漱石の作品はすべて面白いか
明治時代の新聞というのは、読朝毎の三大紙といえども発行部数はせいぜい 50~60万部で、現在(読売新聞は 1000万部を超える)と比べれば、非常に少ない。
それだけになかなかハイブロウなところがあり、文芸が売り物の一つだったようだ。
夏目漱石などは、一高教授の職を捨てて朝日新聞の社員として迎えられ、専属で小説を書いている。当時「吾輩は猫である」「坊ちゃん」で既に高名を得ていたから、朝日に移るときにはずいぶん破格の待遇だったらしい。新聞は高名な文人との契約で「ハク」を付けて、部数を伸ばそうとしていたから、多少の無理はきいたようだ。
今日の TBS ラジオの朝の番組に登場した詩人の荒川洋治氏によると、漱石は高給を取ったとはいえ、生活はかなり厳しかったらしい。妻の生活が派手な上に、義父母の生活の面倒をみていたし、来客もかなり多かった。物要りだったのである。
そのため朝日に移ってからは、金を稼ぐために矢継ぎ早に「虞美人草」「三四郎」「門」と小説を書いたが、ようやく調子が出てきたのは「こゝろ」あたりからだったという説がある。
亡くなった山本夏彦氏などは、漱石の小説で面白いのは「猫」と「坊っちゃん」だけで、後はどこが面白いのか、というようなことを書かれたが、こうした話を聞くと、それも一理あると思わせる。私は「三四郎」は面白く読んだが、それ以外は確かに退屈だ。文豪の作品だけに、そうはっきりとは言いにくいところがあるが、事実は事実である。
面白くないものを「面白くない」と安心して言えないのは、文化的ファシズムである。







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