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2003年5月に作成された投稿

2003年5月30日

日本の漫画文化

その昔、米国のメディアが「日本はいい年をした大人が電車で漫画に熱中する変な国と、さも軽蔑的に紹介した。

しかしそんなことで卑屈になる必要はない。あの記事を書いた米国人記者は、日本の漫画の魅力を理解できなかっただけだ。

ある雑誌の編集者と話をしていて、どういうわけか「マトリックス・リローデッド」の話題になった。彼はあの映画のアクションは日本のコミックそのものだという。それも池上遼一の世界だというのである。キアヌ・リーブスのファッションも、そういえば「あの頃の日本」である。

>ちなみに、あの映画の監督のウォシャウスキー兄弟はかなりの漫画オタクで、日本のコミックスを読みふけっていたと聞いたことがある。日本の漫画文化は、何とハリウッドでブレイクしてしまったわけだ。

日本の漫画は子供の暇つぶしではない。大人が読みふけるだけの魅力を備えた文化であるということを理解しないと、日本の電車の中は恥ずかしい大人だらけということになる。

とはいえ、私自身の漫画センスは、一時代前のものになってしまっていることを感じる。私が漫画にいだくイメージは、複雑な網掛けやスミのない「白っぽい絵」である。赤塚不二夫ワールドだ。「鉄腕アトム」のリバイバルで昔の単行本が復活したりしているが、それをみてもやはり今の漫画よりずっと白っぽい。

今の世代があの時代の絵をみると、私の世代が「のらくろ」をみたような感覚があるかもしれない。

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2003年5月17日

お天気実感

最近、ウェブログというのを始めた。 「繊維・ファッション情報つまみ食い」というもので、トップページ右側のバナーからも行ける。

日付のとなりに天気を記録しているのだが、気象庁発表とは違う「実感天気」を意識している。これが結構むずかしい。

繊維・ファッション業界というのは、結局お天気にかなり左右されるところがあるので、きちんと記録しておこうと思ったのである。

例えば、昨日は「はっきりしない天気」、一昨日は「ぐずぐず模様」と記入した。これなんかは、イメージが湧く表現で、OK だと思う。

<12日は「はっきりしない天気、ちょい寒」 、8日は「曇り時々雨 案外蒸しムシ」となっている。

同じようなぐずぐずした天気でも、12日は日差しがなくて「ちょい寒」なのに、8日は「案外蒸しムシ」と、体感温度を加えている。このあたりが、ミソで、「実感天気」を標榜する由縁である。

朝の天気予報も、「晴れ」だの「曇り」だの「ところによって一時雨」だの言うよりも、要するに「傘が要るのか要らないのか」、「暖かいのか肌寒いのか」といったところに焦点を当ててくれるとありがたい。

我々のお天気実感は、気象用語とはちょっと別のところで働いているのだと思う。

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2003年5月15日

SARS が差別につながらないように

国際オリンピック委員会(IOC) のロゲ会長が、SARS 拡大に関連して「アジア選手への差別があってはならない」と述べた。

来月、米国に行く予定なのだが、典型的アジア顔の私としては、うかつに咳払いもできないのではないかと心配している。

我々が西洋人の顔が皆同じに見える以上に、西洋人には東洋人の顔は同じに見えるようなのである。だから中国人と日本人の区別なんて当然つかない。それは日本人だって区別がつかないのだから、当たり前だ。

だから見るからに東洋人の顔をした私が、米国人の真っ只中で咳き込みでもしたら、確かに気味悪がられるだろうと思う。それは無理もない。気持ちはよくわかる。

実は今ちょっと風邪気味で、少々咳が出る。こんなのは出発前に完全に治しておかなければならない。そうでないと本当に仕事がやりにくくてしょうがないだろう。

繊維と衣料品と IT の業界は、今や中国、台湾、香港抜きでは語れない。私が米国に出かけるのは、この衣料品と IT がらみの用件なので、現地で接触する人たちはさぞかしナーバスになっていることだろう。もしこの風邪が治らなかったら、咳をするたびに私の周りから人がさっと引いていきかねない。そんなことになったら、仕事にならないのである。

今回の SARS 騒ぎが、東洋人差別につながらないことを願うばかりだ。

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2003年5月14日

5月の紫外線

紫外線が一番強いのは実は5月で、今が一番対策の必要な時期なのだそうだ。

普通に考えると、真夏の紫外線が一番強そうだが、夏至をはさんだ前後 1ヶ月ほどは梅雨なので、紫外線は雲に阻まれる。ということは、その前の今の時期が一番なのだ。

紫外線対策というと、シミ・ソバカス除けで、女子供のお話かと思っていたら、近頃では皮膚がん予防の意味で、男も気をつけなければならないのだという。面倒な世の中になったものだ。

