2020/01/23

Mac OS の「スタック」という余計なお世話

今月 14日に "ファイルをどこに保存するか" という記事で、デスクトップにファイルを保存する習慣がついてしまって、デスクトップがアイコンで埋まってしまっている人が少なくないというようなことを書いた。

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さらにそれ以前にも、"アイコンでびっしりと埋め尽くされたデスクトップ"、"アイコンで埋め尽くされたデスクトップ依存症候群" といった記事を書いていて、盗み撮り(?)した写真には、まさにアイコンで埋め尽くされたデスクトップが映っている。こんなになっては、必要なファイルを見つけるにも手間がかかるだろう。

ちなみに私のデスクトップはそれとは対照的に、アイコンが少ない。置いてあるのは、その日のブログ記事に使う写真ぐらいのもので、それも「仮置き」しているだけだから、ブログを更新して用が済めばさっさと削除してしまう。

そんなやり方をしているのだが、最近の Mac OS は、デスクトップにファイルを保存する際に自動的に「スタック」というフォルダのようなものが生成されて整理されるようになった。どんなものかは、"macOS - デスクトップを整理(スタックをオン/オフ)" というページを見れば容易に理解できるだろう。

例えば複数の Word ファイルをデスクトップに保存すると、自動的に「書類」というスタックが生成されて、その中に収まる。同様に、Exels ファイルをを複数作ってデスクトップに保存すれば「スプレッドシート」というスタックに、画像ファイルは「イメージ」というスタックの中に収まる。

上の画像は試しにスタック機能を使ってみたもので、この画像を保存してからはさっさと削除して元通りの綺麗なデスクトップに戻した。私はやはりデスクトップにいろいろ置くということはしたくないのである。

そもそもブログに使う画像を「仮置き」しただけなのに、下手に「イメージ」というスタックなんか自動生成されて、その中に保存されると、慣れないうちは「ありゃ、あの画像、どこに消えちゃったかな?」なんてアセったりしていた。というわけで、個人的にはこの機能は「余計なお世話」と思っている。

ちなみにこの「スタック」という機能は、一昨年の OS アップデートで実現したもののようだが、私の Mac 上では、昨年末頃から急に現れるようになった。何かの拍子にこれを「オン」にしてしまっていたのかもしれない。

「こんな機能は『オフ』にしちゃえないのかなあ」と思っていたのだが、実は簡単にできた。上述のページに示されているように、デスクトップ上で右クリックし、出てきたメニューの「スタックを使用」という項目のチェックを外しさえすればいい。これで余計なお世話から解放されて、スッキリした。

 

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2020/01/22

大塚家具とヤマダ電機は、似たもの同士?

昨年末のニュースなので今やちょっと旧聞になってしまったが、大塚家具がヤマダ電機の傘下に入ることになったようだ。大塚家具に関してはこれまで 2度書いている("大塚家具の騒動を外野から眺めて" :2015/3/3、"大塚家具は、末期的状態らしいので " :2018/8/5)ので、その流れでもう一度書こうと思う。

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世間では「大塚家具は高級イメージがあるのだから、大衆路線への転換は間違いだった」「従来路線を継続した父親の『匠大塚』の業績は順調なのだから、娘の方針が失敗なのは明らか」という声が大きくなっている。しかしマーケットというのはそんな単純なものじゃない。

私は上述の 2015年 3月 3日の記事で、次のように書いている。

大塚家具という会社は、高度成長期の日本に最適化して伸びてしまったから、今になって体質改善に苦労しているという典型的な例なんだろう。従来手法を維持するにしても、新しいマーケティングを採用するにしても、多分どちらの道も多くは望めないだろうと思う。いっそ高級ゾーンと普及ゾーンの 2つのマーケットに対応するために、分社してしまえばいいのに。

