砂糖の土俵で相撲を取る
戦争で思い出したが、業界紙記者をしていた頃の編集長が、こう言っていた。
「太平洋戦争の頃、学校の先生が『この戦争に勝ったら、砂糖で作った土俵で相撲取らしたる』言うてん。それ聞いて『こぉら、頑張らなあかん』 思うたもんやで」
それを聞いて、私はつい「うわぁ、体、ベトベトなりますやん」とほざいてしまい、彼は「そうか、君らの世代は、そない言うか」と、悲しそうにつぶやくのだった。酒の席とはいえ、悪いことを言ってしまった。
彼の頭の中では、輝くような白砂糖でできた土俵が、赤・白・黒・青の美しい柱に彩られ、その上で栄養たっぷりに肥えた子供たちが堂々としかも楽しそうに相撲を取っていたのだろう。それが叶えられなかったから、彼の世代は戦後、馬車馬のように働いた。働くことが人生の目的ででもあるかのように。
その無茶苦茶な働きのおかげで、日本は戦争には負けたが、夢は相撲の土俵としてではなく「飽食の時代」として実現してしまった。あまりにも見事に実現してしまったので、後に続く世代は、「砂糖の土俵」と聞くと、よだれが出るのではなく、つい気持ち悪くなってしまうのである。
しかし私は今、砂糖の土俵を夢見た世代をリスペクトせずにいられない。負け戦の影が濃厚な苦しい状況で、明日を生き延びるためにはそのような直截的な夢が必要だったのだ。そして現に生き延びたということは、「夢」に支えられた経験を持っているのだ。
我々を支える「夢」とは一体なんだろう。それを思うと、「飽食の時代」はとても悲しい。
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