私の子供の頃は「子供は外で紫外線を一杯浴びて、真っ黒に日焼けした健康な体を作りましょう」などといわれていたものだ。それが今では、一定時間以上太陽光線を浴びると、皮膚がんになる確率が格段にアップするなどと脅かされる始末である。

紫外線は活性酸素の発生にも大きく関与しているらしい。活性酸素というといまや完全に悪者扱いだが、なければ困るものでもある。ナチュラルキラー細胞という細胞ががん細胞をやっつけるときには、活性酸素を使うといわれている。しかしがん細胞をやっつけるほどの力だから、過剰になると体そのものをも傷つけてしまうものらしい

両刃の剣なのだ。

現代人は運動不足のために、酸素を持て余し、活性酸素を過剰に生じさせているとの説もある。昔のように額に汗して働くのが、最も健康的な生活のようだ。

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2003年5月13日

夏至にスローな夜を

今年の夏至(6月22日)に、「百万人のキャンドルナイト」というのが企画されている。夏至の夜、8時から 10時まで、皆で一斉に電気を消して、「スローな夜」を過ごしましょうという呼びかけだ。( >> こちら

東京タワーもライトアップをやめるらしい。

いい企画だなぁと思う。単に電気を消せばいいだけならば、私だって気軽に協力できそうだ。

>このイベントには、さまざまな意味づけが可能だろうと思う。エコの視点、審美的な視点、ロマンの視点、ヒューマニズムの視点、ノスタルジーの視点、いろいろな視点からみても、「面白そう」という気がするはずだ。

実際に都会の真ん中で電気の灯りが一斉に消えて、(もし空が晴れていれば)星がフワーッと見えてくる瞬間というのは、さぞかしいいもんだろうと思う。

とはいえ、主催者も「1億人の …… 」と言わずに「百万人の」と言っているというのは、実際には、期待通りの「闇」とまではいかないのではないかという、控えめな見込みなのかもしれない。

山奥に行けば、いつだって本当の闇夜は体験できる。星々がびっしりとちりばめられた天の川だって、簡単に見える。それでも、都会の真ん中で同じ夜空を見上げることができたら、それは格別のものだと思うのだ。

夏至の夜、できうる限りの「暗さ」を実現したいものだ。本当の光の暖かさというものを実感するためにも。

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2003年5月12日

気が遠くなるほどの長い時間

一昨日のこの欄に「大通智勝如来が十劫もの長い間結跏趺坐した」と書いたが、この「劫」というのは、仏教用語で「とてつもなく長い時間」を指す。「未来永劫」 の 「劫」 である。

ちなみに反対語は「刹那」(瞬間)になる。

1劫がどのくらい長いかというと、諸説ある。

ものすごく具体的に、「4億 3千 2百万年」という説もある。そうすると、1劫前というのは、地質年代でいうとオルドビス紀からシルル紀に移行するあたりで、三葉虫が大発展した時期である。生物はまだ陸上に進出していない。

それよりも長い(と思われる)時間であるという説もある。それは「一つの星が生まれて消えていくまでの時間」というのである。これは相当のものだ。大通智勝如来は星が 10個生まれては消えていくという長い間、道場で座禅を組んでいたというわけだ。

しかし、私が一番気に入っている定義は次のようなものである。

1劫とは、1辺が 40里 (160Km)の大岩石の表面を、3年に 1度降りてくる天女がその羽衣で1度だけさっと払い、その摩擦が繰り返されることによって大岩石がすり減ってなくなるまでという、気が遠くなるほどの長い時間であるというのである。天女が羽衣で払うのは 3年に 1度ではなく、100年に 1度という説もある。

まぁ、どんな具体的な定義をしてみたところであまり意味をなさないほどの長い長い時間のことなのである。

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2003年5月11日

蕎麦を食う時の音

蕎麦は音を立てて食うものとされ、蕎麦屋の品書にも「盛大な音を立ててお召し上がりください」など書いてあったりする。

しかしそれについては、私はずっと「いかがなものか」と思っていた。何も「盛大な音」なんか出さなくてもいいではないか。

これに関して、かの杉浦日向子さんが「もっとソバ屋で憩う」 (新潮文庫)という本の中で納得できる解説をしてくれている。

杉浦さんによると、「ソバをズズッとあからさまな音をたてて食べるようになったのは、どうやらラジオ普及以降のことらしい」というのである。

蕎麦関連の落語をラジオで演じた際に、噺家がオーバーな音を立て、それを聞いた人たちまでが真似だしたというのが真相らしい。彼女は、従来わが国では概ね「濁り」を忌み、「つるつる」はいいが「ずるずる」は下品とされてきたので、普通は唇をすぼめて食べていたとしている。