で、推移としては図らずもその通りになった。もっとも明確な経営コンセプトに沿った判断ではなく、「喧嘩別れ」でそういう結果になったというだけのことなのだが。

さらに 2018年 8月 5日の記事ではこんな風に書いた。

というわけで、大塚家具のようなビジネスモデルは、既に歴史的使命を終わりかけているのだろう。倒産しないで存続するためには、外聞を気にせずに、規模を思いっきり縮小しなければならない。

朝日新聞の記者の視点では、「不死鳥のような復活か、さもなくば倒産か」という二者択一の運命しかないような書き方になっているが、「不死鳥のような復活」なんて求めたら絶対に潰れる。ここは、「近頃はなかなか話題にならないけど、どっこい、高収益モデルとして生き延びてます」みたいな企業になるしかないではないか。

で、結果として図らずも「どっこい、高収益モデルとして生き延びてます」となっているのは、親父の「匠大塚」の方である。喧嘩別れのおかげで企業規模が思いっきり縮小してしまったのだから、従来イメージを崩さない路線で成功するのは当たり前の話で、要するに「いいとこ取り」しちゃったわけだ。

残された本体の大塚家具としては、企業規模としてはそんなに小さくなっていないのに「いいとこ」だけ親父に持って行かれちゃったのだから、低迷するのは当然だ。むしろ、潰れてないだけ「まだマシ」ということだってできる。

いやはや、前に軽い気持ちで書いちゃった通りの結果になってるので、我ながら気持ち悪いほどだ。いっそ嫌いな仕事の筆頭、「マーケティング・コンサルタント」とか「ビジネス・コンサルタント」とかにでもなっちゃおうかしらん。

私としては 2015年 3月 3日の記事で書いたように、「いずれにせよまったく思い入れのない企業だから、どうなっても知ったことじゃない」というだけの話だ。ヤマダ電機に対しても、似たようなスタンスなので(参照:ヤマダ電機のマーケティング)、今回は「似たもの同士でくっつくのね」と思っている。

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2020/01/21

横須賀は非日常的な街

昨日は仕事で神奈川県の横須賀まで行った。つくばの里から横須賀までというのは、新幹線や特急を利用するというほどでも距離ではないが、実感的には中途半端に遠くて、結構しんどかった。

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上の写真は JR 東日本の横須賀駅前から港に向かって右側の景色を撮ったもの。これがかなり不思議な映像になってしまっている。

JR 横須賀線の久里浜行き電車は横須賀駅を過ぎるとすぐにトンネルに入る(写真では真ん中の下が、そのトンネルの入り口)が、駅前広場から眺めると、そのトンネルの上の斜面から大きなマンションがニョキッと生えたように建っている。

あの辺りというのはかなりアップダウンの激しいところで、海岸からずうっと山みたいになっており、その上にも住宅が建ち並んでいる。その象徴みたいな景色が、上の写真だ。

「いやはや、あのマンションの根っこはどうなってるんだろう?」と言いたくなる。横須賀というのは港には自衛艦が停泊しているし、かなり非日常的な雰囲気の街である。

 

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2020/01/20

JR 東日本「ジパング倶楽部」のジェンダー差別

今日、神奈川県の横須賀に出張して、久しぶりで新幹線以外の電車に 2時間以上も乗ったので、駅中の広告で JR 東日本には「ジパング倶楽部」というサービスがあることを初めて知った。

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そのとき気になったのが、「男性 満 65歳以上、女性 満 60歳以上なら どなたでもご入会でき、ワンランク上のサービスを受けることができます」という謳い文句だった。へぇ、今どき資格年齢の点で男女に差を付けてるんだ。

男の方が長生きしてその差が相殺されるとでもいうなら話は別だが、男性 81.09歳、女性 87.26歳という平均年齢(2017年のデータ)を考慮すれば、男性においては合計して平均 11年分以上もの相対的不利益が生じてしまう制度ということができる。これって、どうして問題にされないのだ?

