電報は「ハレ」 の メディア
今日は「電報の日」なのだそうだ。電報を申し込むときの電話番号「115」にちなんで決まったらしい。
電報は実用性なんてとっくに失われているのに、しぶとく生き残っている。
私が人生で最初に触れた電報は、小学校 6年生で新潟地震に遭ったとき、北海道に単身赴任していた父から来た「ブジカ シラセヨ」というものだった。なるほど、電文とはこのように簡潔にするものかと、妙に感動したことを憶えている。
祖父はやはり電報で「ミナブジ アンシンセヨ」と返事を出した。子供心に、「ミナブジ」とさえ聞けば安心するのだから、後の 6文字は余計じゃないかと思ったが、25文字以内なら料金は同じと聞いて納得した。
我ながら、ヒネたガキだった。
今や、電報の実用性は失われても、結婚式の祝電や、葬式の弔電など、どうしても FAX では代用できないものとして、存在意義を残している。NTTも、それらしく趣向を凝らした外装で、うまくマーケティングしている。
FAXが日常に使われる「ケ」のメディアとすれば、電報は「ハレ」のメディアなのだろう。なぜ「ハレ」なのかといえば、それは「不便」だからとしか言いようがない。
世の中、「便利」ばかりになると「不便」が価値になるのである。
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