しかし新そばの時期(11月から3月)までのみは、「聴くや善い」=「菊弥生」といって、新そばの香りを口腔から鼻腔に増幅するために、ズズッとすするのが公認されていたらしい。高座のそばは新そばの作法であったようだが、通年の慣習として定着してしまったと、杉浦さんは推理しておられる。

蕎麦を無音で食うというのも気味が悪いものだが、かといって盛大な音を立てるのが粋というわけでもないようなのである。ごく普通に慎ましい音をさせるのがよろしいのではないかと思う。

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2003年5月10日

大通智勝の公案

禅の公案に「大通智勝」というのがある。ある僧が興陽の清譲和尚に 「大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)が十劫(こう)もの長い間、座禅を組んだのに悟れなかったのはなぜか」と問うと、清譲和尚は「そんなのは言うまでもない。悟らなかったからさ」と答えたというのである。

大通智勝如来というのは、仏の智恵に大きく通じた如来というのだから、最高級の悟りを得た存在だ。それでも十劫というとてつもなく長い間、道場に結跏趺坐しても、悟りを得られなかった時期があったというのである。

清譲和尚の回答は、正確には「伊(かれ)が成仏せざるが為(ため)なり」というものだ。

本来悉有仏性だから、元々仏道を得ていてもいいはずなのに、それができなかったのは、大通智勝如来といえども迷いに気を取られて、本来自らに宿っている仏性に気付かなかったからだ。と、そう私は解釈していた。

しかしそればかりではなかったと、最近知った。この「伊(かれ)が成仏せざる …… 」の「伊」というのは、場合によって「かれ」と読んだり「われ」と読んだりする字なのだそうである。人称に捉われない概念なのだ。

大通智勝如来が勝手に一方的に悟らなかっただけならば、「伊」ではなく「彼」という字を使ったはずである。しかしあえて「伊 という字を使ったということは、大通智勝如来が成仏しなかったのは、「私が悟らなかったから」でもあるということなのだ。彼我一体である。 そこには超越した時間の観念がある。

自分が悟れば、世界が悟る。世界が混迷を深めているのは、自分が迷っているからなのだ。なんとも申し訳ないことである。

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2003年5月 9日

「本むら庵」 はすごい

今日は久し振りに歩きに歩いた。訪問先が全部、駅から離れたところにあり、しかも、アポイントの時間が飛び飛びだったので、途中であちこち散歩してしまったのだ。

夕方には、ついに膝の裏側が痛くなってしまった。やはり歳は争えない。

普段は滅多に行かない荻窪まで行ったので、昼食はかの有名な「本むら庵」で蕎麦を食した。この蕎麦屋も荻窪駅から結構歩く。

実は「本むら庵」は今日が初めてなのである。仲間内では「蕎麦食い」としてちっとは知られるこの私が、「本むら庵」の蕎麦をまだ食ってないとは恥ずかしくて言えなかったが、今日を境にようやく引け目を感じずに済むようになった。

私は 20年前までは西荻窪に住んでいたのだが、当時はこの店の存在を知らずにいた。手打ちを始めたのがほぼ 20年前というので、私の引越しと時期的にすれ違ってしまったようだ。

ところで感想だが、すごい蕎麦だった。粗挽き細打ちの極致。ツユも癖のないまろやかさ。650円のせいろでここまで作り込まれてしまったら、他の店はどうしたらいいのだ、反則ではないかと言いたくなるほど、見事なものだった。

ちょっと遠いのが残念だが、きっとまた行くことになるだろうなぁ。今度は、仕事が一段落着いて、ゆっくりとお酒の飲める時間帯に。

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2003年5月 8日

ミニ・タイムカプセル

今日、古いバッグの底から平成 12年 8月 30日の新聞の切抜きが出てきた。米国の大学が「21世紀初頭の最初の 10年に実現する科学技術」を予想した記事である。

その「トップ10」を 3年後の目で見ると、見事に物珍しくも何ともない話になっている。

トップ10をすべて挙げてみよう。(1) 携帯用情報機器、(2) 燃料電池自動車、(3)精密な農業 (コンピュータでデータ管理した農業)、(4) オンラインショッピング、(5) テレリビング (買い物、労働、勉学などが居間でインターネットを通じてできる)、(6) バーチャル・アシスタント (人工知能によるアシスタント)、(7) 遺伝子組換作物、(8) コンピュータ化された保健医療、(9) 代替エネルギー、(10)スマートロボット (家事や介護をするロボット)