ちなみに「ワンランク上のサービス」って何だ? と調べてみると、目玉は「全国の JR線のきっぷが年間 20回まで最大 30%割引」、「JR ホテル・グループの宿泊料金割引」などらしい。要するに実態は「ワンランク上(付加価値)」じゃなく、同じランクでのディスカウントじゃないか。

これを知るまでは、どうせ「グリーン券が安くなる」とか「高級ホテルでの宿泊優待」とかなんだろうと想像していたが、そんなんじゃないのだね。最初のイメージからはかなりの落差があって、「おやおや・・・」である。

ちなみに私なんか既に 65歳を過ぎているから、会員資格は十分である。ただ、しょっちゅう日本中を飛び歩いてはいるものの、圧倒的に出張が多く、旅費や宿泊費はすべて発注先に請求しちゃう。ということは、自分の懐具合にはメリットがなく、個人会費の 3,840円が持ち出しになるだけだ。

なぁんだ、「これでは考慮の価値なし、おしまい。チャンチャン!」 である。てなわけで、やっぱり「これって、ジェンダー差別じゃないの?」という疑問ばかり残ってしまうのだよね。

 

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2020/01/19

いつスタッドレスタイヤに履き替えるか

昨日は伊豆方面に出張したのだが、昼前に出かけようとしたところ、つくば周辺はちらほらと雪が降っていた。「もしかして積もったりしたら大変。スタッドレス・タイヤに換えるタイミングを逸してしまったかな?」と心配になったが、今日帰ってきたところ、路面はすっかり乾いていて安心した。

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そういえば、昨シーズンは一度も冬用タイヤに履き替えておらず、スタッドレスタイヤが物置の中で結構な場所を取り、2年も眠っている。ただ温暖化しているとはいえ、その前のシーズンは一度びっくりするほど積もったので、こればかりは油断がならない。

このつくばの里に引っ越してきたのは、ほぼ 40年前のことだ。当時はおんぼろの中古車(「カローラ・スプリンター」ってやつだ)を買って乗り回していたのだが、あの頃、真冬は必ず何度か雪が積もったので、タイヤ・チェーンが不可欠だった。「スノー・タイヤ」なんてのは贅沢品だったと思う。

それにタイヤ・チェーンは自分でタイヤに巻き付けられるので、付けたり外したりの「小回り」が効いた。今のスタッドレスってやつは専門業者に換装してもらわなければならないので、手間がかかる。

ただタイヤ・チェーンってヤツは雪が溶けてしまうと舗装道路の上でジャラジャラとやたら大きな音がして、振動も激しくなるので乗り心地は最悪になる。そんなわけで、いつの頃からか「スノー・タイヤ」などというのが一般化してたのだろう。

その「スノー・タイヤ」が今でいう「スタッドレス・タイヤ」と同じものであるのか、あるいは似て非なるものと言うほどに進化を遂げているのか、その辺りはよくわからない。いずれにしても今は、「スタッドレス・タイヤ」あるいは単に「スタッドレス」と言い習わすようになった。

「スタッド」というのは「鋲」のことで、昔は「スパイク・タイヤ」と言っていたものからその「スパイク」を取り去って、乗り心地をよくしたので、「スタッドレス」なんていうのだろう。本当に進化したものである。

問題は、その「スタッドレス・タイヤ」を付けるタイミングである。せっかく費用と時間をかけて換装しても、一度も雪が積もらなかったり路面が凍らなかったりすることが、今や珍しくない。かと言って甘く見て、いつまでも夏用タイヤのままでいると、ある日突然雪が積もったりすることもあるから厄介だ。

ああ、積もるなら積もるで、いっそしっかり降ってくれる方が気が楽というものだ。私は雪国生まれだが田舎には高校までしかいなかったから、日常的に雪道の運転をしていたわけではない。とはいえ雪というのがどんなものかをカラダで知っているので、雪道の運転はそんなに苦にはならない。

