ララバイと子守歌
最近、テレビを見ていたら、日本語の歌に出てくる英語の意味を当てるというクイズで、「ララバイ」の意味を知らないタレントがいることに驚いてしまった。
もちろん、「子守歌」という意味なのだが、それは英和辞書的単純解釈で、ほじくると、もっと別のことが見えてくる。
「ララバイ」というのは、全てを聞いてみるわけにもいかないので、そう言い切ることはできないが、多くの場合、親が自分の子どもに歌って聞かせて寝かせつけるのにふさわしい歌詞が多いように思われる。
例えば、アメリカの代表的な「ララバイ」である「ハッシュ・リトル・ベイビー」は、次のような歌詞である。
赤ちゃん 静かにおやすみなさい、ママがモノマネドリさん買ってあげるから
もしも、その鳥さんが歌わなかったら、ダイヤモンドの指輪を買ってあげる
愛情あふれる歌詞である。ところが、日本の子守歌は親が子どもに愛情たっぷりに歌ってあげるというような、そんな生やさしいものではない。
「寝た子のかわいさ 起きて泣く子の ねんころろん 面憎さ」 (中国地方の子守歌)
「この子よう泣く 守りをばいじる 守りは一日 やせるやら」 (竹田の子守歌)
「はよ寝ろ 泣かんで オロロンバイ 鬼の池ん 久助どんの 連れんこらるばい (早く寝ないと、こわい人さらいが来るぞ) 」 (島原の子守歌)
「おどまいやいや 泣く子の守にゃ 泣くと言われて憎まれる (よく泣く子のお守りはいやだ、子守の仕方が悪いといって叱られる)」 (五木の子守歌)
もうおわかりと思うが、日本の子守歌は、「子守りの歌」なのである。「子守り」というのは、貧しい農家の娘が奉公に出て、主人の家の赤ん坊をおんぶして寝かせる仕事である。だから、おとなしく寝てくれさえすればいい。あとは身の不運を嘆くような歌詞のオンパレードである。
日本の子守歌も、近代においては「子守り」というのがいなくなったので、質的変化を遂げ、西洋のララバイ的なものになった。しかし元々は 「子どもが寝るときに親が歌ってあげる歌」ではなく、「子守りが仕事しながら歌う歌」だったということは知っておいた方がいい。
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