清水の舞台
「清水の舞台」の床板張り替え工事がこのほど終了して、一般に公開されたそうだ。(参照)
「清水の舞台」は、正真正銘、舞楽などの芸能を演じる舞台である。「舞台造り」という建築様式の名称は、実際に芸能を演じる舞台だからついたのである。
じゃあ、その舞台の観客席はどこにあるかといえば、目に見えるところにはしつらえてないのである。それは、舞台で演じる舞楽は観音様に奉納するものであって、人間に見せるものではないからだ。
元々、芸能というのはそういうものであって、祭礼の際に神仏に奉納して見せるのが本来の意義である。人間はその「ご相伴」に預かって、横から盗み見するように見ていたのである。
観客が神であるなら、演じる俳優(わざおぎ)もまた精進潔斎して、神の資格で演じるのである。だから芸能は本来、神が演じて神が鑑賞する「神遊び」なのである。中世以後、俳優は神の立場から零落し、一方で観客というものも変容した。金さえ払えば人間が神に成り代わって芸能を楽しめるようになったのである。
「お客様は神様です」というが、本来は「神様がお客様」なのである。
ところで、「清水の舞台から飛び降りるつもりで」などというが、昔はこれは単なる心構えをいう譬えではなく、本当に飛び降りる者が少なからずいたらしい。
清水寺の古文書(「成就院日記」)調査によると、江戸時代には飛び降り事件が 234件にのぼっていたという。「命をかけて飛び降りれば願がかなうし、死んでも成仏できる」という庶民の観音信仰が背景にあったようだ。実際、飛び降りても生存率は 8割以上に達していたらしい。
私はあんな所から、決して飛び降りたくはないが。
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