日蓮宗って、気宇壮大
私は浄土宗系と禅宗系は馴染みがあるのだが、日蓮宗にはちょっとエキゾチックな感覚をもっている。
最近興味を深めている石原莞爾をはじめ、北一輝、宮沢賢治まで、強烈な日蓮宗信者だったというのである。
我が家の宗派は浄土真宗 (大谷派) である。だから、京都に行ったら必ず東本願寺に行って、1時間ぐらいはボーっとしている。このお寺さんは、珍しく拝観料を取らないので、自由にスタスタ入っていってゆっくりできるのが気に入っている。
そして、親父は曹洞宗の寺の生まれである。だから親父関係の親戚は皆、禅宗系の風習を保持している。あれも質実剛健で、なかなかいいものだ。永平寺にまだ一度も行ったことがないが、そのうち是非行ってみたいと思っている。
そして日蓮宗だが、今年になって初めて日蓮宗の葬儀というものに出席した。(7月28日付の本欄にも書いてある)
読経のほとんどは意味がわからないが、自我偈は読み下しであげられるからわかる。
衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も、
我が此の土は安穏にして天人常に充満せり、
園林諸の堂閣種々の宝をもって荘厳し、
宝樹華果多くして衆生の遊楽する所なり。
これは有名なところなので、知っていた。いわば、地球の寿命が尽きて爆発してしまう時がきても、「我が此の土」 (浄土) は素晴らしい様相のままであるというのだ。
法華経というのは、かなり気宇壮大なもののようなのである。
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