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2004年6月19日

人名漢字拡大の怪 その2

昨日の「人名漢字の怪」だけだと、下手をすると、私が規制論者と勘違いされそうなので、続編を書かせて頂こう。

個人的には、「糞」だろうが「屍」だろうが「淫」だろうが、自由に使っていいが、「でも使わないよ」というのが、「常識」というものだろうと思うのだ。

その常識を破って、「不淫」とか「糞袋」とかいう名前を付けるのも一興かもしれないが、それは、本名ではなく、「自己責任」の名において、ペンネームか雅号にでもすればいいと思うのである。(「糞袋」 というのは、禅宗の本を読むと、よく出てくるな)

それでは、何故に今回の「人名漢字拡大」の案を無茶苦茶にけなしたか。それはこういう理屈である。

本来ならば、「人名漢字」なんて制限しなくてもいいのに、既成事実として制限してある。今回の拡大案にしても、依然として制限し続けるという前提に立っての「拡大」である。

ならば、何故に、一方で制限しながら、「淫」だの「糞」だの「屍」だのにまで、わざわざ「人名漢字」のお墨付きを与えようというような案を作ったのか。こんな漢字まで OK というなら、いっそのこと、制限なんか撤廃してしまえということである。

もし、今回の案がそのまま通ったとして、「糞太郎」なんて名前を役所に届け出る親がいたら、どうするのか。役所の窓口としては、実際問題として、過去に「悪魔くん」 を退けておきながら、「糞太郎くん」なら認めるというわけにはいかないだろう。

しかし、政府のお墨付きで、「糞」の字を「人名漢字」と認めておきながら、窓口ではねつけてしまったら、また余計な訴訟になる。役所の窓口泣かせである。

それに、へんてこな名前のせいで学校でいじめにあった子の親が、「政府がこんな字を人名漢字として認めなかったら、あるいは、役所の窓口が登録拒否してくれさえしたら、自分の子どもがこんな名前にならなくて済んだ」なんていう訴訟だって起こしかねない。こんな字を使うような親なら、こんなアホな訴訟だって起こすだろう。

どうせ制限するなら、そこまで考慮して制限すべきだし、拡大するというなら、いっそのこと、余計なお世話の制限は撤廃して、それこそ「自己責任」ならぬ「名付け親責任」にすればいいのである。そうすれば、いくら無制限でもやたらと妙な名前も付けられない。

ちなみに、自由論者の私も、ある程度の制限は致し方ないと思っている。それは単純な話で、IT による戸籍や名簿の管理が不可欠になった現在、コンピュータで互換表記できない字は、お互いの幸せのために、ご遠慮いただこうということである。

 

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