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2004年1月に作成された投稿

2004年1月31日

上京の際の終着駅

最近では、東北・上越方面からの新幹線まで、終着駅が東京になってしまい、上野は単なる通過駅になりつつある。

しかし、私の学生時代には、田舎から上京して最初に着く駅が、東京駅か、上野駅か、新宿駅かという違いが、その後の人生観に大きく影響していたように思う。

以前は、東北・上越方面から上京すると、ターミナル駅は上野駅で、東京駅などと比べるとどうしても薄暗く、うらぶれた雰囲気があった。最近は上野駅も中身を改装してかなり 「お洒落度」 を意識した演出となったが、同じことなら、もっと思いっきりレトロっぽくしてしまえばよかったのにと思う。どうも中途半端なところがいただけない。

上野駅の回りも、東京駅の丸の内、日本橋に挟まれた立地からすると、かなりキッチュッぽさが漂う。上野公園はちゃんと探索してみればかなり芸術っぽい感じがするのだが、どうしてもお花見の喧噪と西郷さんの銅像のイメージが強い。それにアメ横とくれば、かなり俗っぽく、垢抜けないイメージが強い。

最近の東北出身者がスマートになってしまったのは、一つには、ターミナル駅が東京駅になってしまったからではないかと思っている。

中央線方面からの上京は、今でも新宿駅がターミナルだが、この駅は今や副都心と歌舞伎町という極端な二つの顔をもつイメージになってしまった。

それに、今では羽田空港というのも重要なターミナルである。北海道や九州、四国方面からの上京は、今やかなりの部分、空路で占められる。わたしの学生時代には、想像できなかった。

現在では、上京の際のターミナルは、圧倒的多数の東京派と、それに次ぐ羽田派、そして中央線方面からの新宿派と、マイナーな上野派 (常磐線方面) という色分けになるだろう。

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2004年1月30日

恥の上塗り

あまりにもヴァルネラビリティ (攻撃誘発性) たっぷりで、皆のやり玉に上がりすぎているので、今まで触れないでおいたが、やはり古賀潤一郎という人の言い草はひどすぎる。

言い訳をすればするほど恥の上塗りで、馬鹿馬鹿しさが浮き彫りにされる。結局、最初から無理がありすぎたのだ。

「私はお宅の大学を卒業したんでしょうか、しなかったんでしょうか」 と、日本の国会議員が 20年も経ってからノコノコと聞きに来たのだから、ペパーダイン大学の担当者もさぞかし呆れたことだろう。

周囲の弁護もふるっている。「英語が不自由なテニスボーイなのだから、卒業の際に紛れがあっても仕方がない」と言った人がいる。「英語が不自由」なら、そもそも米国の大学に入ろうというのが間違っている。

「弁護士に任せていたので、卒業できたと思っていた」というのも、笑止千万である。大学を出る出ないで弁護士を雇うなんて、聞いたことがない。結局は苦しい言い訳に過ぎないだろう。

帰国してからの言い草がまたわからない。議員は辞めずに、歳費は返納するという。金を使わずに政治活動なんかできるはずがない。自ら「単なる名前だけの議員になります」と宣言しているようなものだ。その上、改めて不足した単位を取り直して卒業を目指すという。国会議員をやりながら、どうして米国の大学の単位を取れるというのだ。議会を欠席し続けるしかあるまい。確かに、それではやっぱり歳費も貰いにくかろう。 貰いにくい自覚があるなら、いっそ辞めた方がすっきりするだろうに。

それから、この人のホームページだが、早くコンテンツを更新しないと恥ずかし過ぎるのではなかろうか。それに、トップページがフレーム仕立てなのに、左側のメニューをクリックするとすべて新しいウィンドウで開くというのは、どうもいただけない。このサイトを作った人は、フラッシュの作り方は知っていても、フレームの意味合いを知らないのだろうか。なんとも、いろんなところでお粗末なところを見せる方である。

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2004年1月29日

「雪かき」 のいろいろな言い方

朝、通学の娘を駅まで車で送ったら、カーラジオで気象予報士の森田さんが、「雪かき」は地方によって言い方が違うという話をしていたので、聞き耳を立てた。

確かに我が庄内地方では「雪のけ」(実際の発音は 「ゆぎのげ」) と言い、「雪かき」とはまず言わないのである。

ちなみに森田さんによると、秋田では「雪よせ」「雪なげ」と言うらしい。「よせ」というのは、雪を道の中央から端に寄せて通行できるようにするので、何となくわかる。「なげ」というのは、東北では「捨てる」ことも「投げる」というので、また、これもわかる。

北海道では「雪はね」と言うらしい。「へぇ~」である。庄内生まれには、あまりピンと来ない。

新潟でも比較的積雪の少ない下越地方では、庄内同様に「雪のけ」と言い、中越では「雪ほげ」、豪雪地帯の上越では「雪ほり」と言うらしい。「掘り」というのは、さすがに相当積もるのだなぁと実感させる言葉である。

石川、富山では「雪どかし」「雪すかし」と言い、岐阜では「雪またぎ」と言うようだ。それぞれ、その地方なりの雪の積もり方を実感させる。

太平洋側では、一様に「雪かき」である。降り方にそんなに差がないし、生活にしみ通っていないのかもしれない。

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2004年1月28日

意外に商売上手なサザエさん

つい最近知ったのだが、テレビアニメ 「サザエさん」 のオープニング・テーマで全国の観光地の風景が流れるのは、お金を取って観光宣伝をしているのだそうである。

これを知った時は、少しショックだった。あののんきな昭和 30年代的ムードの裏側に、そんなセコイ現実があったとは。

我ながらぼうっとしていたと思うが、あれは長谷川町子さんが旅行好きだったのであんな企画にしているのかなと思っていた。しかし、知ってみればいかにも宣伝ぽい風景の羅列である。「買い物しようと街まで出かけたが、財布を忘れて」 いたというサザエさんとも思われない商売上手なお話で、私としては、なんだか興醒めしてしまった。

ちなみにどのくらいの費用がかかっているのかとググってみたら、大体630万円から700万円ぐらいとわかった。(参照: 愛媛県のケース高山市のケース =第5280号 2002年 1月 11日の項参照) あれは、大体 3ヶ月ごとに入れ替えになっているようだし、一度に何カ所か (4~5カ所ぐらいだったかなぁ) の宣伝をするので、年間で 1億円くらいの収入になっているだろう。番組スポンサー以外からそれだけの収入があるというのは、案外おいしいかもしれない。

