一世一代のパフォーマンス
今日は今年 2度目の忘年会。帰りはどうなることやら。前回は夜中に車までたどり着いて、そのまま寝袋で寝てしまったが、今回はそれだけは避けたい。
ところで、「喪中につき …… 」という葉書が今年も何通か届いた。近頃「死」は一世一代のパフォーマンスだと思う。
何十年もの人生の軌跡より、人間は死に様によって後代の人に印象づけられる。先々代の坂東三津五郎は、大変な名優だったが、今でも「フグで死んだ三津五郎」と語り継がれる。ことほど左様に、「死というものは大変な印象を与える。
お釈迦様は、「今實の滅度に非ざれども、而も便ち唱へて滅度を取るべしと言ふ」 と言われた。如来たるもの、不生不滅だから本来死ぬということはないのだが、方便をもって衆生を教化するために死ぬのである。いつまでも生きていると、覚り薄き衆生はいつまでもお釈迦様に頼り切りになるから、きちんと精進させるために死んでみせるのだということのようだ。
お釈迦様ほどのありがたいパフォーマンスではないにしろ、全ての人間にとって、「死」は「生」の集大成である。一生に一度しかできないことだから、まさに一世一代である。やり直しが効かないのだから、きちんと死ぬためには、きちんと生きなければならぬ。せいぜい精進しよう。
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