申年の年明けに
謹賀新年。申年である。「猿」をどうして「申」と書くのか、詳しい故事来歴はどこかで聞いたことがあるが、忘れた。
なんでも「申」は「伸」の元の字で、猿の伸び伸びとした動きから、この字を当てたという説もあるが、日本猿は「伸び伸び」というより「チャカチャカ」に見えるがなぁ。
上野動物園の猿山なんか見ていると、つい口をぽかんと開いて見とれたりしてしまうから、猿というのは、伸び伸びだろうが、チャカチャカだろうが、やはり何か訴えてくるモノがある。そして、もしかしたら、大陸には本当に伸び伸びと動く猿がいるのかもしれない。
猿というと、大学で古典芸能なんてものを専攻した私としては、「猿楽」というものを思い出す。現代の能楽のもとになった芸能だ。田楽がやや曲芸めいたことを主としたのに対し、猿楽は「写実」の芸を旨とした。実際の人間の動きをまねて表現するから、猿まねにちなみ、「猿楽」と称したという説もある。
だから「猿まね」だって馬鹿にしたものではないのだ。何べんもまねているうちに、だんだんとオリジナルになっていく。いつの間にか、あんなに幽玄な芸に昇華してしまった。
「学ぶ」というのは、「真似ぶ」からきているという人もある。まぁ、今年もさんざん真似し、学び、修行し、いろいろなことを「申し」上げ続けていこうと思うのである。それで、「伸び伸び」できたら最高だ。
年が改まれば、人の心にも新たなものが生まれる。その新たなものは、きっとこれまでずっと土の中で眠っていた種が芽を出すようなものだ。新たなものというのは、だから、ずっと古くからのものなのだ。古くから真似し続けてきたものが、ある日突然、新しいオリジナルなものとして芽を吹く。
自分の心の中に、きっとそうしたものがある。宇宙の歴史に匹敵するほどの種が眠っている。それを信じて、今年も生きていこう。
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