それにしても、あんなステロタイプな絵葉書的風景が、効果的な宣伝になるのだろうか。個人的には甚だ疑問であるが、観光に出かける心理というのは、案外そんなものかもしれない。観光案内に載っている 「あの風景」 を実際に見ることができさえすれば、満足するのだろう。

その意味では、あの番組というのは徹頭徹尾、日本人の平均的嗜好に密着しているといえないこともない。「平均的嗜好」 なんてものはとうに死滅してしまったものと思っていたが、実は案外根強いものだったのだ。

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2004年1月27日

Yahoo BB には腹が立ったぞ

私の留守中に YahooBB の勧誘電話があり、妻は内容がよくわからないので、とりあえず資料を送ってもらうことに同意した。

ところが、YahooBB から届いたのは資料などではなく、「お申し込み受け付け完了のお知らせ」という怪しげな書類だったのである。これには唖然としてしまった。

その書類には、「このたびは Yahoo! BB ならびに BB フォンサービスにお申し込みいただきまして、まことにありがとうございます。お客様のお申し込みを承りましたことをお知らせいたします」とある。

ところが妻はそんなものを申し込むとは、一言も言っていない。先方がしつこくわけのわからないことをまくしたてるので、申し込むかどうかはわからないが、とりあえず資料を送るというのなら受け取ると返事をしたのである。

その辺の悪徳商法でも、「契約書」にハンコを押させてナンボである。たった一本のわけのわからない電話のみで、書面のやりとりが一切ないうちに、プロバイダーへの申込みが「受け付け完了」になるというのは、とんでもない話だ。YahooBB については、いろいろと悪い噂を聞いていたが、ここまでひどいとは知らなかった。きちんと名の通った会社のやり口とは、到底思われない。

2ヶ月の「無料期間」のうちに解約すればいいというのかもしれないが、実際はそんなものではない。書面を見ると、放っておいたら NTT の回線を YahooBB に変更する工事が行われてしまうらしい。冗談じゃない。私は フレッツADSL と @nifty の組み合わせでホームページを運営し、ようやくここまで認知度を高めてきたのである。今さら乗り換えるつもりはない。勝手なことをされては、大迷惑だ。

「お問合せ先」となっている取次店の (有)サイバーワン (千代田区神田佐久間町) という会社に抗議の電話をすると、それではキャンセル手続きを取るという。ふざけるんじゃない、申し込んでもいないものを、どうして「キャンセル」しなければならないのだ。 それを言うなら「無効手続き」だろうが。

さらにこの取次店は、そのうちモデムが届くはずなので、着払いでいいから送り返してもらいたいという。馬鹿も休み休み言うがいい。頼んでもいないものを勝手に送り付けられて、手間ひまかけて送り返してやるほど暇人じゃない。そんなものが届いたら、即刻捨ててしまうと返事しておいた。(実際には受け取り拒否をするつもりだが)

YahooBB を名乗って妙な勧誘電話があっても、完全無視ですぐに切ってしまうことをお勧めする。住所などは言わない方がいい。

これまでは、人に YahooBB を使いたいと相談されたら、「まぁ、一番安いんだから、『それなり』でいいのなら、いいんじゃないの」と答えていたが、こんな馬鹿なことをされたからには、到底勧められない。これからは「他の信頼できるプロバイダーの方がいいよ」と言うことにしよう。目先の利益を追ってアコギなことをすると、こんな逆効果になることを知るがいい。

それにしても、ソフトバンクは ADSL のトップシェア獲得で起死回生を目指しているようだが、個人的にはその決着が付く前に FTTH の時代になると思うがなぁ。

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2004年1月26日

方言の大切さ

JR で酒田から帰ってくるには、新潟で上越新幹線に乗り換えるのだが、今回はすぐに乗り継げる便が満席で、新潟駅で 40分待たなければならなかった。

途中下車して、PRONTO でコーヒーを飲みながら時間を潰したのだが、回りに飛び交う言葉は東京と変わらない。

それは酒田でも感じたことで、近所の公園で雪合戦をしている子供たちの言葉が、とてもきれいな標準語なのである。今は冬休みが終わって 3学期が始まっているのだから、親の里帰りに付いてきた子供たちではなかろう。酒田土着の子供から、庄内弁が消えているのである。

父に聞くと、「テレビのせいだろう」という。しかしそればかりでもあるまい。多分、両親が揃って庄内出身というケースが減っているのだろう。

庄内出身者が仙台か東京に出て行って、そこで知り合った相手と結婚する。そして酒田に戻ってきて生活するという場合は、家の中での夫婦の会話は標準語ということになるだろう。その中で育った子供は、庄内弁を知らないで育つ。

由々しき事態である。庄内で生まれ、庄内で育った子供が庄内弁を話せないというのでは、貴重な文化遺産の喪失だ。私なんかは、今は筑波の里で暮らしながらも、時々は庄内弁丸出しで話し、家族が多少でも庄内弁を理解できるように「教育」している。おかげで仙台生まれの妻は自分では庄内弁を話せなくても、ヒアリングに関しては、ほぼ完璧にできる。

方言は財産である。現代に育てばほとんど苦労せずに方言と標準語のバイリンガルになることができるのだから、標準語しか離せない東京生まれより「文化の重層性」を身につけることができるのだ。酒田に生まれながら酒田の言葉を話せないというのは、とても損なことだ。

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2004年1月25日

近代社会の外の生活

今日、酒田の街を歩いていたら、4歳下の従姉妹に会った。一昨年に鳥海山の麓の町に嫁いだことは聞いていたが、とても幸せそうな様子だった。

嫁ぎ先は海の幸、山の幸が豊富な土地柄で、食べ物はほとんど金を出して買う必要がないのだという。

米でも野菜でも果物でも、自分の家で作っているし、ないものは隣近所との物々交換で済む。水はきれいな湧き水があり、そこで野菜を洗ったりする。買い物も、街で発行する地域限定通貨のような、商品券のようなもので用が足りるので、お金は普段は必要がないと言っていた。

こうした社会では、日本銀行券は他の地域で生産された高額商品(例えば自動車など)を買うぐらいにしか使わないのだろうか。どうも、近代社会に嫁いだような話の具合ではない。今の世の中にまだこのような社会があるというのは、なかなか爽快な気がする。