問題はスタッドレスに付け替えるタイミングだけである。いろいろな天気予報サイトにあたってみると、今シーズンは 1月末から 2月初めにかけて、積雪のおそれがあるという。ということは、来週辺り付け替えておく方が無難かな。

 

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2020/01/18

テレビがつまらなくなったのは

朝食をとり、一応テレビのスイッチは入れてみる。ニュースや天気予報をチェックした後で、時々「何か面白い番組はないか」とザッピングしてみるが、そんなものがあるわけもなく、すぐにスイッチを切ってラジオを聞く。

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さらに夜になってしまうと、テレビはどの局も愚にもつかないバラエティやうっとうしいドラマばかりとわかっているので、スイッチを入れる気にもならない。結局ラジオを聞きっぱなしになる。

出張先のホテルでも朝起きて一応テレビを点け、やはりニュースと天気予報を見て、すぐにスイッチを切る。どうしてテレビはこんなにつまらなくなったのだろうと思う。

茂木健一郎氏の「ぼくが地上波テレビを見なくなったワケ」(2019/3/15 付)というコラムが話題になっていると聞き、行って読んでみた。彼は日本の地上波テレビがつまらないのは、番組企画がジェンダーや年齢層にとらわれているからだという。うむ、言いたいことはわかるが、正直、インパクトに欠けるなあ。

彼の視点はどちらかというと制作者側に寄っていて、「最新のトレンドって、そういうことじゃないんだけどなあ」という発信の意味が強い。しかし日本の番組制作者は長らく「ジェンダーと年齢層」を切り口にした発想しかしてこなかったんだから、今さらそれを変えろと言っても戸惑うばかりだろう。

私が一番しっくりきてしまったのは、昨日の TBS ラジオで神田松之丞が言い放った「テレビなんて、IQ 30 の連中にもわかるようなことしかやらないから」という「核心を突いた暴言」だった。さすが松之丞。誤解を恐れずに言えば、これに尽きるね。

「"シャボン玉 ホリデイ" よ、もう一度!」は、叶わぬ夢と思っていたが、探してみるものである。YouTube で "50年前の音楽ショー「シャボン玉ホリデー」" というのを見つけた。1964年 8月に放映されたもので、私自身もしっかりと見覚えがある。

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半世紀以上も前に、こんなにもお洒落で質の高い音楽ショーが、毎週日曜夕方にフツーに放映されていたのだ。ビデオは 26分以上の長尺だが、見て損はない。開始 20分辺りには、植木等による伝説の至芸、「お呼びでない?」も出てくるしね。

このビデオを Youtube に登録された terashu1 さんのコメントを読めば、この番組がいかに上質なものだったかわかる。こんな番組を小学生のうちに毎週タダで見られた私は、いい時代に生まれついたわけだ。

毎週異なったスタンダード曲を、一発撮りで苦もなくハモって踊れるザ・ピーナッツは、今の世に現れたら「神」である。こんなのを日曜ごとに夢中で見てたんだから、「洋楽センス」が育まれるわけだよね。

「メンバーが交代で下手なソロ取って、リフはユニゾン」という最近の安易なアイドル・ソングを聞くにつけ、「後ろでフラフラ下手な踊りやってる暇があったら、少しはハモれよ!」と言いたくなるのも当然というものだ。複数で歌ってハモらないなんて、もったいなくてため息がもれる。

音楽ショーだけを取ってみても、今のテレビは安易すぎるというのがわかろうというものである。「ジェンダーと年齢層」というより、要するに「気合いの問題」だ。

 

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2020/01/17

久しぶりでクルマのオイル交換をした

昨日、本当に本当に久しぶりでクルマのオイル交換をした。何ヶ月ぶりだか、何年ぶりだかも覚えがないほどの、正真正銘の「久しぶり」である。

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昔はセルフのスタンドなんてなかったので、係員に「オイル交換、大丈夫ですか?」とよく聞かれ、大体頃合いというところで「じゃあ、お願い」なんて言っていたものだ。しかし最近はセルフで給油しちゃうので、オイル交換なんてすっかり忘れてしまう。

