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2003年2月 3日

「しゃぼん玉」は泣ける

野口雨情作詞の「しゃぼん玉」は、涙の出る曲だ。30数年前、高石友也のコンサートで 「当時の『間引き』の風習を悲しんで作られた」と聞いた。

だが、これは雨情自身の子の夭折を悲しんで作られた歌でもあるようだ。

小橋昭彦氏の「ざつがく・どっと・こむ」というサイトの、「人に擬す」という本日付のコラムにそのことが載っている。

童謡は、「アナロジー」(類推)をもって聞くと、驚くほど豊かな世界が展開される。野口雨情は幼い我が子を亡くした失意の中で、「七つの子」を作り、「しゃぼん玉」を作ったもののようだ。

小橋氏は「しゃぼん玉」の背景にある世界を知って、「雨情さん、ぼくは今、この歌詞を涙なくしては聞けません」と吐露されており、そのコラムには、何と12件のコメントがついている。(そのうちの1件は、私のコメントだ)

しゃぼん玉 消えた
飛ばずに消えた
生まれてすぐに
こわれて消えた
風 風 吹くな
しゃぼん玉 飛ばそ

表面に現れた言葉だけでなく、その裏側にある世界を「アナロジー」によって知るということは、アナライズする側の心にも「豊かさ」がなければならないのである。

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