気楽でよさそうだ。うらやましい限りである。そうかと思うと、ADSL の回線が最近つながったなどというから、やはり外の社会と無縁というわけではなさそうだ。 この町も、来年には酒田市と合併して「市」になるという。

なんだかもったいないような気もする。

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2004年1月24日

久し振りの地吹雪

酒田に来ている。この冬一番の寒波襲来とちょうどタイミングが重なってしまったが、積雪は内陸の方がひどくて、庄内はそれほどでもない。

それでも、やはり地吹雪が出迎えてくれた。ほぼ20年ぶりの地吹雪である。なんだか懐かしい気持ちになった。

駅を出て実家に向かって歩き出すと、たいした強風で下が凍りかかった雪のため、踏ん張りがきかず、妻が飛ばされかけた。私はさすがに地吹雪の歩き方を知っているので、大丈夫だったが、都会育ちでは、東北日本海側の冬は大変だ。

関東に暮らしていると、冬の天気のよさが応えられないほど快適だが、時々、この地吹雪が懐かしくてたまらなくなることがある。今日の地吹雪程度ではまだ序の口だが、久し振りに頬がいたくなるほどの中を歩いて、妙な満足感があった。

今日までが雪の峠らしい。明日も降るらしいが、昨日や今日ほどの降りにはならないようだ。明日は、酒田の商店街で寒鱈祭りがあるといっている。そういえば、近頃うまい鱈を食っていない。ちょっと出かけて買ってこようと思う。

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2004年1月23日

2周年と 1週間

すっかり忘れていたので、今頃持ち出すのも格好悪いのだが、このサイトの 2周年記念日が過ぎてしまった。

平成 14年 1月 16日のスタートなので、今日で 2年と 1週間めである。去年も忘れていたような気がして調べたら、記念日翌日の 17日になって思い出していた。

どうも私は記念日を覚えているのが苦手なようだ。実は結婚記念日すらも不明瞭なのである。多分、昭和 54年の9月 22日か 23日のどちらかのはずなのだが、思い出せない。この年は秋分の日が土曜日だったので、翌日の日曜日と合わせた連休を狙って式を挙げたということは確実に覚えている。しかし、連休の初日だったか、2日目だったか、私ばかりか妻までが思い出せないのである。

だから毎年秋のお彼岸になると「きのうか今日あたりが、結婚記念日のはずだね」などと言っている。こんな夫婦も珍しいだろう。

ところで去年の今頃は、当サイトのアクセスがようやく 6,000を越えたばかりだった。現在は 32,000を越えているので、1年で約 26,000アクセスあったことになる。つまり、2年目は初年度の 4倍以上に達したわけだ。ゼロからの出発だったから、増加も目立った。

今年の 3年目が 2年目の 4倍になるかといえば、それは無理というものだ。近頃、1日に 100ヒットを越えることも珍しくなくなったので、そのうちに月間 3,000ヒットに達するかもしれないが、それでも、去年の平均の 50%増程度のものだ。

アクセスは少ないよりは多い方が、そりゃあありがたいが、私としては、一度きりの訪問が毎日 500人いるよりも、200人の常連さんがいてくれるというサイト作りをしたいと思っている。

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2004年1月22日

お馬鹿なジョーク

このサイトのトップページには、 「レンタルウェットスーツ」という小さなウィンドウを表示させるリンクがある。(「一撃の右上)

クリックしてご覧いただければすぐにわかるのだが、これは完全なジョークであり、本気に取られては恐縮してしまう類の、お馬鹿なコンテンツである。

当サイトのトップページのアクセスログ解析の結果によると、1か月に 2~3人の方が、Yahpo や Google のサイトで「レンタルウェットスーツ」などのキーワードで検索し、当サイトに来られるようなのである。真面目にウェットスーツのレンタルサイトを探して、当サイトに辿り着かれた方は、あのジョークをみて立腹しておられるのではないかと、心配になっていたところである。

庄内拓明という男は、詐欺にも等しい人を馬鹿にした奴だと思われているのではあるまいか。そう思われたら、このサイトには二度と来てもらえないのではなかろうか。

そう思って念のために「レンタルウェットスーツ」というキーワードで ググッてみた。すると38番目にようやく当サイトが出てきたのである。「レンタル」と「ウェットスーツ」の 2語にしてみると、70~80件めまで進んでも見当たらない。そりゃそうだろう。当サイトはレンタルウェットスーツを眼目にしているわけでもなんでもないのだから。

上位にランクされているのは、いかにもリゾート地やアウトドア・スポーツ関連、ダイビング関連のサイトばかりである。改めて Google のアルゴリズムの正確さを認識した。

しかしそうなると「レンタルウェットスーツ」のキーワードでググッて、わざわざ当サイトのような怪しいところに来られる方というのは、一体どんな物好きなのだろうか。少なくとも、普通じゃないように思われる。

それだけ物好きな方ならば、当サイトのお馬鹿なジョークに遭遇しても、それほど立腹されることもないのではないかと、少し安心してしまった次第である。

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2004年1月21日

画期的マウス・システム

今月 10日の「Bit の哲学」にも書いたが、キーボードのテンキーの部分が邪魔になって、体から離れた位置でマウス操作するため、右肩だけ異常に凝っていた。

テンキーレスでエルゴノミックデザインのキーボードがないものかと思っていたが、今日、緊急避難的だがいい買い物をした。

それは、トラックボール付きのマウスである。ある人に「マウス自体を動かさなくていいので楽だよ」と勧められていたので、試しに買ってみた。トラックボールを親指で動かすタイプの製品である。

しかし、実際に使ってみてわかったのだが、私のようにホームページ制作などの仕事が多く、細かい位置決めなどが必要だと、親指での微妙なトラックボール操作は今イチやりにくい。私に勧めてくれた人は、テキストをどんどん打ち込めばいいという仕事なので、微妙なマウス操作は必要ないようなのだ。

一瞬がっくりときたが、ふとこれまでのマウスとトラックボール式のマウスを併用できないものかと、USB ハブに両方差し込んで試してみた。すると、両方生きるのである。ノートパソコンにマウスを接続すると、マウスとマウスパッドの両方が生きるのを経験的に知っていたので、これは意外ではなく、期待通りである。

そしてこれが大ヒットだったのである。従来のマウスをキーボードの右側に置き、トラックボール式を左側に置く。左手の人差し指から薬指までの三本指を添えてトラックボールを操作すると、かなり正確にコントロールできる。普通のマウス操作よりも正確なほどだ。そして右側に置いたマウスはまったく動かすことなく、クリック操作だけを担当すればいい。

