いの年配の女性の iPad の、起動時のログイン・パスワードを含む初期設定をしてあげて、「このパスワード、忘れないようにしっかりメモして保存しといてくださいよ」と何度も念を押したのに、案の定、しっかりとなくしてしまっているというお話である。こうしたケースは本当に多い。

そしてこのほぼ 1年後に書いた ”「らくらくスマホ」 は絶対にオススメしない” という記事のコメント欄に書いた話だが、知り合いの女性は Facebook の自分のアカウントのパスワードを忘れてログインできなくなる度に新しいアカウントを作るので、かれこれ 5個もアカウントをもっている。

「友達申請しようとして Facebook 内を検索したら、あなたが 5人もいて、どれに申請したらいいのか分からない」と言うと、「あ〜ら、どうせ使ってるのは 1つだから、いいのよ」なんていう。「あなたはよくても、周囲には迷惑千万なんです!」と言っても、どうにも話が通じない。

で、最近また、これと同じような話に遭遇した。別の知り合いの女性から、「スマホを新しいのに買い換えて、Facebook のアカウントも新しくしたので、改めて友達申請させていただきます」なんてメッセージが来たのである。彼女の最初のアカウント作成もやはり、私が手伝ってあげたんだった。

「スマホを新しくしても、Facebook のアカウントはそれまでのを使い続ければいいんですよ」と言うと、「パスワードがわからなくなったので、新しく作り直しました」と言う。ああ、やっぱりやってしまったか!

それまでの機種はパスワードを記憶して自動入力してくれていたらしいのだが、機種変更したら急にパスワードの手入力を要求されたので困り果てて、新しいアカウントを作ったのだそうだ。だからあれだけ何度も何度も、「パスワードはしっかりメモしといてね」と言ったのに。

「あなたが設定してくれたんだから、パスワードを覚えていてくれてもいいじゃない」なんて言う人もいるが、冗談じゃない。そんなものは礼儀としてさっさと忘れてしまうことにしている。

ただしそんな常識論が通じないのは結果が雄弁に物語っている。友人には「オバサンという人種は絶対にパスワードを忘れるから、設定してあげたパスワードはすべてこちらが Excel に保存してある。かれこれ 40〜50人分ぐらいのリストになっていて、いつ聞かれても答えられる」なんて剛の者もいる。

さらに最初に紹介した記事にはこんなコメントも付いている。

私の場合は、他の方のPC等をセットアップしてあげる際のパスワードは「a●min」or「r●●t」にしています (Senna さん)

他人様の機器を設定してあげるときは必ず自分の生年月日にしておくとよいかもしれません(笑) そのユーザーの生年月日ではないからセキュリティ的には問題ないし、31July2017とかならアルファベット数字混在だし。(山辺響 さん)

なるほど、そのくらいの対策は必要だと痛感するばかりである。上述の女性のパスワードを設定してあげた時には、残念なことにそうしたノウハウをもっていなかったのだ。

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2020年11月19日

日本人は普段の行動を言語化していない

Quora という Q&A サイトで「なぜ日本人は英語が下手なのでしょうか?」という質問に、Tominaga Shintaro さんという方がとても納得できる回答を寄せてくれている(参照)。要するに「日本人は普段の行動を言語化していない」からだというのである。

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Tominaga さんが英国、米国に滞在していたとき、車で顧客を訪ねる際に電話で道順を聞くと、相手は見事に詳しい説明をしてくれ、その通りに行けば容易に目的地に到達できた。ところが日本人に「家から職場までどうやって行くか」を日本語で話すように頼んでも、しどろもどろになるという。

つまり日本人は「英語が下手」という以前に、物事を言語で表現することが苦手だというのだ。日本語で表現することすら苦手なのだから、ましてや英語でしゃべってみろと言われても戸惑うのみである。

日本人の多くは道順を言葉で説明するぐらいなら、簡単な道案内図を描いて渡す方が楽と考える。しかし英米人の多くは、そんな面倒なものを描くるより、手っ取り早く口で説明させてくれということになるようなのだ。

Tominaga さんは「日本人は道順を絵画的に捉え、英米人は、それを言語化する文化的な癖がある」と指摘している。なるほど、納得である。

というわけでそもそも日本人は「母国語を使って道順を説明する」ことすら苦痛なのだから、英語を使うのはもっと苦痛ということになる。だから英語が上手になりたいなら、まず日本語が上手にならなければならない。

そのためにはとりあえず、言葉で道案内ができるように訓練するのが効果的だろう。もっと言えば、相手が言葉で説明してくれた内容をその言葉通りに受け取れるように訓練することも必要だと思う。多くの日本人は、言葉をきちんと論理的に受け取ることさえ苦手のようだから。

物事を日本語で筋道立ててで説明できるようになり、相手の言葉をきちんと解釈できるようになれば、後は英語の言い回しに慣れさえすればいい。

 

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