猛暑と「知らぬが仏」
20日は東京大手町で 39.5度になり、東京の最高気温記録を塗り変えた。ちょうどその頃、私は山手線を新橋駅で降り、有明に向かうため、「ゆりかもめ」の駅に向かって歩いていた。
蒸しはしないが、大げさではなく、皮膚がジリジリと焼け焦げるような暑さだった。
関東を中心に 170人以上が熱中症で病院に運ばれ、救急車が足りなくなったというから、大変な暑さだったわけだ。
一部では、昭和 8年に山形市で記録された 40.8度の日本記録を、今度こそ塗り替えるのではないかと期待した向きもあったようだが、さすがにそれは無理だった。40度の壁は厚い。(千葉県市原市では越えたようだが)
山形県では 公式記録として摂氏 40度を越えたことが 2度ある。2度目は、26年前に私の故郷酒田市で記録された 40.1度である。山形県というところは、あれでなかなか奥が深い。
その日、私は南アルプスの 3000メートル近い稜線直下で、台風をやり過ごすために一日停滞していた。グラスファイバー・フレームが強風でギュンギュンしなるテントの中で、ラジオのニュースが「山形県酒田市で、40.1度を記録」というのを聞いて、おったまげたのを覚えている。
私に山中の停滞を強いたその台風が、フェーン現象の原因となり、故郷の空気に大変な熱をもたらしたのである。
後で聞くところによると、その日は、壁でも襖でもテーブルでも、触るものすべてが熱かったという。他人の座った座布団に座ると、ひんやりと感じたというから、ただ事ではない。しかし、まだ冷房がそれほど普及していなかった中で、酒田の人々は 「今日はなんだかおかしい」 などとつぶやきながら、普段どおりに働いて暮らしていた。
夕方のニュースで、その日の最高気温が 40度以上になったと聞かされてからである。酒田の人の 9割近くが「だぁ~!と叫んでひっくり返ったまま、それ以上、体を動かす気力を失ってしまったのは。
「知らぬが仏」とは、よくぞ言ったものである。
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