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2004年3月 7日

過去形の婉曲表現

先日の「トレビアの泉」で、「山形県の村山地方では、電話で名乗る時『○○でした』と過去形で言う」というのが出ていた。

私は同じ山形県でも庄内出身なので、さすがに「~でした」とは名乗らないが、何となく雰囲気はわかるような気がする。丁寧な言い方では、過去形で婉曲表現するのだ。

例えば庄内地方でも他所の家を訪ねて、玄関先で「おいでですか?」と聞く際には、「いましたが?」と過去形で聞いたりする。

庄内では「おいでですか?」なんていう洒落た表現はないので、「いるか?」と聞くことになる。それを庄内弁では「いっが?」という。しかし、さすがに「いっが?」ではぞんざい過ぎるニュアンスなので「いっだが?」(いたか)と過去形で聞く。実際の感覚では過去形というよりは、過去完了進行形である。前からずっと居て、今も居るかという感覚だ。この感覚が根底にあることをまず押さえておいていただきたい。

そしてさらに、庄内弁では「です、ます」は比較的新しい表現なのである。おそらく、明示以後の国語教育で初めて知った表現だろう。それ以前は、「ござります の訛りで「がんす」と言っていた。映画「たそがれ清兵衛」でも多用されていた。鹿児島弁では「ごわす」と言うところである。

だから「です、ます」はどちらかというと、かなり他所行きの表現である。あまり生活の中に深く根ざしていない。そこにもってきて、他人の家に訪問する時には、「いますか?」ではあまりにもきつ過ぎる気がする。何しろ庄内弁オリジナルでも、「いっが?」ではなく「いっだが?」と過去形で聞く感性がある。そこで、婉曲表現として「いましたが?」になる。

おそらく村山地方の電話での名乗り方も、「○○です」ではちょっときつ過ぎる気がして、「○○でした」に落ち着いたのだろうと思われる。英語だって、「~したい」と丁寧に言うときは "I would like to ..." と未来形の過去分詞なんて、七面倒くさい用法が一般的じゃないか。

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