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2004年7月20日

デザインのし過ぎは、ろくなことにならない

私は、洋服でも車でも建築でも、デザインしすぎるとろくなモノにならないと信じている。これ見よがしなデザインほど使いにくいものはない。
幸いなことに、最近の工業製品のデザインは、適度にシンプルになり、ユーザビリティも多少は向上しつつある。

以前のように、冷蔵庫の扉や魔法瓶の横っ腹にド派手な薔薇の花が書いてあって、高島屋の包装紙状態になっていたりするなんてことは、ありがたいことに、消えて久しい。

ラジカセのトップにやたらと細かいボタンが密集していたり、何をするにも横ちょのカバーを開けて指を突っ込まなければならなかったり、ちょっと触ると、すぐに隣のボタンに触れてしまって、余計な動作が延々と続いたりなどということも、最近はかなり少なくなった。

こうしたことは、「デザイン」ということの考え違いから生じていたのだが、さすがに、工業デザインの世界はこなれてきて、あまりバカなことはなくなった。

しかし、依然としてこなれていないのが、ウェブデザインの世界である。ユーザーインターフェイスに、やたらと余計な要素をぶち込みたがるデザイナーが、まだまだ大勢いる。

最近、某美術館のサイトに行ってみて驚いた。まず最初に、こけおどしの Flash がヒラヒラするのはお約束としても、そこから先にどうして入って行ったらいいのかわからない。それらしき画像にマウスポインタを合わせても、なんだか画像がピラピラ動き回るだけで、さっぱり要領を得ない。イライラするばかりである。

その美術館は、東京と群馬にあるのだが(あぁ、こんなことを言うと、もうわかる人にはわかってしまうではないか) 、そのうちの東京の展示内容を確認するために、私は 5分以上悩んでしまった。

たかだか、その美術館の最近の展示内容を確認するために、何でまた、アートっぽい雰囲気だけを押しつける迷路の中で、右往左往しなければならないのか。作った本人と関係スタッフにとっては、とても自己満足なのだろうが、ユーザーインターフェイスとしては最悪であると断言させていただく。

私のサイト(「知の海」 )にしても、ナローバンドでアクセスすると重いなど、批判がないではないが、少なくとも、トップページで早くも迷子にさせるような作りはしていないつもりだ。

 

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