ところがこんなにオイル交換を忘れていると、さすがに「近頃、なんとなくクルマが重いな」という気がしてくる。加速するときなんか思いっきりアクセル踏まないとスピードに乗らなかったりして、エンジン音がやたらと大きくなる。

というわけで昨日、いつものセルフ・スタンドで給油した後に、奥のオフィスみたいなところに行って「オイル交換してもらえますか?」と聞いてみた。するとカウンターにいた無愛想なオッちゃんが「ああ、ちょっと待って」と言ってさらに奥のドアの向こうに声をかけると、若いお兄ちゃんが出てきた。

「オイル交換、承知しました。前に交換したのは大体いつ頃ですか?」
「そんなの、覚えてないほど、ずっと前なんだよね」
「わかりました。それでは、待合室でしばらくお待ちください」

というわけで、作業が始まった。待合室のソファに腰を下ろし、スマホでメールのチェックなんかしていると、なんだかやたらにヤニ臭い。

「むむ、ここは禁煙じゃないのかな」と思って辺りを見渡すが、灰皿らしきものは見当たらない。どうやら最近になって禁煙にして灰皿などを撤去したらしく、辺り一面にこびりついたヤニ臭さは消えていないもののようなのだ。今は、あのお兄ちゃんが出てきたドアの向こうが喫煙室になってるんだろう。

というわけで、20分ぐらい外の空気を吸ってブラブラしているうちにオイル交換作業が終わった。

「だいぶ久しぶりみたいで、オイル、かなり汚れてましたけど、これで大丈夫ですから」と言う。

「ありがとう」の次に「オタクのオフィスの中の空気も交換した方がいいかも」と言いたいのをぐっと堪えつつ、3,800円なにがしの代金を支払って帰ってきた。軽自動車だとこのくらいの金額で済むのだね。

帰り道は心なしか、エンジンの回転がスムーズになったような気がする。急な登り坂でもアクセルをそれほど踏まなくて済むようなのもありがたい。確かにオイルがだいぶ汚れて、パフォーマンスが落ちていたののだろう。

これからはクルマを長持ちさせるためにも、きちんとマメにオイル交換するよう心がけよう。ただ、いくらそう思ったとしても半年も経てば忘れちゃうのだが。

 

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2020/01/16

"Best regards" が「よろしくお願いします」とはね

先日、仕事上の後輩に「英語で『よろしくお願いします』は、どう言ったらいいんですか?」と聞かれた。辞書を引き引き英語のビジネス・メールを書いていて、最後の「よろしくお願いします」のくだりで、はたと迷ってしまったのだそうだ。

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「そんな言い方、英語にはないよ」と正攻法で答えたのだが、彼は「じゃあ、メールの最後をどう結んだらいいの?」としつこく食い下がる。仕方がないので、「そんなのフツーに "Best Regards" でいいじゃん」とお茶を濁しておいた。

ところがしばらくすると、彼は「あ、本当だ」と、素っ頓狂な声を上げた。「Google 辞書で "Best regards" を引いたら、『宜しくお願いします』とバッチリ出てきました!」と言い、「さすが tak さん、ありがとうございます!」と頭まで下げる。

今度はこちらが驚く番である。「え、そうなの? 本当にそんな風に出てきたの?」と、彼の PC 画面をのぞき込むと、確かに下のように表示されている。(画像をクリックするとリンク先に飛ぶ)

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私はこれまで、"Best regards" は単に英文レターの最後の決まり文句としか思っていなかった。"Dear 誰それ” が「拝啓」だとすれば、"Best regards" は「敬具」みたいなものという理解である。モロに「宜しくお願いします」と翻訳しちゃったのは、Google の「乱暴な英断」と言っていいだろう。

