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2004年11月 9日

「ワンマン」と「傲慢」

業界紙記者としてのキャリアがあるので、「ワンマン」と言われる経営者は何人も見てきた。その上で言うが、「ワンマン」は必ずしも悪いことではないと思う。
しかし、それは中小企業レベルまでで、上場企業クラスになると、「ワンマン」は「傲慢」の同意語に近くなるようだ。

中小企業のレベルなら、ワンマン社長でも社内の末端まで目が届く。社外との付き合いも、まんべんなくできる。聞く耳さえ持てば、周囲の率直で忌憚ない意見を直接聞くこともできる。とくに、創業者は「聞く耳」を持つ人が案外多い。

大企業となると、一人の経営者が隅から隅まで見ることは不可能で、ましてや社外との付き合いなどは、ほとんどちやほやされるだけになるから、如何に「聞く耳」を持つかが大切だ。

あるいは、当人は「聞く耳」を持っているつもりでも、実は都合のいいことしか聞いていないというケースも結構あると思う。「耳が痛い」諫言でも、謙虚に聞ける人は立派である。

某野球チームの親会社のオーナー(役職は退いても、実質的にはオーナーに変わりない)などは、率直な意見の伝わってこない地位に座りすぎたのだろう。二代目経営者の陥りやすい罠だ。

二代目社長というのは、中小企業でも、ややもすると「傲慢」になりやすい。それだけに、大企業のような、家業のような、妙な会社で二代目社長の地位につくというのは、なかなか難しいものなのかも知れない。

遙か昔、大学を卒業する時期に、「西○だけには行くな。あそこは公私混同で、社長の家の墓守までさせされる。それを喜んでやらないと、出世できない」と言われた。本当か嘘か知らないが、いかにもありそうな話だと思った。

例の親会社は、利益が出るとその金で土地を買い占めて赤字にして、税金をほとんど払わずに済ませてきたらしい。「日本中の土地を買い尽くしたら、ようやく税金を払うだろう」なんて言われていたのだが、その前に、土地の値下がりに耐えきれなくなってしまった。

いい時は飛ぶ鳥を落とす勢いでも、こんな状態になると、味方は誰もいなくなってしまう。淋しいものである。

田中角栄などは、あれだけ毀誉褒貶が激しくても、死ぬまで味方がいた。「ワンマン」ではあっても、紙一重で 「傲慢」 ではなかったのかもしれないと思う。

tak-shonai の本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」 へもどうぞ

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