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2003年3月16日

ブッシュの演説スタイル

米国大統領には、細部に至るまでブレインやらコーディネーターが付く。

だから、ブッシュのあの演説の仕方、一言述べては、「そうだろう、みんな?」とでもいうように、表情だけで微妙にうなずいてみせるのも、練習の賜物だ。

あの、ちょっとだけ間を取って、首を動かさずに「表情だけで」うなずいてみせるというのは、彼にしてみればちょっとした「芸」なのだろうが、微妙なニュアンスや、呼吸と間(ま)、ほんのわずかな表情だけでものを語るということについては、プロの領域に達している日本人の目から見ると、大根役者の猿芝居以外の何物でもない。

>ちょっとクサ過ぎるし、いくらなんでも嫌らしい。

それでも、米国人の大雑把な感性には十分に訴えるものらしく、最近の「イラク攻撃」の世論調査では「武力行使」に賛成する意見が 60%を占めたという。

ベトナム戦争の頃は、「愛する人を戦場に送りたくない」というささやかな願いが、一定の「力」たりえたのだが、先の湾岸戦争以来、戦争というのは遠くからミサイルを撃ちまくるだけのものになった。昔の時代劇なら「飛び道具とは卑怯なりぃ!」というところだが、実際にそんな世の中になってしまった。

ここから先は、米国だけに言うのではない。

戦争を仕掛けるものは、正義だの悪だのというよりも、世界そのものを傷つけるのだという重大な「負」の意識を持ってもらいたい。「世界を傷つける」ということは、自らも傷つくことである。

他人を殴れば、自分の拳も痛い。他国にミサイルを撃ち込めば、自国の大切なものも失われるのだ。

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