要するに、マウス・ポインターを動かすのは左手のトラックボール、クリックは右手のマウスにと、これまで右手だけで行ってきた操作を分業させるのである。これは言葉で表現するとうっとうしいようだが、実際にやってみるとかなり楽だ。とくに右手のマウスをあちこち動かす必要がなくなり、クリックだけで済むというのは、右肩にとってかなりの負担減となる。左手も、マウス全体を動かすのでなく、トラックボールを撫でていればいいので、疲れない。

このシステムに移行して 2時間ほどしか経っていないので、細かい使い心地などはまだレポートできないが、とりあえず、最初の印象はかなり快適だということだけは報告しておきたい。とりあえず、ひどい肩こりからは解放されそうだ。

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2004年1月20日

固形石鹸で洗髪

我が家の浴室には、シャンプーとリンスが 4セット置かれている。妻と 3人の娘に、それぞれ専用の銘柄があるようなのだ。

で、私はどれを使っているのかというと、どれも使っていない。シャンプーだのリンスだのは、面倒なのである。昔から体を洗うのも洗髪するのも、同じ固形石鹸だ。

十代の後半から数年間、世の流れに惑わされて、時々はシャンプーとリンスを使ったことがある。しかし長くは続かなかった。どうしても面倒なのである。シャンプーを洗い流してからまたリンスなどを擦り込んで、もう一度洗い流すという作業が、どうもうっとうしい。リンスなんぞを使うと、髪の毛が必要以上に「しっとりしなしな」になるのも違和感があった。

もう 30年近く固形石鹸で洗髪しているなどというと、大抵の人は驚くのである。固形石鹸で洗髪する野蛮人は、現代の日本には 100人に 1人もいないと言われる。きちんとシャンプー・リンスを使わなければ、早晩髪の毛が傷んで、抜け落ちてしまうなどと脅かされる。

しかし私の頭は(中身は別として)まったく問題がない。確かに、二十代の頃に比べれば、髪の毛が多少は細くなり、額の生え際も、1~2ミリは後退しているような気がしないでもない。しかし同年代の連中の多くが、シャンプー、リンス、育毛剤に気を遣いながらも、白髪混じりになったり、はげ上がったりしているのに、私は何の気も遣わずに、一本の白髪もなく、ふさふさである。以前、こめかみの辺りに一本だけ白髪が生えたことがあったが、いつの間にか消えてしまった。

だから、私はシャンプーやリンスがテレビでさかんに宣伝している「何とか効果」や「かんとか成分」などというのは、かなりの部分「気休め」に過ぎないのではないかと思っている。少なくとも私にとっては、固形石鹸は「安上がりで手間もかからず、害もない」ということが、長年にわたって証明されているのである。

むしろ、シャンプーの多くは「合成洗剤」であるということの方が、ずっと気になる。

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2004年1月19日

変な読み方の地名の由来

「飛鳥」と書いて「あすか」と読むのは、「明日香」という地名の枕詞が「飛ぶ鳥の」であることから来ているとは知っていたが、「春日」で「かすが」と読むのが何故かまでは、この年になるまで知らなかった。

奈良の「滓鹿」(かすが)の枕詞が「春の日の」であるからということだ。

「へぇ~」である。 ついでに、これまでわからなかった漢字の読み方の起源を調べてみたら、案外簡単に調べがついた。

「東雲」で「しののめ」と読むのは、大昔の住居の東側につけた明かり取り窓が、篠竹で編んだ網代のようになっていたので、東の空に見える雲が「しののめ」と呼ばれるようになったという。

「東風」と書いて「こち」と読むのは、東から吹く風のことを古語で「こち」と言っていたので、そのまま「東風」と書いて「こち」と読ませたものらしい。

「長谷」で「はせ」と読むのは、奈良の長谷が、谷川の奥まった所、すなわち瀬のはつるところということから、泊瀬と呼ばれ、初瀬とも書かれたが、長い谷川の狭間であることから、「長谷」と書かれるようになった。現代の感覚からするとちょっとやりすぎのような気もするが、昔の人にとっては、ちょっとした言葉遊びが根付いたのかもしれない。

「陸奥」で 「むつ」と読むのは、元々の地名が「むつ」であることに漢字を当てたらしい。その漢字というのは、元々は「みちのく」と読ませた「陸奥」ということらしい。ややこしいが、「みちのく」の代表が「むつ」ということか。

昔の人は、かなり漢字で遊んでいたもののようだ。

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2004年1月18日

清河八郎

NHK の大河ドラマで「新撰組」が始まったが、新撰組の前身である「浪士隊」を結成したのが、庄内出身の清河八郎である。

この人物、「清川八郎」とも表記されることがあり、「清川」という土地の出身なので、この方が正しいのかとも思っていたのだが、正しい表記は「清河」の方であるらしい。

生まれた土地の名は、確かに「清川」で、今の東田川郡立川町の一部なのだが、この人物に関していえば、「清河八郎」が正しい。「山河を越えて上京の志」という意味合いで、「川」ではなく「河」の文字を使っていたようだ。これはつい最近知った。元々、私はこの辺の歴史にはあまり詳しくないのだ。

Google で検索しても、「清河八郎」では2,640件ヒットするのに対し、「清川八郎」では704件しか出てこない。さすがに、正しい表記の方がずっと多い。とはいえ、誤表記率は約 21%に達している。歴史的人物の名前の誤表記率としては、かなり高いのでは亡かろうか。

なにしろ本家本元の立川町の観光案内サイトですら、表記が混在している。「清河八郎記念館」というのはいいのだが、そこに飛ぶための上部メニューでは、「清川八郎」になっている。おいおい、しっかりしてくれよ、立川町!

