「一松」 の蕎麦礼賛
山形県は「そば街道」なんてものがあるので、うまいそば屋がさぞかし多かろうと思われているが、正直なところ、本当にお薦めのそば屋はそれほど多くはない。
私が帰郷する際に立ち寄るのは、村山の「あらきそば」、西川町の「一松」、酒田の「弥右衛門」ぐらいのものである。
今回は、国道 112号線沿いに月山街道を越えたので、西川町の「一松」に立ち寄った。午後 4時前だったので、店はがらんと空いていて、ご主人が一人で新聞を読んでおられた。
こうなると、ここのご主人はお話好きである。蕎麦談義に花が咲いた。このご主人、「一松」の二代目で、先代は東京の浅草で修行をされたのだそうだ。道理で、この家のつゆは江戸前である。もっとも、このあたりでは蕎麦つゆのことを「タレ」というのが一般的なのだが。
ここの「タレ」は独特で、出汁をまったく感じさせないくせにコクがある。それは先代からの口伝のようで、「どんなダシを使ってるかわからないほど生臭さがなくて、蕎麦湯がスルッと飲める」ものを理想としているという。確かに、その通りのものが供される。もっとも、以前の「タレ」はもっと辛かったそうだが。
ちなみに、この店のそばは、二八と、蕎麦粉十割の「別製そば」がある。このところ、ずっと「別製」にありついていたのだが、今回は時間が遅かったこともあって、売り切れていた。仕方なく 、二八そばをたぐる。二八は二八で、モチモチ感があってうまい。
そうしていると、「別製は一人前の量はないんですが、よかったら食べてください」と言って、半人前ぐらいの量を盛って出してくれた。これはうれしいもてなしである。やはり、別製はすすった途端に口の中に広がる蕎麦の風味のレベルが違う。
こちらの蕎麦は、つゆが江戸前で、蕎麦は江戸前の上品なものと、田舎のぶっといものとのほぼ中間といった風情。別製はやや平たいのが特徴だ。ちょっとやんちゃな感覚を残しつつ、口に入れると本格的な味わいが広がる。私はあまり上品な蕎麦より、こういうのが好きである。
今回知ったのだが、ここの二代目は、本格的な板前修業をした経験があって、天ぷらを始めとする日本料理も本格的に作れるのだそうだ。だから、天ざるがお薦めという。
道理で、妻はここではいつも天ざるを食べるのだが、私にほんのちょっとの「おすそ分け」も寄こさない。ほかで天ぷらを食べると、自分では食べきれないので、「ちょっと食べて」 と言って、少しはこちらにもくれるのに、この店の天ぷらだけは、一人でさっさと食べてしまう。
「・・・ そういうことだったのか」
「今まで食べたどんな天婦羅屋さんのよりおいしいわよ。いつの間にか、全部食べちゃう」
何でそれを早く言ってくれないのだ。よし、次は私も天ざるを頼もう。
それから、ここに立ち寄るときはいつも車の運転をしているので、酒を飲めないのが残念なのだが、ここの酒はいいのが置いてあるようだ。ここのご主人は、お酒は飲めないそうだが、それだけに、味はわかるという。
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