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2004年9月 9日

セミの鳴き声というトラウマ

いつか書こうと思っているうちに書きそびれてしまっていた。別に大したネタではないのだが、季節ネタだけに、季節が終わらないうちに書いて、肩の荷を下ろしたい。

何かというと、セミの鳴き声である。セミの鳴き声といえば、日本人なら大抵は「ミーンミーン」と表現するだろう。

先日、昆虫に詳しい人と話をする機会があり、ミンミンゼミは関東ではそこら中にいて「ミーンミーン」と鳴いているが、関西では高地に住み、平地では滅多に見かけることがないということを知った。それでも、関西の人でも「セミはどんな風に鳴くか」と聞かれたら、10人のうち 9人は「ミーンミーン」と答えるそうだ。

つまり、 「ミーンミーン」は今や日本人の文化的シンボルなのである。実際に「ミーンミーン」 いう鳴き声を耳にしたことがなくても、経験的事実はどうあれ、自己の外のネットワーク上に置かれた超強力なシンボルを、自己の内にもある普遍的事実と錯覚し、セミの鳴き声は「ミーンミーン」であると、誰もが圧倒的に信じているのである。

実は、私の生まれた山形県の庄内地方でも、ミンミンゼミはいなかった。真夏に鳴くセミはアブラゼミだった。夏の終わりになるとツクツクホウシが鳴き出すが、普通に耳にするセミの声と言えば、あの「ジージー」という単調なアブラゼミの声だったのである。

ところが、子どもの頃に目にした絵本や漫画に出てくるセミは、ほぼ 100%「ミーンミーン」と鳴いているのである。まあ、実際には鳴いているというより、そのように字で書いてあるわけだが。

幼い私は、あの「ジージー」という鳴き声が「ミーンミーン」と聞こえなければならないものと思っていた。少なくとも、都人は、この色気も何もない鳴き声を「ミーンミーン」と奥床しく表現するのだと思いこんでいた。 「ジージー」としか聞こえない自分の耳の不風流さを、私は呪ったのである。

程なくして、ラジオか何かで本当に「ミーンミーン」と鳴くセミがいて、それは種類が違うのだいうことを知り、納得したのだが、それでも、 「ジージー」を「ミーンミーン」と聞かなければならないと強迫神経症的に思いこんでいたトラウマは、心のどこかに残っている。

信号の「青」は、実際には「緑」なのだが、「青」と言い習わしているために、子どもの絵では、信号は 赤 、黄、青の 3色の絵の具を使って描かれることが多い。彼らの記憶の中では、信号の色は紛れもなく 赤、黄、青なのである。

ごく一部に、「あれは緑じゃないか」と異を唱える子がいるが、それを口に出さずに、「本当は緑なんじゃないかなぁ」と密かに思いながらも、大勢に従って、心ならずも青の絵の具を使う子もいるだろう。私はそうした子が不憫である。

tak-shonai の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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