ほとんど、実現したか実現間際といった技術ばかりである。タイムカプセルを開けたような気がするが、これらはたった 3年前までは 「未来技術」 だったのだ。

ところが、注目ポイントはこれからである。このリサーチを主導したジョージワシントン大学のウィリアム・ハラール教授は 「IT 革命は今後 20年で成熟期を迎えて次第に衰退し、知識が全てを超越する時代の終わりの後に、精神革命の時代が訪れる」 と予言している。

知識から精神性への転換の動きは既に出ているとしており、それが 20年後には顕在化した主潮となるというのである。

それは楽しみなことだ。それこそが私の求めるものである。何としても 20年後の世の中に生きていたいと思った。

【2023年 3月 26日 追記】

その 20年後の世の中で、この追記を書いているが、「精神革命の時代」という気はしない。残念なことである。

 

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2003年5月 7日

白装束の日常生活

今日の昼、回転寿司屋に入り、最初の 2皿は「いか」と「えんがわ」を取った。ちょうどその時、店内のラジオが「白装束の集団は …… 」というニュースを流し始めた。

2皿とも真っ白なネタだった私は、あわてて「マグロの赤身」を取ったのだった。

この関連のニュースを見るにつけ、不思議なことがある。

そもそもこの集団、元々は何のためにこんなキャラバンを組んだのか。これだけのクルマを集めてどこからか出発したという限りは、目指すところがあったと考えるのが普通である。

しかし、どうやらこの集団はどこを目指して移動しているということもないらしい。ということは、そもそものキャラバン隊スタートの目的は、単に「目立ってテレビに出ること」にあったとしか思われない。とすれば、彼らの目的は十分に達成されている。

2つ目の疑問は、これだけの集団の食料は、どうやって仕入れているのかということである。白装束のまま、近所のスーパーか何かに買い物に行っている様子もない。あったとしたら、行った先のスーパーでひと悶着起こしてニュースになっているだろう。ということは、事前に十分な量の食料を調達してあるものとみえる。きっと保存のきくインスタント物だろう。「スカラー波」なんかよりずっと体に悪そうに思える。

3つ目の疑問は、これだけの集団の排泄物はどうなっているのかということだ。その辺で用を足しているようにも見えない。とすれば、あのクルマの中に「トイレ車」があるに違いない。タンクに貯めているとしても、そのうちまとめて打っちゃらなければならないだろう。その時、「排泄物不法投棄」か何かでしょっ引くことも可能だろう。

一連のニュースは、こうした疑問に何一つまともに答えていない。バラエティショーか何かでやってみたら、視聴率アップするだろうに。

【2026年 3月 24日 追記】

この記事で書いた「白装束の集団」というのは「パナウェーブ研究所」というものだったが、その後は世の中ですっかり忘れ去られていた。なにしろ 20年以上も経っているので。

で、ちょっと思い立って「白装束の集団」のキーワードで検索してみたところ、文春 ONLINE の "「電磁波攻撃を受けている」“謎の白装束集団”騒動から18年…パナウェーブ研究所はその後どうなった?" という記事が見つかったので、一応紹介しておく。

 

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2003年5月 6日

ウェブログと、魂の喪失感

ウェブログが注目を集めている。 当コラムは「ウェブログに似て非なるスタンス」を意識しているのだが、正統派のウェブログは、イラク戦争で存在感を高めているようだ。

「週間アスキー」今週号の「仮想報道」に詳しく紹介されている。

「仮想報道」の歌田明弘氏によると、イラク戦争で最も注目されたウェブログの一つに「バック・トゥ・イラク」があるという。フリージャーナリスト、クリストファー・オルブリットンが、現地から毎日、かなり長文のレポートを配信したものだ。

死の危険ともろに隣り合わせた現場からのレポートは、かなり読ませるもののようだ。4月 14日、北部のティクリットに入ろうとした時に、銃撃に遭い、命からがら逃げたことや、翌日同じ場所にいくと、「クルド人の泥棒」でないことがわかってフレンドリーに接してもらえたことなどが、生々しく書かれている。