この清河八郎は文武両道に秀でて、ものすごく優秀な人物だったらしいのだが、なぜかあまり恵まれた境涯ではなく、34歳で暗殺されている。世渡り下手な庄内人の典型みたいなところがある。

表記といえば「新選組」にしても、「新撰組」とも書かれることがある。これはどちらが正しいとも言えないようなのだが、最近では「新選組」の方に収束しつつあるようで、NHK もこの大勢に沿っているのだろう。

それにしても、このあたりの歴史は学校でもあまり詳しく学ばなかったような気がする。学校の歴史教育のスタンスは、単に主要な事実を年代順に記憶するということのような気がする。人物史のような「生きた歴史」は学校を出てから学ぶ他ない。

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2004年1月17日

インターネットが速くなった

16日から我が家の ADSL が 1.5Mbps から 8Mbps に格上げになった。

もっと速いにこしたことはないが、我が家のエリアは 8Mbps までしかカバーされていない。それに、基地局との距離から計算すると、これ以上の回線にしても体感速度はあまり変わらないもののようだ。

ちょっと前からモデム兼ルータは 24Mbps まで対応するものに変更して、回線が切り替わるのを今や遅しと待ちかまえていたのだが、ようやく NTT 側の工事が完了したようだ。今日、外出先から帰ってインターネットに接続してみると、明らかに体感速度が速くなっている。

試しにスピードテストのサイトに行って計測してみたら、以前は 0.9~1.2Mbps という数値だったのだが、今日は 1.9~2.3Mbps という数字が出た。最大 8Mbps という謳い文句からすると物足りないこともないが、今までの約 2倍のスピードが出ていることになる。このくらいアップすると、確かに体感速度の違いとして感じられる。

ところで総務省によると、ブロードバンドの爆発的拡大によって、インターネット回線網のバックボーンが、早ければ 5年以内にパンクするのではないかとみられているらしい。とにかくこのところ通信量が毎年倍々ゲームで増えているというのである。

インターネットがここまで生活に密着してしまうと、回線がパンクしたでは済まない。日常生活が成立しなくなってしまう。なんとか基幹通信網の増強を急いでもらいたいものだ。もしかしたらこれは大して必要もない高速道路を造るよりも、ずっと意味のある公共事業になるかもしれない。

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2004年1月16日

寒い尾州もがんばっている

名古屋、岐阜方面に日帰り出張して、11時過ぎに帰宅した。この辺りまでは、十分に日帰り圏内である。その代わり、仕事が終わるとさっさと帰路につくので、観光的なことは何もできない。

行きの新幹線から富士山がきれいに見えただけで、よしとしておこう。(参照

名古屋、岐阜方面は、繊維の世界では毛織物の産地として有名で、「尾州産地」と呼ばれている。尾州といえば「東海地方」といわれて、暖かいようなイメージがあるが、実は冬はかなり寒い。地図で見ると納得できるのだが、北西の季節風が琵琶湖のあたりを抜けて、そのまままともに吹き込んでくるのだ。

今日の夜、7時半頃に名古屋駅の新幹線ホームに立っていたときは、冷たい風が吹き付けてかなりの寒さだった。ところが約 1時間半後の 9時頃に東京駅に降り立ったら、そんなに寒さは感じなかった。明らかに、東京よりも名古屋の方が寒い。

その寒い尾州で、がんばっている人たちがいる。東京の大企業以外は、まだまだ景気回復の実感などないも同然だが、その中で、きちんと未来を見据えて積極的に活動している人たちに会うのは、とてもうれしいものだ。今回は、寒い旅だったが、心は確かに熱くなった。

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2004年1月15日

爆弾低気圧

北海道の東沖に進んだ低気圧が、台風並に発達して大荒れになっている。

一昨日中に、気圧が一挙に38ヘクトパスカルも下がったらしい。1時間に1ヘクトパスカル以上の割で下がると大変らしいのだが、その 5割増しで下がったのだから、ものすごいことになったわけだ。

気象の世界では、こういうのを称して「爆弾低気圧」というらしいのだが、かなりの大きさの爆弾になってしまった。 いくら近頃は雪の降り方が少ないとはいえ、私の郷里の庄内では相当な積雪になっているようだ。東海道新幹線でも、関ヶ原付近の積雪で遅れが出ているという。

実は明日名古屋、岐阜方面に出張である。明日には峠を越えているはずなので、そんなに心配することもないかもしれないが、新幹線がきちんと動いてもらいたいものである。

シーズン初めは暖冬の予想だったが、年明けとともに急に寒くなってきた。なにしろ長期予報は当たらないということになっているから、覚悟した方がいいかもしれない。

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2004年1月14日

恐るべし、フラクタル

私の主催するオフィスは「フラクタルポイント」というのだが、この「フラクタル」(自己相似形)というのは、すごいものらしい。

なにしろフラクタル構造のキュービック(立方体)の中に、光や電磁波を閉じ込めてしまう実験に、信州大学と大阪大学の共同研究グループが成功したというのである。(参照

光や電磁波を閉じ込めるといっても、それはホンの 1000万分の 1秒間、光をキュービックの中に留めることができたということで、それを聞いたとき、私は浅はかなことに、「1000万分の 1秒間なんて、『瞬間』にも満たないではないか」 とタカをくくってしまったのである。

というのは人間にとって「瞬間」と感じられるのは 100msec、要するに 10分の 1秒だといわれているからだ。その 100万分の 1の時間では、瞬間どころではない。全然お話にならないじゃないか。

しかしよく調べてみると、人間の感覚というのは今やかなりアナクロになってしまってるらしい。1000万分の 1秒という時間は、現代のスーパーコンピュータでは、数万回の計算がこなせる十分な時間であるようなのだ。恐れ入ってしまった。

これを改良すれば、昼間に貯めておいた光を夜に引き出して明かりに利用することや、空中を飛び交う電磁波を利用してモバイル機器の電源にするなどの活用ができるというのだが、4~5年後には実用化できるという話もある。しかし、何故にこのようなことができるのかというのは、理論的には説明されていないらしい。

恐るべし、フラクタル。

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2004年1月13日

成人式の馬鹿馬鹿しさ

私は成人式というものに出席したことがないので、昨今の成人式に関する話題が、今イチ腑に落ちないのである。

成人式に出なければ成人としての権利が与えられないというわけじゃあるまいし、そんなにつまらない催しならば、わざわざ出かけなければいいだけの話ではないか。

初めからつまらないとわかっている催しにわざわざ出かけて、つまらないと文句を言う神経がわからない。わざわざそんな中でケータイや私語のしまくりでヒンシュクを買い、馬鹿扱いされて何とも思わない神経もまたわからない。仲間内で集まって騒ぎたいというのなら、自治体の主催する成人式なんかパスして、二次会だけやればいい。

