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2003年7月 7日

「パンク男」 を返上したい

また車がパンクしてしまった。朝、末娘を駅まで送って戻り、10時頃に再び出かけようとしたら、右の前輪がペシャンコだった。

何の巡り合わせか知らないが、私は妙にパンクが多い。平均すると 1年に 1度ぐらいはパンクしているような気がする。

近所のタイヤ屋の親父さんともすっかり顔なじみになってしまった。「こんなにパンクの多いのも珍しいでしょ」と聞くと、「そうですねぇ。私なんか、年に 1万 5千キロぐらい乗るけど、パンクなんか滅多にしないもんねぇ」と言う。1万 5千キロなら、私も大体同じくらいである。一体何が違うというのだ。

タイヤ屋のお客の中には、「今の車はパンクなんかしない」と信じ込んでいる人も多いそうだ。「そういう人たちは、『最近はタイヤの性能も良くなったから、パンクしなくて済むよねぇ』なんて言うんですよ」と、親父さんは笑う。「そういうわけでもないんですがね。本当にそうなら、私らの商売あがったりだ」

だ言えるのは、「パンクしない」と信じ込んでいる人は、本当にパンクしないらしい。タイヤ交換は磨り減って寿命になった時だけだ。とすると、私がパンクしやすいのは、「パンクはするものだ」と思い込んでいるからなのか。

いやいや、これはきっと「卵と鶏」だ。たまたまパンクしないで済んでいる人が、パンクしないと信じ込んでいるだけに違いない。いや、それとも想念もエネルギーであるから、具象化するともいえるのか。

さすれば、今日を限りに私も「パンクはしない」と信じ込んでみよう。それで「パンク男」を返上できたら、「想念の具象化」というエッセイでも書いてみようか。

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