スーザン・ソンタグの死
スーザン・ソンタグが死んだというニュースが飛び込んできた。死因は急性骨髄性白血病の合併症だったそうだ。享年 71歳。
彼女は、私がペーパーバックで読破した最初の 10冊の内で、最も七面倒くさい内容の本の著者である。つまり、難しくても面白かったから、最後まで読めたのだ。
私がペーパーバックで最初に読破したのは、 "American Graffiti"(アメリカン・グラフィティ)。映画を小説化(米国ではよくあるパターン) したもので、一気に読み終えた。その次が "Catcher in the Rye"(ライ麦畑で捕まえて)。 翻訳は全然つまらなかったが、オリジナルは本当に面白かった。その次が、レイモンド・チャンドラーの "Long Good-Bye"。 ハードボイルドの魅力にしびれた。
シンプルで読みやすい英語のものばかりの中で、スーザン・ソンタグの本は、難解極まるというわけでもないが、結構歯ごたえのある英語である。それでも放り出さずに読み終えることができたのは、やはり、それだけの魅力があったのだ。
私の読んだのは、"I, etcetra" という短編集である。この本は日本語訳が出ていないと思っていたのだが、たった今、Google で検索したら新潮社から 『わたし、エトセトラ』 というタイトルで出ているのだった。
この短編集の最初に載せられた "Project for a Trip to China" (中国旅行のプロジェクト) という作品は、二十代の頃、自分でも私的に翻訳した。なかなか趣のある自伝的な詩的短編である。翻訳したことで、私の文体形成に多少ながら影響されることがあったと思う。
私はこの翻訳には密かに自信を持っている。新潮社の本の翻訳は誰だか知らないが、一度比べてみたい気もする。
スーザン・ソンタグは政治的発言でもかなり注目された批評家・小説家だったが、私は彼女の思想的影響はほとんど受けなかった。影響を受けたとすれば、そのレトリックである。鋭い直観に裏打ちされた理知的で詩的でさえある文体は、とても魅力的だったのである。
レトリック面での影響を受けてはいるものの、四方田犬彦ほどスーザン・ソンタグ直訳調の文体にならずに済んでいるのは、一重に思想的な影響を拒否して、リベラル派知識人になることから身をかわし続けてきたからである。
私はスーザン・ソンタグの文体は好きだが、思想的には、別に好きでも嫌いでもないという、変な読者だった。
彼女は、ベトナム反戦運動以後の米国で、最も理知的な存在の一人だったと思うのだが、この場合の 「理知的」 とは、論理的というより直観的という趣が強い。論理より直観を好む私が、彼女の文体に惹かれたのは、当然だったかもしれない。
しなやかな直観の人の冥福を祈る。
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