とは言いながら、今日の川崎市の成人式のニュースには笑ってしまった。同市の「成人の日を祝うつどい」で、新成人代表の男の子(あえて「男の子」と言う)が演説用テーブルに土足で上がり、「議員の紹介が長くて選挙目当ての式。市長の話なんかみんな聞いていない」とあいさつしたという。確かに、市長らのあいさつと、国会議員、県議、市議、市幹部ら約50人の紹介が延々と続いたのは本当らしい。 演説用テーブルに土足で上がったのは穏やかでないが、言ってることは至極もっともである。まあ、そんなことは元々わかっていたことではあるが。

式の後、この男の子は別室に呼ばれ、来賓議員たちから「どうけじめをつけてくれるんだ」「謝ったって、取り返しがつかねえんだよ」とつるし上げられ、謝ったというのだが、謝るくらいなら最初からおとなしくしておけばよかったのだ。やってしまった以上は、最後まで突っ張ってもらいたかった。結局、その場の雰囲気でつい言ってしまっただけで、確信犯ではなかったのか。それにしても、ニュースで読む限り、来賓議員の怒り具合の方がずっとガラが悪いような気がしないでもない。

これぼどまでに馬鹿馬鹿しい要素の多い、ほとんど無意味なセレモニーではあるが、廃止ということにはならないだろう。廃止されたら、着物屋に大きな打撃となる。存続してもらわなければ、商売あがったりだ。成人式は和装業界と、振り袖を着てみたい女の子(あえて「女の子」という)のためにあるのかもしれない。

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2004年1月12日

スカートをはく男たち

ニューヨークのメトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュートで、昨年秋に "Men in Skirts" (スカートをはく男たち)という企画展が行われた。

民族衣装、歴史的なコスチュームから、現代のデザイナーのクリエーションまで、 100点以上が展示された。

現代ではファッション・タブーの象徴となった「スカート」が、歴史的には男性のワードローブの一部であったことをビジュアルで示す内容だったという。

ズボン形式のワードローブが世界中で一般化したのは、歴史的にはごく最近の話である。それまでは西欧社会の特殊な服装でしかなかった。日本では着物だったし、アジア全般には貫頭衣的なものが主流だった。そして西欧社会においてすら、ローマ時代には貫頭衣だったし、ズボンは野蛮なゲルマン人の物という意識だったようだ。スコットランドでは、今でも「キルト」が男性の正装となっている。

どうもズボンというのはゲルマン的効率主義が、近代主義と結びついたことの象徴といえるようなのだ。私はスカートをはこうというほどの趣味はないが、温泉旅館の丹前を含めて、着物を着るとなんとなく癒される感じがするのは、近代の相克から解放された気がするからかもしれない。

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2004年1月11日

我ながら「言えてる」こと

当サイトではいろいろなことを勝手気ままに述べているが、中には我ながら「言えてる」と思う至言もいくつかある。

その代表例は、「日本人は羊を数えても眠れない」というヤツだ。本当に眠りたかったら、米粒を数える方が効果がある。嘘だと思うなら、試してみてもらいたい。

昨年の 3月 19日の一撃では、「全ての平和運動は総論で行われ、全ての戦争は各論で遂行される」というようなことを書いた。いつの場合も、ノー天気な総論よりも、切羽詰まった各論の方が強いから、戦争はこの世からなくならないのである。

最近のヒットは、今月の 6日の一撃に書いたことだ。「どうでもいい規制や制度によってメシを食っている少数の人たちの発言力は、それによって食いっぱぐれている多数の人たちよりずっと強い」ということである。だから、行政改革や規制緩和が、いつまで経っても進まないのである。

この 3つは、これまでの当サイトの「至言ベスト 3」である。これを上回る一撃を生み出せるように、せいぜい今年もアンテナを研ぎ澄しておきたいと思っている。

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2004年1月10日

専守防衛と平和のために

自衛隊のイラク派遣で、いろいろなことを言う人がいる。しかし、普段は「危険なところには派遣するな」とか「死んだらどうする」とか言っていて、そのくせ、いざという時には、きちんと国民を守ってくれと言っても、そんなにうまくは行かない。

それは、虫のよすぎる話ではないか。

マスコミや進歩的文化人の言辞は、とてももっともらしく聞こえるが、実際問題としては、いざという時にそれなりの働きをするには、それなりの場数を踏んでいなければならない。ごく単純な喩えで言ってしまうと、普段喧嘩しなれないやつが、実際の喧嘩の時には役に立たないのと同じことだ。

普段は武器の使用についてすらやたらと厳しい制約を付けて、「戦わない」ことばかり求めておいて、そしてよくよくの時になって、初めてきちんとした「専守防衛」をしろと言っても、それは無理な相談だ。

普段から戦争慣れしろと言っているわけではない。しかし、一応の軍隊(どう言いくるめようとも、あれは立派な軍隊である)であるからには、それなりの場数を踏むことも考えなければならない。

そのためには、平時の法律とは別の体系の「軍法」だって必要である。戦闘地域に行っても、「軍法」に沿った行動ができないので(日本には軍法がないから) 、「非戦闘地域に派遣する」だのと言った苦しい言い訳をしなければならなくなる。

平和平和というからには、自国の軍隊がいざというときには役に立たないものになっていたとしても、それは仕方がないとあきらめなければならない。平和を叫ぶからには、そのくらいの覚悟がなくてはならない。

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2004年1月 9日

無邪気な罪は重い

昨年 8月に大流行したワーム型ウィルスの "Blaster" が、個人ユーザーの間でまだくすぶり続けていて、インターネットのトラフィックに悪影響を与えているらしい。

ウィルスにやられていることに気付いていないユーザーが、かなりいるようなのだ。

前にもどこかで書いたような気がするが、お釈迦様は「知って犯す罪と、知らずに犯す罪とでは、知らずに犯す罪の方が重い」とおっしゃったという。そのことを思い出した。

知っていたら、用心する。知らないからタカをくくる。Blaster ウィルスの問題は、まさにそうだ。知らずに感染して今では自分がウィルスをまきちらしている人は、「だって知らなかったんだもん」で済ませたいかもしれないが、実際は、「知らなかった」では済まないのである。

知らないからこそ、半年近く経った今でも、平気で他に迷惑をかける。「知らずに犯す罪」の方が、はるかに被害甚大だ。

「知らなかったんだもん」で済ませたがる人には、気の毒だがこう言わなければならない。「知らなかったこと自体が、既に罪なのだ」と。インターネットの世界に身を晒すからには、最低必要源の知識は獲得して頂きたい。無邪気な罪は重いのだ。

