日常感覚と天体規模の感覚
このところ、気温の変化が激しい。蒸し暑い日の翌日に涼しいと、とても肌寒く感じるし、その逆だと汗だくになる。
しかし、これをもう一歩引いて考ええみよう。我々はずいぶん恵まれた自然の中に生かされているものとわかる。
暑いと言ってもせいぜい 30数度だし、それが 22~23度になると「肌寒い」などと不足を言う。この季節、たかだか10度くらいの違いで大騒ぎだ。これでは、ちょっと「ヤワ過ぎ」ではなかろうかという気がしてきた。
地球規模で考えれば、摂氏 50度の灼熱地獄に生きている人もいれば、冬にはマイナス 50度になる寒冷地に暮らす人もいる。さらに成層圏、宇宙の領域まで昇れば、その温度差は想像を絶する。我々の日常感覚と地球規模、天体規模、宇宙規模の感覚はかなり相違がある。
もっと言えば「大地震」というものも地球規模で考えれば、ちょっとした表面の「かさつき」程度のものだ。それが、そこに暮らす人にとっては驚天動地の大揺れに感じるのである。「たかがかさつき、されどかさつき」だ。こうしてみると、人間というのは小さいものだ。しかし、その小さな存在をギリギリで生存させている地球という惑星は、大したものである。
この微妙なバランスの上に、生きとし生けるものが活動しているわけだ。日常感覚の快不快は、生きていけるバランスの範囲内であればこそのものである。この微妙なバランスに不足を言えば、結局はせっかくのバランスを崩すことにつながる。それは自殺行為である。
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