その際に、殺された2人のクルド人を見せてもらう。「2人の死者はとても静かに見えた。撃たれた傷跡がぽっかり開いて血が流れている以外は」と、オルブリットンは描写しているという。

私はこの件を読んで、1983年にニューヨークのホテルで銃撃事件に居合わせた時のことを思い出した。ホテルのロビーで「パン、パン」と乾いた銃声がして、振り向くと、男が横たわっていた。ちょうどこめかみのあたりに赤い穴があき、血が流れていた。撃たれて死んだ人数が 1人少ないことを除けば、オルブリットンの描写したとおりだった。

「人の命は地球より重い」などと言うが、死ぬときはとてもあっさりと死ぬものだ。死んでしまったあとは、単なる屍骸なのだった。あの屍骸に宿っていた「いのち」は、一瞬にして、どこに行ってしまったのか。

「いのち」というのは、単なる肉体を動かすエネルギーではなく、「魂」といったようなものでないと、あの喪失感は説明がつかないと思った。

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2003年5月 5日

皆で馬鹿になって笑う

突然だが、笑いの原理というのが、西洋と日本では違うのだと思う。

西洋は論理で笑う。笑いの論理モデルというのがいくつがあって、そのバリエーションを作って笑いを取るのが、西洋の笑いだ。

パーティ・ジョークというのは、必ず論理がベースになっていて、その論理を半ば骨抜きにしたところで笑いが生じる。例えばこんなユダヤ・ジョークがその典型だ。

アブラハム・コーエンが林の中を歩いていると、川におぼれそうになっている男がいたので、必死に泳いで助けた。
助けてみると、おぼれそうになっていた男は、アドルフ・ヒトラーだった。
ヒトラーは 「助けてくれてありがとう、お礼に何でも希望を聞いてあげよう。何が希望かね」 と言った。
コーエンが言ったのは、「どうぞ、私があなたを助けたということだけは内密に」

もろに論理である。

日本の玉川カルテットの 「金も要らなきゃ女も要らぬ、わたしゃも少し背がぁほしぃ~い」 とはまったく異質の笑いである。

西洋の笑いは、「何でおかしいかというとね …… 」 と論理的に説明できる。(もちろん、説明してしまっては台無しだが)

ところが、日本の笑いは論理的に説明しても、なんでおかしいかわからない。そもそも論理的でないのだから、論理的に説明できない。

西洋の笑いは利巧な人でないと笑えない笑いだが、日本の笑いは、皆で馬鹿になって笑う笑いである。アメノウズメノミコトの天岩戸の前の踊りで、八百万の神々が笑った(古事記の表記では、「わらひき」の字に「笑」ではなく「咲」の字が当ててあるのだが) 時代から、皆で馬鹿になって笑っていたのである。

皆で馬鹿になるには、相当にシンクロされた意識をもっていなければならない。日本人のメンタリティの宝はそれである。

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2003年5月 4日

極私的ジャニス論

昨日、団塊の世代の後に生まれたのに、彼らより古い感覚を持ってしまっていることを書いたが、本日、当サイトの掲示板にジャニス・ジョプリンで泣けるなどと書いているのは、20代の男である。

私の上を行く、恐ろしいタイムラグである。

ジャニスを聞いたことのない人は、ぜひ聴いていただきたい。ロックが今よりずっと切羽詰っていた頃(1960年代後半)の歌である。最近のロックは、聴衆が軽く踊ってくれさえすれば、それで事足れリとしている風情があるが、ジャニスの歌はそんなものではなかった。

当時、彼女の歌は我々の胸の底まで十分に切ないほどに届いていたのだが、彼女はまだ満足しなかった。

彼女は我々のハートの底を突き破るくらいでなければ、自分の歌が届いたことにならないと思っていたのだと思う。しかし我々はそこまで踏み込んだ聞き方は、さすがにしなかった。一歩手前で踏みとどまってしまった。

だから彼女をアルコールで殺してしまったのは、私を含めた当時の聴衆だったのだ。彼女の歌を聴く我々が、彼女と一緒に無茶苦茶なところまで追い詰められてしまえば、彼女は死なずに踏みとどまったのだ。なぜならば、その時こそ彼女は、一転して我々を救うエンジェルとして振舞えただろうから。

我々が(卑怯にも)踏みとどまってしまったから、彼女は自分がエンジェルだとも知らずに、自分で破滅してしまった。

彼女に本当のエンジェルを演じさせるには、当時の聴衆は器が小さすぎた。私は今、そう思っている。

 

