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2004年6月 3日

普通の心理でなくなること

小学 6年生の女の子の同級生殺害事件には、さすがに驚いた。普通の女の子が普通の女の子を、カッターナイフで刺し殺したというのは、衝撃だ。

ネットの書き込みがどうとかいうことだが、加害者の女の子の犯行当時の心理状態は、きっと普通ではなかったのだろう。

「普通の心理状態でなかった」といえばそれで多くを語っているように聞こえるが、問題は、普通の女の子が、そんなに簡単に「普通の心理状態でなくなる」ということだ。

私なんかは、例えば関節技を決めたとしても、相手の腕を脱臼させたり骨折させたりするまで曲げてしまうというのは、ちょっと気持ち悪くてできない。もしやってしまうとしたら、よっぽど追い詰められた心理状態の時だろう。つまり、「普通でない」時だ。

自分が「普通でなくなる」のはどんな時だろうと考えると、「こいつの腕でも折って、立ち上がれない状態にしておかないと、自分が殺されるかもしれない」というような、一種の恐怖感を感じたときだろう。それは、よくよくのことだ。それでも、殺すまではできないと思う。さすがに夢見が悪い。

今回の加害者の女の子は、「夢見が悪い」だのなんだのと考えるような心理状態とは、ちょっと別のレベルに、一瞬にして行ってしまったのである。どうしてそんなに簡単にそんな状態になれるのだろう。これは、かなり大変なことだ。

昔から、「乱暴な子」というのはいた。そうした子は、確かにちょっとハイなレベルにまで簡単に心理が行ってしまう子である。しかし、そんな子でも、殺すまではいかなかった。今回の場合は、普通の女の子が、「乱暴な子」以上の心理レベルにまで、簡単に行ってしまったわけだ。

とすると、これは「乱暴な心理」というのとはかなり違う。事の後先とは切り離された、その一瞬の落とし前のみを動機付けとして行為する、とても特殊な心理状態である。あってはならない心理状態だ。

これが社会的病理であるとすれば、これは一度では済まない。似たような事件が起きる可能性は常にある。我々は、何かを正さなければならない。

 

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