「よろしくお願いします」は多分に日本語独特の「雰囲気のモノ」でしかないから、具体的に「何をどうよろしくなのか」と聞かれても、まともな説明なんて誰もできない。そして根が日本語より具体的な言葉である英語には、そうした「曖昧な言い草」を「一言でバッチリ言い換えられる表現」なんてない。

「My スキ 英語」というサイトの "英語で「よろしくお願いします」|6つの場面で使い分ける!" というページは、その意味でとても実践的な解説である。場面ごとにいろいろなうまい言い方が提案されていて、"Best regards" というのは、その中の 1つということになっている。

というわけで、日本語の「よろしくお願いします」は便利すぎるほど便利な言葉である。英語ならいろいろな表現を使い分けなければならないところでも、この一言でたいてい済んでしまうのだから、日本語という「雰囲気言葉」の最大の強みというほかない。

あまりにも便利でビジネス・メールでもつい多用してしまうので、私は PC でもスマホでも「よろおね」と入力すれば「よろしくお願いします」に変換されるよう、単語登録している。おかげでこれまでに、時間を何千秒節約できたか知れない。

しかもさらなるバリエーションがあって、「よろしくお願いいたします」は「よろいた」、「宜しくお願い申し上げます」は「よろもう」で短縮登録してある。「よろもう」の場合のみ、ビミョーなニュアンスを尊重して「よろしく」ではなく「宜しく」と、よそ行きに変換されるのがミソだ。

いっそのこと「べすりが」で "Best regards" に変換されるように、登録単語を増やしてしまおうかと一瞬思ったほどだが、まともに考えれば、それはあまり意味があるとは思えないね。

 

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2020/01/15

板橋区高松の地 Revisited

本日、次女の引っ越しを手伝った。ほとんどの荷物は引っ越し専門業者のトラックで運んでもらったのだが、最近は灯油ストーブやペットのメダカの水槽などは規定によって運べないので、自前で運ぶように言われたというのである。世知辛い世の中になったものだ。

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彼女はまだ独り身で、このほど JR 東日本の中央線沿線の杉並区内でアパートを移転したのである。その辺りは私が学生時代に暮らしていた街とそう遠くないところで、何となく懐かしい気分になった。

ただ懐かしい気分になったと言っても、町名や駅名に馴染みがあるというだけのことで、今の景色には 40数年前に暮らしていた頃の面影はほとんどない。半世紀近く経って様変わりしている。

引っ越しが終わり、クルマで早稻田通りを東に辿って山手通りに入り、そのまま少々北上、板橋区の高松インターから首都高に乗って帰ってきた。高松インターは、上の地図の左上に赤い丸印で示しておいた。

そして、この高松インターのある辺りこそ、私が 18歳で上京して初めて独り暮らしを始めた街であると思い出したのである。住んでいたボロアパートはまさに山手通りからほんの 20m ほど北西に入った路地で、上の地図の赤丸で囲まれた三角地帯みたいなところにあった。(地図はクリックで拡大表示される)

最寄り駅は山手線の池袋駅で、真ん中辺りの緑の丸で囲んだ「トキワ通り」という路地を抜けて行き来していた。この路地には豆腐屋や八百屋などの個人商店が並んでいて、自炊には困らなかった。

このボロアパートには 2年近く住み、その後に西武新宿線下井草駅近くの、これまたボロなアパートに引っ越した。以後、板橋区の高松の地は、2〜3度通りかかったことがあるが、ここ20〜30年はとんとご無沙汰だったのである。

そして今日の午後、本当に久しぶりでクルマで通りかかったわけだが、この辺りの景色の変わり様は、中央線沿線どころではない。なにしろ通りの両側の建物の高さが、大体 3倍ぐらいになっているのである。ほぼ半世紀経って、「別の国」になってしまった感がある。