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2003年5月 3日

世代間タイムラグ

今、NHKラジオで特別番組「新・話の泉」というのをやっていて、立川談志などの出演者が、昔の行商の売り声や昭和20年代の演芸などの話題で盛り上がっている。

私は団塊の世代の後の生まれだが、なぜかよく憶えていて、懐かしくてたまらない。

私はなぜか、古い時代のことをよく知っているのである。どう考えても、団塊の世代の連中(55~58歳ぐらい)よりもずっと年寄りじみている。妻からも「大昔の人と暮らしてるみたい」と言われることがある。

鈴が森で「お若ぇの、お待ちなすっておくんなせぃやし」と言ったのが播随院長兵衛という侠客で、「待てとお止めなされしは、拙者のことでござるかの」と応えたのが白井権八という若侍。そしてその馴染みが吉原の小紫という花魁だったなんてことは、小学生の頃から知っていた。今の団塊世代のほとんどはこんなことは知らない。

なんで知っていたかというと、私は「ラジオ・オタク」だったのである。ラジオの演芸番組を聴いていれば、こんなことは常識だった。昔の人は寄席で耳学問していたのである。

しかしそれだけではない。私の生まれた山形県庄内地方は、時代の歩みが都会と比べて 10年は後れていたようなのだ。例えば、私は小学校 4年生まで、月に一度は学校で DDT 散布をされていた、保健所の職員が白衣を着てやって来て、我々の頭に DDT をふりかけ、のみならず、首筋から服の内側までプシュプシュと噴霧されていたのである。

関東生まれの人に聞くと、少なくとも 58歳までの人はそんな経験はないというのである。「いつの時代の話だ」と呆れられるのである。

どうも、私は大分昔の人間らしいのである。

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2003年5月 2日

ネコは困るがかわいい

我が家にはネコが真っ白と真っ黒の 2匹いるので、この季節は大変だ。毛の抜け変わりの時期なのである。

とくに白い方がよく目立ち、家中に真っ白な綿ゴミ状で散らばっている。こんなに抜けて、よく丸裸にならないものだ。

しばらくは、白い方のネコばかりよく毛が抜けて、黒い方はそうでもないものと思い込んでいたが、最近そうではないと知った。黒い方を抱くと、よくみると腕にびっしりと黒い抜け毛が付着している。

ゴミとしては、黒い色よりも白い色の方がよく目立つようなのだ。黒い抜け毛は、知らないうちに掃除機で吸い取っているものらしい。気の毒なのは白ネコの方である。一方的に悪者にされかねない。

ゴミとしては黒より白の方が目立つが、地の色としては、黒より白の方が汚れが目立たない。日本人は白い車が大好きのようだが、これはマメに洗車をしなくても汚れが目立たないからという理由もあるようだ。

家の中は、壁紙、ソファの下のほうなど、「爪とぎ」 のせいでボロボロだ。次女は 「ネコアレルギー」 があるようで、鼻水をたらしながらネコを抱いて撫でている。

ネコはなかなか手がかかる。それでも飼ってしまうのだから、やはりぺットには別の意味で効用が大きいようだ。

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2003年5月 1日

連休という気がしない

今年はあまり連休という感じがしない。休みの並びが悪いということもあるが、個人的には、4月から勤めをやめて、毎日自由になっていることが大きいと、今頃気が付いた。

フリーランスになると、連休はあまり関係ない。常にシコシコ何かやっている。

宮仕えの時はゴールデンウィークがうれしかったが、そうでなくなると、逆に世間が休みモードに入ってしまうので、仕事にならない。立場が変わると、世の中の見方も変わってくるものだと、つくづく思う。

6月は米国に行ってこようと思っている。2年ぶりだ。 イラク戦争の影響はそれほど大きなものではなくなっているだろうが、SARS がどんな具合になっているかで、こちらのスケジュールもかなり影響を受ける。某展示会の視察ツァーに入るつもりなので、ツァーが成立しなかったら、すべて自分でお膳立てしなければならない。

昨日も書いたが、新暦では 5月に入っても、本当の季節感の旧暦では、ようやく「卯月(うづき)」である。「五月(さつき)」は、もう 1ヵ月後にやってくる。

卯月は初夏の季節。家の周りの雑草がどんどん伸びる。「雑草魂」という言葉を最近思い出したが、元近鉄バッファローズの鈴木投手が好んで色紙に書いた言葉だそうだ。

私もどうやら雑草のようである。どうみてもバラや桜ではなさそうだ。

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