早飯は美学か
食事はよく噛んでゆっくり摂った方がいいに決まっている。その点、私は酒が入ると、ものすごくゆっくり食べる人になる。そのくせ、最後の茶漬けだけは、あっという間に平らげてしまう。
私の普段の食事は、この「最後の茶漬け」である。無茶苦茶な早飯なのだ。
例えば、仕事で外出していて、昼飯を手っ取り早く済まさなければならないことになる。そんな場合は、迷わずカウンター式の牛丼屋か何かだ。
店に入ると、カウンターは 6~7分の入りで、そこそこ混んでいる。隣同士で肘がぶつかるのも嫌だから、なるべく空いたところに座ろうとする。見渡すと、半分近く食べ進んだ人が 2人いて、その間の席が空いている。「よし、あそこだ!」
そこに座れば、両隣は早めに食べ終えていなくなるだろう。そうすれば、こちらはゆったりと食べることができる。
しかし、そうは行かないのである。半分ぐらい食べ進んだ人の間の席に座り、私は出された丼をワシワシと食い進む。そしてあろうことか、結局、自分の方が両隣より早く食べ終わるのである。ハンディキャップマッチに、あっさり勝利してしまうのだ。
冒頭にも触れたが、食事はよく噛んでゆっくり摂った方がいいに決まっているのである。それは重々承知している。しかし、食い始めるとどうしても、あっという間に食い終わらないと気が済まないのだ。
食事に時間をかけるということが、とてつもなく馬鹿馬鹿しいことのように思われる。戦時中でもあるまいに、「早飯、早糞、早支度」ということを、美学と感じてしまうのである。
そのくせ、いったん酒が入ると、うだうだといつまでも飲んだり食ったりの人になってしまうのである。そのくせ、その飲み食いを楽しんでいるというわけではなく、談論風発を楽しみながら、食うのを忘れているだけなのである。わたしは多分、過去生において、一度もラテン民族として生まれたことがないのだろう。
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