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ボブ・ディランの曲に "Highway 61 Revisited"(61号線再訪)というのがあるが、今日、板橋区高松の地をクルマで通り過ぎる私の脳内ではこの曲がギンギン鳴っていた。私が初めて東京暮らしを始めた 1971年の、6年も前に発表された曲だが、妙にあの頃の雰囲気にふさわしい。

 

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2020/01/14

ファイルをどこに保存するか

今日、またまたデスクトップをアイコンでびっしりと埋め尽くしている人に遭遇した。しかも割と親しい人物である。

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「そんなことだと、実際の机の上に書類を乱雑に重ねて置いてるのと変わらないよ。ちゃんと分類して保存しないと、あとで探すのが大変になっちゃうでしょ」と言うと、「だって、どこにどう保存したらいいかわからないんだもの」と言う。

というわけで、一昨年の 3月に書いた "アイコンでびっしりと埋め尽くされたデスクトップ" という記事を思い出してしまった。いくら何でも、上の写真ほどのもの凄いデスクトップにお目にかかることは、そうはないだろうと思うのだが。

ちなみに私の MacBook Pro のデスクトップは綺麗なものである。下の写真のようにデスクトップの右上隅に置いてあるのは、その日の blog で使う写真のみ。それも用が済めばさっさと削除する。あとは画面の下の方の "Dock" と称する格納庫に、しょっちゅう使うアプリケーションを登録してあるだけだ。

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冒頭で触れた私の知り合いは、作成したファイルは「マイドキュメント」フォルダに保存するという原則を、まったく意識していないようなのである。いやはや、そんなことは「イロハのイ」と思っていたのだが、そうじゃないのだね。

それはそうと、すべてごちゃっと「マイドキュメント」に移動させても、デスクトップがマイドキュメントに置き換わるだけだから、「ごちゃごちゃ状態」に変わりはない。だからマイドキュメントの中にさらにフォルダを作る必要がある。項目ごとに引き出しを作って整理保存するというイメージだ。

だが、それを言うと今度は「新しいフォルダの作り方がわからない」なんて言い出す。そんな時のために「困ったときの右クリック」という、チョー便利な格言があるのだが、PC を使い始めて 10年以上になるオッサンに教えてやらなければならなくなるとは思わなかった。

「どうしてデスクトップに保存しちゃいけないの?」と聞かれることがある。「デスクトップにフォルダを作って整理すればいいじゃん!」なんて言い出すやつもいるのだ。

しかしそれは単なる「見た目のすっきり感」だけの話じゃない。デスクトップにいろいろなファイルを保存しすぎると、まず、起動が確実に遅くなる。そりゃそうだ。起動する度にいちいち保存されたファイルを読み込むことになるのだから。

それから、まあ、こうしたビギナーと変わらない人にはあんまりないことかもしれないが、自分の PC を使ってプレゼンなんかする場合にカッコ悪い。何かの拍子にスクリーンにでっかくデスクトップが映ってしまったりすると、ファイルネームまでしっかり表示されちゃうから、個人情報まで漏れてしまう。

いずれにしてもデスクトップをちょっとのぞき込まれただけで、いろいろな情報がダダ漏れというのは、あまり気分がよろしくないだろう。孫の写真なんてのがあったりするとちょっと微笑ましかったりするのだが、「ジジ馬鹿」ぶりがバレちゃうし。

ちなみに昔は「マイドキュメントはなるべく使わずに。別に「保存用」とかいう名前のフォルダを作る方がいい」とか、「D ドライブがあるなら、そっちに保存すべし」なんていう人もいた。

これはセキュリティ対策とか、C ドライブが死んじゃった時のためとか、いろいろな理由があったのだが、近頃はそんなことはあまり気にしなくていい時代になったようだ。

それに最近の人は、C ドライブとか D ドライブとか言っても、全然ピンとこないようだしね。

 

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