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2004年1月 8日

インフルエンザ流行の兆し

松の内が明けた。松の内というのは正月の松飾りをつけておく期間で、一般的には 7日までということになっている。

小正月の 15日までが松の内だという定義の方が、古くからある正統らしいが、近代の世の中では、そういつまでも正月気分ではいられないということのようだ。

当サイトのトップページの壁紙も、7日まではキンキラキンの金屏風のようなものにしていたが、さっそく引っ込めさせていただいた。どうもあんまり派手なのは気恥ずかしくて、自分でも居心地がよろしくない。今日からしばらくは、別宅で使っているのを本宅でも使ってみることにした。

年賀状の方は、15日の小正月まで有効という不文律があるようなので、それまでは見られるようにしておきたい。

ところで、世の中ではインフルエンザが流行の兆しを見せているらしい。北海道に続いて、我が郷里の山形県も流行の「注意報」から「警報」に格上げになった。格上げでも、こういうのはうれしくない。

国立感染症研究所というところが、インフルエンザ流行レベルマップというホームページを作っている。それによると、福島、群馬、埼玉の 3県にも注意報が出ている。このサイトでみると、昨シーズンは西日本から流行が始まって、2月には全国的に広まったということがわかる。今シーズンとは逆のようだ。

我が家の長女も、今朝は風邪をおして出勤した。車で駅まで送りながら、「大丈夫か?」と聞くと、 「ダイジョバない」などという。「だいじょうぶ」という動詞が存在するのかと錯覚した。

あれくらいの変化技が使えるようなら、それほど心配なかろう。

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2004年1月 7日

フロントガラスの霜

この季節、朝一番で車に乗ろうとすると、フロントガラス一面が霜に覆われていて、そのままでは運転席からまったく前が見えないことがある。

車庫に屋根さえあれば、霜はかなり防げるのだが、我が家の車庫は生憎なことに露天なのである。

しかし実は我が家の車庫とて、元々露天だったわけではない。ここに引っ越してきた当初は、立派なモノではないが、一応片流れ式の屋根らしきものが付いていたのである。片流れ式とは、屋根の片側だけに支柱がついているというものだ。

ところがこの屋根が数年前の積雪に耐えかねて、潰れてしまったのである。その日は関東には珍しくかなりの雪だったので、どこにも出かけずにいたところ、昼前頃に娘が 「お父さん、大変だ!」 と駆け込んできた。外に出てみると、車庫の屋根が積雪の重みに耐えかねて下にゆがんできており、その鉄骨の一本が車の屋根を圧迫している。そのままにしておいたら、車まで潰されそうだ。

近所で力のありそうな若い連中に頼んで、下から屋根を持ち上げてもらい、ソロソロと車を脱出させたら、車庫の屋根は見る間にメロメロ~っと潰れてしまった。以後、我が家の車庫はずっと露天のままである。すみっこに、鉄柱が立っていた名残がわずかに残っている。

ところで先月の和歌ログにも書いたのだが、このフロントガラスの霜をあっという間にとる方法を発見した。風呂の残り湯をかけると、一瞬にして解けてしまうのである。

これまでは霜取り用のヘラを買ってきてゴリゴリとこそげとったり、霜取りスプレーをかけたりしていたが、今イチの感があった。しかし、風呂の残り湯は、金がかからない上に、霜の取れ具合も最高である。北海道ぐらいの寒さだったら、かけた残り湯がまた凍っていたちごっこになってしまうこともあるかもしれないが、筑波程度ではそんなこともないので、これが最高の方法のようだ。

世の中、とんでもない盲点に工夫のタネが眠っているものだ。

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2004年1月 6日

認可だの規制だのの世界

会社を設立するときの定款作成で、業務内容に "IT化" などの英文字を使えるようになったのは、つい最近なのだそうだ。

それまでは、英文字は万人に理解できるわけではないという理由で、認可対象にならなかったというのである。

当に外来語として定着しているカタカナ言葉でも、定款に使うと認可されないという言葉がいくらでもあるらしい。そんなくだらないことをつつくために、あまたの役人がいる。わからなければ調べればすぐにわかることである。定款を読む人は辞書の引き方をしらないという前提で運用されているのだろうか?

そんなことでどうのこうの言うのだったら、お役人自身の作る報告書や法律用語をもっとわかりやすいものにするべきである。それをしないで、民間にばかりわかりやすさを求めるというのは、どういうことか。

自分たちの作る文章がわからないといって聞きに来たら、大いばりで説明してみせるのに、民間の作る文章については、わからないと言うのは沽券にかかわるというのだろうか。

定款認可に限らず、多くの認可とか規制とかいうのは、そうしたものである。規制がなくなると役人の仕事がなくなるから、規制緩和にはものすごい抵抗がある。

どうでもいい規制によってメシを食っている少数の人たちの発言力は、それによって食いっぱぐれている多数の人たちよりずっと強いようなのだ。

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2004年1月 5日

酒田からののど自慢中継

お昼にテレビを見ていた義父が呼ぶので行ってみると、NHK の「素人のど自慢」が酒田市民会館からの実況だった。

知った顔が出るかと思ったが、さすがにそれはなかった。田舎町とはいえ酒田も広いものだと、妙なところで感心した。

それよりも驚いたのは、酒田の人たちが臆せず楽しげに自己表現をするようになったことだ。昔の酒田の人は、テレビに出るなどというと緊張してしまって、妙によそ行きになったものだが、最近は堂々と庄内弁を使って、リラックスしている。酒田の人たちの暖かさが、とてもストレートに出ていた。

田舎の人たちは、自己表現の下手さでずいぶん損をしていると思ってきたが、最近はそんなこともなくなったようで、喜ばしいことだ。逆に、東京育ちは標準語しか使えないが、田舎に生まれると方言と標準語のバイリンガルでいけるので、表現に厚みが出る。昔の田舎の人たちは、標準語がうまく使えないので、方言にコンプレックスを感じることがあったが、今では逆だ。

ところで、庄内の人たちは歌がうまい。「素人のど自慢」という番組は、時々「色モノ」的に、ずっこけたじいさんやばあさんを出場させるが、酒田のずっこけ出場者は、キャラこそずっこけていたが、歌は案外きちんとしていたのだった。

前にもこのサイトのどっかで書いたが、日本には「歌のうまい土地柄」というのがある。それは三味線の普及の早かったところで、津軽から北陸にかけてと、沖縄がそれに当たる。遺伝子的にいうと、縄文人の血統を引くという人もいるが、それはどうだかわからない。

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2004年1月 4日

いくら正月ダイヤとはいえ

正月三が日はあっという間に過ぎた。三日目は、家族のアッシー君で大変だった。

私以外の全員が外出したのだが、取手駅からの最終バスが、正月ダイヤで、なんと午後 7時半で終わったのである。外出した全員から、それぞれのタイミングで 「バスがないよ~、迎えに来て」 と電話が入る。

おかげで、3日の夜は、午後8時、9時半、10時半と、3回も取手駅まで車で家族を迎えに行くはめになった。ほとんど、行っては戻り、また行っては戻るというタイミングである。

それにしても、いくら正月ダイヤとはいえ、駅からの最終バスが 7時半というのは早すぎるではないか。お子様タイムでも、近頃はもっと遅いぞ。公共交通機関のくせに、一体何様のつもりなんだ。おかげで、タクシーと迎えの車で、国道 6号線はかなりの渋滞だった。

いくら正月でも、午後 9時過ぎまでは運行してもらいたい。バスの定期を買っている人にとっては、要らぬタクシー代の負担になるではないか。

ちなみに、この年末年始はずいぶん交通事故が多かった。目撃しただけで 3件もある。それから、昨日 11時頃に最後のアッシー君で帰ってくるときは、妙に蛇行しながらのノロノロ運転の車もいた。多分酒酔い運転だろう。

あまり近づかないように、慎重に帰ってきた次第である。

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2004年1月 3日

コラムと天気

毎年正月の恒例で、妻の父が来ている。義父は長年日記を付けていて、仙台の家には 3年連用の日記帳がずらりと並んでいる。

私には、義父の真似は到底無理だと思っていたが、いつの間にか、ウェブ上でほとんど毎日コラムを書き連ねる習慣が身に付いてしまった。人生、わからないものだ。

こうして毎日コラムを書き続けることのメリットの一つは、去年の今頃、何をして何を考えていたかが容易にわかることだ。わかったところで得になるわけでもないが、なかなか興味深いものだ。

例えば、去年の 1月 3日はものすごく寒かったということがわかる。そして気象庁の長期予測では「暖冬」と言っていたのに、全然違うではないかと、いちゃもんをつけている。そう言えば、わたしのこのコラムでは、かなりの回数、気象庁の長期予測は当たらないものと嘆いている。

気象庁の予測ではないが、気象予報士の森田正光さんによると、申年というのは冷夏になる確率が高いのだそうだ。過去60年間の統計では、5回の申年のうち、4回が冷夏だったそうだ。また、雷や雹が多いという特徴もあるらしく、なかなか油断がならない。

その上、太平洋側で雪が多いのだそうである。とするとこの春先にかけて、この辺りも雪が降る可能性が高いということか。先だって念のためタイヤチェーンを買っておいたが、正解だったか?

コラムを書き続けていれば、こうしたことが当たったかどうか、後になってわかるときがくる。楽しみといえば、楽しみである。

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2004年1月 2日

1年早く入学?

元日はほとんどどこにも出かけず、パソコンの前でたまった原稿書きと、ホームページ更新で過ごした。

ラジオを付けっぱなしにして、実業団駅伝などという、普段は関心のないイベントを聞くともなしに最後まで聞いてしまった。中国電力の優勝というシブイ結末だった。

この大会の第 4区で区間賞を取ったのは、最終的には第 2位になったコニカミノルタの、S・ムツリという選手。ケニア出身で、まだ 17歳という若さだ。

ラジオによると、「おばさんが学校の先生をしている関係で、1年早く学校に入ったため、17歳で高校を卒業して来日した」のだという。実況アナウンサーは、ごく普通のことのように紹介していたが、聞いている私にとっては絶好のツッコミ所となった。

「するてぇと、何かい? ケニアって国は、おばさんが学校の先生をしていると、1年早く学校に入れるんかい?」ずいぶん適当なところがあるなぁ。

学業が優秀だと飛び級をして、同年齢の子どもよりも早く進級や進学ができるという制度は、世界中で案外多くの国にあるようだ。しかし、早く学校に入れるなんていうのは、あまり聞いたことがない。しかも、それが親戚関係の「コネ」っぽい事情からとすると、この国ではいろんなところで、そうしたことがまかり通っているんだろうなぁと想像したわけである。

ちょっと考え物だ。

詳しい事情を知らずにこれ以上ツッコんでも仕方がない。フレクシブルがいいのか、杓子定規がいいのかということになると、それはもう、さじ加減の問題だろうなぁと思った次第である。

 

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2004年1月 1日

申年の年明けに

謹賀新年。申年である。「猿」をどうして「申」と書くのか、詳しい故事来歴はどこかで聞いたことがあるが、忘れた。

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なんでも「申」は「伸」の元の字で、猿の伸び伸びとした動きから、この字を当てたという説もあるが、日本猿は「伸び伸び」というより「チャカチャカ」に見えるがなぁ。

上野動物園の猿山なんか見ていると、つい口をぽかんと開いて見とれたりしてしまうから、猿というのは、伸び伸びだろうが、チャカチャカだろうが、やはり何か訴えてくるモノがある。そして、もしかしたら、大陸には本当に伸び伸びと動く猿がいるのかもしれない。

猿というと、大学で古典芸能なんてものを専攻した私としては、「猿楽」というものを思い出す。現代の能楽のもとになった芸能だ。田楽がやや曲芸めいたことを主としたのに対し、猿楽は「写実」の芸を旨とした。実際の人間の動きをまねて表現するから、猿まねにちなみ、「猿楽」と称したという説もある。

だから「猿まね」だって馬鹿にしたものではないのだ。何べんもまねているうちに、だんだんとオリジナルになっていく。いつの間にか、あんなに幽玄な芸に昇華してしまった。

「学ぶ」というのは、「真似ぶ」からきているという人もある。まぁ、今年もさんざん真似し、学び、修行し、いろいろなことを「申し」上げ続けていこうと思うのである。それで、「伸び伸び」できたら最高だ。

年が改まれば、人の心にも新たなものが生まれる。その新たなものは、きっとこれまでずっと土の中で眠っていた種が芽を出すようなものだ。新たなものというのは、だから、ずっと古くからのものなのだ。古くから真似し続けてきたものが、ある日突然、新しいオリジナルなものとして芽を吹く。

自分の心の中に、きっとそうしたものがある。宇宙の歴史に匹敵するほどの種が眠っている。それを信じて、今年も生きていこう。

 

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